「『学園都市』の平和な一日・朝」
『学園都市』の朝は賑やかだ。学園と名を冠するだけあって、様々な学生達が友達と一緒に、或いは取り巻きの様な者達を連れて学校を目指す。無論学生だけではなく、それは職員である大人達や、特殊な事情を持って学校に行っていない者達も同じである。
一人の少女が鼻歌混じりに歩く。金色に輝く長い髪は財宝の一つである黄金の様に眩しく、目の青はサファイアと見紛う程の美しさだ。ただし、この見方はとある施設にいる一人の男子が言った一言である。しかも本人に対して。ちなみにこの台詞を言った後苦笑いされた上、少女の上司とも言える女性から折檻を受けたのは、また別の話である。
学生達の間を縫いながら少女は進んでいき、とあるコンビニの前に辿り着くと満面の笑みを浮かべて入店する。
*
少年、元『武装無能力集団』の貝崎 尚哉は朝やってくるお客さんを捌きつつも、時計をチラチラと見ていた。
貝崎は、元々『武装無能力集団』である。初めは『学園都市』に希望を持ち、それを完膚なきまでに打ちのめされた後、追い打ちをかけられるかのように無能力者狩りの標的とされた。能力者を憎み、どんな事をしてでも自分を暴行した能力者に復讐をすると誓って、『武装無能力集団』となったのだ。実際、能力者の数人を仲間で囲んで暴行した事も一度や二度では済まない。
当初の目的は結局果たせなかったが、そんな事等考えもせずに貝崎は仲間達と共に暴れまくった。能力者をボコボコにしていると気分が晴れたし、何より自分が持てなかったものを持っている奴らが憎くて憎くて仕方がなかった。だから、これは別に悪い事なんかじゃないんだと自分に言い聞かせて、ずるずると続けていったのだ。
そんな日々が続いていたある日の事、いつものように四人の女能力者に目を付けた貝崎のグループは、その二人が路地裏に入ったところで囲んだ。手にバットを持ち、一部はスタンガン等も持っている男達に囲まれれば、どんなに強力な能力者であろうと怯える筈。いつもはそうだったから。だから、次の瞬間女達が口にした一言は貝崎達に混乱を与え、そして次の瞬間起こった出来事に思考停止を起こした。
『だから路地裏なんて通りたくなかったのよ、面倒ったらありゃしない』
『ふむ、声をかけた相手が超悪かったですね』
『すきるあうと終了のお報せ』
『先手必勝! ウラッー!』
茶髪の女性が周囲の男を千切っては投げ、千切っては投げる(not物理的な意味で)。一番小さい少女ならと攻撃しようとした男達は、道具なしで空を飛ぶという斬新な体験をする事が出来ただろう。黒髪の大人しそうな少女は、近くにいた男にアームロックを極めて一言、『皆との買い物はね、誰にも邪魔されず自由でなんというか……とりあえず邪魔したら怒るよ』。金髪の少女は、的確に急所を蹴りつけたりしていた。そして、貝崎達が制圧されるのに五分もかからなかった。
本来ならこの後関わりもなく終わっていただろう。だが、貝崎と他の男達との違いは、この時貝崎は気絶して仲間達に置いていかれた事だろうか? そうでなければ、貝崎は今でも『武装無能力集団』として暴力の日々に明け暮れていたであろう。
貝崎が目を覚ました時に目に入った光景は、自分を覗き込む青い瞳と金色のカーテンの様な髪の毛だった。
『あは、やっと起きたね~』
膝枕されているという事実に気がついた時、貝崎は顔を真っ赤に染めて立ちあがろうと力を込めた。が、体が痛んで上手く動けずに呻きを上げる事しか出来ない。顔だけ動かして周囲を見渡すと、不機嫌……というか、はっきりと機嫌が悪い三人の女性が目に映った。この時貝崎は死を覚悟したが、何とか切り抜けたのは別の話である。
『無理しない無理しない。少しこのまま休んでなよ』
少女に頭を軽く撫でられ、貝崎は何となく懐かしさを覚えて動きを止めた。そして、疑問に思っていた事をいくつも問いかける。少女は笑顔を浮かべたまま、時折苦笑を交えて優しく話してくれた。仲間は全員逃げてしまった事、自分は置いていかれたという事、そして自分達は買い物に行く途中だった事、そして……気絶した貝崎を置いていけないという理由で、少女は目が覚めるまで待とうと言ってくれた事。
それを聞いた瞬間、貝崎は何だかとてつもない劣等感みたいなのを感じた。自分はそんな余裕もなく、毎日毎日こんな事をしているのに……そう感じて、少女に酷い罵声を浴びせた記憶が、貝崎には残っている。それを聞いて殺気立った他の女性達を片手で制し、少女は口を開いた。
『よしよし、辛かったんだね』
それを聞いた貝崎は驚きに目を見開き、他の女性達は「またか……」と言いたげに溜息を吐きつつも苦笑を浮かべて続きに聞き入る。
『『学園都市』は確かにそういう場所かも知れない。けど、それだけじゃ悲しいと思わない?』
『君も、能力があればこんな事はしなかったでしょ?』
『君は憎かったんじゃなくて、羨ましかったんじゃないかな?』
他にも沢山あったが、一つ一つの言葉に言い返す事が出来なかった。言い返そうとしても喉が詰まったかのように声が出ず、代わりに出たのは嗚咽だけだった。言い返せない事が悔しいのもあり、それ以上に自分を真摯に見つめてくれた事が何よりも嬉しかった。気付いた時には、少女にしがみついて泣いてしまっていた。そんな貝崎の頭を、少女は優しく撫で続けていてくれたのだった。
その後、貝崎は『警備員』に自首した。少女達四人は詰め所まで付き添ってくれ、最後に困ったら連絡しなさいと、全員がアドレスと番号を交換してくれた。背景事情が考慮されてか、留置所はそう大した期間入れられずに済み、今はこうしてコンビニだが働きつつ教員免許を目指して勉強中だ。
あの時、少女に出会わなければ……あの時、自分が気絶していなかったら。全てはifの話であるのだが、考えるだけで恐ろしいと思う。間違いを犯した自分を正しい道へと戻してくれた事を、貝崎は決して忘れないと誓う。そして、あの時芽生えたもう一つの想いも、いつかは彼女に伝えたいと願いながら……
「いらっしゃいませー! あ……!」
「貝崎くん、おはよー」
「はいっ、おはようございます!」
「貝崎君は元気一杯だね。私ももう少し元気にならなきゃー」
「あはは。いつもの奴で良いですか?」
「うんうん、朝御飯食べた後の散歩は、これ飲みながらじゃないと力が出ないんだよねー。他の店には置いてないしさ」
「このドリンク人気ないですからね。置いてある方が珍しいと思います」
「美味しいのにー」
そう言いながら購入していく少女に対し、「実は、これは貴方の為に俺が店長に頼んで入荷してもらってます」、と言えない貝崎はある意味ヘタレである。
「三百円のお返しになります」
「はーい、また明日来るね」
「はいっ、待ってますよ!」
「にひひ、じゃあねー」
そう言いながら店から出ていく少女を見送り、貝崎は軽く溜息を吐いた。さて、あと数時間。いつもの様に退屈な時間が始まるが、お客さんは増える。心の中で軽く気合いを入れて気持ちを入れ替えると、貝崎は満面の笑みを浮かべて「いらっしゃいませ!」、と声を上げる。また明日少女に会えるのだから……
<あとがき>
番外物は、いくつかシリーズ化したい物がありまして、今回その一つ目に「『学園都市』の平和な一日」というタイトルでシリーズ化してみました。
今後も不定期な感じで更新していきたいと思いますので、軽く読んで頂けると幸いに思います。今後とも楽しく書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。