「今日も元気に奉仕日和」
「次はアレやっといて」
「はいはい」
「終わったらそれ持ってきて。ついでに準備もお願い」
「ほいほい」
「あ、次は……」
「化粧品の補充なら、さっき終わらせておきましたー」
「ん、上出来よ」
どうもお久しぶりです。月日が経つのは早いもので、麦のんと出会ってから一カ月が経ちました。その間に仕事を失敗したり、麦のんの逆鱗に触れかけた事が何度かありましたが、何とか乗り切ってここまできてます。
ちなみに俺はまだ「奴隷」から抜け出せそうにありません。というか、この施設にいる時の麦のんは自分で何もしてないです。端から見ると年下の小学生を顎でこき使ってるダメな上級生ですが、麦のん特に気にしてる様子はなさそう。意見出来ないでズルズルやってる俺の責任かもしれないが。でも日本人って基本的に自分から意見言えないし、これでいいよね?
ちなみにそれが楽しくない訳ではない。最初のお風呂から思ってた事なんだけど、俺ってば人の役に立つとか奉仕する事が楽しくて仕方ない。麦のんはそういった人間を躊躇なく使えるタイプの人間みたいなので、どうやら物凄く相性がいいのかもしれないね。
しかし何で奉仕活動が楽しいとか思うようになったんかなー。ぶっちゃけて言うと俺だった頃はタダ働きなんて嫌いだったし、人に喜ばれてもそんなに喜ぶような性格してなかったと思うんだけどなぁ。もしかしてフレンダが人に尽くすタイプだったのかも……ねーよw
「じゃあ、私は出掛けてくるから。部屋の掃除と、帰ってくる頃にお風呂の準備出来てる様にしておくのよ」
「りょーかいです」
「……その気の抜ける言葉づかいを何とかすれば、「奴隷」から「手下」くらいには昇格させてあげてもいいんだけど?」
「にひひひ。残念ながらこの態度は生まれつきなので無理でぃす♪ それに今の立場、結構気に入ってるから言っても無駄ですよー」
「あぁ、はいはい。この問答も飽きたわね、この奴隷生活好きのドM野郎」
「ありがとうございますッッッ!」
麦のん、俺の仕事は結構気に入ってくれているらしいんだけど、どうやらこの軽い口調が気に入らないらしい。何でも『超能力者』の近くにいるのには相応しくない言葉づかいだとか、自分の傍にいるにはもっと優雅に、とか言ってた。
無理です、真面目にずーっとやってたら体が持ちません。なんだかんだで麦のんと緊張しないで会話できるのは、その場の空気が弛緩している状態だから。原作見てたら分かると思うけど、普段の麦のんはお嬢様気質と高飛車な事を除けば結構まともだ。
対して不機嫌モード(別名ターミネーターモード)の麦のんは本気でやばい。一回外出して帰ってきた麦のんを玄関に迎えに行ったら、滅茶苦茶不機嫌……というか目が合った相手殺しかねない程の殺気を放った麦のんがいた時がありまして、その時は麦のんの姿を確認した瞬間に土下座してた。催眠術とかそんなチャチなもんじゃなくて、精神的に土下座してた。
という訳で空気を柔らかーくするためにも、今の口調は外せないし外す気もない。ちなみに麦のんに罵られて嬉しいわけじゃないから、絶対だから、本当だから。
「まぁ、この話はまた今度にしましょ。じゃ、行ってくるわ」
「いってらっしゃーい」
出掛ける麦のんを玄関先で見送り、俺は施設内へと戻る。
麦のんはこうして三日おきくらいのペースでどこかに出かけている。いつも施設の前に来る黒い車に乗って行ってるから……まぁ、間違いなく能力関係の研究所だろうね。現状『学園都市』にいる『超能力者』はたったの三人。『一方通行』、『未元物質』、『原子崩し』だけだし、むしろ三日に一回しか研究所に行かない時点でおかしいよね。確かに他の二名は別格中の別格だけれども。
まぁ小難しい事はさておき、麦のんがいないって事は実質的に休みも当然なのであるよ。掃除はそんなに時間かからないし、お風呂の準備は七時くらいにやっておけば間に合うしね。ふふふ、さてと……
「ごめんなさい、暇なんです」
寂しくて独り言を言ってしまいました。
はい、そうなんです。俺って普段の生活では麦のんを中心に活動しているためか、休みといってもやることないんですよね。麦のんがいる時ならこの時間帯はマッサージしてたり、ごろごろしている麦のんの横で掃除してたりするんですよ。特に何か頼まれていなくても、とりあえずは麦のんの近くにはいるしね。
……あれ? この一カ月という期間で、いつの間にか奴隷としての生活が基本になってる。も、もしやこれが麦のんの狙いなのか! いかん、いかんですよこれは。折角の休みなんだから自分の好きな事してやるんじゃーい。え、えーと……確かこの時間帯に出来ることといえば……
「あれだ、あれしかないな」
そう呟いて、俺はロビーを後にした。
*
「で、ここに来たの?」
「はいです、暇なので」
今俺がいるのは食堂。目の前には蛙……ってこれゲコ太やん。ま、まぁゲコ太の刺繍がされているエプロンを身にまとった田辺さん。そしてその手には包丁が握られている。あとは……分かるな?
はい、殺人事件の現場です。嘘です、台所で田辺さんが俺達の食事を作ってくれるところに俺が現れたわけです。
そう、俺はこの暇な時間を利用して料理の練習をする気マンマンなのであーる。
将来的にも料理の腕は大事だろうし、単純に自分が美味しいもの食べたいからってのもある。施設の中にいると自分が料理する機会もないから無駄かもしれないけど、別に暇なら練習したって問題ないしね。畜生、テレビゲームが欲しいです。
「でもフレンダちゃん、いつも麦野ちゃんの相手してて疲れてるでしょ? 今は麦野ちゃんもいないんだし、ゆっくり休んでてもいいのよ」
……田辺さん優しすぎだろ。いっつも扱き使われてる身としては、こういう言葉をかけてもらうと逆に返答に困る。大人の田辺さんにこういう声かけられるのは、麦のんのお世話してる時とは違う嬉しさと気恥ずかしさがある。
うわぁ、やばい。すんごい顔が熱い。
「いや、いつも何かやってるから休みって言われても困るんです。それなら大きくなってから困らないように、今のうちに料理練習しておきたいなーって思いまして」
「そう……、本当に大丈夫なの?」
「はい! 体力だけは有り余ってるし、楽しいことならいつまでも出来ます!」
にひひひひ。と笑みを浮かべながら田辺さんにそう返すと、軽く微笑んでくれました。うおぉ、いつも見てるから知ってたけど、田辺さんも超美人だな。麦のんとはまた違う方向性の美人だけど、見ていて暖かくなる感じの笑顔に、俺のハートがブレイクしちゃいそうだぜ。
「分かったわ。包丁を使ったりするのは危ないから……そこにあるジャガイモの皮を剥いてくれるかしら?」
そう言いながらピーラーを俺に渡す田辺さん。うーむ、これじゃ料理の練習にならないんだが……ちなみに俺自身料理は少しなら出来る感じです。包丁で野菜の皮剥きくらいなら簡単に出来るけど、複雑な料理とかは出来ない感じかな。なのでピーラーじゃなくて包丁貸して欲しいッス。
まぁこんな小学生に包丁渡すとか、それこそどうなの? って感じはするので受け取るとしましう。料理の練習はまた今度かな。
ショリショリショーリ、と次々にジャガイモを剥いていく。田辺さんはこっちの方をチラチラ確認しながら料理してるけど、そんなに気にしなくても大丈夫ですよー。と目で訴えた。すると田辺さんはバツが悪そうな表情で視線を外す。
んー、何か田辺さんの態度がおかしいわ。普段はもっと明るい感じなのに、今日に限ってネガティブな感じになっちゃってる。もしかして俺が料理手伝いたいとか言ったからか? って言っても特に変なことでもないよなー……
「ねぇ、フレンダちゃん……」
「ん、はい?」
などと思案していたら、田辺さんが話しかけてきたでござるの巻。
「聞きたい事があるの、今まで聞けなかったんだけど……」
んん、何か深刻そうな顔してるな。ここは空気を読んで俺も真面目な顔をして田辺さんの顔を見る。田辺さんはこっちに視線を向けてなくて、かき混ぜてる鍋を見たまま口を開いた。
「今、楽しい?」
「え……」
「答えて」
うぉ、田辺さん怖っ! 今の「答えて」、はマジで震えが走るくらい冷たい一言でしたよ……麦のんの逆鱗に触れない様に気を使ってたら、いつの間にか田辺さんの怒りを買うとか一体どういうことなの……? それに怒られる理由が分かんないし、どう返したらいいものか分からん。下手な答え返して田辺さんに嫌われちゃったら俺の癒し成分がなくなってしまうので、ここは慎重にならないといかんかも。んーと、まぁ……
「楽しいですよ」
シンプル・イズ・ザ・ベスト、変に緊張した言葉じゃなくて自分の気持ちを大事にして伝えてみた。まぁ、今結構楽しいし、嘘はついてない。
でもその言葉を聞いた田辺さん、辛そうな表情で俺の方に視線を向けてきました。理由は分からないけど、今の言葉に何か不満点があったのかしら?
……あー、もしかして麦のんに扱き使われてる俺の事心配してくれたんかな? 端から見ると麦のんが俺の事をいぢめてる様に見えるし、実際「奴隷」だから見てる方は何か感じるものがあるのかもしれん。急に聞いてきたのも、普段は麦のんと一緒にいる俺から聞けなかったと考えられるしね。
確かに今の立場は望んだものじゃないけど、別に俺は気にしてないんだけどなぁ。確かに最終目標は暗部に落ちず、そして『アイテム』に入らない事だけれども、今は結構楽しいからしばらくこのままでもいいよなーとか思ってるしね。
「田辺さん」
「何、かしら……」
「心配してくれてありがと」
「……ッ」
うん、実際俺の事気にかけてくれる人っていないんだ。麦のんは優しい時とかは気遣ってくれるけど、肉親はいないし、麦のんと一緒にいるせいか分からんがこの施設の子供達とは交流も少ないんですよね。記憶に残ってる限り、フレンダがこの施設に来たのはそんなに昔の事じゃないみたいで友達がいなかったみたい。まぁ、大学生の精神年齢でおままごととか誘われても困るけどね、しかも俺は男だし。
だから田辺さんが気にかけてくれるのは嬉しい。それに辛気臭い雰囲気って好きじゃないしね、ご飯も不味くなるし。俺にとってご飯は「フレンダちゃん!」って、わぷっ!?
「……」ギュゥ
「た、田辺さん……?」
と、突如田辺さんが俺に抱きついてきたでござる! 結構な力で抱きしめられてるみたいで、結構苦しい。そ、それにあのですね……お、おっぱいが当たってるのですが。そんなに大きくないけど、はっきりと分かる位大きいおっぱいが俺の顔に当てられています。これは不味いです、主に俺の下半身的な意味で……もう無いんでした。
っていうか、どうしてこうなった。何、田辺さん俺と麦のんの関係についてそんなに気にしてたの? イタタタ! 田辺さん力強っ!
「た、田辺さん……ちょっと痛い」
「あ……ご、ごめんね」
ふぅぅ、ようやく解放されたわ。いやーびっくり&ドキドキした。もうフレンダになって一カ月経ってるけど、未だに肉体的な接触だけは慣れないな。見るだけなら麦のんの入浴手伝ってるから完全に慣れちゃったんだけど、未だに触る時は緊張するんだよね。これもいつか克服したい。
「ごめんねフレンダちゃん。大丈夫?」
「へーきへーき。逆に嬉しかったですよ」
うん、嬉しかったです。ラッキースケベ的な意味と、大人の女性に抱きしめられるという一つの夢を実現出来たので大満足。
「フレンダちゃん……」
「はい?」
「私は、貴方の味方だから。いつでも頼って」
「うん? あ、はい……」
田辺さん、穏やかな顔していきなりどうしたんだろ? まぁ、さっきのギスギスした感じより遥かにマシだし、万事おっけーかな。そして田辺さん、そう言うのであれば……
「じゃあ早速やりたい事があるんですけど……」
「ん、なぁに?」
「後で料理の練習に付き合ってほしいな」
にひひ、と笑いながらそう言うと、田辺さんも釣られるように微笑んでくれた。ほんま天使の様な笑顔やでぇ。
*
「ただいま」
「おかえりなさーい」
玄関に入ってきた麦のんを出迎える。多少疲れた様子の麦のんはいつも通りに手荷物を俺に渡して先へ進んでいく。遅れると怒られるので、その後ろにぴったりと着いていくのです。
「あ゛ー、疲れた。とりあえずご飯食べたいから食堂行くわよ」
相変わらず俺の意見は聞かずに食堂に行く麦のんですが、いつもの光景なので気にしないぜ。それに今日は食堂に行ってもらうのが好都合なのさ。
食堂に着いた麦のんはいつもの席に座り、一つ欠伸をして口を開く。
「お腹が空いたぞ私はー。準備早く早く」
「ういうい、了解ですよー」
こうして手伝わないのもいつも通りです。このダメ麦のんめっ。いつもの事ですけどね。ではこれとこれをお盆に乗せてっと……
「はい、どうぞ~♪」
「ありがと、……って今日はおにぎりなの? 珍しいわね」
「でしょ~? ささっ、食べて食べて」
「言われなくても食べるわよ」
そう言って麦のんがおにぎりを口に運ぶ。俺としては若干緊張してしまってる訳でして……麦のんはそのまま咀嚼して飲み込み、次はおかずの卵焼きに箸を伸ばした。それも咀嚼し、次々と胃の中に納めていく。最後のおにぎり食べ終わり、お茶を飲んで一言。
「今日の卵焼き、いつもより甘いわ。味変えたのかしらね?」
「お、美味しかった……?」
「ん? まぁ不味くはないわよ」
「お、おにぎりは?」
「塩をもうちょっと多くして欲しかったわね、あと中身はシャケで。というか何? 何でそんなに聞いてくるのよ」
「あ、いやぁ……」
うむむ……いざ言うのは何か勇気がいるな。まぁ、悪い評価でもなかったしいいか。
「実はこれ、私が作ったんです」
「……へ?」
「時間があったから料理の練習がしたくて、田辺さんに頼んでやらせてもらいました」
はい、今日のおにぎりと卵焼きは私が作りました。あの後田辺さん監修の元、俺は料理の練習をしたのです。包丁は使わせてもらえなかったから簡単な物しか出来なかったけどね。ちなみに最初はおにぎりの中身をシャケにしたかったんだけど、焼いたシャケをこの為だけに用意させてもらうのは気が引けたので、仕方なく梅干しにしてある。
ちなみに私が作った物を麦のんに食べさせようと言ったのは田辺さんです。最初は乗り気じゃなかったんだけど、田辺さんの楽しそうな顔見てたらやる気が出ちゃったんですよね。あの笑顔は魔性だわ……
しかし、こうして見ると貧相なメニューだわ。麦のんは普段の食事でも「しょぼい」とか「ヘボい」だの評価が酷いからな……俺が作って用意したのって、結局おにぎりと卵焼きだけだし。
「あはは、すみません……次からは自重するようにしま」
「何でもっと早く言わないのよ!」
うぉ! びっくりした。麦のんどうしたの。
「食べ終わったときに言わないで、食べ始める時に言いなさいよ!」
「え? 何で?」
「知ってたら、もっと味わって食べたわよ!」
そう言った瞬間、麦のんの表情が「しまった!」、と言いたげな物に変わり、頬を赤く染めて机に突っ伏した。俺としては何でそんなことやってんのか、意味が分からないんだけれども。
しばらくその体勢でいた麦のんだったけど、しばらくして落ち着いたのかゆっくりと顔を上げて溜息を吐いた。
「ていうか、アンタ料理出来たの?」
「いや、出来るって程ではないんです。簡単な物なら出来ますけど……」
「ふーん」
少なくとも麦のンよりは出来ますゥ、とか某超能力者の真似しようかと思ったけど無理です。やったら死にます。
そんな俺の葛藤など気にもせず、麦のんは何やらブツブツ呟いております。ブツブツ呟いて目を充血させてる麦のんマジ悪魔……とか考えてたら、麦のん突然ニヤリと微笑みました。その顔が怖くてちょっと体震えたのは内緒です。
「決めたっ、アンタ明日から私のお弁当作りなさい」
へ? 何故にwhy?
「う、煩いわね。アンタの料理練習手伝ってやろうと思ったの。何度も作っていれば上達するでしょうが」
「うーん、まぁ確かに?」
「そうよ。だから明日の朝からよろしくね」
「でも私、包丁とか使わせてもらえなかったんですけど……」
「何とかしなさい」
Oh……何という理不尽なご命令。ここで突っぱねるのが普通の対応なんだけど、相手は麦のんだから何されるか分からないしなぁ。
まぁ俺も料理の練習したかったし、フレンダになってから誰かに奉仕するの楽しいし、別にいいかな。包丁は田辺さんに頼んで何とかするとして、朝早起きするのがしんどい。元々料理得意って訳でもないからレパートリー増やさんといかん。色々問題は山積みだなぁ。
「ふう、分かりました。明日から頑張らせていただまきまふ」
「ふふっ、よろしい」
まぁ……
こんな嬉しそうな顔見れたから報酬と考えておきましょうかね。
おまけ
「よしっ、ご飯も食べたからお風呂ね。用意してフレンダ」
「……あ」
「? 何、どしたの」
「いや、その、えーと……何と言いますか」
「もったいぶらないで言いなさい」
「いや、ご飯作るのに夢中になってたら……」
「……なってたら?」
「お風呂準備するの忘れてた(テヘッ」
「……」
「……(ガタガタ」
「オ シ オ キ か く て い ね」
「ちょ、ちょっと待って話せば分かあばばばばばばば」