ミニオンも生産工場であるピラミッドから帰還した日の夜。
斉藤浩二は人目を避けるようにして、街の長であるロドヴィゴに会いに来ていた。
「それじゃ、すみません。よろしくお願いします……」
「なに、貴方達は街の恩人です。それぐらいの事であれば協力は惜しみません」
「それで、その……この件は……私達のリーダー斑鳩沙月には、くれぐれも内密に……」
「ははっ……心配ご無用。十分にわかっておりますよ」
それは、とある頼み事をする為である。
浩二が事情を説明し、恐縮しながら頭を下げて頼むと、
ロドヴィゴは笑いながら理解を示してくれ、頼みごとを快く引き受けてくれたのである。
「それじゃ、明日……昼過ぎから7~8人ずつで順番に向かわせますので、
手配の方……どうぞ、よろしくお願いします」
「浩二殿も色々と大変ですな?」
「仕方ありませんよ。私達のリーダー斑鳩沙月は、優秀ではありますが……
まだ歳若く、いかんせん女です。こういう事には気がつかなくても仕方ありません。
……むしろ、斑鳩のこういう部分を補うために私がいると思って頂ければ……」
「ははは、沙月殿は優秀なブレーンをお持ちだ。
……いいでしょう。店の方には私が話を通しておきます。
なに、貴方達は長く続いた人間と精霊との間の誤解を解いてくださり、
あのヒトガタ―――ミニオンの生産工場を潰してくださった恩人だ。
店を2~3日ぐらい貸切にしても、否とは言わんでしょう」
「本当に、ありがとうございます」
浩二はロドヴィゴに向かって丁寧にお辞儀すると、別れの言葉を告げてロドヴィゴ宅を後にした。
学園に戻ると、浩二の首尾がどうであったのか、気が気ではなかったらしい信助が駆け寄ってくる。
「どうだった? 浩二」
「了承してくれたよ。後は明日……沙月先輩達にバレないように注意するだけだ」
「その辺は大丈夫。きちんと順番も決めてあるからな」
「俺は一応、主賓である永遠神剣組だから、当日はあんまり手伝ってやれそうもない。
だから引率はオマエに頼む事になるが……いいか、信助?」
「まかせてくれ!」
ドンと胸を叩くと、信助は明日の計画が決行である事を教える為に校舎の中に戻っていった。
浩二は、そんな信助の背中を見送りながら、腰の『最弱』に話しかける。
「なんつーか……アレだ……疲れたよ。俺……」
『ご苦労さんやで。相棒』
「まぁ、この役目は俺が一番適任だろうけどさ……それでも、なぁ?」
浩二がロドヴィゴに頼みに言った件―――
それは、ぶっちゃけて言ってしまえば、
明日、この街にある遊郭を使わせてくれないかという事であった。
人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、性欲である。
寝床と食料はあるので前の二つは問題ないが、どうしてもフォローしきれない欲求が最後の性欲であった。
もともと性欲が極端に少ない浩二自身は、問題なく我慢できる欲求であるが、
他の一般男子学生にとっては、そうはいかない。
始まりの夜から今日に至るまで、およそ二ヶ月と半ぐらいの時間が過ぎ去っている。
その間、物部学園の男子生徒達は禁欲生活を強いられていたのである。
要領のいいヤツは、こんな状況でも彼女を作ったりしてコソコソやっているが、
その他大勢の男子生徒はそうでは無い。下品な言い方になるがムラムラきているのである。
学園の男子生徒を纏めている浩二は『剣の世界』を出た辺りから、その事に気がついていた。
当初は、皆も生き残れるのかが心配で、そっち方面の欲求はなりを潜めていたが……
剣の世界を鉾から開放した辺りで、恐怖心から一応の落ち着きを取り戻し、
学園という閉鎖された空間と非日常という状況が、眠っていた男の本能の部分を起こし始めたのである。
以前に浩二が行った『物部学園に風呂を作ろう計画』は、
暇をもてあました男子連中が、よからぬ事を企むのを防ぐ意味もあった。
しかし、所詮そんなモノは一時凌ぎ。
沙月の言葉からすれば、元の世界に戻るまで早くとも数ヶ月はかかる。
それまでに、性欲を持て余した男子によるレイプ事件が無い確率の方が無いとは言いきれない。
そこで浩二は決めたのだ。
次に訪れる世界がある程度の文明のある世界だったら、
男子連中の持て余す性欲を発散させる為に、遊郭―――風俗の店を探そう。
物部学園で性犯罪を起こさせぬ為には、それしかないと考えたのである。
「ほんと、信助が居てくれてよかったよ……
世刻には、こんな風に人間の汚い部分を見せたくないからな。
……アイツは、汚れちゃいけない人間なんだ……」
『……相棒……』
考えを纏めた浩二は、友人であり他の学生にも顔が広い信助に、
ちょっと力を貸してくれないかと相談を持ちかけた。
事情と経緯を説明すると、信助は理解を示し、協力してくれる事になったのだ。
信助の協力が得られると、次に浩二は、物部学園の男子生徒の中から、
皆に影響力のある、クラスのリーダー格の男子生徒五人ほどを集め、
信助に相談したように、事情と経緯を説明し、もう辛抱溜まらんとか考えている連中が居たら、
俺が何とかするから、そう思ってる連中を抑えてくれないかと頼んだのだった。
(それで、まぁ……次の世界に、そーいう店があったら……
行きたいと言うヤツの署名を頼む。参考にするから……)
(オーケー斉藤。お安い御用だ)
(勿論。女子にはバレないようにだよな?)
(て、言うか……俺が思うに、そんなの殆どだと思うぜ?)
(それなら、ここにいる皆が目を光らせて、事件になるのだけは何とか止めてくれ。
何とかするから! 絶対に、俺が何とかするから……だから、それまでは……)
(解ってる。オマエは良くやってると思うよ……
こーやって、俺らの事を気遣って、色々と動いてくれてるしな……)
(まぁ、この件は俺達にまかせろ。上手くやるさ)
その結果。署名に名前を連ねたのは、なんと物部学園の男子生徒の約7~8割。
やはり皆、まだ表立って態度には出さなくとも、色々と限界が来ていたのである。
それだけの生徒が、いずれ事件を起こしたかもしれないのだと思うと、浩二は顔が青ざめそうになった。
そして、何としてでもこの計画は成功させねばと考えたのである。
『でも、よかったやないか。ロドヴィゴはんが相棒の願いを聞いてくれて』
「ああ。これでやっぱりダメでしたとかだったら、洒落にならない所だったぜ……」
『ま、結果オーライやな。これも、相棒がこの世界では顔を売った成果やで?』
この世界で一番親しまれている物部学園の人間は、間違いなく斉藤浩二である。
街に降りた初日にレチェレの酒場の手伝いをした事もあり、
それからも何度かは店に顔を出して、客ともそれなりに仲良くなったのだ。
それに加えて、精霊の住処まで従軍した街の青年団にとっては、浩二は直接的な命の恩人でもある。
「……人を纏めると言うのは……大変だな。最弱……」
『そやでー。組織というモンは大変なモンなんや。
リーダーに求められるのは強さとカリスマ。
副リーダーに求められるのは、人身掌握と管理能力やねん』
「え? 俺ってココの副リーダーなの? 何時の間に……」
『―――は? もしかして……気づいとらんかったんでっか?
永遠神剣組はどー思っとるか知らんけど、一般生徒達は全員そう思っとるで?』
「マジ?」
『大きい問題があったら斑鳩女史に報告し、小さな問題や不満は相棒に相談する。
これが現在の物部学園のスタンダードやねん』
「……だからか……やれ、部屋割りを変えてくれだとか、
男子が夜まで五月蝿いから何とかしてくれと俺に言ってくるのは……」
『もしかして……相棒……
副リーダーとしてではなく、素でこんな面倒事をやってたんかいな?』
「仕方ねーだろ。俺は、俺のやれる事をやってるだけだ!
永峰は女だし、世刻はアレだから……こういう役は俺しかいねーだろうが!」
『ナハハ。納得……』
不貞腐れたように言う浩二の横顔を見ながら、
『最弱』は斉藤浩二という人間は、もう少し報われてもいいと思った。
旅団の面子を含む永遠神剣のマスターの中では……
第五位の神剣を持ち、戦闘能力もあり人柄も悪くない、世刻望ばかりが評価されがちだが、
自分の相棒の評価は、世刻望と比べたらカスのようなモノである。
表面的に見れば、浩二は行方不明になったり攫われたりと、
マイナス面ばかりが目立つので、それは仕方のない事だとは判っていても……
やはり自分の相棒がカスに見られるのは悲しい。
辛うじて沙月だけが、浩二の表面的な事務能力を評価しているが、
裏では、学園の為にもっと精力的に動いている事を知らない。
そのおかげか学園内での浩二の評価は高いが、永遠神剣組の評価はさっぱりだった。
しかも浩二は、そうして集まる学園内での人望は、全て仲間の為に使ってしまっている。
生徒会長である沙月をたて、立場的に孤立してしまいがちな望を擁護して、
部外者であるカティマや旅団のメンバーを快く思わない生徒達の間に入っているのだ。
だからこそ、今も物部学園は事件を起こす事も無く平和に運営してるのだった。
その事を永遠神剣組の皆は知らない。今の状況が当たり前だと思っている。
そんな、裏で学園を支えている浩二の努力は認められず、
トラブルだけを起こす駄目マスターとして見られている現状は悲しいが……
浩二自身がそれを屁とも思ってないので、それならそれで良い。
今の所、自分のマスターである浩二が望んでいるのは『学園の平和』と『現状維持』なのだから。
なので、今まで冗談で彼女を作れとか立場を利用しろと言って茶化したりはしたが、
基本的に彼の決定に全て従い、強く意見を言ったりはしてこなかった。
『……けれど、これで……みんなの方から、相棒を切り捨てるような事をヌカシたら……
……ワイは許さへんで……斑鳩女史も、永峰女史も、世刻も……絶対に、許さへん……』
「……ん? 何か言ったか?」
『いーや、何も言ってへんで? 空耳とちゃいまっか?
ほれ、それよりもあと少ししたら街に下りて、
レチェレ女史の店にお手伝いに行くんやおまへんか?』
「ああ……そうだったな。この世界に滞在するのも後数日……
暇を見つけて店を手伝えるのも、後2~3回ぐらいだろうから、気合いをいれねーと」
『ワイも神獣のように口があったら、相棒の作るメシを一度食べてみたいんやけどなぁ』
悔しそうに言う『最弱』に、浩二はそうだなと呟いて微かに笑う。
「………俺も、料理を一番食わせてやりたいのはオマエだよ……最弱……」
**************
「やほー! 浩二っ!」
レチェレの店の裏で薪割りをしていると、浩二は後ろから元気な声で名前を呼ばれた。
振り返ると見知った少女。精霊の娘ルプトナである。
街の人間と精霊の間の誤解が解けた今、彼女はルプトナの店に居候をしていた。
「おう、ルプトナか。レチェレなら中に居るが……今は仕事をしている」
「えー、そんなの後でいいじゃん」
「たわけ! 良い訳があるかっ!
オマエもレチェレに食わしてもらってるんだから、たまには仕事を手伝え!」
「でもボク。料理なんてできないもん」
浩二に強い口調で言われたのにムッとしたのか、口をとがらせるルプトナ。
「覚える気があるのなら教えるが?」
「ん~~~。やっぱいいや!」
少しだけ悩んだようだが、生来面倒くさい事や細かいことが嫌いなルプトナは、
明るい顔で浩二の提案を断る。浩二も、その答えは半ば予想していたみたいで、
特に落胆する訳でもなく、そうかと頷いた。
「なら、薪割りぐらい手伝え」
「ん、それなら……」
浩二が斧を差し出しながら言うと、ルプトナは素直に受け取って薪を割り始める。
割るのは彼女に任せ、浩二は割った薪を紐で縛る作業に取り掛かった。
「なぁ、ルプトナ……」
「なーにー?」
「……おまえ、本当に俺達と一緒にくるのか?」
「うん!」
ルプトナは、迷いの無い声で答える。
精霊回廊を開放した事により、森の精霊達は数十年の間、
所々破損した精霊回廊の復旧と、衰えた身体を癒す為に眠りにつく事になった。
その結果。人間であるルプトナは、今まで共に暮らしていたンギ達と別れる事になったのである。
永遠の別れでは無いにしても、数十年という月日は長い。
その間、ルプトナ一人で森で暮らすのは寂しいだろうと、
レチェレが私と一緒に暮らしませんかと誘ったが、彼女はその誘いをすまなさそうに断って、
望や沙月に、自分も連れて行って欲しいと頼んできたのだ。
この旅が、後どれぐらい続くかは解らないが……
カティマと同様に、世界を滅ぼして回る『光をもたらすもの』を野放しにしておくのは
危険だと言う理由と、他の世界を見てみるのも良い勉強だろうと言う理由で
同行を願い出たルプトナに、彼女の事をすっかり気に入っていた沙月や望は、
その頼みを快く引き受け、ルプトナは物部学園一行に加わったのである。
「そうか……」
しかし、浩二は彼女がついてくる事をあまり良く思っては居なかった。
ルプトナが嫌いな訳では無い。むしろ、この天真爛漫な少女の事は気に入ってさえいる。
だからこそ、血生臭い『光をもたらすもの』との戦いに駆り出したくはないのだ。
「浩二は……ボクがついてくるの……嫌なの?」
「そんな事は無い。無いんだが……レチェレが悲しむと思って、な……」
レチェレはルプトナを随分と慕っている。
ミニオンにより家族を殺されており、天涯孤独な彼女は、
ルプトナの事を、世間知らずで手のかかる姉のように慈しみ、あれこれと世話を焼いているのだ。
「……うっ」
「それでもオマエ……俺達と来るのか?」
「……うん。レチェレとは離れたくないけど……でも……」
「………」
世刻と別れたくない、か―――
浩二はその言葉を飲み込んだ。そして、あのヤロウはどんだけ罪深いんだと呆れる。
そして、いずれ刺されるんじゃないかと考えていると、店の二階の窓から名前を呼ばれた。
「浩二さーん。ルプトナさーん! お昼ですよー!」
「あいよー! キリの良い所であがるわー!」
「わーい、ご飯だ、ご飯だー!」
ポイッと斧を投げ捨てて、ドタドタと店の中に入っていくルプトナ。
浩二は放置された斧を拾い上げて、はぁっと溜息を吐くのであった。
「ちゃんと片付けてから行け、バカタレ……」
***************
「んぐっ、んま、んぐ……」
「もうっ、そんなに早く食べなくても、誰もルプトナさんのご飯を取りませんよ?」
「え? でもでも、こんなに美味しいの、ボク初めてで……」
ルプトナの口周りについたソースをナプキンで拭いてやりながら、レチェレはにこにこと微笑んでいた。
浩二は、そんな彼女達とは対面の席で、呆れながら料理を口に運んでいる。
「あれ? これって……」
「あ、気づきました? ソレ、浩二さんが教えてくれたレシピに、
料理長が手を加えたモノなんです。どうですか? 浩二さんから見て……」
「いいと思うよ? ちょっと濃い味付けだが……
肉体労働者が客層のメインであるこの店で出すなら、コレで丁度良い」
「えへへ……ウチの店の看板料理が一つ増えました」
そう言って笑うレチェレの隣では、相変わらずルプトナが料理をガツガツとかきこんでいた。
その景気の良い食べっぷりに気を良くしたのか、次々と料理が運ばれてくる。
しかし、それにしても多い。多すぎるくらいだ。
いくらルプトナが欠食児のように食べても、この量は尋常ではない。
「ちょっ、レチェレ! いくらなんでも多すぎだろう。この量は!」
「そうですか? まだ、足りないくらいだと思いますよ?」
「ええーーーーー!」
これで足りないとか、どんだけだ!
浩二がそう思っていると、奥の方からまた追加の料理が運ばれてくる。
それを見た浩二の顔が青くなった。今の時点で腹はもう八分目だ。
もともと、そんなに食べる方では無い。止めようと思って立ち上がりかけた時、
レチェレが口元に手を押さえてクスクスと笑った。
「大丈夫ですよ。浩二さん。コレ……店のみんなの分もありますから」
「え? そうなの……」
「はいっ。今日は浩二さんとのお別れ会も兼ねてますから」
「俺の……お別れ会?」
「はい! 夜からは貸切で、望さんや沙月さん達……みなさんのお別れ会ですけど、
お昼は浩二さんの為だけにやるお別れ会です。
私も、店のみんなも……浩二さんには特に世話になりましたから」
じーんと心に響くような嬉しさだった。浩二は思わず涙ぐみそうになる。
そして、やっぱりこの世界とこの店のみんなは好きだと再確認した。
「よし、そういう事なら俺は食べるぞ! ガンガンいくぜ!」
言葉のとおりガンガン食べ始めた浩二は、その後食べすぎで動けなくなってしまい、
夜に開かれた物部学園のお別れ会では、一人だけ何も食べずに外に出て月を眺めていた。
『良い世界やったな? 相棒……』
「ああ……」
店の喧騒をBGMにしながら、店の外で腰を下ろした浩二は『最弱』の言葉に静かに答える。
「ロドヴィゴさんも、話のわかる人だったし……
レチェレや、この店のみんなも良くしてくれた……俺、この世界と……ここのみんな、好きだ」
『次の世界も、ココみたいな所やと、ええなぁ……』
「旅団の本部のある世界……ヤツィータさんの話では、
魔法技術の発達した、魔法の世界か……」
浩二は、先日ヤツィータに教えられた『旅団』について考える。
教えられた事は規模が大きすぎて、理解の範疇を遥かに超えていた。
前世。オリハルコンネーム。北天神。南天神。
そして、破壊神ジルオルと、その生まれ変わりである世刻望―――
望や希美と共に『旅団』についての説明を受けたときは、
当たり障りの無い事しか説明しなかったヤツィータだったが……
浩二だけは後でもう一度呼び出されて、もっと詳しい話を説明されたのである。
そして、更に詳しい話を聞く事を希望するなら、
旅団本部についた時に、団長であるサレスと二人で会見する場所を設けると言われたのだった。
「………正直、旅団についてどう思うよ? 最弱……」
『そやなー。腹割って話してくれたのは評価できまんねんけど、事が事やからなぁ……』
「もしも……俺が、聞くんじゃなかったって言ったら……身勝手だと思うか?」
『そりゃ身勝手や。ヤツィータ女史は、相棒が言えいうたから言うたんやねん』
「だよなぁ……」
しかし、正直に言ってしまえば聞くんじゃなかった。
あのまま何も知らなければ、ブチブチと文句を言いながらも、
事件に巻き込まれた一学生として振舞うこともできたのに、自分からその権利を放り出してしまったのだ。
「沙月先輩……俺に、事情を言えないんじゃなくて……
言いたくなかったんだろうなぁ……」
『そやなぁ……何も知らないと言うのは幸せだとも言うしなぁ……』
「……俺……最低じゃね? 巻き込みたくないと願う沙月先輩の気持ちを踏みにじって、
自分から首を突っ込んでおいて、後悔するなんて……」
『けど、まぁ……斑鳩女史にも非はありまんねんで?
単純な世刻や永峰女史なら、煙にまいて誤魔化す事もできまんねんけど、
相棒みたいに計算高い人間を、のらりくらりでかわせるとタカをくくってたんやから』
「……俺、沙月先輩の前では、世刻以上に単純な男をずっと演じてたんだが?」
『―――あっ!』
ボソリと浩二が言うと『最弱』は、あっと声をあげる。
『そう言われて見ればそうや。なら、全面的に相棒が悪いわ。
流石に、相棒のごっつ厚い面の皮の底に隠された、
計算高い本性を見抜くのは並大抵の洞察力では無理やからなぁ……』
「……言い方は、すこぶる気に食わないが、その通りだ。
だから先輩は悪くない。悪いのは全部この俺だ……」
溜息を吐く浩二。
『アホやなぁ……こーいうのを、知恵者をきどった愚者って言うんやで?
なまじ知恵が働くモンやから、こうやって墓穴を掘るんや。
こーいうのを浅知恵いいまんねん。こんなんやったら世刻や永峰女史みたいに、
なーんも考えんと、状況に流されたままの方がマシだった訳になりまんねんな』
「仕方ねーだろ! 物事を考えまくるのが俺って人間だろうが!」
『まぁ、それが相棒の長所であり欠点と言うところでんねんな……
相棒の得意な数式の計算と違って、人間の心情を計る方程式はありまへんからなぁ』
ちなみに、余談ではあるが、斉藤浩二という少年は勉強はできる方である。
ペーパーテストでは、いつも学年で3~8位という好成績をマークしている。
だが、普段の素行に問題があり、誰も浩二を優等生として見ていなかった。
もっとも、その奇行は計算されたモノであり、
周りから妬みを受けないようにする為の処世術であるのだが……
『それで? これからどーするつもりやねん?』
「とりあえずは現状維持だ。旅団本部でサレスってヤツと話してみない事には始まらん」
『そやな。それがえーやろ……ただ、今後の学園生活をギクシャクさせん為にも……
斑鳩女史とタリア女史には後で謝っておくんやで?
厳密に言えば相棒が全部悪いっちゅー訳やないけど―――』
「こーいうのは、男が頭を下げたほうが丸く収まる……だろ?」
浩二が言葉を遮って言うと『最弱』は、そのとーりやと笑う。
夜空に浮かぶ満天の星達だけが、そんな二人のやり取りを見つめていた。