浩二達は、ある程度街の様子を見て回ると、一軒の料理屋に入った。
ドアを潜ると目に飛び込んできたのは、西部劇に出てくる酒場のような感じの内装。
夕暮れ時だった為か客は多く。店の中は大勢の人間で賑わっていた。
「それじゃ、手分けして情報収集といきましょ」
こういう場所にも慣れているのか、タリアは物怖じした様子がまったくない。
望や希美は酒場の雰囲気に気圧されているようだったが、
タリアがさっさと二階席の方へあがって行ってしまった為に、
望はとりあえず誰かに話しかけてみようと、店員らしき小柄の女の子を呼び止めた。
「あの、すいません」
「あ、はい。お客様ですね? 何名様でしょうか?」
「いや、その……客という訳じゃないんだけど……」
「はぁ……」
少女は不審な目で望を見る。
浩二は見ていられないと思い、会話をする役目をバトンタッチする事にした。
「俺達、東の方から仕事を探しにこの街にやって来たんだけど、
なんせ初めての所で勝手がわからなくてさ。
とりあえず情報が集まるだろうと思われる酒場に足を運んだんですよ」
「あ、そうだったんですか!」
浩二がとっさに言った口から出任せだが、少女は納得したようにポンと手を叩く。
「そう言う訳で、本当に申し訳ないんだけど……
ここで情報収集をさせてもらってもかまわないかな?
何も注文しないんじゃ困ると言う事だったら、引き下がらせてもらうけど」
自分でも随分と勝手な事を言っていると思う。
しかし、ここは異世界である。浩二は言うだけ言ってやればいいと思ったのである。
「そう言う事でしたら、今日の所の御代は結構です。
二~三品ほどご馳走しますから、次からはご贔屓にしてくださいね」
ニコリと笑って、とんでもない事を言われる。
これには浩二だけでなく、後ろの望や希美も驚いた顔をした。
「あの……本当にいいんですか?」
「はい」
「それは余りにも申し訳ないので、
食器洗いとか掃除、巻き割りとかでしたら後でやりますけど……」
「いいんです。他所からのお客さんには、こうしてお持て成しする事になっていますから」
人の良さそうな笑顔をうかべる少女。浩二は、そんな少女の顔をまじまじと見つめた。
ウマイ話には裏がある。タダより高いものは無い。
人はまず疑ってかかる事を信条としている浩二にとって、この提案はホイホイと頷けるモノではない。
「ほんとですか? やったー!」
「よかったな希美、斉藤」
「ちょっ、おま!」
しかし、人を疑う事をしらないお気楽コンビが、あっさりと提案を受け入れてしまう。
「それじゃ、この席でかけてお待ちください。街の名物料理をご馳走しますから」
パチッとウインクして、奥の方に行ってしまう少女。
遠くから元気な声で新規注文はいりまーすと聞こえたので、浩二は慌てて席を立ち上がった。
「ちょ、俺、止めてくる!」
「えーっ、何で? せっかくご馳走してくれるって言ってるのに……」
「そうだぞ斉藤。人の好意は素直に受け取るべきだろう」
そんな能天気な回答に、浩二は思わず天を仰ぐ。
そして、説明するだけ無駄だと思い、無言で席を立って厨房に向かった。
「あいつら、いつか詐欺に騙されるぞ……まったく」
***************
「これ、どういう風に切りましょう?」
「おう。それはサラダに使うんだ。千切りにしといてくんな」
「アイサー」
話し合いの末に、浩二は食事を出してもらう代わりに店の厨房を手伝うことになり、
前掛けと帽子をかぶって厨房の中を忙しく動き回っていた。
「マスター。できました」
「ん……巧ぇなオマエ」
「あはは、実家が料理屋なんっす」
レシピが解らないので料理は作れないが、言われたとおりの下拵えと食器洗いぐらいはできる。
家に居た時は、毎日店の手伝いをしていた浩二にとって、これぐらいは朝飯前であった。
「じゃ、これ作ってみるか? こいつで炒めて、味付けはコレとコレを使うんだ」
「これとこれっすね?」
料理長も呑み込みが早い浩二を気に入ったのか、料理をつくらせて見ようとレシピを教え始める。
浩二は、自分の店では自分で食べる賄い以外の料理は作らせてもらえない下っ端である。
「フッ、フッ!」
なので、こうしてコックとして調理場に立たせて貰える事が凄く嬉しいのだ。
いつの間にか異世界である事も忘れて、料理に熱中していた。
「いや、おまえ本当に筋がいいわ。
今日だけとは言わないで、これからウチで働かねぇか?」
「あはは。流石にすれはちょっと……よっと! はい。どうでしょう?」
「ん。火の加減よし、調味料を入れるタイミングもよし。
OK。レチェレ! これ、4番さんに頼むわ」
「はーい」
夜も本番に差し掛かったのか、厨房は本格的に忙しくなってきた。
けれども浩二は、そんな忙しさなど忘れるぐらいに楽しんで働くのだった。
*************
「……ふぅ……」
夜も深け、店を閉める時間になると、浩二は服の袖で汗を拭く。
クタクタに疲れたが、充実感のある疲れであった。
「お疲れ様です。浩二さん」
「ありがとう。レチェレ」
差し出された飲み物を一気に飲む。ごくごくと喉を通る冷たさが心地いい。
一息で飲み干すと、浩二はぷはっと息を吐いた。
「うめぇーーーーー。仕事の後のコレは最高だぜ!」
「ふふっ、浩二さん。何だかそれ、オジサンみたいですよ」
「一気飲みをした後に、コレをやるのはお約束だ」
レチェレが差し出した飲み物は、柑橘系の味がするフルーツジュースであった。
浩二がグラスを返すとレチェレは、はじけんばかりの笑顔をうかべる。
「料理長が今から賄いを作るそうですけど、食べていってくれますよね?」
「あ、賄い作るの?」
「はい。今日は浩二さんが手伝ってくれたのが嬉しかったみたいで、
腕によりをかけると言ってました」
「ん~~よしっ!」
パンと手を叩くと、浩二はもたれ掛かっていた椅子から立ち上がる。
「俺も作らせてもらえるかどうか聞いてこよっと」
「え?」
「調味料と食材の味は大体把握した。
だからここの皆にさ、よかったら俺の故郷の料理も食べてもらいたくって」
そう言って微笑む浩二の顔は、悪巧みをする子供のようだ。
そんな浩二の様子が微笑ましくて、レチェレはくすりと小さく笑うのだった。
「料理長ーっ! よかったら俺にも賄い作らせてくれませんかー!」
「なに? コウジ。おまえがか?」
「はい。俺の故郷の料理、みんなに是非とも召し上がってもらいたくて」
「ほう。それは楽しみだな。いいぜ、ここにある食材だったら何を使ってもいい。
だから自由にやんな。けど、賄いとはいえ一品料理を作る以上、料理人として評価させてもらうぜ?」
「もちろんすよ」
店の料理人に、やれるものならやってみなと言う目で見られて、浩二は俄然と燃える。
賄いは、料理人どうしの品評会である。
浩二は自分の実家――料亭『歳月』の味が異世界の料理人にどこまで通じるのかとわくわくした。
「へい。おまち!」
見習いである浩二が作れる『歳月』の料理は限られている。
それでも、これならば『歳月』の客に出しても問題ない筈だと思える料理を二品ほど作り、
テーブルの前に居並ぶ料理人や店の従業員の前に出した。結果は―――
「美味しい。これ、美味しいですよ。浩二さん」
「なるほど……調味料は最小限に、素材の持ち味をいかして勝負してきたか……」
「上品な味付けですね」
「ウチの店の客層にはあわねーだろうけど、いけるわコレ」
和食の真髄は素材の味を生かすことにある。
この店の主な客層は20~40代の労働者が殆どであるので、
濃い味付けが好まれるが、それでも浩二が作った料理は大好評であった。
「この魚……生だろ? それで、何も調味料を振ってないのに、こんなに美味い……
コウジ。おまえさん、どんな魔法を使ったんだ?」
料理人の一人が魔法と称した料理は、刺身の一種『洗い』である。
魚の身を薄くそぎぎりにし、氷水にくぐらせて、身を引き締めさせる調理法である。
こうする事によりただの刺身よりも歯切れのよい弾力性が生まれ、
余計な脂をとばしてさっぱりと食べられるのだ。
それを料理人に説明すると、感心したように頷いていた。
「いや、おまえ、本当にうちで働けよ! コウジなら俺たちも大歓迎だぜ。なぁ?」
その料理人の呼びかけに、周りの人間は大きくうなずいている。
照れくさくなった浩二が頭を掻いていると、隣に座っていたレチェレが袖を引いた。
「彼。うちの店では一番の古株なんですけどね。滅多に人を褒めないんです」
「ん? そうなのか?」
「はい。だから浩二さん、本当にすごいです」
レチェレに羨望の眼差しで見られる。
こんな風に見られた事など今まで無かったので、浩二は喜べばいいのか照れたらいいのか解らない。
なのでとりあえず、ありがとうと言って笑顔をうかべるのだった。
*************
翌日。街の代表であるロドヴィゴと話をつけた沙月達は、木材採取の護衛役として雇われる事になった。
この世界の情報と、物資を補給する為の金が欲しい物部学園の一行と、
街の下に広がる森を伐採していると、どこからともなく現れては人を襲うと言われている
精霊の脅威に怯える住人達とで、利害の一致がしたのだ。
「精霊の森の守護者、か……」
労働者の護衛として森を歩く道すがら、浩二はレチェレに言われた事を思い出していた。
精霊の森には守護者がいる。名前をルプトナ。
人間でありながら精霊達の味方をし、森の木を切り倒そうとする者達を追い返そうとする少女。
その身体能力は普通の人間を遥かに超えており、打撃の一つで大木をへし折り、
蹴りの一つで岩を粉砕するという。
「なぁ、最弱……このルプトナって……」
『十中八九、永遠神剣のマスターやな』
「だよなぁ……」
やっぱりこの世界でも永遠神剣かと溜息をつく浩二。
ロドヴィゴは、ルプトナを悪魔の化身のように語っていたが、
レチェレだけは、彼女は悪い人ではないと擁護していた。
何でも昔に、危ないところを助けられた事があるらしい。
「どーしたものか……」
ルプトナは街の人間を襲う悪だと断言するロドヴィゴに、
泣きそうな顔で、浩二さん信じてくださいと哀願してきたレチェレ。
これには沙月達も迷ったようだが、どちらの言葉を信じるべきかは、
会って見ない事には始まらないという結論になった。
『何や相棒。迷っとるんかいな?』
「そりゃ、オマエ。迷うだろ」
『何で相棒が迷う必要ありまんねん。ルプトナとか言うのを敵と見なすか、
味方とみなすかの判断は、リーダーの斑鳩女史が決めるやろ』
「そうだけど……」
そうは言いながらも歯切れが悪い浩二。
『最弱』はその理由に思い当たり、嬉しそうな声をだした。
『レチェレ女史か? 彼女の言葉ひっかかっとるんやな?』
「ああ……沙月先輩達がルプトナを敵とみなし、倒してしまったら……
……レチェレのヤツ……悲しむだろうな……」
『ほーほーほーほー!』
浩二の言葉に、更に嬉しそうな声をあげる『最弱』
『なんや。相棒? レチェレ女史の事をえらい気にかけとるやおまへんか!
アレか? 好きになってしもたとか? いやーついに相棒にも春がきたんやなぁ……
うんうん。ワイは嬉しい! そやなぁ、気立ての良さそうな娘やったからなぁ。ロリやけど。
きっと将来はいい嫁さんになりまねんで。ロリやけど。
しかも、事情は知りまへんけど、あんな立派な酒場の責任者ときとる。ロリやけど。
カティマ女史みたいなゴージャスな美人さんよりも、ああいう可愛らしい娘のほうが趣味でっか。
どーりで。どーりで……今まで同級生とかにまったく反応せぇへんかった訳や』
「…………」
『いや、相棒。ロリコンを恥ずかしがる必要はおまへんで。
しゃーないやおまへんか。好きなモンは好きなんやから。
幼い娘が好き。これは誰が悪い訳でもあらへん。そーいう性癖なんやから。
ええねん。ええねん。言い訳なんてせんでええねん。
世界中の全てが相棒のロリコンを非難しても、ワイと電気街の住人だけは味方やねん。
~~タン。ハァハァと息を切らせながら言おうやおまへんか。
~~タン。萌え萌え~と叫ぼやおまへんか』
「…………」
『諸君! 幼い娘は好きか? よろしい、ならばロリコンだ。
幼女! 幼女! 幼女! 幼女! 幼女! 幼女! 幼女!
ほら、相棒も一緒に! 幼女! 幼女っ―――ぶべ!』
変なスイッチが入ったらしい『最弱』を、浩二はおもいっきり地面に叩きつけた。
そのまま無表情で蹴る。蹴って、蹴って、蹴りまくる。
「幼女! 幼女! 幼女! 幼女! 幼女っ!!」
『いでっ、ほがっ、めいぷ、ぼぎ、あびゃぶ!』
「いやっほー! 今日は幼女祭りだー!」
『す、すんまへん。調子に乗りすぎました。やめ―――』
「おいおい。どうしたんだ『最弱』おまえが言えっていったんじゃないか……ほれ、幼女っ!」
『―――ぐべっ!』
最後に膝蹴りをくらわせると『最弱』は愉快な悲鳴をあげて喋らなくなる。
そんな『最弱』を浩二は黙って拾い上げると、腰にさして歩き始めた。
「俺の一番嫌いなモノは支配される事で、二番目が利用される事。
三番目がワケの判らん中傷を言われる事だ」
『ちょ、ちょっとしたジョークやおまへんか……』
「はっちゃけ過ぎだ。ばかたれ―――っ!?」
何かの気配。刺す様な視線。
それが何であるか確認する前に、浩二は横っ飛びで地面を転がる。
次の瞬間。轟音と共に先程まで自分が立っていた場所に何かが落ちてきていた。
「見つけたぞ!」
そして聞こえてくる声。土煙が風に飛ばされて晴れてくると、そこに立っていたのは少女。
「ついに見つけた!『災いをもたらす者』ボクにはわかるんだからな……って、あれ?」
ビシッと浩二に向けて指をさすのだが、途中で格好が崩れる。
それから顎に手を当てると、何かがおかしいと言わんばかりの顔をした。
「おまえは誰だー!」
「って、オマエが誰だああああああああ!!!」
いきなり攻撃されて誰だ呼ばわり。これには浩二もビックリである。
「危険な力じゃ……ない。見た目はとても小さいけど……
……でも、凄く輝いてる……不思議な力……」
『相棒! この娘……』
「ああ。こいつがルプトナだな……」
『最弱』の呼びかけに浩二が答えると、ルプトナと思われる少女は後ろに飛びずさる。
「どうしてボクの名前を……」
「おまえは有名人だからな」
「そう。なら話は早いや! 何だかよくわかんないヤツだけど、オマエは街の奴等と一緒にいた!
ならボクの敵だ。ボクがいる限り、好き勝手にはさせないぞ!」
「オーノーだぜ。こいつ自己完結してファイティングポーズをとりやがった!」
『肉体言語やな。相棒』
「僕の名はルプトナ。精霊の娘ルプトナだ!
よくわからない変な敵め、やっつけてやるから覚悟しろ!」
左手を前に突き出し、右手を引く、めずらしい構えをとりながら名乗りをあげるルプトナ。
浩二は肩を落として溜息をつきたくなるのを我慢しながら『最弱』をかまえた。
「やあ、俺、斉藤浩二。略してサイコー。あそこのデカさもサイコー!
常に股間はエレクトリック! 海綿体と海兵隊ってなんか似てるよね?
ああ、ごめん。すぐに哲学に走ってしまうのが僕の悪い癖だ。反省……っ、コツン。てへっ☆」
それから『最弱』に言われたとおりの自己紹介をし、
最後に拳を軽く握って頭をコツンと叩いてぺろっと舌をだす。
すると、ルプトナはぷるぷると震えて、絶叫にちかい声でこう叫んだ。
「おまえは、ボクをばかにしてるのかーーーーーーーっ!!!!!!」
「ですよねーーーーーーっ!!!!」
***************
「―――ちいっ!」
「この、待てっ!」
浩二は永遠神剣の力で肉体強化を行い、森の中を駆け回っていた。
逃げる浩二を、ルプトナは木から木に飛び移って追ってくる。
「このおっ!」
上空からの強襲。急降下の勢いをつけた鋭い蹴りが後ろから迫っている。
浩二は『最弱』にありったけの力をこめると、それにカウンターを合わせるかのように振りぬいた。
衝撃音が響く。それと同時に衝撃波。浩二は大きく後ろに吹き飛ばされた。
「―――ぐっ、あっ、このヤロウ!!!」
吹き飛ばされながらも途中で地面に手をつき、上に飛び上がることで木との激突をさける。
「逃がさないよ!」
すると今度は下から来た。足を青白く光らせながらルプトナが跳び蹴りで向かってくる。
それは、さながら蒼い光弾のよう。瞬時に浩二は防御体制をとる。
通常攻撃に『最弱』の力は通用しない。あの青い光は永遠神剣の力を付加したモノだろうが、
加速をつけた蹴りの威力までは消す事ができないのだから。
「やあああああああっ!!!!」
「ぐおおおおおおっ!」
下からの蹴り上げに、更に高く上空へと押し上げられる。
このままではまずいと判断した浩二は、渾身の力で身体を捻り、蹴りの先端を身体から外した。
「いい加減にしろ! テメェ!」
「ボクの蹴りを外した!?」
ルプトナの顔が驚きに染められる。
浩二はその面に『最弱』の一撃をくらわせた。
「ぷぎゃ!」
スパーンと響くハリセンの音と共に落下するルプトナ。
地面に激突する前に体制を立て直し、空中で二回ほどくるりと回って着地したのは流石だろう。
ルプトナが着地してすぐに、浩二も少し離れた場所にズダンと音をたてて着地した。
「………速い……こいつ、メチャクチャ速い……
格闘による肉弾戦に特化した、靴の永遠神剣―――
しかも、格闘技の腕前は俺よりも数段上かよ……」
「おかしい。なんで―――っ?
あいつに攻撃する時、じっちゃんの力が消える……」
あまりにも相性の悪い相手に苦虫を潰したような顔をする浩二と、
攻撃がヒットする瞬間に、神剣の力が消されるという怪現象に驚いているルプトナ。
「……考えろ。考えるんだ斉藤浩二!
どうすれば、この状況を切り抜けられる! 考えろっ!!」
答えは決まっている。時間を稼ぐ事だ。そうすれば味方が駆けつけてくれる。
しかし、それまで持ちこたえられるのか? 素早さならばベルバルザード以上だ。
「とにかく攻撃をくらわせる。アイツよりもボクの方が速い!」
ルプトナは再び構えを取り、大地を強く踏みしめる。
浩二との距離は20歩以上離れているが、自分の足ならば一足飛びだ。
『くるで! 相棒!』
「やあああああっ!!!」
雄叫びを上げると、地面を蹴り上げて浩二に突進するルプトナ。
彼女が蹴った地面は大量の土を巻き上げ、土煙をあげている。
それほどの威力で蹴りつけ、飛んだのだ。
「せいっ、はっ、たっ!」
「くっ!」
蹴りがくる。竜巻のように連続で回し蹴りが放たれてくる。
浩二はその攻撃を後ろに下がりながら回避する。
「くそ! リアルで竜巻旋風脚を拝む事になるとは思わなかったぜ!」
『これで、はどーけんが飛んできたら笑えまんなぁ!』
「笑えねぇよ!!!」
垂直に飛び上がる浩二。
そして、片腕で木の枝をつかむと大車輪をきめ、手を離して前に飛ぶ。
「やるね!」
ルプトナが追って来た。反撃こそ余り無いものの、自分の攻撃を捌き切る浩二は強いと思った。
事実、斉藤浩二というマスターは、戦いのセンスは非凡なモノをもっている。
神剣による肉体強化の恩恵はあるものの、戦いとなれば、どう動くか判断するのは自己の判断なのだから。
このセンスがあればこそ、先にベルバルザードという戦士と戦っても生き残り、
今はルプトナという、獣を越える俊敏さの相手を敵にしても持ちこたえているのである。
「はぁっ、はぁっ、はぁ―――」
しかし、彼には一つだけ、決定的に欠けているモノがある。
それは相手に有効打を与える事のできる武器。
永遠神剣のマスターを相手に反応できる肉体と、戦えるだけのセンスがあっても、
攻めに転じられる武器が無い。
「………持ちこたえろ。焦るな。思考を止めるな。動けッ!
そうすれば、チャンスはきっとくる!」
次々と放たれるルプトナの攻撃。浩二はその攻撃をかわし、防ぎ……
きっとくる筈だと信じているチャンスを待つ。そして、その時がついに来た―――
「こうなったら本気を出していくよっ! じっちゃん!」
パンッと掌を合わせたルプトナが目を閉じて叫ぶ。
すると、蒼い光が彼女の体を包み込み、その背後に巨大な蛇のような神獣が現れた。
永遠神剣第六位『揺藍』が神獣・海神を呼び出す。
ファンタジーではリヴァイアサンとも呼ばれる強力なシーサーペントである。
『よしゃ! 墓穴を掘りおった! いけるでっ!』
「ああっ!」
しかし、斉藤浩二というマスターの前で神獣を出現させるのは自殺行為である。
何故なら彼がその手に持つのは、この世の全ての不条理を霧散させる『反永遠神剣』なのだから。
故に反永遠神剣『最弱』は『神獣』などという不条理な存在を認めない。
「―――だっ!」
浩二は『最弱』を手にして海神に飛び掛った。ルプトナは動かない。
じっちゃんに攻撃なんて効くものかと言わんばかりにそれを見ている。
その瞬間―――
浩二には勝ちのビジョンが見えた。
神獣を消滅させられて呆然とするルプトナ。そこに一撃叩き込むのは難しい事ではない。
無防備な首筋に手刀の一つでも叩き込めば昏倒させられる筈である。
――― ルプトナさんは、悪い人じゃないんですっ! ―――
「……くっ!」
しかし、次の瞬間には、彼女が意識を取り戻した時に訪れるだろう光景が思い浮かんだ。
じっちゃんと呼び慕っている神獣が消されたのである。
どれだけ叫ぼうとも、泣こうとも、消えた神獣は現れない。
「グルルルォオオオオオオオンンンン!!!!」
「しまった!!!」
『相棒!!!』
そんな事を考えた時点で、斉藤浩二の勝利はあっさりと敗北に返された。
身を捻らせた海神の尾が、横から唸りをあげてむかってくる。
「……うぐっ、は……また、こんなのかよ……」
それは浩二の全身を強打し、痺れるような痛みが身体を駆け抜け―――
「俺ってやつは……くそッ―――」
―――浩二の意識はブツリと途切れるのだった。