「いいのか? 浩二……」
「おう。ばっさりとやってくれ!」
ハサミを持って浩二の後ろに立つ信介と、カーテンらしき布で身体を包み、椅子に座っている浩二。
彼等二人は屋上に居た。青い空と太陽の見える屋上に。
「俺、床屋じゃないから上手くはできないかもしれないけど……」
「ボーズ頭にするんだから、上手いも下手もないだろ」
「まぁ、それもそうだな……じゃあ、やるぜ」
「頼む」
短く浩二が言うと、信介はジョキジョキと音を立てながらハサミで浩二の髪を切る。
白いカーテンの上にちじれた髪の毛がバサバサと落ち、いくつかが飛ばされていった。
『剣の世界』と名づけられた異世界の風に乗せられて―――
*********
「わかってるな!『最弱ッ』」
『わかってまっせ! 力の全てを防御にやな!』
日常が変わったあの日―――
斉藤浩二はグランドで一人戦う斑鳩沙月を助けるために、両手に物を抱えて乱入した。
右手には白いハリセン。永遠神剣最下位『最弱』を持ち。
左手には大きな建物には必ずいくつかある、真っ赤な筒状の消火器である。
浩二は、沙月が戦っている所に割ってはいると、沙月を襲うヒト型達に向かって、
おもむろに消火器をぶっ放した。勢いよく出てくる白い霧のようなモノに、
ヒト型達は新手の攻撃かと飛びずさる。
「斉藤くん?」
「いいえ。違います!」
突然の乱入者に沙月が視線を向けながら問うと、
演劇部の部室から失敬した怪人のお面を被っていた浩二はキッパリと否定した。
そして、ババッと素早く即席ポーズを取ると、高らかにこう宣言した。
「俺の名は―――マスク・ド・斉藤ッ! うまうー!」
「…………」
「…………」
「……あの……斉藤くん? 私、今冗談に付き合ってる暇は無いんだけど……」
「サイトウ……ホンキ……サツキ……タスケニ、キタ……うまうー!」
突然カタコト言葉になる自称マスク・ド・斉藤に、沙月は怒りよりも大きい脱力感が全身を包んだ。
その時である。今まで沙月が威圧で動きを封じ込めていたヒト型が、
一瞬緩んだ隙をついて突撃してきたのは。
「くっ!」
沙月はすばやく身構える。しかし、狙いは沙月では無かった。
槍を突き出しながら沙月に突っ込んできたのは陽動であり、本命は浩二である。
赤い髪のヒト型が炎の玉を投げつけ、青い髪のヒト型が剣風を飛ばす。
「斉藤くん!」
慌てて庇いに飛ぶ沙月だが、間に合わないと思った。
皆を守ると、学校の皆は私が護ると誓ったばかりなのにと自分の不名を恥じながら。
しかし、その攻撃を浩二は―――
「うまっ!」
横っ飛びでかわした。スタッと着地すると、不思議な踊りをし始める。
「ありゃほりゃ、ほれ、うーまうー♪」
「……あ? え?」
何だこの光景は? 何だコイツは? 沙月を含む、この場の全員がそう思った。
沙月は感情で、ヒト型達は本能で。
「沙月先輩。いくらかは俺が引き付けます。でも、たぶんそんなに長く持ちません」
踊りながら沙月の傍によってきた浩二は、横切る瞬間にボソリとそう呟いた。
沙月の目が大きく開かれる。それと同時に浩二は横に大きく跳ぶ。
人間離れした身体能力で。沙月と同じ、永遠神剣の遣い手と同じ身体能力で。
「うまうー!」
その瞬間。ヒト型達は浩二を敵であると判断した。
常人離れした動きをする者。すなわち、永遠神剣の遣い手であると。
グランドに居る半分のヒト型達が浩二に向かって殺到する。
浩二はそれを確認すると、奇声をあげながら逃走を開始した。
「うーまうー!」
*********
「やっべ、うわ、すっげ、俺、すげードキドキしてる!」
グランドの周りを逃げ回りながら、使い切った消火器を捨てて浩二は小声で呟いた。
『ほほー。余裕やなぁ、相棒』
「余裕なんか無いさ。すげー必死だよ! だって、気を抜いたら一瞬で死ぬんだぜ!」
『その割には笑っとるで』
「道化師は笑うんだろ。ピンチな時ほど笑ってみせるんだろ?
てゆーか、だ! 死ぬ気がしねーぞ。俺は、きっと死なない。こんな所で死ぬヤツじゃあない!」
根拠は無い。けれど、そう確信している。不思議な感覚であった。
剣風が後ろから迫っている。横に飛んで回避した。
上から炎。振り上げた『最弱』に力を籠めてかろうじて防ぐ。
「ハハハッ―――アハハハハ!!!!」
恐怖を好奇が上回った。未知の力が楽しい。肌を刺す殺気が快感だ。
俺は、生きている。この瞬間、俺は間違いなく生きている。
「斬って見ろ! 焼いてみろ! 殺してみろ!
ハハッ、ハハハハ! 斉藤浩二はここにいるぞーーーー!」
テンションが上がるどころか、むしろテンパってるんじゃないかと疑いたくなる浩二を見て、
『最弱』はククッと笑う。このマスターは最高だと。
破壊願望や自滅思想を持つ狂人では無いにも関わらず、
一歩間違えれば確実に死ぬるという絶対の恐怖に対して、
竦み上がるどころか、はしゃぎ回る斉藤浩二という異常者に―――
長い、長い時空を超えて、やっと自分は巡り合えたのだと。
『この相棒なら……できるかもしれんなぁ……』
「おい『最弱』俺、すげーいい事思いついた!」
はじける笑顔で言う浩二に『最弱』は、なんやと答える。
浩二が思いついた良い事の概要を説明すると『最弱』は笑った。
『そりゃまた、過激なツッコミやな』
「でも、お約束だろ?」
『そのとおりや』
「じゃ、やりますかー!」
叫ぶと浩二は、方向転換をして一つの建物の中に突撃する。
文化祭の準備で何かを取り出していたりしたのか、幸いな事にその建物の扉は開け放たれていた。
そこに飛び込む浩二。奥に入ると、永遠神剣の力で目的の粉を乾燥させてぶちまけ、
ハリセンを振るう事によって得られる風圧で、建物の中―――すなわち体育倉庫を粉塵で満たす。
「―――!!!」
すぐに袋小路に追い詰めたと思ったらしいヒト型達が、建物の中に殺到してきた。
「わかってるな!『最弱ッ』」
『わかってまっせ! 力の全てを防御にやな!』
ハリセンを勢いよく振り下ろしてアスファルトの床と擦りあわさせる。
飛び散る火花と、先端が炎に包まれる『最弱』そこから起こりうる現象は―――
「ハッハー!!!!」
―――粉塵爆発。
瞬間的に大きく燃え盛る炎は、爆風と共に辺りを火の海に変えた。
*********
「げっほ、げっほ……」
半壊している体育倉庫の中から、浩二が煙に巻かれて這い出てきた。
見ると、何人かのヒト型が倒れている。それを見て、浩二はゲッソリとした。
「うげ、まだ生きてるのかよこいつ等……ゴキブリ並の生命力だな」
『……まぁ、スピリットやからなぁ……』
力を完全防御に回していた自分でも結構なダメージだったのに、
無防備でくらった筈のこいつ等は、死んでいない。
ダメージは与えたようだが、ゆっくりと立ち上がって来ていた。
「つーか、沙月先輩はまだかよ……もう、もたねーぞ……」
「あら、悪かったわね。待たせたみたいで」
「え?」
聞きなれた声に顔をあげた瞬間。
上空から落ちてきた光の短剣が、立ち上がろうとしていたヒト型を刺し貫いていた。
「沙月……先輩?」
光の剣に刺し貫かれて消えていくヒト型達を横目に、浩二は恐る恐ると顔をあげた。
「はぁい。斉藤くん」
笑顔だった。すごい満面の笑みであった。
ただ、目が笑っていない。口元がヒクヒクと動いている。
「ド派手にやったわね~~。まさか、体育倉庫を爆発するとは思わなかったわ」
「は、ははは……いやぁ、それほどでも……」
「褒めてないッ!」
「ひいっ!」
凄い剣幕の沙月に、ひっくり返って尻餅をつく浩二。
「今は急いでるから後にするけど……後できちんと説明、してもらうからね」
「……上手く、言語化できそうにありません。
あ、でも、斉藤言語でなら、何とかできるかも……」
―――バコッ!
「うまっ!」
「それじゃ私、行くから。火の始末はきちんとやっておくのよ」
「う~……」
浩二の脳天に、割と本気が入ったチョップを叩き込むと、校舎に向かって飛んでいく沙月。
その背中を見つめながら、大きくため息をつくのであった。
「やっべーなぁ……テンションにまかせてやっちまったよ……
俺、明日から普通の学生に戻れるのかなぁ……」
先程のテンションが収まり、暗い顔をした浩二であったが、その心配は杞憂に終わる事となる。
何故なら浩二が『最弱』に協力してもらって消化を終えた時……
―――もののべ学園はこの世界から消えていたのだから。