「最高の危機」
「ハッ、何を言い出すかと思えばよォ……」
一方さんはそう言いながら笑みを浮かべる。正直その笑い顔が怖すぎて足がプルプル震えているのですが、この状況ではビビってると分かられたらお終いな気がするので我慢する。流石にこの場面では根性出していかないといけないって訳だな。
「殺させる訳にはいかない……ギャハ、最ッ高だァ。最ッ高に笑えるぜオマエはよォ!」
「何が可笑しいのさ?」
「あァ? 何も知らねェンだなァ。そこにいる乱造品はよォ、実験の為に造られた、ただの人形……クローンなンだよ」
……あぁ、そういう事か。一瞬「何言ってんのこのロリコン、知ってるってばよ」、とか脳内で考えてしまってたよ。冷静に考えるとこのミサカがクローンだと知っている人間はそれこそ関係者、もしくはそれを阻止しようとする俺や麦のん達、上条さんや御坂位なのね。だからといって、どうして今その事を言ったのロリコン?
「その人の、言うとおりです……と、ミサカはは貴方に真実を告げます」
ちょ、その怪我で立ち上がろうとするなし。黙って休んでろと言ったでしょうが!
「ミサカは、この実験の為に作られたクローンです……単価18万円にして、いくらでも代わりが効く存在……それが私、10032号です、とミサカは戸惑っているであろう貴方に告げます」
「……」
「ミサカは人ではありません。よって貴方が命を危険に晒してまで守る価値はないのです、とミサカはハッキリ口にします。だからこの場は見なかった事にして逃げて下さい。ミサカは貴方の友達であるお姉様の妹ではないのですから……」
「そう、だからどうしたのさ」
ミサカの方へは振り返らずに、一方さんを見据えながらそう口にする。何かもうね、一方さんの上から目線の言い方とかミサカ妹の自嘲気味な告白とか、イライラしてきたよぅ。そういう事考えてここに来てる訳じゃないんだから、勝手に勘違いをして話を進めないでほしいのだわ。
「クローンね……確かに貴方はクローンだと思う。御坂さんに確認したら、妹なんていないって言ってたからね……」
すいません、嘘です。だけど何かしら理由をつけておかないとどうしてこの実験を知って、そしてここまで来たのか問い詰められても答えようがないし。だからここは嘘を吐かせて頂きました。俺が口にした言葉に対し、案の定一方さんは笑みを止めて軽くだけど目を見開き、後ろからは息を飲む音が聞こえた。
「ならば……どうしてですか? とミサカは混乱する思考を抑えつつ口に出します。ミサカは単価18万円の乱造品、いくら消耗されたとしてもスイッチ一つで作り出せる存在です……貴方は」
「だけど、ミサカさんは一人しかいないじゃない」
「え……」
「私が出会った貴方は、間違いなく一人の人間だったよ。私が遊ぼうて誘ったら悩んでくれて、それに対してしっかりと応えを返してくれて、残念そうな顔までして、人間よりも人間らしかったと思う」
「そ、れは……」
「それに、私は貴方がどんな存在でも助ける事に変わりないよ。だってさ……」
さぁ、今から俺は臭い事を言います。覚悟は良いですか? それ、いち、にー、さん。
「友達、でしょう?」
にひひ、と笑いながらそう言い放つ。臭い……自分で言ってて寒気が凄いんですけど……! す、少なくともこれでミサカを助ける理由にはなるよね!? 問題は助けられるかどうかなんですけどね。
「おい、もういいかァ?」
ダルそうにしてるけれど、待っててくれた一方さんマジ天使……このマジ天使っていうのも、いずれ冗談じゃなくなるんだよな。ある意味ネタバレ? ねーよ。
「友情ゴッコ御苦労さまでしたァ。だけどよォ……そう言って助けらンなきゃただの無駄足だよなァ!」
一方さんが一歩踏み出すと同時に、いくつかのコンテナが宙へ跳ね上がる。これ初見だと一方さんの踏み出しが凄過ぎて周囲の地面が波打ったかと勘違いしてもおかしくないですよね? そして浮かびあがったコンテナは次々と落ちてきて、いくつかは俺の近くにも落ちてきました。怖くないですよ? ちょっとちびるかと思ったけれど怖くないですよ?
「ハッ、ビビッちまッて声も出ねェかァ? まァ、無理もねェかァ……いきなりこんな事があッたらビビんなきゃオカシイ奴だぜェ?」
ゲラゲラと嗤いながらそう言ってくる一方さんに対し、俺は正直な心の声で応えます。
はい、滅茶苦茶怖かったです。失神しなかった自分を褒めちぎってあげたいくらいですよ。いや、想像してみてほしいのですよ? 自分の横1mくらいの所にコンテナが上空から降ってきた恐怖……タマヒュンしちゃいそうでした。が流石にここで失神して泣きだす程、俺は空気が読めない人間じゃないぜ。
とりあえずの目標としては時間を稼ぐ事に尽きる。一方さんを倒せるなんて微塵に思わない所か、天地が引っくり返っても有り得ない。より正確に言えばステーキを食べようとしたら出撃命令が出て、出撃したら撃墜される位の確率で一方さんには勝てない。ならばどうするか……
「知ってる、ベクトル変換でしょ? 学園都市の『超能力者』……第一位『一方通行』」
「……あァ?」
俺の言葉を聞いて、ようやく一方さんの表情が変わる。先程の小馬鹿にしている顔から、少しの警戒を含めた顔に。とりあえず、警戒心を抱かせる事は出来たか。
「物体が持つ全てのベクトルの力を把握、操作……反射してしまう最強の能力。まさに第一位の名に相応しいと思うよ」
「テメェ……俺の能力を知ってやがンのか」
「こう見えても交友関係は広くてね」
よし、これでオーケー。俺が一方さんの能力を知っているという事を
報せる事によって、少なくともミサカ妹は俺を仕留めるまではスルーされるでしょう。この場でミサカ妹を死なせてしまったりなんてしたら、これ以降の物語でどんな支障が出るのか分かったモンじゃない。地味に色々重要な場面に出てきた気もするし、上条さんと一方さんの敵対関係が明確化しちゃったら木原くン編がどうなるか分からないしなぁ……こんな時まで打算で動いている俺は最低ですね。
「ただの一般人……って訳じゃあなさそうだなァ……」
一方さんが一歩踏み出す。それに伴って感じる圧迫感に俺は気圧されて咽を鳴らすが、少なくとも一歩も退かずに一方さんを睨みつけた。もし一瞬でも視線を外したら死ねる確信がある。
「なら楽なモンだ……一瞬で細切れにしてやンよォ!」
瞬間、地面を蹴った一方さんが爆発的に加速してこちらに向かってきた。うぉ……! はえぇ!
「そらァ!」
一方さんが右手を振り上げる。俺はそれに対して何をする訳でもなく、一方さんの脇をすり抜ける様にしてそれを避けた。一方さんが驚愕の眼差しを向けてくるが、別にこれって一方さんの能力を知ってたら普通にやる……というかこれしか時間を稼ぐ方法がないですよね?
そう、ただひたすら一方さんの攻撃を避け続けるのです。チキンとか言わないで……だって一方さんチートすぎるんだよ! 触れられなければ良いという条件だって、マジで指一本触れたら終了だし。こっちからの攻撃は物理エネルギー共に反射反撃。それこそ魔術とか天使の力じゃないと攻撃すら不可能。これ何て無理ゲー?
「ハッ……! 大層な口叩いといて逃げるだけですかァ!? そンなンじゃ全然面白くねェぞォ!」
「そう……ならしばらく楽しんでもらうよ!」
またしても攻撃してくる一方さんの右腕を避け、何とか攻撃を避け続ける。そして戦う前から漫画とかで見てて気づいたんですが、一方さんの場合下手に距離を取ると逆に終了のお報せです。とんでもない速度で距離を詰めてくるし、下手したら石つぶてとかコンテナが飛んできて即座に終☆了。超速度で迫ってくる質量兵器は絶対に避けれる気がしませんです……
逆に漫画や小説内で上条さんが優位に立ち始めたのは接近戦を始めてからなんだけど、一方さん腕とか降りおろしたりする速度は一般人と大差ありません。暗部の連中みたいに隠し武器を持ってたりする事もまず無いだろうしね(後の一方さんは知らんけれど)。小回りが利いて、かつ常に一方さんの動向を確認出来る接近戦がベストな判断……ただ……
「チョロチョロウザッてェ……! いい加減にしやがれクソがっ!」
「わっ、わっ……!」
あくまで他のやり方よりはマシというだけで、これだって相当きついです。腕のスピード以外は物凄い高速で動きまわるし、何より一瞬でも触れられたら終わるという緊張感が俺の集中力をガリガリ削り取っていく。つーか上条さんはまだかよ! いい加減にしないと俺の寿命がストレスでマッハ。
「チッ……!」
俺がそんなアホな考えをしている間に、一方さんは一気に飛びあがって距離を開けてきました。さっきも言ったけど距離を離されるとやばいんだけど、そう簡単に距離を詰める訳にもいかない。下手に近づこうとした時にロケット接近されたら回避できる自信がないのよ。
「ハッ……ゴキブリみてェにチョロチョロ動き回るのだけは得意みてェじゃねェか」
「にひひ、せめて蝶の様にと言って欲しいな……」
「あァ、そうかよ……なら、蝶らしく空でも飛んでみるかァ?」
そう言いながら一方さんはいくつかのコンテナを吹き飛ばす。突風を受けて俺の体がよろめくけれど、コンテナ自体は全く当たらず、その場に叩き落とされた。一方さん、外したのかしら? このドジっ子め。
「さっきあの乱造品が言った通り、今日は無風状態なンだな。こりゃあひょっとすっと危険な状態なのかもしンねェなァ?」
「え……?」
「例えばさァ、鉱山とかで爆発事故が起きる話ってあンだろ? あれって別に爆発物の取り扱いを間違えたって訳じゃねェんだわ……って、お」
周囲に舞い散る小麦粉、そして今の一方さんの台詞。何をしようとしているのか気付いた俺は、全力でその場から少しでも離れる為に走る。コンテナの影に隠れたとしても、先程から飛ばされたコンテナのせいで広範囲に小麦粉が飛び散り過ぎている。こんな場所で隠れたとしても、今から起こる現象は確実に俺を飲み込むだろう。
「ギャハ、何だ何だよ! 俺が何しようとしてるのか分かったンですかァ!? さっきまで余裕こいてたのに、何ですかその無様な姿はァ!?」
うっさい! そんな事言われても逃げなきゃ丸焼けになっちゃうよ! そんな俺の必死さにも構わず、一方さんは片手を軽く振りながら口を開いた。
「なァ、そこの金髪ゥ。オマエ、粉塵爆発って言葉ぐれェ聞いた事あるよなァ?」
それを聞いた瞬間に感じた熱、衝撃、音。俺の体はそれらすべてに飲み込まれて高く打ち上げられた。
*
「は、……あ、ぐっぅ……!」
痛い……痛い痛い痛い! 何だコレ……どうしてこうなったんだっけ?
自分が今どんな状況になってるのか分からずにパニックに陥りながらも、俺は目を開けて周囲を見回す。何か地面が煤けて、更に一部燃え上がったりしてますね。つーか体もそうだけど、何より耳と咽が痛い。キーン、という音がひっきりなしに鳴っていて殆ど周囲の音が聞き取れないし、喉に至っては呼吸をする度に焼けつく様な痛みが走る。粉塵を吸いこんだか? 苦しい……
「ったく、酸素奪われるとこっちも辛いンだっつの。喜べ、オマエもしかして世界初じゃねェか?『一方通行』を死ぬ寸前まで追い詰めたなんざよォ」
消え入る様な音だったけど、何とか聞き取れた方向に視線を向ける。そこには凄惨な笑みを浮かべた一方さんの姿が。つーか……反則だよ。この爆発の中でも全然ダメージ負ってないじゃん。こっちは一瞬意識が飛んで記憶障害起こすくらいだったのにさ。
「ケホッ……」
「ハッ、ザマァねェなァ。どうした、何とか言ってみろよ? オラ、オラ!」
「ぐ……ぅ……」
倒れてる俺に対し、一方さんは容赦なく蹴りをお見舞いしてきます。痛いんだけど、それすらもぼんやりとした思考の中でしか認識出来ない状態です。やばい……意識が朦朧としてきました。これってどこかで……
あぁ、思いだした。『あの時』バスに轢かれた時がこんな感じだったかもしれない。轢かれた痛みと、叩きつけられて呼吸困難になってたのと、周囲の声が五月蠅くて耳が痛かったのも似てる。やばい……死ぬかも。
「チッ、反応がねェな。死んじまったンですかァ?」
一方さんの声もどこか遠い気がする……何か眠くなってきたし、このまま寝ちゃっても良いんじゃね? 少なくとも寝れば痛みは消えるだろうし、とりあえずの対処にはなるでしょ。じゃあ、皆さんおやすみなさーい……
「……チッ。んじゃあ、とっとと終わらせて帰るとするかねェ。無駄な時間くっちまった」
そう言いながら一方さんは俺から背を向ける。俺はというと、その言葉を聞いてしばらくぼんやりしていたけれど、すぐに目が覚めました。
そうだよ。とりあえず上条さんか麦のんが来るまで俺が押さえてないと、ミサカが死んじゃうじゃないか。それだと原作がどうなるか分からないから頑張ろうって考えたのはどこの誰だよ!? 幸いにも一方さんの攻撃はやんでるし、今の内に……!
全身に力を込めて上体を起こし、ついで震える膝を思い切り叩いて強引に立ち上がる。そこで気付いたんだけど、よくよく見たら右手が変な方向に曲がってました☆ 道理で痛むと思いましたよ……ただ現在の俺はテンションと勢いで動いているので痛みでは止まらないのだぜ。アドレナリン全開です。と、ここでようやく一方さんが俺に気付いてくれたでございます。
「ぜぇ……ひゅー……ぜぇ」
「オマエ……」
咽が痛い……呼吸出来ない……これは立ち上がったは良いけれど一歩も動けないんですけど。ただ立ちあがって一方さんを睨みつける事しか出来ませんな。
「……ハッ、そんなにこの人形が大事かよ。だけどなァ、オマエに俺は止められないし、どうする事も出来ねェ。だから諦めて寝てろ、ここまでこの俺に食い下がった事に免じて命だけは助けてやらァ」
一方さん、無駄な優しさなんぞ不要。というかやっぱり俺の事は殺す気なかったのか。まぁ、殺す気があったら速攻で殺されてるだろうけど。そして現状気絶か死亡か分からんけれど、どちらか一歩寸前の俺は言い返す言葉も上手く思い浮かびません。だけど何かしら言い返して、少しでも時間を稼がないと……
……こうなったら麦のん、ぱくらせて頂く。そして余裕がないので一気に言うしかないぜ!
「……ねぇよ」
「あン?」
掠れた声だと上手く出ないな……仕方なしに痛みを堪えて思い切り息を吸い、一気に言葉を吐きだす。
「関係ねぇよ! カァンケイねェんだよォ! 何が寝てろだ、何が命だけは助けてやるだ……! 「俺」の手足が折れようが、鼓膜が破れようが、そんなのは関係ねぇんだ! ミサカは「俺」の友達だ、絶対に助けるんだ! つけ上がるなよ、『超能力者』! ミサカを殺したきゃ「俺」を殺してからにしろよ! ……がふっ」
麦のんが原作で言った台詞に今の俺の思いを乗せる。何か勢いで滅茶苦茶臭い台詞言っちゃったけれど、今は勢いで言ってるから気にしません。それにね、ミサカを助けるのは確かに打算だけど……ここで助ける事が出来れば御坂とミサカが一緒に買い物に行けるんだぜ? それって良い事だと思わない。
ただ、この台詞で全ての力を使い果たしたみたい……最後に出たのは血が混じった咳と唾だけ……それを最後に一気に力が抜ける。意識が消失していく……
そして、意識を失う寸前、俺の視界に飛び込んできたのは何者かの影。それはコンテナの影から姿を現し、こちら目がけて走ってくる。俺はそんな光景を見て薄く微笑む。
信じてたぜ……本、物のヒーローは……遅れ、てや、ってくるっ……て……
<あとがき>
後は幕間一つと本編一つでこの話は終わりそうです。もう少しだけお待ちください!
そして今回短い……フレンダとの戦いを長引かせるとぐだぐだになりそうなのが原因なんですけどね。
そして今回の時系列の説明ですが……
フレンダと上条さんが出会ったのは八月二十日。本来ならば上条さんは10032号と一緒にジュースを持ちかえるのですが、この話ではフレンダを待たせていた為にジュースを半分渡して別れてフレンダを追いかけています。その後、雨の中で出会いました。
翌日に補修を受けた帰りに10031号の実験現場に遭遇。その後家に帰る事なく御坂の寮へ行き、黒子との会話を済ませた感じです。よって上条さんは一応10031号、10032号との出会いを果たしている感じですね。ここの内容は何度か両方を混ぜたり勘違いしていたりと中々大変でした……
さて、フレンダがどうなってしまったのかについてはまた次回です。もう少しお付き合いして下さい。