「朝一番」
「ん~……」
眠気を振り払うように目をこすりながら体を起こす。毎朝早い時間に起きているから慣れ始めたとはいえども、やつぱり朝早く起きるというのはきついもんです。休日とかお願いして一度思い切りダラダラした朝を過ごすのも良いかもしれないね。絶対却下されるとは思うけど。
枕元に置いてあった置時計に視線を向けて現在の時刻を確認する。只今午前六時といった所ですね。普段より少し寝坊しているけれど、これ位ならば許容範囲でしょう。さて、とりあえず御飯の準備をしないと……
「……あれ?」
本格的に目を開けて周囲を見回した俺の視界に入ってきたのは、普段生活しているリビングではなく、見覚えのない酷く散らかった部屋。その部屋に置いてあるボロボロのベッドで俺は茫然として言葉が出ないのでありますよ。
「んきゅ~……って、ミサカはミサカは……」
その声に反応して視線を向けると、隣では毛布を身に纏った少女が涎を垂らしながら幸せそうな顔で眠っていた。一瞬犯罪を犯してしまったのか? とか本気で証拠隠滅とか考えてしまったけれど、冷静に思い返して思いとどまる。
「っと……」
『打ち止め』を起こさない様にしてベッドから降りる。足音を立てない様静かに移動し、リビングに出るとそこにはソファーで寝転がったまま動かない一方さんの姿がありました。
(そういえば原作でも昼近くまで寝てたっけか)
薄らと覚えている原作知識を思い返しながら一人頷き、そろーりと玄関へ向かう。『打ち止め』には悪いけれど、このまま俺が一緒にいたら原作の動きが分からなくなってしまうからね。後は原作通り一方さんと『打ち止め』がファミレスに行ってくれれば何の問題もない。さらば『打ち止め』&一方さんよ。後は若い者同士でいちゃいちゃと……
と、考えていた瞬間ポケットから感じる振動。一瞬一方さんが目を覚まして何かのベクトル操作をしたかと思って飛び上がりそうになりましたが、一方さんは相も変わらず死んだように眠っているしどうやら違うっぽい。というかポケットに入っているのは携帯電話なんだから、単純にただの電話ですね。こんな時間にかけてきよってからに……驚かされた恨みも込めつつイライラと携帯電話を開く。
『着信 麦野 沈利』
それを見た瞬間、俺の体からドバッと冷や汗が吹き出した。そして震える指で着信履歴を調べて見る。
『着信履歴 不在着信34件』
『必ず連絡する、だから……』
『……っ! 分かった、分かったわよ! アンタは知り合いの『武装無能力集団』から情報探って行動しなさい。た・だ・し、絶対連絡とかはするようにね!』
『絶対連絡とかはするようにね!』
震える指に力を入れ、着信ボタンを押しこむ。そして携帯電話をゆっくりと、ぷるぷる震えながら耳に押しあてた。
「も、もしもひ……?」
呂律が回らずいきなり噛んでしまったが、とりあえず声を出せた自分の心の強さを褒めてあげたい。なんだろ……死刑執行前の死刑囚が家族に電話とかする時にはこんな心象なのかもしれないとか思っている。
『おはよう、良い朝ね』
「ひっ……」
普通の声普通の挨拶。そう、どこにも怖がる要素なんて無い筈です。だけども俺には見えるのですよ……この電話の先に笑顔で血管を浮かせている麦のんの姿が……
「ああああ、あの……じ、実は、そのですね。け、決して連絡をしたくなくてしなかった訳ではなくてですね……その……」
『何か言い残す事ある?』
その言葉を聞いた瞬間、俺の目には黒いローブ纏った死神さんが『ざんねん、あなたのぼうけんは ここでおわってしまった!』、という風に言っている姿が見えた。正直マジで魂が吹っ飛ぶかと思いました……
『とりあえずお話があるの……すぐにこっちへ戻ってらっしゃい。すぐに、ね……』
「あ、あばばばば」
ど、どうしよう……! このまま戻ったら間違いなく今までで最高レベルのオシオキをもらう事は確定事項ですよ! いや、普段のオシオキは内容あんまり覚えてないんですけどね。
『どうしたのよ? とりあえず早く戻って……』
「あ、あの……」
一度大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。とりあえずどうにか誤魔化さないと……連絡遅れた事に対して怒っているんだから、どうにか怒りを納めてもらおう。でなければ安心して戻る事も出来ない。
「あの……連絡が遅れて本当にごめんなさい。本当は寝る前に連絡しようとは思ってたんですけど、昨日はずっと歩きづめで疲れてたみたいで……ホテルのベッドに寝転がった瞬間寝ちゃったみたいなんです。本当にごめんなさい」
『……』
遅れたのには理由があるんですよー、的な事を言っておけばとりあえず大丈夫でしょう。麦のんは怒りっぽいけれど、部下の言い分を少しは聞いてくれる良い上司ですよね? これで何とか怒りを納めて頂いて……
『で?』
「は、はひ?」
『それじゃ遅れた理由にはならないわ。アンタが今やってるのは遊びでも何でもない、暗部での仕事の延長。それの理由が眠かったから、それじゃ通らないわよ』
「あ……」
確かに、麦のんの言う事は最もだ……冷静に考えると暗部での仕事で俺が勝手に単独行動したんだから、連絡を定期的に入れるのは当然の事か。『打ち止め』と一方さんが一緒にいたせいで忘れてた。
今さらだけど自分がどれだけ麦のん達に迷惑と心配をかけたのかが理解できてしまった。うぐぅ……自分のミスっていうのは中々グッ、とくるものがありますな。これは素直に謝っておこう。自分が仕出かした事だしね。
「麦野さん、ごめんなさ」
『とりあえず早く帰ってきなさい。滝壺と絹旗も起きて『待ってるから』……』
「へ?」
ちょ……あの二人がこんな時間まで起きてる? それって……
『えぇ……アンタと三人で『お話』したいって私が提案したら快諾してくれたのよ。さぁ、早く戻ってらっしゃい……』
まるで深淵の闇から放たれた様な死刑宣告に、俺は一瞬で咽が干上がるのを感じるのと同時に体中から冷や汗が吹き出す。そういえば今回俺が単独行動できたのは絹旗と滝壺がフォローしてくれたお陰だったっけ。そして俺に味方してくれた理由は俺が無理したり約束破らないと信じていたからに違いない。そこから考えるに三人での『お話』というのは……
「あばばばばばは」
『あばばば五月蠅いわ。良いから早く戻ってきなさい』
今戻ればオシオキは間違いない。しかも麦のんだけじゃなくて滝壺と絹旗からも何されるか分からないし、ついでに俺を案内してくれた『武装無能力者』の人も口止めしてたとかで怒られるだろう。麦のんのオシオキだけでも正直意識を失うのに、これに加えて滝壺と絹旗まで加わった暁には……想像しくねぇ。
「む、麦野さん……」
『何よ?』
一度大きく深呼吸をする。このまま普通に戻れば麦のん達からのオシオキは免れない……ならばどうやってオシオキを回避するか? 俺の灰色の脳細胞はその答えを素早く見つけ出しました。流石は普段からトラブルに巻き込まれまくっているだけの事はあるよね!?
……いや、単純に帰るのが怖いし嫌だからじゃないですよ? あくまで俺はオシオキの回避と円満に話を進める為にですね……いや、これ以上はよそう。
「……遅れた事は本当にすみません。だけど、もう少しなんです」
『? もう少しって何の事よ?』
よし、食いついた! 後はこのまま……
「あ、いえ……御坂さんのクローンの事です。もう少しで場所が掴めそうなんです……だからそれが終わったらまた連絡します」
『ちょ……! 無理するなって言ったばかりでしょ! それにさっきの話とこれとは違……』
「また後で連絡しますから、じゃ!」
何か言おうとしている麦のんの声を遮る様に通話を切る。よし……これで今俺は抜き差しならぬ状況で動いてますよ、って伝わった筈。だから焦って連絡を切ったのでこれ以上の話は出来ませんよー……という事です! 何か問題を先送りにしただけの様な気がしないでもないけれど、少なくともこれだけ焦っているという状況があるのならば理解力のある(と思われる)滝壺と絹旗は多少冷静になってくれる筈だ。麦のんと違って問答無用でオシオキという風にはならない筈。
「しかし、困ったなぁ……」
麦のんはあれでしつこい&心配性だから、俺の事をやっきになって探す筈だ。少なくとも俺が頼れる場所は全て探しだすだろうし、ネカフェやホテルなども調べられる可能性が高い。それに伴って俺がホテルに泊まってない事はバレるかもしれないけれど、それはもう仕方ないとします。御坂の為に無理をしすぎた……って事にすれば、滝壺と絹旗は庇ってくれるだろうし、麦のんだって普段よりは柔らかくなる筈だ。とりあえずここで逃げるのは悪手すぎるし、しばらくは絶対に見つからないと思うここにいるしかないか。
「うーん、何してようかな」
とりあえずいつまでも失敗を引きずって暗くなっててはいけないので、独り言を呟きながら暇つぶしに冷蔵庫の扉を開ける。その瞬間視界に入ってきたのはコーヒー缶の山……というか缶コーヒーしか入っていない冷蔵庫の現状。これでは暇つぶし……というか朝御飯作れないじゃん! いや、別に俺がやる必要性は皆無なんだけど、普段の習慣もあってか朝御飯作らないと落ち着かないんですよね。それと自分が食べたいっていうのが本音だったりもするが。
仕方ないので買い物でも行ってこよう。流石にこの辺りならまだ麦のん達が捜索する範囲から外れているだろうし、路地裏抜けてすぐの場所にコンビニか何かがあった筈。最近のコンビニは野菜も売ってたりする場合があるから、それに期待するとしましょう。とりあえずは朝食を食べたいんですよー!
*
「ただいまー」
買い物を終え、俺は出かける時と同じく二人を起こさない様にしながら部屋へと入る。ドアが壊されているせいで開ける必要がないせいか音はならない。そして路地裏のせいか車の音とかしないからかなーり静かだね。『打ち止め』は疲れているのかぐっすり眠っているし、一方さんは起きる気配どころか死んでるんじゃね? って思うくらい殆ど動きません。どんだけ低血圧なんだよと……普段から早起きしている身分としては文句の一つでも言いたくなる感じです。
「ふんふんふ~ん♪」
とりあえずそんな事を気にしていても仕方がないので、俺は朝食の準備に取り掛かるのだぜ。まずは取り出したるコンソメ。本当は味噌汁作りたかったんだけど、炊飯器が壊れていて御飯が炊けないから諦めちゃった。鍋で炊けばいいんだけど加減が難しいのよ
コンロ回りは結構無事だったので、とりあえずコンソメスープを作ります。鍋に水を張って火をつける。湯が沸騰する間にコンビニに売ってた玉ねぎとハム(ベーコン欲しかったけど売り切れてた)を適度な大きさに切っておくのですよ。湯が沸騰したのを確認し、切っておいた玉ねぎとハム、コンソメを適量投入してぐつぐつ煮込みます。味見をしつつ好みで塩、胡椒、コンソメの追加。好みで調味料を追加してったら完成です。
「フレンダ特製コンソメスープだ……クシカッ」
独り言を寂しく呟きながら味見をする。うん、普通に美味しい。本当はもっと野菜を煮込んだり具だくさんにすると味に深みが出るんだけど、朝でしかも即興だししゃあないか。とりあえず汁物は完成したでござる。
お次はサラダ。まずは買ってきたレタス半玉を……
「うわー凄い! ってミサカはミサカは貴方の手際に驚いてみたり」
「うひぃ!?」
突然隣から聞こえた声に驚き、あわやレタスを床にダイビングさせる所だったぜ。右下方へ視線を向けると、そこには毛布を身に纏っている『打ち止め』がニコニコとこちらに笑顔を向けていた。あれ、時刻はまだ七時を少し過ぎた辺りなんだけど、原作でこの子何時くらいに目を覚ましてたっけ? やばい……流石にそこまでは覚えていないなぁ。とりあえず向こうは笑顔を向けてきているで、こちらも笑顔を浮かべていつもの一言を言うとしましょう。
「おはよう、『打ち止め』ちゃん」
「うん、おはよう! ってミサカはミサカは元気一杯に返事をしてみる!」
満面の笑みで挨拶を返してくれる『打ち止め』に対し、俺も自然な笑顔を浮かべてしまう。天使の様な笑顔というか、『打ち止め』の場合太陽の様な笑顔ですね。
「『打ち止め』ちゃん、まだ寝てても良いんだよ? 昨日寝たのだって結構遅い時間だし、起きるの辛くない?」
「ううん、全然大丈夫! ってミサカはミサカは元気一杯に返事をしてみたり。それよりもやりたい事があるの」
「?」
「お料理の手伝いをしたいの、ってミサカはミサカは猛烈アピールしてみたり」
料理の手伝いとな? ぶっちゃけ手間のかかるものはないし、手伝ってもらわなくても大丈夫なんだけど……
「もう少しで出来あがるからそんなの気にしなくても大丈夫だよ? 『打ち止め』ちゃんは座って待ってても……」
「ううん、やってみたいの、ってミサカはミサカは返答してみたり。そういうの実験とかでは出来ないから経験してみたいなーって思って、てミサカはミサカは貴方に本心を告げてみたり」
あー、成程。そういうことね。
「そっか……それじゃこのレタス一口くらいの大きさに千切っておいてくれる?」
「? 包丁で切らなくて良いの? ってミサカはミサカは首を傾げながら質問してみたり」
「包丁なんて使わなくてもレタスは手で千切れるから問題ないんだ。その間私はドレッシング作ってるからお願いね」
「はーい」
さて、レタスは『打ち止め』に任せて俺はドレッシングを作るとしましょう。いや、別に手の込んだ感じに作る訳ではないんですけどね。無事だった調味料系がいくつかあったので、サラダ油をボールに入れてから醤油と酢を投入。適度に混ぜたら買ってきたごま油を少々。後は適当に塩、胡椒、砂糖を加えつつ味見をしながら完成ー。フレンダ特製『適当ドレッシング』の完成です。麦のんにこれ出したら「美味しいけど油っこすぎ」という評価を頂きました。個人的にはこの安っぽい感じが大好きなんだけどなぁ……
「出来たよ、ってミサカはミサカは一仕事終えたかの様な仕草で胸を張ってみたり!」
「ありがと。後はプチトマト乗せて玉ねぎを薄くスライスして……ドレッシングは食べる前にかければいいかな? かんせーい」
よし、主食以外が完成しました。主食は食パン買ってきたので、余った食材適当に挟んでサンドイッチにすればいいでしょうや。やはり朝からきちんと食べないとその日は力が出ないと言っても過言ではないからね。
「よし、食べようか。お皿とかは割れてない奴を適当に……」
「あ! じゃああの人の事を起こしてくるね! ってミサカはミサカは寝ているあの人に思い切りダイブしてみるー!」
「って、ちょ!?」
俺が制止する暇すらなく、『打ち止め』はソファーで眠っていた一方さんへダイブしていった。その光景に俺は青ざめる。いや、原作でどんな感じで起こしに行ったのか覚えてないけれど、もし一方さんが自動反射みたいな防御をしていた場合『打ち止め』が吹っ飛ばされる可能性がない訳じゃないんだ。全力で反射された結果『打ち止め』が木っ端微塵になりました、なんて洒落にもならない。
「起きてー起きてー、ってミサカはミサカは貴方の上に乗ったまま声を張り上げてみたり!」
毛布一枚の幼女に乗っかられたまま朝を迎える一方さん……全世界のロリコンの希望にしてロリコン達を敵に回したと思いますが、そんな事は関係なしに一方さんは寝こけている。
多分一方さんは起きないだろうし、『打ち止め』もその内飽きてこっちに戻ってくるでしょう。そんなこんなで俺はさっさとサンドイッチを仕上げてしまうのですよー。ハム、スクランブルエッグ、マヨネーズ、レタス等色々と挟みこんで仕上げていきます。これ全部自腹なんよねぇ……必要経費と割り切るしかないか。
「『打ち止め』ちゃん、無理に起こしたら駄目だよ。とりあえず私達だけで」
「うるせェ……」
そろそろ『打ち止め』を止めないとなー、と俺が一方さんに歩み寄った瞬間でした。眠そうに頭を掻きながら一方さんが上体を起こし、乗っていた『打ち止め』は哀れにも「きゃあ」、という可愛らしい声を上げながらソファーの下に転がり落ちていく。
不機嫌そうに一方さんは何故か知らんけれど俺へと視線を向けた。いや、確かに俺は偶然近くに居るけれど、先程まで五月蠅くしていたのは俺じゃなくてそこにいる幼女ですよ! だから殺気込めた視線を向けるの止めて下さいお願いします。
「勝手に部屋に泊まって、しかもこンな時間に起こしやがって……何考えてンだテメェ」
「いやー、あはは……」
起こしたの俺じゃねーし! でもそんな事で喧嘩腰に言い訳する程俺はバカじゃない。というかアンタ原作だと起きたの昼過ぎてしょうや。何でこんな時間に起きるんだよ! 大人しく『打ち止め』の毛布でも剥ぎ取ってればいいじゃない、ぷんぷん。
「やっと起きたのね! ってミサカはミサカは貴方のお寝坊さん具合に呆れて物も言えなかったり」
「あァ、ハイハイ。そーですねー」
「もう! 朝御飯が出来たから貴方を起こしたの! ってミサカはミサカは自分が早く食べたい事もあって貴方を急かしてみたり。早く起きて食べよう!」
「メシだァ?」
そう言いながら一方さんは眉を顰めて台所へと視線を移す。まぁ、インスタント食品とかは荒らされてたし、冷蔵庫自体が壊されてたしね。御飯がある事自体が不思議なのかもしれない。
「ここにはあんなもン準備出来る程物は無かった筈だけどなァ」
「あ、私が買ってきたんです。お腹も空いてましたから……」
「ふーン」
ふーん、て。何と言うという適当なリアクション。そこは少しでも感謝の意を見せなさい……一方さんが頼んだ訳じゃないから当たり前かもしれないけどさ。
「別に俺はいらねェ。適当に食ってろ」
「ええー!」
あ、やっぱり。一方さんならそう言うと思ってました。すぐに寝る体勢に戻ってるしな。食えれば何でも良いとか思ってたりするんでしょうかね、このもやし野郎は。健全な肉体は御飯がないと維持できないっていうのにさ。だからヒョロヒョロなんですよ! まぁ、食べないと言うのなら無理して食べさせる必要もないと思うけど。
「一緒に食べようよー、ってミサカはミサカはブーたれてみたり」
「いらねェ、テメェ等で適当に食ってろ」
「朝御飯食べないと力が出ないってばっちゃが言ってた! ってミサカはミサカは貴方を説得してみる」
「胃に入れば何だって一緒だ。後で適当に肉でも食うからいいっつゥの」
むかちーん、今一方さんが言った一言に俺は少しだけカチンと来てしまった訳ですよ。御飯なんて胃に入ってしまえば同じとな? そんな訳はないのです。特に朝御飯は消化が良くて栄養価が高い物がベストなんです。バナナとかかなり朝御飯向きですしね。
確かに今回俺が用意した朝御飯は完璧なものとは言えないですが、それでも出来る限りの準備はしたつもりですよ! それを胃に入ってしまえば同じと……『一方通行』、テメーは俺を怒らせた……
「失礼だね。私が汗水流して作った朝御飯にケチつける気?」
「あァ?」
寝る体勢になっていた一方さんが目を開いてこちらに視線を向ける。だけど一般人には手を出さない(筈)の一方さんなんか全然怖くないんだからね! いや、本気で怖いけどここは我慢我慢……
「せっかく作ったし、このまま置いておくと冷蔵庫が使えないから保存が出来ないの。特にサラダは鮮度が命。私と『打ち止め』ちゃんの二人だけじゃ食べきれない量を作ったんだから、貴方にも食べてもらわないと困るの。ドゥーユーアンダスタン?」
「捨てればいいじゃねェか。自分で作ったもンの処理を俺に押し付けるンじゃねェよ」
「捨てたら勿体ないし、人数が多ければ多い程御飯は美味しいの。良いから早く起きて。寝るのはその後」
「あのなァ……」
「『打ち止め』ちゃん、お皿出しておいて」
「あ……うん! ってミサカはミサカは台所へ向かって走ってみたり!」
一方さんに反論の余地……というか完全にスルーして俺は『打ち止め』に指示を出します。これ以上一方さんの視線を真正面から見続けているのは心臓に悪すぎたから強引に打ち切ったんですけどね! 実際怖い人にこんな事は出来ない訳ですが、何だかんだで優しい一方さんなら食卓に来てくれる筈。
……ん? 冷静になってみたら別に一方さんと一緒に飯食わなくても良いんじゃない? 実際最初は一緒に食う気なんて全く無かった訳だし。一方さんの台詞に対してついついムキになってしまった。反省反省。
「殆ど割れちゃってたから、とりあえず使えそうな奴だけ出しておいたよ! ってミサカはミサカは無事に仕事を終えた事を報告してみたり!」
「ありがとね。さ、座ってて」
「はーい!」
うーむ、良い笑顔。この顔見てるだけでも朝御飯作った価値があるってもんです。さっき作ったサンドイッチもテーブルに出して朝御飯の準備終了。さて、それでは……
「……」
「あ」
「……自分で呼んでいて「あ」、って何なンですかァ?」
「ご、ごめん。ちょっとびっくりしただけ」
心底面倒くさそうな顔した一方さんが椅子に座ったのを見て、つい「あ」、とか言っちゃったよ。また寝ちゃうかもとか思ってたしな。何だかんだで一緒に御飯食べてくれる一方さん、いやーツンデレだね!
「えへへー」
「何ニヤニヤしてやがンだクソガキ。そンなに俺と並ンでメシ食うのが可笑しいンですかァ?」
「ううん、そんな事ないよ! ってミサカはミサカは元気一杯に返答してみる」
そっか、『打ち止め』は人と一緒に御飯食べる事自体これが初めてなんだっけ? それなら大人数で食べるという楽しさにウキウキしても仕方ないか。
「じゃ、準備も終わったし食べようか。その前に両手を合わせて下さーい」
「お、それはもしかして!? ってミサカはミサカはやってみたかった事だと確信してワクワクしながら両手を合わせてみたり!」
「……? 何する気だテメェ?」
「いいから、早く両手合わせて」
不思議そうな表情で眉を顰める一方さんに対して、俺は強気な口調でそう応える。ふふふ、一般人(俺が一般人の枠に入るかどうかは別にして)に対して手を出さない一方さんは既に俺の恐怖の対象外なのですよ! あの時大怪我させられたトラウマはまだあるけどね!
大層面倒そうに一方さんが両手を合わせる。それを見届けた俺は一度『打ち止め』へと視線を向け、軽く笑みを浮かべる。『打ち止め』もそれでタイミングを察したのか、二人同時に大きく息を吸い込み、同じ言葉を吐きだした。
「「いただきます!(ってミサカはミサカは元気一杯に声を張り上げてみる!)」」
*
「全く……朝早く呼び出すから何があったと思えば……」
「うっせぇ! 良いから早く調べれるだけ調べろ!」
「Sigh、やれやれ……」
いつになくイライラ……というか半分泣きそうな表情になっている麦野がそう返すのを見て、布束は呆れる様な表情を浮かべながらパソコンに情報を打ち込んでいく。『学園都市』中のホテル宿泊状況、及び昨日の宿泊客。監視カメラの情報、クレジットカードの履歴等。無論思いっきり違法行為なのであるが、麦野達は『連絡人』を脅してそういった情報を一時的に見る事が出来る権限を取得している為犯罪ではない。ないったらない。
「ここも無し、これも外れ。ここまで来るとホテルは使ってないんじゃないの?」
「ぐっ……!」
「じゃあフレンダが超野宿したって言うんですか!? いくら夏とはいっても風邪なんてひいたらどうする気なんですか!?」
「groan、そんな事言われてもね」
「フレンダは大丈夫(ぷちっ)、大丈夫じゃない(ぷちっ)、大丈夫……」
「そこで花占いしてないで捜索した方が有意義よ」
興奮しながら詰め寄ってくる絹旗を宥めつつ、部屋の隅で花をむしっている滝壺に声をかける。正直昨日も『打ち止め』捜索で寝た時間が遅いのに、こんな事なら呼び出しを無視すれば良かったかなー、と布束は溜息を吐いた。
いきなり電話がかかってきたので来てみれば、麦野はめそめそと泣いているは、絹旗と滝壺は落ち込んだりパニックになったりしているは大変な事になっていたが、今は布束主導の元何とか持ち直してきている。
「ぬのたば、冷静すぎるよ。ふれんだが心配じゃないの?」
「心配は心配だけど、きちんと朝に連絡は繋がったんでしょ? なら大丈夫じゃない、先に『打ち止め』を捜索すべきだと思うけれど……」
「しっと! ふれんだがどんな無茶するか分からないのにそっちに集中する事なんて出来ない。それにふれんだの事だからもう既に『打ち止め』を発見してても驚かないよ……」
「うーむ……確かに超フレンダなら有り得ない事ではないですが……」
それを聞いた布束は呆れたように二人へと視線を向けて口を開く。
「Look here、流石にそれなら連絡してくる筈よ……心配し過ぎ」
「むむむ……」
「何がむむむよ」
「とりあえずもう少しだけ探してみよう。ふれんだは本当にどこで無茶するか分からないから……」
「それには同意するわ」
『絶対能力進化計画』時、フレンダは強烈な無茶を仕出かしている。それもあって麦野達は心配しているし、布束も当然心配だ。だがそれ以前に『打ち止め』の居場所が依然全く分からないという状況もかなり不味い。フレンダを探しつつもそちらを優先して行わなければならないのだ。
「ほら麦野。とりあえずめそめそするのは無しにしましょう。後は『武装無能力集団』のメンバーに連絡を取るとかで超探してもらいましょう」
「うぐっ……分かったわよ。とりあえず昨日フレンダが行くって言ってた場所の連中に電話かけてみるわ……」
そう言いながら麦野は携帯の通話ボタンへと指を伸ばした。
*
<おまけ>
「おいしーい! ってミサカはミサカはサラダを頬張りつつ思わず口からレーザーを出しそうになってみたり!」
「にひひ、そんなに喜んでもらえると作った甲斐があるよ。って、口にドレッシング付いてるよ……ほらっ」
「あううー」
「これで良し……って、少しは野菜食べて下さいよ。せっかくドレッシングも作ったんですから……」
「肉さえありゃあ良いンだよ」
「栄養バランス崩れますよ。ただでさえ細いんてすから……」
その光景を見ながら、『打ち止め』は暇な時にネットワークで見ていた携帯小説の内容を思い出した。その言葉は決して悪い物ではなかった筈、と朝食を作ってくれたフレンダに対してのお礼も込めて笑顔を浮かべると口を開く。
「何か二人とも「シンコン」さんみたいだね? ってミサカはミサカは褒め言葉を使ってみる!」
「……what?」
「はァ?」