新生アイギア王国王女・カティマ=アイギアスにより、
グルン・ドラスの暴君ダラバ=ウーザが倒された翌日。
アイギア王国内では、国を挙げての祝勝会が行われていた。
この戦争の鍵ともなった沙月達、永遠神剣のマスター達はもとより、
物部学園の生徒達も最上級の客としてグレン・ドレアス城に招かれ、もてなされている。
そんな中で浩二は、己の神剣である『最弱』に誘われて、一人別行動をしていた。
「……ったく、何処に連れて行こうってんだよ?
せっかくのご馳走をフイにしてまで……」
『すんまへん。万が一にも誰かに盗み聞きされんところで、
どうしても相棒に話しておきたい事があるんや』
「オマエがそこまで言うのなら付き合うが……それにしても離れすぎだろう。
もう、城から出て外だぞ? まさか、おまえの話しって……
俺に、物部学園から去れとか言うんじゃないだろうな?」
『去りたいんでっか?』
「今の所そんな気はねーよ。ついでに、この国に残るつもりもねー」
この国に残れば、それなりに自分は富貴を手にする事がきるだろう。
なにせ偽物の神剣で『最弱』とはいえ、神剣による身体強化ができる浩二は、
この国ではカティマに継ぐ実力者という事になる。
更には天の遣いの一人という名声まであるのだ。
『そやな。相棒と一緒にこの国で一旗あげるというのも面白そうやけど……』
「ああ。まだ、ダラバのグルン・ドラス軍の残党は残っているだろうしな。
上手く立ち回れば、まだ土台の固まっていない新生アイギア国を覆せるぜ。
そしたら俺がこの国―――いや、この星の王となるのも夢ではないかもな?」
『おおう。一国一城は男のロマンやけど、星の支配者でっか!』
「戦いでカティマを破るのは難しいだろうが、謀略を用いて葬るのは難しくないだろうぜ?
こーいっちゃ何だけどよ……クロムウェイさんも、その側近も何処か甘ぇよ」
『そやな。まずは『鉾』を全て失ってもかまわんぐらいに全力で投入し、物部学園を制圧。
斑鳩女子達の動きを封じる。後は、今まで溜め込んだ財宝を、これでもかと言うぐらい放出し、
アイギア王国軍の騎士達を寝返らせていく。レジスタンスは、あんな貧乏生活やったんや。
一度でも甘い汁を吸わせれば、あっさり転ぶやろ』
「ああ。というか、俺には何故ダラバがこの方法を取らなかったのかが不思議でしょうがない。
アイギア王国軍には、探せば隙なんていくらでもあったんだし……」
『さぁ、ダラバは自分の神剣の力を過信するあまり、
小細工など必要ないと思ってたアホやったんとちゃいますか?』
「ははっ。いくら何でもそれはねーだろ? 流石に……」
『でも、相棒……この世界は文明も中世時代レベルやし、戦略も中世レベルなんとちゃいます?
相棒が居た元々の世界やって、源氏やら平氏やらが戦っていた時代は、
やーやー我こそは何処そこの何がしなりー。いざ尋常に勝負なりーとか言って名乗りあって、
真正面から戦うのが戦争の常識やったんやから……』
「近代戦争の理論は、まだ生まれてないのか……」
『時代を変えるのはいつでも天才の出現やねん。
相棒の世界やて、ライト兄弟という天才が飛行機を作らなければ、
誰も『人間が空を飛ぶ』なんて思いもしませんでしたわ。
けど、今では飛行機にのれば飛べるというのは常識や』
「だから、俺達ならば常識として思いつく『戦略』という概念が、
この世界の人間には乏しいのか……ダラバが無能であったと考えるより、
こっちの理由の方がしっくりくるな。けど、そう考えるとアレだな?」
『なんやねん?』
「もしも、俺達が永遠神剣のマスターでなくとも……
『戦略』という武器がある俺達は、ただのヒトであったとしても―――
カティマを勝利させる事ができたかもしれないな?」
『無理や』
「……ん、何故だ?」
『普通の人間には『鉾』を倒す術がおまへんねん』
「あっ!」
そう言われればそうであった。
カティマは、神剣のマスターとはいえ『人間』であるのだから、人間を標的にした謀略は有効だ。
しかし、もしも『鉾』が無秩序にこの世界で暴れまわったのならば止める術はない。
「チッ―――そう考えるとアレだな?
永遠神剣のマスターというのは、もはや『超人』というカテゴリーではなく……
どちらかと言うと『天災』のレベルだな」
浩二が言ったその言葉に『最弱』は大いに頷く。
そして、話の流れから、ついに己の事をマスターである浩二に喋る時が来たと悟った。
『そうや……永遠神剣の力とは普通の人にとっちゃ『天災』や……
マスターに『心』という弱点があるのならば、つけ込む事はできまんねんけど……
『人の心』を持たぬ永遠神剣が暴威を振るったならば、ヒトには止める術はおまへん……』
「永遠神剣のマスターとはすなわち……天災を人災にできる絶対強者、か……」
『……ワイは、な……相棒……もう、気づいてると思うけど……永遠神剣では無いんや……』
今まで騙していた事を詫びる様に『最弱』の声は沈んでいた。
浩二は、黙って『最弱』の言い分を聞こうとする。
『……ワイは……天災、神、運命……そんな、人の力ではどーしようもない……
理不尽な暴威によって、空しく命を奪われていった人々の……
怨念、無念、嘆き、絶望―――そんな想いから生まれた『反永遠神剣』なんや』
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永遠神剣が、世界の意思により生み出された神の剣であるならば、
反永遠神剣は、ヒトの意思により生み出された人の剣である。
永遠神剣が繰り出す能力や術、魔法という理不尽な超常現象を前に抗う術の無い、
弱き者達の悲しみと怒りから『最弱』は生まれた。
永遠神剣が何時から存在したのかは正確に知られていないように、
反永遠神剣たる『最弱』も、いつから存在したのかは覚えていない。
そして、その能力は永遠神剣が引き起こす、全ての理不尽への反逆。
永遠神剣が魔法を行えばそれを打ち消すエネルギーを発生させ、
術や超能力を行えば、それらを遮断するエネルギーを自身に発生させて、
叩きつける事により永遠神剣の超常現象を霧散させるのである。
他にできる事と言えば、肉体強化とエネルギーの伝導ぐらいのモノで、
魔法やら術と言った超常現象の類は一切使えない。
なので、単純な戦闘能力だけで見ればどの永遠神剣よりも劣るのだ。
故に名を『最弱』―――
しかも、消す事が出来るのはあくまで永遠神剣の行う奇跡―――
すなわち『理不尽な力』だけであるので、普通の斬撃にはまるで効力を発揮しない。
刀身に魔力を付加する魔法剣であれば、その魔法だけを無効化する。
通常攻撃は、自身の肉体強化とエネルギーの伝導で防ぐしか無いのである。
「……それじゃ俺は、世刻のように通常攻撃がメインの、
戦士型の神剣遣いにとっては殆ど無力って事か?」
『……まぁ、そういう事になりまんねんなぁ……
だから相棒が、ベルバルザードに突っ込んで行った時は、マジで冷や汗モンでしたわ。
しかも、殴りつけたり蹴りつけるとか、ありえまへんで。ホンマ……』
「フン。悪かったな。ありえない事をする阿呆で」
『まぁ、終わった事はええねん。これからの事や……たぶん、やけどな……
これから、ワイの力が他の奴等に知られたら……
色んな奴等や組織から、熱烈ラブコールを送られると思いまっせ』
「……何だと?」
『ワイの能力を考えれば当然やろ? 単体なら使い勝手の悪い『最弱』でも、
組織に組み込んでしまえば、その能力は驚異的なんやから』
「……はぁ……だから、オマエ……
以前俺に、身の置き所は慎重に選べって言ってたのか……」
『そうや。神剣の力を無力化する相棒が力を貸せば、
普通の神剣のマスターでも、エターナルと互角に戦う事だってできるんや。
……それが、どれだけ凄い事かわかってまっか?』
「つーか、そのエターナルって何だよ?」
『簡単に言えば、上位の永遠神剣、第三位から一位までの遣い手であり……
その生涯を永遠に生きる宿業と引き換えに、
普通の神剣のマスターよりも何倍も強い力を得た奴等のこっちゃ』
「……うわ、全力でお近づきになりたくねー奴等だな。
沙月先輩や、ものべーを使役する永峰でさえ第六位なんだろ?
一番位が高い世刻の『黎明』にしたって第五位だ……
それが三位から一位って……ソイツはどんなのだよ。フリーザ様か?」
『ああ……まぁ、そやな。そんな感じや……』
強さのイメージとしては近いだろうと思って『最弱』が肯定すると、
浩二は両手と両膝をついて頭をたれる。俗に言うOrzなポーズである。
『だからな……相棒。できる限り平和に暮らしたかったら、力を無闇に使わん事や』
「……俺に何の断りも無く、ダラバに使いやがった口で何を言うか……」
『いや、それは、その―――ワイは理不尽にツッコミいれる為に生まれた反永遠神剣やねん。
目の前で、あんな理不尽な術を使われたら、つい反応しちゃうのは本能というか何というか―――』
「キメタ。オレ、オマエ、モヤス」
ウエストポーチから取り出したライターに火をつける浩二。何故か言葉はカタコトだ。
『やめてー! 熱いのはいややーーーー!』
「明日からはただの学生として、世刻達の日常の一コマにのみ登場し、
信助や美里と一緒に後ろの方でコツコツと小さなギャグをしてる事にするよ……」
『あちっ、ほんまに燃えとるがな! 相棒ーーーーーッ!!!』
「大丈夫だよ……」
『何が大丈夫なんや! 燃えとるて! 大ピンチやがな!』
「……俺、いざとなったら永峰のお料理部隊に入れてもらうから……
料理……できるし……それで、これからは……ただの学生として……
物部学園の皆のように……世刻達に、護ってもらうんだ……」
『そっちかーーーーっ! アーーーーーーーッ!!!』
「やだなぁ……地球外生物みたいな奴等や、強面のおっさん……
残忍なロリっ娘とかが、仲間になれとか言って来たら……やだなぁ……」
『あつい、あつい、あついーーーーー!!!!』
******************
「ふぅ、気がつけばこんな時間か……」
『最弱』を苛めたおした浩二が城に戻ったのは、どっぷりと日が暮れた後であった。
夕陽はもう少しで完全に沈み、間も無く夕方から夜にという時間だ。
「……お、斉藤。昼から見かけないと思ったら、何処行ってたんだ?」
中庭の立食パーティ会場に戻った時、声をかけてきたのは望だ。
その胸ポケットには、いつもの神獣レーメが居なかった。
「明日には、この地ともお別れだからな。
なんとなく、目に焼き付けておこうと散歩していたんだよ」
「そっか。でも、もう勝手に行方不明とかはやめてくれよな?」
笑いながら言う望。それを言われると浩二は弱いので苦笑を返すしかない。
「なぁ、世刻。もうすぐカティマさんとはお別れだが……別れは済ませたのか?」
「ん、一応は……な」
「二人きりで?」
「わ、悪いかよ!」
頬に朱をさしながらそっぽを向く望の姿に、今度は浩二がニヤニヤ笑いをうかべる。
「俺は……彼女とは、殆ど喋りもしなかったから、感慨とかわかないけど……
信助なんかは、美女率が下がる~とか言ってそうだよな?」
「あ、それ当たり。まったく同じ事を言ってた」
「やっぱな」
くくっと笑う浩二。そして、テーブルに残っていた余り物の料理を口にいれる。
「あのさ、斉藤……」
「ん?」
「沙月先輩から聞いたんだけど、ダラバが死んだ事により、
この世界から出られなくっていた封印は解けたけど……
すぐには元の世界に帰れないって事……覚えてるか?」
「覚えてる。俺達の世界の座標というヤツが解らないんだっけ?」
「ああ。それで、その座標ってヤツを入手する為に、
今度はタリアやソルラスカの所属する『旅団』って組織の本拠地に向かうらしい」
「ふーん。旅団の本拠地、ね……」
次の目的地が『旅団』の本拠地と聞いて、浩二は鼻白む。
望は納得しているようだが、浩二は気に入らないと思った。
この世界で戦う事になった時のように、一応の筋は通ってるのだが、
やっぱり誰かが裏で手を引いて、行き先を決められているように思えるのだ。
「旅団とか言う組織に頼らず……帰る方法を探すのは無理なのかな?
タリアとソルには……まぁ、お帰り頂いてさ。俺と世刻と永峰……
そして、出来るなら……沙月先輩にも、旅団とは縁を切ってもらって……
物部学園のメンバーだけで、帰る方法を探すってのは……」
「……え?」
思わずでてしまった本音の言葉。
それを聞いた望が驚いた顔をしたので、浩二はすぐに笑顔をつくって誤魔化す。
「―――なんてな。冗談だよ。
旅団の本拠地って所に座標があるのなら、回り道なんてする事ねーよな」
「斉藤……」
笑いながら背中を叩いてくる浩二に、望は複雑な表情をする。
そんな望の表情を見て、浩二は頭を掻いた。
そして、同じ立場である望にだけは自分の考えを話しておこうと思った。
「……俺は、できるなら『物部学園』以外のコミュニティには加わりたくないと思っている。
正直に言ってしまえば、この世界でカティマさんに力を貸す事だって反対だったんだ」
そう言って去っていく浩二の後姿を見守りながら、
望は斉藤浩二という人間の事が少しだけわかった気がした。
「……俺、おまえの事が……少しだけ、解った気がするよ……
何となく、似てるなって思ってたんだ……そして、それは間違いじゃなかった……」
斉藤浩二という人間は、暁絶と似ているのである。
だから、あの二人は仲が良かったのだろう。
絶も浩二も、人づきあいは上手くこなすので知人は多いが、親友は皆無である。
それは二人とも、他人と深いところまで関わろうとはしないから。
ただの友人としての付き合いのボーダーを心得ており、それを越えようとはしないのだ。
「けど、俺は……絶とは友達になれたと思ってる……
……だから、いつかおまえとも―――あっ! しまった!」
今になって重要な事を思い出した。
沙月に浩二を見つけたら、昨日の事で話しがあるから連れてきて欲しいと言われていたのである。
昼間からずっと探していたようだから、今頃は随分とおかんむりだろう。
「斉藤おおおおおおおっ!!!」
そんな沙月の所に、浩二がのこのこと顔を出したらまずい!
そう思って望が駆け出した時―――
「あれーーーっ! 何するだーーーっ!」
遠くの方でそんな悲鳴が聞こえてきた。
「遅かったか……」