「みんな。大丈夫?」
グルン・ドレアス城へと続く森の道。先頭を歩いていた沙月が振り返ってそう言った。
「ええ。大丈夫です」
「私も、まだ十分いけます!」
「希美ちゃんは?」
望は、まだ余力が十分あると言わんばかりに頷くが、
希美だけ返事を返さなかった事に、沙月は心配そうな顔をする。
「……大丈夫です」
「……そう。でも、無理はしないでね。
疲れたらものべーの中で休んでいいんだからね?」
「はい」
頷きながら言う希美に、沙月は微笑を向ける。疲れていない筈はないのだ。
自分達は永遠神剣のマスターとして戦いをしている。
ものべーという動く拠点がある沙月達は、進軍しながら身体を休めることはできるが、
肉体的には休めても、心までは休める事はできない。
戦場で緊張の糸を断ち切る事は、そのまま死につながるのだから。
「望! 沙月殿!」
先行していたカティマが駈け戻って来た。
「敵の増援です。レジアスの街からこちらに向けて、鉾の一団が向かってきています!」
「くっ、敵にはまだそんな余力があるのか?」
忌々しげに呟く望。それでも、すぐに戦士としての顔に切り替えると、
己の相棒である双剣『黎明』を握り締める。
「グルン・ドレアスに向かうには、レジアスの街は何としてでも落とさねばならぬ拠点。
厳しいですが、私が何とか突破口を開いてみせます!」
「……ふう。それしかないわね……」
息をまくカティマと、溜息交じりの沙月。二人とも己の永遠神剣を構えた。
「みんな! 行くわよ!」
「おうっ」
「はい!」
「がんばる」
沙月の号令の元に駆け出す神剣のマスター達。
「……よう。遅かったな」
しかし、カティマが見つけた敵の先発隊とぶつかり合うだろう場所では―――
「やっと、合流できたわね……」
―――すでに、二人の永遠神剣のマスター達が先発隊を蹴散らした後であった。
「……え?」
***************
「タリア! あなた、タリアよね?」
「ええ……」
「そっか……貴方達も、この世界に来ていたんだ……」
「斑鳩をずっと追っかけていたのよ。本当ならもっと早く合流できる予定だったんだけど……
ソルに振り回されたのと、余計な拾い物のおかげでこんなに遅れちゃったわ」
そう言ってタリアが指差した先には物部学園の学生服を着たボーズ頭。
斉藤浩二が、バツの悪そうな顔で苦笑いをうかべていた。
「よ、よう……」
「斉藤くん!」
「斉藤!」
行方不明だった仲間との思わぬ再会に、望と希美は顔を輝かせて駆け寄る。
「よかった~。心配したんだよ……いきなり行方不明になるんだから……」
「……すまなかったな。永峰……」
「何処へ行ってたんだよ斉藤。というか、何でこの人達と一緒にいるんだ?」
「まぁ、その辺の事は長くなるから、後でゆっくり話すよ。
……それより、すまなかったな……世刻。おまえにも心配させたみたいで……」
希美と望に答えながら、浩二はとある人物の前へと歩いていく。
その人物は、目を瞑ったまま腕を組んで仁王立ちしていた。
「沙月先輩! 貴方の斉藤浩二が帰ってきました!
心配かけて、どうも、すみませんでしたーーーーーーーーっ!!!!!」
「すみませんじゃ済まないわよ! バカッ!!!
皆に、どれだけ心配かけたと思ってるのよーーーーーーっ!!」
「ぶっ、ハァーーーーー!」
フルスイングのビンタを受けて宙を舞う浩二。
永遠神剣の身体強化も加えての一撃なので、その威力は半端なものではない。
浩二は吹き飛ばされ、キリモミ回転して木に叩きつけられた。
「す、すいません……後日改めて、斉藤スペシャル2をやりますんで……
今回の事は、どうか……ご勘弁を……っ!」
「「「 それはしなくていい!! 」」」
まさか、神剣の力を使ったビンタで出迎えられるとは思っていなかった浩二は、
無防備なところにこの一撃をくらって息も絶え絶えだ。
これ以上殴られては不味いと、浩二は許してもらうための提案をするが、
それは沙月達三人に声を揃えて却下されるのだった。
***************
「おーいてて、マジでいてー……」
沙月達と合流を果たした浩二は、まだジンジンと痛む頬を抑えながら、
ソルラスカとタリアを加えた永遠神剣軍団の最後尾を歩いていた。
『大丈夫でっか? 相棒』
「これが大丈夫に見えるか? 歯が折れるかと思ったぜ……」
『見えまへんな。けど、ま、良かったやないですか。許してもらえて』
「まぁ、代償として一ヶ月の便所掃除と雑用を申し付けられたけどな……」
はぁっと溜息を吐きながら言う浩二。
その視線の先では、新しく加わったタリアとソルラスカと談笑を交し合う望達の姿があった。
「……それじゃ、この世界から出られないように、
プロテクトをかけた相手は特定できているのね? 斑鳩」
「ええ。確証はないんだけど……
おそらくグルン・ドラスのダラバ=ウーザだと私は思っている」
「それじゃ話は早ぇ! グルン・ドラスに攻め込んだら、
そのダラバってヤツをやっちまおうぜ!」
「お待ちください。ダラバも永遠神剣の遣い手です。
貴方達がどれだけ自分の腕に自身があるのか知りませんが、油断は禁物です」
鼻息の荒いソルラスカをカティマが嗜める。
望は、タリアとソルラスカを見ながら、ずっと疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。
「……なぁ、二人は沙月先輩を追ってここに来たんだよな?」
「ええ、そうよ。斑鳩は私達『旅団』の一員。
仲間が窮地に陥っているのだから、助けに来るのは当然のこと。
……私達は『光をもたらすもの』とは違うわ」
「光をもたらすもの? 何だそれ? 沙月先輩は知っていますか?」
「さ、さぁ……何なんでしょうね?」
明らかに誤魔化している様子の沙月に、望はハテナ顔をうかべる。
その後方では、浩二がブッと咳き込みそうになるのを必死に堪えていた。
「……ゴホッ、ゴホッ」
『光をもたらすものって……アレやろ?
エヴォリアっちゅー女と、ベルバルザードとかいう鎧武者』
「あ、ああ……たぶん、そうだな『光をもたらすもの』なんて
洒落た名前の奴等が、他にもゾロゾロいるとはおもえねーし……」
『ん~~どうやら、タリア女史の言葉から察するに、彼女達の組織『旅団』は、
あのエヴォリアやらベルバルザードと敵対してるみたいやな?』
「みたいだな……」
そして、浩二はエヴォリアに『光をもたらすもの』に加わらならないかと誘われている。
あの場はベルバルザードが襲ってきた事によりうやむやになったが、
まだエヴォリア本人にはYESともNOとも言っていない状態であった。
『やれやれ。なーんかキナ臭くなってきましたなー
もしかして、このままいくと……そのうち『旅団』という所と、
『光をもたらすもの』とか言う奴等の戦いに巻き込まれるんやないですか?』
「たぶん、そうなるだろうなぁ……この流れだと……」
なにせリーダーである沙月が、その旅団の一員だ。
『……もしも、巻き込まれるようなら、相棒はどっちに加担するんでっか?』
「―――は? 何故そんな事を聞く?
物部学園の一員である以上、沙月先輩の方に力を貸すに決まってるだろ?」
『相棒……答えをすぐに出すのは早計でっせ。
今の状況をやな、よーく考えておくれんなはれ……』
何やら含みのある言い方をする『最弱』に、浩二は思案顔をする。
すると『最弱』は、浩二を焦らすつもりないらしく、あっさりと懸念していた事を口にした。
『斑鳩女史が『旅団』という所の一員であり『光をもたらすもの』と戦っているのなら……
物部学園にミニオンが襲ってきた事から始まるこの騒動―――
その二つの組織により、仕組まれたモノだと思いまへんか?』
「―――っ!!」
浩二の動きが止まる。そう言われればそうだ。
沙月は自分達と同じく事件に巻き込まれた側だと思い込んでいたが、
あのミニオン強襲が『光をもたらすもの』の仕業と考えれば、
それと敵対する組織の沙月は、むしろ自分をこのような場所に巻き込んだ側である。
「もしも、沙月先輩が『旅団』の命令で物部学園の生徒をやっているのだとしたら……
ミニオンが物部学園に現れた理由が、敵対する組織の一員である沙月先輩を襲ってきたのだとしたら……」
『そうや。斑鳩女史は、自分の都合でワイらをこんな世界に連れてきた元凶って事になりまんねん。
すなわち、加害者側や。それも、今までソレについてはなーんも説明しぃへんで、
私も被害者なんですぅ~って顔で、ぬけぬけとワイらの行く先を決めとる事になる』
「くっ―――」
言葉を詰まらせ、呻く浩二。
「けど、まだ……そうだと決まった訳じゃ……」
『そやな。疑わしいだけで、まだ決まった訳じゃあらへん』
「……ああ」
斉藤浩二が最も嫌う事は、第三者により勝手に物事を決められる事である。
それが、運命と言う名の大いなる世界の意思であろうと、人の意思であろうと関係ない。
―――自分の道は、自分で決めたいのだ。
たとえ、自分が選んだ道が間違いであっても構わない。
悪と呼ばれる道であったとしても、誰かを傷つける道なのだとしても……
それが自分が選んだ道であるのなら納得できるから。
『だから、な……相棒。敵味方を今決めてしまうんやなく……ゆっくりと考えようやおまへんか。
このままなし崩し的に『旅団』とか言う組織の一員にされてしまうようなら、
エヴォリアの誘いに乗り『光をもたらすもの』に加わるのも手やで?』
「フン。アイツだって、よく判らん組織の一員だろう?」
『そうや。けどなぁ、相棒……少なくともエヴォリアは、なーんも説明せーへんで、
なし崩し的に『旅団』の一員にしようとしている疑いのある斑鳩女史や、タリア女史と違って、
真正面から相棒に、仲間にならないかと声をかけてきた。
その点では、エヴォリアの方が相棒という個人の意思を尊重しとるで?』
「……ああ」
小さく頷く浩二。確かに、その点においてはエヴォリアという女を認めてもいいだろう。
斉藤浩二という人間を認め、必要だから力を貸して欲しいと正面から頼んできたのだから。
『……まぁ、結論を急ぐことはあらへん。まずは様子を見ようやおまへんか。
この先、斑鳩女史が『旅団』と自分の関係について、洗いざらい話してくれて―――
その思想と目的に、相棒が共感できるならばそれでよし』
「………」
『けれど、ワイらに何の説明もせんと、このままなし崩し的に『旅団』に加えようとしてきたら、
エヴォリアの話を詳しく聞いてみるっちゅー選択もあるという事を頭に入れておいて欲しいんや』
「……そうだな。あるとは思いたくないが、先輩や『旅団』という組織が、俺の―――
斉藤浩二の意思を蔑ろにするのなら、俺は自らの誇りと尊厳の為に決別する」
浩二の瞳は強い意志の力を宿していた。
そこから流れ込んでくる力を『最弱』は心地よく感じている。
何故なら、このような反逆の意思こそが『最弱』が己の主に求める力なのだから。
「俺が従うのは……俺自身の意思だけだ!
自分の心を裏切るくらいなら、死んでしまったほうがいい!」
『そうや……そうやで、相棒……認められないモノを、無理やりに認めたらあかん。
反逆するんや。世の全ての理不尽に『何をヌカシよるドアホ』とツッコミいれたるんや!
それでこそ『反永遠神剣・最弱』のマスターやでーーっ!!」
***************
沙月達、物部学園の永遠神剣のマスター達に加え、
タリア、ソルラスカという『旅団』の永遠神剣のマスターが加わった事により、
『剣の世界』を舞台に繰り広げられる戦争は、
カティマ・アイギアス率いる新生アイギア王国軍が趨勢を決しようとしていた。
グルン・ドラス軍の重要な拠点は、全て新生アイギア王国軍に押さえられ、
かろうじて抵抗を続けているグルン・ドラス軍の残党も、数日もしない内に滅ぼされるだろう。
だが、これで戦争が終わったとは誰一人として思っていなかった。
グルン・ドレアス城には、まだ敵の総大将ダラバ=ウーザが残っている。
第六位の永遠神剣『夜燭』のマスターである彼を倒さずして戦争は終わらない。
何故なら、ダラバには一人にして新生アイギア王国軍を滅ぼす力があるからだ。
永遠神剣のマスターの力は『剣の世界』における一国の軍隊のそれに勝る。
事実、アイギア王国はたった一人のダラバと、その部下である『鉾』によって一度滅ぼされているのだ。
故に、城を完全に包囲する兵士達も戦闘態勢を解いてはいない。
次々と襲い掛かってきた『鉾』の攻撃も止まり、矢の一本たりとも射掛けてこなくなった今でも、
緊張の面持ちで総大将のカティマの言葉を待っている。
カティマは、後ろに沙月達を従えて一歩前に進み出ると全軍の前で宣言した。
「これより、グルン・ドレアス城に突入し、暴君ダラバを討ちます!」
凛とした力強いその言葉に、兵士達はどっと歓声をあげる。
ビリビリと伝わってくる声の振動を一身に受けてもカティマは動じない。
女王として真っ直ぐに受け止め、しばらくは兵士達の思うがままに叫ばせている。
「……カティマさん……すごいね。望ちゃん」
「ああ。そうだな……」
耳打ちしてきた希美に生返事を返しながら、望はじっとカティマを見つめていた。
本当に凄いと思う。自分と然程変わらぬ歳であり、しかも女性でありながら、
カティマは『王』として毅然たる態度を保っている。
「………」
腕が、ゆっくりと上げられた。それと同時にピタリと止まる声。
それだけで彼女のカリスマがどれ程のモノであるのかが伺える。
「突入するのはこの私と、後ろに控える六人の天の遣い。
グルン・ドラス軍と我等の戦いは、勇壮なる兵士諸君の奮戦により勝利を収めました。
これより先は、永遠神剣の遣い手たる私とダラバ―――
カティマ=アイギアスと、ダラバ=ウーザの戦いです!」
数千の瞳がカティマを見つめている。
静かに、固唾を呑んで自らの王の言葉に耳を傾けている。
「約束しましょう。必ず勝利する事を! アイギア王国の旗をあの城に掲げん事を!
だから、信じてください。私を―――カティマ=アイギアスと、我を守護する天の遣い達を!
これより、暴君ダラバを討ち、この国に平和を取り戻して参りますッ!」
そう言って、カティマは胸を張り手を広げた。その瞬間に、ドッと湧き上がる歓声。
先程とは比べ物にならない熱気が広がっていた。
「行きましょう! ダラバは私が倒します。そこまでのお力をお貸しください」
「ええ。露払いはまかせてちょうだい」
「カティマさんには指一本触れさせないよっ!」
ドンと胸を叩く沙月と、笑顔の希美。
「ま、俺もこの世界を牛耳る将軍サマとは戦ってみたかったけど、ここはアンタに譲るわ」
「まぁ、アンタじゃ返り討ちに合うのが関の山だけどね」
「なんだとタリア!」
ソルラスカとタリア。
「俺はあまり力になれなかったけど……
出来る限りの手伝いと、応援ぐらいはさせて貰うよ」
浩二。
感謝の言葉と共に、彼等の横を通り抜け―――最後の人物の前に立つ。
「……望」
カティマがその名前を呼ぶと、望はスッと手を上げた。
それがどんな意図であるのか察したカティマは、くすっと笑って自分も手をあげる。
「道は、俺達が切り開くよ……」
「はい……」
「信じてる。俺は、カティマが絶対に勝つって信じてる」
「はい」
「カティマは一人じゃない。後ろには仲間が居るって事―――忘れるなよ?」
「はいっ!!!」
―――パァンッ!!!
手と手が重なり合う。横をすれ違う瞬間、目と目が合うと二人は笑いあった。
その時カティマが見せた笑顔は、他の皆には背を向ける形となっていたので見えていない。
だからそれは、望だけが見た、望にのみ向けられた笑顔。
「………タハハ」
綺麗なんて言葉では足りないくらいに美しくして、
可愛いなんて、陳腐な言葉では表せられない程だと望は思った。
そんな笑顔が一人占めできた事に、望の顔が少しだけデレる。
「む~~っ!」
「の・ぞ・む・く~ん?」
勿論、そんな顔をした望を二人の恋する少女は許すはずも無く―――
「斉藤くん。ちょっとソレかして」
「え? あ、はい。ドウゾ……」
「ありがと」
「―――ちょっ、希美!? 沙月先輩!?」
「望ちゃんのぉ~~っ!」
「「 バカーーーーッ!!! 」」
―――沙月にハリセンで頭をぶっ叩かれ、希美のアッパーカットで宙を舞うのだった。
「あれーーーーーーっ!!!」