「また、旅団か……」
離れた席で大騒ぎするソルラスカ達を尻目に、浩二は出された料理を摘んでいた。
騒ぎの中心にいる女性の名はヤツィータ。旅団に所属ずる永遠神剣のマスターである。
いつまでも旅団本部にやってこない自分達を心配して、この世界に迎えに来たのだそうだ。
戦力の増加に望や希美は喜んだが、浩二だけは一人、つまらなそうな顔していた。
居場所が旅団にどんどん侵食されていく。
ソルラスカやタリアの事は嫌いではないが、こうして組織に属する人間が増えてくると、
行き先が自分達の意思ではなく、組織の人間に決められそうで不安なのだ。
「はぁ……」
溜息を吐く。自分達を取り巻く流れに、流されてしまえば楽なのだろうが、
斉藤浩二という人間は独立志向が大きい。そして、強要される事を嫌う。
基本的に、何事も自分で決めた事でなければ嫌なのだ。
―――このまま全部投げ出してしまおうか?
本音で言えば、旅団本部などと言う所に行きたくは無い。
物部学園の生徒として、旅団本部に行くことが決定してしまったので、
仕方なく着いて行くだけなのだ。
「行きたくねーなぁ……」
いっその事、帰れる目処がつくまでは、自分は気に入ったこの世界に留まり、
元の世界に帰還する時に、ものべーに拾っていって貰うのはダメだろうか?
「はは、無責任すぎるよな……それは……」
魅力的な考えだが、それは出来そうにない。
言葉に出したとおり無責任過ぎるのだ。
単体での能力ならば全ての永遠神剣に劣る『最弱』とはいえ、自分には戦う力があるのだから……
「そこ、いいかしら?」
「え?」
浩二がぶつぶつと呟きながら考え事に没頭していると、
いつの間にか件の女性―――ヤツィータが目の前に立っていた。
「あ、はい……どうぞ」
「ありがと」
浩二はテーブルの上に並べられていた自分の皿をどかし、
ヤツィータが片手に持っていた酒を置くスペースを作ると、彼女は微笑んで対面に腰を下ろす。
「貴方が、斉藤浩二くんね」
「はぁ……」
「望くんや希美ちゃんと同じ学校に居た……
旅団のデータに記されていなかった、イレギュラーの永遠神剣のマスター。
サレスもナーヤも、貴方には随分と興味をもっていたわ」
「……はは、それは光栄ですね。
俺は貴方達『旅団』とやらにはまったく興味ありませんが」
いきなり異端者扱いされて、浩二はムッとする。
ヤツィータは、自分の言い方が無礼だった事に気づくと、ごめんなさいと浩二に謝罪した。
「悪気があった訳じゃないの。気を悪くしたなら許してね」
「……すいません。俺も感情的になりすぎました」
素直に謝られた事により、浩二も自分の態度も悪かったと謝る。
すると、ヤツィータは酒の瓶を掲げて、飲む? とジェスチャーしてきた。
「頂きます」
浩二は未成年だが、酒は飲めるほうである。
家が家なだけあって、酒を飲む機会が無いわけではないのだ。
それからしばらく、他愛の無い話をいくつかした。
ヤツィータは、自分はどんなモノが好物であるとか、特技は何であるのかを語り、
浩二は、家族の事や今までの学園生活をいくつか語った。
「また今度、おねーさんのお酌の相手をしてくれるかしら?」
「ヤツィータさんのような美人の相手なら喜んで」
結局、ヤツィータは一番聞きたかったであろう浩二の神剣―――
反永遠神剣『最弱』については何一つ触れる事無く、席を立って去っていった。
斉藤浩二という少年が、戦力という駒扱いされるのを嫌う事を察したのである。
―――そして、その判断は正解であった。
もしも彼女が浩二の事を、すなわち彼の神剣『最弱』について、
根掘り葉掘り聞き出そうとしていたら、
浩二はハッキリと『旅団』とは相容れぬと、決別する意思を固めていただろう。
彼は個人の思想を無視され、物扱いされる事を極度に嫌う。
「表面上は、あけすけな道化を演じてるけど……
ホントは、かなり気難しい子ね……」
ヤツィータは席から離れると、少しだけ振り返って浩二を見た。
「人の良い望くんや希美ちゃんと違って、あの子……手ごわそうだわ。
接し方を間違えると、あっさりと敵に見られかねない」
そう呟いた後に、サレスも難しい事を言ってくれるものだと思った。
斉藤浩二というマスターを、何としてでも『旅団』に引き込んでくれ等と。
「あーいうタイプの男の子は、大儀や理想では動かないのよね……
あれは単純に、シンプルに……好きな娘ができたら、その娘の為だけに戦うタイプ……
どうしても欲しいと言うのなら、サレスが女装でも何でもして彼を惚れさせれば良いのよ」
そうすれば、彼はサレスの為に命懸けで戦い、
『旅団』を絶対に裏切らない、非常に協力的な味方となるだろうから。
「ぷぷっ」
そんな事を考えながら『旅団』の長であるサレスが女装した姿を想像し、
あらあら随分な美女じゃないのと、一人笑うのだった。
************
世刻望は、斉藤浩二と肩を並べて森の中を歩いていた。
沙月曰く、自分は浩二の目付け役なのだそうだ。
何せ斉藤浩二という男は、一人にするとすぐに事件に巻き込まれる。
剣の世界では一人の所を謎の襲撃者に襲われ、崖から転落した所をソルラスカとタリアに助けられ、
この世界では一人の所をルプトナに襲われて、あっさりと彼女に攫われてしまっている。
これではまるで一昔前のアクションゲームに出てくるヒロインだ。
世界が変わるたびに、行方不明になったり攫われたりしたのでは堪らない。
と言う訳で、望は浩二のお目付け役に任命されたのである。
「すまんね。永峰にカティマさん。
どうやら世刻のヒロインは俺に決定したらしい」
「むーっ……」
「ヒロイン?」
「……やめろよ……キモイから……」
軽口を叩いているのは、せめてもの抵抗だ。
浩二にしてみれば、タリアやヤツィータという『旅団』の人間よりかはマシだが、
寝床まで同じ部屋に配置する事はあるまいと言う所である。
「ところで斉藤」
「ん?」
「おまえ、あのルプトナって娘と戦ったんだよな?」
「ああ。負けたけどな」
話を変えてきた望に、浩二は苦笑を浮かべた。
二人の話題は興味があるようで、希美もカティマも顔を寄せてくる。
「強かったか?」
「強いな。けど、この面子で取り囲んで総攻撃をすれば、倒せない相手じゃない」
「まぁ、こっちには永遠神剣のマスターが8人もいるもんね」
浩二が答えると、その答えに納得がいったのか、希美が笑いながら相槌をいれる。
そこで浩二は、ルプトナと話した時に出てきた疑問を思い出した。
「そう言えば世刻。おまえジルオルって知ってるか?」
「ジルオル?」
「ああ。ルプトナが言ってたんだけど、
おまえは、滅びだか破壊だかをもたらす者ってヤツで、名前をジルオルと言うらしい」
「はぁ!?」
いきなり『破壊をもたらす者』なんて物騒なヤツにされた望は、
心底呆れたような顔で浩二の顔を見る。
「知らねーよ、そんなヤツ。人違いだよ!」
「そうだよ。望ちゃんは望ちゃんだよ」
「まぁ、そんなに怒るなって。だから俺も言っておいたって。
あいつの名前は世刻望。周りに、これでもかと言わんなかりに美女をはべらす、
世界中の男の敵ではあるが『破壊をもたらす者』なんかじゃないって」
「な! 俺がいつ美女をはべらせたんだよっ!」
「ここと、そこと、あそこ」
順番に、希美、沙月、カティマを指差す浩二。
「違うって! 沙月先輩は学校の先輩だし、希美はただの幼馴染!
カティマもただの友達だって!」
「またまた。ご冗談を……てゆーか、そんなにタダタダ言うなよ。
お姫様が二人、ご機嫌斜めだぞ?」
「え?」
望が慌てて振り返ると、そこには明らかに落ち込んだ顔をしているカティマと、涙目になっている希美。
「……ええ、そうですね。タダ、ですよね……私なんて」
「ううっ、望ちゃんの馬鹿……」
「いや、ちが、これは―――」
失言を挽回すべく慌てる望。
浩二は、上手いこと望を巻くことに成功したと思い、そっと彼等から離れる。
それから列の最後尾に着くと、腰の『最弱』に話しかけるのだった。
「あんなのに付き合ってられんよなぁ、オイ?」
『自分で引っ掻き回してといて、そりゃないと思うねんけど……』
「いいんだよ。アイツは幸せが人の三倍あるんだから。
それに、定期的に醜態をさらしてもらわんと、やっかむ男子学生がでてくるからな」
『何や? アレ、世刻に気ぃ使ったんでっか?』
「いや、結果にもっともらしい理由をこじつけただけだ。
まぁ、傍にピッタリ張り付かれるのも気が滅入るし、いいんじゃね?」
そう言って、離れた場所から望達の様子を見ると、
『最弱』も、あんな乱痴気騒ぎに巻き込まれるのは嫌だったのか、そうやなと相槌をいれる。
「てゆーか、オマエ。どう思うよ?」
『何がでっか?』
「今回の件だよ。こうして、街の人間をゾロゾロと引き連れて精霊の住処に乗り込む件」
『ああ……別に、させたいようにさせればええんとちゃいます?
どんな理由だろうと、あのロドヴィゴと精霊の長が顔を合わさん事には始まりませんわ』
今回の行動は、沙月達という戦力を手に入れた人間達が、
森に住む精霊を駆逐すべく、精霊の住処に乗り込むという作戦行動であった。
浩二は、ルプトナから聞いた話は街の長であるロドヴィゴに伝えた。
精霊は人を襲わない。ルプトナにしても、木を切り倒す人間を脅かして、
立ち去らせようとはするものの、実際にその手で人間を殺めた事は一度も無い。
おそらくロドヴィゴの兄を殺した連中とはミニオンという、
精霊とはまったく別の邪悪な存在であると告げても、
長年の固定概念というのは一度の説得で覆せるモノではなく、
ミニオンも精霊の仲間だと言い切られてしまったのだ。
沙月は浩二の話を全面的に信じた。
彼女は、本来精霊という種族は大人しい種族であると言う事を知っていたし、
浩二とルプトナがミニオンと戦っていたという現場を見ている。
その上で、ロドヴィゴの協力要請を受け入れたのだ。
とにかく精霊の長という人に会って詳しい話を聞いてみよう。
ミニオンが現れるという事は、この世界にも『光をもたらすもの』が関わっている筈だと判断して。
「ルプトナと話した時は、人間と精霊の間の誤解さえとけば問題は解決すると思ってたが……
ミニオンの登場によって、また変な雲行きになってきたなぁ」
『まぁ、油断はせん事やな……相棒。
事と次第によっては『光をもたらす者』と戦う事になるかもしれへん』
「エヴォリアとベルバルザードか……」
『神剣の位は第六位やけど、あいつ等はこっちのマスターと比べて戦い慣れしとる。
人数ではこちらが勝るとはいえ、油断しとったら食われるで?』
「沙月先輩は、さ……」
『ん?』
「沙月先輩は『光をもたらす者』の目的は、
星を破壊する事だと言ってたけど……それだけなのかな?」
『いや、それは無いやろ』
二人とも、快楽のために破壊を目的とするような人間には思えない。
ならば、破壊は何らかの目的を達成する為の手段なのだ。
「ならば、数多の星をぶっ壊し回ってまでも成し遂げたいと願う、その目的……
それは、いったい何なんだろうな?」
『そら、よっぽどの目的なんやろうなぁ。想像つきませんわ』
「こんな事を言ったら何だけどさ……俺は、少し羨ましい」
『はぁ?』
「俺には夢が無いからな。命がけで護りたいものも無い。
だから、星をぶっ壊してでも手に入れたい何かなんて……
そんな大きな夢ないし、野望を持っている『光をもたらす者』は、眩しく見えるんだ」
『……相棒……』
―――もう、あの頃には戻れない。
たとえ元の世界に帰り、何事も無かったかのように、
今までどうり普通の学生に戻れたとしても―――自分はもう、あの頃には戻れない。
無限に連なる平行世界の存在を知ってしまったのだ。
そんな心踊る舞台を見せ付けられて、
元の世界で平凡な一生など送れるはずが無い。若さがそれを許さない。
広い世界を縦横無尽に駆け回り、夢を追いかける自分というのを、
一度も空想した事が無い人間がいるだろうか?
それが、あまりにも漠然とした妄想の類であったとしても―――
「なぁ、最弱……」
『何でっか?』
「俺は元の世界に帰る。学生の身の上で、まだ一度も親に恩も返していないしな。
……けど、それを返したと思ったら………」
浩二は一度だけ目を閉じる。
顔をあげ、今の自分を支配している感情を反芻する。
そして、決心が固まったのかハッキリと口にして言った。
「俺は―――海賊王になる!」
親指でグイッと自分を指して言う浩二。
『最弱』は、しばらく無言を続けて、ポツリと呟く。
『……もう一回、言い直しても……ええんやで?』
「……冷静に返すなよ……死にたくなるだろうが……」
斉藤浩二は、思わずノリで口から出てしまった言葉に後悔していた。
こんな想いは、中学生の頃に調理実習でパンを作っていた時に、
パン生地をパイの皮で包み「これが、俺の邪パン第一号・パイパンだあーーー!」とやってしまい、
男子生徒には大うけしたが、女子生徒からは思いっきり冷たい目で見られた時の様に。
「あー、まーアレだ。旅に出るよ。
もっと、色んな世界を見てみたくなったから。
それで見つけるんだ。俺が本当に居るべき場所を……」
『……まぁ、ええんとちゃいます?
ワイは、基本的には相棒が決めた事に従いまんねん』
「おう!」
そしてこれが、今まで何者にも興味を持つ事が無かった……
斉藤浩二という少年を変えていく、最初の切っ掛けであった。