「ここ。この層と次の層の境を見てください。うっすらと赤茶けて見えるでしょう?これはヒンドゥ神話系の地層の特徴で、非常にわかりやすい。だから、地層を見極める時にはまずこの赤茶けた層があるかどうかを真っ先に確認します。そうすることでまず最初の絞込みが出来る」
「はぁ…」
平日の発掘現場。だが、俺は配送の為にここに来たわけではない。そもそもこのご時世、基本的に私用車を持つことは恐ろしく金がかかる。今は20世紀の様に膨大なエネルギーを燃焼しながら、個人が好き勝手に移動できる時代ではないのだ。
完全なる多次元神理コンピューティングによって管理された在庫や受発注、あるいはラプラス理論的な受発注予知によって、本来物資の配送に漏れがあることなどあり得ない。
だが時たま鈴木社長の様な神通値の高い人間の考えることはシステムの予知の上を行くから性質が悪い。
まぁいい。それより俺こと武村トモキが、こうして作業事務所の一室に陣取り、スーツを来た数人の男女に神話的埋設物考証学―俗に言う埋神学(まいしんがく)の授業を即興でやっているのは、どちらにせよ俺本来の業務ではない。
自慢ではないが、会社に帰れば山の様な書類が俺を歓待してくれるのである。とっととおさらばして俺の終業時間を一秒でも縮めたい気持ちで一杯である。
俺が内心そう思いながらもにこにこしながら映し出された地層の立体映像を指しながら教鞭を振るっていると、受講者の一人がはい、と手を上げた。
大学出立ての化粧ばっかり気合入ったすっかりスーツに着られたそのねーちゃんは、俺がどうぞと言うと立ち上がって、舌足らずの口調で質問をのたまった。
「ヒンドゥ神話って何ですかぁ?」
俺、もう帰っていいですか?
第四話 神話的埋設物
「おい、お疲れ」
「あー、お疲れっす」
俺が休憩室でぐったりしてると、現場所長が缶コーヒーを奢ってくれた。40絡みのしぶいおっさんは、じぶんもプシとプルタブを空けると俺の隣に腰掛けた。
「タケちゃんも大変だなぁ。事業主さまのお守とは」
「まぁ、これも仕事っすよー」
給料出ないけどな!
パンドラは超巨大コングロマリット企業であり、俺が従事する超末端の剣装部を初めとする、多岐にわたる事業部門を持つ。
その数多ある顔の一つが発掘事業主。
つまり、発掘会社が発掘するための開発資金を提供する会社で、デベロッパーなどと呼ばれる。彼らも当然ボランティアでそんなことやってるわけではなく、そこから得られた神話的埋設物を研究したり、転売したりして事業利益を得るのである。
ちなみにパンドラには巨大研究機関が別会社として存在し、ここで得られた発掘物は無条件でそこが買い取ることになる。グループ内でぐるぐる金が回るわけだ。
本来のデベロッパーは如何に高く発掘物を売り捌くかを考えてなくてはいけないので、当然社員の埋神学の造詣も軒並み深い。
それがうちのパンドラとなると、値段つけるのも調べるのも買い取るのも身内だから、こんな厚化粧しか取り得の無い新卒を現場に寄越したりするのである。
もう、本当勘弁して欲しい。
ということで、事業主説明会を開いても一向に要領を得ないことを知っているうちのグループは、現場所長とも顔見知りで、かつ装剣が使えるので現場に入れて、かつ埋神学にも精通しているという都合のいい人間―つまり俺を、現場に派遣したのであった。
おい部長。たまには断ったらどうなんだ。「わかりましたー、武村くんいってらっしゃーい」とか言って見送ってんじゃない。俺の仕事あんたがやってくれるのか?
あー。愚問でしたね。すみません。
まぁ実際、神話的埋設物に関わる作業は専門性が高い。正直、素人が現場来て独学できる内容ではないのだ。
まず地層の分析から始まり、コンピュータで埋設物のラプラス的事前予知を掛ける。これを前予知と言い、情報が少ないのでまだ精度は粗い。だが大体の工程はこれで立つので、前予知に沿って発掘作業を進める。
神話的埋設物が発生する理屈については諸説あるがここでは割愛する。分かっているのは、それらが兎に角地面に埋まっていると言う現実である。
工事はほとんどがAIを備えた作業機械によって行われるが、その際に湧き出てくるデモンには人の神通値が付与された装剣しか通用しないので、その掃討は人間が行わなくてはならない。
だがいつ出てくるかもしれないデモンの為に、大量の人員を常に抱えておくのでは予算がいくらあっても採算が合わない。だから必然的に人にしか出来ないもうひとつの作業、考証を行う現場作業員が、それらの掃討も担当することになる。
作業員は高給取りだがそれだけの専門知識と、そして戦闘能力が求められる。加えて殉職率は未だに圧倒的であるのだ。
陰では人類最後の3K職と言われている。
さて作業が進み埋設物が発掘されるとごとにそれを考証し、ラプラスの予知をやり直す。これを追予知と言い、ここからが発掘業者の腕の見せ所となる。
ところで埋設物は大抵の場合粉々に粉砕されているケースが多い。
パズルのピースの様に発掘されるそれを、作業者はひとつひとつ慎重に発掘し、ラベリングし、組み合わせ、予知との適合性を元に本来の姿を見出そうとする。
工芸品や武具などは本来の材質と石化状態と半々であるが、これは割合本来の形の予想が付きやすい。
問題は神そのものが埋まっているケースである。
埋設神は100%石化状態で発掘される。だからもともとこれは石像であると主張する学派もあるが、俺はこれを支持していない。
それも大抵は小指の先とか、歯とか、どこかの肉片とかという形で出てくるものだから、そこから予知で再現を試みてもほとんどの場合失敗するケースが相次ぐ。
そこを何とか辛抱強く、時には大胆な想像力を働かせて再現を試みるのである。神とかいう奴らは三面六臂とか当たり前にいるので、事態をさらに複雑にする。
この工程を如何にスピーディに、そして正確に行うかで、発掘物の精度、価値、そして発掘後の研究効率が全然違ってくるのである。
駄目な現場はぐだぐだになって時間ばかりかかるのに仕様も無いものばかり掘ることになるし、いい現場は予知もどんどん精度を上げていくので、加速度的に成果が上がっていく。
何事も最後にものを言うのは、丁寧で誠実な仕事と、人の直観力である。
「タケちゃん、デベの方行けばいいんじゃないの?」
所長が俺にそう言うので、俺は曖昧な笑みを返した。
パンドラのデベロッパー部門、「パンドラデベロップメント」という会社は、パンドラのデベとか、デベの方のパンドラとか呼ばれる。
総じて前述した人材不足に悩む会社である。と言うか他グループで使えない人間の受け皿であるのだが、これを他のデベロッパーが聞いたら血の涙を流して恨まれると思う。
本来デベロッパーは過酷なエリートの職業なのである。
「柄じゃないんですよ」
「まぁ、そうかもな。おっと悪い。考証検討会あるからそろそろ事務所戻るわ」
「俺もそろそろ会社戻ります」
「おう。お疲れ。今日はありがとうな」
そう言って所長は俺に頭を下げていく。
その様に少しばかり魂が報われた気がする。
優しいのはいつも他社の人間ばかりなのは、いつの時代も変わらぬ真理だと思う。
* * *
「おわった…」
会社に戻ると、薄情な部長はとっくに姿を消していた。今頃お気に入りの舞台でも見に行っているのであろう。
エンターテイメントが肥大化した昨今、どんな分野でもライブ性があるものが持て囃される。
ライブ感たっぷりの俺の現実を何とかして欲しいものであるが。
その時、プルルルルルと俺の携帯が鳴った。
メールの着信である。
発信者は石川社長。
とてつもなく嫌な予感がする。
『今、キャバクラ。すぐ来れる?(。-ω-。)ノ☆・゚:*:゚ 』
いい親父が顔文字なんぞ使うな、大体なんだその妙に凝った顔文字はとか思いながら、俺は即効そのメールを削除した。
すると、プルルルルと再びメールが着信する。
発信者は石川社長。
問答無用で削除しようとすると添付ファイルがある。
何だ?
表示するとそれは…、アップで撮影された巨乳の谷間の写真だった。
『キャサリンのおっぱいだぞ(о´∀`о)ノ 』
とりあえず写真を保存してメールを削除する。
さすがに今日は疲れた。
いい加減帰って寝たい。
そう毎度毎度おっぱいに釣られると思ったら大間違いである。
すると三度携帯がプルルルルと鳴る。
いい加減にしろよという気持ち半分。写真に期待する気持ち半分で携帯を見ると、発信者はアヤ姉だった。
『肉じゃが作りすぎたから食べに来る?べ、別にタケちゃんの為に作ったんじゃないからなっ』
ピ、ピ、ピッ、ピッ、ピッ。
メッセージを送信しました。
『今から行きます』
言っておくが俺が釣られたのは肉じゃがだ。おっぱいに釣られたわけではない。