「新しい組織を自分達で、か……なるほど。そう来たか―――」
斑鳩沙月は、同盟を結びに行くと言っていた浩二と望に、
その件は私に任せて欲しいと言うと、旅団本部に赴き、
テーブルを挟んで、旅団の長であるサレスと向かい合って話をしていた。
「流石のサレスも、この展開は読めなかった?」
「いや、確率的には低いだろうが、可能性の一つとしては考えていたよ。
世刻望と斉藤浩二。この学園にいるマスターが、
どちらか一人であるならば実現しなかっただろうが……
あの二人は近い位置に居た。だから、この可能性は十分にあった」
「どういう事?」
「素質だ。世刻望には中心になれる力があるが、自分で絵図を書いて実行に移す行動力は無い。
斉藤浩二は人を惹きつけ、その中心となるカリスマは無いが、絵図を描く頭と実行力がある。
どちらか一人ならば組織を作る事など不可能だが、二人が手を組めば十分にやれる」
「あの二人を傍にいさせるようにしたのは私だけど……いけなかった?」
正確には、意図してやったのではなく、
目を離すと、すぐにどこかで事件に巻き込まれる浩二のお目付けを望に任せたのである。
「いや、構わんよ。一番確率が高くて面倒だった事は、
彼等がそれぞれに行動して、我々の眼の届かない所に行ってしまう事だったからな」
最上の結果は、二人とも自分の手元に置くことだったが、最悪の結果よりは十分にマシだ。
サレスは、暗い顔になった沙月の頭にポンと手を置いた。
「それに、彼等の所にはおまえが居てくれるのだろう?」
「ええ。その為に旅団を離れる事になるけれど……」
「それならば、考えようによっては旅団の別働隊のようなものだ」
沙月は、サレスが自分の意図を理解してくれている事に安心して、ホッと息を吐いた。
「何なら人工精霊も数体、そちらに回しても構わないが?」
「いいの?」
「ああ。彼等が『光をもたらすもの』と直接戦う役割をしてくれるのなら、
そちらの方が好都合と言ってもいい。私は私で動けるからな」
ニヤリと笑うサレス。それに合わせて眼鏡も光る。
浩二や望がどう動いた所で、自分はその動きを利用するだけだと言わんばかりだ。
「永峰希美の神獣に背負わせる拠点も、わざわざ剣の世界に戻って砦を持ってこずとも良い。
拠点としての機能を備えた建物をこちらで提供してやろう。
彼等の世界で言うところの電気や水道の設備も、この世界の建物にならついている。
剣の世界にある砦を使うよりも快適だろうしな」
「大盤振る舞いね……で、それに対する旅団への見返りは?」
「彼等が時間樹を旅する間に、どんな世界で何をしたかを定期的に報告する事」
「それだけでいいの?」
「ああ」
拍子抜けしたような顔をする沙月に、サレスは微かに笑う。
言葉には出さないが、人工精霊を出向させる件も、拠点の提供も、
神剣の運命に立ち向かう事を選んだ少年少女達への心尽くしのつもりであった。
しかし彼の場合―――
普段の言動と雰囲気が怪しいので素直に信じては貰えないのだった
「クセーーッ! こいつはクセーーー!
陰謀の臭いがプンプンするぜーーーーッ!」
「……確かに……どうして、そこまでしてくれるんだろう……」
「だよねぇ……何か裏がありそうな気がするよ……」
「望。後で一度お話しに伺った方が良いのではありませんか?」
「わーい。お風呂付の建物だー!」
―――とは、沙月がサレスの話を伝えた際に返ってきた言葉である。
「サレス……」
沙月は100%の善意でも裏があると思われるサレスの評価に、
なんて不憫なと、さめざめ涙するのであった。
**************
「くっそ、何だか今日は走りっぱなしだな!」
斉藤浩二は、悪態をつきながら走っていた。
その額にはびっしりと汗が張り付いている。永遠神剣により強化された肉体とはいえ、
休む事無く支えの塔周辺を右から左に駆け回っていれば、息も切れようというものだった。
「陽動に、まんまと踊らされたわね……」
浩二の横を併走する沙月が、臍を噛むように呟く。
ついに始まった『旅団』VS『光をもたらすもの』の戦いは、
たった一人の男のスケベ心の為に、思わぬ劣勢を強いられていた。
事の始まりは、魔法の世界にある精霊回廊から『光をもたらすもの』が侵攻してきた時より始まる。
精霊回廊より現れた百名を越えるミニオンは、
現れるなり、魔法の世界の中枢である支えの塔に隊を組んで攻めかかってきたのだ。
ミニオンが侵攻してくると、物部学園の永遠神剣マスターを加えた『旅団』は、
それを迎え撃ち、撃退する事に成功する。
しかし、それは『光をもたらすもの』の陽動であり―――
支えの塔から『旅団』の面子が出払っている間に『光をもたらすもの』エヴォリアは、
魔法の力を使ってナーヤの侍従であるフィロメーラに姿を変えると、
彼女の事を抱きたいと常々思っていたニーヤァを言葉巧みに篭絡し、
トトカ一族しか入ることの出来ない、支えの塔の中枢へと侵入するのであった。
エヴォリアは、美しい女を抱きたいというスケベ心で、
あっさりと支えの塔の中枢にまで案内したニーヤァを心底蔑み、笑いながら、
支えの塔のコンピューターに自爆プログラムを入力する。
その際に、支えの塔が不自然な光を発し、大地が揺らいだ事により『旅団』は、
支えの塔に『光をもたらすもの』の侵入を許してしまった事を知る。
支えの塔の中枢は、結界に護られている筈なのに、どうしてこんな事になったのか解らない彼等は、
解らぬままに『光をもたらすもの』の手に落ちた支えの塔を奪還すべく、走っているのであった。
エヴォリアが入力した自爆プログラムが作動するまであと僅か。
支えの塔へと引き返してくる『旅団』を妨害すべく、ミニオン達が立ちふさがる。
中枢を『光をもたらすもの』に抑えられた『旅団』は、
中枢部に戻るために開放せねばならぬ動力プラントを取り戻す為、
手分けして4つの動力プラントへと直走る―――
―――それが、今の状況であった。
そんな中で、斉藤浩二は斑鳩沙月とペアを組んで、
4つのプラントの内の一つであるルトヴィアへと向かっているのである。
「見えた! 斉藤くん。あれが動力プラントよ!
アレを開放すれば、支えの塔中枢への道が開けるわ」
「ひゅう。やっぱり数がいるなぁ」
動力プラントを防衛すべく陣取った、
小隊くらいの数のミニオンを見て口笛を吹く浩二。
「私が先陣を切って突撃するから、斉藤くんはサポートをお願い!」
「了解っす!」
光の剣を手に走るスピードを上げる沙月の後ろにピタリと付く浩二。
ミニオンから先制攻撃の魔法が放たれると、浩二は大地を蹴って飛び上がり、
先頭を走る沙月に向かって放たれた火の魔法を『最弱』で霧散させる。
「俺に魔法攻撃はきかねーんだよ!」
スタッと着地して、再び沙月の後ろに付く浩二。
沙月は、そんな浩二の姿をチラリと振り向いて確認すると、
総勢で11人いる永遠神剣マスターを4つのパーティに分ける際、
一組だけ二人となるパーティに浩二を配置したサレスの慧眼に感嘆の息を吐くのであった。
「なるほどね。ルプトナが斉藤くんと組みたかったと、駄々をこねる訳だわ……」
斉藤浩二というマスターは、その神剣の特性からなのかサポートが上手い。
始めは、ただの数合わせないし、お荷物扱いだったのに……
自分の神剣の特性を掴んでからは、目を見張るように良い動きをするようになった。
「私も、負けてられないわね……」
背中を気にしないで、目の前の敵を倒すことだけに集中できるのは、
戦士にとってある意味快感ですらあるのだ。
「ケイロン! 防御に力をまわす必要は無いわ。力の全てを攻撃力に……」
沙月は、敵からの攻撃は全て浩二が叩き落としてくれると確信し、
自らの神獣に攻撃に専念せよと呼びかける。
「さぁ、行くわよ! 私の全力攻撃―――
止められるものなら、止めてみなさい!」
*************
「……今更ノコノコと戻って来たか……
だが、もう遅い……すでに、この塔は我々の手中だ」
全てのプラントを開放し、合流した『旅団』のメンバーと浩二達。
それから入れるようになった支えの塔の入り口まで辿り着くと、
そこには一人の偉丈夫が神剣を構えて待ち構えていた。
「ベルバルザード……」
薙刀を構える男の名を呼ぶ浩二。
するとベルバルザードは、その目に強い輝きを灯して浩二の視線を捕らえた。
「不可思議な神剣を持つ者か……」
「俺と世刻にボコボコにされた傷……もう治ったか?」
「おかげさまでな」
挑発するように言う浩二に、ベルバルザードはフッと口元を緩めて答える。
「消えろよ。テメーなんざ、俺達の敵じゃねー」
「……ククッ……そう言うな……
……俺は、あの時から今に至るまで……
貴様を血祭りにあげる事だけを考えていたと言うのに……」
「ほう。勝てると思ってるのか?
ちなみに、私の戦闘能力は530000です」
浩二は、沙月達に目配せして『最弱』を構える。
言葉の意味はよく解らないが、コイツは俺が引き受けるから先に行けと言う事だろう。
とにかくそうだと思って、沙月は頷く。
「……フン」
浩二と睨みあったままのベルバルザードは、沙月達が横を駆け抜けていくのを目にも止めず、
ただ一人、浩二だけを視界にいれて神剣を構えている。
途中で何らかの妨害には合うと考えていた沙月達は、拍子抜けしたような顔をしたが、
自分達が通り抜けた後にベルバルザードから発せられた闘気に、ハッと息を呑んだ。
「元より俺の狙いは貴様一人ッ! 他の者など目にもくれぬわ!」
ブウンと永遠神剣『重圧』を頭上で振り回し、
浩二と沙月達のやり取りを無視するベルバルザード。
「名を聞こう。貴様の名前はまだ聞いて無かった」
「ホッホッホ。宇宙の帝王フリーザ様ですよ」
「そうか、フリーザか……」
「ごめん。嘘。ホントに信じるのはやめて」
エヴォリアと違って、融通が利きそうにないベルバルザードには、
早めに嘘だと言っておかないと、ホントにフリーザだと思われそうなので、浩二は本名を名乗った。
「またやってるし……」
沙月は、そんなアホみたいなやり取りを見ながら、
私達が支えの塔を止めるまでの間、何とか持ち堪えて心で呟き、塔の中に入っていくのであった。
「ならば、斉藤浩二よ……光をもたらすものが一柱―――
『重圧』のベルバルザードが力、見せてやるッ!」
ダンッと力強く大地を蹴り、神剣を振りかぶって突撃してくるベルバルザード。
浩二はそれを迎え撃つように脚を広げると、反永遠神剣『最弱』を構えて叫ぶのであった。
「最弱! 肉体強化だ! 持ち堪えるぞ!」
『はいな!』
力の波動が身体中を駆け巡る。
浩二はベルバルザードの全体を捉えるように目を動かし、
神経を研ぎ澄まして上から振り落とされる斬撃を回避する。
爆音。神剣の力で重力を増したベルバルザードの一撃が大地を穿ち、クレーターを作る。
弾け跳ぶ石造りの床の破片。
銃弾のように四方八方に飛ぶそれは、さながら散弾銃のよう。
「っ!」
しかし、そんなモノは肉体を強化した神剣のマスターにとって、
弾け跳んできた破片程度は豆鉄砲に過ぎない。
警戒しなければいけないのは、そんなモノでは無く―――
「ぬうううううあッ!!!」
この、馬鹿みたいに速い切り返し。
地面にぶつけた反動に、神剣の力で重力を軽くする事によって、
更にスピードを上げた音速に近い斬撃。それが浩二の胴を両断せんと放たれる。
「くそっ!」
それに対して、浩二が行ったアクションは、前に跳ぶだった。
後ろに跳び下がるのでもなく、上にジャンプで回避するのでもなく……
渾身の力で大地を蹴って前に跳ぶ。
「―――がはっ!」
前に跳んだ事により、薙刀の刃の部分で両断される事はなかったが、
柄の部分で脇腹を殴られ、浩二は派手に吹き飛ばされた。
「ごっ、がっ……うげっ!」
何度も身体を地面に打ちつけ、蹴り飛ばされたボールのように転がる浩二。
しかし、浩二が咄嗟にとったその行動は正解であった。
何故なら、後ろに跳ぶよりも前に跳ぶアクションの方が速く、力強い。
人間の足はそのように出来ている。
もしも浩二が完全に回避しようと後ろに跳ぶか、上にジャンプで避けようとしていたら、
前者ならば、音速に近い速さで薙ぎ払われた『重圧』の薙ぎ払いを避け切れずに腹を割かれ。
後者ならば、膝の辺りで両足を切断されていただろう。
「ゴプッ―――お、っ・…げええええええっ!」
柄の部分で腹を殴打される事を覚悟し、神剣の強化を胴に集中させていたとはいえ、
薙ぎ払いを横腹に受けた浩二は、膝を突いたまま嘔吐する。
血の混じった胃液がビシャビシャと地面に飛び散った。
『ゲーゲーやってる暇は無いで! 相棒!』
「くそっ!」
解っていた事とはいえ―――
ベルバルザードの『重圧』と比べると、自分の神剣である『最弱』は弱い。
永遠神剣の奇跡を霧散させるという特殊能力は凄いが、
ミニオンのような下位神剣の遣い手ではなく、
ベルバルザードのような強い神剣持ちの猛者に肉弾戦をしかけられると、まったく話にならないのだ。
神剣で防ぐ事ができないと言うのは、回避し損ねたら直撃を食らうという事なのだから。
「何が、沙月先輩の穴は俺が埋める……だ。クソッ!
望にあれだけの大言を吐いておいて、このザマか……情けねぇ……」
ミニオンを倒せるようになった事で、他の皆とも並べたと思っていた。
武器など無くても戦えると思っていた。けれど、それはとんだ思いあがり。
ミニオンなど所詮は人形。ルプトナは強力な神剣と才能こそあれ、
幾多もの修羅場をくぐり抜けてきた、歴戦の武人ではない。
だが、今目の前にいる相手は、長い年月をかけて己を鍛え上げ、
鍛錬で、実戦で、研鑽を積み重ねてきた真の武人―――
剣の世界で戦った一度目の戦いも、精霊の世界で戦った二度目の戦いも、
ベルバルザードは浩二を雑魚と見下しており、明らかに手を抜いていた。
だが、二度目の戦いで己の神獣を消されかけ……
それを機に敗走へと追いやられたベルバルザードに、今や油断は欠片も無い。
そんな男が浩二の相手なのである。
「フゥンッ!」
ガリガリと『重圧』の刃で地面を削りながら向かってきたベルバルザードは、
よろよろと起き上がる浩二に、神剣を下から振り上げた。
「うわちっ!」
浩二は、ステップを踏むように、くるりとターンして回避する。
「―――このっ!」
その際に、回転の勢いを利用してベルバルザードに脚払いをくらわせた。
「……何だそれは?」
しかし、大地に根が生えたようにどっしりと構えるベルバルザードは微塵も揺るがない。
バシィッと柱を蹴りつけた様な音がするだけである。
ベルバルザードは『重圧』を振り上げながら、足払いの姿勢のまま固まっている浩二を見下ろした。
「………今のは、もしかして……攻撃のつもりだったのか?
そんなモノで、俺を転倒させられるとでも思ったのか?」
「―――っ!」
「ふざけるっ!!!」
射すくめられたように息を呑む浩二。
幾多もの世界を滅ぼしてきた惨劇の戦士ベルバルザードの、
火を吹かんばかりの眼力を前に、彼はゴクリと喉を鳴らして唾を飲みこんだ。
「フゥン―――ッ!」
「くっ!」
そして、攻撃が来ると本能で察知すると、反射的に横に跳ぶ。
着地と同時に逃走。ベルバルザードから背を向けて逃げ出す。
「―――ダメだ! このままじゃ何をやっても勝てない!
考えろ! どうすれば勝てる! オレには何が足りない!
考えろ! 絶対に勝てない敵なんて、居る筈がないんだから!」
ベルバルザードにはあって、自分に足りないモノ―――
それは戦闘経験の量。
それは技。
それはこの戦いにかける気迫。
そして、武器―――
「……オーケー。足りないモノは解った」
経験値が足りぬのなら、それはアイディアで補おう。
技が無いと言うのなら、ヤツの持ってるモノを盗めばいい。
気迫なんてクソ食らえだ。何故ならオレが負ける筈が無い。
「後は武器……アイツの『重圧』とぶつかり合える武器だ!
それさえあれば、あんなヤツ―――」
拳や蹴りでは、ベルバルザードの鉄壁防御を砕けない。
アレは闘気と魔力で全身を護っている。
自分の得物である『最弱』はそれらを霧散させる力があるが、
ハリセンである『最弱』をぶつけても威力が無い。
「考えろ! 考えろ! 考えろ! 何かある。きっとある!
思考を止めるな斉藤浩二。考えて、考えて、考え―――っ!?」
背後。凶悪なプレッシャー。
首筋がチリチリとむず痒い。咄嗟に常体を滑らせてスライディングした。
ベルバルザード。永遠神剣『重圧』を高速で薙ぎ払い、真空の刃を飛ばしてきた。
「うひょっ!」
腕を叩きつけ、立ち止まる事無く再び逃走。
「はぁ、はぁ……ハァ……」
今のは危なかった。戦いの前に小便を済ましていなかったら、きっと漏らしていた。
パンツは今履いているモノしか無いというのに、なんて事を―――
「っ!」
小便を漏らす。パンツ。代わりのモノ。
「ある! あるじゃねーか。俺の武器!
アイツの『重圧』とぶつけ合っても砕けない武器!
それも、無限ってぐらいに豊富な種類が……」
―――天恵が降りた。
「せいやあああああああっ!」
「―――え?」
それと同時に、ベルバルザードの拳が後頭部に直撃した。
「どわっはーーーーーーーーーーー!!!」
***************
「うおおぉぉぉぉぉっ……痛ぇ……クソ痛ぇ……
思いっきりブン殴りやがって……インパクトの瞬間に目から星が出たじゃねーか!
ああ痛ぇ、マジで痛ぇ……泣きたくねーのに、痛くて涙が出てくる……」
吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がった浩二は、
頭を押さえて呻きながら、立ち上がる事無く仰向けになって倒れたままだ。
ズンと足音が聞こえた。その音に浩二は顔をあげる。
「待て! ちょっと待て、くるな! タイム!
痛みが引くまで、ちょっと待て! 少し話をしようじゃないか!
ポリンキーの三角形の秘密について知りたくないか?
もしくは、カラムーチョの婆ちゃんの名前を―――」
「貴様……どこまで俺をコケにすれば気が済むのだ……」
そんな浩二の様子に、ベルバルードは怒りを滲ませた声でそう呟き、
永遠神剣『重圧』の刃を地面に擦らせながら歩いてきている。
「―――よっと!」
その距離がベルバルザードの間合いギリギリまでになると、
浩二は仰向けで寝ていた体制から脚を上げ、
腕の力で身体をバッと立ち上がらせた。
「………ククク……ハハッ。やっぱ、待ってくれねーか……」
そう言って、浩二は顔をあげる。
その目は、猛獣のようにギラギラと輝いていた。
獰猛な光を放ち、ニヤリと口元を吊り上げている。
彼の力の源でもある反逆と反抗の心が、燃え上がっている。
『相棒。ポリンキーの秘密はパッケージに付いてるから解りまんねんけど……
カラムーチョの婆さんの名前って何やねん?』
「ヒーおばあちゃんと、ヒーヒーおばあちゃん。
本名は森田トミと森田フミ。年齢は今年で131歳と155歳」
『あ、そやったんかいな。これで一つトリビアが増えましたわ』
「ちなみに、カルビーのアレ。ぽかーんと大口開けて、明後日の方向を向いたまま、
人差し指立ててるアレの名前は……って、そんなモノはどうでもいい!
おいテメェ! ベルバルザードっ!」
『んな! そこまで言っておいてお預けでっか!
何やねん!? カルビーのアレは何やねーーーーーーーーん!!!』
自分でもどうでもいい話題で、足止めをしようとしていた事を棚上げして浩二は叫ぶ。
彼の神剣『最弱』も、気になるところでお預けをくらって一緒に叫ぶ。
「俺みたいな、いたいけな少年を……
出会ってから今まで、親の仇みたいな目で睨みやがってッ!
何なんだ……何だってんだよテメーは! 俺に何の恨みがあるってんだ!」
『最弱』はそんな浩二の様子を見ながら、
やっと浩二のテンションが上がってきたと思った。
『むう。カルビーのアレは後で聞くとして……
―――ククク。勝負はこれからやでー』
ずっと浩二の戦いを見てきた『最弱』は知っている。
彼は、真面目に戦うよりも、今のようなハイテンションで戦ったほうが強い。
余計な事は何も考えず、敵を倒す事のみに思考の全てを傾けるからだ。
今はまだ未熟故にスイッチのように思考を切り替えられないが、
これを自由自在にできるようになれば、戦士としてのセンスは申し分無いだろう。
「―――最弱っ! 今からあのヤロウに過激なツッコミいれに行くぞ!
俺の心を読んで、俺が思うとおりの形に姿を変えろ!」
『了解や!』
浩二は手にしていた『最弱』を、
ハリセンの状態から大きな正方形の形に変える。
「あぁ―――それにしても、クソ。
ここまでボロクソにされて、やっとこの事に気づくとはなぁ……」
そう呟いた後に、浩二は大きな正方形になった『最弱』を上に放り投げる。
すると、空中に浮かんだ『最弱』は、くるくると巻かれていき、細長い筒のような形態になった。
イメージとしては、丸められた特大ポスターを想像すると解り易い。
「……沙月先輩の光の剣や、世刻の双剣を見たときから……
今に至るまで……俺にも武器があればと、ずっと思っていた。
俺の『最弱』はハリセンで―――
武器じゃねーと思っていた。
けど、その固定概念こそが、思考を止めているって事だったんだ!」
反永遠神剣『最弱』は紙で出来た神剣である。
今まで浩二は『紙』というモノが持つ特性を、真の意味で理解していなかった。
とうにヒントは掴んでいたのに、本来の形というモノに拘りすぎて、
もう一つ発展させる事ができなかったのだ。
紙の特性―――
それは、形を様々なモノに変えられる事。
どんな形にも変えられる、折り紙という遊びに完成形が無いように、
紙という媒体には決まった形など無い。
―――何だって作れるのだ。
そう、ベルバルザードとの戦いの中で一番欲しいと願った『武器』という形さえ……
「それを、今になって気づくなんて……
ションベン漏らしたら『最弱』で紙オムツを作ってやろうと思った時に、
やっと、その事に気づくなんて……
途方も無いアホだな……俺は……けど―――」
棒の形になって落ちてきた『最弱』を掴み取ると、力を通して硬質化させる。
永遠神剣マスターの流し込むエネルギー伝導により、
強度と硬度が増した今の『最弱』は、棒の形をした神剣である。
「武器さえあれば負けるものかっ!
これでっ! テメーのドタマを、カチ割ってる!
俺がッ! テメェなんかに―――ッ!
負ける筈が………っ! 無いんだよおおおおおおおおおおッ!」
***************
「でいいいいいーーーーーやああああああっ!!!」
重さは紙。強度は神剣。そんな扱いやすい事この上ない武器を手にした浩二は、
雄叫びと共に、閃光のような突きをベルバルザードに向けて連続で放つ。
「ククッ―――」
ベルバルザードは、そんな嵐のような突きを『重圧』で弾き、
あるいは受け止めながら、喉をならして笑った。
「―――ダッ!」
踏み込みと共に振り払われる、素早い薙ぎ払いを柄の部分で弾き返し、
お返しと言わんばかりに上段からの斬撃を振り下ろす。
「ハアアアッ!」
「ぐうっ!」
浩二は、棒を掲げるようにして持ち上げ、その斬撃を受け止めた。
斬撃に籠めた神剣の力である重力は、ぶつかり合う瞬間に何故か消えている。
ただの斬撃になってしまっているのだ。
「フハハハ―――ッ!」
それを忌々しいと思うよりも、今は―――
「うおおおおおっ!!」
目にギラギラと獰猛な輝きを灯して、
冷徹に自分を殺しにくる斉藤浩二というマスターとの戦いが純粋に楽しいと思う。
一合。二合。三合。槍と棒をぶつけ合う度に、自分の技や動きを吸収し、
自らの棒術に取り入れて成長していく浩二。
凄まじい素質だ。自分が長い年月をかけて会得した技が、
繰り出すたびに吸収され、改良して己に返されてくる。
そして、ベルバルザード自身も、それを受け止め、反撃する度に、
自分の技量があがっていくのを感じていた。
「何を笑っていやがるッ!」
「……ほう? 俺は笑っているのか?」
互いに高め合いながら戦う事ができる好敵手と出会うのは、
武人として生きる者にとっては最大の幸運だ。
しかもその相手は、まだ完成されていない未完の大器。
どのように強くなっていくのかは解らない。
そんな相手と刃を交じり合える事は、もうすでに完成形だと思っていた自分の技量を、
更に高みへと押し上げる事につながる。
ほら、見てみろ―――
この、斉藤浩二と言う名の、とびきりのインスピレーションを持つ男は、
またしても自分の技にアレンジを加えて攻撃してきたぞ。
「フンッ―――!」
ベルバルザードは、薙刀の石突を浩二に向けて放った。
浩二は脇腹との間に『最弱』を差し込む事により威力を軽減させるが、吹き飛ばされてしまう。
「―――っ!」
追撃にベルバルザードは大地を蹴って間合いを詰めるが、
そこに先端が尖った白い物体が飛んできた。
「何だとっ!?」
「飛行機だコノヤロウ!」
「―――おぐっ!」
それは、エネルギー強化を施して形を紙飛行機に変化させた『最弱』であった。
紙飛行機の形をした『最弱』が腹部に直撃すると、
ベルバルザードは、肺の空気を吐き出して、大きく後ろに吹き飛ばされる。
「ぐふっ……ガッ―――はぁ……はぁ……」
視線の先には、投擲をした後の浩二の姿が見えた。
「道を歩くときは、飛び出してくる飛行機に気をつけましょう」
再び棒の形に変えた『最弱』を拾いながら、浩二がニッと笑っている。
ベルバルザードは薙刀を杖にして立ち上がりながら、フンと笑い返した。
「阿呆か貴様。自ら得物を投げるとは……
もしも俺に避けられていたら、神剣を手放した貴様は死ぬしかないのだぞ?」
「うっせーな。当たったからいーじゃねーか。
てゆーかオマエ、追撃の早さが速すぎだろ。
吹っ飛んで転がされる時間ぐらい待てんのか!」
「フン。敵が転がりながらも、神剣の形を変えるという芸当をやりおるのでな。
時間を一秒さえも与えたくないと思ってしまうのだ」
そう言って、ベルバルザードは薙刀を構える。
すると、浩二も『最弱』を紙飛行機の形態から棒の形態に戻し、
ベルバルザードとまったく同じ構えで棒を構えた。
「…………」
「…………」
じりっと、互いにすり足で一歩間合いを狭める。
あと一歩踏み込めば、互いに一蹴りで踏み込める距離。
お互いに、額から流れる汗が頬を伝い地面に落ちた。
「はああああああああああっ!!!!!」
「うおおおおおおおおおおっ!!!!!」
そこで、お互いに力を全身に漲らせる。
闘気を高め、そこから最大最速の一撃を繰り出すスタイルは、
ベルバルザードの戦闘スタイルだが、浩二はそのやり方を真似ていた。
「越えてやる。負けるものか……俺は、貴様を越えてやるッ!
できない筈が無い! この俺に―――
出来ない事なんて、ある筈が無いんだ!」
槍術。棒術という技において、自分が一からスタイルを確立させるよりも、
目の前には最高の手本がいるのだ。技を、形を―――盗まぬ手は無い。
中には『重圧』の特性をいかした攻撃があるので、それだけは盗めぬが、
一番重要な基本―――形や足運び。間合いの取り方や呼吸は参考に出来る。
自分が真似ている事に気づいたベルバルザードは時々、
わざと隙ができる構えや、技を放つ時があるが、そんな偽物を見抜くのもまた戦いである。
直前にそれを見抜けば、その隙をついてこちらの攻撃を叩き込めるのだから。
浩二は、この戦いで自分が加速的に成長している事を感じていた。
今まで武術なんてモノは習った事は無く、動きは我流でしかなかったが、
ベルバルザードの動きをトレースする事により、
きちんと本格的な棒術というモノを学ぶ事ができたのだから。
しかも、その学習は命懸け。五感の全部を研ぎ澄まし、必死に覚えもしよう。
「―――っ!」
しかし、お互いの闘気がぶつかり合った瞬間―――
「………潮時か……」
―――ベルバルザードは、スッと神剣を引くのだった。
「……な!? てめっ、この! 何だ、コノ!
なんつーか、何なんだ! コノヤロウ! とにかくコノヤロウ!」
ぶつけ合っていた気勢を、見事にいなされて転びそうになる浩二。
今のは、単純に剣を引いたように見えて達人の技だ。
激しく燃え盛るような流の気を、小波一つ立たない静かなる静の気に切り替えたのである。
もちろん、そんな達人の技が理解できない浩二は、
何やら、まやかしのような方法で自分の気勢を流されたとしか思えず、
今の気持ちをどう言葉にすればいいのか解らなくて、ワケの解らない罵声を放つ。
「……フッ。そう猛るな斉藤浩二よ……
どうやら、エヴォリアが『旅団』の連中に敗北したようだ……
彼女がここから退いたならば、俺も、何時までもココにいるという訳にはいかん」
ベルバルザードはそう言ってマントを翻すと『重圧』を背中に収める。
「ではな、斉藤浩二よ。この決着はいずれ、また……」
「まて! 待てよ……コノ―――ッ!」
浩二は、ふざけるなと叫んでその背中を追いたかったが、
今ので、自分を支えていた緊張の糸がブツリと切れたようで、がくりと膝を突いた。
「―――チッ、くしょう……」
反逆心が湧き上がると共に、脳内から大量発生していた、
ドーパミンという脳内麻薬が切れたことにより、
今まで無理に無理を重ねてきた身体が一斉に痛みを訴える。
強がってはいるもの、疲労とダメージが、とうに限界を越えていたのだ。
「あー……クソ……身体中に、亀裂が入ったように痛い……
泣きたくねーのに、痛くてまた涙がでてきた……痛ぇ……
ハハッ……俺、死ぬわ……コレ―――」
浩二は、その痛みに意識を失い、前のめりにドサッと倒れこんだ。
「―――やれやれ……」
意識を失う瞬間に―――
「ほんと、無茶苦茶だな……オマエは……」
見知った顔の男の、呆れたような声を聞きながら……