「……よう」
「お、もしかして待たせたか?」
浩二がサレスの私室から退出し、待ち合わせの場所に戻ると、
そこには望が先に戻っており、浩二の帰りを待っていた。
「いや、待ったと言っても10分くらいだよ」
「そっか、ならよかった……んじゃ、帰ろうぜ?」
「ああ……」
浩二が促すと、望は微かに頷いてついてくる。
「どうした世刻。何か元気がないように見えるが……」
「ちょっとな……それよりも斉藤。サレスの話はどんなのだったんだ?」
「大した事じゃねーよ。仲間になってくれなんて世迷い事を言われただけだ」
「―――え?」
望の動きがピタリと止まる。そして、随分と驚いた表情で浩二の顔を見た。
「何で……」
「ん? どうした世刻?」
突然立ち止まった望に、浩二は怪訝な顔をする。見ると、望は下を向いて震えていた。
俯いて震えている望を心配した浩二が手を伸ばすと、望は乱暴にその手を払う。
「おいおい。どうしたんだって?」
「っ!」
「いてっ! テメ、何する―――」
「何でだ! 何で斉藤には一緒に戦ってくれと言うのに、俺には戦うなって言うんだ!」
「……は?」
「……もうすぐ、この世界には『光をもたらすもの』が攻めて来る……
精霊の世界で生産したミニオンを、全部投入するぐらいの大攻勢だ。
そうなれば、この街は戦場だ。傷つく人も出る。戦力は多いほうがいい筈なのに……
何で、斉藤は仲間に誘って、俺の力は要らないなんて言うんだよ!」
望の目は、悔しさと劣等感に打ちひしがれていた。
ナーヤに呼び出された望は『光をもたらすもの』がここに攻めて来ると言う事を教えられる。
正義感の強い望は、その話を聞くと、当然のように自分も防衛に参加すると言ったのだ。
そんな望の言葉にナーヤは首を横に振ると―――
これは自分達の世界の問題であり、望が関与する事ではない。
自分が今日呼んだのは、この街の誇るスーパーコンピューターを見せ、
『光をもたらすもの』が攻めてくるよりも早く、
コレで元の世界への座標の割り出すから安心せよと教える為に呼んだのだとナーヤは言った。
それに対して、望はこの世界の人たちが戦火に巻き込まれるのを見過ごせないと反論する。
すると、ナーヤは溜息を吐きながらこう言ったのだ。
(そう言ってくれるのはありがたいが、のぞむには護るべき仲間がおろう。
のぞむが戦うという事は、あの物部学園の生徒達も戦火に巻き込むと言う事じゃ)
(なら、みんなを元の世界に送り届けた後に、俺だけこの世界に戻ってくる!)
(……それは無理じゃ。ものべーがどれだけ急ごうとも、
望の世界と、こちらの世界を往復する時間よりも『光をもたらすもの』が攻めて来る方が早い)
(―――くっ、目の前には、大変な目にあうと解ってる人たちがいる……
解っているのに、俺は何もできないのか……力は、あるのに……
戦う事のできる力が、俺にはあるのに……戦えないのか……)
望がそう言うと、ナーヤの目つきが鋭くなった。
(……のぞむ……戦う事と、戦わねばならぬ事は違う……
我等にとっては『光をもたらすもの』は戦わねばならぬ相手だが、そなたにとっては違うだろう。
一番大事なものを省みず、何でもかんでも首を突っ込もうとするではない!
身の程を知れ! そなたに、それだけの力など無い!)
(……っ……違う、俺は…………)
違うと言ったところで、その後に続ける言葉を望は持たなかった。
その後、望は打ちひしがれたように肩を落とし、この場所まで歩いてきたのである。
「……なるほど、な」
望が突然取り乱した事情を聞いた浩二は、顎に手を当てて頷く。
往来で騒ぎを起こすのはまずいだろうと、場所は街中にある公園へと移していた。
今は、二人でテーブル付の椅子に腰を下ろしながら向かい合って座っているのである。
「でも、それ……ナーヤが言ってることの方が正しいと思うぜ?」
「それは、俺も解ってる……けど、悔しいんだ!
目の前の人が不幸になるのが解ってるのに、
何もできずに指を咥えている事しかできないのが!」
顔を歪めて言う望を見ながら、浩二は望がどうして仲間に誘われなかったのか解った気がした。
困った人が居たら、迷わず助ける事を選ぶ望は、
人としては正しいだろうが、組織の人間としては致命的である。
一人を救うために、十人の命を危険に晒しかねないのだ。
「なぁ、世刻よ……オマエの気持ちも解らんではないが、
やっぱりココはナーヤの言うとおりにするべきだろう。
俺達の護るべきモノは、物部学園のみんなだ……そうだろ?」
「でも―――」
「割り切れよ。それに、考えても見ろよ。元々、俺達はイレギュラーなんだ。
加わったら戦力増加で嬉しいかもしれないが、それは振って沸いた幸運に過ぎない。
俺達が戦わないと言ったところで、元々の戦力で戦うだけだろうが。
『旅団』の戦力を割いている訳じゃねーんだから、気に病む事はねーよ」
浩二は、すでに沙月とはこの世界で別れるものだと割り切っている。
カティマとルプトナが物部学園に加わった理由は『光をもたらすもの』の殲滅であるので、
彼女達とも、恐らくここでお別れだろう。
そうなれば、今まで学園を防衛してくれていた人工精霊達も取り上げられる。
だが、それで構わないと浩二は思う。自分達は『光をもたらすもの』との戦いに巻き込まれた
被害者だと喚き立てれば、今までの付き合いからして人工精霊を2~3体ぐらいは、
こちらに回して貰えるかもしれないが、それをやるつもりは無い。
その権利を使わない事が、自分達が今まで世話になった『旅団』にしてやれる最大限の譲歩なのだ。
「沙月先輩の抜けた穴は俺が埋める。
あれから俺も、ミニオンぐらいは倒せるようになった。
戦力に数えてくれて構わない。だから、安心しろ世刻……」
物部学園から、リーダーである沙月が抜けるのはキツイが、
絶対に帰れるという目処さえ立っていれば、その間のリーダーぐらい自分でもできるだろう。
『最弱』の言葉を信じるならば―――
当初は沙月や望、希美とは違って物部学園の運営には関係ないと思っていた自分だが、
そう思っていたのは自分だけで、自分も副リーダー的な扱いとして必要なピースだったらしい。
ならば、座標を特定して帰るまでの間ぐらいは沙月の代わりだってやれる。
「だから、な……ここは大人しく帰ろうぜ……」
望の肩をポンポンと叩く浩二。
しかし、望は暗い表情で俯くだけで、何も答えなかった。
「……ま、気持ちの整理も必要か……」
椅子に座ったままで、俯いている望に、気持ちの整理をつける時間くらいはやろうと思う浩二。
帰りは少々遅くなりそうだが、幸い事に飲み物も食べ物も持っている。持久戦の準備は十分だ。
浩二は、魔法瓶からレモネードもどきをコップに注いで、望の前に置いてやる。
「こういう時は、本当なら酒がいいんだろうけどな……」
自分の分もコップに注いで、浩二はレモネードもどきに口をつける。
それから、椅子に背をもたれかけると顔を上げ、夜空を眺めるのだった。
************
「………はぁ」
魔法の世界に来てから3日目。
ナーヤに呼び出され、戦うことはないから帰れと言われてから、望は鬱々とした日を過ごしていた。
「まだ悩んでおるのか? ノゾム」
「……ああ」
自分と同じ境遇である浩二は、近いうちに訪れるだろうこの世界での戦いには、
参戦すべきではないと考えているようだが、自分はやはりその考えには賛同できず、
かといって物部学園のみんなこそ優先するべきという意見に反対する事もできなかった。
「お、ここに居たのか。世刻」
「斉藤?」
屋上のフェンスにもたれ掛り、ぼうっと空を見上げていると、扉を開けて浩二が顔を覗かせる。
「今、サレスがここに来ている。何でも俺とオマエに話しがあるそうだ」
「……ん、わかった。行く……」
面倒くさそうに言う浩二の言葉に望は頷くと、
頭の上に座っていたレーメを胸ポケットに導いて、階段を下りる。
そして、校長室の扉の前までやってくると、前を歩いていた浩二がその扉をノックした。
「どうぞ」
中から男性の声が聞こえて入室を許可されると、浩二は扉を開ける。
望も、その後ろに続いて校長室へと入った。
「呼び出してすまなかったな。二人とも」
「別に。どーせ暇してたからいいよ」
ミステリアスな雰囲気を醸し出す『旅団』の団長を前にしても、
雰囲気にまったく飲まれない浩二は凄いと思う。
始めはミニオンの一人も倒せずに、自分に助けを求めていた彼が、
今では随分と頼もしく見えるようになったものだ。
考えてみれば、この旅の中で一番成長したのは彼なのかもしれないと望は思う。
「さて、今日二人を呼んだのは他でもない。
キミ達の世界に戻る座標が特定できた。それを伝えようと思ってな」
「そうか!」
サレスの言葉に浩二が目を輝かせる。
しかし、望は素直に喜べない自分が居るのを感じていた。
「どうした。世刻望……おまえは喜ばないのか?」
「え?」
一人だけ無反応だった望に、サレスは目を向けている。
浩二も振り返って望の顔を見ていた。
「フッ……今、オマエが考えている事を当ててやろう。
俺は、本当にこのまま帰ってしまっていいのか―――だろう?」
「―――っ、何で!」
「おまえが、ここに残って『光をもたらすもの』と戦いたいと思っているという旨は、
ナーヤから報告を受けている。だが、私の考えもナーヤと同じだ……
……我々『旅団』に、オマエの力など不要だ。帰れ」
「くっ!」
この街の代表であるナーヤにも不要だと言われ、
また『旅団』のトップであるサレスにも不要だと言われた望は、
悔しさと悲しさ、情けなさに顔を歪める。
「世刻……」
浩二は、そんな望の様子を複雑な表情で見つめていた。
「何で……だっ……」
「……うん?」
「……俺の力が要らないと言うのなら、何で斉藤には助力を請う!
……俺は、斉藤よりも強い! 斉藤の『最弱』なんかよりも、
俺と『黎明』の方が明らかに戦闘能力は上だ! なのに―――」
「ノゾム!?」
思わず口から出てしまった望の言葉に、
胸ポケットでやりとりを見守っていたレーメが、慌てたように彼の名前を呼ぶ。
それは、普段の望ならば、絶対に口に出さないような言葉であった。
人を貶めて、自分の方が上であると誇示するような事など、
己がマスターである世刻望が言うなんてと驚いたのだ。
言い換えるなら、それは望が精神的に追い詰められているとも言える。
浩二は『旅団』から必要とされているのに、自分はナーヤに否定され、サレスにも否定された事により、
今の望は、力を誇示して存在を主張しなければならない程に、自分の存在意義を護るのに必死だったのだ。
「……フン」
サレスは、自分との話しを望に教えたのかと言わんばかりに浩二の顔を見ると、すぐに望へと視線を戻す。
「斉藤浩二よりも、自分の方が強い―――か。
……私には、まったくそのように見えんがな……」
「何だとっ!」
「ノゾム!」
サレスの冷たい口調に、思わず飛び掛りそうになるが、レーメがそれを叫んで止める。
「確かに、暴力だけを力と言うのなら、斉藤浩二よりもおまえの方が確実に上だろう。
だが、私はオマエと斉藤浩二のどちらかを敵にしなければならないと言われたら、
迷わずオマエの方を選ぶ。オマエの方が明らかに弱いからだ」
「…………」
浩二は、黙ってサレスをじっと見つめている。
「状況に流されるだけのオマエと違って、斉藤浩二には信念がある。
仲間を護る。無事に帰る。日常を取り戻す―――その三つを、彼は常に心がけている。
ヤツィータやタリアの報告から聞いているが……浩二。
おまえは我等『旅団』のメンバーとは、深く関わらないように線を引いていただろう?」
「……ああ」
「それは何の為だ?」
「深く係わり合い過ぎて、アンタ達に情が移ると……
いざと言う時に、物部学園のみんなよりも、アンタ達を選んでしまうかもしれないからだ」
「―――なっ!」
望は愕然とした顔で浩二を見た。
今まで自分は、そんな事など気にもとめず『旅団』のメンバー達と気楽に接していたからだ。
「世刻望。おまえだって、始めはそう考えていた筈だろう。
仲間を護る。無事に帰る。日常を取り戻す―――それだけを信念にしていた筈だ。
だが貴様は、流れ行く日々の中で、大前提であるその三つの信念を薄れさせていき、
戦いの中で磨かれていく力を過信する余り……
今では、最初に誓った仲間の安全を護るという信念よりも、
みんなを護るという戯けた妄想に取り付かれている」
「……おい」
「皆を護る。その考えが、確固たる信念の元に誓った想いなら、私は何も言わない。
だが、おまえのその想いは、状況に流されるままに、何となく思うようになった程度の拙いものだろう」
「……おい、テメー」
「前世からの運命に巻き込まれ、状況に流されるだけのおまえなど、
信念に基づいて行動する『旅団』の力になどならん。
そんな者は、これから始まるだろう戦いには邪魔なだけ。だから……」
「いい加減にしろ! このクソ眼鏡っ!」
言葉と言う名の、冷たいナイフを容赦なく望に遠慮なく突き立てるサレスに、
我慢のできなくなった浩二が掴みかかった。
「―――むぐっ」
机を蹴飛ばし、サレスの胸倉を掴み上げて、怒りの視線を叩き込む。
「テメーに世刻の何が解る! 知った風な口を利くな!
こいつはなぁ……世刻はこのままでいいんだよ!
甘い? 信念がない? それがどうした! うるせぇんだよ! テメーはっ!」
拳を振り上げてサレスの頬を殴りとばす浩二。
フルスイングで殴られたサレスは、壁に激突して倒れこんだ。
「俺が……精霊の世界でベルバルザードと戦った時……
ヤツの姦計で、皆は俺を裏切り者だと疑った。けど、世刻と永峰だけは俺を信じてくれたんだ!
これが、どれだけ嬉しかったか……どれだけ俺の心を救ってくれたか解るか!
冷徹に、冷静に、客観的にしか物事を見ないテメェや俺から見たら、
何の根拠も無く、仲間が裏切る訳が無いと思ってる世刻は馬鹿に見えるだろうさ。
けど、コイツはこれでいいんだよ! 仲間を絶対に見捨てない。
全面的に信頼してくれる世刻だからこそ、カティマさんやルプトナはついて行く事を選んだんだ!」
声の限りに叫んだ浩二は、はぁはぁと肩で息を吐く。
「行くぞ。世刻! こんなクソヤロウと話す事は何も無い!
戦争だろうと何だろうと、テメーらで好き勝手にやってろ!」
「……え、な……おい。斉藤!」
今まで俯いていた望だが、怒りの表情で腕を引いてくる浩二に、
目をぱちくりとさせながら間の抜けた声を出す。
「あっかんべーっ、だ!」
最後に、扉を閉めて出て行く瞬間に、
壁に背を預けたままのサレスにレーメが舌をだすのだった。
*************
「………ククッ」
浩二と望が部屋から出て行くと、
サレスは殴られた拍子にずれてしまった眼鏡を戻しながら、小さく笑みを浮かべていた。
「あらら。酷い顔ねーサレス。色男が台無しじゃない」
入れ替わるように校長室へとやってきたヤツィータが、校長室の惨状を見て苦笑を浮かべる。
隣の部屋で中のやり取りは聞いていたが、改めてみると凄い状況だった。
蹴っ飛ばされて引っくり返っている机に、壁に背を持たれかけさせて座りこんでいるサレス。
机の上に乗っていた花瓶は割れており、造花が一面にぶちまけられていた。
「ヤツィータか……」
「ほら、顔を貸しなさい。見てあげるから」
「その必要は無い」
サレスは短く詠唱をすると、回復の魔法で頬の腫れを元に戻す。
ヤツィータは、そんなサレスに、可愛くないわねーと呆れていた。
「それで? 何処までが計算どうりにいったの?」
「何の話だ」
「とぼけないで。さっきの事よ。浩二くんと望くんを呼び出した辺りから、
殴られて出て行かれるまでの事全部。貴方の事だから、殴られた事も含めて計算どうりなんでしょ?」
「まぁな」
そう言ってサレスは立ち上がる。
それから、面倒くさそうに酷い状況になっている校長室を片付け始めた。
「説明……してくれる?」
ヤツィータも、ぶちまけられた造花を拾いながらサレスに鋭い視線を向ける。
サレスは、机を元の位置に戻してソファーに座った。
「あの男……反永遠神剣のマスター斉藤浩二を『旅団』に引き込む為だ」
「……今のって、逆効果なんじゃないの?」
「まぁ、話は最後まで聞け……」
そう言って、サレスは話し始める。
先程の意図を、どうしてあのような状況こそが浩二を旅団に引き込む事になるのかを。
「座標の特定が出来たことを伝えるだけならば、
世刻望と斉藤浩二の二人を同時に呼び出す必要はあるまい」
「それは、そうね……」
「先日の会見で、私は斉藤浩二なる人間を観察したが……
アレは、大儀や思想で動く人間ではないと確信した。彼を動かす原動力は情だ」
好きだと思える人間が幸せならば、他はどうだろうと知った事ではないと言い放った浩二。
彼は望と違って、仲間の為ならば他を切り捨てられる非情さと冷静さを持ってはいるが、
仲間の事になると、普段の冷静な思考はなりを潜めて感情的になる。
精霊の世界でベルバルザードと戦った時もそうであった。
仲間に裏切り者と疑われてしまうと、普段の思慮深さは吹き飛んでしまい、無理な突撃を繰り返した。
あの時は『最弱』の言葉で我を取り戻したが、それは彼の弱点を暴露する結果になった。
サレスはそこを突いたのである。
目の前で仲間である望をこき下ろせば、彼は感情的になって望を護ろうとする。
それこそがサレスの狙い。世刻望は、その性格と前世からの因縁ゆえに、
必ずこの後の戦いには参加する事になるとサレスは確信している。
そんな望に浩二が心情を傾ければ、彼も望に引っ張られる形でついてくる。
そう思ってサレスは、あえて憎まれるような言葉で望を晒し、浩二が望の味方をするように誘導したのだ。
「はぁ……」
それをヤツィータに話すと、彼女は大きく溜息を吐いた。
「少年の純粋な想いさえも利用する……か。
そこまでしても欲しいの、彼を―――浩二くんを……」
「永遠神剣の奇跡を全て打ち消す、反永遠神剣……
それの有用性が解らぬオマエでは無いだろう? ヤツィータ」
「それは……そうだけど……」
魔法の効果を打ち消す、神獣を消す。
それに、永遠神剣の奇跡を全て消すのが本当ならば、彼はどんな結界さえも消してしまえると言う事だ。
そうなれば『旅団』にとって、攻められない場所は何処にも無いという事になる。
始めに彼等が訪れた『剣の世界』だって、浩二が『最弱』の力を始めから知っていれば、
苦労してダラバを倒さずとも、結界を打ち破って脱出する事もできたのだ。
「我等には、形振り構っている余裕など無い。
全てが終わった後に、彼が私を八つ裂きにすると言うのなら甘んじて受け入れよう。
自ら死んで詫びろと言うのなら、この首を切り落としてみせよう。
だが、それは全てが終わった後だ。忌まわしい前世からの宿業に終止符を討ってからだ。
その為ならば、私は何であろうと利用するし、欺きもする」
「……サレス……」
そう呟く彼の瞳に、あるかなきか程度のものではあったが、
悲しみの色が見えたのでヤツィータは何も言えなくなる。
好きでやっている訳ではないのだ。
神を名乗る相手と戦ってゆくには、自分の全てを犠牲にするだけでは足りない。
欺き、純粋なる想いを踏みにじって利用してでも、勝てる確率は圧倒的に低いのだ。
「反永遠神剣……そして、そのマスターである斉藤浩二くん……」
どうして彼は、世刻望という少年と同じ世界、同じ場所に生まれたのだろう。
この時間樹の中に存在する永遠神剣のマスターには、全てオリハルコンネームと言う名の楔がある。
それは、運命とも呼べる抗えぬ宿業を強制的に植えつける強力な楔。
―――だが、斉藤浩二という少年にはそれが無い。
たとえ、外の世界からやってきた来訪者であろうとも刻まれる強力な楔が、
彼にはまったく刻まれていないのである。
それはすなわち、神の意思さえも彼には及ばないと言う事だ。
「前世という背景も無く、オリハルコンネームという制約も受けない……
運命を否定する少年と、絶対を否定する神剣―――
彼って、一体何なの……何で、私達の前に現れたの……」
「さてな。ただ、マレビトは来たりと言う事だ……
神名を持たぬ故に、破壊神ジルオルの浄戒の力を受け付けぬ、正真正銘のイレギュラー。
それどころか、反永遠神剣と言う名の絶対を否定する神剣まで持つ少年。
今はまだ、魔法を打ち消し、神獣にダメージを与える能力の永遠神剣のマスターとしか思われていないが、
彼の特異性と、反永遠神剣の本来の力を知ったならば……
『光をもたらすもの』は、目の色を変えて手中に収めようとするだろう」
何故なら、彼の力こそが『光をもたらすもの』の長である欲望の神エトル・ガバナと、
伝承の神エデガ・エンプルが欲して止まなかった力であるからだ。
「たとえ、どんな風に思われてでも……護らないとね……彼」
「彼が、この旅団の誰でもいいから好きになってくれたら楽なのだがな……」
「それは、彼自身を制御するのは不可能でも、彼が好きになった娘ならば動かせるから?」
「有り体に言えばそうだ」
「それもまた、難しい話ね……」
サレスの言葉に、しみじみと呟いたヤツィータは、窓から空の雲を眺める。
「だって、彼―――私が見たところ、一番信頼してるのは自らの神剣で、
その次は随分と離れて望くんと希美ちゃんだもの。
それで、その次にやっと旅団のメンバーである沙月」
「……フム」
「ここから沙月の高感度を一番に持っていくよりも、
浩二くん好みの新キャラが登場する事を願った方が確率高いわ」
「新キャラって……おまえな」
ゲームじゃ無いんだぞとサレスが言いかけるよりも早く、
ニヤリと笑ったヤツィータがじりじりとにじり寄って来る。
「と、言う訳で……サレス。貴方がその新キャラになってみない?」
「ば、馬鹿を言うな! 何を考えているんだオマエは!」
「いえ、サレスなら大丈夫。イケルわ」
「な、何がイケルんだ!」
「じょ・そ・う」
「―――っ!」
身を翻して部屋から出ようと走るサレス。
しかし、ヤツィータに回り込まれた。大魔王と綺麗なオネーサンからは逃げられない。
それは、世界の絶対法則。
「さぁ、もう観念しなさい……大丈夫。
腕によりをかけてメイクしてあげるから……」
「な、何が大丈夫なんだ。離せ! ヤツィータ!
おまえ、絶対に楽しんでいるだろう!
新キャラうんぬんよりも、個人的な楽しみでやろうとしてるだろう! そうだろう!」
じりじりと後ずさるサレス。
しかし、ここは狭い校長室の中である。すぐに背中が壁にドンと当たった。
「くう……くっ。ハァー、ハァー、ハァ――――
わ、私は何をされるんだ!? ヤ、ヤツィータ……おまえは、な……何を考えている!?
私は! 私はッ! 私の傍に近づくなーーーーーーっ!」