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大変恐縮ですが、装剣アーツ編は中断いたします。
何度も書き直したのですが、どうしても面白くならなかったので。
多くの方にご愛顧いただいたパンドラも、テーマに寿命が来ている様にも思えます。
パンドラ剣装部はこの2話で完結とすることにします。
最後まで、どうか本作をお楽しみいただければ幸いです。
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今日も平和なパンドラ剣装部。
昼日中からじゃんじゃん電話が鳴り響き、営業各員が対応に奮闘している。
かく言う俺ことタケちゃんも、受話器を肩で挟みながらメールを打ちながら携帯で注文を出すと言う、ちょっとどうかと思うマルチタスクっぷりを発揮している。
「武村くん。私ちょっとポテチ買って来るね」
我が剣装部の部長がそうのたまって逃げ出そうとしたので、肩をむんずと掴んで書類を押し付けた。
忙しい。
本気で忙しい。
多くの企業や政府にとって、年度末というのは鬼ほど忙しいものと相場が決まっている。
いつの時代も売上とバランスシートは企業の業績に大きく影響を与えてくる。発掘現場も年度末に竣工を併せてくる所が多いので、各種の竣工関係書類やMSDS(製品安全データシート)の準備など、この時期の俺たちは部長の手も借りたいほど忙しい。
「武村く~ん。私のハンコどこだっけ?」
そのカールの袋の下だよっ!
「ふぅ…」
壮絶な午前中が終わり、俺は社食でコーヒーを啜っていた。
政府や企業の発掘関連予算は毎年鰻上り。
当業界は不況知らずの大盛況であるが、毎年どんどん忙しくなるのはどうにかしてほしい。
神話的埋設物の扱いには相応の知識が必要となる為、新卒を戦力化するにも時間がかかるから、人手不足はなかなか解消されないわけだが、大きくなりすぎた会社にありがちな社員教育の画一化が、あまりいい結果を生んでいるとは言えない。
「こんにちわ。少しよろしいですか?」
不意に、綺麗だがどこか機械的な女性の声がした。
俺が突っ伏すようにコーヒーに向かうテーブルの向かい。
そこで微笑を浮かべているのは、うちの秘書課の制服を着た美女だった。
「あぁ、確か社長のとこの…」
「えぇ。貝原と申します」
カールのかかった綺麗な髪を揺らしながら、座っても?というので向かいの椅子をすすめる。
胸は78のBと言ったところか。
ちなみに俺は美乳もいける。
社食はがやがやと賑わっていて、どこか気品ある貝原女子にはあまり似合っているとは言えなかった。俺の周りには騒々しい系の美人が多いので、こういうおしとやかな人と接すると少しきょどってしまう自分がいたりする。
さて、一体何の用件だ?
秘書課の人間と俺の接点なんぞほとんどないわけであるが。
・・・どこぞでフラグが立ったのか?
俺があるはずもない記憶を精一杯にたどっていると、貝原さんがにこやかな表情のままその愛らしい口を開いた。
「本日の社長の予定ですが…」
「は?」
社長?社長ってうちの社長?
「朝10時から赤坂で青年実業家とお見合い。午後一時から品川で政府関係者とお見合い。その後同品川で大手メーカー重役とお見合い。少々時間が空きますが、午後6時、六本木で某大手攻務店社長と…」
「ぶーっ!」
俺は思わず口に含んだコーヒーを噴出した。
な、何をのたまってるんだこの秘書は。
一介の社員に言うようなことか。
っていうか、お見合い?
あ、アヤ姉がお見合い?
「上層部は痺れを切らしています。人気も実力もあり、果断な判断力すら併せ持つ社長は御しづらい存在なのです。名君が必ずしも喜ばれるわけではありません。しかしもちろん、社会やパンドラ自体にとって社長が最良の経営者であることは疑いようがありません」
「…なるほど。爺さんたちは適当な婿を迎えて、会社経営の傀儡としたいわけだ?」
「思ったよりもやや聡明で安心しました」
あれ?この人何気に凄い失礼じゃない?
「僭越ながら申し上げると、どこかの誰か様がもたもたしている為に社長が行きたくもないお見合いに狩り出され、我々秘書課が愚痴につき合わされると言う実害を蒙っております。お陰で先週からの秘書課の残業手当は鰻上り。会社にも地味に損害を与えつつあります」
相変わらずの微笑。穏やかな物腰。やさしくどこか機械的な話し方。
なのに。
「私どもとしてはいい加減にしていただきたいのですが?」
その言葉は物凄い険を込めて俺に突きつけられたのだった。
第二十三話 サバイバル×サバイバル(前編)
「疲れた・・・」
午後11時。
俺はやっとのことで片付いた膨大な仕事に安堵の溜息を漏らしながら、しかし少しも晴れない内心のもやもやに辟易していた。
アヤ姉がお見合いをしている。
昼間に突きつけられたその事実が、どうにも俺を浮き足立たせている。
だからどうだというのだ。
アヤ姉にはアヤ姉に相応しい人がいる。
そう決めて、アヤ姉を好きになるのは止めようと決めたのは俺自身だ。
今更、アヤ姉の脚を引っ張ってどうする。
その時、突然携帯がメールの着信を告げた。何気なく携帯の画面を見て苦笑する。
アヤ姉からだった。タイミングがよすぎるよ。
俺は本文を開いて、そして小首をかしげた後、内容を確かめる為にアヤ姉に電話をしたのだった。
「おお。休日なのに悪いな」
「いや、いいんだけどさ」
翌日の土曜日。
俺は小さなエルピスの手を引いてパンドラ研究所を訪れていた。
二階堂のおっちゃんの要請で、エルピスが出てきた箱を調べる為である。
おっちゃんはわざわざ俺たちを入り口で出迎えてくれた。
あれ以来あの箱はうんともすんとも言わず、神話的アーティファクトとしての特性を何ひとつ示していない。
これまでは他の研究にかかりきりで手が出せなかったが、ここに来て少し手が空いたので、是非ともエルピス立会いで調査をしてみたいとのことだった。
「でも、本当にいいのか?エルピス」
「うん・・・大丈夫・・・」
幼いエルピスはそう言って俺の手をきゅっと握り返した。
そう言えば、これまで気にもしてなかったが、この子の正体は一体何なのだろう。親父と母さんは何かを知っているようだが、俺は特段聞いていない。
ま、いいか。
エルピスがかわいいことにはかわらない。
俺にロリのケはかけらもないが、かわいいということは取り敢えず正義であるのだ。
「あ、来たな、タケちゃん」
そう言ってソファから立ち上がったのはアヤ姉だった。
オフ日である為か、今日は春色のシャツの上にジャケットを羽織ったラフな格好だ。
大きく盛り上がった二つのふくらみにタケちゃんもご満悦である。
この人にシャツを着せると、本当にご馳走様です。
「代表。お休みの日までお疲れ様です」
「た、武村主任もな。ご、ご苦労」
「いい加減、その気もち悪い敬語はやめたらどうだ?」
おっちゃんがあきれたようにそう言う。
そうは言ってもこれはけじめである。
俺が、俺に決めたのだ。
「まぁいい。じゃあさっそく行こうか。部下たちが首を長くして待っている」
そう言っておっちゃんが案内した研究室の一室では、件の箱が中央に安置されていた。
どこにでもありそうな金属製の筐体。
今は口を閉じているその箱から、しかしエルピスは出てきたのだ。
「恐らく、空間移動系の神話的埋設物だとは思うんだがな」
おっちゃんの言葉に俺は頷いた。
ユキが言っていた政府云々のこともあるし、いくらなんでもエルピスがこの箱の中に入ったまま埋められていたということはあるまい。
エルピスは政府の研究機関か何かから、この箱を通じて転送されてきたというのが自然である。
箱にはさまざまな計器が取り付けられ、電気を流してみたり振動を与えてみたりして結果をモニタリングされているが、芳しい結果は出ていなそうだ。
「それで、そのお嬢ちゃんなら何か分かるかとおもってな」
おっちゃんはそう言ってエルピスに視線を向けた。
エルピスは相変わらずの無表情である。
「って言ってるけど、どうだ?エルピス」
俺がそう話しかけると、エルピスはきょとんとした顔で俺を見上げる。
「どう…って?」
「ん?だから、その箱について何か分かるか?」
「【ムネーモシュネー】を使いたいの?」
「何?」
「そ、それがこの箱の名前か?」
突然エルピスから出てきた単語に俺とおっちゃんが反応する。ムネーモシュネー。俺の記憶が確かなら、それは確か、ギリシャ神話の原初の女神の一柱。
名前をつけることをはじめたと言う「記憶」を神格化した神であるはず。
そしてムネーモシュネーにはもうひとつ…。
「トモキが望むなら…【ムネーモシュネー】を起動させる…ねぇ…トモキ。あなたの悩みと…望みは何…?」
「な、何を言ってるんだ、エルピス・・・?」
悩み、それに、望み…?
エルピスの言葉に俺の脳がぐらりと揺れる。
俺の望み。
それは・・・。
その時、ゆっくりと箱が開き始めた。
誰が手をかけているわけでもないのに、突然に、ひとりでに。
そしてその中からまばゆい光がきらめき始めた。
「箱が・・・ひらいただと!」
「何かやばい。タケちゃん!」
アヤ姉が俺の肩に手をかける。暖かい彼女の温度が伝わる。
俺の・・・望み?
「そう…それがあなたの…」
エルピスの声が聞こえた。
彼女は、微笑を浮かべているように思えた。
「トモキ!アヤちゃん!」
最後に聞こえたのは焦りに焦った二階堂のおっちゃんの声で、そして―――それきり俺の意識は光に溶けた。
「ん・・・んん」
眩しい。
誰だこんなに照明照らしてる奴は。
あまりの眩しさに俺は目をこすりながら体を起こす。
光で痛めた目は容易には光景を映し出さないが、それでも周囲がめちゃくちゃに明るいことは分かった。
「んん・・・」
すぐ隣で、女の声が聞こえた。
よく知ったその声は、確かにアヤ姉の声だった。
「アヤ姉、大丈夫?何が起きたんだ?」
「大丈夫だ。それにしても眩しいな。やっと見えてきて・・・」
俺もやっとのことで目を開く。
まず視界に入ったのは青い空。白い雲。そして波が打ち返す輝く砂浜。そして・・・。
そんな砂浜も裸足で逃げ出す神々しい裸身だった。
「あ、ああああ、アヤ姉・・・」
「た、たたたたったたたたたタケちゃん・・・」
アヤ姉の視線がなぜか俺の下半身で硬直してとまっている。
まぁ理由は分かる。
何せ俺は理性では駄目とわかりながら、アヤ姉の全身を嘗め回すように見ているからな。
当然起きてしまう反応というものがある。
「きゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」
アヤ姉が絶叫してその場に座り込んだ。
俺もそれを合図にやっとのことでアヤ姉に背を向けた。
視界に入るのはコバルトブルーの海。
絶対に日本の海でないと断言できるどこまでも続く青。
俺とアヤ姉はどこか南の島にいるようだった。
なぜか一糸纏わぬ姿で。
最終話に続く