「転属願い届け出中」
私はエリートだった。
『学園都市』でも有数の発言力を持ち、自他共に認める力を持つ人間……それが私だ。例えそれが暗部と呼ばれる中での汚れ仕事だったとしてもだ。暗部の組織を束ねる『連絡人』は数多くいるものの、私ほどの発言力を持つ人間はそう居ない。他者を蹴落とし、自分以外を信じず、ここまでのし上がってきたのだから。
そんな中、自分が『連絡人』として指揮する新しい暗部組織に、『超能力者』が配属される事となった時は、跳び上がって喜んだものだ。何故なら、実質『超能力者』を自分の指揮下に置く事が可能であり、それは他の『連絡人』とも大きく差を付ける事が出来る事を意味するからだ。これで更に自分の地位を強固にする事が出来る、とその時は考えていた。そう、その時までは……
*
暗い部屋の中で、一人の女性は大きく溜息を吐きながら手元の装置を操作する。その表情は沈痛そのもので、近くのテーブルの上には胃薬と頭痛薬が置かれていた。女性が装置を操作する指を止めると同時に、目の前の壁にどこかの映像が映し出される。そこに映し出された光景に、女性は頭痛を堪えるかのようにこめかみを押さえて項垂れた。
『フレンダ、超お腹が空いたので早くして下さいよ~』
『はいはーい、後はこれを皿に盛りつけたら終わりだから、ちょっと待って』
『ふれんだ、御飯よそっておいたよ』
『あ゛ー、お腹空いた。早くしなさいよ』
『あいあい、お待たせー』
金髪の少女がそう言いながら、テーブルの上に大皿を置く。豚肉とキャベツを辛味噌か何かで炒めた物らしく、モニターの為香りは伝わってこないが今日は食事を何も摂っていない女性は、唾をゴクリと飲み込んでしまう。また、他にもワカメスープと春雨サラダがテーブルの上に乗せられており、とても美味しそうな食事風景である。少女達は各々の茶碗(一名どんぶり)に御飯を盛り、両手を合わせて一言。
『『『『いただきま』』』』
「って、ちょっと待てい! いつまで無視してるのよ、気付いてるでしょ!?」
その声を聞き、驚いた表情を浮かべる金髪の少女。確かに彼女は、今まで食事の準備をしていたので気が付いていなくても不思議ではないだろう。そして、あからさまに嫌な表情を浮かべる二人。一人は茶髪のロングが目立つこの組織のリーダーで、もう一人は最年少の少女だ。明らかに気が付いていたにも関わらず、食事を始めようとした事に女性はギリリと歯を食いしばるが、とりあえずそこは置いておこう。そして食事の邪魔をされて、盛大に舌打ちをした少女。あの目は人を殺せる目だなぁ、と女性は身震いしながら考えていた。
少女達が見ているのは、リビングテーブルの横に設置されたモニターであり、そこには「SOUND ONLY」という映像が流れている。最初は違う場所に設置されていた筈なのだが、食事をしている最中に通信されるとめんどい、という彼女等の都合でここに移されたと聞く。
『何よ、見ての通り今から食事なのよ。後にしてもらえる?』
「暗部からの通信より食事を優先するんじゃないわよ! それよりアンタ達、またやらかしたでしょ!」
『超何の事でしょう?』
「こ、コイツ等ときたらっ! 自分の胸に手を当てて考えてみなさいよ!」
それを聞いた少女達は「ふむ……」と言いたげな顔で、全員軽く頷く。
『移動中のバスの中で、トランプやってた事ですか?』
「違うわよ!」
『映画代を、超経費でおとした事でしょうか?』
「違う! って、仕事に関わりのない事を経費でおとすなとあれ程……」
『アレはこっちで処理しておいたから、心配しなくていいわよ?』
「アレって何!? その話を詳しk」
『ごめんね……』
「深刻そうな顔で謝るな! 何をしたのよ、アンタは!?」
矢継ぎ早に繰り出される爆弾発言に、女性は強烈な胃の痛みを感じて呻き声を上げる。少女達の中では金髪の子だけが心配そうな視線を向けてくるが、他の三人は気にもしていない様子で、それ所かチラチラと食事へと視線を向けていた。女性はゼェゼェと息を荒げながら口を開く。
「アンタ達、また勝手にターゲットを施設に入れたでしょ! その前にこっちに連絡を入れなさいとあれ程……」
『あー、その事か。別に良いじゃないのよ。調べたけど、もう研究対象としての魅力は無いんでしょ?』
「良くない! いつもいつも勝手な事して、私がどんだけ苦労してるかアンタ達に分かる!? 今回も他の組織の連絡人に、「いやぁ、いいですなぁ。『超能力者』がいる組織は勝手な事が大々的に出来て。羨ましい」、なんて嫌味を言われたのよ。少しは自重しろー!」
その言葉を聞いたリーダーは軽く眉を顰め、スッ……と目を細めた。その様子を見て、女性は「うっ……」と尻込みしたかのように声を上げる。
『最初にそう言ったじゃない。代わりに、私達は仕事の報酬も最低限しかもらってないし、成功率は他の組織と比べて段違いでしょ?』
確かにそうなのである。女性が率いているこの暗部組織、『アイテム』の任務成功率は他の組織と比べても段違いに高く、そのお陰で女性の発言力と権限は群を抜いて高い。同じく『超能力者』を有している『スクール』という組織もあるのだが、あちらは言う事を聞かない、過剰なまでに報酬を要求する等の問題からか、逆に「連絡人」の発言力は低くなってしまっているとの事だ。その点、『アイテム』は理想の組織と言えなくもないだろう。
ただし、それを考えても尚大きな問題が存在する。とにかく『アイテム』は組織としての認識というか、考え方がティッシュよりも薄いのだ。先日の事だが、「彼女が妊娠した、だけど暗部の俺がこんなに幸せになって、良いんだろうか?」、と相談しに来た男(18歳)を勝手に組織から抜けさせてしまったのだ。無論、暗部の内情を知っている因子を見逃すわけにはいかない、と女性は彼女等に言ったのだが……「下位組織の人間一人でゴチャゴチャ言うな、次からも仕事頑張ってあげるから……それで『超能力者』の忠誠を買えるなら安いもんでしょ?」、と言われ……金髪の子は土下座するわ、次の仕事の報酬はいらないからお願い。等とお願いされて折れてしまったのだ。当然だが、他の組織や上層部からは嫌味の嵐を受けたのはいつもの事である。
そして最大の問題なのだが……仕事に研究対象の保護などがあり、それが『置き去り』の場合はこちらに報告する前に、さっさっと施設に預けてしまう事が殆どなのだ。それを阻止しようと施設自体に圧力をかけた事もあるのだが、施設にいる田辺とかいう女性は相当やり手で、しかもそれが『アイテム』にばれた時は色々と大変だった。それが何だったのかは置いておくとしよう。
『ま、それも含めてアンタ達の仕事。等価交換とは美しいものよね』
確かに仕事面では、かなり優遇されていると言って良い自分の立場だが、それを踏まえても胃の痛みや頭痛と格闘しなければならない今の立場はかなりきついものがある。と女性は胃の痛みを堪えつつ考える。
「……分かったわ、もう良いわよ。とりあえず、次の仕事が入るまでは大人しく……」
『あ、ちょっと良いですか?』
女性が話を打ち切ろうとした所で、今まで特に発言していなかった金髪の少女が声を上げた。女性は声を上げたのが金髪の子である事を確認すると、女性は内心「うげ……!」と声を上げ、向こうから見えていないものの大きく眉を顰める。毒や胃の痛む事しか発言しない他の三人も相当の問題なのだが、女性的には一番問題視しているのが今発言した金髪少女なのである。何故なら、この少女こそが施設と『置き去り』との関係を構築しており、更に下部組織と仲良しごっこをしている張本人なのだ。そして、こういった話し合いの時には特に口出しこそしないものの、時たま胃を痛める発言を行うのである。
「どうしたのよ、何かあるの?」
『いや、聞きたい事がありまして』
「……何よ?」
『住所どこですか?』
その言葉に女性は「はぁ?」、と言いたげな唖然とした表情を浮かべる。基本、『連絡人』は組織と連絡こそするが自分の正体や住所は教えない。恨みを買いやすく、尚かつ暗部に不満を持つ組織から命を狙われるのも、日常茶飯事だからである。
「え、え? ……え? な、何でそんな事聞いてくるの?」
『いえ、お中元を送ろうかと思ってたんですけど、住所知らないなぁ、と』
「あ、当たり前でしょうが! 『連絡人』が自分の所在教えてどうするのよ!」
『良いじゃないの、減るものじゃあるまいし』
『そうですよ、超ケチですね』
『大丈夫、誰にも言わないし秘密にするよ』
「嫌だっつーの! 何、何なのアンタ等!? 馬鹿なの、死ぬの!?」
その言葉に、金髪の少女を除いた三人が不満げな表情を浮かべて次々と口を開く。
『人の好意を蹴るとか、アンタ最低よ』
『そうですよ。超習わなかったんですか?』
『ケチンボ、年増』
「こ、コココココイツ等ときたらっ!! ていうかさり気なく年増って言ったな!? 私はまだ二十歳だっつーの! ……あ」
年齢だけとはいえ、自分のプロフィールを口にしてしまった事に女性は顔を青ざめさせる。少女達はニヤニヤとした表情でこちらに視線を向けており、見えてないはずの自分の表情を見透かされている様な感覚に陥って、女性は顔を真っ赤にし、涙目になりながら手元にあるコップをモニターへ投げつけた。
「ばーか、ばーか! アンタ等みんな転んで怪我でもすればいいのよ! グスッ、地獄に落ちろー!」
『ぷぷっ、ごめんね』
『超すみませんでした……ぷっ』
『サーセン』
『あ、住所は……?』
「運転手にでも渡しておいてよ! ばーかばーか!」
負け惜しみのようにそう言い放ち、スイッチを切るとモニターが消える。女性はテーブルの上の胃薬と頭痛薬を取り出し、一気に飲み干すと書類を書き始める。そこには「転属願い」と書かれており、女性は涙目になりながら一気に書いていく。
「グスッ、絶対違う部署に行ってやる! もう権力なんて知るかー! ちくしょー!」
後日、「転属なんて出来る訳ないだろ、アホ」、と言いたげな文章と共に却下されるのは別の話である。
あとがき
仕事の合間に、ホテル内でこつこつと書いてみました。短い……今は反省している。そして近くにいる友人宅にて更新作業しました。友人マジありがとう!
本編は流石に時間がかかりそうなので、のんびりと待ってて下さいですー。