「とある部隊の不幸体験」
「はぁ、はぁ……! ち、畜生! 何だってんだよ一体!?」
「馬鹿、でかい声出すな! 奴に見つかる!」
「奴って誰だよ、訳が分かんねぇよ! この任務は簡単な仕事の筈じゃなかったのか! 何なんだあの化け物は!?」
「俺が知るはずないだろうが! とりあえず静かにしやがれ!」
男達は夜の路地裏をひたすらに走る。その間に何度も何度も後ろを振り向いて「奴」が追ってきていないか確認をした。
男の一人、手にショットガンを携えた男はどうしてこうなったのか、何度も思い返していた。
とても下らない任務だったはずなのだ。現在進行形で進んでいる『絶対能力進化計画』に関連するという、詳しい事はそれしか分からないものの、男が請け負った任務は命をかけるとかそういう類の物ではなかった筈だ。その任務……それは『超電磁砲』の下着を調べるというもの。
研究者達が何に使うのかさっぱり分からないが、初めに聞いた時男は鼻で嗤った。とてつもなく下らない任務で、正直『猟犬部隊』が動く仕事じゃないだろう、と思ったくらいだ。が、隊長である「木原 数多」がこれを請け負ったのだから、仕方なく任務に臨んでいるのである……が。
「ふぅ……ふぅ……!」
最初は全く問題なく常盤台の学生寮に潜入する事が出来た。『超電磁砲』は確かに厄介な存在ではあるが、対能力者相手に何度も戦い、そしてそれに勝利してきた『猟犬部隊』が負ける筈はないと信じ、まだ戦わずとも下着さえ回収出来れば問題ないので、全員が気楽に任務に臨んでいた。そして、『超電磁砲』の部屋の前に到着した時、異変に気がついた隊員が一人いた。
『あれ? 一人足りないぞ』
そう、メンバーが一人足りないのだ。一体どこで道草食ってんだ、と男は怒りに震えた。例えこの仕事が無事に終わったとしても、そいつは殺すと心に決めた程だ。とりあえず、いない奴を気にしても仕方ないという事で、『超電磁砲』の部屋に突入しようとした時に、その音は聞こえた。
ナギッ、ナギッ
何の音だ? と考えた瞬間だった。男が今無事なのはただ運が良かっただけに過ぎないのであろう。気付いた時には六人中三人が昏倒していた。慌てて銃を構え、周囲を確認する。そこに奴はいた。
先程まで行方不明になっていたメンバーの首根っこを掴み、目元には何かがギラリと光っていた。そして、それを見た瞬間男は一つの感覚を感じ取った。
コ ロ サ レ ル
どんな武器を持とうが、『駆動鎧』を着込もうが、呆気なく自分は殺されると本気で感じた。今までどんなに危険な任務でも鼻歌混じりにこなしてきた男であったが、今までの任務など霞んで見えるほどの恐怖と圧迫感だった。そして、「奴」が一歩動く。男は悲鳴を上げながら閃光弾を投げつけ、その場から逃げ出した。まだ二人残っていた筈だったが、一人は途中で悲鳴とともに姿が見えなくなった。
「こ、ここまで来れば……!」
寮から出て一時間近くは走り続けただろうか? もう任務の事など考えられず、生き残ったという事実に胸を撫で下ろす。ひたすら路地裏を駆け続けたのだ、少なくとも奴は追ってきてないだろうという考えの許、男は隣へ視線を向けた。先程まで罵倒し合っていた相手だが、任務から生還したという事で一言二言声を掛け合ってもいいだろうと考えて……
そこには誰もいなかった。
男は咄嗟にショットガンを握りしめ、周囲を見渡す。路地裏は暗く、少し奥まったところまでは殆ど見えない状態だ。耳が痛い程の静けさで、周囲からは生き物全てが消えてしまったかのような印象を受ける。まるで自分だけが怪物がいる世界に放り込まれた感覚を男は感じていた。
……ナギッ
慌てて音がした方向へ銃口を向けるが、そこには何もいない。
…ナギッ
今度は後ろから聞こえそちらへ銃口を向ける。
ナギッ
今度は……自分の頭上から。男は涙と鼻水でグチャグチャになった顔で空を見上げると、そこには一つの影がある。瞬間、男の意識は閉ざされた。
*
「ふわあぁぁ……」
御坂は欠伸をしながら食堂へ向かう。昨日は何となく寝つけず、結局眠る事が出来たのは二時過ぎだった。決して偶然夜中に起きてしまい、悲鳴の様な声が聞こえたから怖かったからではない、決してないと自分に言い聞かせてはいるが。
と、御坂の目の前に一人の女性が現れる。それなりに高い身長に、スラッと着こなしたスーツ。そしてつり上がった瞳とそれを覆う眼鏡。御坂が恐れる数少ない人間で、この寮を受け持つ寮監である。
その瞳にとらわれた瞬間、御坂は蛇に睨まれた蛙の如く制止した。まるで動いたら死ぬねと言わんばかりだ。
「御坂」
「は、はひぃ!」
「何かあったらすぐに言え」
「? は、はい……?」
そう言って寮監は去って行く。後に残された御坂は、言葉の意味が分からずにただ首を傾げるだけだった。
<おまけ>
『寮内で逃亡中に犠牲になったお方』
「く、くそっ……!」
逃亡を諦め、男はマシンガンの銃口を「奴」に向ける。「奴」はそれに対して驚く事もせず、軽く両手を振り上げた。
「刹 活 孔 !! はあぁぁ!」
「たわば!」
男の体は、まるで重力がないかのように吹っ飛んでいき、壁でバウンドする。何が起こったのかも分からずに視線だけを「奴」に向けると、「奴」は何故かその場に座り込んでいた。男からしたら正直訳が分からなかったが、「奴」はその場で軽く腕を上げる。
瞬間、謎の光線が男の体を貫いた。
「あびゅ!?」
「『北斗 有情破顔拳』……ハァーン!」
「らめええぇぇぇ!!」
光線に貫かれ、訳の分からない衝撃波を受けた男は今までに感じた事のない気持ちよさと共に意識を手放す。最後に聞こえた言葉は……
「安心しろ、私程度の腕では秘孔を突き切れてはいない。それに、そう容易く命は投げ捨てるものではない」
男が次に目を覚ましたのは、『警備員』の収監所だったという。