「なぁ、もうそろそろ帰してくれないか?」
「ダメだよ。おまえはボクが捕らえた人質なんだから」
「そんな事言わないでさ。街の人との誤解なら、必ず俺が解いてやるから……」
「だめだめっ!」
斉藤浩二は、一人の少女と向き合いながら説得をしていた。
こんなやり取りを始めて、そろそろ一刻になる。けれども進展が何も見られない。
浩二がどれだけ理を尽くして語ろうとも、少女は頑なになってダメを繰り返すのだ。
「……はぁ、わかったよ」
子供である。外見は自分と然程変わらぬ年齢であろうが、精神が子供である。
「それじゃあ、外に出るのぐらいは許可してくれ。
こんなジメジメした洞窟にずっといたんじゃ、カビが生えてしまいそうだ」
「いいけど。ボクからは逃げられないよ」
「あーあー。はいはい。わーってますって」
いい加減に答えて洞窟から外に出る浩二。少女は当然のように後ろについてきた。
「ルプトナ。ここで火をおこしていいか?」
「何で?」
「メシでも作ろうかと思って……」
「お腹……へってるの?」
そう言って覗き込むように見てきたので、浩二は頷いてお腹を押さえる。
「朝に木の実を一つばかり齧ったきりなんでね……」
「そうなんだ……じゃあ、まってて。食べ物をもってくるから!」
そう言うや否や、少女―――ルプトナは、一足飛びで木に飛び乗り、
野生の獣のような俊敏さで何処かに行ってしまう。
浩二はその姿を見送りながら、木に背をもたれかけさせて座り込むのだった。
「さて、どうしたものだろうなぁ……」
*************
―――冒頭より遡る事、数日前。
次元空間を旅していた物部学園の一行は、旅団の本部のある星へと向かっていたのだが、
次元振により時間樹の位置が変わった事により旅団本部へと行けなくなっていた。
時間樹とは数多の世界を内包する巨大な木であり、
浩二達が住んでいた世界や、カティマ達の住んでいた剣の世界は、その木から生えている枝にあたる。
はじめ、自分達が住んでいた世界が木の枝の一本に過ぎないと説明された時は誰もが驚いたものだった。
星の周りは無限に広がる宇宙であるとされていた常識が、根底から覆された事になるのだから。
沙月の言によれば、それらの考えもあながち外れではないとの事だが、
彼女も世界の全てを把握している訳ではないので、上手いこと説明はできないのだそうだ。
とにかく要点だけを言ってしまえば『世界』とは時間樹と呼ばれる巨大な木の枝から派生する
パラレルワールドの集まりであり、次元振とは時間樹を揺らし、
世界の場所を動かしてしまう振動であると言う事である。
次元振は滅多におきるものでは無いが、最近はよくそれが観測されるらしい。
「それじゃ俺達は今、自分達がどこにいるのか判らない状況なんですね?」
沙月により、状況を説明されると、神妙な顔をした望が言った。
「そうね。私が持っていた座標が、今までの最新のモノだったのだけれど……
それさえも間違っていると言うのなら、また次元振により世界の位置が変わったと言う事ね」
望の問いに答えるようにタリアが言う。
タリアの落ち着き払った態度にカチンときたのか、望はくってかかろうとするが、
希美が袖をつかみながら首を横に振るので、望は乗り出しかけた身体を戻す。
険悪になりかけた雰囲気を和らげるように、沙月がパンパンと手を叩いた。
「そう言うわけで、私達はとりあえず、人のいそうな星に着陸して座標を手に入れるべきだと思うの。
剣の世界で手に入れた食料も、あと七日分ぐらいしか無いしね」
「そうっすね。座標が手に入る、入らない抜きにしても……
この辺でいっぺん腰を据えるべきですね」
沙月をフォローするように言う浩二。
全員の目が浩二に向けられると、彼は肩を竦めながらこう続けた。
「学生達が、そろそろ限界です。無理をすればもう少しはもつでしょうが、
やっぱり、こんな閉鎖された空間にいつまでも閉じ込めたままでは、
いずれストレスが溜まりすぎて暴動になるでしょう。
事実、一部の学生が些細な事でいらついてる現場を数回見かけました」
「そう……なら、尚更ね」
自分でさえ気づかない生徒の様子を、浩二はよく見ている。
特別な部類に見られがちな永遠神剣組において、彼―――斉藤浩二の目はいつも一般人側だ。
沙月は、そんな彼の存在に感謝しつつ、生徒達のリフレッシュも兼ねて、
ものべーを一つの星に着陸させる事を決めるのだった。
*************
「ひゃー。これは、剣の世界とはまた違った異世界だなぁ」
「ちょっと、どいて信助! カメラにアンタの頭が写るでしょうが」
星に着陸し、周りに危険が無い事を確認すると、
順次ものべーから学生達を下ろして異世界の地を踏みしめていた。
着陸したのは剣の世界と同じく森の中であったが、
久々に大地を踏みしめられた事により、学生達の顔に笑顔が戻ってきている。
「おい、信助。阿川。あまり遠くに行こうとするな。
一応は世刻達が辺りの様子を調べたみたいだが、獰猛な獣が出ないとは限らないんだから」
「ははっ、悪い悪い。久しぶりに吸うシャバの空気だからテンションあがっちゃって」
「ねぇ、斉藤くん。アレ食べられると思うかな?」
浩二が苦笑しながら嗜めるが、テンションの上がってる信助や美里は言ってる事など右から左だ。
自分が監督で外に出るメンバーに問題児を押し付けてきたのは、
たぶん沙月先輩だろうと考えながら、浩二は学生達の様子を眺めていた。
『ここ数日で、えらい斑鳩女史からの株をあげましたな。相棒?』
「おかげで、こいつらの担当が世刻&永峰コンビから俺にシフトチェンジした。
気心しれた奴等だから、気が楽と言えば楽だけどさ……」
『たぶん。あれやで?』
「何だ?」
『リーダーである斑鳩女史や、男子学生の纏め役をやってる相棒。
それに、料理班の中心として、他の学生達と交わる機会のある永峰女史と違って……
世刻だけが一般の生徒達とは交流が薄いんで、
これを機会に世刻も皆に馴染ませようとしてるんじゃおまへんか?』
「なるほど……」
『最弱』の言は、たぶん的を得たものだろう。
世刻望は社交性の無い人間ではないが、やはり自分達とは違う人種―――
すなわち永遠神剣のマスターであるので、一般の生徒達には距離を置かれている気配がある。
なので、普段彼が話す面子は、同じ永遠神剣マスターであるカティマ達や、
元から彼と仲が良かった信助達という一部の者達に限られてしまっている。
見方によれば彼だけが孤立しているようにも見えるのだ。沙月はおそらく、それを心配したのだろう。
「……そこまでは考えて無かったわ……」
『相棒も、よー覚えとき。斑鳩女史はリーダーとはなんたるモンか学ぶにはええ手本やで』
「俺は集団を率いるトップになるつもりはねーよ。
二番手、三番手……なんなら、その他大勢の一人でもいい」
『独り、群を為さず……か。まぁ、それもええやろ……
考えてみれば、ワイらも孤立してまんねんからな』
「本当の意味での永遠神剣組には入れず、かといって一般人の輪に溶け込む事も適わず。
どこにでも所属できる代わりに、どこにも本当の仲間は居ない。
そう考えてみれば、俺がオマエのマスターになったのは偶然ではなかったのかもな?」
自嘲が入った問いかけをする浩二。
『最弱』は、そんなマスターに何と答えれば良いのかわからなかった。
「最近、よく思うよ。俺は何処に向かっているのだろう?
……そして、何処に行きたいのだろうと」
『心のままに、好きにしたらええ。このまま斑鳩女史達について永遠神剣に関わっていくもよし。
元の世界に戻れたならば、神剣にまつわる事柄など全部無視して、一般人として生きるのもまた良しや。
全部、ぜーんぶ、相棒の自由なんや』
「……永遠神剣から背を向けてもいいのか? けど、オマエの目的は―――」
『なぁ、相棒。ワイは相棒に、自分のマスターになってくれとは言いましたけど……
一度でも神剣の宿業に関わってくれと言った事がありましたか?』
「……そう言えば、無いな……」
『そやろ? ワイは人の意思より生まれた反永遠神剣。
抗えぬ力を用いて、我がもの顔で押しつぶそうとする不条理にツッコミをいれるだけや』
永遠神剣は、己が目的に副う者をマスターに選ぶという。
浩二は『最弱』も自分をマスターに選んだ理由が成り行きではなく、そうであれば嬉しいと思った。
「おーい、浩二ーっ! この茸だけど食えると思うかー!」
離れた場所で信助が手を振って呼んでいる。
浩二は、ソレはどんな茸なのだと言いながら歩き出すのだった。
*************
街が見つかった。大木の根元に広がる中規模の街。
学生達や望達は人が居た事に喜んだが、最も喜んだのはリーダーである斑鳩沙月であっただろう。
この星には人が居る筈だと大見得を切って着陸した手前、誰も人が居なかったでは立つ瀬が無いのだから。
「それで、街にはまず誰が行く?」
そう言ったのは望であった。永遠神剣のマスター達は皆、
永遠神剣組の会議室になりつつある生徒会室に集められている。
そこでの話し合いで、学生達を降ろす前に、その街の住人が友好的か否かを調べる事になったのだ。
「いざという時の護りのために、少なくとも永遠神剣組を半分は残すべきね」
「えーっと、それじゃ神剣のマスターは七人だから、行くのは三人か四人か?」
沙月の言葉にソルラスカが答える。
その態度からして、自分は街に行く気が満々だ。
「そうね。留守番は三人も居れば十分だわ。
望くん。貴方が他につれていくメンバーを選んで頂戴?」
「え? 俺がですか?」
「ええ」
沙月に笑顔で言われたので、はぁと気のない返事を返す望。
「んー……それじゃ、沙月先輩は学園のリーダーとして、
学生達を見ていてあげて欲しいから除外するとして……そうなると後は……」
「望。俺だ、俺を連れて行け! 戦いになった時には役に立つぜ?」
「……望ちゃん」
ズバッと手を上げて立候補するソルラスカと、名前を呼んでじっと見つめる希美。
「ソル。あんたはダメよ」
「何でだよ、タリア!」
「あのねぇ……今回街に行く理由は偵察。
様子をしっかりと探って、情報を集めるのが目的なの。ガサツなアンタなんかじゃ無理ね」
「誰がガサツだコラ! 偵察ぐらい朝飯前だってーの!」
そのままタリアと言い争いを始めるソルラスカ。
望は、そんな様子を見つめると、はぁっと溜息交じりに言った。
「それじゃ、行くメンバーは俺と希美とタリアに斉藤にします」
「え? いいの、望ちゃん」
「なっ、俺は!?」
「まぁ、無難なところね」
望の決定に対して、返ってきた反応は様々である。
希美は顔をパッと輝かせ、ソルラスカは外された事に驚き、タリアは腕をくんで頷いていた。
ソルラスカは最後まで、何故だーと言っていたが、結局はこのメンバーで街に下りる事になったのだった。
「なぁ、世刻……永峰とタリアを選んだ理由はわかる。
けど、なんで最後のメンバーが俺なんだ?
カティマさんを連れて行ってやればよかったじゃないか」
ものべーから降り、街へと向かう道すがら、浩二は望に問いかける。
すると、望は苦笑しながらこんな事を言うのであった。
「だって、これでカティマを連れてきちゃったら、
偵察組と防衛組で戦力差が開きすぎるじゃないか……」
「それはすなわち、防衛組が沙月先輩とソルと俺では、
実質戦力になるメンバーが、沙月先輩とソルだけなんじゃね―――という事だな?」
「ま、まぁ……有り体に言えばその通りかな……ハハハ……」
考えていたことの図星を指され、困った顔をうかべる望。
浩二も、そんな望の顔を見てハハハと笑う。
「こやつめ。ハハハ!」
「ハハハ!」
「「 ハーッハッハッハ!!! 」」
表面上は笑いあっているが、お互いに目が笑っていない。
前を歩いていた希美とタリアは、後ろで大笑いをしている男達を見て怪訝な顔をするのであった。
「何……アレ?」
「さ、さぁ……」