今更ではありますが、微妙に残酷な表現等が出てきます。グロ耐性ない方はスルーを。世界平和を恒久的に実現するためにはどの様にすればよいか?冷笑主義者は、人類の滅亡でも起きない限り不可能だと一笑で終わらせるに違いない。理想主義者は、それを究極の目標としつつも現実的な方策を持ちだせずに苦悩するだろう。では、リアリスト、それも究極的な狂気をはらんだ連中は世界平和など笑い飛ばすだろうか?答えは、否。断じて、否。リアリストにして、狂気の度合いが混じりつつあるアナリスト。彼らは、ごくごく真っ当な人間であり常識的な判断力でもって一つの結論を導き出す。すなわち、『相互確証破壊理論』。言い換えれば、お互いが滅亡するか、滅亡しないかの二択を双方が突きつけ合う世界平和。一発が、全てを連鎖的に破壊すると言うシステム。理論上、この相互確証破壊理論は全ての核保有国間の均衡が保たれる限りにおける平和を約束する。つまり、核は軍事兵器ではなく理論上平和を維持するピースメーカーと化す。核の傘とは、すなわち平和の傘だ。狂っていると、まともでないという感性はこの場においてはリアリスト達から一顧だにされない。彼らの理論はたった一言で正当化される。『平和』それが維持されているのだ。そのために、ありとあらゆる犠牲を人類が払おうとしていることを考えれば。いっその事清々しいまでに合理化してしまえば、こうなると彼らは笑う。無論、相互確証破壊は狂気の理論だ。それはあらゆる経済学と同様に、相手が合理的であるという前提が無ければ成立し得ない。狂人が、破滅を願わないという保証が一体どこにあるのだろうか?その意味において、前提条件に合理性と正気を求める理論は中々に愉快な皮肉ともいえる。そう、中々に皮肉な状況だろう。合理性を追求する理論は、主観的な仮定に依拠した理論なのだ。故に、理論は専門家と一般の感覚で酷く乖離することも珍しくもない。では、此処からが論点。正義を信じる利他主義者かつ信心深い善人であり、よき隣人愛に満ち溢れた一人の軍人と。完全な自己中心主義者かつ、市場原理を信じて部下を資源としか見なさない一人の軍人と。いったいどちらが世界平和に貢献するだろう。少なくとも、リアリストに言わせれば後者というのは世の中の不条理さを物語るものだろうか?だが、いずれにせよ。メアリー・スーは信じている。正義は、正しいと。信じる者は、救われると。そして、正しき者には試練の後に祝福があると。その世界において、付きつめていけば彼女に相対するものは全てが『試練』か『悪魔』の挑戦となる。常識の感覚で批判するならば、正義とは多様な概念でそもそも議論の余地が多すぎるだろう。共通善というコモンの議論ですら、それを多士が論じなければならないほどに複雑怪奇なそれ。そこにおいては、正義とは相対的なものだという見方すらも一面に過ぎないと主張される領域。故に、正義に依拠し、信仰を抱くと言ったところでそれは酷く主観的だ。極論を吐くならば、メアリーの抱く価値観次第という事。つまりは、彼女は裁判官にして検察官として事象を判別し善悪のカテゴリへ分類しているのだ。そして、今日この戦場においてもそれは変わらぬあり方だった。伏撃そして、襲撃してくる帝国軍魔導師。その存在がメアリーにとっては、許しがたい。彼女は、いや、彼女の部隊は善き牧羊犬であった。本来ならば、より良き明日のために人々を導ける人々だった。その、よき信徒ら。彼らを卑劣な襲撃で殺した揚句に悔い改める様子すら見せない卑劣漢ども。信仰のために、挺身した善き人々のことを思うだけでメアリーの心は涙する。「距離2000を割りました、潜り込まれます!」「IFFカット。我々ごと、ヤツを!」戦争を楽しむ狂人ども。優しさや、隣人ないではなく闘争と殺戮に溺れる悪鬼ども。味方ごと撃とうとする、理解しがたい戦闘狂。「無駄だ。防殻が違う。手隙の要員は一撃離脱だ、足止めしろ!」これまで一定の距離を保っていた部隊が、突然加速し突撃を開始。咄嗟に、切りかかってきた魔導師の魔道刃を切り払い爆裂術式を追撃で展開。波状攻撃を仕掛けてくる敵小隊を各個に追い払い、かつ五分以上に応戦。「くたばれ、この魔女めが!」「よりにも寄って、異端が、私を魔女呼ばわり!?かかってきなさい、相手になります!」劣勢にある事に焦ったのか、吐き捨ててくる敵魔導師に神罰とばかりに狙撃術式を顕現。光輝の一線を辛うじて避けた異端者が、罵詈雑言をまだ吐き続ける姿はメアリーとしても眉を顰めざるを得ない。品性の無い異端者。数を頼みに、一方的に押し包む卑怯者。一つ一つ、その汚らわしい卑怯者どもを浄化できればいかほどに平和につながることか。「イノシシを相手にするな。文明人の知恵を原人に見せてやれ!」「卑怯者!誇りはないのですか!?」「誇りは、敬意を払う相手に相対する時までとっておくものでね。」おまけに、人として、信徒としてのモラルが彼らには完全に欠落している。その事実が、メアリーに戦争が人心にもたらした荒廃と退廃を感じさせて止まない。主の教えが廃れ、信心が形式だけの空虚なそれとなる時代。「吐いた言葉は、許されることは有っても忘れられる事はないのですよ?悔い改めなさい!」信じる者は、救われる。ただ、ただ、それだけ。それだけを、たったそれだけを。どうして、彼らは理解し得ないのだろうか?「おお、恐ろしい。主よ、我らが悪口を赦したまえ。はっはっはっはっは」「…主の御心はあまねく万物を照らされます。その慈悲の心を理解なさい。」悔い改めるならば。まだ、魂の救済はありえる。その寛容な、慈悲の心。しかし、メアリーの言葉は彼らには届かない。「おお主よ、あの糞ったれをこの世から消し去ってください。…いるならば。」「神を試すことなかれ!」嘲笑交じりの軽口。それは、不遜もよいところだった。メアリー・スーという寛容な少女をして、それは耐えがたい侮辱。それは、寛容を誤解し付け上がった行為。許しがたかった。主の慈悲の心はあまねく万物を愛されるのだろう。だが、メアリーの心では到底それを許容しえない。「ふん、奴の存在が存在論証の結論だ。相手にするな。削れば良い。」「…私は、神の、主の、地上における栄光と慈悲の代行者。」故に、彼女は自らの正義に従う。「試練。ああ、試練なのですね。」それを、自らの責務と思い定める。「主よ、貴方は私に与えたもうたのですね。悪魔と、悪しき力と戦うために!」故に、彼女は彼女の正義を為す。義憤に燃えた一撃。鉄槌となって不義の輩に降り注ぐ光輝。その一条は、逃れようとする卑劣漢を逃がさずに捕捉。「グッッゥ」そして、距離を取って牽制しようとしていたグランツ大尉は一瞬で防殻を撃ち抜かれ苦悶する羽目となった。防殻貫通。左腕に着弾。脳内麻薬のおかげか、それとも神経が死んだのか痛みはなし。動くかどうかもわからないが、少なくとも目視する限りにおいて腕は繋がっていた。後は、痛みが無いことを喜ぶべきかどうかだがそこまで悩む暇もなく追撃の術式が降り注ぐ。間違いなく、先ほどの術式と同系統。防御は無理だろう。故に、グランツは防御を即座に断念。咄嗟に全術式をカット。ランダム降下機動で乱数回避。死んだふりで騙されてくれればよいし、駄目でも誘導弾の誘導を振り切ることは期待できる。だがつまりは、パラシュートなしのダイビング。急降下で全身に掛る重力の力は、忌々しいまでに重い。おまけに高度の変化で体が違和感を訴えてくる。本能は、今すぐにでも酸素生成術式だけでも再起動しろとやかましく叫ぶ。だが、吹っ飛びそうな意識にわずかにでも残るグランツの理性は『冗談ではない』と叫び返していた。曲がりなりにも東部帰り。放たれた術式が、こちらの波長を目標とした誘導型だとは一瞬で理解できる。そうでもなければ、高機動中にわざわざあんな素人から直撃弾を初弾でもらうとは考えにくい。厄介なことに、その素人の一撃は重すぎた。グランツにしてみれば、それが冗談ではなかった。仮に直撃したところでも、40ミリ程度ならば弾ける自信がある。その防殻をバターの様に切り裂く熱線?勘弁してほしい。そう思いながら、降下。幸いにも部下らが、カバーに入ってくれたおかげで追撃はなし。まったく、冗談ではない相手だと言うのがグランツの本音だ。あれだけ化け物じみていれば、ドレーク大佐が手段を選ばないというのも理解できる。化け物退治の童話でもあるまいと思ったが、まったく連合王国の童話は案外昔あったことかと納得できる気分だ。一方で、古典的な死んだふりを行う上官のカバーに入る戦闘団魔導師らにしても冗談ではないという思いは一緒だった。それはまあ、自分達の子供の皮をかぶった上官だってあの分厚い連邦製宝珠の防殻を何とか貫通させる口ではある。だが、それだって97式の狙撃系術式で集束させた一撃を上手く直撃させているからだ。あんな無造作に誘導式を組み込んだ熱線をポンポン撃つまでは人間をおやめになっていない。「神がかってやがる。」見る限り、目標の防殻はだいぶ削られている上に数発の直撃すら戦闘団は与えることに成功している。そればかりか、グランツ大尉殿が囮になっている間に数発追加で直撃さすらもした。その状態であんな一撃を平然と放たれては、さすがに古参の彼らとしても唖然としたくなる。どう考えても、手負いというレベルではない。「敬愛なる戦闘団長殿も大概では?」「あの方はアレだ。どちらかと言えば、トリガーハッピーだろうよ。」「ああ、なるほど。」軽口をたたき合いながらも、爆裂術式を三連展開。敵の視界を塞ぎつつ、地道に消耗させるべく距離を維持。東部で生き残るために叩きこまれた、連帯技量。彼ら個人とて、生半可な技量ではないし自負に見合う戦果も残している。だが、その古参魔導師らをして足止めが精いっぱいという現状。削っている筈の防殻に、狙撃術式でわずかに穴を穿つだけも信じられないほど力を使わされている。まったく、あんな化物相手に単騎で足止めしてのけた上官も随分だ。あれならば、まったくもって驚きでしかないがデグレチャフ閣下が仕留め損なうと言うのも理解できる。あれは、単独で相手にするには厳し過ぎる。むしろ、単独で抑え込めたことを驚くべきだろう。いやはや、いったい、どうやったらアレ相手に単独で交戦し得るのだろうか?「・・・ん?時間だ。」だが、少なくとも彼らは自らの仕事をやってのけた。あの糞ったれを消耗させ、疲弊させるという当初目的は達成。なにより、手傷すら負わせたのだ。後は、新しい友達とやらの仕事だろう。「…ブレイク!ブレイク!」忌々しい神敵。滅するべき怨敵。それの襲撃を受け、メアリーは聖戦を貫徹すべく奮戦している。無論、悪魔の力というのはおぞましく彼女とて無傷ではいられない。すでに、かなりの血を失ってしまった。防殻も幾度にわたる敵の術式でボロボロ。辛うじて、戦闘可能な状態とはいえ通常ならば退くことを推奨される状態だ。だが、メアリーに退く意図はない。それは、彼女が正義だからだ。正しき行いを為すものが、敗れることを主は欲されない。メアリーの心には、自らが敗れることになると言う危惧は一切なかった。それは、正義ではないのだ。故に、ありえない。そんな時だ。これまで、一定の距離を保っていた敵が急に散開し始める。暗号化された敵の通信が、急激に増大。同時に、混乱しきった様子は何事かが起きたことを物語る。だが、それらの疑問は次の瞬間に氷解した。大規模な術式の統制射撃。それも、明らかな精鋭とわかる密度のそれ。自分の陣営と理解できる見慣れた術式。ああ、正義は為されたのだ!神は、自分を見捨てたもうことなく手を差し伸べられたのだ!散開していた帝国軍魔導師らの陣形は、最早残滓を留めない始末。先ほどの一撃こそ凌いだとしても、余力はないのだろう。帝国軍魔導師らはちりぢりに追い散らされ懸命に離脱を開始している。「こちらパイレーツ!救援要請を受信した!」こちらに急行してくる部隊は見慣れた連合王国の指揮官。帝国軍残存部隊を排除するべく重装備の魔導師らが続々と続いている。そして、いくばくかもしないうちに帝国軍部隊は追い払われメアリーは『友軍』に収容された。「ああ、ドレーク大佐!救援、感謝いたします。」「少佐、君か!どうしたのだね、そのありさまは?」全身ボロボロになったメアリーに対し、周囲の警戒を怠らず防殻と術式を展開させた部下を配置しながらドレーク大佐は気遣うように問いかける。実際に、味方を収容している時に敵の襲撃を受ければ大惨事なることもあるのだからここで警戒してくれるのはメアリーとしてもありがたかった。さすがに、異端者共を滅するべく争った影響は大きく彼女はかなり負傷しているのだ。「異端者共の伏撃を受けました。部下が、犠牲に。」「君こそ、傷をいやしたまえ。ひどいありさまではないか。」口を開こうとするメアリー。それを、手で制するとドレーク大佐は部下らに呼び掛けた。「衛生兵!手当てを!」「ああ、感謝を・・・?」ドレーク大佐に指示された『衛生兵』らはメアリーの傍に駆けよる。担架と医療用のカバンを担いだ衛生兵までいる姿に、思わずメアリーは苦笑した。だが、いささか人数が多く大げさではあったものの疲労困憊しているのも事実。メアリーも見栄を張ることなく素直に世話になる事にする。そして、次の瞬間。彼らは、魔導刃を発現させると、躊躇なくメアリーの心臓に、肺に、喉に、足に、腕に、内臓に、突き刺した。「い、いった、い、な、。。を?」理解できない。彼らは。彼らは、いったい、何をしている?理解できない事態と、全身を襲う激痛。何故、彼らが自分に憎しみの表情すら浮かべて刃を突きつけているのだろうか?メアリーの顔に浮かぶのは理解できないという表情と理不尽な痛みへの疑念。そして、それを見たドレークはゆっくりと口を開き解説してやることにした。内心では、この糞袋がどのような答えを返すものかと、期待もせずに。「彼には、低地で殺された弟の仇。」友軍誤射だという短い戦死の通知。両親に届くであろう通知に書かれなかった部分を、彼は知っていた。誰が、自分の弟を吹き飛ばした人間を恨まないで済むだろうか?救援に赴いた時、彼の弟は苦悶しながら彼の眼の前で死んだのだ。人目もはばからず、彼は衛生兵と軍医に泣き付いていた。「ああ、そこの彼は、婚約者が通信所ごと君にローストされたんだ。」彼の婚約者は低地地方において勇敢な働き故に死んだ。レジスタンスとの連絡網が寸断された時、彼女は通信機を抱えて走ったという。そして、不運なことに辿りついた隠された通信所で流れ弾の爆裂術式が直撃。生き残ったレジスタンスらが遺品だけでも回収できたのが奇跡だった。彼は、その日、遺品の前で慟哭していた。「彼は、一族かな?父君と、弟と義理の妹。伯父君もかな?」或いは、一族が皆殺された若者。弟夫婦は、まだ結婚したばかりだったと聞いている。そして、彼らを敵と誤認した糞袋に襲われ救援に行った伯父と父も落とされたと聞く。彼は、未だにただ一人の生き残った家族となった母にこの事実を伝えられていないらしい。無理もないことだった。「彼は、戦友のだそうだ。君が吹き飛ばした戦車に乗っていたらしくてね。運のないことだ。」あるものに至っては、生まれたころからの親友を彼女に戦車ごとスチーム焼きされた。仲の良い友人だったと、パブで浴びるように飲んでつぶれた彼が啼いていたことを誰もが覚えている。「さてさて、味方殺しに言い分はあるかね?」自分の部下を殺した、救い難いアホ。それを蹴り飛ばしたい衝動と戦いながら、ドレーク大佐はゆっくりと尋ねる。いったい、メアリー・スーは何を考えていたのか、という疑念から。だが、良くも悪くもドレークという軍人は、あまりにまともなジョンブルでしかなかった。「主の、栄光・・ための、聖せ..ん。」彼には、聖戦などという概念は理解できない。彼にしてみれば、闘争とは、対等な戦いであり、戦争とは、手段を選ばない闘争だ。正義の戦いを否定するつもりはさすがない無いが、しかし彼には正義が多面的であることくらいは理解できる。そして、信仰を理由に殺し合う事の凄惨さは本土で十二分に歴史的経緯から理解してきた。「じ..ゅん、教でし.ょ..う!そ、それ、をは..ずかし.め..るような..」「しぶといのは知っていたが。まったく、驚きのしぶとさだな。」だが、彼にとって。いや、彼らにとって。メアリー・スーにだけは言われたくなかった。彼女に殺された戦友らを、辱める?論外だった。「ああ、もういい。囀るな。」蹴り飛ばしたいと言う衝動を我慢する気もなくなったが、部下に譲るのが上官の義務。故に、好きにしろと周囲を囲んでいる連中に頷くとドレークは肩をすくめて別れを告げた。「これ以上は、耳を汚したくない。さっさと死んでくれ。」そして、それ以上奴が囀る前に周囲がヤツを細切れにし始める。…よってたかって、嬲り殺し。あまり、良いやり方ではないのだろう。だが、少なくとも。化け物退治とは、結局のところ童話通りになるのだ。人間達が、化け物を倒す。残酷な童話というのは、真実を物語っているに過ぎない。「・・・大佐殿。」だが、まだやることが少しとはいえ残っている。「グランツ大尉。傷はどうかね?」「腕をローストされましたが、なんとでもなるでしょうな。大佐殿。」ぶらぶらと動かない腕を衛生兵らが固定しているのを見やりつつ、ドレークは素直に頭を下げる。他に方策が無かったとはいえ、彼らを使い潰すも同然の陽動をやらせたのだ。「・・・本当にすまないな。」「お構いなく。これが、我々の誠意です。」「間違いなく受け取った。」彼らが、帝国軍が、矢面に立っていなければ今頃屍を晒していたのは自分の部下だった。だが、政治とやらはできるだけこの事を『偶発的戦闘』によって片付けたいと言う。だから、帝国軍人の死体が必要だ、とも。そして、グランツ大尉らは唯々諾々としたがってくれた。最善以上の最善を尽くしてくれたと言ってもいい。これならば公式には帝国軍と糞袋が刺し違えたという物語にも信憑性が出るだろう。「では、約束通りに。」「よいのかね?」「ええ、我々は投降いたします。いかようにでも。」そこまで、そこまでさせておきながら、彼らは投降して捕虜の身となる。そういう政治的取引だと言われれば、実行する側としてドレークは唯々諾々と実行するほかにはない。だが、彼とて誇りと矜持があるのだ。「悪いようにはしない。少なくとも、私の力が及ぶ限り最善は尽くす。」できる限りのことはする。そうでなければ、自らの誇りを誇れない。一つの小さな戦争が終わった時。大きな戦争の集結もまた、終わりの足音が迫っていた。帝都外縁部をほぼ連邦軍は制圧。中心部への突入は、最早時間の問題だった。「まだか!?合州国でも、連合王国でも良い。とにかく、まだなのか!?」だが、帝国側の当事者はその足音にもかかわらず絶望的な防衛戦を今なお継続。戦局は、もはや絶望的という言葉の模範的な事例とすら言えるに違いない。刻一刻と悪化していく戦局。すでに帝都の阻止線は各地で寸断され、防衛部隊の指揮系統は崩壊して久しい。辛うじて、中隊規模で統制を保てているのは司令部が掌握し得ている唯一の予備兵力という始末だ。その中隊とて、定数割れで実態は増強小隊程度。内実は、それすらかき集めて生き残った教導隊下士官らに分隊をまとめさせただけのそれだ。夢も希望もない現実は、ライヒの残滓がもはやその程度しかないという事で語れるに違いない。そこまで追い詰められた時、不幸な誤解が希望的観測を刺激し、壮大な幻想を創出したのは戦争下の悲劇だろう。あるいは、追い詰められた帝国軍以外にとっては、喜劇やもしれない。それは高らかな軍歌と共に、西より訪れた部隊だった。ぴかぴかに磨き上げられた銃剣と、恐れを知らずに不敵な笑みを浮かべた兵士たち。誇らしげに掲げられた軍旗は、彼らが正規の親衛師団に属する大隊であることを物語っている。「増援だ!増援だ!第三親衛師団が、帝都西方に!」「ヴァルデン軍団か!間にあったのだな!?」俄かに活気づく帝国軍部隊。その反応は、当然のことながら手元兵力を渇望して久しい司令部にまで届いている。だが、一瞬表情を綻ばせかけたレルゲン准将は嫌なことを思い出す。そして、勘違いで無いことは編成を思い出すことで確信できる。緩みかけた表情を大いに顰める羽目になった。「…閣下。」「実働は?」期待していないと言外に込められた質問。だが、同時にこの状況下においては砂漠で水の一滴のように増援は渇望すらされている。それは、達観しきっているゼートゥーアとしても変わらない。「一個大隊。それも、機甲・魔導師を伴わない軽装です。」だが、現実は無情だ。ゼートゥーアと二人して頭を振りたくなるほど、この状況下においては無力に等しい増援。ぴかぴかの制服も、充足した定員も、実勢経験すら乏しい政治的要因によって形成された師団の証。実戦の洗礼を受けていない大隊程度の増援など、レルゲンにしてみれば一個大隊分の標的に過ぎない。「フランソワ人の親衛師団では、そうならざるを得ないか。」政治的な理由により。ほとんど、プロパガンダ目的で。或いは、数合わせ程度で。反共を目的に、綺麗なお飾りを造るために編成された師団。「迎撃に投入しろ。士気は稼げるだろう。」「はっ。」まともに戦えるとも、忠誠心が期待できるとも思える状況ではない。だが、使えなくとも人数分敵の弾を吸収してくれるだけでも良いのだ。戦えない部隊が、戦線を混乱させられるほどに統一的な戦線はない。ならば、少しでも敵の奔流を留められるならばなんでも良かった。親衛隊の軍装ならば、少しはアカどもの注目も浴びることだろう。「合州国軍は?」「すでに、バルバロッサ分遣隊が接触済みです。」戦後の事を思えば、少なくとも帝都は複数の国家によって落とされる必要があった。それは、最低でも帝国の敗北は連邦ではなく主要関係国の攻撃によって落ちる必要があると言う事だ。間違っても、連邦に勝利の栄冠を輝かせてやる訳にはいかない。そのために、取引をした。誘導のために手筈すら整えた。反逆罪も良いところだろう。防衛指揮官が、曲がりなりにも交戦中の交戦国を帝都に引き込もうとしているのだ。任官する時、敵弾に倒れる覚悟は持ち合わせていた。だが、このような事態に直面するとは想像だにしてもいない。「あと何時間可能か?」すでに、まともな防戦は不可能。皮肉なことに、連邦が先に東部で演じた泥沼の市街戦から帝国は学んでいた。戦訓を活用することにかけては、抜かりなく反映されている。組織的な戦闘が崩壊しようとも、一定程度の部隊を抵抗させれば敵の侵入は阻止可能。厳密かつ正確に言うならば、遅滞だけはし得るだろう。無論、連邦が損耗を度外視していたように帝国も損害を度外視する必要はある。そして、帝国軍司令部は損害を一切顧みることなく時間のみを問う。「三時間程度は。ああ、増援を投じればもう一時間は。」問われたレルゲン准将は淡々と、鉄量に対抗するために人肉をいとも容易く放り込むことを報告。彼にしてみても、ぎりぎりの状況下である以上一分一秒こそが如何なる犠牲をも正当化すると言う事になっているのだ。だが、無情にも分程度では合州国は到着しない。到着しない以上、如何なる手段だろうとも、時間を稼ぐ必要がある。「耐えられんか。停戦交渉で時間をねじ出す。それまで、時間を稼げ。」「最善を尽くします。」停戦交渉を申し込むことで、部分的にせよ敵の進撃を束縛。その後は、どれほど効果があるかはわからないが交渉の真似ごとでもできれば御の字。そう判断したゼートゥーア。その判断は、間違いなく正しい。だが、正しいだけでは物事というものは思い通りには動いてくれないのだ。「ああ、ハーゲンウルス大佐を。」「閣下、繋がりました。」前線の第七旅団。それを呼び出し、指揮官のハーゲンウルス大佐が多忙な中呼び出せた事自体は幸運だろう。なにしろ、各所で通信網が寸断され指揮系統に深刻な問題が続発しているのだ。そんな過酷な状況下。最前線の、防戦中の部隊で指揮官と無事に連絡が取れたことは幸運だった。いや、そこまで幸運だった。「停戦の使者を用意。先方にメッセージを送れ。」「りょう・・」「ん?ハーゲンウルス大佐!?応答せよ、大佐。大佐!」一瞬、沈黙に包まれる司令部。だが、静まり返ったがために司令部には低い重低音が良く響く。そして一寸後、それが第七旅団司令部付近の方角から轟くことにも気が付いた。「第七旅団、通信、途絶。」「旅団司令部付近より誘爆音多数。弾薬庫に直撃した模様。」哨兵からの報告。だが、それらを待つまでもなく事態の理解は容易だった。「伝令!第105参謀本部直掩中隊に緊急。戦線の穴を埋めさせろ!」「最後の予備です!」ゼートゥーアの命令に対し、思わず躊躇した参謀の反論。かき集めただけの、それでもこの状況下では黄金よりも貴重な予備戦力。「今使わずして、いつ使う!さっさと出せ!」だが、それがどうした。時間こそが。時間こそが、全てなのだ。「バルホルン中佐を呼び出せ!停戦交渉の用意を。」あとがきお久しぶりです。なんとか、帝都が終わると思います。流石に占領期とかまではやるつもりもないので、100話までには終わるでしょう。メアリーには退場してもらいました。若干こういうやり方は苦手なんですが…orz後は、心温まるフレンドシップにご期待ください。追伸ZAPとか、ZAPとかコメント返しとか遅れて申し訳ありません。なんとか、今月中には…2017/1/29 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