「二人のお馬鹿さんと一人の才女」
「なんて事だあぁ!」
一人の男子学生が叫びながらその場に崩れ落ちる。それを見ている一人の女学生は心底呆れた視線を向けたまま、溜息を吐いて口を開いた。
「仕方がないじゃない。フレンダさんは忙しいし、それに突発的な事だったんだから」
「だからって……だからって何も俺が『風紀委員』の研修合宿の日に来なくてもいいじゃないか……」
「だから、アレは急な事だったの! 陸は知らないだろうけど、大変だったのよ。皆怖がっちゃって……フレンダさんが来てくれたから何とかなったけど」
「そりゃあ姉ちゃんが来れば皆安心するだろうよ……」
はぁぁ……と、まるでこの世の終わりを迎えたかの様な雰囲気で溜息を吐きながら、陸はその場にイジイジとし始める。そんな様子を見たレイは頭痛を感じて頭を抑えるが、いつまでも構っている暇はない。何せ今日の食事当番は自分の仕事なのだ、こんな事をしている暇はないのだ。
「あのね、『風紀委員』の合宿だって立派なお勤めでしょ? 陸はそれをやり切ったんだから、フレンダさんだって認めてくれる筈よ」
「姉ちゃんに会える数少ない機会が……もう駄目だ、お終いだぁ……」
レイのこめかみに青筋が浮かび、一瞬思い切り蹴っ飛ばしてやろうかと考えたが、すんでの所で思いとどまる。こんな状態になっている幼馴染の扱いは、いつも見ている分心得ているのだ。
「フレンダさんね、陸がいなくて寂しがってたよ」
その言葉にピクン、と反応する陸。実際は、『あ、陸君いないの? 『風紀委員』の合宿? 偉いねー』、と異様に軽いものなのだが。
「それに陸が『風紀委員』の仕事しようとしてる事も、フレ……お姉ちゃんは褒めてたよ。だから元気出しなさいって」
その言葉と同時に、陸が「ふふ、ふふふ……!」と不気味な笑い声を上げる。いつもの事ではあるが、これを知らない人が見たら変な人だなぁ、と思うんだろうなぁ。とレイは心の片隅で思った。
「そうだよな、姉ちゃんならそう言ってくれる筈! そして俺が『風紀委員』になったら……「陸君、立派な事をしてるね、そんな陸君……かっこいいよ」、「姉ちゃん……いや、フレンダ。フレンダの方が空に輝く星達よりも美しいさ」、「やだ、陸君。人が見てるよ……でも、ありがと。嬉しい」、なーんつって! なんつって!?」
そう言い放って陸が立ち上がると、周囲の温度が一気に上昇する。これが陸の能力、『気分熱量(オーバーテンション)』である。『強能力者』であり、『自分だけの現実』のエネルギーを熱量に変えて放射する事が出来る能力である。今は攻撃に向けていないのでさしたる熱ではないが、攻撃に転用するとかなりの熱を持たせる事が出来る能力であり、かなり強力な能力だ。が、陸の気分次第で相当威力が変化する上、いざという時に役に立たない事が多く、更に測定の時にムラがありすぎるので『強能力者』の地位に甘んじているのである。
「陸、暑苦しい。施設で能力使わないで」
「わはは……あ、はい」
「さっさと準備済ませて、私は御飯の準備あるんだから」
「任せとけ!」
そう言うと荷物を置く為か、自分の部屋に向かって全力疾走していった。その様子を見ながら溜息を吐き、レイは台所へと歩を進める。大きくなって施設にいる子供達は、全員何らかの仕事を手伝っているのだ。最初は職員に任せてもいいのよ、と言われていたのだが、自分達が出来る事もしたいとレイが言ったのだ。無論、それが昔にお世話になった少女からの影響である事は言うまでもない。
(さて、後はお味噌汁作って終わり。その後は皆を食堂に、って)
「ふぎゅ!?」
今からする事を考えながら歩いていたら、足元に何かがあるのに気付かず躓いたらしく、レイはいつもの冷静な態度からは考えられない声で盛大に転んだ。しばらくそのまま悶絶していたが、すぐに恨みがましい視線を転んだ原因へと向ける。それはシクシクと言った泣き声を上げ、まるで芋虫の様に丸まっている一人の人間だった。
「何故……何故なの? 何で私がいる時におねえちゃんは来てくれないワケよ……」
「アンタもかい!」
丸まっている少女の名はミキ、フレンダが施設を出てから初めて連れてきた『置き去り』の女の子であり、その分他の子供達以上にフレンダに懐いている存在だった。身長は170cmを超えていながらも、レイより一つ年下である。
能力は『念動衝撃(サイコショック)』というものだ。一定のエリアに強烈な衝撃と震動を与える能力であり、本気でやれば相当広い範囲に効果を及ぼせるらしい。最近『大能力者』に上がり、喜んでいた事をレイは覚えていた。そして、陸と同じくフレンダに憧れ、自分も人助けがしたいと『風紀委員』に入ったのも陸と同じである。当然、前回の停電時には施設不在の状態だった。
「ミキ、邪魔! 今から忙しくなるんだから、自分のやれる事は自分でやって!」
「うう、レイちゃんが傷心の私を虐める……一人だけおねえちゃんに甘えれてずるいってワケよぅ」
「ばっ、甘えてない! いいから、早く起きて!」
「あぅぅ……おねえちゃん分が足りないよぅぅぅ」
そう言いながらも、ミキはよたよたと立ち上がって歩き始める。それと隣り合ってレイも共に歩き、そのまま台所へ向かう。到着し、レイがエプロンを着けて準備をする傍ら、ミキはショボーンとしながらも食器を出し始めた。が、遅い。異様に遅い。テンションは下がりっぱなしの様で、めそめそと愚痴を呟きながら仕事を進める。
そんな様子を見たレイは溜息を吐いて口を開いた。
「あのね、辛気臭いわよ。もっと明るくやりなさいよ」
「テンションが、テンションが上がらないワケよぅ……」
「……お姉ちゃんは、どんなに辛くてもそんな顔で仕事しないと思うな」
その言葉にピクーン、とミキの耳が動く。しばらくそのままの体勢で制止していたが、やがて不気味な笑い声を上げ始めた。周囲で働いている職員の人達は苦笑し、レイは大きく溜息を吐いた。この光景もいつもの事であるのだ。
「そう、そうよ! おねえちゃんはこんな事で絶対暗くなったりしないよね! そしてそんなおねえちゃんの為に働く私を見て一言、「ミキちゃんはいつも偉いね、私感動しちゃったよ」、「そんな……当然のことです」、「謙遜しないで、そんなミキちゃんには御褒美を上げよう」、キャー! おねえちゃんに褒められちゃったワケよー!」
(何でだろう。少なくとも陸よりは現実味がある気がする……)
そう考えながら、レイはいつも通り食事の準備を続けながら自らの頭に触れる。あの時撫でてもらった感覚は、今でも忘れない。
(ま、お姉ちゃんの人気はいつでもああだし、気にする事もないんだけど)
自分もそんな人間の一人なのだから、と考えて準備を進めた。
<あとがき>
書いてて思いました。陸君どうしてこうなった……
そしてミキちゃん、フレンダの口調を真似ている上に、最初に連れてきた少女ということで、正体は分かってもらえたでしょうか? フレンダの真似しないでね! という祈りも空しく、ヒーローを真似ちゃったミキちゃんなのでした。