初めに言っておく。以下読み飛ばし可。
「我々人類解放戦線は神などという偽りの救いから人々を解放し人間が自らの技術と英知に拠って文明を作り上げる健全で平和な世界を作るべく日夜活動しているこの世界は科学者や資本家が神と呼ぶ得体の知れないモノの為にあるのではなく真実人類の為にあるのであり我々は便利さと快適さという魔物と戦って人の手にこの世界を取り戻さなくてはいけない今日この場で催されしイベントは娯楽が神などと言うものに侵食され人々を堕落させる麻薬と化したものであると私は確信する正しい人類の文明はこんな風に腐敗したりはしないのだ我々はこれを占拠し世界政府がこちらの要求を呑むまで断固として――」
と言うようなことを、宙に浮かぶおっさんの顔が延々と繰り言のようにしゃべり続けた。そのすべてを聞いてはいられないし、おっさんの出番など少ないに越したことはないので、その主張は以下のように纏めさせてもらおう。
①神話的埋設物を使っちゃ駄目☆
②ゲームは人間の脳をスカスカにするよ☆
③けしからんゲーム会場を占拠してゲーム中の人間を神理的に隔離したよ☆
④人質の命が欲しかったら世界政府は神話的埋設物の使用を制限する条例を…
「阿呆か」
自分が如何に恥ずかしい格好をしているかも忘れて、アヤ姉が宙に浮かぶおっさんに向かって罵声を浴びせる。
まぁ気持ちはわからんでもない。
こういう連中って人類解放とか言いながらなんで人質盾にして要求通そうとするんだろう?
あと何で世界政府にそんな権限があるだなどと夢想出来るのだろうか。
そんな幻想は当の政府本人だってもう諦めているだろうに。
神話的埋設物の発掘されなかった世界がどういう世界になるのか俺は知らない。だが、タラレバの話で現状を悲観する奴を、俺は好きではない。
しかし彼らにとって非常に幸運なことがある。ここに経済界の怪物パンドラのCEOがいることだ。これは結構やばい。アヤ姉がどう思っていようと、パンドラという会社はCEOの救出を第一に政府に要求するだろう。パンドラが保有する実行部隊も動き出すかもしれない。俺やアヤ姉の身体が自由に動けば話は別だが、俺たちの身体はすやすやとリクライニングソファーでお休みになっている。そして覚醒するためのシークエンスはどっかの誰かさんの手に握られていると。
「た、タケちゃん。私の体って…」
アヤ姉が急にはっとして俺を見る。アヤ姉の心配はわかる。無防備な自分の体が危険な目に遭わないかという疑問だろう。危害が加えられないまでも、俺ならソファーで無防備に眠ってる魔乳の美女がいたら間違いなく襲い掛かる自信がある。
だが…。
「ハラスメント行為は強制的に覚醒シークエンスの開始を促します。これは完全に独立した機構なので彼らも掌握できていないはずです」
宮下さんが宥めるようにそう言って、アヤ姉がほっと大きな胸をなでおろした。だが不安がないわけではない。たとえば癇癪を起こした犯人がいきなり鉄砲でずどんと撃ってきたら。
それは覚醒シークエンスなど間に合わない一巻の終わりである。
こんなところで旧世紀のSF作品の様なノリで、俺たちは命を試されようとしていた。
第二十一話 エレクトリカルパレード(その3)
あれから30分。おっさんはまだしゃべり続けている。いい加減にしてくれないだろうか。少しは有益な情報があるかもしれないと耳を傾け続けている俺に身にもなってはどうだろうか?
「…ということで私が女神のように慕って初恋というにはあまりにも崇高な思いを抱いていた保母さんは神などというくだらんものを研究する男と結婚し私はその時彼女のような美しい女性が邪悪な思想の毒牙に…」
かんっぜんに私怨じゃねぇかよ!
しかも保育園時代の話かよ!いい加減大人になれよ!
「タケちゃん。これ、いつまで聞いてないといけないんだろうな」
「開放されるまで、でしょうか…?」
それはいかにもぞっとしない。
どうしよう。取り敢えずここから移動してみようか。
他のフィールドって一応実装されてんのかな?
「我々は断固としてそれら資本家の野心と悪癖に…ジジジジジジ…どうして…ジジジジジ…い…ジジジジジジ…」
「なんだ?」
俺たちのうんざりした思いが通じたのかどうか。
おっさんは徐々に古い旧世紀のブラウン管テレビの様に揺らぎ始め、音声もまただんだんと遠のいていく。
次第におっさんの影は薄れていき、代わりにおっさんの顔があった場所に少しづつ亀裂が走っていった。
「空に…ヒビ?」
「誰か、外部から進入しているのか…?」
アヤ姉の推測が正しそうだ。
空に浮かんだヒビからはにょきりと一本の腕が生えてきて、強引に電脳空間を押し広げると黒い執事服姿のイケメンが飛び出してきた。
「って、セバスチャンか!」
「お困りのようですね。おぼっちゃま」
中空からの着地をものともせず、すたりと飛び降りたのはかつて亜神域の中で母さんが呼び出して見せた、我が家のデジタル執事の姿であった。
「お、お前どうやって…」
俺が驚きをもってセバスチャンを迎えると、アヤ姉と宮下さんはもっと驚いて口をあんぐりと開けていた。
美人はそんな表情も色っぽくていいと思う。
そんな美女たちに爽やかな笑顔を浮かべた後、セバスチャンは俺に向き直って質問に答えた。
「無理矢理入ってきました。しかしいささか無理が過ぎましたね」
そう言うセバスチャンの体が時折ジジジと音を立ててかすれる。
神理的ネットワークにはラプラス型のセキュリティホールが存在するから、そこを経由して入ってきたのだろうが、こうしている間にも異物としてセキュリティに攻撃されているに違いない。
だがセバスチャンは苦しそうな顔ひとつ見せずに(当たり前だが)たんたんと話を続けた。
「長くは持ちませんので単刀直入に申し上げます。現状は理解していらっしゃるとは思いますがあまり芳しくはありません。おぼっちゃまが神理的に隔絶されたのを感知した私が即座に走査しましたが、残念ながらこの施設は物理的に掌握されており、物理的障害を排除しませんと侵入は不可能です」
「お前の力で俺たちを起こせないのか?」
起きてしまえばこっちのものである。隙を見て逃げ出すくらいのことはできるだろう。
しかし俺の問に、セバスチャンは残念そうに首を振った。
「起床シークエンスは敵方に掌握されています。仮にも人間の健康状態に関わるデリケートな制御系である為無理矢理侵入したくはありません。ベストな方法は、内側から脱出していただく方法です」
「内側?」
「そうです。実はこうしてる間にも、この仮想空間内のある座標に事故時の強制起動シークエンスへのアクセスコンソールを設置しています。あ、今完了しました。システムの走査を掻い潜って作業をしている為、今この場所に設置できなかったことはご容赦を」
「すげーな!そこに行けばここから出られるんだな?」
「そうなります」
流石はセバスチャン。頼りになる。
「それで、その場所はどこなのですか?」
半信半疑と言った表情で宮下さんがセバスチャンにたずねる。
セバスチャンは一礼してから「しばしお待ちを…」と一度目を瞑った。
「検索いたしました。その場所は座標で言えばX122Y344の地点です」
「わかんねぇよ」
「左様で。ではこのゲーム内の呼称に従いますと…」
そう言って再度瞑目し、やや間を空けてからセバスチャンがその場所の名をのたまった。
「剣神族の魔王城、その王の間ですね」
…。
今、何て言った?
「魔王城?」
「魔王城」
「魔王ってあの魔王?」
「存じ上げませんが、恐らくその魔王かと」
存じ上げねぇのになんでその魔王ってわかんだよ!
「…つまりこういうことですか?武村さん」
宮下さんが引きつった表情で俺に問うてくる。
すみません、宮下さん。
何が言いたいか分かるんで言わないでもらえます?
「この世界から出る為には新実装の剣神族、誰も戦ったことがないその魔王を、倒さないといけないと?」
残念ながらその通りかと思われます。
「なんでそんなややこしい所に作ったんだよ!」
「いや、障害となるだろう敵性キャラクターが一体しかいなかったのでやりやすいかと」
そりゃあ一体しかないないだろうけども!
そいつ現時点でこの世界最強だから!
「取り敢えず装備を何とかしろ。アイアンソードじゃ絶対勝てない」
「分かりました。…はい。優先度の設定が高い順に、武具データをいくつかあなたがたのレジストリにコピーしました。ご確認ください」
うわ。なにこのエクスカリバー99個って。夢も節操もねぇな、おい。
だがまぁ…。
「すごい…。レア武器が軒並み揃ってる…」
宮下さんが驚嘆の声を漏らす。そう。これだけの装備があり、アヤ姉の神通値があれば、攻略はそれほど難しくないかもしれない。
「では時間との勝負です。可及的に速やかに…ジジジ…おっと。私にも時間が来たようです」
そういうセバスチャンの体に大きくノイズが走る。
「わかった。取り敢えず急ぐとするわ。極力自力で何とかするけど、外から何とかできるようならしてくれよ」
「わかり…ジジジジ…ま……ジジジ…プツン」
「うおっ」
言葉を言い切らないまま、セバスチャンが虚空に掻き消える。
後に残された俺たちに、草原の風が冷たく染みるのであった。
◆◇◆◇◆
「本当にこの格好じゃなきゃ駄目?」
「駄目。ここから出たいんだろ?アヤ姉」
「うぅ…」
何やらキャラ崩壊しているアヤ姉が泣きそうな顔で俺を見ている。
草原から手近な街に移動した俺たちは、取りあえずセバスチャンにもらった防具を身につけることにした。
戦闘エリアでは防具を着替えることが出来ないからだ。
アヤ姉に俺がすすめた防具はレア度12の舞姫の最強防具のひとつ、ベリーシリーズ。
ちなみに俺的見た目度トップレベルの一品である。
アヤ姉が恥ずかしそうにしゃがみこんで俺をねめ上げているのもポイント高い。
ベリーシリーズは舞姫専用防具。胸を持ち上げて鼻血が出そうな丸みを強調する黒いブラから幾筋もの金のチェーンが垂れ下がり、腰から下は同じく黒のシースルーの腰布が、やはり金のチェーンをあしらわれて風にたなびいている。
シースルーなのですらりと長い太もものラインが透けて見えるが、しかしはっきりと見えないところが裸よりもいやらしい。
ひじから先は背中までを覆うやはりシースルー地の黒いヴェールで包まれていて、まじめに押し倒したくなるくらい色っぽい。
うん。俺、ここにこれてよかった。ここで死んでも悔いはないかもしれない。
「本当の本当の本当に駄目?」
「駄目だったら」
うーん。普段のアヤ姉の換装姿の方がよほどきわどい気がするが、換装中は神理的作用で高揚感が羞恥心を上回るからな。裸よりコスプレする方が恥ずかしいということもあるかもしれない。
「おまたせしましたー」
そこに、宮下さんが衣装を着替えて着替え部屋から出てきた。
その姿を見て俺は思わず、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「どう、かな?」
はにかむ様に微笑む宮下さん。
いや、どうもなにも…マーヴェラスです!
宮下さんが着ているのは魔導師の最強装備のひとつウィスダムシリーズ。
ぶっちゃけ白いハイレグ水着一枚という男の夢のような装備である。
ハイレグ水着とは言えその材質は鎧っぽい何かではあるが、胸の下半分に横向きにスリットが入っているため豊かな下乳が丸見えという恐ろしい仕様である。俺たち男性プレイヤーには下乳観賞用スリットと呼ばれている。
またお臍のあたりもばっくり開いていて、形のいい縦長の亀裂が美しい。
ちなみに肩口から指先までは白い鎧に包まれ、太もももの付け根辺りまで覆われた白いブーツはガーターベルトのようなものでハイレグと繋ぎあわされている。
頭にちょこんと乗せられた小さめの帽子が、どことなく純真さを表現していて何とも…。
エロイ。
ウィズダムがデビハンきってのエロ装備と言われるゆえんである。
その場でくるりと回った宮下さんのお尻がきゅっと締まって俺を誘惑している。犯罪者になってもいいからむしゃぶりつきたくなるエロイ体である。
「っく!何をしているタケちゃん!行くぞ!」
「は?でもアヤ姉。装備…」
「これを着ればいいんだろう、着れば!どうせ、男はタケちゃんしかいないし、その…。(ボソ)見たければ見ればいいじゃない」
「え?何?」
「さっさと行く!」
「は、はい」
そう言うとアヤ姉がすたすたと先を歩いていく。シースルーのスカートに透けてTバックのお尻がぷりぷりして見えて大変に目の保養になりますね。
「じゃ、いこっか」
「えぇ」
俺は釈然としないながらも下ち…、宮下さんの言葉に従って歩き始めた。
目標は魔王城。
前人未到の剣神族の魔王打倒である。