「いったい何なんだ、この世界は……」
「まぁ、落ち着けよ望……ワケが解らないのは皆も同じなんだし……
とにかく、いっぺん情報を整理してみようぜ?」
世刻望をリーダーとする『天の箱舟』の神剣マスター達は、
暁絶に指定された座標にあった世界にやってくると、
『箱舟』の三階にある作戦室で、緊急会議を行っていた。
―――事の始まりは三日前まで遡る。
魔法の世界を、ものべーで飛び立ってから10日すぎた頃。
『天の箱舟』の神剣マスター達は、暁絶が指定した座標にある世界へとやってきた。
そこは、魔法の世界とは違う、元々の世界の文明より一世紀ぐらい進んだような、
まるで『未来の世界』とも言うべき世界。
警戒しながらものべーを降りて、この『未来の世界』の土を踏むと、
突然竜のような化け物に襲われた。
神剣を召喚し、応戦するマスター達。
そこに颯爽と駆けつけて、助けてくれたのが、この世界の永遠神剣マスターである、
スバルとショウの二人であった。
竜のような化け物を撃退すると、スバルとショウの二人に、
ココに居ては危ないと言われて、彼等に手を引かれて街の酒場にやってきた『天の箱舟』のメンバー達。
そこで、この世界について聞いてみると、彼等は気さくに質問に答えてくれたのだった。
曰く、この世界は二つのエリアに分かれている。
一つは上流階級者達が住んでいるエリアで、もう一つはそこに住めない貧しい者達が暮らすエリア。
つい先程まで浩二達がいたのは、上流階級者達が住んでいるエリアであり、
そこに住まう資格のある、上流階級者の市民IDを持っていなければ、
街の治安を守るガーディアンと呼ばれる化け物に襲われるとの事だった。
ガーディアンという、異分子を排除する存在がいるからか、
上流階級エリアと、貧民エリアの間には簡単な境界線代わりのフェンスがあるだけで、
厳重な防壁などは無い。だから、ときどき酒に酔っ払った貧民エリアの市民が、
フェンスを越えて上流階級エリアに間違えて入ってしまう事があるらしい。
貧民エリアで自警団をしているスバルとショウは、
今回もそんな感じだろうと思って助けにきたら、襲われていたのが、
異世界から何も知らないでやってきた自分達だったと言う訳である。
それを聞いた浩二達は、その日はもう夜も更けている事もあって、二人に礼と別れを告げると、
世界の本格的な調査は明日からにしようと『箱舟』へ戻って休むことにしたのだった。
―――しかし、その次の日に異変に気づく。
夜が明けない。挨拶した筈の街の人間が、自分達の事を忘れている。
永遠神剣のマスターであるスバルとショウでさえ、自分達が昨日会った事を忘れているのだ。
浩二や望達は、その異変を調査するために一日かけて町中を歩き回った。
その結果、夜が白み始めた頃にとんでもない光景を目にする。
日が再び沈み始め、街の人たちがビデオの巻き戻しでもしているかのように、
始めに見かけた場所へと戻り始めたのだ。
そして、一番最初の位置に戻った人を捕まえて話を聞くと、もう一度驚きで固まることになる。
話かけた時の対応が、今日始めに話しかけたのと同じなのだ。
まるで、ロールプレイングゲームの街に住むキャラクターのように、同じ話をする街の住人。
気味が悪いなんてモノでは無い。現実でそんなモノを見せ付けれるのは最早悪夢だ。
「なんじゃそりゃーーーー!!!」
浩二は、思わず最初に出会った街人に『最弱』でツッコミをいれた。
スパーンと響く快音。すると、叩いた直後に街人が動かなくなった。
当然のように焦る浩二。力を入れたつもりは無いのに、
当たり所が悪くて殺してしまったのではと、顔を青くして助け起こすと、
その街人は、何故か口から機械音を吐き出し始めた。
まさかと思い、身体を軽く叩いてみると、カンカンと金属音がする。
浩二と望は顔を見合わせると、意を決してナイフで腕に傷をつけてみる事にした。
すると、傷の間から見えたのは機械。街人は、血が通わぬロボットだったのである。
そして、現在―――作戦会議室。
「てゆーか、何だ? ココはRPGの世界か?
モンスターはいるし、街の人は同じ事を繰り返すし。
んー……舞台的には近未来っぽいから……ラスボスはマザーコンピューターかな?」
作戦室に皆が腰を下ろすと、気味が悪いと言わんばかりに、
不安そうにしている皆の気を紛らわそうと、浩二が軽い口調でそんな事を言う。
「も、もしかしたら悪魔や大天使かもしれないよ!
そいつらを、パソコンに登録した仲間の悪魔と一緒に倒すのかも」
浩二の気遣いを察したのか、希美がそれにのってくる。
その後二人は、重要アイテムが必要だとか、経験地多めの敵もいるのかなと、
無理やりにテンションをあげて盛り上げる。
すると、話に興味を引かれたらしいルプトナが、RPGって何と聞いてきたので、
二人は攫われたお姫様を助けにだとか、魔王を倒しにだとか、彼女が興味を引きそうな事を教えてやる。
そのせいもあってか、作戦室の雰囲気は今までよりも随分と軽くなった気がした。
「ま、まぁ……とりあえずさ、もう2~3日様子を見て、調べてみて……
それでも暁から、何の接触も無かったら、一旦魔法の世界に帰ろうぜ?」
「そうね。サレスなら、この世界について何か知ってるかもしれないし」
纏めるように浩二が言うと、沙月がそれに賛同するように声を上げる。
見回すと、皆も異存は無いと言う顔をしていた。
「いいえ、それには及びません―――」
「ぬうわ!」
突如として聞こえてきた声に、椅子ごと後ろにひっくりかえる浩二。
見ると、他のメンバーもそれぞれに驚いた顔をしていたり、立ち上がったりしている。
声の先には、暁絶の神剣『暁天』の神獣ナナシがふわふわと浮かんでいた。
「くう、流石は『びっくり』の神獣……ビックリさせるのが上手いぜ!」
「―――プッ」
額に浮かんだ嫌な汗を拭いながら言う浩二に、希美が噴き出しそうになる口を押さえる。
「うう~っ……びっくりめぇ~……
ボクも、ちょっとだけビックリしたじゃないか……」
「私もです。流石はびっくりの名を持つだけありますね……」
「ハハハ……もう、暁くんの神剣は『びっくり』で決定なんだ……」
浩二だけでなく、ルプトナやカティマまで暁絶の神剣を『びっくり』と呼ぶので、
沙月は思わず苦笑を浮かべるのであった。
「ナナシ!」
「どうやら、この世界がどんな場所であるのかは見ていただけたようですね……世刻望」
周りでびっくり、びっくり言ってるのが些か気になるナナシだが、
自分の名前を呼ぶ望に視線を向ける。
「絶も……ここに来ているのか?」
「いいえ。マスターはこの世界にはおられません」
「何っ!」
怒りを表情に表す望。確かに、自分で呼び出しておいてそれは無い。
「ふざけてるの―――」
「おい、ゴンベー! 人様を呼び出しておいて、本人が居ないとは何事だ!
おまえ、俺達をなめてるのか?」
「―――ブフーッ!」
望を遮って言った浩二の言葉に、再び噴き出しそうになる希美。
もう、さっきらずっと肩がプルプルと震えている。
「……び、びっくりに……ゴンベー……くッ!
あ、暁くん……センス良すぎ―――ぷぷっ」
「だ、誰がゴンベーですか! 私はそんな名前じゃありません!」
「ああ、そうか。悪かったなゴンベー。
で、暁が居ないってのはどーいう事だ? 絶対に俺達をなめてるだろオマエ?」
無礼な輩に払う礼儀は無いとばかりに、乱暴な口調で問い詰める浩二。
事と次第によっては『最弱』で消滅させてやろうと、腰に手を当てていた。
「―――そうですね。貴方達の怒りはごもっともです……
まずは、マスターに代わって謝罪を申し上げます。すみません」
望や浩二だけでは無い。周りの人間全てが大なり小なり怒っている事を悟ったのか、
ナナシは謝罪の言葉と共に、スッと深く頭を下げる。
浩二は、その様子を見ると、望の肩をポンと叩いて自分の席に戻った。
それは全て計算された行動であり、暁絶に対しては色々とナーバスになってる望が、
皆の前で怒鳴り散らすかもしれない危険を避けるために見せた怒りであったのだ。
「……いいよ。それじゃあ、とにかく俺達をこの世界に誘導した目的を教えてくれよ」
それを悟った望は、浩二に目で感謝を伝えると、一度深呼吸をしてナナシと再び向かい合う。
ナナシは、一瞬だけそんな彼等の様子を羨ましそうに見つめたが、すぐに表情を元に戻した。
「はい。それではご説明します……マスターがこの世界に貴方達を導いたのは、
世刻望の失われた力―――『浄戒』の力を取り戻させる為です」
「浄戒の力?」
「はい。その力について説明する前に、まずはこの世界について説明しましょう。
この世界は、もう既に滅んだ筈の分子世界です。
しかし、この世界を管理していたセントラルという中枢コンピューターは、
黙って滅び去るのをよしとせず、力の全てを用いて崩壊を止めました」
ナナシは、静かな口調で淡々と説明を始める。
皆は自分の席に座り、神妙な面持ちでその話を聞いていた。
「そして、出来たのがこの世界―――
滅ぶ前の、在りし過去の日々を何度も繰り返す追想の世界……」
「ちょっとまって、時間を止めて、何度も繰り返す力って……
もう、それって神の領域じゃない」
サラリと、とんでもない事を言われて、沙月が驚いたように叫ぶ。
「そうですね。恐ろしい力です……しかし、それこそが―――世刻望。
貴方の力である『浄戒』の力です」
「俺の力だって!? この世界を作り上げる程の力が……俺の」
「はい。この世界を維持している力も、あのガーディアンと呼ばれる、
竜のような化け物を作り出す力も……あの二人の神剣マスター。
スバルとショウの力の源になっている力も……元は貴方の力―――
破壊神ジルオルの『浄戒』の力です」
ナナシの説明を聞いて、全員が驚きを表情から隠せなかった。
時間を制御し、一つの世界を保存までしてしまえる力の存在。
しかも、それは『浄戒』の力の一部分でしかないというのだから、この驚きも当然だろう。
何故なら、世刻望は破壊神ジルオルの力を何度も発動させている。
始めは精霊の世界で、ルプトナを襲うミニオンを瞬殺して見せたとき。
その次は魔法の世界で、ナーヤを護るためにボロボロの身体で戦い続けたとき。
そして、最後は暁絶の姦計にはまり、意念を空に飛ばした時であった。
特に最後の意念については、エターナルであるユーフォリアに力の全てを出し切り墜落させ、
記憶まで失わせる程の力だったにも関わらず、
本来の『浄戒』の力は、まだ上限があるという事なのだから。
(なぁ、最弱……)
『何やねん? 相棒』
(エターナルよりも、望の神剣の方が上なんじゃね?
一部の力で放った破壊エネルギーでさえ、ユーフォリアは撃墜されたんだぜ?)
『ありゃ、不意打ちだったからやろ? ユーフィお嬢ちゃんも、
自分に向かって攻撃が飛んでくると認識して身構えていたら、撃ち落される事なんてなかった筈や』
心の中で会話する『最弱』と浩二。
『ついでに言うとくと、ユーフィお嬢ちゃんはエターナルの中では、かなり弱い部類やねんで?
記憶を無くしとるせいかもしれへんけど、まだ自分の力を100%引き出せてない。
それに、挙措を見とればわかるけど、場数が足り取らん。隙だらけやねん』
(それは、まぁ……解る気がする……けど)
『普通は、エターナルっちゅーモンは、分子世界で英雄やら勇者と呼ばれるような、
歴戦の永遠神剣マスターが、エターナルとなる為の試練に挑み、昇格するモンやねん。
そーいう奴等は歴戦の勇士であるから、不意を突かれるなんてヘマはありまへんのや。
―――けど、ユーフィお嬢ちゃんは不意を突かれて撃墜されとる。
それだけ見ても戦士としては甘いのに、普段の動きがシロートそのものやねん。
場数を踏んだ戦士ってーのはな、記憶を失っても、身体に刻まれた動きは消えんモンや。
足取り、呼吸、挙措……そういう所に、戦士と一般人の違いはでるモンやでー』
(じゃあ、ユーフォリアは何なんだよ?
あんな子供の素人で、そのエターナルとなる為の試練とやらをクリアしたのか?)
『中には例外がおる。それが何かであるのかまでは解らんけど……
たぶん、ユーフィお嬢ちゃんは、その例外でエターナルになったんやろうなぁ……』
そう呟く『最弱』が、意識をユーフォリアの方に向けたようなので、
浩二もそれに習ってユーフォリアを見る。
「……すぅ……すぅ……」
すると、先程から発言が何もないと思っていた彼女は、
椅子に背をもたれかけさせて寝ていた。
『ナハハ……寝とる。それも、あんな隙だらけで……』
(まぁ、子供はもう寝る時間だからな……)
そう心の中で呟いて、浩二は立ち上がると、
作戦室の棚に入れてあるタオルケットを取り出してユーフォリアにかけてやる。
その間も、望とナナシの話は続いていた。
「なぁ、その浄戒ってのは一体何なんだ?」
「浄戒とは、神名の一つです。神をも屠る力を持つ、特別な神名―――
全てを『殺す』のではなく『消滅』させてしまう力です」
神名を背負う者達―――
すなわち、前世が神である永遠神剣のマスター達は、
たとえ死すとも、同じ力を持って転生する事が出来る。
しかし、浄戒によって『消滅』させられた者は、それに当てはまらない。
何故なら浄戒の力は、殺すのではく消滅させるのだから。
神としての力を消し去り、名前を消し去り、存在を消し去る……
すなわち、本来なら永遠不滅である筈の『神』をも屠る力を持つのだ。
ナナシがその説明をしている時に、浩二はその浄戒の力とやらは、
自分の『最弱』と似ていると思った。
厳密には浩二の神剣―――
反永遠神剣は、永遠神剣により捻じ曲げられた自然摂理を『元に戻す』力である。
しかし、元に戻すという行為は、奇跡を消し去るという行為であるから、
奇跡の塊であるカミサマとやらには、どちらも忌むべき危険な力であろう。
「……ん? ちょっとまて。
消滅させてしまう力で、時間を止めるって行為はおかしくない?」
先程のナナシが話した、この世界を維持する力と、消滅の力では矛盾が出る。
その辺りは何なのだと浩二が質問を入れた。
「そうですね。その辺の説明も申し上げます。浄戒の力は、確かに破壊する為のエネルギーです。
しかし、その破壊エネルギーは単一の力ではなく、色々な力を混ぜ合わせて作ったもの。
このセントラルの中枢コンピューターは、そんな浄戒の破壊エネルギーから、
ガーディアンの生成や、世界を維持する力を抽出しているのでしょう」
「すなわち、原油からガソリンや灯油を抽出するようなものか?」
「まぁ、そうですね……そう考えて頂けば解りやすいでしょう」
解りやすく説明すれば、浄戒というのは原油であり、ジルオルは原油を保存するポリタンク。
今までは、望が元から持ってた一つのポリタンクしかないと思っていたが、
ナナシの言い分では、まだジルオルのポリタンクは他にもあるので、全部回収しろと言う事だった。
結果的には望のパワーアップに繋がる行為を、敵である絶が望んでいると言うのも可笑しな話だが、
ナナシはそれをやれと言う。ただでさえ戦力的には『天の箱舟』と比べて絶は一人きりという、
不利な状況なのに、更に敵に塩を送るかのような行為は自殺行為でしかない。
ますます皆の疑問は膨らんだ。
「うわぁ……凄く解り易い説明だけど……
例えが庶民的過ぎて、何だかなぁ……って感じだね……」
「いいんじゃね? 宇宙的、神様的な説明よりも、
そんな風に例えてもらったほうが解り易い。な、望?」
「ああ……けど、俺……ポリタンクか……」
浄戒とジルオルも、このメンバーにかかっては原油とポリタンクだ。
望は苦笑しながらも、場合によっては力の大きさに押しつぶされてしまいかねない気持ちを、
このように笑い話にしてくれる『天の箱舟』のメンバーに感謝した。
「とにかく貴方達は、この世界にある浄戒の力を、
取り戻さねば……結界により閉じ込められたこの世界から出られずに死ぬだけです」
ナナシが最後にそう言って話を終わらせようとすると、
浩二の腰に刺さっている『最弱』がククッと笑った。
『なぁ、ナナシはん。アンタ一つ勘違いしとるで?』
「……私が、何を勘違いしてると言うのですか?」
『結界により閉じ込められて死ぬしかない?
そりゃ、ワイと相棒がこのコミュニティーにおらんければの話や』
「え?」
『ワイは反永遠神剣『最弱』―――
永遠神剣の奇跡を全て否定する、ヒトの想いが詰まったヒトのツルギ。
結界なんて自然摂理を無視したモノなんて、ワイの力があれば霧散させてやりまんねん。
だから、ワイらが閉じ込めらたままっちゅーのは無いねん。
結界なんぞ、不自然なモンなんて、ワイと相棒がいつでも破って出てったるわ』
自分の能力については、この『天の箱舟』のメンバーにはもう話してあった。
運命共同体なのだ。隠し事をして、またあらぬ疑いをかけれるのは懲り懲りだった浩二は、
仲間を信頼して話したのだった。
『暁はんが、何の思惑をもって、世刻に力を取り戻させようとしとるのかは解らへん。
けど、結界で閉ざされた世界に上手く誘き出し、まんまと選択肢を奪ったつもりになっとるなら、
そりゃ浅知恵いうモンや。味噌汁で顔洗って出直して来い』
「くっ―――」
『最弱』の言葉に、ぐうも言えずに言葉を詰まらせるナナシ。
反永遠神剣というジョーカーを持つ『天の箱舟』には、
そのような姑息な姦計は無駄だと言い放つ『最弱』に、ナナシは何も言い返せなかった。
「……と、言うわけだ望。このまま暁の思惑どうりに、この世界で動く必要はないぞ?
わざわざ敵に塩を送るかの行為が余計に怪しい。裏があるに決まってる。
俺が結界を破ってやるから、ものべーでこの世界から出ようぜ?」
「斉藤……」
今まで絶にはやられっぱなしだった望は、少しだけ溜飲が下がった思いであった。
それは彼の神獣であるレーメも同じようで、わざわざ望のポケットから飛び出して、
ナナシにむかってあっかんべーをやっている。
「そうだな。それじゃあ、この世界から脱出しよう。
不自然な世界だとしても、わざわざ俺達が荒波たてて壊す必要は無いからな」
「ああ!」
望がそう言うと、浩二は満足そうな顔で首を大きく縦に振る。
「それに、暁の狙いは……望。おまえだ。
冷静になって考えれば、俺達がアイツを追いかける必要はないんだ。
暁なんて無視して、俺達は一番の目的である光を持たらすものを追いかけようぜ?」
「ちょっ―――」
ナナシや絶の思惑は無視して、話はどんどん違う方向に進んでいく。
「ついでに……よっと!」
空中に浮かんでいたナナシを、浩二は人形を掴むかのようにパシッと掴み取る。
「な、何をするのですか?」
「ここで、コイツを消滅させてやれば……
神獣をなくした暁の永遠神剣は、ミニオン以下の雑魚神剣に成り下がり、
俺達の邪魔は金輪際できなくなるぜ?」
ニヤリと、悪い笑みを浮かべながら言う浩二。
ナナシは顔を青ざめた。たった一人、浩二のために計画が頓挫するどころか、今や大ピンチ。
「ひっ―――」
怯えた顔を見せるナナシ。どうしてこうなる? どうしてこうなった?
マスターの計画は完璧だった筈なのに、たった一人の男の存在により……
計画が壊されるどころか、力をなくしてしまうかもしれない状況なのだ。
「もう一度言っておく。おまえと暁……俺達を舐め過ぎだ……
主導権は自分達にあると勘違いしてんじゃねーよ。
全ての選択は俺達にある。それを忘れるな」
そう言って、浩二はナナシを掴んでいる手を離してやる。
開放されたナナシは、へなへなと力なく机の上に落ちた。
「斉藤……浩二……マスターが唯一認めている男……」
ナナシは精霊の世界で浩二を見かけたときに、
仲間に誘ってはどうだとマスターに言った時、彼が首を横に振り、
斉藤浩二は『誰にも従える事ができない』と言った言葉の意味が、ようやく解ったような気がした。
運命を嫌うマスターと、絶対を否定する神剣は、
力ずくや姦計で騙して行動を操ろうとしたら、猛然と牙をむいて反抗してくる。
「どうして……」
彼が傍にいる事を選んだのが世刻望なのだろうか?
運命を嫌い、絶対を否定する者であるならば―――
自分のマスターである暁絶にこそ力を貸すべきだとナナシは思う。
なのに世刻望の周りには沢山の仲間がいて、自分のマスターは一人きり。
この状況が悔しくて涙が滲む。
「え? ちょ、おい……何故泣く?」
「どうして……どうして世刻望なんですか! どうして貴方はここにいるんですか!
違うでしょう! いる場所が! 友達だったのでしょう? 私のマスターとも、暁絶とも!
なのに、何で貴方は世刻望にばかり加担して……私のマスターを邪魔するんですかっ!」
一度堰を切った涙は、もう止まらなかった。
浩二の肩に飛び乗ると、ナナシは泣きながら浩二の顔を殴りつける。
「……あ、く―――っ……う……
運命を……絶対を……一番否定したいのはマスターなのに……っ……
誰よりも、他の誰よりもソレを望んでるのに……何で、貴方まで……ううっ……」
「……………」
「マスターは、傷ついた貴方を殺さなかった。
それなのに、貴方はその恩も忘れて、マスターの邪魔を―――っ!
何で? どうして? 貴方の神剣が、永遠神剣の定めを否定するヒトのツルギなら!
どうして、貴方はそこに居るんです! マスターの邪魔をするんですっ!」
泣きながら殴りつけてくるナナシに、浩二はされるがままにしている。
やがて、押し殺していた感情を全て吐き出したのか、
彼女は嗚咽をもらすだけで、肩の上に崩れ落ちた。
「……助けて……ください……貴方が、マスターのトモダチなら……
……ずっと、一人きりで……運命に……神名に抗い続けて、苦しんでいる……
私の……マスターを……助けて……」
「……はぁっ……」
泣かれてしまったら、全面降伏以外に手は無い浩二は、はぁっと大きく溜息をつくと、
肩の上で泣き崩れるナナシを机の上に下ろす。
「泣くな。俺が悪かった……悪ノリが過ぎたよ……
謝る。ゴメン―――俺、多少の事なら受け流せる自信あるんだけど……
どうしても許せない事があったら、言動がやたらと攻撃的になるんだ。
考え事に没頭すると、何も見えなくなるクセと一緒に、直そうとは努力してるんだけど……
なんか、どーにも中々直らなくて……それで傷つけたのなら謝る。ごめん」
そして、頭を深く下げた後、ナナシの頭を撫でてやる浩二に、
腰の『最弱』が慌てたように叫ぶ。
『相棒。相棒!』
「なんだ最弱? 今は取り込んで―――」
『言葉の暴力の後に、優しく懐柔するのは、まるっきりヤクザの手段でっせ?
いくらモテへんからって、そーいう方法でオナゴを篭絡するのはどうかと……』
―――ビターン!
『おぶっ!』
メンコを叩きつけるように『最弱』を地面に叩きつける浩二。
「そんな事を言ったら、少年漫画やゲームで、戦った後の敵を仲間にするのは、
全部ヤクザ的になるだろーが! というか、オマエ! 空気よめ!」
叩きつけた『最弱』を何度か踏みつけると、
ゴミでも拾うように『最弱』を拾い上げて腰に挿し、
ナナシを大事そうに抱えあげながら皆を見渡す浩二。
「今日は、もう解散しよう……リーダー」
「え、でも……斉藤?」
「望くん。ここは斉藤くんに任せましょ?」
解散しようと言う浩二に、望が戸惑ったような声をあげるが、
そんな望を止めるように、沙月が肩に手を置いて微笑む。
「彼女の事は、斉藤くんに任せてもいいわね?」
パチッとウインクしながら言う沙月に、浩二は苦笑をうかべながら頷く。
後で、どんな話をしたのか教えろという事だろう。
「はい」
浩二が頷くと、沙月も頷いて返してくる。
それで、今回の作戦会議はお開きとなり、眠っていたユーフォリアはカティマと希美が起こし、
寝ぼけ眼のユーフォリアと手を繋いで、部屋を出て行った。
「斉藤……」
最後まで残っていた望が、何かを言いたそうな顔で浩二を呼ぶ。
「大丈夫だ。望……
おまえの親友、暁絶は―――俺にとっても友達だ」
そう言って望の背中を叩き、
浩二はナナシを抱きかかえたまま部屋を後にするのだった。