「・・・取り敢えず、こんなところでどうだろう」
「ありがとう・・・。すまんな、取り乱して」
あれから。
半狂乱で泣きじゃくるアヤ姉を宥めながら、その辺に生えていたヤシの木の葉を編んで簡易的な服を作った。
昔、地中海の無人島に置き去りにされた経験がこんなところで役に立つとは。
人生なかなか分からないものである。
作り方はこうである。
ヤシの葉というのは真ん中に太く硬く発達した芯があり、芯を中心に左右に数十枚の細長い葉を生やしている。
芯の半ばほどに切れ目を入れ、細長い葉を隣同士で編んでいき、最後に芯を切れめで半分に折り曲げて両端を結べば、簡易的なスカート、あるいは胸当ての出来上がりである。
俺自身は上半身裸でスカートだけを履き、アヤ姉にはスカートと胸当てを作ってやった。
あの葉っぱの裏ではおおきなおっぱいが重力に逆らって踊っている・・・そう想像するだけで、スカートの中で俺のマグナムが暴発しそうになるが、硬い葉のお陰でアヤ姉にはばれないようだ。
こすれてとても痛くはあるが。
早く静まれ。
あ、今下乳が見えた。
無理ですね。
ぜんぜん静まる気配がありません。
何せアヤ姉。
胸と腰まわりは隠しているが、丸い肩もながくしなやかな脚もすべて丸出しという超超エロイ格好である。
身に着けているのが緑色の葉っぱだけというのも非常にいい。
カメラがあれば是非とも永久保存しておきたかった。
「タケちゃん・・・どう思う?」
下乳のこと・・・じゃないですよね。はい。
「箱の実験と関係あるのかな?」
「転送されたということだろうか?どこかの島に?」
その可能性はあるだろう。
そういえば最初に出てきたエルピスも服を身に着けていなかった。あるいは生身の人間だけを転送する装置なのかもしれない。
「ここは…どこなんだろう…」
アヤ姉の言葉に、俺は海の方を見る。
どこまでも続く海からは、ここが地球上のどこなのか想像することも出来そうになかった。
最終話 サバイバル×サバイバル(後編)
「…よし!」
「すごい!すごい!」
汗だっらだらの俺が苦心して火を起こすと、アヤ姉が子供のようにぴょんぴょんと跳ねた。
・・・今の乳揺れで俺の苦労は報われました。
のんびりもしておれず、俺は拾ってきた木の枝を裂いた木切れをどんどん火にくべて大きくしていく。
これで薪にした木の枝をくべて行けば、まぁ火が消える心配はなさそうだ。
日が暮れる前に火を起こせたのは行幸だった。
猛獣の心配はなさそうだが、それでも用心するに越したことはない。
ここがどんな場所かは分からないが、ざっと歩いた感じでは人が生活した痕跡はまったくない。
小さな沢を見つけたので飲料水には苦労しなそうだし、その沢で魚も捕まえられた。
人の事を知らないのか、鮎に似た小ぶりな魚はさしたる苦労もなく木の枝で突き捕ることができた。
俺は火の確保が終わると、捕っていた魚に枝を通して突きたてた。
「タケちゃんはなんでも出来るな…」
てきぱきと作業する俺に感心したような視線を向けながら、アヤ姉がそう口に出す。
「慣れてるだけだよ」
「キャンプに?」
「いや…サバイバル、かな。10歳のとき母親に修行と称して無人島に置き去りにされたことがあるんだ。本当に死ぬかと思った。親父がこっそり持たせてくれた『ザ・サバイバル』って本がなかったら本気で死んでた。地中海の島で魚が捕れたのかよかったんだ。一ヵ月後に母親が迎えに来て、親父に『ほら、ちゃんと生きてるじゃない。さすが私たちの子よ』と言ってニコニコしてたのを覚えてるよ。ちなみに親父はげっそりしてた」
「そ、そうか…」
俺のしぶとさと命汚さはそこで培われた気がする。
どんな美麗字句を並べても、生き残れなければ意味はないのだ。
「日が、暮れてきたな」
やけに大きな太陽がゆっくりと水平線の向こうに沈んでいく。
取り敢えずはあっちが西ということだ。
ここが地球上のどこかであればの話だが。
「救助は…来るかな?」
アヤ姉と俺は焚き火を囲んで座る。
いわゆるお姉さん座りをしたアヤ姉の秘密の花園は、ヤシの葉のスカートの裾から見えそうで見えない。
凄くいいと思う。
赤々とした光で照らし出されたその姿も、とても綺麗だった。
「明日にでも来るだろう?アヤ姉は超VIPだからバイタルがモニタリングされてる。見つけられないって事はないよ。今夜だけの辛抱だ」
「そっか…。明日には…」
アヤ姉がそう言って俯く。
俺は頭の片隅で首を擡げるいやな想像を振り払う為に敢えてアヤ姉にそう言った。
ぱちぱちと焚き火で火が熾る。
魚が焼けるのを待ってから、腹が減っただろうアヤ姉にそれを差し出した。
「来ないな…救助」
「うん…」
次の日。
幾らなんでも来るだろう救助が来なかった。
何してるんだ。
ここにいるのは世界的なVIPだぞ?
俺たちは沢で交代で汗を流してから、流石に明日には来るはずの救助を待った。
…一週間後。
「どうなってる…?」
俺は頭をかきむしりながらそう言った。
一週間だぞ!
確かにバイタルを終えてるはずなのに、それでもここを特定できないとしたらパンドラは飛んだ間抜けな企業だ。
まさか上層部の奴らが敢えて・・・?
そこまで考えて俺は首を横に振る。
有り得ない。
助けられる命を、しかも政敵のCEOの命を見殺したとすれば、奴らの首だって危うくなるのだ。そこまでおろかな手を使うなら、とっくに暗殺でも何でもしてるだろう。
「タケちゃん。魚、出来たよ」
「あ、うん。今行く」
アヤ姉がそう言って俺を呼ぶ。
砂浜に掘った穴に焼けた石を入れ、濡らしたヤシの葉で包んだ魚を閉じ込めたグランドオーブンで、いい香りが俺の鼻に漂う。
アヤ姉もすっかりサバイバルに慣れたものだ。
じゃなくて、いつまでこんな状況が続くのか。
「タケちゃん、食べないの?」
「あ、あぁ、食べる」
そう言って上目遣いで俺を見てくるアヤ姉。簡易的な胸当てに守られただけの乳房の谷間が俺の理性を追い詰める。
CEOの任を離れている為か、日増しに家庭的でかわいくなっていくアヤ姉は本当にやばい。
夜とか、無防備に寝てる所見ると、まじめに押し倒したくなってしまう。
今の所理性を総動員して自分を抑えているが、いつまで持つか自身がない。
エルピスは言った。
あなたの願いは何か、と。
これは。
「これが俺の願いなのか?」
アヤ姉を不当に閉じ込め、自分勝手な共同生活を押し付けることが…?
俺の視界の中で、アヤ姉はおいしそうに魚を頬張っていた。
…二週間後。
夜の焚き火をアヤ姉と囲み、海水を干して作るようになった塩を振った魚を、俺は苦々しい思いで食いしばっていた。
こうなったら、もはや疑いようがない。
これは、あの箱が何らかの力を使って俺とアヤ姉を外界から隔離していると考えるのがたぶん正解だ。
そうでもなければ、こんなにも長い期間アヤ姉が見つからないはずがない。万一何らかの政治的理由でアヤ姉が黙殺されているとしても、うちの家族、母さんや妹なら、容易に俺を見つけるだろう。それでも俺たちが見つかっていない理由は…。
「タケちゃん。最近、考え込むことが多いね…」
アヤ姉が考えなさすぎじゃね?
そう考えて俺は苦笑した。
今目の前にいるアヤ姉は、CEOになる前の、強いけど、年頃の幼さを残した昔のアヤ姉にどんどん戻っている気がする。
あの頃はまだ手の届く存在だった。
旧アメリカ地区に留学すると言ったときも。
帰ってきたらってそう思えるくらいには。
「タケちゃん、私ね。こうなっちゃったから言うわけじゃないんだけど、ここ最近お見合いばかりしてたんだ。役員の老人たちが、そうしろってうるさくてね」
知ってるよ、とは言わなかった。
でも、驚いた顔も出来なかったからきっとアヤ姉には分かったに違いない。
「嫌だった。もう少し、保留にしておいてほしかった」
「保留にして、どうするつもりだったの?」
自分でも驚くことに、俺は思わずそうつぶやいていた。
何を言っているんだ、俺は。
そんなことをアヤ姉に言って、一体どうなるっていうんだ?
「どう…って…」
赤い光に映し出されたアヤ姉はとても魅力的だ。
その豊かな肢体が、陰影で凹凸を際立たせる。
「それはね。それは…」
アヤ姉が少しづつ俺に近寄ってくる。
手を伸ばせば互いに触れられる距離まで。
アヤ姉の息遣いが聞こえる。
俺の息遣いも、多分…。
「タケちゃん、私ね…」
アヤ姉がそう言って俺の手に自分の手を乗せた。
どくん。
さっきからうるさい心臓が、一層激しく脈打った。
「タケちゃんなら、いいんだよ?」
がばっと、気がつけば、俺はアヤ姉の丸い肩を掴んで砂浜に押し倒していた。
きゃっと短く悲鳴を上げるも、抵抗をしないアヤ姉。
ずっと、ずっとほしかった。
性に目覚めてから、ずっとアヤ姉がほしかった。
でも、アヤ姉の親父さんは俺に言ったんだ。
『守ってやってくれよ』
そう言ったんだ。
俺でアヤ姉を守れるか?
アヤ姉に守られるんじゃなく、守ることが出来るか。
「タケちゃん…」
俺の胸の下に組み敷かれたアヤ姉が、小さなか細い声で言う。
「やさしくして…」
これが俺の願いかよ!
「ごめん…!」
俺は苦労してアヤ姉から体を離す。
倒れた拍子に胸当てが外れて乳房がまろびでたアヤ姉から視線をはずすことも非常に精神力を要した。
「どうして…」
俺は俯く。
目にしたら、きっとほしくなる。
次は、きっととめられない。
「どうしてよっ!」
アヤ姉の言葉が俺に突き刺さる。
俺の魂を揺さぶるように。
そして。
「どうしてよ…」
脳髄に染み入るように。
「アヤ姉、ごめん」
「なんで謝んのよっ!」
駆け寄ってきたアヤ姉が俺の胸板を拳で打つ。
力は少しもこもっていない。
こもっていたのは重たい気持ちだ。
「どうして、私じゃ駄目なの…?」
「違う。違うんだ、アヤ姉」
俺は卑怯なんだ。卑劣なんだ。自分で決めたことを自分で守れない、そんな男なんだ。
「アヤ姉。軽蔑してくれていい。これは多分俺が願ったことなんだ」
「どういう・・・?」
「ここに来る前、パン研で、俺はエルピスにこう聞かれた。『トモキの願いは何?』。もしあれが、願いを叶える神話的埋設物なら辻褄が合う。かつてエルピスは政府から逃げること、庇護者となる人間を願い、箱がエルピスを俺たちの下へ導いた。最初からエルピスが俺に懐いていた事もそれなら分かる。俺は、エルピスの願いだったんだ」
「願いを…叶える…?そんな漠然としたものが…」
「そうでもなければ、俺とアヤ姉がこんなにも長い時間、誰にも見つけてもらえないなんてことないよ」
「でも…なら…」
アヤ姉が俺の胸に手をついたまま俺を見上げる。
今だむき出しのままの乳房が、そっと俺の胸に押し付けられ、アヤ姉の両腕が俺の頭の後ろに回される。
暖かくて、そして柔らかい。
俺の耳のすぐそばで、アヤ姉の唇が囁いた。
「タケちゃんの願いは、何?」
俺の願い?俺の願いはなんだったんだろう。アヤ姉を独り占めにしたい?アヤ姉の体がほしい?心がほしい?
どれも本当で、そして確信ではない。そんな気がする。
「俺の、俺の願いは…」
「私の願いはね…」
アヤ姉の息が俺の耳をくすぐる。
押し当てられた豊満な乳房を通じて、鐘楼の様に高鳴る二人の鼓動が交換される。
「タケちゃんとずっといっしょにいたい…」
アヤ姉の腕に力がこもる。
何年かぶりに聞いた、アヤ姉の素直な気持ち。
それが彼女の体温を通じて俺に流れ込んでくる。
「でも、でもアヤ姉、俺は…」
「ねぇ、タケちゃん。タケちゃんはよく言うよね。俺はアヤ姉に相応しくないって。そんなことないんだよ。タケちゃんがいたから、私はがんばれたんだ」
「アヤ姉…」
「お父さんが死んで、タケちゃんだけがそれまでと変わらず私のそばにいてくれた。タケちゃんがいたから、お父さんの遺志を継ごうと思った。タケちゃんに失望されないようにがんばらなきゃって思った」
「・・・」
「タケちゃん…」
アヤ姉が俺の耳から唇を離す。
腕の力を緩め、正面から俺を見る。
澄んだ、綺麗な目だった。
アヤ姉の目は、昔から少しも変わってない。
昔と同じ、純粋な瞳。
その瞳に涙が滲んでいる。
「好きだよ…、愛してる」
あぁ、俺はなんて馬鹿なんだろう。どうして気付かなかったんだろう。
俺はこの人を誰にも渡したくないんだ。
この人の事が好きなんだ。
きっと何十年もずっと昔から。
何で理由をつけて遠ざけたりしたんだろう。
離れられっこないのに。
俺たちはこんなにも、お互いを求めているのに。
「俺も、好きだ」
「タケちゃ……んんッ…!」
柔らかくて、暖かい唇だった。
俺はその唇を無骨に奪う。
アヤ姉は再び腕に力を込めて俺を抱きしめ、俺はアヤ姉の唇を割って舌を入れる。
渡せない。
渡せるわけがない。
この人を、他の誰かに渡せるか。
たっぷり5分以上も続いたキス。
俺が唇を話すと、アヤ姉の唇が名残惜しそうに突き出される。
いとおしい。
そんな気持ちに、こんなにも長い間気付かなかったなんて。
「アヤ姉…」
「いいよ、タケちゃん」
俺はふたたびアヤ姉を砂浜に押し倒した。
今度は出来るだけやさしく。でも気持ちばかりがはやってしまう。
「私、タケちゃんのものになるんだね」
覚悟をしよう。
俺は昔アヤ姉の親父さんに約束したんだ。
アヤ姉を守るって。
覚悟をしよう。
きっと彼女を守り続けることを覚悟しよう。
「うん…。アヤ姉を、もらう」
「うれしい…」
頬を伝うアヤ姉の涙にそっと口付けし、俺はアヤ姉の乳房に手を添えた。
夜は更け、やがて幸福な眠りが俺たちの意識を深い闇の奥に連れ去った。
「…おい」
むにゃ。アヤ姉、あと五分…。
「おい!起きろ、おい!」
アヤ姉、それはちょっと激しすぎる・・・。なんだ、昨日の仕返しか?少しいじめ過ぎたか。これだから初めてはウブでかわいい・・・
「さっさと起きろ、ばかもん!」
「うわぁ!」
飛び起きた俺は、ごん!と頭を何かに打ち付けた。
「ってー」
「こっちの台詞だ、石頭め。すやすやと心地よさそうに眠りやがって」
「あれ?二階堂のおっちゃん…?なんで?」
「ここは俺の研究所で、仮眠室のベッドだ。何が疑問なんだ何が」
「は?」
確かにそこはどこかの一室だった。パン研・・・なのか?しかし、何故?
あれは全部、夢・・・だったのか?
「俺、二週間も眠ってたの?」
「は?馬鹿かお前は。そんなに寝こけてたらとっくに叩き起こしとるわ。・・・そうだな。小一時間くらいか?お前とアヤちゃんが突然倒れて、あわてて運ん・・・」
「そうだ!アヤ姉は!アヤ姉はどこに・・・」
「なんだお前急に・・・?アヤちゃんならとなりの仮眠室に・・・」
「わかった」
「おい、トモキ!」
何だか体がだるい。
何が起きたのかも分からない。
ただ夢を見ただけだったのか?
それとも・・・?
「トモキ…」
「エルピス・・・」
廊下に出ると、そこには愛らしい少女がいて俺を見ていた。
ずっと俺のことを待っていた。
そんな感じだった。
「エルピス・・・俺の願いは何だった?」
「あの人を守りたいって・・・そう願ってた・・・」
「そうか・・・。ありがとう」
「ううん」
俺はエルピスに礼を言うと、アヤ姉が眠るという仮眠室の前に立つ。
中からは「なんでー」とか「きゃー」とか「た、タケちゃんは?」とか言って慌てる声が聞こえるのでまぁ向こうも起きたらしい。
俺は扉の前で深呼吸する。
こっちの世界でも、俺はきちんと言っておかなくてはならない。
「トモキ・・・がんばって・・・」
「おう」
そう短く答えて俺は扉に手をかける。
扉のノブは冷たく、俺を拒絶するように硬いが気にしない。
俺はこれからもっととんでもない苦労をする覚悟でこの扉を潜るのだ。
さて、ここまで俺の拙い物語を読んでくれた諸君。
生憎とここから先は語れそうにない。
あまりにも気恥ずかしく、そして個人的な物語になりそうだからだ。
きっとそれは誰もが一生の中で通過する物語で、そして俺のそれは人より多少しんどいというだけで、本質的には何も変わらないのかもしれない。
どうか願わくば、俺のそれにも、貴兄らの人生にも、人並みの幸があらんことを。
「アヤ姉!好きだーーーーーー!」
「こ、こんな人が大勢いるところで何を考えてるんだ、お前はっ!」
『有難うございます。こちら総合商社パンドラ剣装部です』
了