「偽善」
目の前で愛想笑いを浮かべながらも汗ダラッダラな上条さんを見ながら、俺は心の中で考えているのでありますよ。
うむ、昨日聞いてたんだけど忘れてました。『樹形図の設計者』が壊されているという事は、上条さんはインデックスの首輪を壊した後という事に他ならない。よって上条さんの記憶は綺麗さっぱり失われてるって事やね。そんな時に現れた俺は初対面と変わらないのか。何か寂しくなるな。
上条さんはいつまで経っても応えない俺に不安そうな表情を向けてきた。俺としては事情を知ってるから別に不快に思ったりしないんだけど、ふとしたイタズラを思いついた俺はニヤリと笑います。そして、その場にヨヨヨ……と崩れる様に倒れた。
「ひ、酷い……久しぶりに会えた彼女に対する返事がそれなの?」
「へ……? え、えええええぇぇー!!?」
ぷーくすくす! 本気で焦ってる上条さんの顔が面白すぎます。こういうドッキリ的な悪戯は楽しくて仕方ないな。昔……というか、フレンダじゃない頃はこうやって男友達と馬鹿してたっけなぁ……
「上条君、そうやって私を捨てるのね……あぁ、この世は無常すぎるわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今頭の中整理してる途中だから! え、えーっと、君は俺の恋人で……!? い、いやいやいや!」
「……ぷっ」
だ、駄目だ……もう我慢出来ない!
「ぷ、あはははは! 冗談だよ冗談ー、上条君もそれに乗ってくれるなんて人が良いなぁ」
「へ?」
「私達、前に一度会っただけじゃない。それとも、本当に忘れちゃってたとかじゃないよね?」
「あ、いやー……」
「ふふ、名前くらい忘れても仕方ないかも? 改めて、私はフレンダだよ。よろしくね上条君」
「あ、ああ……こちらこそ」
茫然と俺が差し出した手を掴む上条さん。よくよく考えると、上条さんとこうやって接触するのは初めてかな? うーむ、何か感動しちゃうのだぜ。
「上条君、卵探してたでしょ? これどうぞ」
「あ、ありが……って良いのか? これ最後の一つだろ?」
「良いんだよ~、ついでに買おうとしただけで家にはあるからね」
うん、その前に苦学生である上条さんの貴重なタンパク源を強奪する程、俺は鬼でもないし飢えてもいないのです。それに上条さんの家には滝壺を超えるであろう大喰らいさんがいるだろうしね。
「何か悪いな。俺が取っちまったみたいだし……」
「あはは、気にしなくていいよ。そうだな……代わりと言っちゃなんだけど、駅まで一緒に荷物持ってくれない? 向こうに着けばタクシー使うんだけど、ここから駅までも結構遠いしね」
何より上条さんともっとお話ししたいんです。あの時は眼鏡君のせいで色々忙しかったし、あんまり話せなかったんですよね。結局眼鏡を説教した後から会ってないし。
「おぉ、卵を譲ってもらえるならそれくらいお安い御用ですよ。上条さんは常に紳士でいたいのです」
……うーん、どう見てもさっきのキョドった時以外記憶喪失には見えないよね。口調どころか、雰囲気すら変化が見られません。原作知らないとマジで記憶喪失には気付かないだろうな。原作で一番最初に気付いた美琴……だっけ? も、確か電話で聞いたからこそ気づいた筈。
「あはは、ありがとね上条君。じゃ、レジに行こうか」
「おぅ」
レジへ行き、自分の買い物をささっと済ませる。ついでに上条さんの買い物も一緒に払っちゃおうと言ったんですが、それは流石に悪いと断られました。流石は上条さんやでぇ……上条さんマジ紳士。男女平等パンチはあれだ……相手が悪いという事にしておいてあげてね!
「ありがたやありがたや……これでしばらく食いつないでいける……!」
「んふふ、随分困窮してるみたいだけど何かあったの? 上条君はもしかして大喰らいなのかな?」
「あー、いや。上条さんは平均的な男子高校生と変わらないのでございますよー、ただ同居してるのがな……」
「ほほう」
「あ、いやいや! 同居してるって言っても、それは妹みたいなのっていうか! 少なくともそういう意味ではないというか!」
上条さん迂闊すぎ。俺は知ってるから良いとしても、これを聞いたのが御坂だった日には詰問と電撃の嵐ですよね。
「成程成程、上条君が女性と同居しているという事は分かったよ。これは良い事聞いたかなー?」
「あああ! こ、この事は内密にしてくれると助かるのでせうが……」
上条さん必死すぎ(笑)。まぁ、男子生徒である上条さんが一般のアパートでもない寮に女の子を連れ込み、あまつさえ同居していて更に相手は不法侵入者ときたもんなんだから、ばれたらとんでもない事になるのが普通なのよね。それを黙ってあげている小萌先生は優しすぎるというか、ある意味懐が深いっていうのかなぁ?
「にひひ、良いよ。上条君も色々と複雑な事情がありそうだし、黙っておいてあげよう」
「おおおぉ! 神様仏様フレンダ様!」
「わはは、もっと褒めてもいいのですよ?」
や、やばい……凄い気分が良いですよ!? 普段は周囲の人間に気を配り、かつ失敗したら危険(命的な意味で)に晒され続けている俺ですが、上条さんはそんな俺の気持ちを晴らしてくれるかの様に称えてくれますよ! 成程……麦のんは常日頃からこの位置で俺を見ていたというのか……そりゃあ気分も良くなるし楽しいですよね。俺も無条件で褒めてくれたり称えたりしてくれる組織が欲しいですよ……そんなのあるわけないけど。
うーむ、このまま駅まで行って上条さんとお別れは何か寂しいなぁ。どうせ帰ったって麦のん達は御坂関連の事で忙しいだろうし、俺は晩御飯の仕込みくらいしかする事ないし。それにまだ仕込みには時間が早い。まだまだのんびりとお話していたいですっ。えぇと……駅前の近くには確か公園があった筈だよね?
「上条君、それだけ荷物持ってるんだから疲れたでしょ? 少しあそこで休まない?」
「え? 別にこれ位なら大丈夫だけど……」
俺が公園の方を指さしながら言うのを聞いて、上条さんはのんびりとした様子でそう応える。ぐっ、本当に空気が読めない人だな……別に恋愛とかそういう関係じゃないけれど、こっちが公園に誘っている事くらい察しろい!
「女性のお誘いを断るのー? 私、少し喉が乾いちゃったんだよね」
「え? あ、ああ……そういう事か。なら付き合うぜ」
「にひひ、少し鈍いよ上条君? 女心を分かる様にならないとね」
「女心って……それが分かってたら上条さんにも彼女が出来てるでせう……」
こ、この鈍チン、君なら嫁候補がいすぎて困る位でしょうが! 上条さんが現実世界にいた場合、世の女性が惚れられる確率は九割以上だと推測出来るぜ! リア充爆発しろ。
とりあえず上条さんと一緒に公園の中に入り、途中にあったベンチに腰を下ろした。上条さんも自分の隣に荷物を置いてそこに座る。
「じゃ、上条君。これでジュース買ってきて欲しいな。私黒豆サイダー、無かったらヤシの実サイダーで」
炭酸マジでうめぇ。黒豆サイダーも最初は敬遠してたんですが、飲んでみると意外にイケるんですね。で、とりあえず上条さんに千円札を渡しました。上条さんは不思議そうな顔でこちらを見ているんだけど、俺は断固譲る気はないよ。上条さんをパシるという行為はな!
「あんまり鈍いと同居人の事言っちゃうぞ~」
「今すぐ行ってきます!」
「上条君も好きなの買ってきて良いからね~」
凄まじい速度で振り返って走り去る上条さんに向けて、俺はそう声をかけましたが……あれ聞こえていたかなぁ? まぁ、千円渡したしそれ位気付いていると信じたい。とりあえず暇になってしまったので、今後の事でものんびり考えるとしようかしら。
とりあえずこの実験、本来なら『アイテム』が関わるのは施設襲撃の時だけでそれ以降は特に出番とかはなかった筈。何か麦のんがやたらと不穏な一言言ってた記憶はあるんだけど、上条さんが実験に関わったから多分それも大丈夫な筈だよね? ただしそれはあくまで原作の話であり、現状『アイテム』はこの実験を何とかして止めようと画策しているし、俺が布束さんを庇った事もあって無関係ですー、という訳にはいかないだろう。下手したら暗部に粛清とかされちゃわないんだろうか……ぶるぶる。
いやいや、麦のん達だってきっと考えがあってやっているに違いない。少なくとも短絡的な行動はしないと信じておりますですよ。それに施設襲撃があったという事は、そろそろ上条さんが動き出す頃……上手くいけば俺達が何かをする前に実験が終了する可能性が高い。こう推理して俺が起こす行動としては……
「特に何もないんだよねぇ」
うん、というかやれる事がないというかね! 情報収集も大した事は出来ないし、無論いざ戦闘となると『アイテム』最弱の俺ではたかが知れてたりする。そうなると味方のサポートなんだけれど、滝壺の様に能力でサポート出来る訳でもなく、亭塔さんの様にパーフェクトな仕事上手って訳でもない。一般人に毛が生えた程度の感じ……言ってて悲しくなってくるなオイ。
と、まぁ俺に出来る事は殆ど無い。何かしてやばい方向を別に持っていく力もないのでございますよ。あぁ……麦のん達が変な事考えてないと良いんだけどねぇ。
と、考えた瞬間……俺の視界に少し離れた場所から吹きあがる様に放たれた電撃の閃光が目に映った。俺が驚くよりも唖然とした表情を浮かべるとほぼ同時に鳴り響く警報……これって確か、自動販売機とかに付いてる警報じゃないか? もしかしてこのイベントは……?
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
「だあああぁっ、不幸だー!」
全速力で駆け抜けていく上条さんと、その後ろから大量の缶を抱えた御坂が続く。どうやら上条さんはこちらに戻ってくる様子は無く、かつそのまま逃げていく様だ。
「あー……」
俺としては間抜けな声を上げてそれを見ている事しか出来ませんでした。上条さんの荷物と自分の荷物を抱えてあの二人に追い付く事は出来なそうだし、あの二人超早い……加えて御坂はあんだけ中身満載の缶ジュース抱えてるのに上条さんに追い付こうとしてるとか……『超能力者』は肉体的な意味でも超人なのかしらね。
うーむ、どうしたもんか……上条さんの荷物(と言っても財布、卵に加えて少しの食材)がここにある以上、俺はどこにも移動出来ないんですけど。かといって上条さんの事だからこのままだと永遠に帰ってこないという結末になりかねないのが怖い。天然不幸体質お疲れ様です。
とりあえず携帯で麦のん達に少し帰宅が遅れる事を伝えておこうかな? 上条さんを待ってないといけないし、まだやる事も……
「そこにいるのは、いつかのお姉様の友達ですね、とミサカは知人に話しかけるような気さくさで声をかけます」
「え……」
携帯を取り出そうと俺が鞄に目をやった瞬間、横から聞こえてきた聞き覚えのある声に驚いて振り向いた。そこにいたのは御坂……いや、ミサカ。『妹達』の一人だ。すぐに気付けたのは、相変わらず装着している軍用ゴーグルのお陰だけどね。あれってやっぱり目立つな。
「こんにちは、とミサカは礼儀正しく挨拶をします」
「こ、こんにちは……」
「研修ついでに公園の中を歩いていたら、以前出会った事のある貴方がいて少しだけ驚きました、とミサカは目を輝かせながら知人との出会いという初体験に興奮します」
「そっか、貴方はあの時の……」
ちょ、ちょっと待って! 冷静に見えるかもしれないけれど、いきなり過ぎてパニックに陥っている金髪の雑魚がいます。え、えーと……とりあえず整理するとしましう。このミサカは研修……というか普通に散歩みたいな感じで歩き回っていたら、偶然俺を見つけて声をかけた。そしてこのミサカは前回セブンスミストで俺の財布を拾ってくれた個体でおk?
「前と同じで難しい顔をしていますね、とミサカは前回の貴方の顔を思い出しつつ口にします」
「え? あ、あはは……そうかなぁ?」
「はい、とミサカは簡潔に応えます」
うう……この難しい顔というのがどういうものなのか良く分からないけれど、感情とか表情を殺せないというのは痛いですよね。ただでさえ色々な情報を知っていたり、相手にそれを知られる訳にはいかないんだから少しは自分の表情をコントロール出来るようにしておかないとな……
「にひひ、恥ずかしい処を見せちゃったかな? そういえば貴方は研修ついでって言ってたけど、まだ何か実験とかをしていたの?」
「いいえ、まだミサカは実験を開始してはいません。ですので研修期間中のミサカは暇なのです、とミサカは言葉少なめに応えます」
「そっか……」
当然か……実験が行われたとしたら、それはこの個体が死ぬという事に他ならないしね。当然『一方通行』に勝てる『妹達』など存在する訳がないし、実験開始=死なんだよね……うぅ、止められるモンなら止めたいよ! でもそんな力は俺にないし……下手な事すると『統括理事会』に目を付けられちゃうし……ジレンマってレベルじゃないんですけど。
……いやいや、待ちなさいよ。何か俺ってネガティブな思考に突入しちゃってるけど、冷静に考えてみるとこの個体が死ぬとは限らなくないか? 無論、他の個体が死ぬ事を許容するつもりはないけれど、流石に知り合っても居ない相手の事まで考えられる程俺は善人じゃありません。
うむ、そう考えると意外と前向きになれそうな気がする。もしかしたら本当にこのミサカと一緒にお出かけしたり、買い物したりとかも出来るかもしれない。何かオラワクワクしてきたぞ!
「そういえばさ」
「はい? とミサカは小首を傾げつつ貴方の言葉に耳を傾けます」
「あの時の話、考えておいてくれた? 御坂さん達を含めて私と一緒に遊ぼうって話。覚えてる?」
「はい、あの時の話はしっかりと覚えています。そして今日見つけた貴方に声をかけた理由はそれについての話も含まれている、とミサカは衝撃の事実を口にします」
おぉ、どうやら前回の事について返事をしてくれる様子。よ~し、それではその無表情だけど可愛いお顔で承諾の一言をプリーズ!
「諸事情によって一緒に出かける事は叶わなくなりました、とミサカは貴方にそう伝えます」
「え……」
「近日、ミサカは実験行う事になり、それに伴って行動を制限される事になります。よって貴方と外出する事は出来ません。とミサカはそのまま矢継ぎ早に事実を述べます」
……は?
「ミサカは実験後、諸事情により外出を禁じられる為貴方の要望に応える事が出来ません、とミサカは口にします」
「あ……そ、そうなんだ。それじゃ、仕方ないよね……」
あれ……なんだろ、この虚脱感。少しだけ期待を持ってしまった分、反動が凄いんですけど。
このミサカは近い内に実験をして『一方通行』と戦う事になる? 成程、ぶっちゃけ最初に考えていた方向と同じになってしまった訳ね。あはは、笑える~。
「そ、その実験ってさ」
「?」
「終わったら本当に会えないのかな?」
「はい、とミサカは震える貴方を心配そうに見つめながら応えます」
実は知り合いが死ぬのって初めてじゃないんだよね。何年か前の話になるんだけど、下っ端として入ってきた渡部君っていうのがいたんだけど、その子……仕事の途中で相手の能力者に殺されたんですよ。
血塗れで、冷たくて、どうしようもなく悲しかった事だけ覚えてる。たった数カ月の付き合いだったけれど、いつも笑顔でいる能天気さが羨ましい子だったんだよね。ぶっちゃけ、凄い泣いた。麦のん達に怒られるくらい泣いた。その時、心底思った事が一つだけあるんだ。
「残念、だなぁ……ミサカさんと遊べないの……」
「……そうですね。ミサカもそう思います」
「ごめんね、あんな事言って。私、無神経だったよね」
「いいえ、とミサカは落ち込む貴方を慰めます。それでは、ミサカは研修の最中なのでこれで失礼します」
「うん……」
出会わなければ良かった、って心底思った。
*
ミサカが去った後、俺はしばらく茫然と空を見上げていました。というか、何も考えたくなかったのでぼんやりしてただけなんだけどさ。
へこんだ。今までにない位へこんだ。こんなに気分が重いのって渡部君がいなくなった時以来かもしれない。ついでに言うけどミサカと初めて会った時とは比べ物にならない程落ち込んでいるのです。
そして空は少し夕焼けが見える感じになっちゃってるし。結構のんびりしてたんだなぁ……案の定だけど上条さんは戻ってこないし……そのまま忘れて帰ったのかしらね? もしかして原作にはないトラブルに巻き込まれたのかもしれないけど。
「というか、上条さん荷物置きっぱなしじゃん……」
隣に置いてあった荷物に手を伸ばし、財布から学生証を取り出す。上条さんの学校名とかクラス番号とかが書いてある表面はスルーして、その裏へと目を向ける。そこには上条さんの寮……というか住んでいる場所の住所が書いてあった。ふむ……原作でもジュースを持って帰っていたから近くとは思ってたけど、歩いていける距離だね。
荷物を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。とりあえず上条さんは10032号と一緒に寮へジュースを持って帰ってる筈。少なくとも寮に『禁書目録』がいるだろうから、荷物を届ける事に問題はないでしょうや。重い足取りなのは荷物が重いだけじゃないんだけど、勘弁してほしいのですよ。
とぼとぼと歩き続けていますが、凄い精神的にきついです。どうしたもんか……こんな状態で帰ったところで普段通りの雑用なんて出来ませんな。だからといってどこかに泊まったりする程のお金はないし、施設に泊めてもらう手もあるけど夜勤は忙しいだろうから邪魔になると思うし……帰るしかないんだよねぇ……と、俺が考えていたら突然鼻先に感じる冷たさ。
「んぅ……?」
空を見上げると、さっきまで夕日が広がってたのに少しずつ曇り空が広がってきてる。予報では特に雨とか言ってなかった気がするけれど、こういう事もあるのかな? それとも『樹形図の設計者』が無い事が関係してたりしてね。
というか降り過ぎ。さっきまでの晴天とは打って変わって、突然雨が降り過ぎなのですよ。周囲の人達も急激な天候の変化に走って帰ろうとしてるし。こんな雨だと走っても変わらないと思うけどね。俺? 俺は走る気力もないのでとぼとぼ歩いているのでございますよ。ザーザー降り注ぐ雨は鬱陶しいけれど、今の俺はそんな事も気にしないくらい落ち込んでいるので問題ナッシンです。
本当にどうしてこうなった? いや、問題は分かっているのですよ? 俺が下手に『妹達』の一人と関わったのが原因です。かるーい気持ちで関わった結果がこれな上に、こんなに気持ちが落ち込んでいるのは自分が勝手に考えすぎているだけという始末。しかもそんな状態になっても『妹達』を救おうという行動すら起こさない偽善者っぷり。もうね、自分の最低具合に殴り倒してやりたい気持ちで一杯ですよ。
「はぁ……何やってんだろ、俺……」
独り言の様に呟いて歩き続ける。この角を曲がれば上条さんの家に着く。財布と荷物を全部渡したらさっさと帰るとしましょう……こんな状態で帰りたくないんだけどさ。
「おぉーい!」
「ん……?」
その角を曲がろうとした瞬間、突然誰かが後ろから声をかけてきました。のんびりとした動作で振り向くと、この土砂降りの中傘も差さずに走ってくる人影が……傘差してないのは俺もだけどね。
「ぜぇ、ぜぇ……やっと見つけたぞ……」
「上条君……帰ってたんじゃなかったの?」
「待たせてる人を置いてはいけないだろ。待たせ過ぎちまったけどな……戻ったらいないし、どこに行ったかと思った……」
あれ? 原作ではこの時上条さんって何してたっけ? 少なくともこんな雨の中帰宅してはいなかったと思うんだけど……うーん、はっきりと思い出せないな。
「にひひ、ごめんね。用事が出来て帰ったかと思ってさ、財布と荷物届けようとしてたんだ」
「だからって、ずぶ濡れじゃねえか……風邪ひいたらどうするんだよ?」
「大丈夫だよ~、馬鹿は風邪ひかないって言うしね」
そう言いながら上条さんに荷物を手渡す。上条さんもずぶ濡れだけど、平気そうなのは若さかしら? 何か俺は頭グラグラしてる上に、妙にだるい気がするんだけど……
「へくしっ」
「ちょ、滅茶苦茶熱いんですが!?」
ん~? 別にそんな事ないと思うんだけど? 確かに寒気がするし、体がガタガタ震えている様な気がするし、頭痛も止まらないんだけ……ど……
「あぅ……」
「ちょ! フレンダ……さん! しっかりしろ、大丈夫か!?」
「へ~き……」
「平気な訳無いだろ! しっかりしろ!」
そう言って上条さんは俺に肩を貸して移動し始める。俺は急激に来たダルさもあって抵抗すら出来ずに連れて行かれるのでありますよ。ドナドナドーナ♪
俺と上条さんはそのまま寮にの中にあったエレベーターへと入り、上条さんはパネルを操作してエレベーターは上へ向かう。俺はもう立ってるのも辛い感じでありますよ……具合悪い……
「男の部屋で悪いんだけど、とりあえず体拭かなきゃ駄目だから……少し我慢してくれ」
「あはっ、いきなり連れ込みなんて上条君エロ~い……」
「違ぇよ! 上条さんは紳士ですよ!?」
軽口が叩けるだけまだマシかな……そのまま引きずられるように上条さんが開けた扉をくぐり中に入る。ぼんやりとした視界に入ったのは、リビングらしき場所から元気に走ってきた白い姿……
「とうま! おかえり、お腹空いたんだよ……って、その人どうしたの!?」
「インデックス! ちょっとこの人着替えるの手伝ってくれ! 俺はバスタオルと着替えを洗面所から持ってくるから!」
「そ、そうじゃなくて私はこの人の素性を……って、もう! こんなに濡れてたら体が冷えちゃうんだよ! まずは脱がさないと……」
「頼む!」
ぼんやりとした意識だけど、目の前にいるのがあのヒロインである『禁書目録』なんだと思うと、すげぇ興奮するね! やっぱりこの人がヒロイ……具合悪い。駄目だ……思考能力が落ち込んでいる……
「べちゃべちゃなんだよ……すぐに温めないと。暖房……とうまに頼もう。まずはよいしょ……床が汚れちゃうけど仕方ないんだよ!」
「あう……」
されるがままにインデックスさんに服を脱がされていきます。正直雨で濡れて凄い気持ち悪かったから助かるかも。ついでに着替えないと肺炎とか起こしそうだなこれ……ブラジャーを外され、残りはパンツ一枚か……やだ、恥ずかしい……なんて事は露ほどにも思わんけど、メインキャラにどんどん服脱がされてるとかこれ何てエロゲ? で、インデックスさんは「ごめんね、でも緊急事態だから……」とか言いながら下着に手をかける。
「インデックス! これ、タオルとシャツとパジャ……マ……」
「あ」
「んぅ……?」
その瞬間、最高のタイミングで上条さんが洗面所から登場しました。ついでに上条さんの角度だと見えていないと思うけれど、俺は全力で全裸です(パンツは少し脱がされてるだけか?)。上条さんは彫像のように固まったまま動かず、インデックスさんも動きません。
「……とうま?」
「は! い、いや……待ってくれ! 俺は決して邪な思いでこんな事した訳じゃ……! それに急いでやろうとしてだな!?」
「言い訳は良いから! さっさと! 服とタオルを置いて! 洗面所で待ってると良いんだよーー!!」
「ですよねーー!!」
顔を真っ赤にした上条さんが洗面所へと引っ込む。今の何か問題あったっ……俺女じゃん。熱の朦朧とした意識ですっかり忘れてました、テヘッ♪
*
只今、ベッドの上、なう。
「大丈夫? 辛い事があったら何でも言ってくれると良いんだよ」
「大分楽になりました……」
「良かった……でも、あんなずぶ濡れになって無理しちゃ駄目なんだよ! 体を冷やしすぎると、それこそ命に関わることだってあるんだからねっ」
「うん、これから気を付ける……」
甲斐甲斐しく隣でタオルを取り換えてくれているインデックスさんマジ天使……そして俺の体調ですが、何と40度近い熱が出ていた様なのです! そりゃあ体もきつくなるわな。今まで殆ど風邪とかになった事なかったから油断してたぜぃ……
今は夏なのに近くの暖房つけてもらったり、毛布とか出してもらったりして何とか少しは大丈夫になりました。いきなり押しかけてベッド奪ってマジスンマセーン。と、心の中で謝ってたら台所から上条さんが出てきたでござる。
「おかゆ食べれるか? 卵も入れてみたけど」
「とうまー、私もお腹空いたー」
「ちょっと待っててくれ。すぐに作るよ」
そう言いながら俺におかゆ(卵入り)を手渡してくれました。体はだるいけど上体だけ起こしてそれを受け取り、ゆっくりと口に運ぶ。咀嚼するのもダルイんだけど、飲み込むとじんわりと体が温まる気がします。流石はおかゆと卵……まさに黄金コンビ。
食べれるだけ食べて、限界が来たので少しだけ残して横にならせてもらう。外は既に真っ暗……うーむ、帰れるかな?
「ごめんね、上条君。色々と面倒かけちゃって……」
「ん? 気にしてねぇよ」
さっぱりしててカッコイイ! だけど精神が男に近い俺には通用しないぜフラグ男! 冗談はここまでにして、とりあえず麦のんに連絡せんといかんな……迎えにきてもらうなり、せめて現状の報告だけでもしないと駄目だしね……
「えっと、フレンダさん」
「フレンダで良いよ、呼びにくいでしょ?」
「……分かった。フレンダはどうしてあんな風に歩いてたんだ? 雨宿りするなり、方法はあっただろ? あんな雨の中でさ」
あー、確かに変な女にしか見えないよね。ただ、俺にも色々あるのよ上条君。
「ちょっと考え事をね……大したことじゃないけど」
「ずぶ濡れになってまでか?」
「うん……ちょっと聞かないでくけると助かるかも……」
俺がそう言うと、上条さんはしばらく黙ってたけど、「分かった」と応えた後はまた台所へと引っ込んでいった。インデックスの御飯の準備でもするのかしらね? とりあえず俺は少しだでも体力を回復しないと……っと、その前に。
「インデックスさん……」
「ん、どうしたの? っていうか、私の事は呼び捨てでも良いよ?」
何か呼びにくいから嫌です、とは言いにくいので苦笑で応えておく。
「ちょっと私のバッグから携帯電話取ってくれない? ポケットの部分に入ってる筈なんだけど……」
「うーんと……これかな? はいどうぞ」
「ありがと」
軽く礼を言って携帯を開くと、そこには数件の着信履歴が。うーむ……何か凄い電話かけづらい。どうにかしないといけないのは分かるんだけど、嫌ですなぁ……勇気を出していざ、電話。数回コール音が鳴り、電話を取る音が聞こえそれと同時に携帯から声が響き渡った。
『アンタ! 何度電話かけても出ないとかどういうつもりよ! そんな甘い考えでいるんなら オ シ オ キ か 』
「麦野さん……へっくし。ちょっとトラブルがあっ……ごほっ」
『な、何? どうしたの?』
くしゃみと咳を聞いて先程までの高圧的な物言いではなく、突然しおらしくなる麦のんマジ天使。純粋に心配してくれてるのかしら?
「実は雨で濡れちゃって……熱が出ちゃったみたいなんだ。今は前に会った上条君の所で寝かせてもらってるんだけど……」
『へ……? ア、アンタ大丈夫なのっていうかその前に上条って男よね畜生フレンダに何しやがったまさかあんな事したんじゃねぇんだろうなぶっ殺』
「麦野さん、何あったか分かんないけど落ち着いて……」
言葉の羅列がきついんですよ……聞き取るにも体力使うんだからさぁ。
「もし大丈夫なら迎えにきてくれると嬉しい……一人だと動けそうになくて……」
『……アンタ、そこには上条って奴以外にも誰かいる?』
「……? う、うん……女の子が一人いるよ……」
それを聞いた麦のんは少し黙ってたけど、何かぼそりと「なら良いか、好都合ね」と呟いてそのまま続ける。
『フレンダ、私達は仕事が入ったの。だから明日の夜までは少し忙しい。アンタはそんな状態なら役に立たないだろうし、そのままそこで休んでなさい。全部終わったら迎えに行くわ』
え、仕事? 緊急の仕事かしら? いきなりそんな事言われても俺としては驚く他無いのですが……とりあえず指示には従うしかないね。
「うん……分かった。上条君と……インちゃんに頼んでみる」
インデックスって言ったら不審に思われるしな……あだ名で呼んでも良いでしょう。麦のんは満足そうに鼻を鳴らして言葉を続ける。
『よしっ、絶対に成功させるから待ってなさいよ……分かったわね』
「? う、うん」
『じゃ、切るわよ。おやすみフレンダ』
「おやすみなさい、麦野さん」
そう告げて電話は切れる。さて、後は上条さん達に今日止めて欲しいと頼まないといけないのか……インデックスよ、ベッド借りてごめんね!
<おまけ>
フレンダからの電話を切り、麦野は安心したように溜息を吐く。実際、フレンダはこの作戦には参加させたくなかった。風邪というのと知らない男の家にいる(何となく後ろから聞こえていた声でもう一人女性がいた事はわかったが)のは心配だが、少なくとも今回の作戦に参加するよりはずっとマシだろう。いざという時にフレンダを暗部から除名する手続きも終わっている。後は亭塔が上手くやるだろう。
「明日の夜……ね」
『一方通行』、通算10032回目の実験が行われるコンテナ置き場……麦野達は奇襲の場所をここと決めていた。本来ならばもっと早く手を出したかったところなのだが、『一方通行』の力が未知数である事、そして聞くだけの話でも凄まじい力を持っている事から綿密な計画を立てていたのだ。
「絹旗、滝壺。決行は明日の夜よ。準備を怠らない様にね」
「超了解です」
「まかせて」
麦野はそう告げて軽く笑みを浮かべ、ソファーへと体を預ける様に座った。その正面にはパソコンで何か操作している布束の姿がある。布束は視線も向けずに口を開く。
「本当にあの子に報せなくてもいいのかしら?」
「くどい、私が決めた事よ。文句は言わせないわ」
「伝えない方があの子にとって辛くても?」
「何度も言わせないで。殺されたいの?」
その言葉に布束は溜息を吐いて口を閉ざす。
アイテムが動き出すまで……あと一日。