アヤ姉の身体を包んでいた光が消え去り、ティタン殺しの剣ハルパーの剣装がその全容を見せる。
隙なく着こなされていたブラックスーツは神理学的置換作用によって、銀色に輝く真新しい鎧へと変貌していた。
因みに、意匠の設計者が打ち込める装剣のデザインはあくまで剣の段階でのそれにすぎない。
換装後にどういう外観を持つかは、神理理論が密接に絡んでくるので、出来上がるまでどういう外観になるかはわからない。
もちろんある程度の予想はラプラス型の多次元神理コンピューティングによって可能ではある。
だが多くの場合、換装の結果はやはり神のみぞ知るなのだ。
だから、これから俺がいう言葉は設計者と言うより神に向けられた言葉と思ってもらって構わない。俺は神に対して心から賛美とともにこの言葉を送りたいと思う。
グッジョブ、と。
第六話 希望という名の少女(後編)
ハルパーの鎧はどうやら神話のペガサスやペルセウスに意匠的インスピレーションを得ているらしい。
肘から手の甲までを覆う手甲や、白く形のいいアヤ姉の足指の魅力を十分に引き立てるサンダルのような脚半にも、翼を模した飾りが設えられている。
そしてなによりその胸部装甲。
アヤ姉のGカップの魔乳を覆うその装甲は、ちょうど乙女が恥らうような感じで、一対の翼が両側から乳房を包み込んでいた。
しかしその翼の大きさが、アヤ姉にはいささか申し訳過ぎる。
背甲から伸びてきているらしいその一対の翼は、本当にアヤ姉の女性の手くらいの大きさしかないわけであるが、アヤ姉の魔乳を侮ってはいけない。
とてもではないが、自分の手で覆いきれる大きさではないのである。
翼によって持ち上げられる格好になった双球は無防備で、それでいてどこまでも続くほどに深い谷間を惜しみなく見せつけ、その頂だけを隠された乳房の輪郭は丸見えで、裸よりもエロいと言えるかもしれない。
翼が支えるだけのその柔からかなミルクタンクはほんの少しの動きにも敏感に反応してふるると揺れる。
思わず拝みたくなるほどの荘厳さである。
そのまま視線を下に移せば、白い腹部はその美しいラインを存分に鑑賞させるわ、銀のチェーンで結わえられただけの布の前掛けが足元までたなびいてその向こう側にあるであろう女性の神秘に思いを馳せさせるわで、どこの踊り子ですか。どこに行ったら次見れますか、と言った具合の完璧な調和を見せている。
普段はポニーテールに結わえられた長い黒髪が、アップに纏められ、これまた翼を設えた髪飾りで止められているのもポイントが高い。
神様、アンタすげーよ。
「ふむ」
そう言ってアヤ姉は、自分のその魅力的な肢体を包む銀の鎧を見まわし、その場でくるりと回って見せた。
「な!?」
俺はまだ侮っていたらしい。神理学的効果というものを。つまり神様の趣味という奴を。
くるりと背を向けたアヤ姉の背にはやはり翼を模した背甲があり、丸見えのうなじやほっそりとした丸い肩が情欲を掻き立ててくるわけであるがそれより何より。
アヤ姉の安産型のよく鍛えられたヒップ。
それは布製のTバックによって持ち上げられていた。白い布は銀のチェーンを引っ張るようにしてその豊かな丸みを強調している。
これは、つまり…。
ふんどしというわけか。
侮りがたし、神理学的恩寵。
こんな格好で激しく運動したら、色々と危ういものがぽろりしてしまうではないか。
俺は密かに、絶対鈴木社長にもこの鎧を卸そうと心に決めた。
「気に入った。動きやすいし、追随性もいい。それでいて神力の通りがいいせいか、神力で守られている感じがすごく分かる。これは久しぶりのヒットだな。どうだ、タケ――」
そこで初めて、アヤ姉は俺の血走った視線に気付いたのであった。
「ちょっ。馬鹿!やらしい目で見ないでよっ」
「これはまた。立派になったなぁ、アヤちゃん」
「二階堂博士までっ」
これを見せられて、男に見るなと言う方が無理である。俺を初め、二階堂のおっちゃんとその部下達はそろって前かがみにならざるを得ないくらいである。
っていうか鎧に当たって痛い。
え?俺の鎧がどうなってるかって?いたって普通の軽鎧だけど何か?男の格好に興味が無いのは、俺も神様も同じである。
「さて…」
ようやく気持ちと何かが落ち着いた頃には、研究室の壁を完全にぶち抜いて、黒いデモンがその全体像を俺に見せていた。
うーん。何だろう、これは。
普通デモンはその発掘現場の神話層に似つかわしい存在として現れる。仏教系であれば邪鬼の様な姿で出るし、ヒンドゥー系であれば蛇が多い。
ギリシャ系の発掘物であるはずの件の筐体から出てきたこれは、だからギリシャ系の何かだと思うのだが、はて…?
それは俺とアヤ姉に醜悪な姿を悠然と見せていた。その身体の基本は6メートルもありそうな巨大な狗であるのだが、黒い毛に覆われたその体のあちこちから眼や牙や指などが生え出して、メインの首の眼孔の中にもいくつかの眼が犇き、口の中にも二つの下が延びだしていた。
キメラ、だと言われればそれまでであるが、この禍々しい感じはそれだけでは形容しきれない。
まるでこれは、災いそのものの様な。
『ぐぅううおおおおおおおお!」
その時突然。
ソレが大口を開けて俺たちに踊りかかってきた。
「おっちゃん!下がってくれ!」
「分かった。とりあえず警備を呼んでくる!」
そう言っておっちゃんと部下達が廊下を走り去るのを横目で見ながら、俺は装剣を正眼に構える。
「疾っ!」
先手はアヤ姉だった。
豊かな乳房がこぼれだしそうに震えるのも構わず、流麗な無駄の無い動作から発揮された斬撃がソレの肩口をすれ違い様に切り裂く。
『ぐぅぅぅぅぅぅぅぅるるるるるるるる!』
黒い霧のようなものを傷口から撒き散らしながら、警戒するように距離を置こうとするソレ。
しかしその後ろ足を、こっそりと近寄った俺の一撃が切りつける。
『ぎぃぃあああああああああああおおおおおおおん!』
「姑息だな、相変わらず」
「頭使ってるって言ってくれる?」
アヤ姉が呆れたようにそう言うが、真剣勝負卑怯も何も無い。現場では所員が生き残ることが第一である。
「流石に一匹じゃ大したこと無いな」
「油断するな。悪い癖だ」
「へいへい」
俺たちはソレを取り囲むように少しづつその黒い身体を削っていく。だが、揺れる乳とか震える尻とか躍動する太ももとかを鑑賞する余裕すら俺にはある。
「腕を上げたな、タケちゃん」
「まぁ、ね」
たまに現場に出てるから、とは口が裂けても言えないが。
ここでは鈴木社長に感謝と言ったところだろうか。
「そろそろ、か?」
「たぶん」
次が最後の一撃か、とお互いに渾身の神力を剣に込めていた時、二回りは小さくなったそれがソレが、突如爆砕するように弾けとんだ。
「やばっ。瘴気か。あ、アヤ姉!」
「ほらな。油断するからこうなるっ」
ソレの身体は黒い霧となって猛スピードで俺たちに迫ってくる。瘴気と呼ばれる人体にとっての猛毒だ。
あれを吸えば肺から爛れて死ぬしかない。
「アドミニストレイター権限により”パンドラボックス”にアクセス。IDは”アヤコ”。圧縮ファイル”六面結界”の解凍、即時実行を命ずる」
アヤ姉が早口でパンドラのスーパーコンピューターを呼び出す。アヤ姉の社長権限と、装剣で増幅された女性特有の出鱈目な神力があって始めて可能な高速呪法ダウンロード。俺が権限持ってても絶対出来ないと断言できる。
「”六面結界”!」
間一髪。
俺とアヤ姉とが光の壁によって外界から隔離される。瘴気はその壁を境に内側に侵入することは出来ない。
「なんつー再現率。さすがはアヤ姉…」
「いいから、もっとこっちに来い。結界に触れるのは人体にあまりよくない」
そう言ってアヤ姉と密着できたのは、確かに役得であった。
やがて数分で霧は跡形も無く消えた。
施設内の自動浄化装置が働き、瘴気を無害化したのである。
「これが…そうか?」
「どうやらそうらしいけど…?」
霧が消えた後、そこには一つの大きな筐体が横たわっていた。箱からデモンが出てきたのではなく、箱を包むようにデモンが存在していたらしい。
「迂闊に触るなよ」
「わかって―――」
アヤ姉の言葉に答えようとした時、なんとひとりでに箱の蓋が持ち上がった。
「なんだとっ!」
「げ、どうしよう?閉じる?」
俺たちがあたふたとしている間に蓋はすっかり開いてしまい、中から何かがのろのろと起き上がった。
すわデモンか、と俺たちが装剣を握る手に力を込めると、予想に反し、中から出てきたのは無害と思える存在だった。
つまり、長い銀髪で裸の肌を覆う、10歳くらいに見える美少女であったのだ。
「こ、これは、ど、どういう…」
「わからない…」
すがりつくように俺の腕をとるアヤ姉。あ、おっぱい気持ちいい、じゃなくて、神話的埋設物から人が出て来るだと?いや、神理学的置換作用なのか?
少女は寝ぼけた様子でもなく、大きなぱっちりとした眼で俺とアヤ姉を見ている。澄んだ群青の色をしていた。
「き、君は…?」
何人かは分からないので共通語で話しかけてみる。
その言葉の意味を解したのかどうなのか。
少女は自分を指し、そして短くその名を答えた。
「…エルピス…」
それは、希望という意味の言葉である。