「暗部の常識? 知らぬぅ!」
「あーげあげあげあげあーげあげ~♪」
自作の歌を口ずさみながら手に持った箸を動かすのを忘れず、俺は残った左手で鍋の中をかき混ぜる。ぶっちゃけこんな料理方法危ないんだけど、慣れてる俺からすると効率が良いので意見は却下させてもらうのですよ。右手で器用に揚げてるコロッケをキッチンペーパーの上に移動し、ついでにシチューを煮過ぎない様、火加減に注意してかき混ぜる。
「こんなモンかなー?」
そう呟いて火を止めてシチューを器に盛り、コロッケを大皿に乗せる。で、今回初めて作ってみたバターロールを用意して、今日の晩御飯は完成です。バターロール、コロッケ、シチュー……カロリー高いなぁ。まぁ、たまにはこういうのも悪くはないでしょう。
「麦野さん、御飯出来たよ~」
「御苦労さま、食卓の準備もよろしくね」
「ういうい」
相変わらずの駄目麦のんの手伝いは最初から全くアテにしていないので、俺は素直に返事をして食卓の準備を始めた。二人分の食事の配置を終えると、麦のんの正面に腰を下ろす。そして麦のんが準備を終えたのを見計らい、両手を合わせて一言。
「いただきまーす!」「いただきます」
ますはバターロール。一口大に千切って口へと運ぶと、バターの風味と小麦粉の甘さが口内に広がる。初めて焼いたからちょっと不安だったけど、美味しく作れていた様で何より。食べてる麦のんに目を向けると目を輝かせてバターロール食べているので、どうやら合格点の様だ。うむ、御飯を美味しく食べれるのっていいよね。
シチューはバターロールをつけて食べるとしよう……うむ、我ながら美味である。これもバターの風味とシチューのまろやかさが合わさって実にいいね。さて、最後のコロッケなんだけど……麦のんの口に合えばいいんだが。
麦のんがゆっくりと口にコロッケを運ぶ。サクッ、という軽快な音と共にコロッケが咀嚼され、難しそうな顔をしてそれを飲み込んだ。俺の額に一筋の汗が流れ、部屋に緊張した空気が立ちこめる。やがて麦のんはゆっくりと右手を上げると、親指を上に立てて……
「合格」
「イヤッフウゥゥゥゥゥ!」
その言葉と共に、俺は右手を上げて飛び上がる。それを見た麦のんは苦笑して口を開く。
「大げさね、そんなに嬉しいの?」
「当然ですよ! 麦野さんを満足させる味って、本当に大変なんですから」
はい、麦のんはマジで料理に対するジャッジが厳しいです。この前作ったビーフシチューなんて、散々の評価喰らったからなぁ。今度は上手くいくように練習しとかなアカンね。
そしてお久しぶりです。二人でマンションに暮らし始めてから約一カ月が経ちました。その間は不思議な事に、一度も暗部の仕事が入っていない状況であります。いや、無いに越したこ事はないんだけども。
その間の俺と麦のんですが、特に何の不自由もなく生活させてもらってます。俺は基本的に家事全般を担当しているので結構忙しいのですが、麦のんはたまーに行く研究所以外は滅茶苦茶暇そう。ぶっちゃけニート……いえ、何でもありませんごめんなさいだからオシオキはかんべんしてくだひゃい……
ハッ、トラウマが蘇ってしまった。ぶるぶる、今後は下手な事を口にしない様にしないと。
という訳で、現状は暗部の仕事もなく凄く平和な毎日を過ごしているという事なんですね。お金の面は、流石は『超能力者』の麦のんという話で、頼めばどんな物(九割食材、残り食器や電化製品)でも買ってくれます。特に食材を何でも買ってくれるのは大きい。これで施設では試せなかった料理が色々試せるのだから嬉しいって訳です。
食べてくれるのが麦のんしかいないのが少しだけ残念なんですけどね。せっかくだからレイちゃん、陸君、田辺さんにも食べて欲しかったからねぇ……あと滝壺にも食べて欲しかった。あの食べっぷりなら、食べてもらう方も楽しいし。
しかし暗部に入ってからも、こんなに安穏とした生活送れるとは思ってなかったわ~。てっきりいつも命を狙われてる様な生活になるかと、己の中で決めつけていたからな。冷静に考えれば、原作の一方さんも麦のんも、私生活ではちゃんと生活出来ていたから仕事ない時は比較的平和だって理解出来たもんだけどね。あの時の俺は興奮と緊張でどうにかしてたのですよ、まる。
「んじゃ、片づけたらお風呂入るからそれの準備もお願いね」
「はいですよ~、今日は何にします?」
「んー、花の匂いも飽きたわね……アレだわ、前アンタが買ってきた奴にしましょ」
「あ~、『日本の名湯・百選』ですね。分かりました」
何の話かって? 入浴剤ですよ。麦のんは何かしら入れてないと、お風呂に入ってくれないのです。薔薇とかの匂いが好きらしいからよく入れてるんだけど、個人的には温泉っぽい臭いが好きなので個人的に購入している物があるのだ。最近は麦のんも分かってきたらしく、よく使われます。やっぱり日本人は温泉だよね。本物の温泉行きてぇ……
しかし麦のんと二人暮らしって……最初はどうなることかと思ったけど、意外に上手くやれてるなぁ。家事(特に料理)は楽しいし、麦のんも最近安定してるから一緒にいるのも気楽だし、家事以外はニート生活を満喫出来てるしね! 駄目人間とか言うな。
さてと、では食器を片づけたらお風呂の準備をして、麦のんの背中と髪を洗わんといかんし中々忙しいわ。まぁ、暗部の仕事をやるのに比べたら全然マシなので、ぶっちゃけ永遠にこのままでいいです。とか考えてたら、突如麦のんのバッグから鳴る携帯電話の着信音。
「……フレンダ、食器片付けてて」
とか言ってバッグから携帯を取り出して着信ボタンを押す麦のん。
……いや、電話の相手気になりすぎるので無理です。とは返せなかったけど、このタイミングで来るとか、ないでしょ? いや、さっきの台詞は別にフラグ立てたかった訳じゃないんだけど……きっと田辺さんからの電話だよね! たまに来るし間違いないそうに違いない。
「えぇ……分かってる。そんな事いちいち言うんじゃねぇよ、切るわ」
そう呟いて電話を切る麦のんを見て、俺は盛大に溜息を吐くのと同時に、とうとう来たか……と心の中で覚悟を決めた。今まで来なかったのが不思議な位だし、むしろ不気味だったとも言えるしなぁ……でも、正直来てほしくなかったというのが本音だ。
麦のんが不機嫌な表情で俺へと振り向く。そして重々しく口を開いた。
「仕事よ、明日の昼に出かけるから準備しときなさい」
*
天気は雨、とはいっても小雨程度の降り方で特に傘をささなくてもちょっと濡れる位の天気だ。夜には晴れる見込みであり、明日はショッピングモールでのんびりお買い物がオススメのぽかぽか天気らしいです。いや、こんな事言ってるのは現実逃避してるせいなんだけどさ……
昼頃に俺と麦のんを迎えに来たのは、下部組織の一人らしい男。そいつが案内してくれたのは一台のバスだったんだけど、これがどう見ても怪しい一台。ガラスは完璧なまでに中が見えない様に加工されてるし、明らかに普通のバスの装甲してないんですよね。これって逆に目立つんじゃないか? って感じのものでした。で、今それに乗ってどこかに移動してる最中なんだけれども……
「……」
「……」
「……」
(こええぇぇ)
はい、中に乗ってるのは俺と麦のんだけじゃないんです。ちなみに内部はテーブルが真ん中にあって、それを椅子が囲んでいる感じ。よくテレビ番組で見る、パーティとか中で出来るようになってるアレと一緒の構造。それに隣同士で座っている俺と麦のん。そしてテーブルの向こう側に座ってるのが、明らかに俺は悪人ですよというのが丸出しなゴツイ男とその一味みたいな? 正確にはごついの一人にチンピラっぽいのが三人ほどね。『スクール』とか『ブロック』が反乱起こした時にはいなかったけど、見た感じ他の暗部組織の一つだろうなぁ。ていうか見た目が怖すぎて、俺はさっきから苦笑いしか出来ませんです。あ、ちなみに俺達を案内した男は運転席にいます。
あと、あの男達なんだけど明らかに俺と麦のん舐めてます、って目付きしてる。何というか、ヘラヘラ笑ってて凄いむかつくわぁ。ハッ、お前等なんて麦のんの手にかかれば塵ですよ塵! だからそんな顔出来るのも今の内だってばよ! 俺? 俺は勘弁してください。
「フレンダ、お茶」
「あ、はい」
そんなか弱い俺が正気でいられるのは、隣に麦のんがいるからです。麦のんはこんな状況でも全くお構いなしの様で、さっきから俺が持ってる水筒のお茶を飲んだり飴舐めたりとやりたい放題です。でも、いつもと変わらない様子の麦のんがいるからこそ、こんな状況程度でビビる事ないなぁと思える自分がいる。麦のんには感謝感謝ですぞ。
「なぁお前、『超能力者』なんだってな」
おっと、チンピラっぽい一人が声をかけてきた。リーダー格のごついのが「止めろ」とか言ってるけど、チンピラはヘラヘラ笑いながら麦のんを馬鹿にした目付きで睨んでる。一方の麦のんはというと、相手にしてない感じです。ほら、今も俺が注いだお茶飲んでのんびりしてるし。まあ、こんな狭い空間でブチ切れされると俺まで巻き添え喰らう可能性が高いので、切れなくていいんだけど。だからチンピラちょっと自重しろ。
「『超能力者』って奴は軍隊も相手に出来るって話じゃねぇか。羨ましいねぇ~、俺達『無能力者』と違って、存分に力で相手を潰せるんだからよ」
小物乙、というか『無能力者』なんかい。よくそれで麦のんに喧嘩売ろうとか考えるよなぁ……あれか、相手が子供だから自分には手を出さないとか思ってるんかな? それは大きな勘違い。だって麦のん相手が誰でも容赦しないからね! よく「オシオキ」喰らってる私が言うんだらか間違いない。切れた麦のんは真性のドSです……ぶるぶる。
ちなみにそれを聞いた麦のんはと言うと、いつも通りにスルースキルを発揮して完全にシカトし、お茶を飲みほしてコップをテーブルの上に置きました。さっすが麦のん、そこに痺れる憧れる! でも、普段はもう少しだけ家事手伝って欲しいかな。
「おい、何とか言えよ『超能力者』様よぉ。それとも下賤な『無能力者』とは口もきけねえってのか!?」
「よせ。これから仕事をする間柄の相手に、喧嘩を売っても仕方ないだろう」
言葉が荒くなってきたチンピラを見かねたのか、とうとうごついリーダーが制するように口を開いた。いや、遅いです。今日の麦のんの機嫌が良かったからいいものを、もしいつもの麦のんなら車ごと塵にされてる所ですよ。リーダーたるもの空気を読んで行動しないと……いや、ここで能力発動されると、俺も巻き込まれるからなんだけどな。やられるのならば自分達だけにしてください! 正直いつ麦のんが切れるか気が気じゃなかったんだからさぁ。
……ん? 麦のんが使ってたコップにヒビが入ってる。おかしいな、今日の朝は普通だったと思うんだけど。
とりあえず早く着かないかなぁ……息苦しすぎますよ。
*
さて、到着したのはどこだか分からないけれど、薄暗さ満点の路地裏っぽい場所。あれからバスでこの近くまで来て、近くの道路から徒歩でここに来たのです。それまで麦のんと私のチームと相手のチームの中には一度の会話もありませんでした。空気重すぎです。
「さて、今日の仕事だが……とある馬鹿組織が外のとある会社とつるんで、『学園都市』の技術を流出させるという計画が、今夜あるらしい。それを阻止するっつー簡単な仕事だ」
「阻止ねぇ……それだけ?」
麦のんは普段の柔らかい表情と違って、今の麦のんは冷たい感じがします。普段から怖いとか、確かにそういう時もあるけど、いつも一緒にいる俺としては麦のん優しい時は優しいし、怒ってる時は冷たいというか熱い怖さなんですよ。なので今の麦のんは、俺的に一番怖い感じがする麦のんなのです。
あ、麦のんの言葉を聞いた男がニヤリと笑った。その顔見てあだ名を決めましたよ、こいつはゴリラ。
「んなワケあるか。取引を潰すのは当然だが、これを計画した奴を生かしておいたら暗部のメンツが立たねぇよ。当然、それに協力した外部の人間もな」
「そんなことだろうと思ったわ。想像した通りの屑で逆に安心出来るわね、暗部って奴は」
「何言ってやがる。お前だってもう暗部の人間なんだ。どんな理由があろうとも、ここに来た時点で人間の尊厳とかは捨てた方がいいぜ。それを捨てられない奴は真っ先に死ぬ事になるからな」
その言葉を聞いた麦のんの顔が歪みました。うわ、超不機嫌になってるし……
「手前ェ等と一緒にすんな。確かに私は屑かも知れないけど、少なくとも手前ェ等と同一視はされたくないわね。今後そんな目で私を見たら、消し炭にしてやるから」
「このガキ……『超能力者』だからって調子に乗ってんじゃねぞ!」
麦のんの言葉に、チンピラの一人が激昂して掴みかかろうと手を伸ばした。が、その瞬間チンピラの足元に『原子崩し』が撃ちこまれる……うひぃ、ありゃあ怖い。
「触るな、仕事だから仕方なく一緒にいてやってるけど、本当なら敵ごとアンタ達をボロクソにしてやってもいいんだからね」
「ぐ……」
チンピラざまぁ。だから下手に麦のん怒らせない様にって言ったのに! いや、心の中で呟いただけで、一回も口に出してない訳なんですがね。でもチンピラの自業自得だしいいよね!?
「馬鹿野郎、今回の仕事仲間に何しようとしてんだ。『原子崩し』、悪かったな。コイツは馬鹿なもんでね、礼儀を知らない」
うわぁ……コイツも白々しすぎる。どう見ても部下の暴言とか行動止めもしようとしてないし、目が心底俺と麦のん舐め切ってるし、これは許せませんな。麦のん言っちゃれ言っちゃれ。
「別に構わないわ。ただ、次はないわよ」
……あれ? これは逆に予想外。これだけ無礼な真似をした相手を、麦のんが許すとは思いませんでした。というか、殺すとまでは言わないけどフルボッコにするくらいやると思ってたわ。
いや、麦のんはきっと優しさに目覚めたのでしょう。最近俺と一緒にごろごろしてたから、平和ボケしたのかもしれない。これは良い傾向、だって凶暴な状態でいる麦のんと常時一緒とか考えたくもないしね! 麦のんはもっと平和ボケしてもいいのよ?
「さて、無駄話はここまでだ」
ゴリラがそう言った瞬間、場の空気が一変する。先程麦のんに絡んでいたチンピラも、他の二人も、そして麦のんさえも鋭く冷たい空気を発している。俺はいつも通り、のほほんとした空気しか出せません。こんな空気出せるなら暗部に入ったってやっていけそうだね。
く、くそぅ……何だか負けた気分になっているので、負けずに俺も表情をキリッ、と引き締める。そして体の中で気を練る様に力を込めるのだ! そんな俺の様子に気がついたのか、麦のんは俺の方に視線を向けて苦笑する。あぐぅ、その微笑ましい物を見るような視線を向けないでくれ……ちょっと傷つくのです。
「フレンダ、アンタはいつも通りで良いのよ。無理してこの空気に合わせようとしなくていいわ」
「で、でも……」
「……アンタがいつも通りでいるから、私はどんな事になっても「いつも」の私に戻れるの。だから、アンタはそのままでいなさい、これは命令よ」
そう言ってニコッ、と笑う麦のん。ううむ、これを言われると逆らえなくなるんだよなぁ。ま、麦のんがそう言ってくれるのであれば、俺はそうで良いんでしょうよ。
「ふぅ、分かりました麦野さん」
「よろしい。とりあえず今回は私が前衛になるらしいから、アンタをずっと護衛している訳にはいかないわ」
前衛……という事は、ガンガン前に出て敵と戦うって事ですか。そりゃあ確かに俺如きが着いていったら、足手まといどころか100%死ぬ自信があるね。
「それじゃあ、私はどうしてましょう?」
「どこか適当に隠れてなさい……としか言えないわ。戦闘が終わったら、私から電話するから携帯は絶対に持っておく様にね。それと、これも持っていきなさい」
そう言って麦のんが差し出した物を見て、俺は目を見開く。
その手にあったのは拳銃。拳銃と言っても、大口径でロマン溢れるマグナムみたいなのではなく、ましてやマシンガンとかアサルトライフルみたいな大型の物でもない。二連装の……デリンジャーとかいう物か? 知識があんまり無いから分からないけど、あくまで護身用といった感じの拳銃だろう。
「使わないに越した事はないけど、一応ね」
「わ、私……銃なんて使った事ないんですけど」
「知ってる。だから私も速攻で仕事を終わらせるから、これを持ってどこかに隠れてなさい。絶対に無茶はしない事、いいわね?」
うぅ、仕事の初回早々にいきなり麦のんと離れ離れになる事になるとは……いや、敵は麦のんが引き受けてくれるんだし、俺はその辺に隠れていれば終わるはず。それまで大人しくしていればいい話だ。
む、麦のん! 期待してるから、早く来てね。
*
「と、いうわけで私は只今ゴミ箱の中に隠れているのでぃす」
麦のんと別れた後、俺は近くにあった空のゴミ箱の中に身を隠しています。ちょっとだけ中が臭いんだけど、命には代えられないので我慢しています。この程度大した苦労でもないぜ! でも帰ったら絶対にお風呂入ってやる。
ちなみにさっきから、建物が崩れたみたいな轟音や、爆発みたいな音が周囲に響きまくっていたりします。いや、安全な位置にいる俺が言うのも何なんだけど、すげぇ怖い。漏らしそうなくらい怖い。こ、これって麦のんの『原子崩し』による破壊音なのかなぁ……流石は『超能力者』。あの時の研究所で知ってたつもりだったけど、いざ実感すると余計に凄さを感じる。
ここまで断続的に破壊音が聞こえてくるので、どうやらまだ終わらない感じかな。狭いし暇なので、早く帰って御飯の準備をしたい処なんだけどなぁ。あ、その前にお風呂の準備して、麦のんの着替えも準備しておかないと
「上手くいったな」
って、うおおぉぉぉ!? びっくりしすぎて心臓が破裂するかと思ったわ!
何事かと思い、少しだけ蓋を開けて外を見たら、そこにいたのは……あ、あいつ等今回一緒に組んでたゴリラ&チンピラ三人組じゃないか。まだ麦のんが戦ってるのに、こんな所でさぼってるのか……暗部としてそんな消極的で恥ずかしくないのかしら、ぷんぷん(俺の事は言うな)。
しかし上手くいったとは何の事じゃろ? 今回のお仕事が順調に終わったって事なのかしら。そりゃあ『超能力者』が味方にいて失敗したら、それこそ無能ってレベルじゃなくなるでしょ。『スクール・ブロック反乱』の時は、超能力者のバーゲンセール状態すぎてその理論は関係なかったけど。
「あぁ、流石は『原子崩し』だ。いい目くらましになってくれたぜ」
ん? 目くらましって……
「本当に大丈夫なのかよ? もし、失敗したら……」
「馬鹿野郎、何の為に今まで準備してきたと思ってるんだ。外の連中とも取引は済んでる。後はコイツを渡すだけだろ」
そう言ってゴリラが乱暴に何かを引っ張る。その先に見えた光景に、俺は思わず息を飲んだ。
まさか、自分以外で首輪を付けている幼女に出会えるとは思いませんでした。ただ、俺が思わず息を飲んだのはその事じゃない。体中に確認できる無数の青痣、注射針の跡、光を宿していない瞳、ボサボサの髪の毛。全てがあまりにも非日常すぎて、そして初めて見る凄惨な光景に、俺は息を飲んだのだ。
そうだよ、忘れてた。こんな事が日常茶飯事なのが、『学園都市』の闇って奴だった。そして、先程のこいつ等の言葉……そう、暗部が自分達の立場に不満を持っているのも、この街の特徴だった。詳しい事情なんて知った事じゃないが、こいつ等はあの子を外に売り渡すなり取引に使うなりするつもりなんだろう。
もしかして、今回の仕事自体が罠だったのか? いや、それはないか。いくら何でも『統括理事会』直々の仕事自体を罠にするなんて、無謀というか無理にも程がある。ということは、こいつ等最初からこの仕事内容を知っていたのか、もしくは何らかの方法で調べ上げて利用したに違いない。と、とりあえず麦のんに連絡を……って、ちょっと待て。
よくよく考えると、俺がここででしゃばる必要はないのか。ここで電話をすると、相手にばれる可能性があるし、ジッとしてればこいつ等は俺に気づかず去っていくだろう。そしたら麦のんと合流して、この事を報告すればいい。
とりあえず手に持った銃に弾が入ってるか確認して……
それに冷静になって考えてみると、俺がこの子を助ける義理も義務もないし。これから自分だって危ない橋を渡っていくのに、人助けなんてやってられない訳よ。
あれは消火器か……よーく狙って……
次の瞬間、デリンジャーから放たれた銃弾が奇跡的に消火器へ直撃し、周囲は一時的に白煙に飲みこまれた。
*
「はっ、はっ、はっ!」
走り過ぎて荒れまくった呼吸を整えるために、何度も酸素を取り込むよう空気を吸い込む。心臓は今まででも最高潮のビートを刻み、遠慮なく俺の体を打ちつけてくる。
超苦しい。いや、どうしてこうなった? すみません、自己責任です。
胸を押さえている右手ではなく、左手に繋がれた青痣の目立つ腕。体中にも同じく青痣、そしてボサボサの髪に光の無い瞳。
そうです、フレンダはついやっちゃうんだ☆ いえ、やっちゃいました。あいつ等が消火器の白煙で怯んだ隙に、少女の手をとって全速力で逃げてきたのでありますよ。
いや、何でこんな事したのか自分でも分からん。だってあまりにも危険すぎる。相手は暗部の人間だし、何より体格も年齢も体力も何もかもが上。敵に回したらタダで済まないどころか、捕まったら絶対に命は無い。もし最初に銃を外したら、その場で殺されていたはずだ。なのにどうしてこんな事したのさ自分!? 助けたって何の得もないし、メリットだってないのに……
「そ、そんなん……き、決まってる……でしょうがぁ~」
自分に言い聞かせるようにわざわざ声を上げ、そう言った。
うん。目の前で子供があんな目にあってたら、助けようって普通思うよね。陸君とレイちゃん見てたせいかな……この子が今までどんな扱い受けてきたのか、これからどうなっていくのか考えたら、自然と手が動いた。ただそれだけの事なんだ。
確かに暗部は酷い所だし、こんな悲劇なんて星の数以上にあるのかもしれないけど。目の前で見たからには捨て置けない。それに、この子が外に出されたら結果的に仕事は失敗、役立たずは始末で……何て事になってら洒落にならない。
……あ゛ーもう! こうなったら、とことんやったろうじゃん。この子も助けて、任務も成功させて、あいつ等に目に物見せてやるわい!
「……おね、えちゃ、ん、だれ?」
そう言って虚ろな視線を向ける少女に、俺は「にひひ」と笑う。自分の震えを押し隠した笑いだったけど、少女には余裕の笑みに見えたかな? そして俺は『一方通行』みたいに、自分の正体を隠したりしないぜ。
「貴方を助けに来た、ヒーローよ」
やったる、絶対に生き残ってやる。だから、麦のん早くきてえええぇぇぇぇ! 助けてええぇぇ!