「復活ッッッ!」
入院中に受け取った食べ物、他にも様々な物をバッグに詰め込む。忘れ物が無いか最終確認をして、俺は入院していた部屋を後にしました。途中出会う看護師さん達は笑顔で見送ってくれ、こちらも笑顔を浮かべて一人一人に「ありがとうございました」、と伝えて先に進む。エレベーターの前に辿り着くと、そこには御坂……じゃなくて、ミサカが立っていました。
「下までご一緒します、とミサカは親切心から貴方の荷物を一つ奪い取りつつ口にします」
「って、わ。別に大丈夫だよ? 腕も完全とは言わなくても殆どくっついてるみたいだし」
「この病院……というかあの医者が規格外なだけで、本当なら貴方の怪我はまだまだ治療に時間がかかるのですよ? つべこべ言わずミサカに荷物を持たせておけば良いのです、とミサカは強引に荷物を奪い取ります」
「あはは……ならお願いするよ」
ミサカに荷物を渡し、二人でエレベーターに乗り込む。軽く感じる浮遊感と同時にエレベーターはどんどん下へと降りていく。
そう、もう気付いているとは思いますが俺は今日で退院なのです。あんな感じに腕が折れていたにも関わらず既にくっついてる俺ツヨス……って訳でもないんですけどね。実際には半端にくっついている状態らしく、普通に動かしたり強い衝撃を与えたりするとまた折れちゃう可能性があるらしいです。また折れてしまうのはご勘弁願いたいぜ。
「そういえばミサカさん、足は大丈夫?」
「はい、貴方と同じく強い衝撃を与えたりしない限り平気です。とミサカは心配してもらえた事による嬉しさを隠しながら簡潔に応えます」
うん、それって隠せてないよね。というか俺に褒められたくらいで嬉しいとは……上条さんに褒められたら嬉しさで死んじゃったりしないよね? そこまでやわだったら助けた意味ないので勘弁して下さい。
そしてあっという間に一階へ着くエレベーター。扉が開くと同時にエレベーターの外へ出ると、そこには外来の患者さんが所狭しと椅子に座っていました。流石は『冥土返し』というか……普段は普通の患者さんを見ているんだね。当たり前だけど。
「では玄関前まで行きましょう、とミサカは貴方に催促します」
「あ、うん」
ミサカに促されて玄関前まで歩く。途中入院で知り合った看護師さんや患者さんと出会って笑顔で挨拶とお礼を言いながらなので、中々玄関前まで辿りつけないとです。
「相変わらず人たらしですね、とミサカはジト目で貴方を見つめます」
「え? ただ挨拶してるだけだよー、気持ちよく挨拶できると楽しいじゃない」
「おぉ……これが本物という奴なのですね、とミサカは驚愕にその身を震わせます」
……何か失礼な事言われている気がするなぁ。まぁ、特に気にするほどの事でもないんだけどさ。
とか何とか考えていたら玄関前に到着いたしました。ミサカはそこで立ち止まり俺へと視線を向ける。
「ではミサカはここまでです」
「うん、荷物ありがと。ミサカさんはしばらく病院にいるの?」
「はい、ミサカは他に住む場所もないので基本的にはこの病院で生活します。それ以前に今は調整の件もあって病院から外に出る事はあまりないのですが」
「そっかー」
ふむふむ、ならこの病院にさえ来ればミサカには会えるという事ですよね? 約束の件もあるし、ミサカとの関わりも楽しそうなのでもう会えないというのは勘弁ですので。
「一緒のお買い物、楽しみにしてるから。御坂さんからには私から話をしておくから安心してね」
「!? 今ミサカが釘を刺そうとした事を先に言われるとは……その事に嬉しさを感じてミサカは高揚した気分を抑える様にそわそわと体を揺らします」
「にひひ、先手を取らせてもらったのよー」
さてと、多分誰かが迎えに来てくれているだろうし、待たせるといかんから外に行くかな。一週間くらい空けていた部屋がどんな状況になってるか気にな
「ちょっと待って下さい、とミサカは貴方の襟を掴んで止めます」
「ぐぇ……!?」
とか考えながら歩きだしたら後ろから襟を掴まれたでござる。首が締まって女の子が出す声じゃない声を出しちゃったでしょ!? 涙目になりながら後ろに居るミサカへと視線を向けると、不満そうな顔をしたミサカの姿。え? 俺なんかした?
「あ、あの……もしかして怒ってる?」
「? いえ、ミサカは全く怒ってなどいません」
じゃあどうして不機嫌そうな顔になってんのさ。
「呼び方」
「へ?」
「ミサカとお姉様の呼び方が一緒では区別がしづらいのではないでしょうか? とミサカは遠まわしに自分の呼び方を変える様に物申します」
「あー、成程」
同じくくりで呼ばれるのが嫌だったのか。『妹達』も個性っていうものがあるし、いずれは一人一人に名前が必要なのかもしれないね。『打ち止め』と『番外個体』もある意味では違う名前で異様に個性があるしな。
「うーん、とは言われてもどう呼べばいいのか……」
あんまり関係ない俺が名前とかを決めるのもおかしな話なんだよね。そういうのは御坂の母である美鈴か、芳川さんか、『冥土返し』ってところじゃないのかな? 俺がぽんぽんと決めていいものじゃ……
「深刻に考えなくても良いのですよ。単純に貴方が呼びやすい名前で良いのです、とミサカはうんうんと唸っている貴方に声をかけます」
「私が呼びたい呼び方か……」
「はい、とミサカはドキドキしながらその時を待ちます」
ふむ、と言われたもののどうしたらいいかな。あだ名とか付けた事はあるけれど男友達に対するロクでもないあだ名(内容は伏せておく)だったし、女の子の呼び方を決めるなんて今まで無かった事だから無理ゲ。普段は名字だけとかさん付で呼んでるだけだからなぁ……んーむ。
「ミサカ」
「?」
「私ってセンスがないから……単純に呼び捨てじゃ駄目かな?」
ごめん、思いつかなかったんです。でもあれですよね? 友達だから呼び捨てで呼んでも特に何の問題もないですよね? センスなさすぎて泣ける。
「ミサカ……」
「だ、駄目かな?」
「いいえ、駄目ではありません。とミサカは首を振って否定します。今後はそのように呼んで欲しいとミサカは貴方に告げます」
おぉ、良かった。不機嫌にさせる事がなくて何よりであります。
さて、流石にそろそろ行かないと。いい加減待たせてると思うしね。
「それじゃ、ミサカさ……ミサカ。またね」
「はい、とミサカはにやけそうになる表情を必死で繕いながら手を振って貴方を見送ります」
何でにやけるし。呼び捨てにされてにやけちゃうとか……ミサカはMだったの? それだとオリジナルもMの可能性が……あるよね。
ミサカの見送りを受けながら玄関を出ると、日の光に目を細める。夏らしいカラッ、とした天気であります。今までクーラーが利いていた病院内にいたからこれは少々くるな……マジで暑いんですけど。『学園都市』が東京を含めた場所にあるんだから暑いのは当たり前なんだけどね。今まで何度も経験してきた事だし。
と、そこで止まっているワゴン車の存在に気付きました。あちらも俺に気付いたのか、ワゴン車のドアが開き中から美しい茶色の髪を垂らした女王様……麦のんが出てきた。続いて絹旗、滝壺と車から出てくる。
「遅い」
「あは、すみませんー」
近づいてきた俺に対する最初の一言がそれですか……ミサカとお話をしていたのですよ! 言い訳したらオシオキされそうなんで口応えはしませんが。
「フレンダ超おかりなさい。退院おめでとです」
「絹旗ありがと」
「ふれんだ復活ッッッ! ふれんだ復活ッッッ!!」
「してぇ……家事がしてぇ~」
「アホな事やってないで行くわよ。今日は退院祝いなんだからね」
滝壺のノリに任せて返していたら麦のんに呆れた視線を向けられました。いやー、退院でテンション上がっているせいか麦のんの睨みも全然怖くないね! だけどオシオキとか言われたら容易に崩れる自分が想像できて泣ける。
車に乗り込んでいく麦のん達に続いて乗り込む。運転席にはいつもの運転手さんが乗っておりました。その人はこちらを見て笑みを浮かべながら軽く会釈をする。こちらも笑顔で頷き返すと、前方へと視線を向けて車を発進させました。毎度毎度あんまり喋らないけど堅実に仕事こなす人だなぁ……そういうの嫌いじゃないぜ。
「そういえば退院祝いってどこでやるんですか?」
「施設よ」
「へ?」
「田辺がアンタの退院を祝いたいんだってさ。まぁ、レイとかアホ二人組が言いだした事だと思うけどね」
おー、施設で俺の退院祝いしてくれるのね。久々に皆に……という訳では全く御座いませんが。だって入院中に田辺先生が沢山の子供達を連れて来てくれたお陰で大体の子達には会ってるんですよね。ミキちゃんとか陸君も来てくれてたし、全く久しぶりじゃないのです。
「にひひ、どんなお祝いしてくれるんでしょうねー。私久しぶりに田辺さんの煮物が食べたいなぁ」
「アンタねぇ……何か他に食べたい! とかいう物はないの? 例えばお寿司とかピザとか……」
「高いんですもん。それなら冷蔵庫にある何かを使って軽食作ります」
「そういう意味じゃなくてね……」
何故呆れるし。いやいや、確かにピザとかお寿司は好きなんですが、それ以上に田辺さんの煮物は絶品なのですよ。証拠に今呆れてる様子の麦のんですら田辺さんの煮物は全く文句言わず……それどころか目を輝かせて食べるのです。これはかなり凄い事なんですよ。
「久しぶりにフレンダが超作るオムライスが食べたいですね」
「私肉団子がいいな」
「んー、じゃあ今日の晩御飯はオムライスと肉団子にしますか。冷蔵庫に材料あります?」
「あるよ、ふれんだの料理が食べたかったから昨日の内に買っておいた。別に反省はしてない」
「にひひ、じゃあ退院祝い終わったら作りますね」
滝壺さんェ……まぁ、退院祝いしてもらって更に晩御飯食うの? っていう疑問は湧くけれど、もし食べなくても明日の準備と下ごしらえしとくに越した事はないしね。久々の家事だ……そしてそれに対して生き甲斐を感じている自分が悲しいのです。でも、悔しい……やる気が出ちゃう。
*
「では、おねえちゃんの退院を祝って!」
「「「「(超)かんぱーい(ってワケよ)!!!」」」」
それと同時に全員が各々手に持った飲み物を飲み、目の前のテーブルに置かれた食事へと手を付け始めた。テーブルには田辺さんや施設の子達で作った料理の他にも、お寿司やフライドチキン、その他諸々が沢山……これを俺の退院祝いに準備してくれたのであれば余りにも嬉しいのと申し訳なさで一杯です。
とりあえず煮物が食べたかったので小皿に取り分けて頂く。大根を口に入れた瞬間に溢れ出る煮汁……良く染み込んでるし味も良い。この味はどうしても真似出来ないんですよね……田辺さんマジでパネェっす。
「どう? 口に合うかしら?」
「美味しいですー、相変わらず田辺さんの煮物は真似出来る気がしないですよ」
「あらら、そんなに褒められると嬉しくなっちゃうわね」
笑顔を浮かべて頬に手をやる田辺さん……美人すぎるでしょう? 正直この人は本編に出ても人気が出るキャラな気がするよ!
「お姉ちゃん、楽しんでます?」
「あ、レイちゃん。当然楽しんでるよー、私の退院のお祝いにこんな事してもらっちゃって申し訳ないくらいだよ」
「そこは気にしなくて良いんです」
レイちゃんも足元に群がる小さい子達の対応をしながら俺に話しかけてきてくれました。相変わらず子供に大人気だなぁ……俺が子供達の相手をすると大体こんな感じに纏わりつかれるけれど、これってかなり体力を消耗するんですよ。それを毎日毎日やってるレイちゃんは凄すぎると思うのです。現在の俺は完全に腕が直り切ってないと伝えているのかそれほど強烈なスキンシップが来ない状態です。お陰で今は楽々ですので置いてある酢豚を食べたりしながらチラチラ子供達に視線を向けているのですよー。べ、別に寂しくとか……ないし!
「あ、あの……」
「ん?」
酢豚を食べていたらレイちゃんがもじもじとし出しました。一体どうしたの?
「その酢豚……美味しいですか?」
「……? 美味しいよー、酸っぱいのそんなに得意じゃないんだけど、これは何かまろやかで美味しいねー」
「ッ……! そ、そうですか……ほっ」
レイちゃんどうしたし。顔を赤くしたり安堵したかのように溜息を吐いたり不審な行動が目立ちますねぇ。でもこの酢豚美味しいわぁ、中華って未だに美味しく作れないんですよね……あれか、火力が足りないのかな? もう少し勉強してみようかな。
「おねえーちゃん!」
「わっ」
後ろから抱きつかれました。このおっぱいが無い胸の感触……後ろを振り向かなくても分かるのですよ。
「ミキちゃんかー、びっくりした」
「ハァハァ、おねえちゃんの臭い……っとと、おねえちゃん改めて退院おめでとうってワケよ!」
……何か今不穏な一言言わなかった? ま、まぁ気にしなくても良いですよね。ミキちゃんはそんな子じゃないと信じていますよ……
「ありがとーミキちゃん。まだ本調子じゃないのがちょっと残念だけどねー」
「強い衝撃を与えちゃ駄目なんだよね? 無理しちゃ駄目ってワケよ」
「あはは、心に刻んでおくよ」
『冥土返し』には強い衝撃を与えるなとは言われてけれど、どの程度かまでは聞いてなかったなぁ。今ミキちゃんに体当たりされても全然痛まなかったし、意外と大丈夫なのかもしれない。まぁ帰って家事しつつ様子見が一番なんだけどね。
「あ! ミキ、姉ちゃんに話しかけるのは俺が先だって言ってただろうが! 何で先に抜け駆けしてやがる!」
「あ、陸君」
「チィッ」
近づいてくる陸君に対してミキちゃんが凄い表情で舌打ちしたように見えたけど、とりあえず流しておくとしましょう。そんな俺に構わず二人はガルル、という声を上げながら睨みあってます。
「ハッ、そんな約束知らないってワケよ。一々そんな事言うと女々しいとしか言いようがないってワケよ!」
「何ぃ……大体姉ちゃんを一番心配してたのは俺だぜ! とりあえずは俺が姉ちゃんと一緒にだな……」
「何言ってるってワケよ! おねえちゃんを一番心配してたのはこの私、当然おねえちゃんと話すのはこの私ってワケよ!」
「何だと!」
「何ってワケよ!」
相変わらず仲が良い二人だなぁ。喧嘩する程仲が良……あ、レイちゃんが二人に向かって行った。レ、レイちゃん……手加減してあげ……ああー、南無。
「ねぇちゃ! これも食べて!」
「このからあげ皆で作ったんだよー」
「これはウチが作ったんよ!」
おぉう、色々と差し出されてしまった。そんな俺の様子を見て麦のん達も苦笑を浮かべてほがらかにこちらを見てるし。まぁ子供達にかまってもらって嬉しい俺もいるしね。ここは甘えておくかな。
「ありがとね皆」
退院しただけでこんな事をしてもらえる俺って幸せ者だよねぇ。
*
「あ゛ー、食べ過ぎた」
「うーむ、田辺の御飯も超美味しいんですよね……ついつい食べ過ぎてしまいます。うっぷ」
「美味しかったね」
現在はアジト……というかいつもの生活するアパートに戻ってきております。俺は適度に食べて切り上げていたので全然動けますが、麦のんと絹旗は食べ過ぎで苦しそうです。この前体重計を見て溜息吐いてたのに食べ過ぎて良いのかい麦のん……ちなみに滝壺は全然いつもと変化がありません。俺とか麦のんの数倍食ってたと思うんだけど……
「どうしたの、フレンダ?」
「いえ、何でも」
気にしても仕方が無い事なので、とりあえず明日の晩御飯の下ごしらえでもしておこう。肉団子のタネを作っておいて、オムライスはデミグラスソースでも作っておこうかな?
「あ、そうそう。明日は買い物行くから予定空けておきなさいよ」
「買い物ですか?」
「そ、御坂達にアンタの退院の事話したら退院祝いにってさ。本当は今日行こうって言われたんだけど田辺が先に誘ってたからね」
「成程ー」
なら余計今日中に準備しておかないとあかんですね。明日買い物に行ってたら御飯の準備をする暇がないしな。
「ふれんだ、何か手伝おうか?」
「私も超手伝いますよー」
うぉっ? 普段ならごろごろとして手伝わない二人が自主的にだと……!? い、一体どんな心境の変化があったってばよ!?
「無意識だと思うけど、ふれんだ右腕を庇いながら動いてるから心配」
「へ? そ、そうかなぁ?」
そういえば普段よりも作業が遅い? 自分では全く気付かなかった……とか思ってたら持っていた鍋を取られました。振りむくとそこにいたのは不機嫌そうな顔して鍋を持つ麦のんの姿。
「退院してすぐに普段通りやろうとしてるんじゃないわよ。さっさと終わらせるわよ……次は何をするの?」
「あ、次はトマトを出して……」
「フレンダ、超出しましたよー」
うぉう……何か新鮮だなぁ。今までこういう共同作業っていうと暗部の仕事以外ではなかったしね。家事は俺一人でやってたしな。
それでも、こんなのも悪くないかもねぇ……
<おまけ>
フレンダ達が帰った後、施設では田辺他の職員。それ以外にも家事の手伝いをしている子供達が片づけを行っていた。実はフレンダ自身が片づけを手伝うと進言していたのだが、退院してすぐに働かせるのはちょっと……と、田辺がやんわりと断った。
「田辺先生、粗方終わりました」
「御苦労さま。後は私達職員でやるから皆はもう良いわよ」
「いえいえ、もうあと少しですし最後まで手伝いますよ。皆もそう言ってました」
それを聞いた田辺が片づけを続けている子供達に視線を向けると、それに気付いたと思われる数人が笑顔を向けてくる。それを見た田辺は苦笑して口を開く。
「じゃあお願いするわ。後少しだしパパッと終わらせちゃいましょう」
「はい」
「田辺主任ー」
レイと一緒に台所へ向かおうとした田辺の後方から一人の女性職員が声をかけた。それを聞いた田辺は振りむいて口を開く。
「どうしたの?」
「電話です、それがちょっと妙で……」
「妙?」
「はい、名乗らないんです。主任を出してくれれば分かるとの一点張りで……切ろうかとも考えたんですが」
それ聞いた田辺は眉を顰めて首を傾げる。もしかして……と最悪の事態も考えたが、今この施設に手を出した所で誰が特をするのか? とも考える。
「田辺先生、電話なら行ってください。ここは私達でも充分ですから」
何か不穏な空気を察したのか、レイが普段とは違う顔つきでそう言い放つ田辺は最初こそ迷っている様子だったが、やがて顔を上げると頷いて職員室へと向かった。
先程まで着いてきた職員に他の仕事を頼み、職員室へ入ると鍵を閉める。もしも妙な会話だった場合聞かれたら面倒な事になる可能性があるからだ。それがもし聞いてしまったら危険な目に晒されるものなら尚更だろう。
田辺は一度大きく深呼吸すると受話器を手にとって通話ボタンを押す。
「はい、もしもし。田辺ですが」
『住香、久しぶりね。元気にしてた?』
「桔梗……!?」
受話器の向こうにいる相手……そう、かつての研究仲間であった「芳川 「桔梗」の声を聞いた田辺は驚愕の声でそれに応えた。