玉座を背に、黒い男が立っていた。
漆黒の鎧を身に纏い、黒のマントを肩にかけた浅黒い肌の男。
その顔にはクロムウェイのような額から頬にかけて引かれた一筋の傷跡。
彼こそがグルン・ドラスの王にして、第六位の永遠神剣『夜燭』のマスター、
ダラバ=ウーザその人であった。
「よく来たな……カティマ・アイギアス」
「ダラバ将軍……っ!」
「私がせっかく試練を与えてやったのだ。
少しぐらいは『心神』を使えるようになっただろうな?」
「―――っ! 試練? 試練ですって!?
それでは貴方が『鉾』を使い、無辜の人々を殺めた理由は、私への試練だと言うのですか!」
怒りに顔を歪ませるカティマ。
彼女が感情のままに神剣に構えようとすると、
いつのまにか隣に来ていた浩二に手を押さえられる。
「熱くなったら駄目だ……カティマさん。
感情的な怒りは、冷静な判断を奪わせる。ぶっ殺すと決めた時は冷徹に、だ」
「斉藤殿……」
その言葉で落ち着きを取り戻したカティマは、剣を下ろして再びダラバと向かい合う。
ダラバは、そんな二人のやり取りを興味深そうに見ていた。
「フム……感情的な怒りは、冷静な判断を奪わせる。
殺すと決めた時は冷徹に、か……なかなか良いことを言うではないか。
カティマよ、貴様よりもそこの男の方が、戦士としての心構えができておるのではないか?」
「黙りなさい! 貴方にそのような事を言われたくはありません!」
「クックック……力を鍛える機会を与えたとて所詮は女。こんなモノか……
……まぁ、よい。それでは我等に課せられた血の運命に従い、決着をつけようか」
そう言って、ダラバは背中に刺していた大剣を抜き払う。
その瞬間。風音と共に、玉座の間に突風が吹いた。
「ダラバ将軍……戦う前に、一つだけ……教えてください」
「……何だ?」
「アイギア王家は貴方の一族を滅ぼし、アイギア王家は貴方に滅ぼされた……
私達は、お互いに大きな……大きすぎる傷を負った……」
「………」
「その傷は古傷として、お互いの恨みは水に流すという選択は無かったのですか?」
「……フッ。何を言い出すのかと思えば……
貴様はまだ、物事の本質を理解してはいないようだな?」
カティマの問いに嘲笑を浮かべるダラバ。
「この世界には神剣が二つ。すなわち世界を統べる力が二つあるという事だ。
……ならば、ぶつかり合うは必然であろう。何故なら世界に二人の覇者はいらぬ。
たとえアイギア王国が我が一族を滅ぼさずとも、いずれはこうなった事であろうよ」
「それは―――っ!」
「アイギア王国が我等の一族を滅ぼしたのは切っ掛けにすぎぬ。
それにより、確かに私はアイギア王国を恨みもした。だが、その感情さえも……」
言いかけた言葉を途中で飲み込み、ダラバは再び神剣を構える。
それに習うようにカティマも神剣を構えた。
「今更言ったとて詮無き事か……
だが、これだけは覚えておけカティマ・アイギアス!
ヒトは皆―――運命の奴隷という事だ!」
叫び、地を蹴るダラバ。
大上段から風を切り裂き振り下ろされる神剣。
カティマは己の神剣でその斬撃を受け止めると、反り身の性質を利用して威力を受け流す。
反撃の横薙ぎ払いを振りぬいた時には、ダラバは大きく後ろに跳んでいる。
こうして、この星の覇者を決める戦いが始まった―――
*************
―――結末を知っている。
そう感じたのは何時の日であっただろうか?
ダラバはカティマの剣を弾きながら考える。
「はああああっ!!!」
気合と共に振るわれる『心神』の一撃を『夜燭』で弾き返した。
すると、その動作までも自分は知っていたのではないかと思えるのだ。
……今になって考えてみれば、可笑しな話であった。
自分が心から覇権を求めるのならば、
このようにカティマが神剣のマスターとして成長するのを待つ事はなく、
力の無い子供のうちに殺しておけば良かったのだ。
たとえば一つの村の人間を人質にとり、
「貴様が『心神』と共に自分の前に現れねば殺す」とでも布告を出せば、
この真っ直ぐな気性の少女は、周りが止めても自分の前に現れたであろう。
そうすれば殺せた。確実に殺せた。なのに自分は最後までそんな手段を取ることはなく、
むしろカティマを鍛えるように『鉾』を繰り出して、彼女に実戦経験を積ませてきたのだ。
―――それは何のため?
「許さないっ、貴方は……絶対に、許さない!!!」
主の感情に答える為か、カティマの振るう『心神』に籠められた力は強くなっていく。
「フン。この程度で……私を倒せると思うな!」
「―――っ!」
押し返すように斬撃を放った。
それを受け止めたカティマは大きく後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
この展開さえも―――
自分は知っているような気がするのだ。
何故だと思うと同時に、それは決められた事のように遂行する自分が居る。
「カティマ!」
双剣の少年が叫んだ。
「まだ、やれます……」
駆け寄ろうとする双剣の少年を手で制止させ、カティマは神剣を杖のようにして立ち上がる。
しかし、膝に力が入らないのか呻き声と共に崩れ落ちた。
「―――っ!」
「まて、望! カティマはまだ負けちゃいねぇ!」
それを見た双剣の少年は再び駆け寄ろうとするが、
爪の形をした永遠神剣をもつ少年に肩を掴まれて止められていた。
―――全て知っている!
何なのだコレは? どうして自分は、何かをする度に『こうなるだろう事』を知っていた気になるのだ。
これは、永遠神剣の力を引き出す事により身体を侵食される感じとは違う。
もっと別の、人知では計り知れぬ力が―――
「……そろそろ決着をつけようか。
次の一撃で、どちらの神剣が上であるのか証明してみせる」
「……望む、ところです……っ!」
自分が神剣を正眼に構えると、カティマも神剣を構えた。
大地を蹴る。床下を踏み抜かんばかりに蹴りつけ、閃光のように一足飛びで間合いを詰める。
「はああああああああっ!!!」
カティマが神剣の切っ先を向けて飛び掛ってきた。
突き。自らを矢にするように、気合を発しながら懐に飛び込んでくる。
振り下ろした神剣が頭を捕らえた。頭蓋から両断。
そう思ったのだが、振り下ろした神剣は宙を切っていた。
「ぐむっ……!」
口から呻きが漏れる。胸が熱い。マグマが当たっているようだ。
「……勝負……ありましたね……」
胸元から静かな呟きが聞こえた。視線を下に向けると金色の髪。
『心神』を自分の胸元に突き立てているカティマがそこにいる。
口から溢れ出た血が滴り落ちた。その滴はカティマの頬に落ち、赤い筋を作る。
「やはり……っ……こう、なった―――か」
この後は、おそらく―――
*************
「カティマ!」
全身の力が抜けたかのようにダラバが倒れると、
戦いの余韻に浸っているのか、呆然と立ち尽くすカティマに望が駆け寄る。
それに続くように、沙月達もカティマに駆け寄った。
「大丈夫? カティマ。貴方が勝ったのよ」
「カティマさん!」
「……え? あ、はい。そ、そうですね……」
沙月と希美が呼びかけると、カティマはハッと意識を取り戻したような顔をする。
「みんな。油断をするのは早いわ。
ダラバはまだ生きている。神剣が消えていないのがその証拠よ」
「お、それなら止めを刺しておかないと」
タリアが注意を促し、ソルラスカが答えようとしたその時であった。
どこからか女性の声が聞こえてきたのは―――
「―――そうはいかないわ。その身体は、今から私達が使うんだから」
その声と共に現れたのは『剣の世界』には珍しい、異国の装束を纏った少女。
少女はどうやって現れたのか、気がつけば倒れたダラバの近くに立っていた。
「っ! みんな、離れろ!」
少女の姿を視界に入れた瞬間。ソルラスカが大声で叫ぶ。
すると、弾かれたようにカティマ達は後ろに跳んだ。
「お、おい。誰なんだコイツ……」
「まさか、ダラバの部下? まだ残っていたなんて!」
「違う。ソイツはダラバの部下なんかじゃねぇ……」
望と希美の言葉に、ソルラスカは神剣を構えながら答える。
その隣では、タリアも薙刀の形をした神剣を構えて少女を睨みつけていた。
『相棒……』
「ああ……」
一人だけカティマに駆け寄らなかった浩二は、
離れた場所で『最弱』を構えて辺りの様子を探っている。
ここに少女―――エヴォリアが現れたのなら、ベルバルザードもいる可能性があるからだ。
「エヴォリア! まさか『光をもたらすもの』がこの世界に来ていたとはな……」
「それはこっちの台詞よ。旅団がこの世界に干渉してくるなんて予定外だわ」
「……けど、これで合点がいったぞ。ダラバに『鉾』を提供していたのはオマエだな?
光をもたらすものは、この世界も滅ぼそうとしていたのか!」
「そうよ。もっとも『していた』では無く『している』だけどね?」
そう言って足元のダラバに手を翳すエヴォリア。
すると、不可思議な文様が光となって現れる。それを見て顔色を変える沙月。
「―――いけないッ! あの呪文は……」
『あかん! 相棒、跳べ! ワイをダラバに叩きつけるんや!』
沙月と同じように、その光景を見ていた最弱』が大声をあげた。
その声により、浩二の存在に気づいたらしいエヴォリアは、あらと言わんばかりの顔をする。
「貴方……えっと、名前はなんて言ったかしらね?」
『何やっとるんや相棒! 訳はあとで話すさかい。今はワイの言うとおりにするんや!』
「お、おう!」
何故だか必死な『最弱』の言葉に従い、
浩二は神剣を構えながらダラバとエヴォリアの所に跳躍した。
「へぇ……止めるつもり? けど―――もう遅いっ!」
それが自分への攻撃だと思ったらしいエヴォリアは、跳んで後ろに下がる。
「ちいっ! 逃げられたぞ。最弱ッ! 追うか?」
「一歩遅かったわね……これで、全て完了……
ダラバは、私達の意思に従って動くようになったわ」
「なにっ!? いったいダラバに何を―――」
「ふふっ、それはすぐに解るわ」
神剣を構えるカティマに微笑を向けながら言うエヴォリア。
浩二は『最弱』の指示どうりにダラバの元へと跳躍したが、
事の展開がイマイチ読めずに呆然としていた。そんな浩二に『最弱』が声をかける。
『………よしゃ! 相棒。まだ間に合いそうや!
ワイに思いっきり力を籠めて、ダラバのアタマを叩いたり!』
「……は?」
『ええから! ここは従っておくんなはれ! 間に合わなくなる!』
「―――チッ。さっきから注文が多いな! わーったよ、クソ!」
浩二は最弱に力をこめて振りかぶると、渾身の力をこめて『最弱』をダラバの頭に振り下ろす。
すると、スッパーーーン! と景気のよい音が一面に響いた。
「…………」
「…………」
「…………」
浩二の不可解すぎる行動に、全員が唖然としている。
この時、皆が思った言葉は揃って「なにやってるんだ、この馬鹿は」である。
その中で、一人だけ別の意味で顔を変えた人物が居た。
「―――え!? 嘘……」
エヴォリアである。信じられないと言う顔で、
浩二とその手に握られている『最弱』を凝視している。
「貴方……何をしたのっ!!」
「……何って……その……ツッコミ?」
自分でしておいて疑問系の浩二。
そんなマスターを補足するように、手許の『最弱』が声をあげた。
『……あんた、エヴォリアはんって言ったな?』
「偽物神剣……っ!」
『あかんでー! こんな邪悪な術を使っちゃ。
魂を操るなんて理不尽な事されちゃ、ツッコミをいれざるを得ないやんけ』
「ツッコミ? ツッコミで私の術を打ち消したというの!?」
叫び声をあげるエヴォリア。それはそうだろう。
何故なら、そんな方法で術を解除する存在など、広い世界を探しても何処にも無い。
『今回の所はワイらの勝ちや!
さっさとケツまくった方がええんとちゃいまっか?』
「―――くっ!」
憎々しげな表所を浮かべて浩二と『最弱』を睨むエヴォリア。
ダラバ=ウーザという永遠神剣の遣い手を、手中に収めんが為に計画してきた全てが、
最後の最後で思いもよらぬ伏兵に妨害されたのである。
「貴方……名前は?」
「平山あやヒマラヤで平謝り、だ」
『――ちょっ! おま』
「覚えておくわ。ひまらやらやひらま―――くっ!
ひらやままや―――くっ! ちょっと、その名前嘘でしょう!!!」
「ばれたか」
「……そのフザケタ偽物神剣と言い、そのマスターといい……
とことんまで私をなめてくれるわね……」
「照るな」
「褒めてないっ!」
キッと睨みつけながら言うエヴォリアを見て、浩二は内心でほくそ笑んだ。
先日は会話の主導権をとれらが、今回は『最弱』により計画を崩され冷静では無いのか、
自分が主導権をとっている。
「まぁまぁ、落ち着けよエヴォリア。
気になる男を前にして上がってしまう乙女心を解さぬほど、俺は朴念仁じゃないぜ?
とりあえず携帯のメアド交換から始めようぜ?」
「……あなた、馬鹿でしょう?」
「チッ」
流石にやりすぎたのか冷静になってしまったようだ。舌打ちする浩二。
その時であった、気配を消して後ろに回りこんでいたタリアが斬りかかったのは。
「―――っ!」
近づいてきた殺気に身を翻すエヴォリア。
「討ち損じたっ! ソル!」
「うおらああああ!!!」
間を置かずに攻撃を繰り出すソルラスカ。
エヴォリアは舞踏のようなステップを取りながら、その攻撃をすべてかわしている。
「ここで討ち取らせてもらうぞ! エヴォリアーーーーッ!!!」
張り付くようにして、間合いを取らせないソルラスカの連続攻撃がエヴォリアを襲う。
そこにタリアも加わり、エヴォリアは防戦一方の展開を強いられている。
エヴォリアの表情からいつもの余裕が消えている。ソルラスカは殺れると思った。
「はああああああっ!!!」
神剣に力を籠めて渾身の一撃を放つ。
「―――フッ!」
しかし、それこそがエヴォリアの待ち望んでいた隙であった。
サッと横に身体を反らし、体制が崩れたソルラスカに腕輪型の神剣から光弾をくらわせる。
「ぐわっ!」
「ソル!」
ソルラスカが吹き飛ばされた。それを見たタリアに一瞬の隙ができる。
まずいとすぐに気を持ち直そうとするが、その一瞬を見逃すほどエヴォリアは甘い敵ではなかった。
タリアも光弾の一撃をくらわされて吹き飛んでいく。
「じゃあね」
それ以上戦う意思は無かったのか、エヴォリアはそう言って身を翻す。
ソルラスカがまてと制止の声をかけた時には、
エヴォリアの姿はスッと背景に溶け込むように消えていた。
「ちくしょーーーーーー!!!」
そして、後には雄叫びをあげながら地面を拳で叩くソルラスカと、
はぁっと溜息をつきながら埃を払うタリアが残されるのであった。
***************
「ククッ……」
ダラバ=ウーザは、自分がカティマに刺し貫かれた後の一連の騒動を倒れながら見ていた。
その顔には笑みが浮かんでいる。自分が『知っていた』結末とは違う形になったからである。
「ハハハハ―――」
「ダラバ!」
「な、こいつ! まだ生きていたのか!」
突然笑い出したダラバに、カティマと望が慌てる。
神剣を構えて倒れたままのダラバを見るが、ダラバは起き上がってくる様子はなかった。
「まさ、か……このような結果になるとは、な―――」
死ぬ前に、消える前に、このような事が起こるとは……人生とは解らないモノである。
ダラバが永遠神剣の主となった時からずっと感じていた既知感が、死の間際になって外れのだから。
「不可思議な、神剣の主よ……ゴフッ―――」
「……俺のことか?」
「……ああ……」
口から血を吐きながら言うダラバに、浩二は自分を指差す。
「感謝する……と、言っておこう……」
「―――は? 俺、アンタに感謝される事をした覚えねーんだけど……」
ずっと自分を悩ませていた『既知感』と言う悪夢から自分を救い出してくれてとは言わない。
故に浩二は心底ワケが解らないという顔をする。
「カティマ……アイギアス―――」
「何ですか?」
「……この助言、は―――この私を倒した貴様への褒美だ……」
命の炎が消えようとしているのを示すように、ダラバの永遠神剣『夜燭』が消えかかっていた。
それを見たカティマは、暴君とはいえ、王だった男が残す最後の遺言として聞こうとする。
その後、ダラバは途切れながらの言葉を最後まで言い切ると、首を横に向けて力尽きた。
永遠神剣『夜燭』と共にその姿が光となって消えていく。
「ダラバ……」
宿敵であった男が最後に残した言葉に、カティマは複雑な顔をうかべる。
最後に残した言葉の意味がよくわからなかったからだ。
『何があっても、絶対にあの男を傍から手放さない事だな』
それが、ダラバの残した最後の言葉であった―――