ベルバルザードの撤退により、ピラミッドの戦いは沙月達の勝利に終わった。
残っていたミニオン達も一人残らず駆逐され、今やこの場には沙月達以外に人はいない。
「…………」
全員の目が斉藤浩二ただ一人に向けられていた。彼は味方なのか敵なのか?
自分達に襲い掛かってきた事は、その後の行動を見れば、芝居であった事は理解できる。
故に、どう接したらいいのか判断ができないのだ。
そんな中、沙月達がそう思っている事を知ってかしらずか、
浩二は『最弱』を腰に挿して収めると、笑顔で振り返った。
「さて、後はあのマナ結晶を壊すだけですね!」
まるで、何事も無かったかのような振る舞いだ。
沙月や『旅団』のメンバーは、それに救われたような気分だった。
望や希美のように、彼を信じてやることができなかった。
疑いの眼差しを向け、酷い事を言ってしまったのだ。
最初から全てを説明していなかった浩二にも非はあるのだろうが、
冷静になって考えてみれば、彼の気持ちも理解できる。
斉藤浩二が『光をもたらすもの』と出合ったのは、
彼等が『旅団』と敵対する者達であると知る前の事―――
すなわち、浩二はエヴォリアに仲間に誘われた時点では、
ただ単に、得体の知れない奴等に仲間にならないかと言われただけなのだ。
しかも、浩二はその誘いを断っている。故に、問題はない筈なのだ。
それが理解できたからこそ、沙月達は、浩二の態度に救われたような気分になったのだった。
「あのねぇ……」
「何ですか? あ、もしかして……本当に俺が裏切り者だとか思ってるんですか?
やだなぁ。俺が愛しの沙月先輩を裏切るはずがないじゃないですか。ハハハハ!」
「ええ。私も―――斉藤くんの事、嫌いじゃないわよ?
と言うか……もっと、知りたくなったって感じかな?」
「マジっすか! 俺の時代ついに来た?
彼女居ない暦=年齢という、悲しい時代は終わりっすか!」
喜色満面の浩二。
すると、タリアとヤツィータも一歩前に出て来てこんな事を言った。
「私も、斉藤浩二に興味が沸いたわ」
「おねーさんも、ね?」
ツカツカと歩いてきた二人は、浩二の後ろに回ると、ガシッと腕を掴む。
「……と、言う訳で親睦を深めましょ」
「ええ。じっくりと、たっぷりと……貴方の事を聞きたいわ」
「ちょっ、な、え!?」
美女二人に腕をつかまれて、ずるずると引きずられていく浩二。
「ま、まってください!
俺、今まで女の子と手すら繋いだ事の無い、純情少年なんで……いきなり三人でなんて」
「はいはい。いいから、いいから。
ちょーっと沙月先輩とお話しをしましょうね~」
「いや、それよりもマナ結晶……」
そう言って、浩二は最後まで抵抗を試みるが―――
「望く~ん? 私達は、斉藤くんとお話しがあるから、適当にそれ壊しておいてねー」
「あ、はい……」
―――それは、留守番ついでに風呂を沸かしておいてぐらいの口調で簡単に流された。
「これは任意ですか? 強制ですか?
弁護士はつけてくれるんですよねーーーー!」
「うるさいっ! ほら、とっと来なさい!」
―――ガスッ!
「いてっ、ケツを蹴るなよ!」
「あんたがゴチャゴチャと訳の判らない事を言うからでしょ!」
「ソルーーーー! おまえの嫁が俺に暴力をーーーー!」
「――っ! 誰がソルラスカの嫁よおおおお!!!」
ドップラー音を後に残しながら引きずられていく浩二。
「……斉藤……連れて行かれたな。希美……」
「……斉藤くん……連れて行かれちゃったね。望ちゃん……」
「何だったんだろ……アレ?」
「……うん。あんな強そうなドラゴンを、一発で倒しちゃったアレ……」
裏切り疑惑など、あっさりと吹き飛ばしてしまった浩二の力―――
それはあまりにも凄すぎて、全員がこの場で先程から眩い光を放っているマナ結晶さえも、
どうでもいいモノに見えてしまっていた。
「てゆーか、アレ。誰が壊すんだ?」
「ルプトナ。やる?」
「あ、うん」
軽い。あまりにも軽い扱いなマナ結晶。
「あ、そういえばアレ。壊す時には注意しろってヤツィータが言ってたぜ?」
「ん? 何でだソルラスカ?」
「あー……確か、壊すとそこに溜められていたマナが一気に溢れ出すとかなんとか……」
「それでは慎重に壊しましょう」
「えー! 慎重にって言ったって……どうすればいいのかわからないよー!」
カティマの言葉に、ルプトナが頬を膨らませる。
するとソルラスカが、遠くから石でも投げて壊せばいいんじゃねぇかと、ナイスな提案をした。
「よし、ルプトナ! 石だ!」
「わかった!」
それから十分に距離をとり、
望は先程の戦いで抉れた地面の破片を拾ってルプトナに渡す。
「…むっ、結構遠いな―――えいっ!」
ルプトナは無造作に渡された破片を放り投げる。
しかしそれは、台座に鎮座するマナ結晶を僅かに外れ、壁に当たった。
「おしいっ!」
パチンと指を鳴らしながら望。
「おい、ちょっと面白そうだな! 俺にもやらせてくれ!」
「ぶーーっ。ダメだよ。アレはボクが壊すんだから」
ソルラスカが自分にもと言うと、ルプトナはダメダメと言いながら騒ぎ立てる。
「それじゃあ。順番にやると言うのはどうでしょうか?」
「あ、それいいねカティマさん。じゃあ、見事アレに石を当てて壊した人には、
このメンバーに何でも一つだけ言う事聞いてもらえるって言うのは―――」
「のった!」
「ボクも!」
希美がポンと手を叩いてそんな提案をすると、
先程まで喧嘩していたソルラスカとルプトナが、シュバッと勢いよく手を上げる。
「ちょっ、ま! たぶん、ロドヴィゴさんや精霊のみんなも、
俺達を心配してまってるのにそれは―――」
「いいじゃねーか、ちょっとぐらい……」
「そうだよ望ちゃん。どんな時でも遊び心は大事だよ」
「そうだ、そうだー!」
「望……空気を読んでくださいね?」
一人だけ真面目な事を言ったらフルボッコ。望は思わず涙目になった。
それから、吹っ切れたように顔をあげると、ヤケクソのようにこう叫ぶのだった。
「あー! もー! やってやるよ! 俺が勝ったら希美はウエイトレス!
カティマにはメイドさんの格好で、一日俺に奉仕してもらうんだからな!
ソルラスカは『罪と罰』をきちんと最後まで読んで感想文を提出!」
「ちょっ、おま! 何か俺だけきつくね?
なら、俺が勝ったら望には『俺はフリーダム!』と全裸で叫びながら、
グランドを百週してもらうからな!」
「望の全裸……望の全裸……ハッ!
ダメダメ! ダメです! そんなのはさせません!」
「ん~……ボクは、どうしてもらおうかな~」
それぞれに、勝った時はどうするかを考えて悲喜こもごもな望達。
そんな彼等を尻目に、希美はアンダースローのような投球モーションを繰り返し―――
「ふふっ、ふふふっ……始めは柔道漫画だった無印から、
今やってるプロ野球編までのドカベンを全て読破して……
里中くんの投球モーションを完璧に覚えた私に勝てる訳ないのに……フフフ」
―――ヒロインの一人とは思えない笑顔で笑うのだった。
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「………さて、そろそろ離してくれないか?」
望やカティマ達には話を聞かれない程度の場所まで連れてこられると、
浩二は『情け無く引きずられていく男』という仮面を外して、静かにそう言った。
「そうね……これだけ離れれば十分でしょ」
「あら? 私はこのままでも構わないけど?」
もう芝居は十分かと言わんばかりに、あっさりと腕を離すタリアと、
クスクス笑いながら腕を離すヤツィータ。
「……さて」
浩二は三人から少し離れた場所まで歩き、そこの壁に背をもたれかけさせると、
沙月達を見渡しながらこう言った。
「聞きたい事は判っています。俺の永遠神剣についてでしょう?」
「ええ。貴方の………その神剣は何?
今までは、強化しかできないただの下位神剣だとばかり思ってたけど、あの力は異常よ。
それに、その神剣……不可解な言葉を言っていたわ。反永遠神剣って―――
力が足りなかったから神獣を『消す』事ができなかったって……」
「……………」
「教えなさい。斉藤浩二。その神剣は何?」
敵でも見るような目のタリア。
そんな彼女としばし視線を合わせて見詰め合っていると、浩二はしばらくしてふうっと溜息をつく。
「……言いたくない」
「何ですって!」
「当たり前だろう? その謎を含めて俺の神剣『最弱』の力だ。
それをどうして、自ら種明かしなんかしなければいけない?」
「何を言ってるのよ! 私達は仲間でしょう!」
タリアがその台詞を口に出した瞬間。浩二は微かにフンと鼻で笑った。
そして、挑発するような口調で言葉を放つ。
「……仲間……ハッ、仲間ね?
アンタ達は何も話してくれないのに、俺には何でも話せと言うのが仲間か?
生憎と俺が仲間として認めているのは物部学園の皆と、世刻と永峰……
それに物部学園の生徒会長である沙月先輩だけだ」
「ちょっ、斉藤くん―――」
「沙月先輩。前から思ってたんですけどね……そろそろハッキリさせてくれませんか?
今、ココにいる貴方は、俺達の先輩である斑鳩沙月なのか……
それとも『旅団』の一員である斑鳩沙月なのか」
「それは……」
「両方だなんて、ふざけた事を言うのだけは勘弁してくださいよ?
そんな事をヌカしたら、たとえ貴方であろうとも、殴らずにいられる自信がありませんから……」
浩二の言葉が本心である事は、その真剣な瞳が証明している。
沙月は、そんな浩二の瞳を直視している事ができなくて、思わず目を反らして黙り込んだ。
「…………」
浩二は、沙月のそんな態度に失望を覚える。
物部学園の生徒であるとも『旅団』の一員であるともハッキリ言えないのは、
すなわち、どちらでもないと言っているのと同義だからだ。
「ねぇ、浩二くん……」
そんな沙月に助け舟を出すように、ヤツィータが落ち着いた声で言った。
「どうして私達が……『旅団』が仲間じゃないなんて言うの?」
「……言うに事欠いてソレですか? そんなの言うまでも無いでしょう。
さっきも言ったとおり、旅団は目的を語らない。旅団は何の説明もしない。
それで仲間だと思える程に、俺は単純でオメデタイ奴ではないんですよ!」
少なくとも仲間であると言うのなら、
旅団という組織が何を目的に活動してる組織であるかを説明するべきだと浩二は思っている。
なのに教えられたのは、世界を滅ぼして回る『光をもたらすもの』の行動を止めているという事だけ。
そして、それさえもエヴォリア達が現れなければ説明されなかった可能性が高いのだ。
そんな隠し事だらけの奴等を、どうして信用などできる?
物部学園を襲った『光をもたらすもの』から学園の皆を護っている事だって、
単純に彼等が『旅団』の敵だから戦っているかもしれないのだ。
それを浩二が言うと、ヤツィータは何も言えずに黙り込んだ。
「……まぁ、俺達が元の世界に帰る為の協力はしてくれていますので、
今の所は敵ではないと思っています。けど、俺は貴方達を仲間とは認められません」
望や希美が『旅団』に、どういう印象を抱いているのかは知らない。
二人は自分と違って全面的に味方と信じ、彼等に何でも話そうと思っているのなら、それはそれでいい。
個人の自由だ。ただ、自分はこう思っていると言う事を伝えたかった。
「……そう。解ったわ……じゃあ、貴方には何も聞かないわよ!」
「タリア!」
旅団を絶対と信じているタリアにとっては、今の浩二の発言は許せるモノでは無かった。
怒りの形相を隠そうともせず、ズカズカと音をたてて何処かに行ってしまう。
ヤツィータが彼女の名前を呼ぶが、振り返る事は無かった。
「はぁ……まったく、あの娘は……ごめんなさいね。浩二くん……」
「いえ、構いません。けれど、ヤツィータさん……
貴方達が全てを話てくれないのに、俺には全てを話せというのは……
ちょっと筋が通ってないと言う事だけは理解してください」
「ええ。だから話すわ全部。私が知っている限りになるけれど……
旅団という組織がどんなモノで、何を目的に活動しているのか」
「……で、それの代わりに俺の神剣の秘密を教えろと?」
「いいえ。それについては『旅団』からは一切聞かないわ。
ただ、私達の事だけを話すから、それを聞いて欲しいの……
言われてみれば当然の事だものね。何も話さない私達『旅団』に貴方が不信感を抱くのは……」
「ヤツィータ! サレスに何の断りも無く―――」
今まで蚊帳の外だった沙月が、バッと顔をあげてヤツィータを止める。
しかし、ヤツィータはそんな沙月の顔を見て首を横に振った。
「全ての責任は私がとるわ。だから、貴方は黙ってなさい!」
「―――っ!」
ヤツィータが沙月に見せた表情は厳しいものであった。
彼女の今の表情は『旅団』の副団長としてのモノである。
そうなれば、沙月にはヤツィータを止める術など無かった。
「……いいんですか? 俺は何も教えませんよ?」
「ええ。貴方は何も言わなくてもいい。ただ聞いてくれるだけでいい。
その後の判断は全て貴方に委ねるわ。
……話を聞いた後、貴方が『旅団』とは相容れぬと思ったなら、私達はすぐにでも引き上げるわ」
「意地が悪い事を言いますね。ここで貴方達のバックアップが請けられなくなったら、
座標が手に入らないと知っててそんな事を言うんですか? それは脅しって言うんですよ」
「……言い方が悪かったわね。貴方がどんな選択をしようとも、
貴方達の世界への座標及び、帰りつくまでの護衛は無償で提供するわ」
「それなら、ここで話してくれなくても結構です。
夜にでも世刻と永峰と一緒に聞きますから。あの二人にだって聞く権利はあるでしょう?」
「……そうね……望くんと希美ちゃんにも聞いてもらわないとね……」
ヤツィータがそう言うと、浩二は頷く。
そして、踵を返すと望達の所まで戻ろうと歩き出した。
*************
「……はぁ」
浩二は溜息を吐いた。
それから、少しだけ髪の生えてきた頭をシャリシャリと掻く。
『何やねん相棒。景気の悪い顔をして』
「そんな顔にもなるさ。もっと上手いやり方だってあった筈なのに……
何で俺は、あんな事を言ってしまったんだろうなぁ……」
居た堪れない顔をしていた沙月の横顔を思い浮かべる。
旅団については、いずれ聞かなければならない必須事項だったが、
何もそれを沙月の前でやる事はなかったのだ。
「自分じゃ、少しくらいは分別のある大人だと思ってたけど……
タリアの責めるような口調にカチンときてしまって、
売り言葉に買い言葉で、不満を全部ぶちまけちまった……」
『まぁ、なぁ……いつもの相棒なら、もーちっと上手くやりましたわな。
けど、しゃーないと思いまっせ。裏切り者扱いされて荒んでた所に詰問されたんや。
よっぽど冷静な人間でないと、ありゃキレまんねん』
「自分で、居場所を……壊してしまった。
たぶん、物部学園はこれからも『旅団』と行動を共にするだろう事は予想がつく。
……何だかんだと言っても『旅団』の援助が無ければ、
俺達は元の世界に帰るどころか、学園が襲われたときに防衛するのだって難しいんだからな……」
『……相棒』
「それを、頭では解ってた筈なのに……あんな事を言っちまって……
利用されるのが嫌だって、何も教えられないのに納得できないって、
子供みたいに喚きたてて……そんなの、学園の皆だって同じ筈なのに……何をやってんだ……俺」
自己嫌悪の渦に捕らわれ、頭を抱える浩二。
そんな様子を眺めていた『最弱』は、ふうっと溜息を一つ吐いた。
『今更悔やんだって、言ってまったモンはしゃーないやろ?
それに、や。アレは誰かが言わなきゃいかん事でもあったんや……
世話になってるからって『旅団』には何も意見できんかったら、
物部学園の皆は『旅団』に今後いい様に利用される。
そんなの、援助に恩という餌で飼いならされる飼い犬と同じやねん!』
「…………」
『そう扱われない為にもアレは必要だった事やねん。
……せやから、そんな顔しなはんな……』
「……そう、だな……」
浩二は少しだけ気分が楽になったような気がした。
その瞳には僅かであるが強い輝きが戻ってきている。
『ま、これでホンマに物部学園に居づらくなったら、その時こそ出て行けばええねん。
物部学園にいるよりも、元の世界に帰るのは遅くなるかもしれへんけど、
ぶらりと色んな世界を旅しながら、帰る方法を探すのも、また一興やろ』
「まぁ、少しだけ未練も残るが、別の世界で暮らしてもいいしな」
『そやでー。相棒なら、どこでだって生きていけまんねん』
そう言って、二人で笑いあう。
その姿を、離れた物陰から見守る影が二つあった。
「こんな所に誰が来たのかと思えば………」
「……彼、マスターが今誘えば、味方になってくれるんじゃないですか?」
そう言ったのは、大きな影の肩に座った小さな影だ。
マスターと呼ばれた男は、その問いかけに小さく首を横に振った。
「……いや、やめておこう。
あの斉藤を従えられるヤツなんて何処にもいないさ」
男はそう言いながら苦笑する。
「それよりもアイツ、神剣のマスターだったとはな……
しかも、ツッコミで神獣を消してしまうハリセンの永遠神剣か―――」
物部学園の学生を演じていた時から、捕らえ所の無いヤツだったが、
まさか永遠神剣のマスターであり、あんな不思議な力を持っていたとは……
そう思いながら男―――暁絶は声を殺して笑った。
「ふざけた奴だよ本当に。ククッ……」