「―――よしっ!」
斉藤浩二は、部屋を見渡すと大きく首を縦に振った。
随分とすっきりした自分の部屋。金になりそうな物は全て売り払った。
パソコン。オーディオ機器。漫画の本。ゲームソフトにハード。
それに今までアルバイトで溜めたお金を合わせて50万円。
その内、10万円は物を買うのに使った。
着替えや下着の類に、新品の制服。歯ブラシや石鹸、タオルなどの雑貨から、
あると便利だろうと思える物を厳選して、海外トランクに詰め込んだ。
残ったお金を封筒に入れて机の上に置くと、下で寝ているだろう家族を起こさぬように外に出る。
裏口から外に出ると、浩二はその目に焼け付けるように自分の家をしばらく眺めた。
十数年間育った自分の家―――
もしかしたら、もう帰ってこれないかもしれない場所。
後ろ髪が引かれなかったと言えば嘘になる。
世話になった家族と、友人を捨て去ろうとしているのだ。けれど、もうこの場所にはいられない。
自分は戦うことを選んだのだ。腰に挿した相棒と共に、神剣のマスターとしての道を歩き始めたのだ。
「サヨナラ……みんな」
万感の想いをその一言に乗せると、背を向けて歩き始める浩二。
もう振り向いたりはしなかった。反永遠神剣『最弱』を腰に、トランクを片手で引きながら、
浩二は皆との待ち合わせ場所である公園へと歩き出すのだった。
*************
「ふい~~っ、やーっと付いたぁ」
「何というか、ものべーがどれだけ便利であるか思い知らされる旅だったな……」
場所は再び魔法の世界。
元の世界から魔法の世界へと戻るために精霊回廊を旅した浩二達は、
魔法の世界へ辿り着くと、荷物を地面に置いて自分達も腰を下ろした。
「だらしないなぁ。望ちゃんに浩二くんも……
へたり込んで座ってるのって二人だけだよ?」
呆れたような顔でそんな事をのたまう希美に、望はジロリと冷たい目線を向ける。
「そりゃ、希美は手ぶらで、俺と斉藤は―――
三人分の荷物を元の世界からここまで、担いで来たんだからな……」
恨めしそうに言う望の横では、生も根も尽き果てましたと言わんばかりの浩二が、
仰向けになって寝転がっている。その周りには自分の私物であるトランクの他に、
元の世界で買い求めたルプトナとカティマの私物が入ったトランクが二つずつ―――
計五つのトランクが置いてあった。
パンパンに荷物が入った海外トランクを、五つも担いで14日の行程を歩くのは流石に辛い。
せめて三つならばマシだっただろうが、女の荷物は男より多いのが世の常なのだ。
望も浩二と同様に、沙月と希美のトランクに自分のトランク。計五つを担いで来たのである。
「文句なら沙月先輩に言って欲しいな。
荷物を望ちゃん達に持つように言ったのは私じゃないんだから……」
「あら? 私は望くん達に持てなんて言ってないわよ?
ただ、女の子よりも少ない荷物を持って、先に先にとずんずん進んでいこうとする男の子って、
どうなんだろうな~って疑問を口にしただけなんだから」
「いや、最初に沙月先輩達を置いて先行しすぎたのは謝りますけど……」
自分では口で沙月に叶わない。
そう思って、隣で大の字になって寝転がっている浩二を見ると、彼は本当に寝ていた。
すぅすぅと寝息をたてながらの熟睡である。
髪の毛が風に揺られて、その額にはトンボのような虫が止まっている。
「おい、起きろ。斉藤……」
望は、浩二の体をゆさゆさと揺らす。
「ん、あ……もしかして、俺……寝てた?」
「そりゃもう、ぐっすりと」
「やはり、しっかりとした地面があるのはいい。太陽は気持ちいい。
俺は、もう当分の間は精霊回廊なんか使わねーぞ」
「……同感」
肩を竦めながら言う望。すると、旅団本部にサレスを呼びに言ったルプトナが、
タリアとソルラスカを連れて戻ってきた。
「よう。久しぶりだな」
「なんか一人、死んだような人がいるわね」
タリアが言ったのは、相変わらず寝たままの浩二の事である。
ソルラスカは、やつれたような浩二や望を見て、なるほどと呟いて笑った。
「おまえら、精霊回廊での移動に疲れたんだろ?」
「ああ……」
「まぁ、慣れだよ。言葉じゃ説明つかねーけど、
慣れたら何でもない事の様に使えるようになるからさ」
ソルラスカの言い方に、望は自転車に乗る事と同じようなものかと思った。
自転車も、乗れるようになるまでは大変だが、乗れるようになってしまえば、
無意識でも乗れてしまうようになる。
「そんな事よりも、サレス様とナーヤが旅団本部でお待ちかねよ。
斉藤浩二も、そんな所で寝ていないで、さっさとついて来なさい」
腕を組んで仁王立ちしているタリアは、寝転がっている浩二を一瞥すると、背を向けて歩き出す。
浩二と望は、仕方ないという顔で立ち上がった。
それから荷物を担ぎ、先を歩くタリアの後について行く。
「おまえ達の拠点となる建物。見てきたけど結構いい感じだったぜ?」
その途中でソルラスカが話しかけてきた。
「ほんとか?」
「ああ。敷地の面積は物部学園の半分以下だけど……
おまえ等六人で使う分には広すぎるぐらいだろう。
それに、結構広いフリースペースもある。ん~物部学園の体育館くらいはあるかな?」
ソルラスカの話を纏めるとこうだ。
広さは全体で物部学園の半分くらい。その内の三分の二は建物で三階建て。
一階には八畳一間ぐらいの個人部屋がに六つあり、渡り廊下を挟んだ所に厨房と食堂。
二階には十の個人部屋と、渡り廊下を挟んで大浴場と洗濯場に休憩スペース。
つまり、最大で十六人までが生活できる部屋があるという事だった。
そして、三階には作戦室となる部屋に、施設のコントロールルームと医務室。
それ以外には、物置として使える収納スペースが三つ。
旅団本部には叶わぬものの、組織の拠点としては必要なモノが全てそろった建物であった。
イメージとしては、学校の部活で夏休みなどに合宿をする施設を思い浮かべると解りやすい。
「何でも、今の建物に旅団本部が移るまでは『旅団』が以前に本拠として使っていた場所らしい。
だから、必要なモノは一通り揃っているし、施設の遣い方も沙月なら全部解るんだってさ」
「へぇ……」
望が相槌をうつと、話を聞いていたらしいタリアが振り返る。
「あの施設は、言わばサレス様が『旅団』の旗揚げの場所として作られた聖地。
大事に使いなさいよね? 壊したりしたらタダじゃおかないんだから」
「解ってる。大事にするよ。
でも、よくそんな良い物件を回してくれたなぁ……」
「このままサブの基地として眠らせておくくらいなら、
貴方達に使ってもらったほうが建物も喜ぶ。サレス様はそう言ってたわ」
「そっか……」
「今は、この世界の建築士が所々傷んでる箇所をリフォームしてくれてる。
ナーヤが『光をもたらすもの』に傷つけられた支えの塔の修復よりも、
そっちの方を優先するように指示してくれから、後数日で使えるようになるわ」
どうやら自分達が元の世界と、こちらの世界を往復する間に、
全ての手筈は整えてくれていたようだ。望はサレスとナーヤの二人には頭が下がる思いであった。
「なぁ、最弱……」
『何やねん? 相棒』
望達の話を横で聞いていた浩二は、さり気なく距離をとると『最弱』に小声で話しかける。
「ちょっと気前が良すぎやしないか?」
『ん~~……でも、先の戦いでワイ等は『旅団』に恩を売りつけましたからなぁ……
特に世刻が居なかったら、確実に支えの塔は奪取できへんかった訳やし……
それの見返りとしてコレならば、ある意味で納得もできまんねん』
「俺は疑いすぎだと思うか?」
『別にそれはええんとちゃいます?
一人ぐらい相棒のように疑り深いヤツがおらなんだら、組織なんてようやれまへんねん。
それに、たぶん……斑鳩女史は『旅団』からの目付け役も兼ねとる。
だから、この名も無い組織のブレーンは相棒やねん。参謀なんてモンは、疑り深くて当然や』
自分の相棒にそう言われて、浩二は微かに首を縦に振った。
「ま、そうだな。沙月先輩という目付け役がいるのなら、
盗聴や盗撮なんてつまんねー事をする必要はねーよな?」
『ま、でも一応やっといて損する訳やないんやから、やるだけやっておきなはれ。
もしかしたら、数年ぐらい暮らす『家』になるかもしれん場所やからな。
スッキリと気持ちよく住みたいやおまへんか』
「そうか。おまえがそう言うなら……」
そう答えながら、浩二は『最弱』に反対されもチェックするつもりだった。
盗撮を疑っている訳では無い。ただ、あのサレスの場合、わざとそういう試しを施して、
自分が組織のブレーンとしてモノになるのかを計るような気がする。
いくら同盟相手とは言え、出されたものを素直に受け取っているようでは、
いずれ誰かに欺かれ、利用される。それを警告する意味も籠めて、
イタズラの一つや二つはあるような気がした。
『旅団』のリーダーであるサレスは、完璧なリーダーである。
言わば万能の天才だ。人を率いるカリスマと、確かな実力を持ち、頭もキレる。
自分も望も、個として立ち向かえば彼には遠く及ばないだろう。
しかし、二人なら―――
サレスを越えられる。越えてみせる。
浩二はそう心に誓い、決意を固めるように拳を握った。
「おーーい! 斉藤。遅れてるぞー!」
遠くで自分を呼ぶ望の声が聞こえる。
思考に没頭する余り、いつの間にか集団から遅れていたらしい。
悪い癖だと思いながら、浩二は今行くと手を振って皆の背中を追いかけた。
**************
魔法の世界に戻ってきて数日が経過した。
自分達に施設が引き渡されるのは明日だが、浩二は一足先に施設のある場所へと訪れ、
やると言っていた、盗聴の魔法がかけられていないかをチェックした帰り道の事である。
「やっぱり、かけられていやがった……」
『ナハハ。相棒の直感が見事に当たりましたなぁ』
サレスは自分を試すようにイタズラの一つぐらいは仕掛けてくる。
そう思っていたら、案の定だった。
「くそ。物置なんかに盗聴と盗撮の魔法をかけやがって……
こんな意味の無い所にだけソレをやるなんて、
絶対に俺が調べるだろう事をよんでやがったな」
敷地の周りから建物の中。
一つ一つを丁寧に確認していった浩二をおちょくる様に、
建物の三階にある収納スペースに一つだけ魔法はかけられていた。
しかも、解除と同時に―――
「おめでとう! よく気がついたな。
だが、組織の参謀ならこれぐらいの用心深さは必要だ―――
しかし、甘い! これには気づいていたか?」
とかいうメッセージが聞こえてくると同時に、
突然天井がパカッと開いてタライが頭に落ちてくるというトラップ付きで……
『まぁ、サレスも相棒を認めとるんやろ?
ククッ……あんなイタズラをわざわざしていくぐらいやからなぁ……』
「いや! あれは、ぜーーーったいに俺をおちょくってるね!」
『でも、相棒も迂闊やったんとちゃいますか?
全部の部屋をチェックして回った筈やのに……
洗い場のタライが一つだけ無い事に気づけなかったんやから』
「あークソ! それには気づいていたよ! クソッ!
だからってまさかオマエ。そのタライをトラップに使うか?
タライが上から降ってくるって、ドリフの大爆笑じゃねーんだぞ!!」
帰り道の森の中で、周りに誰も居ない事もあってか、
浩二は人目をはばからずにシャウトする。その頭にはタンコブができていた。
『タライに水が入っとらんかっただけでも、優しいやおまへんか?
ワイがあのイタズラをしかけた側だったら、間違いなくタライに墨をいれてましたわ』
「鬼かおめーは!」
『それにしても……ププッ―――
突然天井がパカッと開いて、相棒の頭にタライが炸裂した時はマジでウケましたわ!
ガァーーーンとか音がして、ふらふらと千鳥足になった相棒がバタッと倒れた時には、
もう、マジで死ぬと思いましたわ! いやぁ、ええもん見せてもらったでー!』
「ああ、そうだな……オマエ、自分のご主人サマがブッ倒れてんのに、
ゲラゲラと笑っていやがったもんな……」
『ナイスガッツ!』
もしも手があったなら、確実にサムズアップしているだろう『最弱』に、
浩二はコノヤロウ。どうしてくれようかと考えていると、
上空を巨大なエネルギーの塊が通過していき、バッと顔を上げる。
「なんじゃあれはーーーーーッ!」
飛んで来た方向を見ると、アレが放たれたのは支えの塔のある場所からだった。
そして、次の瞬間に見た光景に、浩二はもう一度絶叫する。
「何でその超巨大エネルギー弾を、天使が受け止めとるんじゃーーーー!!!」
もう、何が何だか解らない。自分が旅団本部を離れている間に何があったのか?
あのエネルギー弾は、空を跳んでる少女を迎撃する為に『旅団』が撃ったのか?
支えの塔で何があったのか?
あのエネルギー弾は何なのか?
空とぶ少女は何者なのか?
ここではどれだけ考えても真相は浮かばない。
とりあえず浩二は『最弱』に肉体強化をさせて旅団本部に戻ろうとした所で―――
「……あ」
―――超巨大エネルギー弾を弾き返した少女が、森の中に落下する姿が見えた。
「ちいっ―――!」
旅団本部に戻るよりも、あの少女が落ちた場所の方が近い。
そう思って、浩二は少女が落ちた場所へと駆け出すのだった。
***************
「……サイヤ人襲来……」
少女が落ちた場所に辿り着いたとき、浩二が思わず呟いた言葉がソレであった。
辺り一面の木々は吹き飛び、大きなクレーターが出来ている。
土煙はまだ完全に晴れては居なかったが、クレーターの中心には青い髪の少女が横たわっていた。
「誰だか知らねーけど……アレは絶対に死んでるな……」
そう呟きながら、とりあえずあの少女を調べて見ようと浩二が一歩踏み出すと、
腰の『最弱』が慌てたような声を出す。
『あかん! 相棒! 逃げるんや! あの少女はエターナルや!
まだくたばっとらへん。神剣が消えていないのがその証拠や!』
「なに! アレが噂のエターナルかッ!」
永遠神剣第一位から三位まで上位神剣の保有者にして、
永遠に生き続ける宿業と引き換えに、通常の神剣マスターとは比べ物にならない戦闘能力を有する、
反永遠神剣『最弱』曰く―――生きた災害。
「なぁ……最弱? エターナルとやらは不死身なのか?」
『……限りなく不死身には近いけど、不死身ではおまへん。
死なせる事はできへんけど、消滅させる事ならできまんねん……理論上は、やけどな?』
「その不死性……オマエを叩きつけたら消せるか?」
『ワイは反永遠神剣―――神の奇跡たる、永遠神剣の力を全て否定するヒトのツルギ。
故に理論上は消せます。けど……それを消すほどの力は、まだ相棒にはあらへんねん。
ワイはあくまで道具。行使するのは、あくまで相棒の力やねん……』
解りやすく言えば、手段はあっても実行する力が無いという事である。
『相棒が……』
「俺が何だ?」
『……いや、何でもあらへんねん』
浩二がエターナルになれば、それだけの力を捻り出す事もできると言おうとしたが、
『最弱』は途中でその言葉を飲み込んだ。
もうすでに浩二は、自分のマスターになったが為に、故郷と家族を捨てている。
自分の能力を100%発揮するために、今までの『自分』という存在まで捨てて、
エターナルになれとは言えなかったのだ。
『とにかく、今はココを離れるんや。今は気絶してるみたいやけど……
目覚めて襲い掛かってこられたら100%勝ち目はあらへん。
世刻や永峰女史……それに、旅団のメンバーを全員掻き集めて、倒せるか倒せないかと言う所や』
「エターナルなんて災厄を一人消す、千載一遇のチャンスに何もできないとは……」
『せめてもの腹癒せに、ションベンでも引っ掛けといてやりますか?』
「いいなそれ。弱い生き物の、せめてもの抵抗みたいで」
『……相棒? 言っとくけど冗談やからな?』
「当たり前だろう。俺がそんなアホな事をするとでも思うのか?」
やりそうだから心配なのだと『最弱』は思ったが、口にしなかった。
「よし、それならこの場は撤退するぞ―――」
『おう。触らぬ神にたたりなしや―――」
「『って、何じゃーーーーー」』
振り返ると、すぐ後ろには化け物の姿があった。
よく思い出してみれば、少女が超巨大エネルギー弾を受け止めている時に、
後ろで手を貸していた神獣である。
「振り切るぞ最弱! できるなッ! できなくてもやれ! でなきゃ俺たちは終わりだ!」
『大丈夫! 神獣だけなら何とかなる!
消せないかもしれへんけど、ガリオパルサのようにダメージは与えられる!』
ハリセンを構える浩二。ごくりと唾を飲み込んだ。
大きく足を開き、弾丸のように懐にもぐりこんで一撃。怯んだ隙に全力で逃走する。
たとえエターナルの神獣であろうと、初見の相手にならばこの奇襲は通用する筈だ。
―――ギリッ。
歯軋りの音を鳴らして浩二は神獣を睨みつける。
そして、心の中で自分が死ぬはずが無いと暗示をかける。
「クルルル……」
「キュゥン……」
しかし、そんな浩二に反して、白と青の双竜は澄んだ瞳で浩二を見つめるだけであった。
「……なぁ、最弱」
『……何やねん? 相棒』
「こいつら、襲ってくるつもりないんじゃね?」
『……奇遇やな。ワイもそう思っとったとこやねん……』
浩二と『最弱』が構えたまま話していると、白い竜の方が懐く様に顔を寄せてくる。
「クルルル……」
正確には浩二では無く、彼の持つ反永遠神剣『最弱』に……
『うわっぷ。相棒。何やっとるんや?
助けてんか! ザラザラの肌でスリスリすんのはやめてーや!』
「なんだか知らんが懐かれてるな、オマエ……もしかして知り合いか?
もしくは、以前にオマエのマスターだったって言う岬今日子って人の知り合い」
『知らへんねん。こんなの! ってーか、オノレ、白いの! 舐めるのは止さんかい。
涎でべったべたになってまうやないけ!』
悲鳴をあげる『最弱』が余りにも哀れなので、浩二は白い竜の前から『最弱』を背中に隠した。
すると白い竜だけではなく、蒼い竜までもが不機嫌そうな目をする。
仕方がないのでまた前に出すと、白い竜が再び『最弱』に懐いてきた。
『のわーーーーっ! なめるんやないでー!
なめ、なめ、なめ、なめんなよーーーー!』
「……なに、これ?」
「うわぁ……パパやママ以外に、ゆーくんがこんなに誰かに懐くなんて……」
「―――っ! ほうあーーーー!」
浩二は思いっきり飛びのいた。自分と『最弱』以外の人の声が聞こえたからだ。
バッと振り返って見ると、クレーターの中心で気絶していた少女が、
いつの間にか立ち上がっており、こちらをニコニコと見つめていた。
「あ、初めましておにーさん。私、ユーフォリアって言います」
「―――迂闊っ!」
叫び声をあげる『最弱』と、それに懐く白い竜という、
あまりにも温い空気に気をとられすぎて、エターナルの少女が目を覚ましていた事に気づけなかった。
「くそっ!」
浩二は思考を完全に切り替える。もはやお約束になってるぐらいに最悪な状況だ。
倒すなどありえない。逃げるなど、空を飛ぶ相手を振り切れる筈が無い。
ならば、残された選択肢は―――
「やぁ、目が醒めたんですね美しいお嬢さん。
死んでしまったのかと思って、気が気では無かったですよ」
―――説得。それしかない。
「あ、やっぱりおにーさんが助けてくれたんですか?
ゆーくんの面倒まで見てもらって、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるユーフォリアと名乗ったエターナル。
「無事なようなら何よりです。
では、私も先を急ぐ身ですので、これで―――」
よし、相手は何か勘違いをしているようだ。
どこをどう見たのか知らないが、自分を恩人だと思っている。
これなら殺されることはないだろうと、安心して背を向けた瞬間―――
「まってください!」
―――と言って止められた。
「……な、なんでしょうか?」
「あの、ここは何処なんですか? 何で私はここに居るんですか?」
「………はぁ?」
そんなモノは俺が知りたいわボケェ! そう叫びたいのを我慢する浩二。
相手がエターナルでは無かったら確実に言っていただろう。
「いや、私もたまたま通りがかったのをお助けしたまでなので、そこまでは……
では、そういう事で……」
「まってください!」
さっさとこの場を立ち去りたい浩二と、超巨大エネルギー弾を弾き返し、
全ての力を出し切って地面に落下したショックで記憶喪失になり、
今は藁をも掴まんばかりに助けを求めているユーフォリア。
「待てませぬ! いかせてくだされーーーーーっ!」
「待ってください! もうちょっと話をーーーーーっ!」
思いっきり逆の事を考えている二人は、
行かせて、行かないで、行かせて、行かないで! と、しばらく寸劇のようなやり取りをした。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
意地でもこの場を立ち去ろうとする浩二と、意地でもいかせまいとするユーフォリア。
今、浩二のズボンは半分ずり下がっており、その裾はユーフォリアがしっかりと握っている。
やれやれと首を振ると、浩二は諦めたかのように両手をあげた。
「……ふぅ、キミには負けたよ……」
「よかった……」
ユーフォリアは、やっと話を聞いてくれるつもりになったのかとその手を離す。
浩二は、ずり下がったズボンを上にあげてベルトを締めなおすと、ユーフォリアにニコッと微笑んだ。
「……じゃ、そういう事で」
「だから、待ってください!」
「待ったらどうなる?」
「話しを聞いてもらいます」
「何故に俺?」
「……あれ? そう言えば何でだろ?」
はて? と指先を唇に当てて上目遣いに考える仕草をするユーフォリア。
浩二はその後頭部にハリセンを振り下ろした。スパーンと快音が響く。
「あいたっ!」
「オノレは、意味も解らんと俺のズボンを脱がしかけるまで引っ張っとったんかい!」
「うう~っ……だって、仕方ないじゃないですか……
心細かったんですから……と、いうか、こんないたいけな少女を放り出して、
さっさと何処かに行こうとするおにーさんも悪いです」
「だから俺は急いでるんだよ! 行かなきゃいけない所があるんだよ!」
「……それ、どこですか?」
強い口調で浩二が言うと、ユーフォリアはその幼い顔に見合った表情でムッとする。
「あそこ」
浩二がそう言って、支えの塔を顎で指すと、ユーフォリアはサッと手を翳した。
その瞬間、光と共に現れる永遠神剣・第三位『悠久』
彼女はそれを放り投げると、浩二の手を掴んでジャンプした。
「ちょ、おま、俺をどうするつもり……だーーーーーーーーッ!!!」
「ゆーくん。飛んで! あそこにある塔まで行くよ!」
そして、自らが投げた神剣に飛び乗ると、キッと凛々しい表情を見せて自らの神獣に命じる。
「いっけーーーーー!」
ユーフォリアの掛け声と共に『悠久』はロケットが加速するかの如く真横に飛ぶ。
浩二は、ユーフォリアに手を引かれる形で真横になって空を飛んでいる。
「うっ―――ひょおおおおおおーーーーーーーーッ!!!!」
その叫び声はドップラー音のようになって消えていくのだった。