「とある首輪と風紀委員」
『常盤台中学校』
『学園都市』が誇る名門中の名門学校。全ての生徒が『強能力者』以上の者であり、学業の成績もトップレベルに入るお嬢様学校でもある。特筆すべきは高位能力者の在籍数であり、『学園都市』に七人しかいない『超能力者』を二名、『大能力者』四十七名という能力者の数だけで考えれば、これほど高位能力者が集まる場所は無いだろう。
そしてここは『常盤台中学学生寮』。第七学区にある常盤台の学生達が住む寮であり、見た目は石造りで出来た洋館の様な建物である。三階建てでかなり大きく、中には図書館や中庭もあり寮とは言っても、下手なホテルよりも快適な生活を約束される場所だ。
勿論デメリットも存在する。寮則、校則が非常に厳しく、普通の学生ならば当たり前に行える事が出来ない事も多い。一番分かりやすい例をとって見ると、常盤台の生徒は外出時でも制服でいなければならないという決まりがある。これを破った事がばれてしまえば、最悪停学もあり得るという厳しさだ。また噂であるが、寮には鬼が住むと言われており生徒……特に某『超能力者』がそれを顕著に恐れているのだそうだ。今回の物語はこの寮で起こった事の一端である。
*
寮の中を一人の女性が歩いている。キリッとした紺色のスーツに、つり上がった瞳と眼鏡が特徴の女性だった。体つきも大人らしくスタイルが良いが、その身から溢れるオーラはとてつもなく強大だ。周囲の気配を余さずに捕えようと神経を張り詰め、その視線が一点で止まる事は殆どなく絶えず周囲を見回している。
彼女こそが『常盤台中学学生寮』を取り仕切る「寮監」であり、学生達の暴走を止める存在でもある。寮監程度で何を大げさな、と一般人は考えるかもしれない。だが考えてほしい。常盤台の学生は全て『強能力』以上の強度を持っており、全員が戦闘向きとは言わないものの暴れた場合は並みの人間が抑えられるものではない。ちなみにこの寮監、能力開発は受けていないため間違いなく無能力者の筈なのであるが、その戦闘能力たるや凄まじいものなのだ。
まず、テレポートの様な能力を持っている。ナギッ、という謎の音と共に相手の頭上、背後、目の前まで瞬時に移動する技能だ。拡散力場が確認出来ないので間違いなく能力ではないのだが、これを見切れた者は殆どいないらしい。これは某『超能力者』が言った言葉であるが、「戦いが始まったと思ったら終わっていた」、との事である。余談ではあるが、彼女が使う技はその昔世話になった恩師が使う技であるらしい。
その寮監が向かう先は一つの部屋。彼女はいつも通り姿勢を正したまま扉の前に立つと、静かな動作で三度扉を叩いた。
「はーい、どなたですの?」
「白井、お前宛に荷物が届いていたので持ってきた」
「!? い、今すぐに開けますのでお待ちを!」
そう聞こえた瞬間、勢いよく扉が開かれた。普通ならば扉の目の前に立っていた寮監に扉が直撃する筈であるが、彼女はいつの間にか少し下がっており被害を受けていない。黒子はというと、息を荒くして寮監……いや、その手にある荷物を凝視している。そんな様子を見た寮監は呆れた様に溜息を吐いて口を開く。
「白井、何度も言っているが扉の前を確認してから開けろ。この前も一年生の女子を昏倒させたばかりだろう」
「す、すみません……とりあえずその荷物を……」
「待て、中身の確認を終えていない。ついでだから見ようと思ってな」
その言葉に黒子の体が硬直する。みるみる内に顔が青くなり、それを見た寮監の目がギラリと輝いた。
「ほぅ……何か見られてはマズイ物を注文でもしたのか? これは尚更調べない訳にもいかんな」
「ちょ、おやめ下さいまし! アクセサリー、ただのアクセサリーですの!」
「お前は前回もその手口で卑猥なビデオを購入しようとしていたな。今回もそうなのだろう?」
そう言い放ち、寮監は段ボールを閉じていたガムテープを剥がす。その様子を見た黒子は世界の終りの様な顔をし、寮監は軽く笑顔を浮かべて中身を確認した。が、それ見た寮監の顔が拍子抜けと言いたげな表情に変わる。段ボールの中身に視線を向けたまま、寮監は呟くように口を開く。
「何だ、ただのアクセサリーではないか」
「だ、だからそう言いましたでしょう!?」
「前科がある上に、あんな態度をとっていては疑われるのは当たり前だろう。が、今回はすまなかったな。お前を信じてやればよかった」
「い、いえ……別ニ大丈夫デスノ」
「中身を見て悪かった。では、私は寮監部屋へ戻る。欲しいものが手に入ったからと言って、あまりはしゃぎすぎない様にな」
寮監はそう言うと、軽く笑みを浮かべて去って行った。黒子はその後ろ姿をしばらく眺めていたが、次の瞬間素早い動きで床にあった荷物を掴み、周囲を確認しながら部屋へと戻る。部屋の中に戻っても挙動不審な様子は収まらず、何度かベッドの下やトイレの中に自分のお姉さまがいないか確認し、念入りにチェックを重ねた後でゆっくりと机の上に荷物を下ろし、前の椅子へ腰を下ろした。
「ふ、ふふふ……そうですの。今日お姉さまは測定の日。居る筈がありませんの、わたくしとした事が……」
そう言いつつ段ボールからアクセサリーを取り出した。黒皮と銀細工で構成された美しい輪の様な物だった。ただ、それは腕環にしては太く、頭に付けたりするには細いといった感じのものだ。少なくともそういった箇所に着ける物ではないのであろうが、黒子は両手に持ったそれを凝視して震えており、その顔は限界まで上気して赤くなっている。明らかにただのアクセサリーを見る視線ではないのは確かだった。
「と、とうとう買ってしまいましたわ……こ、これがフレンダさんも着けておられる首輪……」
そう、あの日セブンスミストでフレンダから首輪の事を聞かされた黒子は、帰ってすぐに自室のパソコンからこれを注文したのだ。無論寮内から如何わしいサイトへのアクセスは不可能であるが、黒子が今回購入したのは、全く裏表のないファッション用の首輪。最初は「調教用」とかいうものに惹かれた黒子であったが、流石にそれは自重して止めている。
「べ、別にアレですのよ……麦野さんがそういった事を好みだからという訳ではございませんの、ただ自分が試してみたい……そう、フレンダさんがどの様なお気持ちで、大衆の面前で首輪を着けておられるか調べる為ですの。だからこれは麦野さんの為ではないんですの」
誰も聞いていないし見てもいないのだが、言い訳するように一人呟いて黒子は鏡の前へと向かう。鏡の前に立ち、一度大きく深呼吸してゆっくりと首輪を自分の首へと装着した。パチンという軽い音が響いたのを確認すると、黒子はゆっくりと手を離して視線を鏡へ向ける。
「う、ぁ……」
自分に首輪が着いている事を確認し、黒子の顔が今までの比ではない程赤く染まる。茶色のツインテールに常盤台の制服、そして首輪という明らかに合っていない組み合わせであるが、逆にそれが日常から常に着けているのでは? という感覚を黒子に感じさせた。
「こ、こここんな物着けるだなんて……へ、変態さんですわよね! ふ、フレンダさんも言われるがままに着けておられる様ですが、自分が好きなだけなのでは!? そ、そんな方は麦野さんに相応しくないと思いますの……そ、それに『風紀委員』としては、首輪なんて物を一般人が着けられてるなんて事は、黙って見過ごすわけにはいきませんものね!」
そう言いながらも、黒子は顔を赤くしたまま鏡の中にいる自分から視線を外さない。そして思いだすのは、自分の憧れであり、いつか辿り着きたいと願う『超能力者』の姿。
『フレンダ、貴方に似合うと思って買ってきたのよ』
『良く似合ってるじゃないの、いつも着けてるといいわ』
『あら、イケナイ子ね。誰がオイタをして良いと言ったかしら?』
『あれぇ~? 犬が人間の言葉話してるわね、誰が口利いていいと言ったの?』
『豚、犬、奴隷』
「つっかれたー。黒子~、ただいm「わたくしは何を考えてるんですのおおおおぉぉおおおお!!!」ひぃぃ!!?」
御坂が部屋に入ってきたと同時に、黒子は目の前の鏡へと全力で頭突きをする。勿論盛大に鏡は割れ、凄まじい音が部屋&廊下へと響き渡り、部屋に帰ってきた途端後輩の奇行を見た御坂は悲鳴を上げてそれに応えた。
*
「あの、本当に何と言ったらよいのか……わたくしは別にやましい事は一つも……」
「ほぅ、部屋の中で鏡に頭突きした事がやましい行動ではない、と」
「あの、何で私まで正座させられているのか意味が分からないんだけど……」
頭から絶賛流血中の黒子、何が何だか分かっていない御坂。現在二人揃って寮監から説教を受けている所である。結局あの後、鏡が盛大に割れた音によって近くの部屋にいた生徒達が驚いてしまい、寮監が出動するハメになったのだ。これと同時に無断外出しようと画策した某お嬢様の風使いは、現在医務室にて眠りについている。無謀もいいところである。
「と、とりあえず私は関係ないわよね? だから部屋に」
「戻ろうとしても良いが……本当に良いのか、ん?」
「……いえ、寮監のお話を聞くのが好きなのでここにいようと思います」
「賢明だな」
「あ、あの……」
黒子が口を開くのと同時に、寮監が黒子へと視線を向ける。御坂は涙目で黒子へと視線を向けており、今の黒子は味方がいない状態で八方塞がりだ。
「た、確かに大きな音と大声を出した事は反省しておりますわ、だからもうこれで」
「普通の生徒であれば、な。だがお前たちは別だ」
その言葉と同時に寮監から闘気が吹きあがる。いや、闘気って何? と言われてもそうとしか言いようがない強烈な気が二人を包む。御坂は既に魂が抜けた様な状態になっており、黒子も大量の汗をかいて状況を何とか打開しようと入口に視線を向けて考える。自分のテレポート能力であれば、混乱している今の頭でもあそこくらいまでは移動出来る。そこまでいけば何とか逃げ切る事が出来るのではないかと考え、演算を始める。逃げた後どうするという考えは今の黒子には存在せず、ただただ目の前の存在から逃亡する事だけを考えていた。
「では、覚悟は良いな」
「あ、甘いですのよ!」
黒子のテレポートが発動し、一瞬で入口の前へと移動する。それと同時にナギッもという音が響くが黒子は構わずに笑みを浮かべてドアに手をかけた。お姉さまには悪いが、今この首輪を没収される訳にはいかないという考えを持って……そして……
「こんな所にはいられませんの! わたくしは一人で逃げ」
「ほぅ、ではどこに行くんだ?」
テレポートで突き放した筈の寮監が真後ろに立っている映像を最後に、黒子の意識は断たれた。
ちなみに次の朝意識を取り戻した黒子を待っていたのは、お姉さまからのオシオキと首輪の没収だったそうです。
「不幸ですの……」
「私の方が不幸よ!」
<あとがき>
初めて短編を書いてみましたがねどうでしたでしょうか? 番外は一部を除いてストーリーに関わる事は少なく、今回の話も直接的には関係しません。幕間とは別という事ですね。
そして悪ふざけしすぎた寮監。彼女はストーリーに絡まない予定なので、魔改造してしまいました(笑) 元ネタは結構有名なので分かる人も多いと思います。ちなみに番外でこういった魔改造キャラが出た場合、基本的に本編には大きく絡んでこない予定です。寮監の話は基本的にギャグか、本編には大きく絡まない話しとなる予定になります。
そして今回は感想で面白そうと思ったネタを仕上げて見ました。本編を楽しみにしてくれていた人達はもう少しだけ待ってくれると嬉しいです。番外編は、一気に書けそうな時に短編として色々書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。でもやっぱりちょっと短かすぎですね……次はもっと頑張ります。