「ファーストコンタクト」
2……3、5……7…… 落ち着くんだ……「素数」を数えて落ち着くんだ…… 11……13……17……19、「素数」は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……俺に勇気を与えてくれる。
などと俺が現実逃避している間に、男は「麦野 沈利」の紹介を進めていく。魂が天国をスッ跳ばして冥界に行ってしまっている俺にはその内容を殆ど聞いていなかったのだが、言いたい事は大体分かった。簡単に纏めると
麦のん今日からここに住むよ。
施設の事はよく分からないだろうから誰か一緒にいれる子いない?
あぁ、いますよ(笑)
……うん、何ていうかね。神様って奴はさ、幼女とか転生したばっかりの心が脆い人間には手心を加えて欲しいんだ。いきなり麦のんとか心の準備とか、その……ね?
ぶっちゃけて言うとめっちゃ怖いんですぅ。
こんな状況でも麦のんは一切周囲に目を向ける気がなさそうだし、男は柔和な笑みを浮かべてそのままだ。田辺さんも動く様子がない。このままではこの居心地の悪い状態のまま延々と時が過ぎていってしまうのだろうか? 胃に穴空くぞ。
第一何で麦のんがこんな『置き去り』の施設に住む必要性があるんだろうかと思う。確かに麦のんは生い立ちがハッキリしてないし、どんな生活を送ってきたのか不明ではあるが、漫画版の超電磁砲の扉絵に少しだけ小さい麦のんが載っていたのを記憶している。薄ら覚えだが相当いい所のお嬢様といった感じだったはずであり、そんな子が『置き去り』になるとは考えにくい。まぁ何が起こるか分からないのが学園都市ってやつなんだろうけどね。
そんな事を考えて黙っている俺を見かねたのか、マダオ(今命名)は麦野に視線を向けて微笑みを浮かべたまま口を開いた。
「『原子崩し(メルトダウナー)』、この施設を案内してくれる子だよ。挨拶の一つでもしてはどうかな?」
おぉ、もう『原子崩し』って呼ばれてるし。まぁ麦のんにちゃん付けなんてして呼んだ日にはマタ/゛オになってしまう事だろうから、異名以外だと呼びにくいよね。かくいう俺も心の中では麦のん麦のん連呼しているけれども、実際本人を前にしてはそんな呼び方絶対に出来ません。そんなことした日には真っ二つになってしまうことだろうしね。
まぁそんな周囲の声も気に留めず、麦のんは相変わらずゲームに没頭してる訳なんだよね。大の男に隣で注意受けてるというのに完全スルーとは……麦のん、恐ろしい子! でも最近こういう子多いよね。
反応を示さない麦のんに男はまるで困っていますと言わんばかりの白々しい笑みを浮かべて俺に視線を向ける。いやいや、無理ですから。こんな状態の麦のんに話しかけるとか死亡フラグ以外の何物でもないから。マダオがやんなさいよ。
そんな中、田辺さんは不安そうな表情で俺とマダオを交互に見やっている。どうやら田辺さんの救助は期待出来そうにもなく、やがてマダオはゆっくりと口を開いた。
「フレンダちゃん、君が話しかけてみてくれないかな? この子は少し人見知りでね、同世代の子なら少しは緊張も紛れるかもしれないしね。」
どう見ても同世代ではないです、本当にありがとうございました。と、心の中では冗談めいた事を考えてはいるが、ぶっちゃけて物凄いやばい。汗は凄いかいてるし、心拍数は物凄い事になっていそうなほどバックンバックンいっている。
やばいやばいやばいやばいやばい。さっき死亡フラグ立てない様にしなきゃ駄目だね、麦のんとは関わらない方向かアイテムとは無関係な方向でいくよ。とか考えてたのにもう俺が話さなくちゃこのイベント進まない感じだよ。だってマダオは全然やる気なさそうだし、田辺さんは心配そうに状況見守ってるだけだし、ゆとり麦のんはゲームしてるし……もう俺しかいないじゃない。まだこの世界に来て一時間くらいしか経ってないのにこんな死亡フラグが立つなんて考えもしなかった。そもそも麦のんとフレンダはこんなに早い時期から知り合っていたなんて知りもしなかったし。
……分かった、分かったよ! 覚悟決めるよ、決めればいいんでしょ!?
一度大きく唾を飲み込み、右足から踏み出す。麦のんのところまでせいぜい数歩しかない。死刑執行の部屋に行くのと変わらない気持ちで足を進める。心配そうな顔で見送る田辺さんから離れ、ニコニコと殺意の沸く笑みを浮かべたマダオの隣を素通りし、俺はとうとう麦のんの隣へとやってきた。麦のんは相変わらずゆとりモードであり、隣に俺が来ても全く反応する様子は見られない。
麦のんが反応する様子はないのでこちらに気づかせる作戦はまず失敗。仕方ない、こうなったら第二プランだ! (行き当たりばったりです)
麦のんの隣に座り、どんなゲームをやっているのか覗き込む。どうやらごく一般的な縦スクロールシューティングゲームらしく、飛んでくる敵の戦闘機を麦のん操る赤い機体が次々と撃墜していく。しっかりと敵の弾を見分けて捌いていく赤い戦闘機はどうやら残数一機らしい。さっきから危ない場面がばんばん出ている。それでもやっているステージは敵の攻撃の厳しさ、ステージの雰囲気などからラストステージなのかなぁと初見の俺でも理解出来た。ふむふむ、これなら確かに集中しすぎるのも分かるね、大事な場面だもんね。
でもね、言わせて欲しい。
麦のん、まだまだシューティングゲームをやるのは甘い!
今まで言ってなかったけど、俺はゲームの中でも特にシーティングゲームが物凄い得意でしかも大好物だ。新作は大体チェックしてるし、既存の作品はかなりプレイしてやり込んでいる。いつも行ってるゲーセンでにあるシューティングゲームのランキング一位は殆ど俺だ。自慢じゃないけど今麦のんがやってる程度の難易度であれば、ノーミスでクリアできる。
必死になって指を動かし続けている麦のんを見ていると、自然と笑いが込み上げてきた。例え一人で軍隊と戦えるという触れ込みの「超能力者(レベル5)」でも、凡人に勝てない事もあるんだなぁ、と麦のんの隣で笑みを浮かべる。その様子を見ていた田辺さんとマダオが少し驚いた様子の表情を浮かべるが、俺は特に気にもせず麦のんのプレイを眺め続ける。
と俺が隣で微笑ましい(生暖かい)視線を送っている間にも、麦のんの表情はどんどん切羽詰まった感じになってきている。見れば操作もかなり雑になってきている感じで、先程まで余裕のあった感じの動きではない。落ちるのも時間の問題であろう。
あ、だからそっちに避けちゃダメだって……そこはボム使う場面じゃないでしょ! 違う違うそうじゃなくてね、もっとこうスィーッと動く感じでもうあああああぁぁぁぁあああーー!!
「そこじゃないって!」
「きゃっ!?」
ボボーン ゲェムオゥバァー ノーコンティニゥ
…………
機械の無機質で無慈悲な声が終わり、ロビーを静寂が支配する。今までロビーに響いていたゲーム音が消えたから当然でしょという人もいるだろうが、違う。
先程まで聞こえていた鳥のさえずりが、虫のさざめきが、外を走る車の音さえ消えた。ニコニコと微笑んでいたマダオから笑みが消え、田辺さんは口元を押さえて俺を見ている。
俺? 俺はいつも通りですYO。少し唇が不健康な青紫になって変な汗が滝のように溢れてきて内蔵が震える様な感覚に襲われているけれども、いつも通りですよ。
ちょ、ちょっと待って、言い訳をさせて欲しい。まず何がいけないって麦のんがいけない、いけないったらいけない。
そしてマダオがいけない。いたいけな幼女にこんな妖怪ゲフンゲフン超能力者の相手をさせるのがいけない。ばかなの、しぬの?
田辺さんは……うん、何ていうか少しは喋って欲しかったかな。
隣に座っていた麦のんがゆっくりと立ち上がる。それだけで俺の心臓はエンジン全開状態でバックンバックンいっている。麦のんはそのままゆっくりと俺の前に移動した。どんな状態かというと、座ったまま俯いている私を麦のんが立って見下ろしている感じだ。
こえぇ……顔が上げらんない。見たら私絶対石化する、間違いない。大体さっきまでの俺は何考えてたんだ。ゲームの事だけで麦のんに口出ししてもいいとでも思ったのか? それはどう考えても死亡フラグだろ。
どうしようどうしようどうしようどうし(ガッ)ひいいぃぃぃくぁwせdrftgyふじこlp!! む、麦のんの手が、手が私の襟元にぃぃ!!
涙他様々な液体が零れ落ちそうな恐怖を我慢して顔を上げる。そこには、「私不機嫌です」ありありな麦のんの顔があった。
父様、母様、妹へ。この度最後のお願いがあります。私の部屋のパソコンのハードディスクは分解してから燃やして灰にしたあと鍵付金庫に入れて海中に投棄してください……