石川社長と宮下さんと楽しく歓談しながら酒を飲んだ後。
俺たちは和やかな雰囲気のまま解散することとなった。
社長がキャバクラに行きたがらないかとはらはらしたがそんなこともなく、逆に「武村の家はここから近いから、レイカ、泊めてもらったらどうだ?」などと、ニヤニヤしながら爆弾発言をして来やがった。
俺がおたおたしていると、うっすらと頬を朱に染めながら、「私もいい年ですから、軽はずみなことは出来ませんわ」とふぅわりと微笑する宮下さん。大人である。
「あと、5年若かったら…。なんてね」
そう言って悪戯っぽく笑う宮下さん。
思わずかーっと赤くなる俺。
この人に比べたら俺なんて童貞少年と大差ないのかなぁと、そう思わせる、柄にもなくドキリさせられる笑顔でした。
翌日。
会社に出社するとメールが来ていた。
送信者は…宮下レイカ。その字面を見るだけで、昨日の微笑が思い返される。
内容は、当たり障りのないお礼のメールと…。
『…ということで、「ヴァルハラ」に勤める友人から展示会のチケットを2枚いただきました。今度の土曜日の分です。私としても後学の為是非見に行きたいのですが、生憎趣味を同じくする同僚や友人に恵まれず、もしも武村様さえよろしかったら…』
展示会の…お誘い?
しかしまさかヴァルハラとは。
ヴァルハラは、VRゲームメーカーのトップブランド。5年前に誕生し、以来世界のゲームシーンを席巻する、VR(ヴァーチャルリアリティー)ゲームを実現させた「4エンジェルス」の内の一人、マイケル・ディーゼルマンが指揮する超人気ブランドだ。
その新作展示会はチケットが手に入る確率が、正規ルートでは宝くじも裸足で逃げ出す高倍率であり、転売業者が闇で商う金額など、高級ホテルのスイートルーム並の金額がつくとか何とか。
俺は大学の時このブランドのゲームにはまり、展示会への応募もしたことがあるが、当然と言うべきか、一度もチケットが当たったことはない。
そんなチャンスが、まさか夢を忘れた大人になって巡ってくるとは。
それに。
『展示会のチケットを2枚頂きました』
これはつまり、宮下さんは俺と二人で展示会に行きたいと言うことであり、それはつまり。
で、でででででデートという奴になるのではないでしょうか?
何だろう。
今更この年になって俺がこんなにうろたえるとは。
やはり宮下さんのあの大人な雰囲気が、どうにも俺の調子を狂わせている気がする。
あのアルカイックな微笑。
大人な余裕を見せる穏やかな物腰。
私服だと、あの魔乳は一体どんな表情を俺に見せるのだろうか。
待て!
危ない。
危ないぞ、このパターンは。
俺はこの前、ユキの件で痛い目にあったばかりだ。
流石の俺にも学習能力というものがある。
俺がおっぱいに流されて、ろくなことが起きた試しがない。
俺は深呼吸をするともう一度メールを読み返す。
そして心を落ち着けてから、冷静に、そして慎重にメールを返信したのだった。
第十九話 エレクトリカルパレード(その1)
「ごめんなさい!待ちました?」
「ぜんっぜん、そんなことありません!」
道路の向こうから手を振りながら走ってくる宮下さん。
そんなに走ったら、おっぱいが揺れて俺の目が釘付けになるじゃないですか。
一応展示場に招待されているからか。
宮下さんはドレスアップして現れた。
その艶姿の魅力を、俺の言葉では微塵も表現できないだろう。
チャイナドレス風の赤いワンピースに黒い毛皮のコート。
言ってしまえばそれはそれだけのものだ。
だが、胸元がばっくりと開いたそのワンピースの赤の色合いは、ところどころに漂う雲のように黒が混じりいれられた夕焼けのような印象を見るものに与え、包み込む姿態の危うさを俺に訴えるようだ。
ゆったりとしたようで、それでいて所々がぴったりと肌に吸い付くように作られたワンピースの胸元は布地を押し広げるようにふくらみ、二つの果実が互いを押しのけるように作り出すふっくらとした谷間が、今にも毀れ出てきそうである。
それでいて腰周りはきゅっと絞られて胸のボリュームを強調させ、風にそよぐ様なフレアスカートからは、白い二本の生足がすらりと伸びる。
俺は自分の文章力のなさを今日ほど呪ったことはない。これでも俺が今目の当たりにした女神の美しさの千万分の一も表現できてはいないだろう。
普段のスーツ姿とはまた違う、苛烈な色香を見せ付ける宮下さん。
並みの美人がこれを着たところで、娼婦のような淫靡さを醸し出すのが関の山だろう。
だが宮下さんがこの衣装をまとえば、そこには知性的なエロチシズムとでも言うべきものが色香を伴って漂う。
「ごめんなさい。支度に時間がかかって…」
「そんなことないですよ。時間ぴったりじゃないですか」
「でもお客さんより遅れてくるなんて…。もっと早く来るつもりだったのに」
そう言ってぺろっと少し舌を見せる宮下さん。
「ちょっと気合、入れすぎちゃったかな」
ぐはっ。
やばいやばい。
これやばい。
年上のお姉さんが「失敗失敗」ってな感じで「てへ☆」と笑うその破壊力たるや。
そんな仕草にもふるると揺れる魔乳と合わさってのダブルパンチ。
俺が中学生時代なら、この笑顔だけで2時間はトイレから出てこれないであろう。
理由は聞くな!
「さ。中はいろっか。楽しみだね」
そう言ってごく自然な動きで俺の腕を取る宮下さん。
ごくごく自然に俺の腕に押し付けられるふくらみ。
っていうか寧ろ膨らみに挟み込まれる俺の腕。
すみません。
ちょっとトイレ行って来ていいですか?
「うおおお。すげー…」
会場内に入って俺は思わず簡単の声を漏らした。
そこは、俺のようなゲーム好きにはまさに天国と言える光景が広がっている。
ところ狭し置かれる豪奢なVR用マシーン。
新作タイトルを宣伝する巨大バナーやスクリーン。
ゲームキャラクターを模した格好をしてうろうろするコンパニオン達。
そして、ゲーム雑誌でしか見たことがなかった天才ゲームデザイナー達が記者団の質問に答えるそのセレブリティ。
これだ。
これこそ俺が夢にまで見た理想郷だ。
「ふふふ。楽しそうですね、武村さん」
「あ、あぁ。ごめんなさい。俺一人で舞い上がっちゃって」
俺は頭の後ろをかきながら宮下さんにわびた。
こんな美人を侍らせておきながらどうかしている。
だがエロスとホビーは別バラである。
こればかりはオトコノコの本能と言うものだろう。
「あ。見てみて。デビハンの新作だわ」
「え?あ!本当だ!」
俺は宮下さんが指差した先に思わず駆け寄る。
「デビルハンター」
ヴァルハラが誇る超ロングヒットタイトルである。
魔神(デビル)と呼ばれる敵キャラを身に着けた武具で倒していくと言う手垢のついたアクションゲームでありながら、その操作性のガチさと、実際の身体能力や神通力によってキャラクターの強さが左右されると言う身も蓋もなさから、コアなゲーマーは勿論のこと、一般のユーザーからも幅広い支持を得続けている脅威のシリーズである。
ゲームはやらないがデビハンはやる、という人も多い。
デビハンでは魔神(デビル)を倒すとその素材と、変数である種族値が加算され、新たな武具を作る為に一定以上必要になる。
ほぼ半年に一回新たな魔神が追加され、ユーザーを飽きさせない仕組みになっていた。
ちなみに俺は、大学時代はさんざはまったが、仕事を始めてからは忙しくてやってない。
だが動向だけは注目していた。
今回は、確か種族がひとつ丸ごと追加されると言う超大型アップデートだったはず。
追加される種族は確か。
「『剣神族』ですね。従来の人型種族である『悪魔族』よりも更に剣戟に特化した種族だとか。どんなアクションをしてくるんでしょうね」
俺の隣で宮下さんがそう言って微笑む。いいにおいがして大変に良いですが、ずいぶんお詳しいですね?
「私も昔はまってたので」
そう言ってにこりと笑う宮下さん。
ゲームの趣味を共有できる女…だと!?
どれだけ俺のポイントを稼ぐつもりなんだ。
俺のライフはもうほとんど残ってないよ?
俺が必死に宮下さんの攻撃に耐えていると(?)コンパニオンがにこにこしながらこう言ってきた。
「良かったら体感されますか?」
「い、いいんですか!」
「え、えぇ。その為の展示会ですので」
弱冠引き気味のお姉ちゃんに詰め寄る俺。
「いいですね。やってみましょうよ、武村さん」
そう言って俺の腕を取る宮下さん。
腕を暖かく包み込むおっぱい。
幸せだ。
俺、こんなに幸せでいいのかな。
「何て言うか…。俺ここで死んでもいいかも…」
俺が思わずそう呟いたとき。
背後から、黒い怨念に似たむき出しの刃の様な言葉が差し込まれてきた。
「ほう。ならばここで死んでおくか?」
…え?
すらっとした美しい姿勢でその人は現れた。
胸元が開いた絹のドレス姿で現れたその女性を俺はよく知っている。
多分この人のことは俺が地上で一番良く知っていると言っても過言ではあるまい。
この人の怒気の大きさもまた…。
現れた美女に対して、宮下さんは礼儀をこめて一礼する。
「お会いできて光栄です。匣崎CEO。私カグヅチの宮下と―」
「悪いが女史。私は今、そこのわが社の社員と話している」
「あら、お言葉ですが社長。今はプライベート。それに、武村さんは私がご招待したのですわ」
「…ほお。成る程。いい度胸をしている」
ぶわっと広がるアヤ姉の気。それを涼しい顔で受け止める宮下さん。彼女が一般人でよかった。少しでも神力を感じ取れる人間なら卒倒していてもおかしくない。
現に俺は意識を持っていかれる寸前である。
あぁ、神様。
俺もうゲームもおっぱいもいりません。
だから。
もう家に帰していただけませんか?
「武村主任。私か、この女か。いますぐどちらか選びたまえ!」
家でクリスと遊んでいるはずのエルピスが、何故だか無性に恋しくなったのだった。