「ハァ……ハァ……ハァ……」
むせ返る様な血の池の中。世刻望は、荒い息を吐きながら立っていた。
その身体は所々赤く染まり、目だけが異様な輝きを放っている。
「―――っ!」
影が背後から迫ってきていた。望は振り返り様に神剣を横に薙ぎ払い、
剣を構えて突撃してきたミニオンの首を刎ねる。
「ハァ、ハァ……」
連戦だった。ベルバルザードの押さえは浩二に任せ、
支えの塔の中に入ると、凄い数のミニオンが待ち構えており、
制御室へは進ませまいと襲い掛かってきたのである。
仲間達は、その乱戦の中で血路を切り開いてくれた。
足止めで時間を食っている暇は無いと、
コンピューターを止める事のできるナーヤを先に進ませ、その護衛を望に任せたのだ。
制御室に辿り着いたナーヤと望。
そこに居たのは『光をもたらすもの』エヴォリアであった。
望はナーヤと力を合わせ、それを撃退する事に成功する。
しかし、すでに自爆プログラムは作動しており、
ナーヤはそれを止めるために別端末からハッキングを仕掛け、
自爆プログラムを止めようと、端末のある部屋へと入る。
望は端末室へと入っていくナーヤの姿を見届けると、永遠神剣『黎明』を握って振り返る。
そこに居たのは数十人のミニオン。始まる戦い。たった一人の防衛戦―――
こうして彼は、一人で扉の前に立ち続け、神剣を振るっているのである。
「もっと、だ……」
ミニオンの返り血を頭に浴びると、幽鬼のような表情で望は声を絞り出す。
「……もっと、もっと……力を……」
体力など、エヴォリアを撃退した時点でとうに尽き果てている。
けれど望は倒れない。殺せば殺すほどに、彼の精神は研ぎ澄まされていく。
無駄な動きを排除し、邪魔な感情を切り捨て―――
ただひたすらに、どうすればもっと効率よく殺せるのかを考える。
「俺の『黎明』の力は、まだこんなモノじゃない……
本来の力の、十分の一さえも……まだ、出せていない……」
強さが欲しかった。世界を救える力が欲しいと思った。
こんな自分でも必要としてくれて、共に戦おうと言ってくれた仲間の為に。
もっと、もっと、もっと―――
強くなって、皆の想いに答えたいと思ったのだ。
「……まだ……始まった、ばかりなんだ……
俺は、世刻望は……まだ始まったばかりなんだ!
やっと、この足で歩き始めたんだ! 負けるものかッ!」
雄叫びと同時に、神剣を下から切り上げ、薙ぎ払い、振り下ろす。
望は、瞬時に三人のミニオンを神剣で斬り倒した。
「……通さない。この先には行かせない……
俺が、今、護っているモノは―――」
自分と、仲間が歩き始めようと第一歩を踏み出した未来なのだから―――
***************
「―――っ!」
斉藤浩二は、声にならない叫び声と共にガバッと身体を起こした。
それと同時に全身を稲妻のように貫く激痛。
「いぎ―――ッ!」
その激痛に悲鳴をあげ、浩二はヒョットコのような顔をすると、
それからすぐに、背中からばたりと後ろに倒れこんだ。
『……なにやっとんねん?』
己のマスターの奇行に『最弱』は呆れたように呟く。
浩二が声に気が付き横を見ると、机の上には白いハリセンが置いてあった。
「……最弱。ここはどこだ? 俺は斉藤浩二だ」
『私は誰っちゅー台詞もちゃんと言いなはれ。そこも含めてお約束なんやから……
まぁ、それを答えるより前に、まずは記憶がどこまで確かなのか確認や。
相棒。支えの塔の前で、ベルバルザードと戦った事は覚えとるか?』
「……覚えてる」
『後の事も?』
「……ああ」
まだ余力を残して去っていったベルバルザードと違い、
彼が立ち去ると、崩れ落ちるように膝をついた自分。
あれが試合ならば引き分けだろうが、命を賭けた戦いにおいては敗北であっただろう。
生きてさえ居れば敗北では無い―――
それは『最弱』の口癖であるが、浩二はそう思わなかった。
負け犬と言う言葉があるように、生きながらの敗者を表す言葉が自分の世界にはあるのだから。
「……弱いな、俺は……」
思い返せば、一人で臨んだ戦いでは、今まで誰にも勝ったためしが無い。
ベルバルザードには二度も敗北し、ルプトナにも負けている。
口では負ける筈が無いと大言を吐きながら、いつも負けてばかりだ。
『―――ま、反省は後でゆっくりやりなはれ。
気絶するまでの状況を覚えてるなら話は早いわ。状況を説明するで?
まず始めに、ここは物部学園の保健室。昨日までは横に世刻も寝とったけど……
アレはヘンタイやな。相棒よりもボロボロな状態やったのに、一日休んだら歩けるようになっとったわ』
「……そうなのか」
『んで、結果から言うと、支えの塔であった『旅団』VS『光をもたらすもの』の戦いは、
辛勝ながら『旅団』の勝ちやねん。この世界の崩壊は止められた。
物部学園の皆も怪我は無い。ああ、相棒と世刻がボロボロになったから皆では無いかな?』
「てゆーか、何で望はボロボロになってんだよ?」
『何でも、制御室でエヴォリアを撃退した後、
自爆プログラムを止める為に端末室に入ったナーヤ女史を護る為、
たった一人で数十体のミニオンと戦ったそうや』
「あのエヴォリアを? ナーヤと二人で?
しかもその後には、たった一人で数十体のミニオンと連戦かよ!」
『そうみたいやねん』
驚きを隠せない浩二。いくら自分とは違いナーヤと二人がかりだったとはいえ、
ベルバルザードよりも上役であるエヴォリアを撃退し、
その後も数十体のミニオンと戦ったというのは凄いの一言である。
「そうか、望のヤツは……馬鹿を貫きとしたか……」
『隣で寝とる相棒の事も、随分と心配しとったでー。
ヤツィータ女史に、相棒はいつになったら目覚めるのかと必死に聞いてたわ』
「……なぁ、最弱……俺が気絶した後の事なんだけど―――」
『ああ。そうそう。それなんやけど……
死にかけとった相棒に応急手当をしてくれはったのは、暁はんやねん』
「あの時は意識が薄れてたから、夢かと思ったけど……やっぱりアレ。暁か?」
『暁はんは、相棒を応急処置した後、担ぎ上げて安全なところまで運ぶと、
これで今までの借りは返したと言って去って行きましたんや。
いやぁ~先行投資が役立ちましたなぁ……借りってアレやろ?
元の世界で学生やってた時に、何度かメシおごってやったヤツ』
「……そう。だな……」
暁絶―――彼の事は今まで、あえて意識から外していた。
望に襲い掛かり、永峰が永遠神剣のマスターとして覚醒する切っ掛けを作った男。
世刻望の味方をすると決めた時より、敵になった友人。
始めは打算で近づいた絶だが、彼とはそんなモノなど抜きにしても友人になれたような気がした。
お互いが、タダの友人としての距離を理解し合い、近づき過ぎず、離れず……
共に居て一番心地よかったと思える少年。彼と望の間に何があるのかは解らない。
望と絶の問題に、関係の無い自分が干渉すべきでは無いとは思うが、何処か釈然としない。
「暁……か」
浩二は、なんとなくその名前を小さく呟いた。
***************
「おいーっす」
浩二は、所々にまだ痛みが残る身体を動かし、物部学園の食堂へとやってきた。
「斉藤!」
「斉藤くん?」
「浩二くん!」
顔を覗かせた浩二に気がついた望達は、とっていた食事の手を止めて駆け寄ってくる。
そこには物部学園の永遠神剣マスターだけではなく、ルプトナやカティマにナーヤまでも居た。
「目が醒めたんだな?」
「そうでなきゃ、どうやってココに来るんだよ」
明るい顔で尋ねてくる望に憎まれ口で返す。
望は、そんな浩二に心配させやがってと言って軽く叩いた。
「ある程度の事は俺の『最弱』に聞いたけど……望。
お手柄だったそうじゃねーか。流石は我等がリーダーって所か?」
「いや、手柄と言うのなら、俺よりもナーヤだよ。
ナーヤが支えの塔に施された自爆プログラムを、
端末からハッキングで止めてくれたからこそ、この世界の崩壊は止められたんだ」
「へぇ……」
浩二は、少し離れた場所に立っていたナーヤに視線を向ける。
「お互いに何度か顔は見合わせているけど……こうして話すのは初めてだよな?」
「うむ。まずは礼を……ありがとう。今回の件ではおぬし達に助けれた」
「別に、俺は改まって礼を言われる程の働きはしていないさ。
結局ベルバルザードの野郎には負けたんだし……」
「はて? 負けた……」
浩二の言葉にナーヤは首をかしげる。
「逆じゃろう? おぬしがヤツを撃退したのでは無かったのか?」
「俺は、持ちこたえるだけで精一杯だった。勝ってねー」
たった一人でアレを相手に持ちこたえただけでも、十分賞賛に値するのだがとナーヤは思ったが、
あえてそれは口にしなかった。斉藤浩二なる人物はプライドが高いとサレスにも聞かされている。
「まぁ、それならそれで良い。いずれまた会い見える時も来よう」
「俺としては、世界で一番会いたくないヤツに認定されてるんだけどなぁ……」
苦笑を浮かべて浩二はナーヤとの話を打ち切る。
それから椅子を引いて腰を下ろすと、沙月の方に目を移した。
「沙月先輩。元の世界への座標はもう割り出せているんですよね?
なら、早いところ元の世界に帰りましょうよ。
また、あの次元振とやらで座標が変わってしまわない内に」
「ええ。もう準備は出来ているわ。
今は、学園の皆に食料などの物資を運搬してもらってる。
斉藤くんが目覚めたなら、今日の夜にでも出発できると思う」
「そうですか……帰路はどれ程ですか?」
「最短距離を最速で片道10日。帰りは精霊回廊を使って魔法の世界へと戻る予定よ。
そちらの方はものべーよりも時間がかかるから、14日ぐらいって所ね?」
それに加えて、元の世界で自分達が身辺整理するのに一週間ぐらい。
往復日数と滞在日数を全て合わせて一ヶ月くらいかと浩二は思った。
「十日じゃ文化祭はやれないな……まだ、準備段階なんだし」
ハリウッドで映画化も狙えるだろう演劇の舞台を、この目で見られないのは残念だ。
しかし、アレはきっと物部学園で伝説になる。
情報操作で自分にまつわる記憶は皆から消えるが……
あの作品が元の世界で評価され、残っていくのならそれでいいと浩二は思う。
「うむ。空とぶ女子高生が各界の評論家の目に留まり、
メディアミックスした暁には、その収益は緑の環境を護る保護団体に寄付してくださいと
最後のページに書いておこう。それだけが謎の原作者の望みですと」
浩二の妄想は留まる所を知らない。
しかし、彼が『空とぶ女子高生』の台本がいつの間にか紛失していた事に気づくのは、
ものべーが魔法の世界より飛び立ち、元の世界へと続く帰路を進み始めた初日の事であった。
「世界遺産がーーーーーーっ!!!」
***************
「ただいまー」
斉藤浩二は、万感をこめてその言葉を口にした。
開けた扉は料亭『歳月』の裏にある母屋。慣れ親しんだ自分の家の玄関ドアである。
「また夜帰りか? 浩二」
「陽気に誘われ、夜の公園で痴漢していたら、警察に追いかけられてこの時間っすよ」
「馬鹿言ってないでさっさと寝ろ。オマエは明日も学校があるんだから」
「へーい」
やる気の無いような言い方をして、浩二は兄の横を通り抜けて自分の部屋へと向かう。
「帰って……来たんだなぁ……」
およそ四ヶ月ぶりに見る我が家と自分の部屋であった。
浩二は上着をハンガーにかけると、ベッドに寝転がる。
慣れ親しんだ自分の布団。枕の感触。何もかもが懐かしい。
「よっと!」
起き上がるとパソコンの電源を入れた。
そして、インターネットを立ちあげると、大手検索サイトのニュース欄を読み始める。
相変わらず政治家の不祥事が目立ち、何処もかしこも不景気だ不景気だと書いてある。
紛れも無くココは、十数年過ごしてきた自分の世界であった。
「こうしてると、昨日までの事が全部夢のようだな……最弱」
『そうでんなぁ……』
「朝起きて、学校行って……退屈だと思いながら授業を受けて……
帰ってきたら店の手伝いして、宿題して……」
なんとツマラナイ日常なのだと思っていた。けれど、無くしてからやっと解る。
あの日々がどれだけ尊いモノであったのかを。
「そんな日々を、俺は……無くしてしまったんだな……」
元の世界に戻ると同時に、大規模な情報操作が世界に施された。
物部学園の生徒達には、この四ヶ月の日々を埋める偽の記憶が与えられ、
彼等は、文化祭の準備で帰りが遅くなったと思いながら家路へとついていった。
今この世界で、あの異世界を旅した記憶が残っているのは自分と世刻望、永峰希美。
この三人に加えて沙月と、自分達も望や浩二の世界を見てみたいと言って付いて来た
カティマとルプトナの三人。合わせて六名だけである。
ちなみにカティマとルプトナは、物部学園の制服を身に纏い、
今日の所は沙月が暮らしている神社に泊まっている。
二人は望の家に行きたがったが、それは沙月と希美に止められた。
何故なら、二人の記憶は望の保護者である椿早苗には無い。
剣の世界と精霊の世界の記憶と共に、情報操作で消されたからだ。
それなのに、望の家に二人がいる事が見つかれば、ルプトナはともかく、
金髪美人のカティマはどうしようもならない。
いったいオマエは、この外人美女を何処からナンパして家に連れ込んだのだと大変な事になる。
ルプトナは、まぁ駅前でナンパしたらホイホイ付いて来たと言っても通じるだろうと、
浩二は大変失礼な事を思いながら小さく笑った。
『相棒。もう夜の十二時を回っとるで? 寝た方がええんとちゃいます?』
部屋の隅にある、手作りの神棚に置かれた『最弱』が、
インターネットをしながらニヤニヤと思い出し笑いしているマスターに声をかける。
浩二が時計を見ると、時刻は深夜一時を回っていた。
「おおう。もうこんな時間か……」
パソコンの電源を落とすと、壁際のスイッチを押して部屋の明かりを消す。
それからベッドに潜り込み目を閉じた。
「この家で過ごすのも後少し……か」
***************
「おっす。望! おはよーさん」
浩二は、家から物部学園に登校すると、机に突っ伏していた世刻望の肩を叩いた。
「あ、ああ……おはよう。斉藤……」
「何だその顔は? 寝てないのかオマエ?」
「………ん、まぁ……」
望はそう言って目をごしごし擦る。
浩二は自分の机に鞄を置くと、望の前の席に移動して座った。
「どうして寝てないんだよ?」
「寝てしまったら……こうして帰ってきた事が、夢になるんじゃないかと思えて……」
望がそう言うと、浩二はああと小さく頷いた。
「夢なんかじゃないさ……」
そう言って浩二が視線を向けた場所は、かつて暁絶と名乗る少年が座っていた席のあった場所。
その場所には今、かつて絶の後ろの席だったクラスメイト達が一つずつ前にずれる形で席に座っている。
一週間後には、更に三つの机がこの教室から無くなる予定であった。
「ちょ、おい! 望。浩二!」
望と浩二が話していると、信助が大層驚いたという表情でこちらに近づいてきた。
「今日は、朝からおまえ等が親密な感じで話し込むから、何事かと思ったら……
夢のような場所に二人で行ってきたんだってー!」
「ちょ、おま!」
「しかも望は寝不足の徹夜! どこだ、どこに行って来たんだ二人で!
俺も連れて行ってくれ! 三万までなら出せるから!」
リアルな数字を提示してくる信助に、少しひく浩二と望。
周りの視線も痛い。それに気づいた信助は、ゴホンと咳払いを一つした。
「まぁ、そんな事はどうでもいいけど……
浩二と望―――いつの間に仲良くなったんだ?」
「仲良くなったように見えるか?」
「ああ」
浩二が問いかけると、信助は大きく頷く。
「ま、そういう事もあるんじゃね? なぁ、望」
「……ははっ。そうだな……あるんじゃないか? そういう事も」
「ちぇっ、何だよ二人して……まぁ、いいや。
そういう事ならさ、今日学校が終わったら、みんなでボウリングとカラオケにでも行かね?
なんか、最近そーいう遊びをしてなかった気がしてさぁ」
信助がそう言うと、望は少し困った顔をする。浩二がそれに助け舟を出した。
「すまんな信助。俺と望は今日の放課後は先約があるんだ。
日曜日なら付き合うから……それじゃダメか?」
「何だよ先約って……」
「ヒ・ミ・ツ♪」
ぺろっと舌を出しながら言う浩二。
信助は、そのキモイ仕草に引き攣った顔を浮かべた。
望は苦笑しながら、信助に悪いなと手を合わせる。
その時、ホームルームの鐘が鳴り、早苗が教室に入ってくるのだった
「おはようみんなー! 席についてーホームルームを始めるわよー」
************
午後の授業が終わると、浩二と望と希美の三人は望の家に向かって歩いていた。
沙月は後からカティマとルプトナを連れてやってくる。
今日はカティマとルプトナの二人に、自分達の街を案内してやる事になっていたのだ。
「望ちゃん。午前も午後も、授業中はずーっと寝てたよね?」
「仕方ないだろう。寝てないんだから……」
今はすっかり眠気も取れたのか元気な望だが、
今日は希美の言うとおり、一時間目から六時間目の授業が終わるまで、
望は昼食の時間を除いてずっと寝ていたのである。
何人かの教師がこめかみに怒りマークをつけていたが、そんなモノは何処吹く風と惰眠を貪ったのである。
「昼に一緒に昼食を食べたとき、沙月先輩も何度か舟をこいでいたけど……」
「その理由は見当つくぜ?」
「え? 何? 解るの浩二くん?」
恐らく沙月が寝不足だった理由は、家に泊めたルプトナ辺りが物珍しさに深夜まで
はしゃいでいたのだろう。剣の世界、精霊の世界、魔法の世界と……
今まで三つの世界を見てきた浩二だが、娯楽の多さでは自分達の世界は
他のどの世界にも追従を許していないと思う。
テレビ番組、ゲーム、漫画、小説、インターネット。数え上げればキリが無い。
たとえ文字が理解できなくとも、それ以外にも興味を惹くだろう遊びは沢山だ。
浩二がそれを希美に話してやると、彼女はすごく納得した顔でそっかぁと呟いた。
「時間があれば、遊園地とかにも連れて行ってあげたかったね……」
「ああ、それなんだけど……日曜日に信助とボウリングとカラオケに行くんだ。
その時に、カティマさんとルプトナの二人も連れて行ってやろうと思ってるんだが……」
「勿論、私も行くよ。でも……森くん達は他の世界の事を忘れちゃってるから……
あの二人と合わせても大丈夫なのかなぁ?」
「カティマさんは、沙月先輩のペンフレンドで、こっちに遊びに来てる外人さん。
ルプトナは、まぁ……ちょっと子供っぽい女子高生って事でなんとかなるだろ」
それに、何かの拍子でボロが出てしまっても、自分達が旅立つ時にまた情報操作される。
あえて口には出さなかったが、浩二はそう思って自嘲の篭った笑みを浮かべた。
「そっか。そういう設定なら大丈夫か……
でも、カティマさんはともかくとして、ルプトナは初対面の演技できるかなぁ……」
「ま、何とかなるさ」
そう言って浩二は空を見上げる。
望は、自分の神獣であるレーメと何かを話しているようであった。
「あ、そうだ。望」
「ん? 何だ斉藤?」
「今日の夜飯どうする予定?」
「いや、そのへんのモノで適当に済ますつもりだけど……」
「そうか」
浩二は一度だけ考えるような顔をすると、ポケットから携帯電話を取り出してどこかに電話をかける。
「あ、お袋? オレオレ……あ? 詐欺じゃねーよ。オレだよ。
アンタの息子の浩二! うん! だから俺だって……
つーか、ナンバーディスプレイ見ればわかるだろう。
……うん。ところでさ、今日の夜なんだけど、予約とれる?
人数は、えーと……六人。そう。あー……わかってるって!
とにかく、そういう事だから! 19時に奥の個室を予約よろしく。んじゃ!」
突然電話を始めた浩二に望だけでなく、希美も怪訝な顔をしたが、
浩二は電話を切ると、事も無げにこんな事を言った。
「………望。そう言う訳だから、夜飯の準備はしなくていい。
今夜はみんなで俺んちにメシ食べに来い」
「え?」
「ちょっ―――まって、浩二くんの家ってアレだよね?
繁華街の傍にある和食の店の! 著名人も何人かお忍びで来たって噂の―――」
「あ、ああ……」
浩二が夜飯を食べに来いと言うと、望では無く希美が食いついてきた。
「今、電話で六人って言ったよね?
それってもしかして、私達も連れて行ってくれるの!」
「一応……そのつもりで家に電話したんだが……」
「―――っ! やったーーーーー!!!
一回食べてみたかったんだぁ『歳月』の料理! 私のお小遣いじゃ手が届かないし……
お金があっても、学生には敷居が高すぎて入れない、憧れのお店に入れるなんて……
うふふふふ。持つべきものは友達だよねー♪ 望ちゃん!」
「あ、ああ……そうだな……」
ピョンピョンと飛び跳ねて、全身で喜びを表現する希美。
カティマとルプトナに、この世界の料理を食べさせてやろうと思いつきでとった行動に、
本人達ではない希美にここまで喜ばれて苦笑する浩二。
同じく苦笑を浮かべていた望と目が合うと、二人は顔を合わせて笑うのだった。
「ねぇ、浩二くん。服は学生服じゃダメだよね?」
「いや、いいよ。俺も望も学生服だし……
てゆーか、家なんてそんな大したモンじゃねーよ―――って言ったら親父に殴られるか……
けど、まぁ……そんなに気を張らないでいいから、気楽に来てくれよ」
「ダメダメ。そう言う事なら、しっかりとおめかしをして来なきゃ!
望ちゃーん。そういう訳だから、私は先に帰るねー!
一時間ぐらいしたら望ちゃんの家に行くから、カティマさん達の案内に置いていったら嫌だからねー!」
ブンブンと手を振りながら走り去っていく希美。
取り残された望と浩二は、もう一度二人で苦笑をしあうのだった。