「Nice Communication」
不機嫌ここに極まる、といった顔で俺の襟を掴む麦のん。呆然とそんな様子を見ているマダオ。驚いた表情をしたまま動かない田辺さん。そして、そんな中視線の中心にいる俺は微妙な笑顔を浮かべたまま停止しています。何で笑顔なのかって? 今身を以って体験してるんだけど、人間ってあまりにも開き直ると顔が固定されちゃうらしいよ、だってこの顔麦のんのシーティングゲーム見ていた微笑ましい(生暖かい)顔のまんまだもんね!
拙い、これは拙い。自分のミスというか完全にアホな不注意でこんな状況を作ってしまったが、これは既に死亡フラグというか死亡確認状況なんじゃなかろうか? 麦のんはそれこそ不機嫌になる事があれば味方であろうと一瞬で切り捨てる事が出来る女傑だ。それは子供の頃から培ってきたものかどうかは分からないが、先程の態度や今の状況見た限り生まれつきのものだと思える。つまり自分は今ここで哀れにも真っ二つに……
そ、それは嫌だ! さっき下手に希望を持ってしまったからかもしれないが、俺はまだこんな所で死ぬわけにはいかない。一度は会ってみたい上条さん、厨二病の俺には堪らない魔術の世界、それに超電磁砲の話など見てみたい事は沢山ある。こんなところで麦のんに殺されるなど絶対に嫌だ! 追い詰められたフレンダが何をするのか見せてやるのだぁぁぁあああぁぁぁ。
「こんにちは麦野さん。私はフレンダっていうの、よろしくね」
……ん? 何で平和な挨拶してるのかって? 追い詰められたフレンダが何をするのか見せてくれるんじゃなかったかって? アホ、そんな事したら、まだ死亡フラグでギリギリ治まってるこの状況が惨殺空間に早変わりするわ! 俺に出来るのは麦のんの機嫌がこれ以上悪くなる前にこの空気を断つこと。
そしてそれが出来るのは何か? そう、国同士の話し合いだろうがネトゲでの初見相手だろうがするのが挨拶ですよね。挨拶出来ない奴は即ち礼儀というものを知らない奴、だからこの空気も私のこの天使のような挨拶一つでどうにかなってくれるはずさ……
ていうか何も思いつかなかっただけなんだ。うん、すまない。
でもこれ以外どうしようもなかったんだよおぉぉ! ぶっちゃけ麦のんのゲームという時間を邪魔しちゃって時点で道は閉ざされていた訳で、そんな俺にどうしろという訳で。
そんな中いきなり麦のんが俺の襟首から手を外す。突然手を外された俺は訳も分からずに麦のんの目を見るが、不機嫌さこそ残っているものの先程の殺気立った様子はもう抜けていた。麦のんは呆然としている俺を見て一度フンッ、と鼻を鳴らす。
「挨拶は出来るみたいじゃない、最初からそうしなさいよ」
「は、ははっ、はははは……いやぁいきなりで驚いたよフレンダちゃん。『原子崩し』もいきなりあんなスキンシップをするだなんて夢にも思わなかったよ」
「ふんっ」
乾いた笑いを漏らすマダオの言葉を聞いて、俺の体から一気に力が抜ける。どうやら麦のんの機嫌を元に戻す事は成功したらしく、生き延びる事が出来たらしい。その事実に気づいた途端一気に安堵感と高揚感が俺の心に染み渡ってきた。やれば出来るのね俺、とか思ってたら麦のんが俺の方に視線を向けてた。な、何? 言っておくけど数秒で生存フラグ折られたら幾らなんでも泣きますよ?
「コイツが言ってたと思うけど、改めて自己紹介させてもらうわ。「麦野 沈利」、学園都市の『 超 能 力 者 』……コードネームは『原子崩し』よ。」
……今明らかに超能力者って部分強調したよね、絶対したよね? なんだろ、超能力者って部分に突っ込んでほしいんかなー。確かに麦のんって二十二巻除けば能力という部分に固執してるようにも見えたし、自慢でもしたかったんかな。でも浜面が『素養格付(パラメータリスト)』の存在を知った時は怒ってたし……いや、あれは愛しの(多分)浜面が暗部に落ちちゃった理由に怒り心頭だっただけか。デレデレ麦のんテラカワユス……
「ちょっと、何か言う事はないのかしら?」
って、おぉう。いかんいかん、折角麦のんの機嫌が直ったというのにこんな些細な受け答えで死亡フラグを立てる訳にはいかない。
うん、とりあえずここはベタ褒めでいいよね? まだ浜面もいないし、小さい頃は手に入ったおもちゃとかを自慢したがるものだしね。さて、とびっきりの笑顔を浮かべて褒め称えてみましょーかね。
「前から聞いてましたよ、学園都市が誇る『超能力』! どんな能力なのかは不勉強のせいでよく分からないけれど、とっても凄い能力なんですよね! よっ、流石は第四位! 痺れる~~!!」
「ふふん、そうでしょう。私の『原子崩し』は超能力を名乗るに相応しい能力。そこらの低能力者とは比べ物にならな……って、ちょっと待てコラ」
キン、と空気が凍る。
え、なになに? 俺何かやばい事言った? さっきとは比べ物にならない程の寒気が体中を駆け巡ってるんですけど……ま、まさか麦のんベタの褒め方嫌いだったの? そ、そうと知ってればもっと褒め方変えてたよ、こう見えても俺は人の褒め方沢山持ってるんだからさ。大学の教授を誑かしてレポート提出日を伸ばしてもらった実績だってあるし……
そんな事考えてる間にも麦のんの視線がどんどん鋭くなってる!? ど、どどどどういうことだ……いくら何でもさっきの機嫌の良さからは考えられない雰囲気だ。それに私の褒め言葉聞いた瞬間は機嫌が良さそうだったし、そんなに問題のある単語は入れてないはずなのにどうしてなんだ? さ、さっぱり分からぬぅ。
「オイ」
「は、はい?」
麦のんこええええぇぇぇぇ! さっきまでの高飛車だけどお嬢様っぽかった喋り方じゃなくて、原作のターミネーター仕様の喋り方になっとる。ていうかあの歳の女の子が出す声色じゃねぇよ! 麦のんが一歩ずつこっちに踏み出す度に、俺の心拍数が上昇していくんですけれど、どうしたらいいのだ。さっきの返事だって声が震えなかったのが不思議なくらいだ。
「『さっきの事』といい、アンタ私に喧嘩売ってんでしょ? そうよね」
「そ、そんなことはないです……」
一歩一歩近づいてくる麦のんに俺は逃げることが出来ない、ていうか足震えて椅子から立てません。そんな俺の目の前には怒りに満ちた麦のんが……
「あの、何故怒ってるのか私には分からないんでせうが……」
「……そう、ならそのとぼけた頭と耳に教えてあげるわ」
「何でこの私が「第 四 位」とかいう順番にされてんのよ。そもそも序列って何だコラ」
へっ……? だって麦のんは第四位じゃん。何を怒って……
「アンタが何考えてんのか知らないけどね、『超能力者』は『一方通行』、『未元物質』、そして私の『原子崩し』の三人しかまだいないのよ!」
「あ……」
って、当たり前じゃないかああぁぁぁぁ! 『第三位』の『超電磁砲(レールガン)』「御坂 美琴」はこの頃まだ学園都市にいるかすら不明だし、それにいたとしてもまだ『低能力者(レベル1)』だ。同じく『第五位』の『心理掌握(メンタルアウト)』も年齢的な問題がある。『第六位』に関しては一切正体不明だし、『原石』である「削板 軍覇」に関しては、まだ発見されてない可能性だって高い。少し考えれば誰でも分かる情報を見落としてしまったという訳か。アホすぎる。
「私が第四位っていうことはさぁ、単純に考えて『一方通行』や『未元物質』、そしてい つ か 現れるかもしれない『超能力者』より下だって言いたい訳? よくもこんな嫌味を考え付いたわねぇ……いい度胸してるじゃないの!」
「いや、別にそういうつもりで……」
ち、違うんです麦野サン、ただ私が勘違いしちゃっただけなんです。なので弁解の余地を下さいお願いしますマジで本当次は上手くやりますってホントに
「ああぁぁぁぁぁあああああぁイライラするわ……普通ならぶっ壊してあげるところなんだけどね。特別に見逃してあげるわ」
おぉ!? 見逃してくれるのか。やっぱり麦のん優しい、俺は信じてたよ。二十二巻で目覚めた麦のんの心は本当は清くて美しいものだってサ。麦のんマジ原子……
「なんせ私はアンタを好きにしていいって言われてるの。今ブチコロさなくても、いつでも機会はあるのよ」
……what?
にやぁ、と麦のんが口角を吊り上げて微笑むのを見て、俺はBAD ENDフラグが立った事を静かに理解した。そんな俺に対して麦のんは顔を俺の耳元に寄せるとこう呟くように言う。
「「手下」にしてやろうかと思ったけど、それは無しね。こんにちは「奴隷」さん、これから ヨ ロ シ ク ね」
その言葉に、俺は乾いた笑いを返す事しか出来なかった。
神様、あんたマジ鬼畜だわ……
おまけ
『ふぅん、あの少女がかい?』
「は、はい……どうしましょうか?」
『そうだねぇ、本来は『原子崩し』の精神を安定させるためのものだったのに、それをかき乱してはどうしようもないことだが、ね』
「内々に処分してしまいましょうか? 予備の『置き去り』などいくらでもいることですし、予定を狂わす因子は早めに取り除いた方がよいかと思われますが……」
『いやいや待ちたまえよ。確かに予定外の行動をとってしまったという事は認めるが、だからといってそれは早計すぎるさ。何より最低でも『原子崩し』が近くにいる事を許したんだ、これは大きな進歩だよ』
「奴隷として……ですが?」
『それでも、さ。まずは様子見といこうじゃないかね。資源は溢れているといっても限りはある、それを使い潰す場所を見誤ってはいけないよ』
「教授がそう仰られるのでしたら何も問題はありません」
『結構、データを取るのと監視だけは忘れないように、ね。』
「はい、教授」