「この台詞二回目ですね!」
「知らない天井だ……」
そう言いながら、俺は白い天井を見上げています。ぶっちゃけ、何が起こっているのか全然分からないので、完全にポルナレフ状態となっておりますです。そして今言った台詞なんだけど、転生した時とか記憶失った時とか言いたくなる台詞NO,1ですよね? まぁ、俺はフレンダに転生した時に使っているので二回目なんだけども。
体が上手く動かないので、首だけ動かして周囲の様子を探る。どうやらここは病院らしく、清潔感のある白いカーテンが閉じられていて外は見えませんが、光が入ってきているところを見ると夜ではないというのは間違いないね。正確な時間は分からないけど……っていうかこの部屋何もないないな。せめて時計位は置こうよ。
「えーっと……どうしてこうなったんだっけ?」
寝た体勢のまま思考に移る。記憶に残ってるのは、麦のんと一緒に研究所に行って……麦のんの実験が途中から見れなくなったから食堂っぽい場所で待ってて、麦のんが来て……そうそう、滝壺が麦のんと現れるという予想外の出来事に遭遇したんだったな。その後お昼御飯食べて、麦のん達と別れて、そして……
「って、そうだよ! 何かよく分かんない能力使われて気絶させられたんじゃないか!」
それ自覚した瞬間、俺の体中から嫌な感じの汗が溢れ出た。というか、今の今まで何でこんな大事な事忘れてたんだ俺は。研究員とゴリラと細枝っぽい連中に気絶させられてから……どうなったんだ?
ま、まさかここは病院じゃなくて何かの研究所だっだりして。そして俺はこれから解剖されたり色々と実験されたり……いやいやいや、それは有り得ないでしょう? だって俺は『無能力者』で、ただの『置き去り』ですよ。それに原作のフレンダだって特別な能力は多分だけど持っていなそうだったし……漫画版の台詞から考えると、本当に『無能力者』だったのかもしれないけど。だから俺を誘拐してまで何かをするというメリットはないはず。
うぐぅ……しかし、体が動かない。何かすっごくダルい。それに体中に上手く力が入らないので、立ち上がる事もままなりませんです。このままでは逃げるどころか好き勝手にいじくりまわされて、そして最後は用済みに……それ、なんてエロゲ? って、だから冗談なんて言ってる場合じやないっての! 何とかして立ち上がらないと……
もがいて動こうとするけど体は上手く動いてくれないし、このままでは完全に手詰まりである。何か薬とかで体から力が抜けてる感じじゃなくて、根本的に体が固まっちゃってる感じだ。動かす度に関節がギシギシ痛むわ。どうしてこうなった!
そのまま暴れる位の勢いで体動かそうともがいてたら、突如廊下から足音が聞こえてきた。その音を聞いて俺は動きを止めて耳を澄ます。廊下をこちらに向かって歩いてくる音だ。
(ま、まさかこの部屋目指してないよね……?)
いや、いくら何でもこのタイミングでの足音と部屋への来訪は死亡フラグでしょう(俺の)。まさか俺が都合よく目覚めたタイミングで誰かが来る訳がない。そう考えていたら、俺の部屋の前まで来て足音が止まりました。ですよねー。
これはやばい。十中八九、俺を気絶させた連中でしょこれは。そして俺はこの後変態科学者たちの手によって改造人間、そして慰み者に……うわあぁぁぁいやぁぁぁぁ。
ドアノブがゆっくりと回る。ガチャリという金属的な音と共にドアが開かれていく。俺はというと引き攣った顔して汗ダラダラ流してその光景を見ている事しか出来なかった。そして開いた扉から出てきた影は、白い服を着た怪しい科学者ではなく、黒服を着たそっち系の人でもなく、見慣れた茶色い髪の女性だった。
「入るわよ、フレン……ダ……?」
そうです、麦のんです。つーか何でここに? というか麦のんがここにいるという事は、もしかして俺は誘拐されてないのか? と考えて、思考停止しちゃった俺は、茫然と麦のんに視線を向けたまま停止しちゃってます。麦のんはというと、茫然というか唖然とした顔で俺の方見たまま何も喋ってくれません。ど、どうしたの、麦のん? いっつもなら暴言なり命令なりしてくるので、この状況は逆に怖いんですけど……
そんなこと思ってたら、ようやく麦のんがゆっくりと動き始めた。前を探るかのように手を突き出してこっちに向かってくる麦のん……想像してみて。滅茶苦茶怖いんですけど……なんか貞子思いだした。
そして俺の前に来ると、恐る恐る俺の顔を両手で掴みました。最初「こ、殺される!」とか思ってたけど優しく包むようにしてくれてるので、どうやらそんな事はなさそうです。それどころか麦のんの手が暖かくて何だか気持ちいいんですが。やばい、これは背中流しに匹敵する程気持ちがいいかもしれん。それに何だか良い匂いもしますねぇ、香水か何かかしら? いい香りでリラックス出来たのか、凄く落ち着きます。顔がにやけてしまうですよ……悔しい、でも、落ち着いちゃう。
「麦野さん、気持ちいいです~」
「ッ……このアホ! アンタ、体は大丈夫なの?」
ん? 大丈夫も何も、特に問題ないですよ。いや、上手く体動かないんで相当やばいのか……いやいや、相当じゃなくてかなりやばいよ。アホか俺は。
「か、体が重いです」
「……他には?」
「関節が少々痛みます……」
「それだけ? 頭が痛いとか、上手く物事考えられないとか、そういうのは無いのね?」
む、麦のんが俺の体調を気にしているでござる……! いつもなら熱があろうが風邪引いて様がおかまいなしに雑用やらせてきた麦のんなのに、いきなりのこれは嬉しいじゃなくて、ぶっちゃけ気持ち悪い。いや、麦のんに対して失礼なのは承知の上なんだけど、本当にいつもと様子が違うので、別人かと疑ってしまった位だ。まぁ、どう見ても麦のんだけどさ。エツァリだったらワロス。
しかも麦のんの顔が怖いです。必死過ぎて血走ってるよ麦のん……これか敵意ある視線だったら、今この場で心臓麻痺起こして死ぬ自信がある。これ以上麦のんに詰め寄られるのが心底おっかないので、心配させない様にしないとね。
「大丈夫ですよ~、体も感覚がないとかそういうのじゃないですから。ただ関節の痛みがちょっと辛いですけど」
「……そう、なら良かったわ」
そう言って麦のんは近くに置いてあったパイプ椅子に座る。どうやら少しは落ち着いたみたいで、先程よりはいつもの麦のんに近い感じに戻ってきた。うんうん、麦のんはこうじゃないとこっちの調子まで狂っちゃうんですよね。だからといっても今命令されたとしても、まともに動けないんだけど。さぁ、ここで座った麦のん……俺にどんな命令があるんだい? いつもならはいはい言う事聞くけど、今はそういう訳にはいかないZE。
「り、りんご剥いてあげるわ」
「え?」
「え? って、何よ。何か文句あんの?」
「イヤイヤ、ソンナコトナイッスヨ」
え、やだ、なにこれこわい……
こ、これマジでエツァリじないよね? いや、今は時間的にいないのは知ってるんだけど、俺は目の前の存在をエツァリだと信じますよ。いや、むしろ変身してるエイワスだと言われても信じていいかもしれない。それ位、今の麦のんは別人にしか見えないんですよ。
だって今まで麦のん包丁使った事ないと思うし、多分使おうと思ったことすらないんじゃないかなぁ? それにいくら何でも俺に対して優しすぎます。いや、今までだって優しくしてくれなかった訳じゃないんだけど、こんな感じで俺に気を使ってるというか、何か悪い事隠してる子供みたいな仕草で対応してきた事もないしね。
ハッキリ言うと、麦のんは俺に何か隠してます。しかも言いづらい事ですね。
うーん、何だろうか? 俺がいつも使ってるコップ割ったとか、そんなのしか思い浮かばない。いや、そんなので麦のんがこうなるとは思えないので、やっぱり別の事かな?
……いや、分かってるんだけどさ。実際細かい事は分かんないけど、多分俺が浚われた事に関係してるんだって事くらい。現実逃避したくて別の事ばかり考えてたけど、それとしか考えられないよねぇ。嫌な予感しかしないけど、麦のんはかなり気まずそうな感じだし、俺が切り出すしかないのか……よし、覚悟は決めた。どんとこいやー。
「麦野さん、私に何か隠してない?」
「ッ……」
「大丈夫だよ。私は何があっても驚かないから」
うん、覚悟完了した俺にとって、麦のんから知らされる事実など特に問題はないのでございますよ。予想的には、俺が浚われたので急いで救出したけど、フレンダにはショックだから報せない方がいいかしら? これだね、これしか考えられない。だから麦のん、ささっと言っちゃっていいのよ。俺は大丈夫だからさ。
と、俺が考えている間に麦のんは苦渋の表情を浮かべていました。うわ、凄い悔しがってるというか……何か後悔? してる様な顔だわ。
「……フレンダ、何も言わずに落ち着いて私の話を聞きなさい」
そう呟くように言い放って、麦のんはゆっくりと話し始めた。
かくかくしかじか、って本当に便利だと思う。いや、そんな簡単な事じゃなかったんだけど俺からしたらあっという間に凄い事実告げられた感じに茫然としちゃってます。麦のんから告げられた事は、簡単に纏めるとこんな感じだった。
まず俺が浚われた、理由はよく分からないとか何とか。麦のん曰く『統括理事会』が関係してるらしいとか言ってたけど、何で俺は目を付けられたんだ? 別に派手な行動は起こしてないし、ただの『無能力者』なのに……
そして麦のんは俺を助けに来てくれたらしい。そしてそこで……まぁ、負けたそうです。正直、『一方通行』ですら実力行使を控える『学園都市』が相手だから、当たり前といえば当たり前だったのかなぁ。
そして、『暗部』への加入。もっと正確に言えば、麦のんがぶっ壊した研究所や殺っちゃった人員の補充の為に、俺と麦のんが暗部に入れられたとの事。そりゃあ、そうだよね。『超能力者』を暗部に引き入れるチャンスを、この街が逃すはずないもんね。
ど、どうしてこうなった……俺はこの世界でのんびり過ごして、たまに物語を端っこで見てる脇役Aになりたかっただけなのに、何でよりにもよって一番避けなきゃいけないと思ってた暗部に……しかもフレンダ真っ二つフラグの最重要人物、麦のんと一緒に堕ちなきゃいけなくなったのか。
いや、正直麦のんは悪くない。だって何だかんだで俺を助けに来てそうなっちゃったんだから、麦のんのせいじゃないのは間違いない筈だ(手段は別とする)。だ、だからといって俺のせいでもないよ、ね……? 別に目立った事もしたつもりないし、本当に何でこうなった。
「あ、あはは……」
俺は返答代わりに乾いた笑いを零す事しか出来ず、場の空気が重くなる。麦のんは麦のんで俺を黙って見つめたまま動かないし、誰か他の人がお見舞いに来てこの場の空気を壊してくれる感じもない。
こ、これはもうBAD END確定の状況ではなかろうか? 子供時代のフレンダがどのように暗部で過ごしていたのかは分からないが、ただの一般人の俺に荒ぶる暗部の中を生き残っていけるとは思えない。そもそも、俺は爆弾とか変なツール一切使えないから、ただのか弱い女の子だかんね。要するに戦闘能力は皆無です。
く、空気が重い……俺の心が落ち込んでいるのもあるんだけど、それ以上に麦のんから発せられている空気の重さが尋常じゃないです。もう、何て言おうか……全然勢いがない。普段の麦のんなら、「暗部に行ってもアンタは奴隷だからついてくるのよ。大丈夫、暗部なんてラクショーよ!」、くらい言っててもおかしくない筈なんだけど。
「フレンダ、アンタは心配しなくていいわ」
おっと、麦のんがとうとう口を開いてくれた。でも、何かすっごい思いつめた顔しとる……麦のんらしくない。
「確かに、私とアンタは暗部に入る事になったわ。でも、アンタは暗部の任務とか、作戦なんかに参加する必要はない」
「え? 何で……」
「アンタの分、私が動く。そして、アンタを決して戦わせたりなんかさせない。だからアンタは心配しなくていいの。私に全部任せなさい」
そう言って麦のんは一度軽く息を吐き、いつもの高圧的な笑みではなく……相手を威圧する嗤いでもなく、ぎこちなくも優しい笑みを浮かべて俺を見た。
「アンタは私が守る」
その一言に、俺は心臓の鼓動が高鳴るのを感じて頬を紅潮させる。今の麦のんの顔、滅茶苦茶可愛い。可愛らしさを表現する為に、天使の様な笑みとかいう表現をよく使うけど、今の麦のんの表情はそんなものじゃ計れない。聖母とか、そういうのでもない。まさに麦のんらしい顔だった。今まで麦のんと生活してきて長いけど、こんなに可愛らしい顔を見た事はなかたかもしれない。
そして今の一言に、俺は心底安堵を感じていた。何だか良く分からないけど、麦のんは俺を守ってくれるらしい。そして暗部の仕事もしなくていいと言っている。そして俺の事を守るとまで言ってくれた。流石に『スクール』との勝負の時にある最重要イベントの真っ二つフラグは折れていないけれど、これで当面の安全は確保されたと考えてもいい。何せ『学園都市』の『超能力者』が俺の事を守ってくれるのだから。
(ん……)
だから、さっきの麦のんの一言を聞いた瞬間に浮かんできた「もう一つ」の感情を出す必要性はない筈だ。それを言ったら、今まで努力して死亡フラグを回避しようとしてきた事が無駄になってしまう恐れがあるから。先程の麦のんの言葉に従って、脇役は脇役らしく地べたを這いまわって、この物語が終わるまで待てばいい。
その筈なのに、俺はゆっくりと……苦笑いをしながら口を開いた。
「ねぇ、麦野さん」
「何?」
「気持ち悪いです」
「……は?」
その言葉を聞いた麦のんは最初、訳が分からないと言いたげな顔で茫然としていたが、やがて意味に気づいたらしく怒りの表情を浮かべた。その顔を見て、俺は怖すぎて失禁するかと思ったけど、ここまで言ったらもう後には引けないので言葉を続ける。
「いつもの麦野さんは、私にズカズカ命令してくるし……それに我儘だし」
「ん、な……ぁ!」
「それに私に遠慮するだなんて、ぶっちゃけあり得ませんね。偽物ですか?」
「て、手前ェ……!」
あ、麦のんキレた。ギリギリと歯を食いしばり、俺を睨みつけてる。滅茶苦茶怖い……何で俺こんな事してんだろ。ぶっちゃけ、麦のんの言う事聞いてれば、こんな恐怖を味あわずに済んだのにね。本当に馬鹿すぎるって訳よ。
でもね、俺にとってどうしても納得出来ない事があったんだ。フレンダに転生してから、既に一年とは言わずとも半年以上経ってる。その中で、俺の生活は麦のんとずっと一緒だった。だからこそ納得出来なくて、つい口に出してしまったんだけどね。
麦のんが俺の襟首を掴み上げる。いや、関節痛いって! 怒りでもうどうしようもないのかしら……次の言葉で怒りを納めてくれなかったら、俺は終了のお知らせですね。
「アンタ……! 私がどんな気持ちで……」
「あは、やっぱり麦野さんだった」
怒り心頭の麦のんが何かを言う前に、俺はそう口を開いた。それを聞いた麦のんは不思議そうな顔をして俺を見る。よし、このままたたみかけるぞ!
「麦野さんは、人に遠慮しなくて、私には特に「奴隷」扱いだし、そして自分で髪とかさないし……」
「……」
「他にも色々とありますけど、私はそんな麦野さんが嫌いじゃないんですよ」
うん、これは本当なんだ。いや、マゾとかそういうの抜きにしてね。
確かに最初はおっかなくてどうしようもなかったし(今でも怖い時は怖いけど)、いつか絶対に麦のんから離れてやるとか奴隷生活なんて絶対に嫌です! とか思ってんだけどさ。人間っていうのは単純な生き物の様で、麦のんと生活していく内に楽しくなっちゃったんですよね。
冷静に考えたら半年以上一緒に生活してて、しかも寝食共にしてんだから情が移るのも当たり前な訳で、それで仲良くなって楽しくなっちゃうのも当然なのです。こんな考えは俺だけなのかも知れないけど、そうなっちゃったんだよねぇ。
だから麦のんのこんな姿は見たくない。いや、暗部入りは嫌なんだけどさ……
「にひひ、それに今の状況って麦野さんと初めて会った時とそっくりですね」
「そ、そうだったかしら?」
「うんうん、あの時内心は怖かったんですから~」
「う……」
よぅし、空気が柔らかくなってきた。このまま押し切らせてもらうぜ麦のんよぉ!
「それに、暗部っていうのがどんな場所か詳しく知らないけど、私がそんな状況になってたら、役立たずの烙印押されちゃいそうですよ」
「でも、その分私が頑張れば……」
「周りから見れば、私はサボってる様に見えちゃいますよ?」
そしてわざわざ自分も頑張ります。みたいな話に持っていってる大きな理由がこれ。そんな状態のメンバーを、あの暗部が見逃してくれるとは決して思えないのよねぇ。下手したら役立たずだと判断されて、違うメンバーと交代→機密を知る奴は始末、くらいやるのが暗部って場所だし。もう入る事が決まっちゃってるのならば、その中で最も良いポジションに付かなきゃ洒落にもならん。
そう、俺が狙ってるのは相変わらず麦のんの奴隷ポジションです。仕事内容的には浜面みたいに麦のんを手伝ってるけど、直接的な戦闘には介入しない方向のあの位置。麦のんの庇護が得られる位置で、しかも戦闘には参加しない。そして俺は普段通りアジトとかで料理したり掃除したりするのがメインのお仕事。やれと言われたら車の運転もしちゃますよ! ペーパードライバーだけどね。
「ね、麦野さん。だから二人で頑張ろう」
「フレンダ……」
「それに、私は麦野さんの奴隷だからね」
よし、ここ強調したよ。さあ、麦のんよ。これ以上の問答は不可よ、俺も一緒に暗部に行くのでしっかり守ってくれぇ! というかこれ断られたら、俺が暗部に粛清される恐れがあるので受け入れてくださいお願いします。と、考えている俺の前で麦のんの表情が変化していく。先ほどの遠慮している様な顔から、何時もの様な高圧的な笑顔へ。
「そうね、アンタに遠慮する私なんて私らしくないわ。何を勘違いしてたのかしらね」
おぉ、いつもの麦のんだ。うん、やっぱり麦のんはこうでなくちゃこっちの調子も出ないね。
「フレンダ、アンタは私の奴隷。だから私に着いてきなさいな」
「はいです~」
「暗部の仕事がどんなのかは知らないけど、碌なものじゃないのは間違いないわ。だから、アンタは私の後ろにしっかり着いてきなさい。手が届く範囲でなら、私が守ってあげる」
よっし! 麦のんからの守ってあげる宣言出ました。麦のんこういう時の約束では嘘吐かないから、少なくとも麦のんが俺を守ってくれる事は確定しました。ただ手の届く範囲って言ってるから、しっかりと着いていかなきゃ駄目だけどね。まぁいつも近くにいたから特に苦にもならん。これでBAD ENDは回避したぞ。『スクール』戦の時は……うん、後で考えよう。
しかし人生は分からないもんだなぁ。絶対に暗部だけは入りたくない、死にたくないでござる状態だったのに、今は麦のんがいるなら大丈夫かな? とか思えちゃってる。むしろ暗部入りの麦のんに○されるイメージが強いのは確かなんだけど、何でか知らんが意外と気楽になれてるんだよね。
「そうと決まれば、私は色々と準備しておくわ。だから早く退院するのよ?」
「にひひ、頑張ります」
何でだろうねぇ……麦のんの顔を見ると安心出来るんだわ。
*
それから二週間、俺は病院でリハビリしてました。いや、どうやらあの時三日間眠りっぱなしだったらしく、体が固まって上手く動けなかったんですよね。それに体もだるくてだるくてしばらくは起き上がることも出来ませんでした。それも今は大丈夫になったけれども。
あの後、麦のんは色々と暗部に対する手続きとかやってたらしいけど、見舞には頻繁に来てくれてました。お陰で寂しくないし、急いで退院しないとシメるとか言われてたので体に渇を入れる事が出来たよ! 少しは休ませてください。
そして今は……
「やぁだ、やぁぁだあぁぁぁ!!」
「レイ、わがまま言っちゃ駄目だ。ねえちゃん達が困るだろ!」
「うわぁぁぁぁ、いやぁぁぁぁ!!」
はい、只今施設前にてレイちゃんに泣かれて足に組みつかれている最中でござる。いっつも冷静というか大人びたレイちゃんが、今や涙と鼻水とよだれでまみれた顔を隠そうともせずに俺の足にしがみついてます。陸君もレイちゃんをなだめようとしてるけど、その眼には涙が溜まっています。いつもの二人の立場と比べると完全に逆だわ。
どうしてこうなったかと言いますと、俺と麦のんは施設から出る事になったんだ。下手に施設にいると足が付きやすくなるし、暗部にいる以上人の目に付きやすい施設はタブーとのこと。もう一つの理由は、施設の人間が人質に取られる可能性も考慮してるらしい。俺としても知り合いが人質に取られたりしたら嫌なので引っ越しには大賛成だったんだけど、それを知ったレイちゃんがこんな感じに……まぁ、いきなり引っ越しますとか言って、しかもその当日に出ていく(麦のんが俺の入院中に手配してたみたい)とかいきなりすぎるしね。
しかしレイちゃん号泣しすぎ……そんなに懐かれていたとは考えもしなんだ。せいぜい、「また今度会おうね」位でお別れ出来ると思ってたのに、これは予想外です。というか陸君も嗚咽上げ始めたし、近くで見てた田辺さんの目も潤んできてる。やべぇ、俺も貰い泣きしそうです。
このままでは四人全員が泣くというカオス空間が発生してしまいそうなので、俺はしゃがんでレイちゃんに視線の高さを合わせる。レイちゃんはそれに気付いて大泣きを止めて俺と視線を合わせてくれました。うわ、いつもは可愛らしい顔がとんでもないことに……これはこれで可愛いけど。
「大丈夫だよ、レイちゃん。ずっと会えなくなる訳じゃないんだから、また遊びに来るよ」
「いや……」
「ぅ……どうして?」
「おねえちゃん達に毎日会えなくなるのがいやな゛ん゛だもん゛ん゛ぅぅぅ゛……!」
うわぁ、これはどうしたら良いんだ? イタチごっこすぎる……このままだと玄関で待ってる麦のんの怒りが有頂天になってしまうのですよ。だからといってレイちゃんを強引に振りほどいていく訳にはいかないし……
と、俺が考えていたら田辺さんが近くにやってきて、レイちゃんの手を取ってゆっくりと俺から離してくれた。さっきは無茶苦茶凄い力で俺にしがみついてたのに、田辺さんどんな魔法を使ったの……? レイちゃんは今俺の脚の代わりに、田辺さんのお腹に顔をうずめて嗚咽上げてます。うぐ、心が痛いぜ……
「ごめんねフレンダちゃん。でも、レイちゃんの気持ちも分かってあげて」
「はい……グスッ」
あ、やばい。ちょっと涙ぐんできちゃった。だって仕方ないよね? こんなに泣かれたら凄い心に来るし、何だかんだで三カ月近くは妹と弟が出来たみたいに接したきたんだし……あ、陸君も凄い涙溜めてる。心にズンとくるわぁ……
「田辺さん、今まで本当にお世話になりました」
これは本当にそう。俺(麦のん含む)の我儘に付き合わせたのは一回や二回じゃないし、かなり気を使わせてしまっていたからね。それに田辺さんがいなきゃ、俺の心のHPはとっくに尽きている筈です。だから田辺さんには感謝してもしきれない。そんな俺の言葉を聞いて、田辺さんの目から涙が溢れてきました。ぐふぅ、これはクるわぁ。
「私こそ、フレンダちゃんには何もしてあげる事が出来なかったわ……今回の事も、私にもっと力があれば防げたかもしれないのに」
「田辺さん……」
あ、そうそう。田辺さんは今回の事情を知ってるらしい。麦のんが報せたのかどうかは知らないけどね。
「私こそ、田辺さんに何の恩返しも出来なくて……」
「ううん、私は貴方から色んなものを返してもらった……だから今は自信を持ててるの」
ううむ、相変わらず田辺さん良い人すぎるわ。とりあえずそろそろ行かないと、麦のん待たせ過ぎてるしね。
「これが今生の別れって訳じゃないですし、また遊びに来ますよ。レイちゃんも、また遊びにくるから元気出して」
「何時でも来てね、待ってるわ」
「フレ゛ンダおね゛え゛ちゃん゛……ま゛だね゛ぇぇうぅぅぅぅぅ!!」
レイちゃん……マジ可愛い。こんな素直な子を『置き去り』にするとか、本当に世の中の親は良く分かんないなぁ。一生後悔しやがれって感じだわ。
「陸君、レイちゃんの事しっかり守ってあげるんだよ」
「……うん」
陸君も我慢してて可愛いねぇ。いや、ショタコンじゃないですよ、ショタコンは某テレポーターさんだけで充分ですよ。そう考えて生温かい視線を送ってたら、突然陸君が顔を上げて近付いてきた。どうしたの陸君?
「フレンダねえちゃん! 俺、泣かないよ……だって男の子で強いもん」
「うん、陸君は強いって知ってるよ」
「だからさ……だから、俺がおおきくなったらこいびとになって!」
……what?
「え、えっと……陸君?」
「おれ、ねえちゃんが好きなんだ! だからおよめさんにする!
o、oh、これは予想外にも程がある。そして今の言葉にキュン、と来た俺は色々な意味でやばいです。いや、別に恋愛感情じゃないよ、当たり前だけど。そしてこういう言葉に対する返答は決まってるよね。
「うん、分かった。待ってるよ陸君」
「……うん!」
そう、希望を持たせてあげるのが大人の役割です。まぁ大きくなるころには忘れてるだろうし、こういう約束を黒歴史として人は成長していくのですよ。
さて、そろそろ時間かな……この施設でフレンダになってから色々あったし、やっぱり離れるのは何だかんだで悲しい。レイちゃんや陸君、田辺さんとも別れるのは辛いなぁ。でもこうしなきゃ死亡フラグを逃れられないし仕方ないよね。暗部に入るのが死亡フラグかも知れないけど、虎穴入らずば虎子を得ずって諺もあるし、これから頑張るしかないけどさ。
「田辺さん、レイちゃん、陸君。今までありがとうございました! また遊びに来ますから、その時はよろしくっ」
「えぇ、いつでも来てね」
「お゛ね゛え゛ちゃん゛、ま゛だね゛……!」
「グスッ、またねねえちゃん!」
そう言って俺は玄関で待つ麦のんの場所に向かう。麦のんは壁に体を預けて立ったまま待っていた。別に座ってても良かったのに。
「もういいの?」
「はい、これが今生のお別れでもないから」
「そうね……」
そう言って二人で歩きだす。入り口前に止まっていた車に乗り込むと、車はゆっくりと発進した。後ろを見ると、そこまで出てきた田辺さん達の姿が確認出来た。ついで、俺の目頭が熱くなる。うぐぅ、やっぱりお別れは寂しいもんだわ……
麦のんも後ろを見て目を細めている。流石に何か思うところはあるんだろうか? 何だかんだでレイちゃんも陸君も麦のんに懐いてたしなぁ。
俺はこれからの事を考える。暗部に入ったからには危険仕事とか、それこそ命に関わる事も結構あるかもしれない。下手したら『スクール』戦まで生き残れない可能性だってあるだろう。だが、俺は負けない! 何が何でも生き残ってこの世界を満喫し、勝ち組となるまで頑張るのですよ。フレンダのたたかいは まだはじまったばかりだ!
あ、とりあえず二人暮しになるらしいから、献立考えておかないとね……
おまけ
――新しい家(マンション)、初めての夜
「荷物整理は明日ね、今日は休んでいいわよフレンダ」
「はーい、おやすみなさいー」
「はいはいおやすみ。私の部屋に勝手に入ってきたら殺すからね」
「おぉ、こわいこわい……では、また明日です」
「おやすみ……」
フレンダが寝付いた事を確認し、麦野は自分のバッグからとある物を取り出す。取り出したソレを強く抱きしめると、自分の布団に入って目を瞑った。
「おやすみ、ピョン吉」