デビルハンターというゲームについて少し話しておこう。
デビハンはMO要素を持つVRゲームであり、複数のプレイヤーが協力してデビルと呼ばれる敵性キャラクターを倒すことが醍醐味だ。
通常は最大4人のパーティーを組むが、魔王級と呼ばれるボス敵と戦う時には、同盟と呼ばれる組織を作り、最大30名のキャラクターで戦うことが出来る。
魔王級とは、それぞれの魔神族の筆頭たる魔王と、数名の幹部達からなり、ソロプレイどころか4人パーティーでも早々歯が立たない。デビハンにおいてはその辺の雑魚キャラと魔王級の間には天と地ほど開きがあり、そして、魔王級の中でも魔王とその配下との間には厳然たる力の差がある。
ゲーム故に繰り返し挑むことが出来るが、一度敗れたプレイヤーは拠点と呼ばれる宿のある街にまで戻される。
今回の俺たちに、敗れた後再度魔王に挑む時間があるかはわからない。であれば最速で魔王城に乗り込み、魔王級を仕留め、魔王に挑むことが重要、ではある。
それはそうなんだけど…。
―魔王城城門。
「うおっ。これが剣神族の門衛かっ。全身金属で出来たこいつ自体が鉄の門みたいな敵だ!気をつけろ、アヤ姉。相当防御力高い――」
「うりゃあああああああ!」
「うわぁ。綺麗に真っ二つですね」
「…」
―魔王城ホール。
「でたなぞろぞろと。奥にいるのが恐らく魔王級の一柱だ。全身に炎を纏う灼熱の魔神だな。アヤ姉。俺たちで雑魚を押さえている間に、宮下さんに氷系の詠唱を――」
「うりゃああああああああ!」
「あ、さくっと斬り倒しましたよ。さくっと」
「…」
―魔王城螺旋階段。
「っく。この足場が悪いところに次の幹部が!脚の代わりに剣が生えたでかい百足とは恐れ入った!アヤ姉。ここは一旦体勢を整えて――」
「うりゃああああああああ!」
「…のた打ち回ってますね。百足」
「…」
「あのさ。アヤ姉」
俺は獅子奮迅の活躍をするアヤ姉を呼び止める。
確かにいい。
アヤ姉が活躍するところにゆれる乳やふとももあり。
それは確かにいい。
だが。
「どうした?早く先に進むぞ。一刻も早く身体の自由を取り戻さなければ」
そう言ってすぐに先に進もうとするあや姉の剥き出しの肩を、俺はがしりと掴んで笑顔で言った。
「自重しろ」
「何を!?」
びっくりするアヤ姉の後ろで、宮下さんが苦笑いしていた。
マジ、チート自重。
第二十二話 エレクトリカルパレード(その4)
デビハンのゲームバランスと俺のゲーマーとしての自負とかが崩壊寸前ではあるが、俺たちは何とか魔王城に辿り着いた。
最初から最強装備の上に、神力が桁違いのアヤ姉のおかげで、この後無事にロールアウトしても絶対に超えられないだろう最短記録が出来たと思う。
「行くぞ」
「うん」
ぎぎぎぎぎぎと音を立てて巨大な扉が開く。
剣神族の魔王城。
その魔王の間に、今回のアップデートの目玉とも言える大ボスが、玉座に座ってこちらを見ていた。
でかい。
獣神族の魔王には劣るが、それでもかなりの大きさだ。目測で20メートルはあるかもしれない。全身を青い金属鎧で覆い、八本の腕にそれぞれ大剣を握っている。
明らかにこれまでの魔王級とは一線を画している。
倒せるのか?
初見でこの前人未到の魔王を?
俺の背を、初めて悪寒が通り過ぎた。
「アヤ姉、さすがにここは慎重に…」
「うりゃあああああああ!」
聞いちゃいねー!
俺の言葉をその背に受けて、黒いヴェール腰に引き締まったTバックの尻を見せてアヤ姉が駆ける。
両の手に握った一対の剣が、玉座から立ち上がる魔王の足を狙って切りつけられる。
ギィン!
「くっ」
アヤ姉の一撃が弾かれる。八本の剣の一本が、掬い上げるように繰り出されてその剣を弾いたのだ。
「アヤ姉!」
「大丈夫だ」
その場でくるりと転がって、立て続けに繰り出される魔王の剣を避けるアヤ姉。
援護の為に、俺はそのうちの一本に手にもつ片手剣で斬りつける。
ギャイン!
「うおっ」
硬い。そして重い!
何とかその剣を跳ね飛ばしはしたが、反動で俺の重心が後ろにもっていかれる。
やば…。
「雷光槌(サンダーアンカー)!」
その時、光の鉄槌が魔王を劈く。
宮下さんの魔法の一撃が、魔王の鋼鉄の身体を捉えたのだ。
「ありがとう!助かった」
「どうしたしまして」
水着に切り込まれたスリットから覗く下乳を揺らしながらにこりと笑う宮下さん。その表情に、しかし余裕はあまりなさそうだ。
「アヤ姉」
「あぁ」
俺はアヤ姉に駆け寄りながら声をかける。
魔王は硬直状態から開放され、八本の腕を見せ付けるように優雅に動かし始めた。
「俺があいつの剣戟を捌くからその隙に懐に入ってくれ」
「いけるのか?」
「盾があるから何とか。その代わり直ぐに仕留めてくれよ」
「わかった」
アヤ姉がそう言って二本の剣を構える。
黒いブラからこぼれる褐色の巨乳をチラ見してから(素晴らしい)、俺は後ろの宮下さんに聞こえるように声を張り上げた。
「突貫します!魔法の援護を!」
「!?わかりました!」
言うが早いか。
俺は床を蹴って走り出した。
俺の攻撃力で突破は無理だった。
剣一本弾くのにあの体たらくでは懐に入ったところで役に立てるかどうかは分からない。
であればアヤ姉の為に、何とか道を作るしかない。
突っ走ってくる俺に向かって余裕の動作で剣を振るう魔王。
その剣の一本に、突然青い光が打ち込まれる。
「氷爆弾(フリーズボム)!」
宮下さんの魔法の一撃が魔王の剣を凍りつかせる。
突然のことにバランスを崩した魔王の剣の一つを、俺は重心を落として盾で弾く。
ガン!
反動でのけぞりたたらを踏む魔王。
その脚の一本を俺の片手剣が浅く切りつける。
だがそこは魔王。
バランスを崩しながらも俺に向かって二本の剣が迫る。
「ぐっ」
ニ剣の一撃を盾で受ける俺。
受けたというのは適切な表現ではないかもしれない。
その威力を殺しきれず、後方に壁に叩きつけられた。
「武村さん!」
宮下さんの悲鳴が響く。
と同時に。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアア!」
金属に金属をこすり付けるような、不快な音で魔王が苦悶の悲鳴をあげた。
瞬時に懐に入ったアヤ姉。その一撃が魔王の腕の一本を切り飛ばしていたのだ。
「っく。宮下さん、呪文!」
「重雷剣(サンダーボルトチャージ)!」
既に詠唱に入っていたか。
宮下さんの呪文が魔王を貫く。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアア!」
ぼろぼろと青い鎧がはがれている魔王。
よし、ここまでくればもう少し。
この調子でアヤ姉が戦力を落として宮下さんが呪文を――。
「きゃあ!」
俺がそう考えた矢先だった。
魔王の剣の一本が、宮下さんに向かって振り降ろされる。
馬鹿な!魔王本体は硬直中なのに…。
そう。魔王本体は魔法の直撃を受けて硬直中。宮下さんを捉えたのはアヤ姉が切り飛ばした魔王の腕だった。
「宮下さん!」
「あうっ!」
可愛い悲鳴を上げて宮下さんが吹き飛ばされる。
ゲームだから痛みはないが、巨大な剣に斬られる衝撃は慣れないとなかなかしんどいものだ。
俺が駆け寄ろうとしたとき、魔王の腕から何かが飛び出してきた。
「百足!?」
そう、それは百足だった。
魔王級の幹部よりは一回りほど小さいが、あれとそっくりの百足。
それが、魔王の鋼鉄の腕から3匹ほどぞろぞろ這い出てきたのだ。
「こいつ、百足の集合体か!」
嫌なコンセプトの敵である。
だがデビハンに置いて多肢モンスターはそれを一本一本切り落としていくのが王道の攻め方である。それを逆手に取ったいやらしい敵といえるかもしれない。
「き、気持ち悪い!」
宮下さんが白い肌を震わせながら大きく後ろに退く。
それを追って百足が追いすがり、
「っく。氷爆弾(フリーズボム)!」
青い光が二匹の百足を凍りつかせた瞬間、その後ろから魔王本体が躍り出た。
「しまっ――」
魔法を使った魔導師の宮下さんに対抗手段はない。
宮下さんが後ずさろうとすると、氷の魔法から逃れた百足の一匹が、宮下さんの剥き出しのふとももに巻き付いて動きを止めた。
「うそ!」
「宮下さん!」
間に合わない。
魔王の剣のうち実に三本が宮下さんに向かって繰り出される。
走り寄ろうとする俺の動きを残りの剣がけん制する。
「宮下さん!」
正にその一撃が宮下さんを真っ二つにしようというその時。
凄まじい速度と膂力でそれらを弾き飛ばした人がいた。
「は、匣崎社長…」
宮下さんが信じられないものを見る目でアヤ姉を見る。
「まさか、社長に助けられるなんて…」
そういうゲームですから。
「ふん。私情にかられて目的を失うほど私は愚かではない。それに、お前がいないと、あれを倒すのに骨が折れそうだ」
「匣崎社長…」
褐色の乳を震わせながら野太い男前の笑みを浮かべるアヤ姉と、百足にその脚を絡め取られながら頬を染めてそれを見上げる宮下さん。
おい。アヤ姉何か立てちゃいけないフラグ立ててない?
…まぁいっか。
「キシャアアアアアアアアアアアアア!?」
その隙に!
俺は魔王の後ろ脚を切りつける。
バランスを崩した魔王はそのまま尻餅をつくように倒れこんだ。
「アヤ姉!」
「よし!さすが後ろから攻撃されたらタケちゃんの右に出るものはいないな!」
もっと言い方はないのか。
シャラシャラと金の鎖を鳴らしながら、褐色の肌の踊り子が舞い上がるように魔王を追い詰める。美しい。俺はその姿に瞬時見とれてしまってぶんぶんと首を振る。
その後ろに、ぽうっと頬を赤くしてアヤ姉を見る宮下さんが見えた。
あの、百足取った方がいいんじゃないですか?
「これで終わりだ!」
アヤ姉の二本の剣が、倒れて体勢を低くした魔王の首を射程に捉える。
立ち上がろうとする魔王の腕を切り飛ばす俺。
百足が出てくるのも気にせずに、すぐに別の腕に踊りかかる。
そして――。
「キシャアアアアア――――!?」
金属を破砕する音がして。
魔王の首が胴と切り離されて地に落ちた。
◆◇◆◇◆
「――――つまり、神話的埋設物とは一種のアジテーションでありか弱い人間であるわれわれの弱みに付け込む詐欺師の如きものであり、ぶべら!」
俺たちが眠るVRシートを背に気持ちよく演説していた男の頭を後ろから蹴りつけてやると、まさか後ろから攻撃が来ると思っても見なかった男はもんどりうって床とキスをした。
「き、貴様何で、いた!いたい。いたい!いた、いたたったたたたたたた」
そのまま男の頭を俺とアヤ姉で踏みつける。
こんな日に限ってアヤ姉はハイヒールである。
凄くいいと思う。
「あ、あの、お二人ともその辺にしては…」
振り向くと赤いドレス姿の宮下さんがおろおろしながら周りを見回している。深く刻まれた胸のスリットから果実のような谷間が見える。さっきまでのヴァーチャルのおっぱいも良かったけど、やっぱり生のおっぱいはいいね。
俺たちは依然武装した男達に囲まれている状態で、まぁ心配する宮下さんの気持ちも分かるが。
「心配は要らん。私が無事であれば、いくらでも手の打ち様はある」
バリバリバリバリバリン!
その瞬間。
ガラス張りの天井を破って数人の男達が落下してきた。
換装した男達は手早くあっという間に武装集団を鎮圧すると、アヤ姉に向かって敬礼した。
パンドラの私設機動部隊である。
「ご苦労。手間をかけさせた」
そう言って機動部隊に指示を出すアヤ姉。
いや、確かに格好いいけどもね。
その姿を憧れとも別の感情とも知れぬ表情でぽうっと見つめる、宮下さんの姿があった。
翌週の月曜日。
会社に出社するとメールが来ていた。
送信者は…宮下レイカ。内容は、当たり障りのないお礼のメールと…。
『あの、差し支えなければ教えていただきたいのですが、匣崎CEOは甘いものはお好きでしょうか。私こう見えても昔からお菓子作りが――』
俺は枯れた笑顔で窓の外を見る。
部長が朝からお菓子を貪る我が剣装部のどこかから、何故か百合の香りがした気がした。