「くそっ、何てこった!」
浩二は神剣の力で肉体強化を行い、森の中を駈けていた。
すぐ後ろには望とソルラスカの姿がある。
彼等も、浩二同様に肉体強化を行い、常人では考えられぬ速さで森の中を走っていた。
「ロドヴィゴさんと青年団の人達……無事かな?」
「ミニオンと鉢合わせてなければ生きてるだろうよ!」
望の問いかけに、吐き捨てるように答える浩二。
二人の会話を聞いていたソルラスカが、気遣うようにこう言うのだった。
「ま、それを祈ろうぜ」
―――事の成り行きは、こうである。
道中を共にしている内に、沙月達には精霊達と戦う意思がないと判断したロドヴィゴは、
小休止を取った際に、街の青年団を引き連れて勝手に行動を起こしたのだ。
沙月達が精霊を倒さぬというなら自分達が倒すと決心し、
こちらに何の断りも無く、浩二が教えた精霊の住処に向かって進軍し始めたのである。
ロドヴィゴが率いていった街の青年団は、
狩猟などを生業とする、それなりに武器の心得がある若者達だ。
しかし、それぐらいの強さの人間では、100人居てもミニオン1人に歯が立たない。
それを分かっていても沙月達から離れ、行動を起こしたのだとしたら、
皆が思っていた以上に、ロドヴィゴが精霊に抱く敵意は深かったのだろう。
浩二は、それに気づいていれば、誰が何と言おうと彼等の傍に張りついて、
こんな行動を許さなかったのにと後悔していた。
「……ロドヴィゴや、青年団に何かあったら……
……俺は、レチェレと酒場の皆に……どの面さげて……くそっ!」
ロドヴィゴや青年団には何の義理も無いのだが、レチェレと店の皆は気に入っていた。
彼等が街の仲間がミニオンに殺されたと知ったら悲しむだろう。
故に浩二は唇を噛むのである。
「斉藤。そんなに自分を責めるなって。俺達だって気づけなかったんだ」
「そうだぜ、浩二。おまえだけのミスじゃねーよ」
望とソルラスカはそう言って慰めてくれるが、浩二の顔は少しも晴れない。
街の人間達の事情、精霊達の事情。物部学園のマスターの中で、
その二つを一番理解していたのは自分なのだから。
「……サンクス」
浩二は、表面上は楽になったと言う様な表情で二人に礼を言いながら、
まったく晴れない心を抱えて走り続けるのだった。
*************
「はぁ、はぁ……」
ルプトナは、荒い息を吐きながら構えをとっていた。
回りには十数人のミニオン。それぞれの得物を構えてルプトナを取り囲んでいる。
「こんな程度……」
ぽつりと呟くルプトナ。隣に浩二がいる時は、さして苦もなく蹴散らせた。
魔法の効果を打ち消す不思議な神剣で、遠距離からの狙撃は全て叩き落としてくれたのだ。
しかし今、隣に浩二は居ない。背中を護ってくれる仲間はいないのである。
「負けるもんか……ボク一人だって……」
倒れるわけにはいかない。自分が倒されたら、人間達を護れなくなる。
ルプトナは、何故か精霊の住処の近くでミニオンに襲われていたロドヴィゴと、
青年団を逃がす為に、こうして一人で孤独な戦いを強いられているのである。
人間が、どうしてこの場所にやって来たのかは知らない。
けれど、襲われて殺されそうになっているのを見殺しにできるほど、自分は人間を憎んではいない。
ただ、精霊の住処の近くまでやって来て、木を切り倒すのが許せないだけなのだ。
「……っ、痛……」
後ろからの斬撃。何とか身体を捻って回避したが、肩に浅い傷をうけた。
すぐさま蹴りを放つが、大きく後ろに跳んで避けられる。
次の瞬間には炎。左右から唸りをあげて向かってくる。
「―――ハッ!」
神剣に力を籠めた回し蹴りでそれは叩きとした。
実力はルプトナの方が遥かに上だ。一対一なら一分とかからず消滅させている。
しかし、ミニオン達はオフェンス、ディフェンス、サポートと三人一組で陣形を組み、
次々と波状攻撃をしかけてくるのだ。
―――それでも、ルプトナが全力を出せれば負けないだろう。
彼女の永遠神剣『揺藍』は第六位。ミニオンが持っている下位神剣とは格が違う。
靴の永遠神剣という、素早さに特化した『揺藍』の全力移動ならば、
残像さえも残さぬ音速に近い速度で陣形をかく乱する事もできる。
だが、ルプトナはロドヴィゴ達を逃がす為に、この場所に留まらねばならなかった。
それが、素早さという彼女の一番の武器を殺しているのである。
「くっ!」
またしても火炎弾がとんできた。今度は左右に加えて上からも。
そして、正面には剣と槍の永遠神剣を持ったミニオン達が、振りかぶって走って来ている。
これまでかと思った。最後は人間達を護って死ぬなんて……
何とも無様な最後だと、戦いから意識を手放しかけた瞬間―――
「はああああああっ!!!」
―――咆哮が木霊した。
**************
「あれは、ルプトナ!」
「やべぇんじゃねぇか、おい?」
「―――ッ!」
浩二が数十人のミニオンに取り囲まれているルプトナの姿を視界に捉えた時、
後ろを走っていた望が物凄い速さで追い抜いていった。
「はやっ!」
目が思わず点になる。それほどの速さだったのだ。
そう思ったのはソルラスカも一緒だったようで、彼もぽかんと口を開けている。
「―――だっ!」
望は己が永遠神剣『黎明』を十字に構えて跳躍する。
そして、ルプトナの頭上に迫っていた火炎弾を神剣で切り裂くと、
素早く彼女の隣に着地して、彼女の周囲を回転する。
その際に左右から迫っていた火炎弾を神剣で斬り伏せた。
ぐるりと一周して彼女の正面に差し掛かると、ダンッと地を蹴って前に飛ぶ。
縦と横。右手の剣を横に薙ぎ払い、左手の剣を縦に振り下ろす。
「はああああっ!!!!」
望の咆哮と共に十字の閃光が奔った。
「―――大丈夫か?」
「……え?」
胴を薙ぎ払われて消滅していく槍を持ったミニオンと、
頭から両断されて消えていく剣を持ったミニオンの間に立ちながら、望は振り返ってルプトナを見る。
「……なんだ、アレ? おっとこまえ過ぎるだろ?」
未だにルプトナの所まで辿り着けていない浩二は、呆れたように呟いた。
ソルラスカは悔しそうにしている。望をどこかライバル視している彼からすれば、
あの数秒間で望が見せた動きは、実力差を見せ付けられたようなものだからだ。
「おまえ……ジルオル? いや、セトキノゾム!」
「俺もいるぜ!」
ようやく追いついた浩二が『最弱』を構えながらルプトナの隣に立つ。
反対側には『荒神』を構えたソルラスカが立っていた。
「浩二!?」
「いよっ、ルプトナ。助けに来たぜ?」
「何で!」
展開についていけないルプトナが叫び声をあげる。
望は、そんな彼女を安心させるように微笑んだ。
「ロドヴィゴさん達から話は聞いたよ。キミが助けてくれたんだってね?」
「……それは……ほかって置けなかったって言うか……」
「ありがとう。怪我は無いか?」
「……ん、少し……けど、たいした傷じゃないから……」
覗き込むように身体を見られ、顔を赤くするルプトナ。
何だか、すごく話に置いてかれたような気分の浩二は、苦笑しがらソルラスカに話しかけた。
「……なぁ、ソル。冒頭部分まで主役って俺じゃなかった?」
「知らねぇ。気のせいだろ?」
「ですよねー」
少しだけ髪の生えてきたボーズ頭をシャリシャリと掻く浩二。
「ほら、立ち話なんてしてないで行くぞ。斉藤、ソルラスカ!」
「あいよ」
「おう!」
「……ルプトナ。キミもいけるな?」
「あ、うん」
四人で背中合わせにして永遠神剣を構える。
「すぐに沙月先輩達も駆けつけてくれる筈だ。それまで俺達で持ちこたえるぞ!」
「―――ハッ。沙月達を待つまでもねーよ。俺が全滅させてやるぜ!」
望の言葉に、ハッと息巻いて答えるソルラスカ。
ルプトナの瞳にも、先程までの悲壮感は無い。
―――形勢は逆転していた。
「ふうっ……」
ミニオン達を蹴散らし、戦いが終わったのを確認すると、
浩二は『最弱』を腰に挿して、ほっと息を吐く。
結局、ロドヴィゴ達を介抱していた沙月達がくるまでに全部片付けてしまった。
「やれやれ……何とかなったみたいだな……」
ソルラスカもルプトナも奮闘したが、誰よりも何よりも望が絶好調だった。
唯の一振りで、ミニオンの神剣ごと両断する力と、
全方位に目がついてるのではないかと疑いたくなる程の隙の無さ。
今までも決して弱いわけでは無かったが、先程までの望は凄すぎた。
「……はぁ……はぁ……」
望は、今も神剣を収めないで荒い息を吐いている。
浩二が後ろから肩を叩くと、凄まじい形相で振り返った。
「うおっ!」
びくりして叫ぶ浩二。視界に入る者すべてを殺すと言わんばかりの表情だったからだ。
望は、肩に手を置いたのが浩二だと判断すると、スッと表情を元に戻した。
「……斉藤……か」
「お、おう。俺は斉藤だが……おまえ、世刻だよな?」
「……当たり前だろ?」
それ以外の誰だと言うんだとばかりの望だが、
浩二にはこの時、世刻望が違う誰かのように見えた。
もっと、恐ろしい別の何か―――
「望ちゃーん!」
「みんなー大丈夫ー!」
遠くから声が聞こえてきた。見ると、手を振っている希美や、
心配そうな顔をしている沙月の姿。後ろには永遠神剣のマスター達に護られながら、
バツの悪そうな顔しているロドヴィゴと青年団の姿があった。
「おーーい、こっちだこっちー!」
ソルラスカが大きくブンブンと手を振って答えている。
宣言したとうり、彼女達が追いつくまでにミニオンを殲滅させられた事が嬉しいのか笑顔だ。
そんなソルラスカの様子を見たタリアが、溜息をついている姿が見えた。
**************
「………何だったんだろう、アレ……」
望は、今まで隠れていたらしい精霊の長ンギと、
街の代表ロドヴィゴが何かを話し合っている姿を、
少し離れた場所にあった、木の背にもたれ掛かりながら眺めている。
ロドヴィゴが、兄を殺したのは云々と怒鳴り声をあげているが、
精霊の長ンギは、落ち着き払った様子でその怒りを受け流している。
ルプトナが何かを言っていた。それを聞いたロドヴィゴとンギが意気消沈したように俯く。
「俺は……」
そこに、タリアが話を纏めるようにロドヴィゴとンギの間に入って何かを言っていた。
しかし、望の目は先程からずっとルプトナにのみ向けられている。
「……ルプトナを知っている?」
ルプトナが襲われている光景を見た瞬間。
フラッシュバックするように脳裏に浮かんだ光景。
自分ではない自分。ルプトナに良く似た少女の手を引いている自分。
居合いのような構えで自分の前に立つ誰か。槍を構えている誰か。
「……っ、くっ……」
あの瞬間に浮かんだ光景を思い出そうとすると、頭にノイズが走るように気持ち悪くなる。
「やめろ、やめろ、やめろ!!!」
刀のような武器を構えた男を『黎明』で斬り倒す光景。
そして、その直後に現れた槍をもった少女に刺し貫かれる光景。
「アレはダレダ。アレはダレダ。オレはダレダ。オレハ―――」
そして、そして、そして―――
「オレは、ジ―――」
「ノゾムっ!」
「―――ッ!?」
耳元で怒鳴られた事により、望はハッと顔をあげた。
その先には己が神獣である少女レーメ。
「どうしたのだ? さっきからブツブツと……それに、顔が真っ青だぞ?」
「……あ、いや……何でもないんだ……」
「むっ、何でもない訳があるか。何でもないヤツはそのような顔はせぬ。
悩みか? 心配事か? 何でも吾に話せ」
ふわふわと鼻先に浮かんでいるレーメ。その表情は心配そうだ。
望は、フッと笑った。そして、彼女を自分の掌に座らせると優しく頭を撫でる。
「大丈夫……何か、ちょっと気分が悪くなっただけだから……
ありがとな。レーメ。心配してくれて」
「本当に大丈夫なのか? 吾等はパートナーなのだぞ? 隠し事は許さぬからな?」
「ああ。大丈夫……本当に、悩みとか心配事じゃあないから……」
アレは、訳の判らないフラッシュバックに気分が悪くなっただけだ。
そう言葉を飲み込んで、レーメを自分の胸ポケットに導く。
定位置に収まったレーメは、胸ポケットから望の顔を見上げていたが、
もう一度望が微笑んで頭を撫でると、安心したように彼女も笑みを返してきた。
「よし、ならば吾等もサツキ達の所に戻ろう。
何やら人間と精霊の間の誤解は解けたようで……
ロドヴィゴの兄を襲った連中は『光をもたらすもの』だそうだぞ」
「やっぱり『光をもたらすもの』か……」
「それで、ンギの話によれば、森の奥の方にあるピラミッドが、
ミニオンの生産工場になってるらしい」
「は? ミニオンの生産工場?」
戦いの後、話をまったく聞いていなかった望は訳が判らないという顔をする。
するとレーメは、どこか嬉しそうに、やっぱりノゾムには吾がついて居ないとダメダメだなぁと頷く。
そして、ウンウン頷きながら、吾のような、しっかりした神獣がパートナーである事を感謝するのだぞと、
やたら長い前置きの後に説明をし始めた。
長老ンギ曰く―――
一つ。ロドヴィゴの兄を殺したのは精霊達では無くミニオンである。
二つ。ミニオンをこの世界に呼び出しているのは『光をもたらすもの』である。
三つ。光をもたらすものは、言葉巧みに精霊達を騙し、精霊達から『精霊回廊』を騙し取った。
四つ。精霊回廊とは文字どうり、精霊達が別世界に移動する道であると同時に、
人間でいうところの空気や水と同じ、必要不可欠なモノである。
人間が毎日、食事と睡眠で体力の回復をはかるように、
精霊は精霊回廊で身体を休める事によりエネルギーを補給するからだ。
五つ。光をもたらすものが精霊回廊を奪った理由は、その近くにミニオンの生産工場を作り、
そこから精霊回廊を通して他の分子世界に尖兵として派遣する為である。
六つ。今では、精霊達は光をもたらすものに奪われた精霊回廊とは別口の、
細くて小さな精霊回廊に身体を小さくして収まり、何とか生き長らえているというのが現状である。
「……と、言う訳で、吾等はこれから『光をもたらすもの』から精霊回廊を解放すべく、
森の奥にあるピラミッドみたいな建物に向かうことになったのだ」
「じゃあ、精霊と人間の間にあった誤解はとけたんだな?」
「うむ。ルプトナのおかげだ。アレが、鼻から人間を信用しないで何も話そうとしなかった、
長老ンギを説得せねば、こうはいかなかっただろう」
「そっか……」
何はともかく、一番の問題が解決したようでなによりだ。
望は安心したように微笑む。
「じゃあ、後は精霊回廊を解放するだけか……」
「うむ。この世界に平和を取り戻す為。
そして、ミニオンなんて邪悪なモノをこれ以上作らせん為―――行くぞ、ノゾム!」
そう言って、遠くに見えるピラミッドをビシッと指をさすレーメ。
「はは、了解……」
望は、何だかノリノリなレーメに苦笑しながら、仲間達の所に戻るのだった。