「おーい、斉藤。この板を打ち付けるのはこのへんでいいか?」
「ん、もうちょっと右だな。そこだとバランスが悪い」
ダラバを倒した事により『剣の世界』にかけられていたプロテクトが解けて4日目。
『剣の世界』と別れを告げた物部学園のメンバーは、
物部学園を背負った巨大くじら『神獣ものべー』による次元移動をしていた。
「浩二~~。ちょっと、こっち来てくれー」
「あいよー」
目指すは『旅団』の本拠地のある星。
そこで元の世界へ戻るための座標を貰うのが目的である。
そして今―――
浩二や物部学園の学生達が何の作業をやっているのかと言えば、建築作業である。
ことの始まりは『剣の世界』に来た初日にまで遡る。
待機中している時、浩二がその暇を潰す為に、教師である早苗にレクリエーションの一環として
こんなのはどうでしょうと、一つの作業を提案したのが切っ掛けだった。
「なんだ? 信助」
「排水溝の穴を掘ってるんだけど、なんか硬くってさ……」
「オーケー。代わるわ……いくぞ最弱! 力を貸せっ!」
今まで学生達は、身体を洗うときはシャワー室のシャワーを使っていたが、
やはり皆も時々は湯船にも漬かりたいと思うので「皆で風呂場を作りませんか?」と提案したのである。
すると早苗は、学生達も何かをしていた方が気がまぎれるだろうと思い、浩二の案を了承した。
それに皆で何かをやるというのは、仲間意識を高める効果もある。
浩二は提案が認められると、さっそく有志を募り、体育倉庫跡地に風呂場作りを開始する。
始めは、浴槽だけならともかく、建物を学生だけで作るのは無理なので露天風呂のつもりだったが、
『剣の世界』の住人の協力を得られた事により、剣の世界の職人達が木製の小屋を建ててくれたのだ。
これに喜んだのは女子である。グランドから丸見えの露天風呂には入浴する事はできないが、
きちんと建物の中にある風呂場ならば大歓迎なのだから。
その結果、女子生徒も数人有志に加わり『物部学園にお風呂場を作ろう計画』は賑やかなものになった。
剣の世界に居たときは食料調達グループに所属していた学生達も、
次元空間に出てしまえばやる事が無いので手伝ってくれている。
「おらっ!」
「やった、穴が開いたぞ! これで排水溝ができたな」
「うん。水はグランドからホースで引っ張って来て、
その水を、ワゥに火の魔法で沸かしてもらえば風呂の完成だ。
使い終わった後のお湯は、ここから外に流せばいい」
ちなみに今、浩二が言ったワゥと言うのは、火の魔法を得意とした結晶生命体の事である。
他にもミゥ、ルゥ、ポゥ、ゼゥという、結晶生命体の姉妹がこの学園には存在していた。
彼女達は旅団に保護されている種族であり、沙月やタリア達のサポート役である。
下位神剣を振るうミニオン程度なら互角に戦える力をもっており、
永遠神剣のマスターが学園を留守にする時は、彼女達が物部学園の守備をしているのだ。
「あら、大したものじゃない」
「うわぁ……木の香りがする……」
様子を見に来たらしい沙月と希美が、入り口の方から風呂場を覗いていた。
浩二は作業の手を止めると、彼女達の方にあるいていく。
「どうだ、永峰? 素人の日曜大工にしちゃ、ちょっとしたモンだろう?」
「凄いよ斉藤くん。本当にお風呂場作っちゃったんだ」
「身体を洗うスペースもあるぜ? まぁ、規模的に一度に五人程度しか入れないけど……」
「ううん。十分に凄いよ。今まではシャワーしか無かったんだから、
これは革命的に生活レベルがアップだよ!」
テンションのあがってる希美は、壁をぺたぺたと触ったり、
男子学生が作業をしているのを見学したりしている。沙月は、そんな希美を微笑ましそうに見ていた。
「……ねぇ、斉藤くん。いつ頃に完成しそう?」
「そうですね……このペースなら、今日中には完成しますよ。
それで、明日の朝から昼にかけて掃除して……明日の夕方には入ってもらえます」
「そう。それは朗報ね。みんな楽しみにしてたから……」
「最初の週は女子に譲りますよ。男連中はその後で結構です」
「いいの?」
「レディファーストって事で」
浩二は作業中の学生にも「それでいいよな?」と問いかけると、肯定の答えが次々と返ってきた。
「ありがとう。女子の皆も喜ぶわ」
沙月はそう言って感謝の言葉を告げると、さり気なく浩二の袖をひっぱる。
それが、二人だけで話したいという意味だと理解した浩二は、
トイレに行ってくると言って外に抜け出した。
「なんですか? 先輩」
「あのね。斉藤くん……まさかとは思うんだけど……覗き穴とか作ってないわよね?」
「ハハハ。なるほど、そーいう話ですか……
安心してください。一部の有志から、作ろうという意見も出ましたが却下しました」
「……本当?」
「洒落になりませんからね……」
閉鎖された空間で、ひとたび風紀の乱れが出てしまえば洒落にならない。
学園の秩序が乱れた場合を『最弱』と想定した事もある浩二である。
沙月以上にその点に関しては注意している。
その事をきちんと沙月に説明すると、沙月は大きく首を縦に振って頷いた。
「良かった。斉藤くんが、物事をきちんと理解できている人で……」
「当たり前ですよ。俺も一応、沙月先輩と一緒で永遠神剣組……
このコミュニティの運営側ですからね」
「助かってるわ。私も、早苗先生も……斉藤くんには感謝してる。
こうやって、斉藤くんと森くんが中心になって男子生徒を纏めてくれてるから、
私と椿先生は女子生徒のケアだけで済んでるもの」
「ミニオン襲来の折に、この学園に残っていた物部学園の生徒が百数十名余り。
彼等を元の世界に無事に帰すのが俺達の役目です。
俺は、戦いでは世刻の十分の一も役に立てないんですから、これぐらいはしないと」
「ありがとう」
笑顔と共に向けられる感謝の言葉。
そんな沙月を見て、浩二はやっぱりこの人を嫌いにはなれないよなと思った。
たとえ彼女が旅団の任務でこの学園に在籍したいたのだとしても、
生徒達を護りたいとう想いは、間違いなく本物だから。
故に浩二は思うのだ。彼女が―――斑鳩沙月という女性が、
旅団か物部学園かを選ばねばならぬ状況になった時、物部学園を選択する人であって欲しいと。
「ところで、望くんは? 朝に会った時、斉藤くんを手伝うって言ってたけど……」
「ああ。世刻ならソルと一緒に、裏の方で木材を切って貰ってますよ。案内しましょうか?」
「ううん。一人で行けるから大丈夫。
それよりも斉藤くんは、私の用事で連れてきちゃったんだから、
そろそろ皆の所に戻ってあげてちょうだい」
「了解です。あ、それと……世刻の所に行ったら、
あと一時間ほどしたら昼なので、作業を中断して食堂に来るように伝えてくれます?」
「わかったわ。それじゃ、またね」
「はい。また昼に」
***************
「うおらああああっ!」
「「「 おおおおおーーーっ!! 」」」
ソルラスカの雄叫びと共に一閃が奔った。それと同時に沸く歓声。
常人の目にはソルラスカが腕を振り下ろしたぐらいにしか見えないだろうが、
ソルラスカはその一瞬の間に何度も永遠神剣『荒神』を縦横に振り下ろし、
木材を適当な長さで切っているのである。
「すげぇや! ソルの兄貴!」
「こんなのは朝飯前だぜ、切って欲しいモノがあるなら、どんどん持って来い!」
「うひょー! 兄貴、兄貴、兄貴!」
「いやっほーう! ソルラスカ最高ーーーっ!」
「アニキ、アニキ、アニキと私っ!」
望は、そんな様子を眺めながら『剣の世界』で頂いた作業用のナイフで木を削り、
風呂場に置く椅子を作っていた。
「……何か、異様に盛り上がってるけど……なんだ、アレ……」
「ノゾム~~。もう、三日も同じ作業で飽きてこぬか?」
「ん? ここに居るのが飽きたなら、何処かで遊んできてもいいんだぞ?」
隣にちょこんと座ったレーメが不満げな声をあげるが、
望はそんな彼女に目を向ける事無く作業に没頭している。
こうやって、みんなで日曜大工をすると言うのは案外に楽しいのだ。
「むーーーっ、わかった。そうする!」
相手をしてくれないマスターに腹を立てたのか、
レーメは頬を膨らませると、ふわふわと浮かび上がり、学園の調理室の方に飛んでいった。
「……何怒ってるんだ。アイツ……」
わけが解らないと言わんばかりに呟く望の言葉が聞こえたのか、
彼の正面に座っていた長い金髪の女子生徒がくすくすと笑った。
「きっと、望にかまって欲しかったんですよ」
「―――は?」
その女子生徒の名前はカティマ・アイギアス―――
先日まで望達が居た『剣の世界』の住人であり、新生アイギア王国の王女。
普通に考えれば、いる筈のない少女の姿がここにはあった。
「望は、女心がわかってないようですね……」
「カティマ……もしかして、結構酷い事言ってる?」
「さぁ、どうでしょう」
くすくすと笑うカティマ。
彼女が、物部学園の住人になった経緯はこうであった。
有体に言えば、剣の世界から旅立つものべーに密航してきたのである。
ダラバのような存在を生み出す『光をもたらすもの』を、
永遠神剣のマスターとして捨て置けぬという理由で―――
新生アイギア王国を建設して、これからが一番大変な時期だと言うのに、
王女が国を放り出して何をやってるんだと思わないでもなかったが、
この事はクロムウェイも了承済みであるとの事であった。
生まれた時より現在に至るまで、大きなモノを背負わされ続けてきたカティマ。
それはきっと、彼女が死ぬまで背負わねばならぬモノでもある。
しかし、ダラバという脅威を倒し、平和になった今だからこそ、
王女カティマ・アイギアスではなく―――
唯のカティマで居られる時間を与えてやりたいと、クロムウェイは思ったのだ。
もともと、望や沙月達―――天の遣いが力を貸してくれなければ、
今でもアイギア王国軍のレジスタンス達は、ダラバと戦っていた筈である。
それが、天の遣いの助力により、思わぬ速さでアイギア王国の復興がなったのだから……
いざとなれば10年も、20年も戦いを続ける覚悟があったクロムウェイにとって、
見方を変えれば、この時間は空いてしまった自由な時間なのである。
だから許した。カティマが望や沙月達と共に旅立つことを。
それに、異世界で見聞を広める事も、王女として将来役に立つだろうと考えて。
こうしてカティマは、物部学園に加わったのである。
もっとも『光をもたらすもの』を捨て置けないというのは、
カティマがやってきた理由の全てではなく、何割かの理由でしかないのだが……
彼女が付いて行く事を決めた理由の大半を占めている少年は、それとは気づかないで、
彼女が建て前として出した何割かの理由が全てだと思っている。
故に、女心が解ってないとカティマは批難するのであった。
しかし、そうかと思えば―――
「そう言えばさ。カティマ……」
「何ですか?」
「叶ったよな。夢……」
―――こんな事を、さり気なく言ったりするので、世刻望という少年は侮れないのだ。
「こうやって、同じ物部学園の制服を着て、
学校行事をやったりするの……一緒に出来て俺も嬉しいよ」
たった一度だけ話した事なのに、こうして忘れずにいてくれた事が嬉しい。
それが、覚えていて欲しかった事だから更に嬉しい。
「はい……私も、望と……こうして物部学園で過ごせて、嬉しいです……」
だから彼女は、その嬉しさを精一杯に伝えたいと笑う。
望も、それに答えるように満面の笑みを浮かべ―――
「……うっ、流石に今、あそこに顔を出したら空気読めないヤツね……」
―――出る機会を逃した沙月は、もう少し後でまた来ようと踵を返すのだった。
「あれ? 沙月先輩」
「の、希美ちゃん!?」
「沙月先輩も望ちゃんの所ですか?」
「え、ええ……」
もっとも、引き返した所で、同じく望を探しに来た希美と鉢合わせ、
事情を知らない希美は普通に望の所に行こうとしており、沙月も再び戻ることになるのだが……
その時のカティマの顔が「空気読めよ」と言ってるように見えて、
沙月は何も悪くないのに「ごめん」と謝るのだった。
***************
「ふぅ……」
夜。学園の屋上に上がった浩二は、疲れたと言わんばかりに溜息を吐いた。
そんな姿を見て、その腰に刺さった『最弱』が浩二に労いの言葉をかける。
『学生の纏め役。ご苦労さんやで、相棒』
「まったくだ。金を貰ってもいいくらいだな」
『斑鳩女史は女の身で、もっとがんばっとるんやから、
これぐらいの手伝いぐらいはしてやりなはれ』
「だから、きちんと学生達のガス抜きと管理をやってるだろ?
こんな愚痴なんて、オマエぐらいにしか言えないんだから、少しぐらい甘えさせろ」
『相棒は、そーいう事を愚痴ったりする友人いませんからなぁ……
信助はんや阿川女史とは友達やけど、親友と言えるレベルじゃおまへんし……』
「……そんなの、おまえが居ればいいだろ……」
『すぐそんな事を言う……そー言ってくれるのは嬉しいねんけど、
相棒は、知人なら人一倍多いんやから、一人ぐらい親友か恋人を作ったらどうだす?
あの暁でさえ誑し込んだ、努力で培った人たらしの能力をもっとるんやから、
その気になれば、親友も恋人もすぐにできると思いまっせ?』
「いらねーよ。親友や恋人なんて重いモノ。
そんなもの作ってしまったら、今以上にやる事に制限がかかるだろうが」
友達がいないと言う言葉に気を悪くしたのか、浩二はフンと鼻をならして空を仰ぐ。
『最弱』は、そんなマスターの様子に苦笑した。
『……ま、今はそれでもええねん。でもいつか―――
そんな人が出来た時には、全力でその人を慈しんでやりなはれ』
「できたら、な」
『まぁ、相棒は猫かぶりの天才で、滅多に本心を見せんくせして独占欲強いし……
我侭やし、捻くれとるし、精神的EDやから、親友はともかくとして、
恋人になれる女の子は、よっぽどのタマじゃないと無理そうやけどな』
「リアルに傷つく事を言ってんじゃねぇ! コノヤロー!
というか、誰がEDだ! おまえ、ドサクサに紛れてとんでもねー事をのたまうな!」
『……せやかて、ワイと出会ってから二年以上経ちまんねんけど……
オナゴを見る時に、ぜーんぜんスケベな意思が感じられへんのはちと異常やで?
相棒ぐらいの歳の男子なら、そんな事ばっか考えててもおかしくない筈やのに』
「俺は清純派なんだよ!」
『うわっ、キショ! 何をぬかしてまんのや。このハゲ!
僕は甲子園を目指してます! みたいな頭してからに!』
「髪は関係ねーだろ! 髪はよぉおおおおお!!!」
『みんなー! 明日からこいつ無視してやろーぜー!
修学旅行の夜に、一人だけ好きな子を言わないヤツ並にありえなーい!
なーにが清純派や。U-15とかいうジャンルが存在する、今の乱れた世の中に』
「知るかそんなモノ!!!」
『なーなーなー! 今回から新ステージなんやし、エロエロでいこーでー!
出会うオナゴに片っ端からスケベな事を迫ろうでー!
とりあえず、次に出会う女子に自己紹介する時は―――
やあ、俺、斉藤浩二。略してサイコー。あそこのデカさもサイコー!
常に股間はエレクトリック! 海綿体と海兵隊ってなんか似てるよね?
ああ、ごめん。すぐに哲学に走ってしまうのが僕の悪い癖だ。
反省……っ、コツン。てへっ☆ で、いこやおまへ―――』
「黙れっ!」
『んかっ!』
変なスイッチが入ってしまったらしい『最弱』を、フルスイングで地面に叩きつける浩二。
『……いてて……すーぐ暴力に訴えようとする……』
「俺の前世はランボーだ!」
『何がランボーやねん。調べたから解るねんけど、
相棒の前世は、山陰地方に生息していたカワウソやっちゅーの!』
「YOUはSHOCK! 知りたくなかった! そんな前世っ!!!」
前世は人間ですら無かったという驚きの事実に、
浩二はもう一度力の限り『最弱』を地面に叩きつけるのであった。
『あいてーーーっ!』