「フーッ……気が重いぜ……」
信介に切って貰い、すっかりボーズ頭になった浩二は、
僅かに2ミリほど生えている自分の髪をシャリシャリと撫でながら呟いた。
ヒト型との戦いで、永遠神剣の遣い手として覚醒したらしい世刻と永峰を連れて、
もうすぐ沙月先輩がこの屋上にやってくる。
きっとそこで、永遠神剣の事とか、体育倉庫をブッ飛ばした事を詰問されるのだろう。
「……ついに、斉藤スペシャル2007を使う時が来たか……」
けれど、まぁこの奥義にかかれば、間違いなく機先はとれる筈だ。
そう確信して浩二は、学生服に手をかけた―――
***********
世刻望は、浮かない顔をしながら屋上へと続く階段を上っていた。
永遠神剣。ここではない別の世界。ミニオンと呼ばれる謎の敵。
それらについての軽い説明は受けたが、どれも理解不能な事ばかりだ。
それよりも、何よりも―――
「……絶……」
自分を殺すと刃を向けてきた親友。その親友の行動が一番自分を悩ませる。
向けられた殺気は本物だった。何故だと問うても答えてくれなかった。
助けに来てくれた沙月先輩と、自分と同じく永遠神剣に目覚めた希美が庇ってくれなければ、
自分は間違いなく殺されていただろう。
どうしてだ? 何故だ? 俺達は親友だった筈なのに……
そんな事を自問自答していると、肩に乗っかった小人のような神獣が心配そうに見ているのに気がつき、
テレパシーのような能力で声をかけた。
(何だ? レーメ)
『ノゾム……気分がすぐれないなら、まだ保健室で休んでいても良いのだぞ?』
(大丈夫だ……ははっ、心配してくれてるのか?)
『……と、当然だ。マスターの心配をするのは神獣として当然の事だからな!』
フ、フン。と胸を反らしていうレーメに、望は微笑む。
それから、心を籠めてありがとうと告げると、何故か顔を赤くして胸ポケットに飛び込んでしまった。
「それで、その……斉藤くんも、永遠神剣の遣い手……なんですよね?」
「ええ。私も知らなかったけど……」
望の前では、沙月と希美が話しながら歩いている。
そこで、自分達三人と絶以外の永遠神剣のマスターの事が会話に上がったので、望も話に加わる事にした。
「沙月先輩は、その……斉藤が永遠神剣の遣い手だって知ってたんですか?」
「……いえ、それがまったく……だから、かなり驚いてるのよ? これでも」
「味方……なんですよね?」
そう聞いたのは望だ。斉藤浩二という少年はクラスメイトではあるが、あまり親しくはしていない。
信介や阿川達とは仲が良い様なので、何度か喋った事はあるが、
何処か避けられてるような気がしたので、積極的にこちらからは話しかける事もしていない。
それは、同じく避けられてるような気がする希美も同じであった。
「………確信は持てないけど……でも、私を助けに来てくれたわ」
「そうですか。なら、少なくとも敵では無いんですね……」
「……たぶん、ね?」
とにかく会って話を聞いてみるしかない。
斉藤は絶とも仲が良かったみたいだから、絶の事を何か知ってるかもしれない。
そう考えると、望は一刻も早く浩二と話をしてみたいと歩く速度を早くした。
そして、屋上へと続く扉を開くと―――
「なぁっ!!!!!」
―――なんとも予想外な光景が飛び込んできた。
「え? え?」
自分と同じく希美も沙月先輩も、口をパクパクさせて固まっている。
「すいませんでしたああああーーーーーーーっ!!!!」
そんな中で、自分達三人の動きを完膚なきまで封じこめた件の少年―――
斉藤浩二は、叫び声に近い大声でそう叫びながら土下座したボーズ頭を、
グリグリと地面にこすり付けるのであった。
*********
――― 斉藤スペシャル2007。
それは、間違える事無く土下座である。それも、唯の土下座では無い。
頭を丸め、白いブリーフ一丁の姿になりながら、
隣に『ごめんなさい』と大書された看板を置いての、気合が入った土下座である。
さらには額をグイグリと地面に擦り付けている。
希美も沙月も望も、ここまで気合の入った謝罪を見た事が無い。
「お怒りはごもっともでございます。しかし、止むに止まれぬ事情があっての事!
不肖! 斉藤浩二! 伏して謝りますゆえ。平に、平にぃ~~っ!」
「…………」
「…………」
「…………」
―――何だコレ?
人は、何をしたらここまでの謝罪をせねばならぬのであろう?
人は、どうして戦争などするのだろう?
みんな悪い事をしたら、こうやって斉藤のように謝れば争いの数は減るのになぁ。
そんな事を考えながら、望は束の間、現実逃避をした。
「ちょ、ちょっと、斉藤くん? 何をしてるの?」
「ははーっ! 沙月先輩のお怒りはごもっともでございます!
ここに鞭もございます。これで愚かな私めを打ち、お怒りをお静めください!」
王女に献上するかの如く動作で沙月の手に鞭を握らせると、
浩二は再び土下座し、頭をグリグリと地面にこすり付ける。
「……斑鳩先輩……斉藤君が何をしたのかは知らないけど……
そこまでする事はないと思う……」
「え? え?」
「俺も、そう思うよ。沙月先輩……あんまりだよ、これは……
頭をまるめさせ、裸にひん剥いて、土下座させて……これに鞭で打つなんて酷すぎるよ……」
「え? え? え?」
「さぁ、打ってください! 沙月先輩!
この愚か者を存分に打ち据えてください! 遠慮なんてなさらずに!」
「斑鳩先輩……」
「沙月先輩……」
「沙月先輩ッ!!」
ジト目で沙月を見る望と希美。地面に頭をグリグリしながら叫ぶ浩二。
何でこんな事になってるの? WHY?
異世界に来た事については、驚きも恐怖もなかった沙月ではあるが、
この状況には驚きと恐怖を感じずにはいられなかった。
「何? 何? 何なのよこれーーーーーーーっ!!」
***********
「何だ、そうだったのか……いやぁー安心したよ、俺!」
「まったく、俺もだよ……いきなり斉藤があんな格好してたんだからさぁ」
悪夢のような『斉藤スペシャル2007』という時間が終わった後、
浩二は望と希美と会話を交わしていた。
「いや、でも普通はそう思わね? 戦いの後、いきなり屋上で待ってろっていわれたんだぜ?
それも、世刻と永峰をつれて三人でいくからって」
「うーん……斉藤くんは、それを体育倉庫を壊した事についての説教だと思ったんだ」
「おう。それで俺は、言葉だけじゃ信じてくれないだろうから、
反省しているというのを態度であらわしたんだ。全力で! むしろ全力少年で!」
「確かにアレは全力だった……俺は、あれほどの謝罪を見た事が無い」
「はっはっは! アレぐらいやらねば沙月先輩のお怒りは静めれないと思ったからな」
シャリシャリと頭を撫でながら言う浩二。
「……う、う~~」
希美は、あのシャリシャリは気持ちよさそうだな。
私もシャリシャリやりたいなと思った。
「それで。オマエも永遠神剣のマスターって事で間違いないんだな?」
「ああ。永遠神剣・最下位『最弱』のマスターだ」
「―――っ! それは、また……壮絶な名前だなぁ……」
最下位で最弱って、どれだけ弱いんだよ、オイ! と思わずにはいられない望。
そこに、望のポケットの中で話をじっと聞いていたレーメが飛び出してきた。
「それはおかしい。吾も全ての永遠神剣を知っている訳ではないが、
神剣の位は十位~一位までであり、最下位などという位は存在せぬ!」
「おうあっ! なんじゃコイツは!」
突然出てきたレーメに、ひっくり返るほど驚く浩二。
それを見たレーメは、何をやっておるんだコヤツはという目をした。
永遠神剣のマスターであるのならば、神獣に驚くのはおかしいからだ。
「何を驚いておる。吾はノゾムの永遠神剣『黎明』の神獣レーメだ」
「は? 神獣? 訳わかんねーんすけど」
「あ、もしかして斉藤も神剣に目覚めたばかりなのか?」
訳が判らないという顔をしている浩二に、望が助け舟を出す。
自分だって神獣の存在を知ったのはつい先程なのだ。
だから浩二も、まだ知らないのだと思った。
「………いや、俺が永遠神剣のマスターになったのは二年前だ……」
そう言って浩二は腰に刺していたハリセンを抜く。
望も希美も、もしやと思ってはいたが、
やぱりこのハリセンが永遠神剣なのだと思って笑いそうになった。
「おい『最弱』オマエも神獣とやらがいるのか?」
『…………いや、いまへん』
「何故?」
『何故かて聞かれても、無いモンは無い』
「フム。無いんじゃしかたねーな。無いんじゃ」
はははと笑いながら言う浩二。レーメは疑わしそうに『最弱』を見ていた。
「という訳で、無いんだってよ」
「そんな訳があるかーーーっ! 神獣も無い。位さえも意味不明。
そんな訳の解らない永遠神剣があってたまるかーーー!
……さては吾やノゾムに隠し立てする気だなー!」
「……困ったな……あ、んじゃコレでいいや。
コレが俺達の神獣『フ・クースケ・レオポルド4世』だ!」
そう言って、斉藤スペシャル2007の時に用意した小道具の一つ、正座をした福助人形を差し出す。
しかし、目の前にずいっと出された瞬間、レーメがキレた。
「キサマは、吾を馬鹿にしてるのかーーーーーっ!!」
「そんな事言われても……なぁ?」
『そうやなぁ』
「永峰や沙月先輩にだっていねーじゃん」
浩二がそう言うと、希美はあっさりいるよと答える。
「私の神獣は鯨のものべー。今この学園をささえているのはものべーなんだよ」
「うそぉ! こんな学校を持ち上げるなんて、どれだけ凄ぇんだ!」
「えへへー」
ものべーが褒められて嬉しそうにする希美。それなら沙月先輩はと、
浩二は隅の方で『斉藤スペシャル2007』を辞めさせる為に、生も根も尽き果てた沙月を見る。
「沙月先輩もいるよ。ケイロンって名前で……何ていえばいいのかな?
神話に出てくるケンタウロスみたいな形の神獣が……」
「……そうか……やっぱり居るのか……」
「どーだ。これで証明されたであろう?
わかったら、下手な隠し事などしないで神獣を見せるの―――むがっ!」
レーメがそう言った瞬間。望はレーメを捕まえてポケットに押し込んだ。
浩二が本当に困った顔をしているのが解ったからだ。
神獣がいる云々については判らないが、
たとえ隠しているのであっても、人には誰だって隠し事ぐらいある。
それが自分への悪意からくるものでは無い限り尊重されるべきだと思った。
「いいよ。斉藤……俺は、おまえの永遠神剣に神獣が居ないって信じる。
神獣が居なくても、おまえは永遠神剣のマスターで、俺達の味方なんだろ?」
「あ、ああ……」
「なら、いい。それでいい。これからよろしくな? 斉藤」
そう言って手を差し出す望。たぶんこれは、握手をしようという意味なのだろう。
浩二は差し出された手を握りながら思った。
ああ、こりゃコイツはもてる訳だと……