「覚悟完了」
ふと感じた光に、俺はゆっくりと目を開けました。
「ん~……」
ぼんやりとした頭のまま周囲を見渡すと、そこはいつも自分が寝泊まりしているリビングとは別の部屋。一瞬だけパニックになりかけたけれど、すぐにここがどこか思いだしたのでございます。そう、俺は昨日そのまま上条さんの家に泊まったのよね。んで、俺が寝ているベッドの下にしいている簡易的な布団の上では、涎を垂らしてぐーすか眠っているインデックスの姿があります。そして台所の方には何か作っていると思われる上条さんの姿が。
とりあえず上体だけ起こす。うむ、体は本調子には程遠いけれど、昨日よりはずっと楽かな? 流石は『学園都市』製の風邪薬を上条さんからもらって飲んだだけあるわ。ただあの薬、成分とか原料が書いてないことに気付いたでござる。なんかやばいモノ入ってないだろうな……? 怖いんですけど。
「あれ? 起こしちゃったか、ごめん」
「ううん、早く起きるのは習慣みたいなものだから気にしなくていいよー」
まぁ普段からもっと早く起きてるしね。ちなみに今は午前七時くらい。普段の俺なら寝坊ってレベルじゃなくて麦のんからのオシオキ確定のレベルなくらいの時間なんだけど、やっぱり体の調子は如実に出るもんだね。
起きたついでに枕元に置いたままにしておいた体温計を取って熱を測る。と、ここでインデックスさんが目をこすりながら起床でござる。うむ、可愛い。何か小動物見てる気分になれるね。
「とーま、おはよう……」
「おぅ、おはよう。とりりあえず顔洗ってこい、それまでに朝飯用意しておくからな」
「うん、分かったんだよ……」
あぁ、危なっかしい足取りで洗面所に向かうなぁ……何か寝ぼけている麦のん見てる気分になってしまう。で、もし途中の壁とかに激突した場合は俺が八つ当たりされるんだよね。マジ理不尽。
と、ここで体温計がピピピと音を鳴らす。取り出して見てみると、そこには大きな文字で「37.8℃」と記されておりました。うむ、微熱? レベルまでには下がってるな。ギリギリだけど。
「フレンダ、大丈夫なのか?」
「昨日よりはずっと楽だから平気だよ。熱も結構下がったしね」
「どれどれ……? って、まだ結構あるじゃねぇか。無理はしないで寝てた方がいいぞ」
流石は上条さんは紳士やでぇ……! 仕事があるらしいから特に問題はないんだけど、麦のん達と一緒にいたら風邪を引いていても無理矢理仕事させられそうなんですよね! まぁ、麦のんと関わってから風邪どころかそういう事で休んだ事ないんですけどね。馬鹿は風邪ひかないって本当なんだと思ってたよ。風邪ひいたから俺は馬鹿じゃないって事で良いですか? 駄目ですか。
「とりあえず……今おかゆでも作ってやるから大人しくしてろよ。いくら下がったって言ってもまだまだ熱は高いんだからな」
「にひひ、ありがとね上条君」
お言葉に甘えてもう少しだけ休ませてもらおう。普段は食事の準備をしたり忙しい時間帯だけど、こういうのもたまにはいいね。
「とーま、顔洗ってきたんだよ! 朝御飯朝御飯!」
「はいはい、もう準備はしてありますよっと。フレンダ、起きて食べれるか?」
「ダイジョーブ」
体を起こしてベッドから下りる。一瞬だけ目眩がしたけれど、それ以外は良好ですな。既に座っているインデックスの隣に座って上条さんが用意してくれるのを待ちます。うーむ、普段は自分がこれと逆の視点で動いていると考えるとある意味新鮮ではあるね。そして隣にいるインデックスさんは全く手伝う気がなさそうに食事を待ってるし……あれ? これって『アイテム』の感じで一緒じゃね? 俺=上条さん、麦のん達=インデックスさん、ですよね?
やばい、上条さんが超不憫に思えてきたのですよ……! これは少しだけ力を貸してあげても良い予感!
「ねぇ、インデックスさん」
「ん、どうしたの? フレンダ」
「上条君のお手伝いしないの? 全部やってくれてるみたいだけど」
「?」
うわぉ……出たよ、出ましたよ? 「何言ってんのこの人」、的な表情が。『アイテム』の面々と同じ反応するんじゃねぇよ!
「いや、インデックスさんって上条君のお世話になってるんでしょ? 一緒に生活しているみたいだし」
「うん、そうなんだよ」
「なら、日頃の感謝の気持ちを込めて食器を運んだり水を用意したり……色々と出来る事はあると思うよ?」
「う、うーん……」
何でそこで迷うし。いくら何でもニートすぎるでしょう? 一人で御飯の準備をするという辛さが分からない人は皆こんな感じなの? ばかなの? しぬの?
「日頃の感謝だけじゃなくても良いんだよ? 例えば、自分の良い所を見せて異性の気を引くとか……ね?」
「なっ、どどどどうして私がとーまの気を引かなきゃいけないんだよ!?」
くふふ……原作を読んでいた俺が知らないとでも思ったのかね? いや、まだこの段階では明確な恋愛感情とかは抱いてないのかもしれないけれど、少なくとも意識はしてるでしょう。自分の事を救ってくれた恩人であるし、何よりもあのフラグ乱立魔の上条さん。絶対にインデックスに惚れられてる筈ですよね。
「例えば……だよ。それに上条君、何となくだけど女難というか、女の子に関わりそうな気配がするんだよね。心当たりとか無いかな?」
「……フレンダの事も含めて心当たりが多すぎるんだよ……」
げんなりした様子で溜息を吐きながら漏らすインデックスたんマジぺろぺろ。とにかくこのままいけば……
「にひひ、それじゃあ余計頑張らないといけないんじゃないかな? 世間の常識では、共同で一緒に働いてくれる人は頼りにされやすいっていうのが普通なんだよ」
「な、成程……! すっごく勉強になるんだよ!」
目をキラキラ輝かせながら言ったインデックスは立ち上がり、一度ガッツポーズを決めてから台所へと向かって行った。良し、上手く口車に乗せる事が出来たのだぜ。これはもうネゴシエイターと名乗っていい程の戦果だと思うんだ。
「とーま、何か手伝う事はないかな? 何でも言ってくれて良いんだよ!」
「……へ?」
「今の私はどんな事でも出来る気がするんだよ! さぁ、早く言って言って!」
「……インデックス」
「うん!」
「フレンダの風邪が伝染ったのか!? すぐに熱を計らないと!」
ちょ……! 見なさいな。インデックスさんが頬をひくひくさせて怒りに震えておられる……この上条さんは、早くも終了ですね。上条さんェ……
「ど、どういう意味なのかな……とーま?」
「クソッ、もしかして魔術師か!? いいぜ……お前がインデックスを操ろうなんて考えてるなら……まずはそのげ「とぉぉぉううぅぅまああぁぁぁ!」」
ガブリ! という痛々しい音と共に室内に響く悲鳴。いやぁ……風邪引いて頭痛している時にかん高くてでかい音を聞くとふらふらするわぁ……上条さんマジ自重。
しばらくどたばたと取っ組み合い(という名の蹂躙)していたみたいだけど、やがて上条さんが皿とか御飯とか持ってきてくれました。後ろにはムスッ、として機嫌の悪いインデックスが箸とか小皿とか持ってきてます。全く……上条さんは女心が分かってなさすぎだろ……
「えっと、フレンダはおかゆで良いか?」
「うん。まだ風邪治ってないしね……本当にごめんね上条君。泊まらせてほしいなんてお願いした挙句に色々としてもらっちゃってさ」
「ん? 気にしなくていいって。困った時はお互い様だからな」
やだ、何この上条さん……かっこいい。俺が女なら股を開いていたとこ……すみません、今現在女ですね。何年この姿で生活してるんだっちゅう話。
「それでも、親しき仲に礼儀有りって言うじゃない? 普段から心がけておかないとと思うのよん」
「一理あるな。俺もその心は大切だと思うぜ」
上条さんは本当に紳士だなぁ。この紳士っぷりを大量の女性達に見せつけて次々と毒牙にかけていったという訳か……何と恐ろしい。
「くしゅん、うぅ~」
「大丈夫か?」
おかゆ食べて体は温まってきたけれど、やっぱり何だかんだで寒気は止まらないなぁ。微熱とは言ってもまだ38℃近くあるし、こりゃ麦のん達が迎えに来てくれるまで大人しくしておいた方が良いかね。
「あんまり大丈夫じゃないかも……もう少し寝てて良いかな?」
「全然良いぞ。ただ、俺は今から補修があって学校に行かなきゃならないんだ。だからここにはインデックスしかいなくなっちゃうんだけど……」
「とうま、私は今日あいさとちょっと出かけるんだよ。だから私もいないかも」
あれ、インデックスさんもお出かけするのでせうか。という事は俺がこの部屋に一人で残るって事になるのかな? そして知ってた事だけれども、姫神の名前がサラッと出ましたね。『絶対能力進化計画』が御坂達に知られた時期なら、ヘタ錬金さんは撃破された後だし当然かな?
「むむ……病人一人で残していくのは不安なんだけど……」
「私、あいさとの約束断った方が良いかな?」
ええー。そんな事しなくていいって。
「私の事なら心配しなくても大丈夫ですよ。寒気はしますけど、大分調子も戻ってきてますしね。私が残ると留守にしにくいなら近くのホテルとかで部屋取りますけど……?」
人の予定を崩す程の体調ではないのでお出かけの邪魔はしないようにします。俺ってばマジで空気読める子ですよね!
「いや、フレンダが残る事には何の問題もねーよ。フレンダが大丈夫だってんなら問題ないさ」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だから出かけてきて下さいな。私は寝てるよ」
心配そうに声をかけてくれたインデックスに笑顔を向けて応えると、インデックスは安心したかのような表情を浮かべる。人を心配したり、原作で風斬を助けた時とかは本当に神の使いって感じな位、慈悲に溢れてるよね?
「よし、じゃあ上条さんは補修に行ってくるぜ。あぁ……辛い」
「にひひ、頑張ってねー」
ベッドに座ったまま上条さんを送り出す。上条さんは外に出る手前でこちらに向けて手を振ってくれていました。イケメン。
「それじゃ、私は少し寝ますね。インデックスさんはどうするんですか?」
「あいさとの約束時間までは少し時間があるからそれまで少しテレビを見てるんだよ! フレンダはゆっくり休んでるといいんだよ」
「ありがと、おやすみなさいー」
そう言いながら布団を被る。インデックスがテレビを点ける音が聞こえ、最初結構大きかった音が下げられていった。どうやら音量を下げてくれたみたいですね……良い子良い子。
では、おやすみなさーい……
*
突然、耳元から流れてきた音楽で俺は目を覚ましました。
うっすらと目を開けると、そこは窓から入る夕焼けの光で染まり始めた部屋でした。どうやらもう夕方近くらしいね。というか、俺は寝すぎにも程があるでしょう? 何だかんだで風邪で体力落ち込んでいたのかねぇ?
で、音の方向に目を向けるとそこには俺の携帯電話が。目覚ましの音楽じゃないので、どうやらどこかから電話がかかってきているみたいね。俺はそう考えながらゆっくりと体を起こす。朝方にまだ残っていたダルさも殆ど消えており、これなら普通に動いたりする分には支障なさそうだな。で、携帯電話の前にテーブルに置かれていた置手紙に目を向ける。そこには流暢な字で「出かけてくるからゆっくり休んでてね」、と書かれていました。インデックスさんマジ天使……
「はいはい、今取りますよー……っと」
延々と鳴り続ける携帯電話を手に取って開く。と……ここで若干予想外の事に俺の動きは制止したのでございますよ。
発信相手は何と『公衆電話』と記されていました。いや、実は『学園都市』は緊急時という名目の為に、街のあちこちに公衆電話を設置してるんですよね。これが意外と助かるもので、暗部での仕事の後とかに良く使ってました。公衆電話と言っても、昔に良くある緑色のアレじゃなくて最先端の技術を応用してる奴なんだけどさ。
うーむ、知らない番号なら絶対に出ない所なんだけれど、これは出ない訳にもいかないな。もしかしたら麦のん達が仕事中の関係で携帯電話使えない可能性も否定できないし。公衆電話からの架空請求とかもないだろうし……っていうか『学園都市』でそんな所気にする必要性もないんだけどさ。せいぜいイタズラ電話くらいかな? そう考えてとりあえず通話ボタンを押しますよっと。
「はい、もしもし。麦野さん?」
相手に先手取られる前に取ってやったぜ……さぁ、一体誰なん……
『どうも、貴方がフレンダですね?』
「へ……? あ、はい」
って、マジで誰?
というか何で俺の名前知ってる……? イタズラ電話ならシミュレートしていたけれど、これは全くの予想外ですよ。パニくって相手からの言葉に素直に返答してしまったし……これは架空請求とかに引っ掛かる典型的な悪い例ですね!?
「あ、あの……」
『申し遅れました。私はそうですね……暗部の人間と言えば通じるでしょうか』
「ッ……」
『あ、緊張しなくて結構ですよ。別に貴方に何か用があるとかではないので』
やっぱり暗部の人間か……俺の電話番号を調べれて、更に名前まで知ってるとなるとハッカーもむ候補に上がるんだけど、ハッカーが俺に何の用があるのかって話になるしな。というか、用が無いなら電話してこないでくださいお願いします滅茶苦茶怖いんです。
「よ、用事がないなら一体何で私なんかに電話をかけてきたんですか? 言っちゃなんですけど、私は組織の中では下っ端ですよ?」
『えぇ、存じています』
イラッ☆ なら余計な電話かけてくるんじゃありませんよ!
『今回、私が貴方に連絡を取っている理由は今現在『アイテム』が行っている仕事と関係しているのです』
「む……」
『アイテム』の名前まで知ってるのか……こいつ『統括理事会』と関係のある人間かな? 色々と知り過ぎてるしね。
『とは言っても、私はただ貴方にこの仕事の内容を伝えるだけに電話をしたのですが……』
「回りくどい事言わないで、早く言ったらどうですか?」
慇懃無礼な態度で俺を馬鹿にした喋り方は、流石にイライラしてくるのですよ? 久しぶりに怒りを含んだ口調でそう相手に伝えると、電話の向こうから『失敬』、と言ってきました。くそぅ……馬鹿にされまくってる……
『えぇ、では伝えましょう。今回、『アイテム』が貴方を除いたメンバーで仕事をしている事は知っていますね?』
「まぁ……ね」
『それは今現在行われている、『絶対能力進化計画』と呼ばれているものに関係する仕事なのです』
……え?
『本日P:M8:30より、『絶対能力進化計画』において10032次実験が操車場にて行われます。『アイテム』はそれに乗じてこの実験を潰す気でいるようなのです』
「なっ……何の為に……!?」
『さぁ? 私はこの事を貴方に伝える為だけに連絡をしただけですから』
「ちょっ、待って! まだ聞きたい事が……!」
『では、御機嫌よう』
電話の相手はそう言って電話を切った。後に残ったのはツー、ツーという電話の音だけ。俺は茫然とした様子で動きを止める他ない状態です。
というか、何でこんな事になってるんだ? いや、確かに御坂と友達になったりして色々と関わりは持っていたけれど、まさか麦のんがそこまで考えているとは思いもしなかった……! それに、10032次実験とは……まさにミサカ妹の日。という事は、今日が上条さんと『一方通行』が戦う当日かよ!
色々な事がありすぎて、考えが追い付かないそれに頭痛までぶり返してきた気がするぜ……! 実験に関しては上条さんが潰してくれるから問題ない。問題はやっぱり麦のん達が介入する事にある。下手に介入して『超能力者』が関わったから実験はまだ続行、という流れにでもなったら冗談では済まされないぞ。上条さん達への影響も気になるところだし……
それに麦のん達が『一方通行』相手に戦う? はっきり言って無謀も良い所だろ。麦のんの『原子崩し』がベクトル変換に通用するかさっぱり分からないし、絹旗に関してはそもそも『一方通行』の完全劣化……というか、廉価版の能力だよね? 唯一可能性があるのは『超能力者』に近い素質を持つ滝壺だろうけれど、これも体晶が必要であるし現実的な感じはしないとですよ。もし負けたら麦のん達はどうなるんだよ……
もし……もしだけど、『一方通行』が暗部の人間には全く躊躇が無かったらどうする? 麦のん達が負けて怪我をするだけじゃなくて、死ぬなんて事になったら……
「あぁ、もう!」
一瞬頭の中に浮かんだ映像……血だまりの中に沈む麦のん、絹旗、滝壺の姿。それを想像したら、居てもたってもいられなくなりました。昨日着ていた服に急いで着替え、玄関から飛び出す。出た瞬間は鍵を閉めてなかった事にちょっと躊躇を覚えたけれど、寮内だから大丈夫だろうと強引に決めつけておいた。そんな事を気にしてる場合じゃないんだ、ごめんよ上条さん。
今はまだ夕方……今から行けば操車場には余裕で着ける。『一方通行』と戦う事は絶対に不可能だし、何よりこの実験は今日で上条んさんが全て終わらせてくれるのだ。俺がすべき事は、麦のん達より先回りし、その場に現れた麦のん達を『一方通行』に気付かれずに説得するか、時間を引き延ばして上条さんが全てやってくれるのを待つ事。これ以外には何も思いつかないのだぜ……さぁ、辛い体に鞭打って走る。途中で列車とかには乗るけどね!
*
と、いうわけで現在操車場にあるコンテナの影に隠れている俺なのであります。操車場に辿り着いたのは七時を少し過ぎたあたりでした。一時間くらい暇なので、今は携帯電話をいじったりして暇つぶし中ですよ。というか、ここに辿り着いても麦のん達に気付けなければ意味ないんじゃ? っていうのは心配ご無用。俺は麦のん達が一定距離まで辿りつくと背筋が泡立つセンサーがあるからね! すいません特に何も考えてないです許して下さい。
まぁ、何の計画もなく突撃しにきた俺が悪いんですけどね。準備する時間もなければ、台本を考えている暇もなかった。ぶっつけ本番で麦のん達を止めるしかないという事実に、俺の寿命がストレスと風邪と頭痛でマッハ。絶対に風邪が悪化してるよ……
時間はとうとう8:20を過ぎました。と、ジャリ……と足音が聞こえたので、コンテナの影から顔を出します。
そこにいたのは紛れもなく御坂……じゃなくてミサカ妹。検体番号10032号、上条さんにミサカ妹と呼ばれる個体だな。武器も何も持たず、特に何かをする訳でもなくキョロキョロと周囲を見回している。『一方通行』の事を探してるのかな? とは言ってもまだ来てないみたいだけ……
「時刻は8:25ッてとこかァ。ンじゃ、オマエが次の実験のターゲットッて事で構わねェンだな?」
その声を聞いた瞬間、俺の体からどっ、と汗が吹き出しました。声がした方向へ視線を向けると、そこにいたのは真っ白な人影。いや、真っ白なのは頭だけで服は黒かったりするんだけど、それでもコイツには真っ白という表現が似合う気がする……というかいつの間にそこにいたし。
「はい、ミサカは検体番号10032号です、とミサカは返答します。ですが、その前に実験関係者かどうか、念のため符丁を確かめるのが妥当では? とミサカは助言します」
「……、チッ」
『一方通行』……えぇい、長いから一方さんで良いや! 何か凄くイラついてるな……確か『妹達』が実験を拒否する事を期待してたんだっけ? ある意味不器用だな……
そして二人でしばらく何かを話していたと思ったら、一方さんが何かを吐きだし……指だアレー!! や、やばい……気持ち悪い。口内から溢れ出る酸っぱい液を何とか抑え込むけれど、吐き気が止まらずその場に蹲る俺……かっこ悪っ! 脂汗かきまくって気持ち悪いし、頭痛は酷くなる一方で本当にやばい。しかもあんなのが今まで10031回も繰り返されて……
「ぅ……」
想像したら余計気持ち悪くなったよ! だけどここで妙な音立てる訳にもいかないし、根性でそれを飲み込んだ。昨日からおかゆくらいしか食べてなかったのが幸いしたかな……で、ようやく少し収まったのでもう一度向こうに視線を向けると、そこにはゴーグルを装着したミサカと、凄惨な笑みを浮かべる一方さんの姿が。というか、吐き気抑えるの必死でその間のお話を聞くのを忘れていたよ! どうしてこうなった。
「そンじゃ、もうイイか? そろそろ死ンじまえよ。出来そこないの乱造品」
乱造品……
「P:M8:29、45秒、46秒、47秒……これより10032次実験を開始します。被験者『一方通行』は所定の位置に着いて待機して下さい、とミサカは伝令します」
瞬間、俺の視界一杯に拡がった閃光が一方さんへと向かう。流石は『電撃使い』だけど、御坂の見慣れてると大したモンに見えないな。確か『異能力者』か『強能力者』くらいの力なんだっけ? 私見だけれど、10032号は多分『強能力者』の部類に入ってると思われます。まぁ、一方さん相手には全くの無力なんですけどね……上条さん早く来てー! というか麦のんおそーい!
とか考えている間にも戦闘は続く。電撃は絶え間なく一方さんを襲うけれど、ダメージは全く入っていない。ミサカ妹はそんな事にも構わず逃げながら電撃を浴びせていく。
「何だよ何だ何ですかァこの無様は? おいおい、オマエ一体何を期待してるンだっつーの。どれだけ時間稼いだ所で奇跡なンざ起きるわきゃねェだろ、あァ!?」
「……今夜は、風がないのですね」
「あァ?」
「ならばミサカにも勝機があるかも知れません、とミサカは言い捨てます」
何というハチャメチャバトル……って、何か息苦しいんですけど。一方さんがオゾンとかどうとか言ってるから、あの戦法を使ったのね。視界に入らない俺にまで被害が来ない様にしてね! とか何とか俺がふざけていたら、ミサカがあっさりと追い付かれて一方さんにブッ飛ばされてました。偶然だと思うけれど、俺が隠れてた近くのコンテナにミサカが叩きつけられる。痛そう……
「が、はっ……」
「さァッて、一つだけ質問だ。オマエは何回殺されてェンだッつのッ!」
咄嗟に体を丸めて防御の姿勢に入るミサカだけど、一方さんの能力の前では物理的な防御は全くの無意味に他ならない。ミサカは蹴られる、殴られる度に苦痛の呻きを上げ、その声も徐々に弱弱しくなっていった。
というか、上条さんはまだ来ないの!? それに麦のん、いい加減早く来てよ! 俺はこんな光景を見ていて平気でいられる程、精神が強くないよ! 知り合いじゃないけれど、見知った友達と同じ顔をした人間があんなにボコボコにされて……痛そうな姿を見てるなんて……それに上条さんはまだなのか? 確かそろそろ来る筈だよね……?
「うあ゛あ゛あ゛あ゛!!」
今まで弱弱しい声しか上げていなかったミサカが突如大声を上げました。驚いた俺が慌てて視線を戻すと、そこには綺麗に反対方向へ捻じ曲がったミサカの右足……
え? こんな怪我本編でしてたっけ? 確か外から見て分かるほどの大怪我を負う前に上条さんが来て助けに入ってた記憶があるんだけど……も、もしかしたら俺の盛大な勘違いかもしれないし、ここはまだしばらく様子を……
「おォ、良い声出せるンじゃねェか。今までの人形共は全然反応がなくてなァ。こりゃあ、もう一本いッとくしかねェなァ」
……は? いやいやいやいや!! これはいくら何でも有り得ない。一本ならまだ勘違いで済むけれど、二本とも足が折られてるなんてないから! というか上条さん、麦のん! もうどっちでも良いから早く来てよ! このままじゃミサカが……
一方さんがゆっくり足を上げる。大した勢いもないし怪我するとは思えないけれど、能力を使えばそれこそミサカを一瞬で殺せる。一方さんが相手に参ったと言ってほしいというのも知ってる。けど……
コンテナの影からわざと足音を出して飛び出す。それに気付いた一方さんが不思議そうな顔つきでこちらを見て、ミサカは驚愕の眼差しを向けてきた。が、そんな事を気にしている場合ではない!
いつも持ち歩いている煙幕(刺激物入り)を直接一方さんに投げつける。無論こんな物効く訳もないけれど、単純な目くらましとしてなら使えない訳じゃない筈だ。
「おォ?」
赤い煙に包まれた一方さんは無視して、ミサカを担ぎあげる。ミサカが「貴方は……」、とか言ってたけれど気にしてる暇なぞない! ミサカが軽いからどうにかなったけれど、少しでもミサカが重かったら風邪気味な俺には持ち運ぶとか不可能だったね。だから事前に計画を考えろと……
一定の距離まで離れ、ミサカを下ろす。後ろに視線を向けると、そこには綺麗さっぱり晴れた煙と、そこに立つ真っ白な能力者。正直寒気がするってレベルじゃねぇ……麦のんを瞬殺する『未元物質』を三下扱いする第一位が今回の相手とか……余りにも無謀すぐるでしょう? 俺は恐怖が鬼なった。
「あ、なたは……」
「黙って、休んでて」
「そういう、訳にはいかないと……ミサカは口にします。貴方にも以前言った様に、これが実験なのです……」
「以前……!?」
何てこったい。あの時セブンスミストと公園で出会ったミサカはこの子だったのか。何か、黙って見てた俺が余計悪者に見える感じになってきたな。
「だから、貴方は急いでここから離れていて下さい……巻き込まれます、とミサカは貴方に忠告しま」
「関係ない」
「えっ……?」
「関係ないよ」
絶対に助けなきゃ駄目な対象、かつ上条さんは何か知らないけれど遅れてるし、麦のん達も来る様子はない。何が起こったのか分からないけれど、それなら上条さんが来るまで……俺が時間を稼ぐしかないね。仕方ないね。
いや、時間なんて稼げるなんて思ってないけど……やれる所までやってやる。そして「楽勝だ、超能力者」、と言ってやるんだ。あ、そういえば今度レイちゃんの誕生日だっけ? なら余計死ぬわけにはいかないぜ、ふふっ。
「ギャハ、何なンですかァ? いきなり乱入してきやがッて……これも何かの演出ですかァ?」
馬鹿にしたように笑いながら一方通行が笑う。俺はそんな一方通行に対し、拳を握りしめながらゆっくりと口を開いた。
「この子を殺させる訳には、いかないって訳よ」
頼む……上条さん早く来てくれ……
<あとがき>
はい、とうとう『一方通行』との戦いが始まりました。感想では上条さんと一緒になって麦のん達を助けに行くという予想が多く見られたのですが、この展開が予想できた方はいたかな? いなかったら私の顔が新世界の神になって「計画通り……」となります。
麦のん達、上条さんは本来なら原作通りに到着していた、実験前に攻撃をしかけていた筈です。何故それがこの場にいないのか? 当然、「何かしらの妨害」が入った事に他ならないのです。果たしてその妨害とは一体何なのか? そしてフレンダに電話してきた男の真意は? それを含めてもう少しだけ待って頂けたらと思います。