「戦いの終わりに」
まるで暗い海を延々と漂っているみたいな感覚です。しかも体の自由が利かず、痛みがずーっと続いている様な状態。特に動かない右腕が痛いです。全身も右手程じゃないにしても痛いし、どうしてこうなったのか全く思い出せない。
というか、起きて大学に行かないと駄目じゃね? それに最近レポート提出も遅れてるし、教授に何を言われるか分からん。前回は口八丁手八丁で誤魔化したけれど、流石に今回も同じ手は通用しないだろうし。そうと決まったら早く起きないと……全身と瞼に力を込めて……ぬぐぐぐぐ!!
緩やかに光が入ってくる。よし、これで目を覚ませそう……
*
「知らない天井だ……あれ? デジャブ?」
そう言いながら俺は目を覚ましました。天井は清潔感のある感じに真っ白で汚れの一つも見えない。横に顔を向けると花瓶に入れられた色鮮やかな花と棚、そして誰のか分からない荷物が結構な量で置いてありました。そこで俺は気付きましたですよ。
つーかここ病院ですね。寝てた時は混乱して「藤田 真」の事を考えていたけれど冷静に考えたら大学に行ってる筈ないじゃんね! 俺ってばお茶目さん。恐らく『一方通行』との戦闘後に真っすぐ病院へ連れてきてくれたのかしら? 流石麦のん達は優しいでぇ……!
そして俺が無事に病院に送り届けられたという事は……そう、あの戦闘は無事に終わったって事ですよね!? ふぅー、これで心配な要素が一つ無くなりましたよ。正直死ぬかと思ってた部分もありすぎるくらいだったからね! テンションが上がった俺はこの場で小躍りしたいくらいです。
「ッ……イタタ」
無理でした。つーか全身痛いよ。何とか上体だけは起こせたけれど、これは立ち上がるとかまでは現状無理っぽいな。右腕は折れてるみたいでギプス着けてるし、全身包帯だらけだ。思い出してみると粉塵爆発に巻き込まれた上に、それでかなり吹っ飛ばされて地面に叩きつけられたんだから、これ位で済んで逆に運良かったのかな? 下手したら地面がやすり代わりになって全身ズタズタになってたかもしれないし……怖すぎて泣いた。
と、そこで俺は何かに気付きました。何というか、病室に荷物が異様に多いんですよね。そして一人部屋にも関わらず周囲から断続的に聞こえる寝息……とりあえず視線をベッドの横の床に向けて見ました。
「わぁお……」
つい変な声出しちゃいました。そこには普段優雅にベッドで眠っている姿ではなく、寝袋で全身を覆った麦のんの姿……その横にも寝袋に入って動かない絹旗と滝壺の姿がありましたですよ。しかも滝壺はちゃっかり絹旗の事を枕代わりにしてるし……お陰で絹旗だけうんうん唸りながら寝ています。滝壺ザァン、ギヌゥハダァノコゴロハボドボドダァ! という訳なので可哀想なんですけど。
「むぅー……んー……」
あ、麦のんがもぞもぞし始めた。この感じ……目を覚ます寸前の感じですね。普段から麦のんの行動見てるから大体次に何をするかが分かるんですよね。で、そう考えていたら麦のんがゆっくりと目を開けました。で、俺の方をジッ、と見つめています。とりあえずここは……
「麦野さん、オハヨー」
「……おはよう」
ぼんやりしながら返事をしたのを見ると、麦のんはまだ完全に目を覚ましてはいませんですね。基本的には髪とかとかす時に目を覚ますしなぁ。麦のんはそこでもう一度目を閉じて睡眠に入ろうと……した瞬間目を見開きました。
「フ、フレンダ……! おぅ!?」
「うぉ!?」
突然奇声を上げて麦のんが起き上がろうとしたみたいですが、寝袋に入ってる事もあってかその場で跳ねるだけに終わる。アレだ、陸に上げられた魚みたいな事になってる。正直爆笑一歩手前までいったんですけど、笑ったら確実に命が無くなるので我慢してます。
「ぐ、ぬああああ!!」
「oh……」
麦のんが全身に力を込め、凄い音を立てながら寝袋をぶち破りました。いやね、もうビリビリー! って感じに寝袋さんが悲惨な事になってしまったですよ。寝袋もったいねぇ……という感想と同時に、やぱり麦のんを怒らせたら駄目だという事が分かりました。内部から寝袋破壊するとかどんだけなんだよ……
「ぜぇ、ぜぇ……フレンダ!」
「は、はい?」
「アンタ、体は大丈夫? 何か問題ない!?」
いや、問題なら一杯ありますよ。ただでさえ右腕は折れてるっぽいし、全身結構な痛みがあるしね。少なくとも普段通りの生活が出来るのか? と言われたら無理だと言うしかないな。
「大丈夫ですよぅ。普段通りとはいきませんけど、そんなに心配する程じゃないですって」
「……本当に?」
「本当本当。右腕がこんなんだから料理とかは出来なそうですけどねー」
にひひ、と笑いながら応えると麦のんは溜息を吐いて苦笑しました。うむ、心配そうに詰め寄ってくる麦のんも可愛いっちゃ可愛いんだけど、らしくなさすぎて寒気がするんですよね。俺に従順な麦のん……想像したら何か蕁麻疹出てきた。怖すぎるってレベルじゃねーぞ!
「うーん、ふれんだ……?」
「う、ぐっ……ど、どうして私を超枕にしてるんですか!? どいて下さ……って、フレンダ!?」
おや、滝壺と絹旗も目が覚めたみたいでござるな。まぁ、麦のんの声が五月蠅かったし起きても全く不思議じゃないけど。何か麦のんが舌打ちしたような音が聞こえたけれど、多分気のせいだと思っておく。
「むぎの、ふれんだが起きたらすぐに起こすって約束だったじゃない。どうしてその約束を破っちゃうのかな? かな?」
「う……そ、そう! 今起こそうとしてたのよ。そしたらアンタ達が空気を読まずに起きてきたのよ。だから私は何も悪くないわ」
「麦野、超見苦しいですよ。素直に独占したかったと言えば別に……」
「うっせぇ!」
あ、あれ? 何か険悪な雰囲気になりかけてるんですけど。一体どうしてこうなった?
「それにね、フレンダが起きたら起こしてなんていう姿勢に私は文句を言いたいわ。自分で起きれば良いじゃないってね」
「屋上に行こう……久々にキレちゃったよ……」
「ちょ、滝壺さん超落ち着いて下さい!」
「そこどいてきぬはた。むぎの倒せない」
いやいやいや! だからこんな病院で暴れるなっちゅーのに。俺はわざとらしくゴホゴホと咳をします。いや、別にそんなに辛くもないので嘘なんですけどね。これで少しは俺に気が回って喧嘩しなくなると良いなと……
「だ、大丈夫? とりあえずりんごでも剥くけど食べるかしら?」
「ふれんだ、咽渇いてない? 自動販売機で買ってこようか?」
「フレンダ、暇つぶしに本とかを超沢山持ってきておいたんですよ! 何かあったらすぐに言って下さい!」
……え? やだ、なにこれこわい……
というか全員どうしたし。普段は俺に全ての仕事を押し付け、なおかつそれを殆ど手伝おうともしないぐうたらっぷりを発揮する三人組なのに、今日はやけに気を使いますな……まぁ、少なくとも俺は怪我人だし、気を使ってくれてるという解釈をしておっけーですよね?
「あはは、そこまで大変じゃないですし大丈夫ですよ。ただ、しばらく皆の御飯とか部屋の掃除とか諸々が出来なくなるのが痛いですねぇ……それに関しては大変申し訳ないです」
「それは大事だけど……とりあえず仕方ないわ。でも、怪我を直したらまた頑張るのよ。分かった?」
「はいですー」
常日頃からやってる掃除とか洗濯とかが出来なくなるのって、ある意味痛いんですよね。仕方ない事だとはいえども、少し期間を開けるだけで普段五時とかに起きてるがきつくなったりしそうです。べ、別に家事が生き甲斐になってるとかそういうのじゃ、ないんだからねっ!
んで、とりあえず少し落ち着いたので麦のん達は部屋の隅に置いてあったパイプ椅子に腰を下ろす。そのまましばらく黙っていたのだが、不意に麦のんがゆっくりと口を開いた。
「無茶をするのはこれっきりにしなさいよ」
「え?」
「アンタ、毎回毎回無茶し過ぎよ。それで怪我して普段の仕事が疎かになるのが迷惑って言ってるの。だから今後は何かあっても、事前に私達に連絡して指示を仰ぐ事。良いわね?」
ちょ、毎回毎回俺が無茶してるみたいな発言するの止めてもらえますゥ!? 確かに今回と合わせて前回の事件でも無茶して、最終的に怪我をしけれど毎回ではないですよ? タイミングが悪くてこういう事件が続いちゃったけれど、別に俺としては無茶をする気なんて毛頭ないのです。今回だって麦のん達が向かってるなんて聞かなければ行かなかったしね。
まぁ、こう言う麦のんもきっと心配してくれているのでしょう。もしかして自分達の御飯が心配なだけかもしれないけれど、それはそれで別に構わないです。自分が心配されているというだけで何となく嬉しくなってしまうのが単純な俺なので。
「すみません、今度からはもっと考えて行動しまふ……」
「よろしい。とりあえずは怪我を直す事に勤めなさいな。仕事とかはこっちで片付けておくわ」
「はーい」
「ふれんだ、本当に無茶したら駄目だからね」
「う、うん」
「しばらくフレンダの御飯を食べれないのが超痛いですね……危険な事は私達に超任せておけばいいんですから、フレンダは超無理しないようにして下さい」
「りょ、りょーかいです」
な、何か優しすぎて気持ち悪……いや、それだけ皆に心配かけたんだと思っておこう。俺としても今回は無茶しすぎたと思うしね。何の策も持たず、上条さんが来てくれるという保証すら無いのに、あの『一方通行』とガチンコ勝負したんだもんな。一方さんが俺の事を殺す気がなかったとしても、命知らずな行動だったのは間違いない。自分でもどうしてあんな行動したのか、今となっては正直訳が分からないしなぁ……
ミサカ妹が死ぬかも……って考えたら前に出てたんだもんね、足が。もう少し考えろと過去の自分を殴ってやりたいところだわ。
*
麦のんが剥いてくれたりんごを食べながら『アイテム』メンバーで雑談していたら、ドアがノックされました。妙に控え目なノックだったところを見ると、布束さん辺りでしょうかね? 麦のん達も軽く首を傾げながらこちらを見やる。どうして俺を見るの? と最初は疑問に思ってたんだけど、よくよく考えたらこの部屋は今俺の部屋なのね。入院とか初めてだからドキドキしてるのかしら? 前回の時は入院まではいかなかったので。
「はい、どうぞー」
明るい声色でそう言うと、しばらくしてゆっくりと扉が開き始めた。そし扉の間から除くシャンパンゴールドの髪と、良く見慣れた常盤台中学の制服。手に持ってるのはケーキか何かかな? それを持っている本人はいつもの強気な態度は全く見えず、おずおずとした様子でこちらを窺いつつ口を開く。
「あ、あの……こんにちは。入っても良いかし……良いかな?」
「御坂……」
麦のんが気まずそうに名前を呼ぶと、御坂は顔を伏せたままその場で立ち止まる。どうやら誰かが許可をくれるのを待ってる様で、そこから一歩も動こうとしない。絹旗と滝壺も黙ったまま動こうとしないし、これは俺が声をかけるしかないか?
「御坂さん久しぶりー。別にそんなに神妙にならなくても良いから好きに入って良いよーう」
「……お、おじゃまします」
だから神妙になるなっつーのに。あれか? 施設で麦のんと戦った事のせいで気まずいのか? 別に麦のんは怒ってないと思うし、絹旗と滝壺に関しては御坂と戦ってすらいないしね。今回の事件も最終的にはハッピーエンドで終わったんだから暗くなるなと言いたい。
「あ、これ……ケーキ買ってきたの。た、食べてもらえたらと思って……」
「超頂いておきます」
御坂が差し出したケーキを受け取る絹旗もどことなくぎこちない。っつーかいつもの雰囲気じゃない。だからもう終わったでしょうが! いつまでも引きずるんじゃないって!
「あ、あの……」
「……何?」
「わ、私……麦野さん達に謝らなくちゃいけないって……!」
御坂が震えながらぽつぽつと話し出しました。それに応えるかのように真面目な顔して黙る他のメンツを真似して、俺も真剣に御坂の話を聞きます。
「あの時……む、麦野さんに私……酷い事した……!」
「別に気にしてないわ……それに、アンタがあそこまで追い詰められてるって理解してなかった私のせいでもある」
「ううん、違うの……麦野さんは何も悪くない」
そう言いながら御坂は俺に視線を向けてきました。その顔が涙で濡れているのに気付き、俺は気まずくなると同時に御坂の泣き顔マジで可愛いなぁ、とかゲスい事考えちゃいました。俺って、本当にクズ……
「あの子に聞いた……フレンダさんが、あの子を必死で助けてくれた事……」
「あ、いや……あれは……」
「その怪我……あの子を助けようとして出来たんでしょう?」
「んー……そうかな?」
結果的には自業自得だけどな。ミサカ妹のせいだと騒ぎたてる様なものではないでし。
「フレンダさんは死んじゃいそうになってまで、あの子を助けてくれた……麦野さん達は、私を助けようとしてくれたのに……私、は……ッ!」
御坂はそこで言葉を切ると、ボロボロと涙を流し始めた。それを見て俺はギョッ、とした視線を向けるが、麦のん達は全く動かずにそれを見守っている。御坂は泣きながらもポツポツリと口を開いて言葉を続ける。
「あの時、麦野さんの話を聞いていればこんな事にはならなかったのかもしれないのに! 私があんな事をしたから、フレンダさんは死にそうになってまであの子を助けてくれた! なのに、私は五体満足で……何にも出来ないで……!」
もう号泣レベルですなぁ。何だかんだ言ってもまだ中学生でメンタル面は成熟してないだろうし、今回の事件で相当参ってただろうしなぁ。むしろこの事件の後上条さんと普通に話していたのは、ある意味で変な事だったのかもしれない。自分のクローンが殺され続けてるなんて事があったら、神経細い人は発狂しててもおかしくないだろうしね。
そのまま嗚咽を上げて泣き続ける御坂に対し、麦のんは俺に視線を向けて何かを訴えてきました。あの感じ……多分自分に任せてほしいとか、そういう感じの合図かな? それ対して俺が頷くのを確認すると、麦野は立ち上がって御坂へと近づいていく。滝壺と絹旗も黙ったまま何も言おうとしないところを見ると、麦のんに全てを任せる気みたいですね。というか、麦のんが人を説得しようとしている場面なんて初めて見るんですけど……
そうこう考えている内に、麦野は御坂の前に立つ。御坂はビクッ、と体を震えさせて固く目を瞑りました。む、麦のんまさか殴ったりしないよね? 御坂を助けるためにやった事だからそんな事しないとは思うけれど……と、俺が考えていたら麦のんが軽く手を上げる。そして俺も身に覚えのある手の形にしました。い、いかん……あれは……
「てぃ」
「ぷぁっ!?」
そう、麦のんの全力デコピンです。麦のんのデコピンが当たった瞬間、御坂は後方に数回転がって床に倒れました。というか、人間を指一本で転がす麦のんのデコピンマジでパネェ……! 俺もやられた事あるんですけど、マジで痛いとかそんなレベルじゃない破壊力してます。多分コンクリートブロックとか割れるんじゃないでしょうか? 手加減してるとは思いたいけど。
「あぃぃぃぃ……! くうううぅぅ!」
「目ぇ覚めた?」
「何がよ!? 痛いじゃないの!」
床でおでこを抑えたまま転げまわっていた御坂に対し、麦野が声をかけると御坂は涙目になって立ち上がった。おでこから手を離した時に見えたんだけど、ピンポイントで一点だけ真っ赤になってました。あれは痛いわー(笑)
御坂の涙目での文句を聞きながら、麦のんはニヤリと微笑みました。相変わらず悪役の笑い方だよ。
「アンタがしおらしく謝ってる姿なんて、逆にこっちの調子が狂うのよ。アンタはいつでもそうやって強気な顔見せてなさい」
「あ……」
「私もみさかの笑ってる顔が好きだよ」
「泣いている姿超合ってませんしね」
「滝壺さん、絹旗さん……」
何か地味に絹旗が酷い事言ってる様な気がしたけれど、そのへんは突っ込まない方向で行くとしましょう。とりあえず皆が声をかけたんだから、残っている俺が声をかけなきゃ駄目な気がしますので御坂を見て笑顔を浮かべて口を開きます。
「そうそう、私達が好きでやった事だしね。御坂さんが気にする必要ないよ」
「アンタは少し反省しなさい」
「いてっ」
麦のんに軽く頭をはたかれました。り、理不尽な! 怪我人なんだからそういうの止めたげてよぉ!
それを見た御坂が少しの笑みを浮かべる。滝壺と絹旗も笑顔を浮かべ、部屋内の空気が一気に弛緩していくのを感じました。全く、せっかく無事に終わったんだから明るくいきたいんですよね。御坂マジで空気を読むのは大事だから今の内に身につけておいた方がいいぜよ。
「麦野さん、滝壺さん、絹旗さん、フレンダさん……本当に、ありがとう……」
「気にしない。フレンダも言ったけど、私達が好きでやった事よ」
麦のんかっこいいねぇ! 御坂は困ったような笑みを浮かべて残っていたパイプ椅子を取り出してきてそれに座る。麦のんもさっきまで座っていた椅子に腰を下ろし、全員が笑顔を浮かべた
ひとまずはこれで万事解決ですね。
「ねぇ、麦野さん……」
「何よ?」
って、おや? 御坂がまだ聞きたい事があるみたいでござるな。御坂は麦のんへと視線を向けると、ゆっくり口を開く。
「気になってたんだけど、麦野さん達はどうしてあの施設にいたの? 今回の実験の事も詳しく知ってたみたいだし……あ、だ、だからって麦野さん達を疑ってる訳じゃなくて、どうして知ってたのかなって思って」
「それは……」
御坂の言葉に絹旗が言いづらそうに口を開く。確かに、暗部という名を出すわけにはいかないし、それを御坂に教えるなんて以ての外だしな。絹旗はそのまま言いづらそうに黙っていたけど、不意に麦のんが口を開く。
「それは教えられないわ。色々あるのよ」
「で、でも……もし何かあったら、今度は私が麦野さん達を助けに」
「その気持ちは嬉しい……けど、どうしても教える訳にはいかないの。これは御坂の為でもあるし、そして私達の為でもある。だから、その事は聞かないでくれると助かるわ」
麦のんの言葉を聞いた御坂が困ったように唸る。暗部の事知られて御坂が暗部入りに狙われたら洒落にならないし、御坂から情報が漏れたら今度は俺達がやばい気がするしな。絶対に教えられないよね。
「……麦野さんがそう言うのは、それほど危ない事って訳なの?」
「危ない危なくないの話じゃないの。これは御坂とは永遠に関わらない話だから気にするなって言ってんのよ。関わると碌な目に会わないだろうし」
「で、でも……」
「御坂」
そこで麦のんが言葉を切ると同時に、部屋内に静寂が訪れる。御坂も、俺を含めた『アイテム』の全員も、麦のんの次の言葉を黙って待つ。麦のんは一度髪を掻き上げて一息吐くと、言い聞かせる様な声で言葉を紡いだ。
「心配してくれてありがとね」
「ッ……!」
「だから良いのよ。それだけで充分」
滝壺と絹旗も、御坂も驚いた視線を麦のんに向けてるけどどうかしたん? いつもと変わらずちょっとした笑顔を向けてお礼言っただけじゃない。ま、麦のんがお礼を言うのが珍しいっちゃ珍しいからそれかね?
「はぁ~……分かったわ。もう何も聞かない」
「あら、聞きわけの良い事」
「あんな顔して言われたら何も言えないわよ。でも、本当に困ったら言ってね。何でも手伝うわ」
「ありがとね、みさか」
「お礼を言いたいのはこっちだもの。むしろこれくらいしか返せなくて申し訳ないくらい。ごめんね、フレンダさん」
「私が好きでやった事だから気にしなくて良いよー」
ふぅ、これで全ての話は終わりかな? では、御坂が買ってきたケーキでも食べて平和に過ごすとしましょう。平和ってマジで素敵な言葉ですよね!
*
そして夜……麦のん達も今日は家に帰り、御坂も門限時間で帰って行きました。御坂曰く佐天さん達にも伝えるとの事なので、その内お見舞いに来てくれるとの事。うむ、こういう何も考えずにベッドに寝て、皆にちやほやされるのも悪くはないな。あくまでたまにだけど。
さて、腕も折れてるししばらく入院安定ですが、これからどうしたもんか。今は八月の後半……暗部の事件が起こるのは十月くらいだったかな? それまでで『学園都市』に起こる事件は何個かあるけれど、『アイテム』が関わる様なものはなかった記憶がある。今回は下手して巻き込まれちゃったけれど、しばらくは安全だと信じたいねぇ、事件に巻き込まれない様に注意しながら行きたいもんだ。
そうやってのんびり考え事をしていた俺の耳に、扉をノックする音が聞こえた。消灯時間まであと少しなんだけど一体誰だろう? 看護師さんかなぁ、と考えて「どうぞー」、と声をかける。すると扉が開き、そこから見えたのはシャンパンゴールドの髪と常盤台中学の制服……って、デジャブパート2?
「怪我は平気ですか? とミサカは茫然としている貴方に声をかけます」
「あ、う……うん。少し痛むくらいだよ」
松葉杖を突きながらベッド横まで歩いてきたミサカ妹に、俺は少しの驚きを持って接しています。というか何の用でしょ? あの事件が終わった後なんだから上条さんにベッタリか病院内で大人しくしているものだと考えていたわ。自分の部屋に来るなんて完全に予想外なんですけど。ミサカはそのまま無感情ともとれる視線を俺に向けて口を開く。
「貴方が同じ病院に入院していると聞いてお見舞いにきたのです、とミサカは少し困惑した様子の貴方に向かってそう言います」
「そうなんだ……あ、上条君は無事?」
「あの人も同じ病院ですよ、とミサカは衝撃の事実を口にします。そして今日は貴方に言いたい事があって来たのです」
そこでミサカ妹はゴーグルを外すと軽く頭を下げる。
「ありがとうございました、とミサカは今出来る精一杯のお礼を貴方に向けます」
「え……? い、いやー、私よりも上条君に言った方が良いんじゃない? 結局私は時間稼ぎくらいしか出来なかった訳だし……」
「いいえ」
そこでミサカは言葉を区切ると、俺の右手のギプスに手を置く。無論強く置かれたりしない限りは痛くないので全く問題はありません。
「ミサカは貴方にも助けて頂いたのです。この恩は一生忘れられるものではありません」
「ミサカさん……」
「本当にありがとうございます、とミサカはミサカの代表として貴方に感謝の気持ちを告げます」
そう言うと、ミサカは背を向けて扉へと向かう。どうやらマジでこれだけ言う為にここに来たらしい。
「あ、あのー……少しゆっくりしていったら? 足もそんなので疲れるだろうし……」
「お気持ちはありがたいのですが、ミサカはこれから治療があります。よって少し急がなければならないのです」
「あ、そっか」
ミサカはクローンだから延命治療とか色々あるんだっけか? これから大変そうだよね……というか、なーんか忘れてる気がするんだけど……? まぁ良いか。多分『アイテム』とは関わりのない事件とかそんなんだと思うしね。
「じゃあ、またね。ミサカさん」
「はい、とミサカは告げて扉を開けます。あ、それと……」
そう言ってミサカがこちらに振り向く。その顔には、本当によーく見ないと分からないけれど、確かに少しの笑顔が浮かんでいた。
「お姉様と貴方、一緒の買い物楽しみにしています、とミサカはわき上がる興奮を抑えつつそう言います」
*
<あとがき>
これにて『絶対能力進化計画』は終わりです。が、この後にある事件が一週間ほどの時間があるので、その間にお見舞いの話や一方さんの話を計画しています。今回で出番がなかったキャラクター達の出番も勿論あるので、楽しみに待って頂けたら幸いに思います。
そしてしばらく更新が遅れます。ゴールデンウィークは長期休みを利用して実家に帰省し、その後も仕事が忙しくなりそうなのでしばらく更新が出来ないと思われます。ですが必ず戻ってきたいと思いますので、のんびりと待って頂けたらと思います。