「 闇 」
天気は晴れ、雨は降らずに出かけ日和。ですが私の心はどんよりしている状態であります、軍曹。
麦のんに受けた奴隷確定ルートから約二カ月。月日が流れるのは早いもので、俺は早くもこの状況に適応し始めています。いや、人間としてどうなのそれは? とか思わなくもないんだけど、それに適応するのが人間って奴なのよね。
あの時から装着された首輪は今でも付けております。というか鍵を持っているのが麦のんなので、俺の意思では外せないです。唯一お風呂の時だけは外してもらえるけど、それ以外の時は付けっぱなし、勿論寝る時もです。最初の頃は凄い寝苦しかったなぁ。
改めて首輪を見る。見た目は犬の首輪とよく似ているが、よく見ると人間用にデザインされた物だという事が分かる。銀細工で細やかに仕上げられた装飾と、シックな黒の組み合わせは絶妙で、オシャレが出来ない男と妹に評価された俺でも、これはかなり高い物なんだろうなぁというのが分かった。苦しくないの? って質問も大丈夫。ちゃんと首との間には余裕があって、指一本くらいなら入るのですよ。
でも一般人から見たら、正直異様な格好なのは間違いないだろうな。世に言う美辞あるビジュアル系なイケメンがこういうの付けてたらファッションとかそういうのに感じるんだろうけど、小学生くらいの幼女が付けてたら正直引かれます、俺だって引きます。そしてそれは間違いない事だ。
だって今身を以って体験してるからね!
「恥ず過ぎワロタ」
「ん? 何か言った?」
「イイエナニモ」
はい、今私は麦のんと一緒にお出かけしてる最中なんです。お出かけって言っても、施設の正門前で迎えの車待ってるだけなんですが、この施設の前って大通りだから滅茶苦茶人通り多い。道行く人々全員がこちらに訝しげな視線やら、ドン引きしてる視線やら、何か勘違いしてるいやらしい視線向けてきます。
もうね、どうしてこうなったと叫びたい。声高らかに物申したい。まぁ何でこんな事になつたのかというと、昨日の夜に麦のんから
――明日、私と一緒に研究施設行くわよ
――どういうことなの……
って感じ。え? 分かんないって? 俺だって分かんない。
今まで研究施設に行こうなんて誘われた事もなかったので、いきなりのお誘いに俺はしばらく茫然としてしまいました。そしたら麦のんの機嫌が悪くなり始めたので、急いで行く旨を伝えました。あの時の麦のんの顔は忘れられない……すげぇニヤッ、としてたし。思い出すと……おぉ、こわいこわい。
いい加減好奇な視線に晒されるのに慣れ始めたら、黒いベンツみたいな車が施設の前で止まった。いや、ベンツかどうか何て、車が詳しくない俺が分かるはずないんだけれども。まぁ見た目はヤクザの組長とか使ってそうな車だ。
「お迎えに上がりました、『原子崩し』」
「御苦労さま、行くわよフレンダ」
「はーい」
麦のんが先に車に入り、俺はその後に続いて車に乗る。ちなみに車に乗る時は一番偉い人を、助手席ではなく運転席の後ろに乗せるのが常識です。ので先に乗った麦のんが運転席の後ろに乗るという訳。
俺は手に持った荷物を膝の上に置き、外の様子を眺める。こうして見ると原作から数年前とは思えないほど、街の様子は殆ど変わらない様に見えた。まぁ街を構築する技術よりも超能力や兵器にお金かけてるだろうし、以外と住人の生活様式は変わらないのかもしれないけどね。
しかしこうして車で遠出するのは初めて。施設にいる時に出かけたのは、田辺さんの買い物に付き合ったり、麦のんと散歩したりするくらいで遠出した事がない。一番の遠出でも、クリスマスの時に麦のんのプレゼント買いに近くのデパート行った時だ。しかも首輪付けてなかったし。
だから学園都市の車に乗るのは実は初めてですゥ。ついテンションが上がって某超能力者の真似までしちゃうんだァ。
「嬉しそうね、そんなに楽しい?」
「そうですねぇ、車に乗るのは初めてですから」
まぁ、フレンダになってからだけど。
「え? そ、そうだったの……」
「うん、だから外を眺めてるだけで楽しいですね」
「……今度からは何度でも乗せて上げるわよ」
あら、麦のんに気を使わせてしまった。これはいかん。
「別に気にしなくても大丈夫ですよ? 私は今でも充分楽しいですし」
「良いから。それとも私の言うことが聞けない?」
「うーむ、それを言われると痛いですね~」
にひひ。と笑いながら返したら、麦のんも軽く笑みを浮かべて応えてくれました。相変わらず落ち着いてる時の麦のんはマジ天使……でも不機嫌な時は魔王様です。
麦のんがそう言ってくれたので、俺もちょくちょく車乗らせてもらうとしようかな。何せ外に出かける事自体珍しいしね。というか、この首輪のせいでまともに外歩けないな、ワロス。
まぁ、今を楽しんで後々考えようかな。と思考を切り替えて、俺は外へ視線を戻して車中の時間を楽しんだ。
*
――ところでこの研究所を見なさい、これをどう思う?
――すごく……大きいです
みたいなやり取りがマジでありました。正確に言えば、この後麦のんが「これ位の大きさがないと私がいる研究所に相応しくないから当然!」、とか「崇めてもいいのよ?」、みたいな事言ってたけど、個人的にはもうちょい小さい方が迷わなそうだしいいです。無論、麦のんの事は褒め称えておきました。負け犬万歳です畜生。
その後はしばらく麦のんの実験風景をガラス越しに見ていたんですが……凄いわアレ。超能力って奴を見せつけられるとはああいう事を言うのかもしれん。青白い光線が出てくる的や金属の塊を次々にぶち抜く様は、まさに唖然とする他なかった。あんなモンに真正面から挑んだ浜面は度胸があるってレベルじゃないね。垣根や御坂は同じ『超能力者』なので例外としよう。
というか『超能力者』ですら、『神の右席』やら『聖人』級の相手となると厳しいんだろうねぇ。『一方通行』とか『未元物質』ならどうにかなるかも知れないけど、麦のんがアックアとかに勝てる姿は思い浮かばん。禁書世界のインフレマジこええ……
「しかし、暇である」
麦のんの実験は途中から関係者立ち入り禁止の場所でやり始めた為、俺は追い出されました。ので今は、「暇になったらここで待ってなさい」と言われた食堂っぽい場所で麦のんを待ってます。
暇すぎる……もう一時間以上待ってる上に、そろそろお昼なんだけど。しかもこの部屋に一時間誰も来ないんですよね。どんだけ人気ないんだよここ、施設代無駄過ぎるので壊した方がいいと思います!
あ~、もう先にお弁当食べちゃおうかな? でもその瞬間に麦のん来たら確実に『お仕置き』される。ぶるぶる、それだけは勘弁したいので、やはり待つしかないのですね。わかります。
「おっまたせー」
「あ、麦野さん遅いよ~」
「ごめんごめん、ジジイ共が煩くてさ」
麦のんが来ました。さっきの実験の時に着ていた白いスーツみたいな物のままだけど、どうやら実験は一旦終了らしいね。
「あー、お腹空いた。お弁当にしましょ」
「うん、でもさ……」
うん、とりあえず今日一番気になってた事を言うとしようかな。朝からずっと気になってたけど、麦のんに聞いても行ってから教えると言われ続けた謎なんだけど。
「何でこんなに作ってこいなんて言ったの?」
そう、今日のお弁当は重箱で作ってきたのだ。三段重ねとはいえ、かなりのサイズで普段麦のんに作っているお弁当の、量でいえば五倍はありそうな量である。一段目はおにぎり、二段目はおかず系、三段目はデザート中心で作ってある。いくら何でもこれを一人で作るのは無理があったので、田辺さんに頼みこんで一緒に作ってもらいました。いつも本当にすみません。
ぶっちゃけどう見ても、一人二人で食いきれる量ではないので麦のんを何度も説得したのですが、絶対に減らそうとしてくれませんでした。これの為に今日は朝五時起きですよ、きっついです。
だが麦のんは不敵な笑みを浮かべたまま胸を張っている。相変わらずでっかいなぁ、小学生とは思えんうらやまけしからん。とか思ってたら麦のんが扉の方に視線を向けた。
「入ってきて、滝壺」
……んん? 今なんつった?
静かな動作で扉が開き、そこから一人の少女が現れた。線が細く、黒い髪はバラバラに伸び放題で、前髪など目を隠してしまうくらい伸びている。白い実験着よりも不健康な感じに白い肌を持つ少女、年齢は俺よりちょっと上か同じくらいだ。
そして麦のんが言った聞き捨てならない一言。彼女の名前は……
「紹介するわ、ここで知り合った「滝壺 理后」よ。よく実験で一緒になるから、たまにはお昼でもどう? って誘ってみたのよ」
「「滝壺 理后」、よろしく」
「……oh、よろしく」
生滝壺入りました。びっくりしすぎて久々に心臓止まるかと思いました。
*
「へぇ~、滝壺さんは『大能力者(レベル4)』なんだ」
「うん、ふれんだは『無能力者』なの?」モグモグ
「そうだよ~、料理と掃除しか出来ないんだ。能力羨ましい」
「うぅん、能力あってもお料理出来ないし、出来るふれんだはすごいよ」ムシャムシャガツガツ
「だから言ったじゃない。私のお弁当作ってる奴はコイツなの」
「むぎのはいいなぁ、こんなにおいしい物食べてるんだ」ムグムグモリモリングング
あの後、突然の滝壺登場に驚いた私だったけれどすぐに持ち直してお弁当タイムに持ち込みました。いやぁ、マジでビビッたわぁ……だって『アイテム』に加入するつもりもなかったから滝壺なんて一生会えないと思ってましたからね。というかこれってアイテム加入フラグじゃあ……な、訳ないよね。これはあくまで偶然でしょう。
というか滝壺見た目に反して食べる食べる。いや、作った身としては嬉しいんだけれども、三人の小学生じゃ絶対に食いきれない量がみるみる減っていく様はある意味シュールだ。あの体のどこにあんだけ収まってるんだろ? 滝壺の能力の一つだったりして……ねーよw
「けぷ、ごちそうさまでした」
「ごちそーさま」
「ごちそうさまでしたー」
結局俺と麦のんを合わせた以上の量を平らげてくれた滝壺のおかげで、弁当の中身は空にする事が出来ました。いや、本当にいい食べっぷりでしたよ。太るだろアレは。
しかしこれで、『アイテム』のメンバーが絹旗と浜面以外集合した事になるなぁ。絹旗は年齢的にまだ『学園都市』にいるかどうかすら不明だし、確か『暗闇の五月計画』とかいう『一方通行』関係の実験に入ってるんだったかな? まだ能力すらないのかもしれんね。
浜面はもういるかもしれないけど、流石にまだ『武装無能力集団(スキルアウト)』に入ってすらいないだろう。そう考えれは滝壺だけは会う確率がゼロじゃなかったんだな。うーむ、世の中何があるか分からんのう。
こうして麦のんと並べて見ると、滝壺も相当可愛いな。髪が適当に伸ばされているから残念だけど、肌の綺麗さとか顔つきは非常に可愛らしい。それに田辺さんと同じく癒し成分満点なので、見ているだけで俺の心のHPが回復していく気がしてならない。一家に一人滝壺の時代はじまた。
「ねぇ、ふれんだ」
「ん、何か用滝壺さん?」
滝壺がいきなり話しかけてきたので、俺は食後のお茶を麦のんに渡しつつ視線を向ける。滝壺は隠れ気味の目でジッと俺を見つめて黙っているが、眼光は鋭い。何か『体昌』使った時と似てるけど、まさか使ってないよねぇ? とか思ってたら、さっきの眠そうな目に戻った。
「うん、ふれんだの拡散力場はおぼえた」
「えっ? 私にもあるの?」
「うん、無い人はいないよ。ふれんだにだって立派な力がある証拠」
おう、これはさっきの『無能力者』発言に気を使ってくれてるのかしら? 麦のんも空気読んでるのかお茶飲んだまま黙ってるし、ここは楽に返してあげよう。
「滝壺さんに言われたら、何か希望がグンと湧いてくるね~。ありがとっ!」
「ううん、どういたしまして」
おぅ、超癒される。ニコッと笑った滝壺は女に慣れた俺でもクラクラ来ちゃうくらい可愛いね。やっぱり一家に一人欲しい。
「麦野さん、滝壺さん連れて帰りたい」
「アホな事言ってるんじゃないの」
怒られた。まぁ冗談だから大丈夫だ、問題ない。
その後は麦のんの肩揉み(滝壺にもやってあげました)したり、滝壺に施設で麦のんが如何にだらけているか密告して麦のんのヘッドロックくらったりと、普段施設内しかいない俺にとっては楽しい時間が過ぎていきました。いやぁ、滝壺マジ良い子。どんな話でもとりあえず反応返してくれるから、そこから会話に繋げやすいんですよね。これって天性のものなのかも。いつか浜面にくれてやるのが惜しいです……まぁ、この二人お似合いカップルすぎるから、いつかはくっつくんだろうけどさ。妬ましい……
「ん、そろそろ実験再開の時間か……」
「わたしもだ」
「麦野さ~ん、暇です」
二人は実験やらで暇じゃないかもしれないけど、俺はもうこの二人がいなくなったら暇で死ぬ自信がある。午前中も結局一時間以上暇だったし、午後は麦のんが実験終わるまで待つとかどんだけだよ、って感じ。やることも全然ないしなぁ……かといって俺の為に車出してくれる訳ないしね。
「ああ、大丈夫よ。アンタにはちゃんとやることがあるわ」
「え、本当?」
「うん、本当。ていうか、滝壺に紹介したいっていうのも理由だったけど、本来はこっちの用事で連れてきたんだし」
ほうほう、俺がここにくる理由があったとな? てっきり友達が出来ましたみたいな紹介してたから、それがメインで終わったら適当に過ごしてろ。的な事言われると思ってましたよ。いつもそんな感じだしね。
で、俺の用事とはなんぞや。
「ん、私の施設でどう過ごしているかデータが欲しいんだって。だから私の世話をしてるアンタに色々聞きたいんだってさ」
「ん~? でもそれなら麦野さんが直接言えばいいんじゃ?」
「本人じゃなくて、他の人間から聞きたいんだと。まぁ、すぐに終わるわよ。」
「がんばってふれんだ。私は緊張してるだろうふれんだをおうえんしてる」
「いや、特に緊張はしてないんだけどね」
ん~、まぁ『超能力者』の私生活が気になるっていうのは分かるかもしれん。聞いた時はちょっと怖いなとか思ったけど、冷静に考えたら『無能力者』で「奴隷」の私に何か価値があるとは思えないし、別段問題ないか。
「分かりました、でもそれ終わったらどうしましょう?」
「私の事待ってなさい」
「ですよねー」
結局待つ事には変わりないのね……まぁ、分かってた事だけども。麦のんマジで女帝です……
「あいつ等が何かするとも思えないけど、何かあったらすぐに連絡するのよ?」
「大丈夫ですよ、麦野さんと滝壺さんも実験頑張ってね」
「はいはい、アンタもちゃんと待ってるのよ」
「じゃあね、ふれんだ。また今度」
そう言って部屋から出ていく二人を見送り、俺は軽く溜息を吐く。後はその報告さえ終われば暇になる訳だ。
しかし報告かぁ……まさか、施設では何もせずにゴロゴロしていて、年下の子供達を女王様の如く顎で使ってる(誇張表現あり)とは言えないよね。かといって、施設にいるときは以外と普通なんだけどなぁ。何と言えばいいのか。
「君がフレンダちゃんだね?」
「うひょい!?」
い、いきなり後ろから声をかけられたでござる! 驚いて振り向くと、そこには科学者らしき男と、ボディガードなのか筋肉質な男と華奢な女。幼女に話聞くスタイルじゃないでしょこれは……怖すぎる。
ま、まぁとりあえず応えないとあかんか。
「あ、はい。私がフレンダです」
「ふむ、話に聞く通り礼儀が出来ている子だ。私はここの科学者の一人だ。後ろの二人はボディガードといったところかな」
どう見てもそれにしか見えないから説明はいりません。というか幼女の前ではそういう類の輩はどっかに置いてきなさいよ……
まぁ、『学園都市』だと警戒しすぎても警戒した事にならないのかもね。どうかは知らんが怖いので、ささっと終わらせたいところだ。
「あ、何か質問があるって麦野さんから聞いてたんですけど……」
「あぁ、それについてなんだが、こちらでやるから君は何も答えなくていいよ」
「へっ? それはどういう」
瞬間、世界が傾いた。
何が起きたのかさっぱり分からない。殴られた訳じゃない、何かで攻撃された訳でもないのに、俺の体が全く動かない。それどころか、思考することすら難しくなってきている。
力を振り絞って顔を上げると、華奢な女がこちらを凝視しているのが見えた。まさか、せ い神 かんの 系の の 力 しゃ ? や ばい いしき が 麦 の n……
「眠りたまえフレンダちゃん、もう目覚める事はないと思うがね」
その一言を最後に、俺の意識は完全に闇へと落ちた。
おまけ
「教授、今からそちらに搬送致します」
『うむ、『原子崩し』には感づかれてないかね?』
「大丈夫です、しかしばれても問題はないのでは?」
『念には念を、さ。機嫌を損ねたら困るだろう』
「ハハッ、確かに……しかし本当にこのガキが『原子崩し』の力を上げる鍵になるのでしょうか? 私としてはただの『無能力者』にしか見えませんが……」
『さぁね。私も分からないが、現状最低の『超能力者』である『原子崩し』の能力を上げれれば御の字じないか、ね。他の研究所の鼻も明かす事が出来る』
「はぁ」
『それにこれは『統括理事会』直々の指示だ。我々はそれに従うだけ、さ』