「アイツ……凄まじい業を背負っているんだな……」
ナナシより暁絶の背負ったモノを聞かされた時、浩二が最初に呟いた言葉がソレであった。
お手製の神棚で、同じく話を聞いていた『最弱』も、絶句したように何も言わない。
「マスターは……理想幹神への復讐に全てをかけています。
背負わされた『滅び』の神名により、残りの命も後僅か……
本懐を成し遂げるためには、どうしても浄戒の力が必要なんです」
暁絶の背負った宿業―――
それは、平和な世界で何も知らずに暮らしてきた浩二にとっては、
信じられないように重いモノだった。
理想幹神という神により間引きされた世界。その世界での唯一人の生き残りが暁絶。
彼の世界の人々は、自分達の世界を滅ぼした神への復讐の糧となる為に、
自ら絶に命を差し出して『暁天』に人間の生体エネルギーを吸わせたそうだ。
敵をとってくれと、恨みを晴らしてくれと……
まだ幼かった絶に、そんな呪いの言葉をかけながら、自ら『暁天』に刺し貫かれ、
神によって、滅ぼされようとしている世界の命を絶に押し付けて死んでいった。
その時の絶の胸中は、どんなモノだっただろうか?
仲の良かった友達、近所に住む人の良いおばさん。
そんな、絶にとっても掛け替えの無い人達までもが、神への反逆の糧とする為に、
自分を殺して、その神剣で命を吸ってくれと懇願してくる光景。
それは、まさに地獄だ。
暁絶は地獄を見せられ、神への反抗を宿命ずけられた少年である。
絶が望の力を利用しようとする訳は、神々さえも消滅させられる事ができる、
浄戒の力を求めるが故にだった。
彼はその為に望に近づき、友人となり、裏切る事で自分を憎ませ、
望の中に眠る破壊神ジルオルを目覚めさせようとした。
そして、完全にジルオルとして覚醒した望から浄戒の力を奪い、神々を消し去ろうとしたのである。
「……俺はまた、暁が望を狙うのは、
前世からの因縁だとかそーいうのだと思ってたよ……」
「それも間違いではありません。ジルオルの『浄戒』の神名も、
マスターの『滅び』の神名も、お互いに滅ぼしあう宿命にありますから」
「それはまた、何で?」
「浄戒も滅びも、元は一つの力なのです。
だから、その二つの神名を背負う者は、一つになる為に、互いの神名を奪い合います」
「でも、暁が望を狙う理由は、そんな理由からではなく、あくまで個人の理由。
神に滅ぼされた世界の生き残りとして、ジルオルの浄戒を狙っているって訳か?」
「はい……そのとおりです」
浩二の言葉に頷くナナシ。浩二はそこで顎に手をやって考えるような仕草をする。
理想幹神というモノの存在についてだけは、サレスから聞いていた。
しかし、世界にはそういう名前の神がいるというぐらいの説明で、
まさかその理想幹神が、自分の好き勝手に世界を滅ぼしたりしてるとは思わなかったのだ。
「……理想幹神……俺達の敵は『光をもたらすもの』だとばかり思っていたが、
裏にはそんな奴等が暗躍していたとはな……」
そんな奴等に自分達の世界を滅ぼされては、たまったモノではないと呟く浩二。
「なぁ、ナナシ」
「何でしょう?」
「確認するが、暁が狙う敵は理想幹神であり、
望を殺そうとする理由は、理想幹神を倒すのに浄戒の力がいるからだな?」
「はい」
「前世の因縁には、あまり拘っていないんだな?」
「……はい」
最後の言葉は歯切れが悪かったが、全ての絵図がやっと見えた。
これならば、上手い事やれば全てが丸く収まるかもしれない。
「―――よし! おまえと暁の思惑に乗ってやる」
「そうですか……でも、今更どうやって先の発言を撤回するのですか?
マスターの事情については、第三者である貴方だからお話した事です。
貴方の口から世刻望に言われては……その……マスターの意思に反します……」
「まぁ、その辺は上手い事やるさ。
暁の事情を説明せずに、上手く浄戒の力を得る方向に誘導してやる。
……と言うか、これぐらい出来なくちゃ、サレスを越えるなど絶対に無理だからな」
そう言って苦笑する浩二を、ナナシは複雑そうな顔で見つめていた。
*****************
「望。昨夜、あれから俺はナナシから色々と聞いたよ……
まずは、そこで出した結論を言おうと思う」
朝食を食べ終わり、作戦室にメンバーが腰を下ろすと、
昨夜から皆が気になっていたであろう事を浩二は伝えることにした。
「暁の思惑に乗ることになるが……
この世界に封じられた浄戒の力は、取り戻すべきだと思う」
「何故? 昨日は別に戦わなくてもいいって……」
「宿命と言う言葉は、嫌いだから使わないが……
ナナシから、前世から続くオマエと暁の因縁を聞いて、
オマエは背を向けているモノ全てを受け入れて、暁と対峙するべきだと思ったからだ」
「理由を……教えてくれ」
望の声は暗い。仲間に親友と戦えと言われたのだから、それは当然の事だろう。
「それは、俺の口からいう事じゃないと思うから、言えない……
けど、おまえの理想を叶える為には、そうするしかないと思う」
「そんな勝手な―――斉藤っ!
おまえ、いま自分がどれだけ無茶な事を言ってるのか解ってるのか?」
「わかってる……けど、これが事情を聴いた上での俺の結論なんだ……」
「ふざけるな! 理由も言えないのに戦えなんて……
それじゃあ、言ってる事が絶とまったく同じじゃないか!」
場が険悪な空気に包まれる。
望は、今にも浩二の胸倉を掴みかけない勢いだ。
「おちついて望くん! 斉藤くんが、考えも無しにこんな事を言うと思うの?」
「それは―――っ!」
「ねぇ、斉藤くん……詳しくは言えないと言うのなら、それでもいい……
けど、貴方がそう考えるようになった理由ぐらい教えてくれないかしら?」
望を止めた沙月が、鋭い視線を浩二に向けてくる。
浩二は、大きく息を吐いた後に、はいと頷いた。
「望。おまえの前世が破壊の神ジルオルであると言う説明は、
サレスやナーヤからもう聞いてるな?」
「……ああ」
「暁絶の前世はルツルジと言う名の神……
そしてルツルジは、とある理由によりジルオルを倒さなければならない」
「そんな―――っ!」
「おまえにとっては、訳の解らん事だろう。
何せ、オマエは前世の事を覚えていないんだから。
だが、暁は前世をハッキリと認識している。
だから、もしも今回……暁との戦いを回避したとしても……
望と暁―――すなわち、ジルオルとルツルジの魂は再び転生し、
来世でもう一度このような状況になるのは明白だ。
前世の記憶を持たぬ望と違い、暁は前世の記憶をしっかりと継承しており、
それは来世であろうと受け継がれる。そうなれば、暁が望を再び襲うのは必死。
それも、来世では今より酷い状況下で、戦うか否かを迫られるかもしれないんだぞ」
「……それで?」
沙月が頷きながら言うと、浩二は沙月の顔を見て声を大きくする。
「故に、状況が整っているこの時代で、暁の挑戦を受けるべきです。
今ならば望の周りには、俺達が仲間としています。
それは、俺達『天の箱舟』が望をフォローしてやれるという事。
そういう理由で、俺は暁と戦うべきだと思います」
浩二の言葉にもう一度フムと頷く沙月。
確かに、その理屈ならば暁絶と戦う理由として筋が通っている。
けれど、今のでは浄戒の力を取り戻せと言った理由が説明されていない。
「それなら別に、浄戒の力を取り戻さなくてもできる事だわ。
今の望くんでも、私達が力を貸して戦えば暁くんを倒す事だってできる筈だもの。
それなのに、この世界に封じこめられた、浄戒の力を取り戻すべきだと言った理由は?」
「連鎖を断ち切る為です。今の状況で暁を倒しても意味がありません。
何故なら、来世には再び暁は生まれかわり、何度も敵となって襲ってくるからです。
今回は皆の協力で暁を倒しても、来世でまた戦うハメになるのだから根本的な解決になってない。
それを断ち切る力が浄戒の力―――オリハルコンネームを消滅させるジルオルの力です」
「なるほど……ね」
確かにこれで筋は通る。永遠神剣の遣い手6人が仲間におり、
この時代の自分達は戦力に恵まれている。
その、戦力が整った今だからこそ、永劫に続く宿業を断ち切る浄戒の力を用い、
完全に決着をつけようと浩二は言っているのである。
「望くん? 確かに斉藤くんが言ってる事は筋がとおってるわ」
「……はい。今の説明で、それは俺にも解りました……ごめん。斉藤……
ついカッとなって怒鳴ってしまって……でも……」
「暁と戦うのは気が進まないか?」
「……ああ」
望が頷くと、浩二も腕を組んで頷く。
「ならば、尚更に過去と向かい合わなくちゃ。
だってそうだろ? 今おまえと暁が戦うのは過去の因縁からなんだ。
けど、過去の記憶をもたぬオマエでは、どうすれば説得できるか考えることさえできやしない」
「…………」
「まずは、全てを受け入れろ。それが辛い事で、押しつぶされそうになったら……
俺達がみんなで支えてやる。悩んだときには、一緒に考えてやる。
らしくねーぜ? 何でも前向きに立ち向かっていくオマエが……
過去についてだけは、触れることさえも避けているのは」
浩二の言葉に俯く望。
「それは……」
望が過去と向き合うのを避けている理由は、ただ単純に怖いのだ。
破壊神などという二つ名をもつ過去の自分など、ろくでもないヤツだったに決まっている。
それに、ジルオルの力を感じるときに心を侵食してくる黒い思念。
乾きと、憎しみと、飢えが血を求める感覚。
誰にも言ってはいないが、ジルオルの力を用いて戦っている時の自分は高揚していたのだ。
肉を切る感触が心地よく、頭から被る血の雨に歓喜し、
もっと、もっとそれを感じたいと、目に付くモノに刃を叩き込まずにはいられない。
ルプトナの時も、ナーヤの時も、最後には湧き上がる破壊の衝動を止める事ができたが、
更なる力なんてモノをこの身に宿してしまったら、もう止まれないかもしれない。
敵ですらない人々にまで刃を向け、無慈悲に殺し、壊し、歓喜の笑いをあげる自分。
最後には仲間にまで剣を向けて惨殺してしまうかもしれないと思うと、それがたまらなく怖い。
―――時々夢に見るのだ。
殺して、壊して、殺して、壊して……
大切だった人まで傷つけて、殺して、最後には自分が殺される夢を―――
「前世の、俺が……」
「うん?」
「前世の俺が、ジルオルが―――っ! ジルオルの記憶を取り戻した俺が……
もしも、みんなに剣を向けたらどうするんだ!
いいじゃないか! このままで! 俺は世刻望なんだ! ジルオルなんかじゃない!
怖いんだ……怖いんだよ、俺……破壊神なんて呼ばれる、ロクでもない俺が……
その名前のとおりに、仲間を、皆を傷つけてしまうかもしれないと考えると……怖いんだよ!」
「望ちゃん……」
「望くん……」
「望……」
怖いと言って頭を抱える望。その姿は、歳相応の少年のものだった。
強大な敵には恐れず向かっていける彼が、自分自身の事が怖いと言って震えている。
「……ふぅ」
浩二は小さく溜息を吐いた。
そして『最弱』を手にした右腕を、望の頭に振り下ろす。
スパーンとお馴染みの快音が響いた。
「―――ってぇ……何するんだよ!」
「ツッコミをいれてやる」
「は?」
「おまえがトチ狂って、俺達に剣を向けてきたら、俺がツッコミをいれてやる。
それで、アホかオメーはと説教してやる。破壊神? ジルオル?
ハッ―――そんなの俺は知らねーから怖くねーよ」
そう言って鼻で笑う浩二。
「俺にとってオマエは、今も昔もこれからも、世刻望だ。
おまえがどんな事をやろうとも、ナメた事をしくさったら、その度にツッコミをいれてやる。
だから、オマエが皆を傷つける事なんて、確実に無いと断言してやるね」
「ツッコミを入れるって……そんな……」
頭を押さえながら、居丈高に自分を見下ろしている浩二を見上げる望。
「てゆーか、だ。オマエ……みんなを傷つけるのが怖いって……
ここにいる奴等が、大人しくオマエに殺されるタマかよ。
そして、オマエが彼女達をどうこうできる程のタマかよ。
普段、たった一人にさえも翻弄されまくってるのに……」
そう言って浩二は、自分以外のメンバーを一人ずつ順番に見ていく。
沙月。希美。カティマ。ルプトナ。ユーフォリアだけはどうだか解らないが、
少なくとも前の四人は世刻望に好意を寄せている。
恋愛は惚れたほうが負けだというが、望は惚れられたほう、
すなわち勝った側なのに、普段の生活では主導権を女性陣にとられてばかりだ。
「だから、断言してやる。おまえの心配は杞憂だ。
むしろ俺は、そのジルオルとやらの記憶が戻った時に、力と共に気が大きくなって調子こいて、
雄の本能が全開になって、世刻軍団全部に手を出してしまうのではないかという方が心配だ。
その後に、責任とってと皆に迫られるオマエの方こそ、護ってやらねばならないのじゃないかと思う」
そう言って苦笑する浩二。
望は、そんな浩二の顔を見つめて、やがてプッと噴き出した。
「はははは! あはははははは! はははははは!!!」
「何を笑ってるんだ。笑い事じゃねーだろ。てめー!」
「いや、だって……ハハハハ!」
どうして彼は、深刻な悩みを全部笑い話に変えてしまえるのだろう。
どうして、彼は自分が一番欲しいと思う答えを簡単に導き出せるのだろう。
思えば、自分は随分と浩二に護られているのだと気がついた。
物部学園で剣の世界にやってきたあの日から、浩二が裏で色々と動いて、
自分が学園生活の輪から孤立せぬように、色々と気を使ってくれていたのも知っている。
魔法の世界で、サレスに自分は不要だと言われて自暴自棄になった時も、
浩二はそんな自分を見捨てずに、黙って傍にいてくれた。
あの日。夜の公園で、二人で星を見ていた日を忘れては居ない。
オマエには信念が無いと、そんなヤツは邪魔でしかないと言って否定された時も、
おまえに世刻の何が解ると言ってくれたのは浩二。
その後。自分は元の世界に帰ろうと言う浩二の考えを無視してまで、
強引に戦う事を決めたのに、彼はその時もついて来てくれた。
そして、今は―――
こんな自分の想いを叶える為に『天の箱舟』というコミュニティーを作り、
仲間を集め、拠点を用意し、共に戦ってくれている。
その彼が言うのだ。大丈夫だと……
もしも自分が我を見失った時には、ツッコミをいれて正気に戻してやるからと。
ならば、何を恐れる必要があるのか? 浩二が大丈夫と言うなら大丈夫なのだ。
「解った……俺、自分の過去と向き合うよ。
そして、絶を説得して、また前のように笑いあうんだ。
できるって、思う……いや、絶対出来る。
……おまえが……浩二が、俺には出来るって言ってくれるなら、絶対に―――」
「お、てめ、やっと俺の事を名前で呼んだな?
俺はかなり前から望って呼んでるのに、おまえはいつまでも斉藤だから、
なんか一方的に、俺だけが馴れ馴れしいヤツみたいで気にしてたんだぞ」
そう言って、笑いながらヘッドロックをかけてくる浩二。
「いてて……悪かったよ。いや、ほら……なんかタイミングが掴めなくてさ」
笑いながら、ギブギブと繰り返す望。
そんな彼等を『天の箱舟』のメンバー達は、生温い目で見つめていた。
「なんか……美味しい所、全部斉藤くんに持ってかれた気分なんだけど……
望くんを優しく導く役って私じゃない? キャラ的に」
「うう~っ……斉藤くんが……
女の子じゃなくて良かったと、心から思う今日この頃だよぉ……」
何かブツブツと言ってる沙月に、ハンカチを噛む希美。
ルプトナは、プロレスごっこが始まったとばかりに自分も加わり、
二人にむかってドロップキックを決行。
「プロレスごっこなら、ボクも混ざるよーっ! ルプトナキーーーック!」
「なっ! 違っ―――」
「どわああああああ!!!」
ドロップキックをくらって、ゴロゴロと転がる浩二と望。
「ダラバ―――貴方が言った言葉の意味……やっと私にも解りました」
そんな彼らの様子を見ながら、カティマは自らの宿敵であるダラバ=ウーザが、
最後に残した言葉の意味がやっとわかったような気がした。
『何があっても、絶対にあの男を傍から手放さない事だな』
斉藤浩二なる少年は、前世や因縁なんてモノを全て笑い飛ばしてしまう。
自分もダラバも、アイギア王家とダラバの因縁に捕らわれて、
殺しあう事でしか決着をつける事ができなかった。
けれど、運命を嫌い、絶対を否定する彼と神剣が傍にいてくれるならば―――
もう、自分達は何者にも捕らわれずに未来を掴めるかもしれない。
そんな事を思いながら、もみくちゃになっている彼等を助けにいくのだった。
「ルプトナ。あれは別に、そのぷろれすごっこという遊びでは無いと思いますよ」
「えーーーーーっ!」
***********************
「なぁ、最弱……」
『何やねん? 相棒』
話しが終わると、浩二は作戦室を後にして屋上に出た。
相変わらず夜のままの街を見下ろし、ポツリと自分の神剣の名を呼ぶ。
「光をもたらすものを倒せば、全ては解決すると思ってたけど……
まだ、当分終わりそうに無いな。俺達の旅……」
『理想幹神―――この時間樹にある分岐世界を支配するカミサマ……
それが真の敵やねんな……』
そう呟く『最弱』に、浩二はかぶりを振る。
「俺、おまえに会えて良かったよ。そして、望達と同じ学校で良かった」
『ナハハ……普通は、カミサマなんてモンと戦う事になったら……
文句を言うんとちゃいます?』
「普通は―――な。だが、俺はきっと普通じゃない。
今は生きがいを感じてるのに、タダの学生やってた頃は、毎日がつまらなかったんだ。
こんな事を言ったらなんだけど、俺……勉強もできるし運動も得意だ」
『そうやな。普段は優等生には見えへんけど……』
「人の顔色伺うのも得意だったから、数だけの友人は多くいたし、敵も作らないでこられた。
普通に考えたら、文句のつけようが無い人生を送ってきたと思う。
でも、毎日がつまらなくて仕方なかった。熱中できるモノが見つからなかった……」
『……………』
「でもな、おまえと出合って………
こんなトンデモ話がまかり通る世界を覗けたからこそ、
自分の目指す夢を……やっと見つけられたよ……」
『……ほう? それは?』
「笑うなよ?」
『いーや、そんな前置きをされたら絶対に笑うねん』
そう言いながらも、浩二は自分の相棒が笑わないだろう事を知っている。
この神剣は、自分が本気で選んだ選択を笑うことはしない。
「俺は、世界を作る―――」
街の明かりをみながら、何でも無い事のように呟く浩二。
「俺と望と希美……それに、暁……
事情はそれぞれだけど、故郷にはもう帰れない。
だったら、作ればいいだけの話だろ? 俺達の帰る場所を」
数多ある分子世界には、人が住まぬ世界も数多くあるという。
そこに自分達の世界を作ろう。人種、出身を問わない―――
故郷を無くしたはぐれ者達が集り、手を取り合って暮らす世界を作ろう。
自分達の世界には『ノアの箱舟』なる御伽噺がある。
その箱舟にのって命を生きながらえた者達が、今の自分達の祖先であると言われている。
ならば、その御伽噺を現実にしてやろうと浩二は笑う。
もっとも、ノアの箱舟は、カミサマに選ばれた者のみが救われる話だが、
自分達『天の箱舟』は、その逆。カミサマの理不尽な暴威により、
天の杯から零れ落ちた者を救い上げた、おちこぼれだけで作る世界。
この夢は『天の箱舟』の方針とも一致しており、暁の望みもクリアできる。
何より、捻くれた自分らしく、絶対なる者への皮肉と反逆が利いて良いと思う。
とにかく、自分はそれを目指すことにした。
今はまだ、妄想だけの夢物語だが、浩二は自分ならやれると確信している。
『カミサマぶっ倒して、世界を作る―――
身の程知らずの愚者の夢やなソレ……笑うどころか呆れるで。ホンマ』
「なに、俺に出来ないことなんて無いさ」
「……私も『最弱』の意見に賛成です。
呆れるしかありません。貴方は馬鹿ですか?
世界を作るなんて、そんな夢物語ができる訳ないでしょう」
「ぬお! ナナシ―――いたのか?」
「……ええ。貴方達よりも前からココに居ました……」
心底呆れたような顔をしているナナシだが、
浩二は聞かれたしまったならばと開き直るように言う。
「いーや、できるね! 俺を誰だと思ってるんだ?」
「……誰でもないクセに……」
ボソッと呟くナナシ。
確かに浩二は誰でもない。斉藤浩二以外の何者でもない。
「……根拠も何もないクセに……でも―――」
その大ボラが現実できたならば、どれだけ素晴らしい事だろうか。
理想幹神を倒した後―――多くのトモダチと、自分達で作り上げた故郷と呼べる世界で、
笑いあって暮らす自分のマスターの姿を空想して、ナナシは目を閉じる。
過去を、前世を持たぬ浩二は、どこまでも未来だけを見つめている。
大なり小なり、過去に何らかの因縁を持つ永遠神剣のマスターの中で、彼だけが異端。
しがらみが無いから、何だってやれる。何処にでも行ける。
「………期待はしません。そんな夢物語の大ボラ吹きを信じるほど、
私は楽観主義者じゃありませんから。でも……思うこと、願う事は個人の自由ですから……
貴方の友人の神獣として、がんばってとは言っておきます……」
そう言って、ナナシは何処かに飛び去っていく。
浩二はその背中を黙って見送り、腰の『最弱』は呆れたように呟いた。
『なんつーかアレやなぁ……世刻の為に組織を作ったかと思ったら、
今度はみんなの為に世界を作ると来たか……
どっちも普通なら、とんでもない事やのに……
そのどちらも、何でもない事のように、口にして……実行しようとする……
ホンマ。身内と認めた奴等には一途っちゅーか……尽くすなぁ……ワイの相棒……』
もしも、恋人なんて出来た日には……その彼女がエターナルを怖いと言って怯えたら、
いつもの「俺にできない事はない」という戯言と共にエターナルを潰す組織を立ち上げ、
ロウとカオスの両陣営にカチコミをかけるんじゃないか? この馬鹿はと―――
『最弱』は心の中でククッと笑うのだった。
『ええで。世界でも宇宙でも作りなはれ……
世界中の人間が笑っても、ワイだけはソレを信じたるねん。
どんな馬鹿をやらかしても、ワイだけは肯定したるねん。
何処までも行こうやおまへんか……なぁ、相棒―――」