「ここ、どこだよ……」
目が醒めると、そこは知らない場所であった。
こういうのを鍾乳洞というのだろうか? 壁も天井も岩でできている。
そして、奥の方には松明が立てかけられており、炎の明かりが辛うじてこちらまで届いていた。
「なぁ、最弱……俺はどうなったんだ―――って、ねーし!」
となると、やはり自分は捕らえられたと考えるべきだろうと思う浩二。
記憶がハッキリしているのは、ルプトナに敗れ去り、気絶する瞬間までだ。
おそらくあの後、彼女に捕まってここにつれて来られたのだと。
敵に捕まるとは、考えうる限り最悪な状況であった。
しかも『最弱』を取り上げられているので、神剣のマスターとはいえ、
今は一般人となんらかわりない力しかないのだ。
「となると、ココは牢獄か……そのわりには広いよなぁ」
とにかく状況がわからない以上、うろうろと動き回るのは得策ではないだろう。
流石にモンスターとかは居ないと思うが、自分を攫った以上、
何らかのリアクションがあるはずだと、浩二は床に腰を下ろすことにした。
「……俺がミステリーADVゲームの主人公なら、
色々と調べ回るところだが、あいにくと俺はそんな上等なモンじゃねぇ」
ポツリと呟く浩二。いつもなら、このへんで『最弱』の返事が返ってくる所だが、
今は誰も言葉を返してくれる者はいない。
2年間、ずっと傍にいた相棒が居ないと言うのは何とも心細いものだった。
「弱いな、俺は……」
正確には、弱くなったと言うべきだろうか?
心細いなどと、そんなのは『最弱』と出会う前の自分なら、間違いなく抱かなかった感情だ。
「ん、目が醒めたんだね」
「うおっ!」
感傷に浸っていると、突然声をかけられて驚く浩二。
顔をあげると、そこにはルプトナが立っていた。その手には白いハリセン。
反永遠神剣『最弱』が握られていた。
「……ん? ああ。はい」
浩二が『最弱』を凝視している事に気がついたルプトナは、あっさりと『最弱』を浩二に投げて寄越す。
慌てて受け取った浩二は、随分と驚いた顔をしてルプトナを見た。
「いいのか? 俺に『最弱』を返してしまって」
「いいよ、別に。じっちゃんがよく見てみたいと言ったから借りてただけだし」
「じっちゃん……ああ、おまえの神獣な」
そう言って、浩二は自分をKOしたシーサーペントの姿を思い浮かべる。
そして、心の中で『最弱』に、無事かと問いかけた。
『ええ、まぁ……何とか無事ですわ。
べたべたと触られたり、引っ張られたりしましたけど……おかしな事はされてまへん』
(そうか……)
ほっと安堵の溜息を吐く浩二。
己の相棒が戻ってきた所で気を取り直したのか、浩二は改めてルプトナと話し合う事にした。
「ここはどこだ?」
「精霊の住処だよ」
「どうして俺を連れてきた?」
「そんなの、きまってるじゃないか。オマエを人質にして、ジルオルを誘き出すんだ」
知らない単語が出てきたが、それについては後回しだ。
まだ、一番聞きたい事を聞いてない。
「何故、俺に神剣を返す? 俺が抵抗しないと思ってるのか?」
「別に。したければしてもいいよ。そしたら、また懲らしめてやるまでだから」
「は、は、は……なるほど」
凄い自信だと思った。それとも自分が弱くてなめられているのか。
「オーケー。無駄な抵抗はしない。俺はおまえに負けたんだからな」
ナメられているのなら、そうしておいた方がいいだろう。
そう判断して、浩二は抵抗の意思はないとばかりに両手をあげる。
すると、ルプトナは満足したように頷くのだった。
************
「うーん……」
ルプトナが持ってきてくれた果物を齧りながら、浩二は唸っていた。
腰をすえてルプトナの話を聞いてみたのだが、街の人間が話すような悪人には見えない。
性格は子供っぽいが、善悪の区別はきちんとできているように思えるのだ。
「おまえは、一度も人を殺した事はないんだよなぁ?」
「……むっ、だからそう言ってるじゃないか」
「それは何故だ? 森に立ち入って欲しくないのなら、
見せしめの為に何人か殺してみせるのも効果的な手段だぜ?」
「だって……それは……」
勢いが弱くなるルプトナ。
それからボソボソと呟いたのを、浩二はがんばって聞き取る。
「人間にだって、家族はいるし……
ボクが殺しちゃったら、その人達が悲しむ……から」
「うん」
その言や良し。俺には言えない台詞だと浩二はルプトナの頭を撫でる。
これなら、彼女と街の人間を和解させる事はできそうだ。
「けどな、ルプトナ。森の木を伐採するのは許せんとおまえは言うが、
人が生きていく為には、どうしてもやらざるをえないんだ。
食事を取るのにも火はいる。身体を洗うのにも火はいる。
暖を取るためにも、家を建てるためにも、どうしても木材は必要不可欠なんだ」
「そんなの。ボクみたいに暮らせばいいじゃないか」
「じゃあ何だ。あの街の人間が皆……
洞窟に住んで、川の水で身体を洗い、木の実を食らうのか?」
「……うっ」
現実的ではない。全ての人間がそのような生活に耐えられる訳が無いのだ。
「もしくは……おまえの、ソレ―――永遠神剣の力で皆殺しにでもするか?」
「ううっ……」
「幼い子供も、力ない老人も……
全員殺してしまえば、森の木を切るヤツはいなくなるぞ?」
「……それは……」
たぶん、ルプトナにそこまでの意思は無い。
それは、永遠神剣という絶大なる力をもっているにも関わらず、
今までそれを実行していない事からしても明らかだった。
「……なぁ、これはやっぱり、何処かで落とし所を模索するべきだろ?
精霊と人間。両者が共存する為に……」
「…………」
「たとえば、伐採した後は苗木を植えるように徹底させるとかして……」
「それは、ボクだって考えた事があったさ。
けど、人間は狡賢い。すぐに嘘を吐く。だから、信用できないって長老が……」
どうやら解決の糸口が見えてきたようだった。
精霊に肉親を殺されたが故に、意固地になってる人間の長と、
人間は信用できぬと決めてかかっている精霊の長。その二人をどうにか出来れば……
「よし。俺をその長老とやらに会わせてくれ」
「いいけど……何で?」
「もしかして、力になれるかもしれない。
上手くいけば、共存への道が開けるかもしれない」
そう言って、浩二は笑うのだった。
******************
翌日。浩二はルプトナに連れられて森の奥へとやって来ていた。
洞窟のあった場所から三十分ぐらい歩くと、ストーンヘンジのようなモノが立ち並んだ平原が見えてくる。
それを見た浩二は感嘆の声を洩らした。
「へぇ、写真でしか見たこと無かったが、コレ……ストーンヘンジだろ?
ここが精霊の住家か……てこたぁ、何だ? もしかして俺達の世界にも、
かつては精霊が住んでいたのかもしれないな」
ストーンヘンジが何の為に作られたモノかは不明である。
しかし、かの有名なアーサー王伝説にも縁がある程有名な古代遺跡なので、
名前だけなら知っている者は多くいるだろう。
もっとも、浩二が知っている知識もその程度のものであるが……
「……で、その精霊サンは何処よ?」
「あれ? おかしいな……いつもならこの辺にいるのに……」
浩二が尋ねると、ルプトナは首をきょろきょろ振って辺りを見回す。
その時であった。首筋をチリチリと焼くような殺気を感じたのは。
「―――っ!」
浩二は腰から『最弱』を抜いて飛びずさる。
少し離れた所では、ルプトナも横に跳んで構えを取っていた。
「嫌な感じだ……コレ……欠片の熱さも感じない……冷たい、殺気……」
「これは……」
『ミニオンやな、相棒』
『最弱が』言うと、浩二は小さく溜息をつく。
そして、小声でやっぱりかと呟いた。永遠神剣が存在する世界なのだ。
そうなれば、やっぱりこいつ等も居るかもと思っていたら、案の定だったのだから。
「知ってるの? こいつ等の事」
「ああ。知りたくも無かったけどなっ!」
ゴウッと音をたてて炎の弾が飛んでくる。
浩二は『最弱』に力を籠めると、炎の弾に叩きつけた。
インパクトの瞬間に、スパーンと音が響くと炎の弾は霧散する。
ルプトナは、驚いたような顔で浩二を見ていた。
「やっぱり、おまえのその神剣……ヘンだ。魔力を消してしまうなんて……」
「ルプトナ。おまえが攻撃で、俺が防御だ。とにかく今はこいつ等を蹴散らすぞ。
……なに、俺達が組めばミニオンの10や20など敵じゃない」
「……わかった。ボクの動きについて来れるならねっ!」
そう言ってルプトナは跳躍する。浩二もそれを追うように跳んだ。
ルプトナが蹴りを放ち、ミニオンを吹き飛ばすと、
そこを狙い撃つ様に火や氷の弾丸が向かってくる。
「はあっ!!!」
浩二はその攻撃を全て『最弱』で霧散させた。
その時には、ルプトナは次の標的を見定めて、再び跳躍をしている。
「ひでぇパートナーだ。相手の男の事など考えずに、ガンガンと進んでいきやがる」
『ははっ、相棒なら大丈夫やろ。
ルプトナもそう思ってるからこそ、防御などせずに攻撃する事に専念しとるんやろ』
「我侭なお嬢さんだ! 我侭なのは、そのおっぱいだけにしておけってーの!」
軽口を叩きながら浩二は『最弱』を振るう。
魔法での攻撃は効果が無いと判断したらしいミニオンは、槍を投擲してきた。
風を切り裂きながら飛んでくる槍の永遠神剣。
「――こんなものっ!」
浩二は目を見開くと、それを掴み取って投げ返した。
「ルプトナの蹴りの速さと比べたら原付と大型二輪。
ベルバルザードの槍の重さと比べたら、軽自動車とダンプカーだ!」
「ひゅう。やっるー♪」
自らが放った永遠神剣に胸板を貫かれ、粒子となって消えていくミニオン。
言葉の意味はよく分からないが、とにかく自分は褒められたのだろうと気を良くするルプトナと、
ほうと感嘆の息を洩らす最弱。
『初めて戦った時より、格段に強くなっとる……
物部学園でミニオンに襲われたときは、逃げ回ることしかできなかったのに……』
考えてみれば当然の事だと『最弱』は思った。
斉藤浩二というマスターは、もともと戦いのセンスは高いのだ。
そして、今まで戦ってきた相手はベルバルザードにルプトナ。
どちらも浩二より格上の遣い手であったにも関わらず、彼は今も生きている。
浩二自身はその二人には負けたと思っているが『最弱』はそうだと思わなかった。
負けているのなら、今頃は斉藤浩二なる人間はここに存在していない。
本当に負けるとは死ぬ事なのだ。たとえ、運に助けられて生き残っているのだとしても、
その運を掴み取ったのは彼自身なのだから……
『思えば、全てが始まったあの夜から今日に至るまで、
物部学園のマスターの中で、一番強い敵と戦ってきとるのは……
斑鳩女史でも、世刻でもない……相棒なんやな……』
******************
「さて、斉藤くん……説明してもらおうかしら……」
「沙月先輩。目が笑ってねーっす」
街に戻ると、浩二は満座の席で一人、正座をさせられていた。
周りには沙月達、永遠神剣のマスターと数人の学生が立っている。
「これには、まぁ……深い訳が」
「あるんでしょうね。でなきゃ、あの娘と一緒に手を叩きあってる筈無いものね」
突如として現れたミニオン。浩二はルプトナと協力してそれを撃退すると、
テンションが上がっていたせいもあってか、二人で「いえーい」とか言いながら、
パンパンと手を叩きあっていたのである。
沙月達が現れたのはその時である。
その後ルプトナは逃走したが、浩二が攫われたと思って、必死に探し回っていた沙月達にすれば、
何をやっとるんだコイツはという光景であっただろう。
「とにかくその笑顔はやめてください。トラウマになりそうです」
「あら、失礼な事を言うのね、斉藤くん。女の子の顔を見てトラウマだなんて」
「いででで……」
耳を引っ張られて悲鳴をあげる浩二。
そんな光景を望や希美達は苦笑まじりに見つめていた。
「喋ります。喋ります。なんでも喋ります。
(ピー)の大きさから、初めて(ピー)した時のオカズまで全部!」
「―――っ! 誰も、そんなのは聞きたくないっての!」
―――スパーン!
浩二から取り上げた『最弱』で、浩二の頭を叩く沙月。
望に迫った時も借りていた事を考えれば、
何気に彼女は『最弱』を気に入っているのかもしれない。
「……望。何やら今、斉藤殿が喋ってる途中でピーと言う
不思議な音が聞こえたのですが、あれは何でしょうか?」
「えっ!?」
望は、純粋な瞳でそんな事を聞いてくるカティマに、何と答えればいいのか戸惑っている。
ソルラスカは、そんな望や正座させられている浩二を見て爆笑し、
タリアは腕組みしながら、心底呆れたような顔していた。
「あれは、俺が中学生のとき……家の店で働いている若い職人が、
ロッカーに忘れていった、見るからにアダルトなパッケージの―――」
「あーあーあー! 誰もそんなの聞いてないでしょーーー!!!」
―――スパーン!
「……内容は、何かドラマ仕立てでした。新妻の家に米屋がやってきて……」
―――スパーン!
「新妻はどうやら寝起きだったらしく、パジャマの隙間からブラジャーが見えましてね。
それが男の獣欲を刺激したのか、彼は徐に……お、おくさん!」
―――スパーン!
「それから、あれよあれよと言う内にベッドへ。
気がつけば俺もズボンを下ろして、それで―――」
「やめなさいって、言ってるでしょーーーーー!!!」
―――ゴンッ!
「ぐえっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「せ、先輩……女の子が踵落としをするのは……
いかがなモノかと……つーか、黒のパンツは、狙いすぎ……」
そう言って昏倒する浩二。少し離れた場所では、これって逆セクハラじゃね?
と思われる羞恥プレイをカティマに受けている望。
何と言うか、カオスな状況であった。
「あ、あの……希美さん」
「……ん? 何、レチェレさん?」
「いつも、こんなの何でしょうか……」
良い見世物になっている物部学園の面子を見てレチェレが問うと、
希美は苦笑しながらこう答えるのであった。
「……うん。概ねこんな感じ、かな?」