「このっ!」
「終わりだ―――望ッ!」
互いの顔が肉薄する距離まで近づき、鍔迫り合いをする望と絶。
正眼の構えから『暁天』を振り下ろした形の絶と、
双剣である『黎明』をクロスにして絶の刃を受け止めている望。
「まだまだっ! はああああああッ!」
負けてなるものかと言う気合と共に、望は『黎明』に更なる力を加える。
押されている形だった望と絶の位置が逆転するように、絶が片膝をついた。
「―――チッ!」
力比べでは分が悪いと言わんばかりに、受け止めている力の流れを、
刀の曲線を利用して受け流す。その際に、横を転がりぬけ、望の脇腹を切り裂いた。
「ノゾム!」
「掠り傷だ!」
叫ぶレーメに安心しろと言わんばかりの望。
事実、切り口こそ大きいが、一センチばかりの深さで切られただけであった。
「ふううううっ!」
左手に握る神剣を地面に突き刺し、開いた手を傷口ができた脇腹にあてる。
すると、その切り口が綺麗に塞がっていった。
「切れ味が良すぎるのも考えモノだよな? 絶!
綺麗に裂かれた傷は塞ぐことも容易いぞ!」
再び『黎明』を両手に構えながら言う望。
居合いの構えをとった絶は、望の皮肉に対してニヒルな笑みを返すだけだった。
「打ち合いではこちらが不利か……だが、速さはどうかな―――ッ?」
タンッと、音さえも立てない静かな動作であった。
しかし、その速さは影さえも残さぬ疾風のように一瞬で間合いをつめてくる絶。
「―――っ!」
咄嗟に『黎明』で防御の姿勢をとれたのは、運が良かったのか、
死を直面に防衛本能が働いたのか。
シャキンと鞘から抜き払う音よりも速い斬撃が首を狙って放たれる。
それをくらえば、自分が死んだ事さえ気づけなかっただろう。
絶のこの技で、首を跳ねられて死んでいたミニオンの死体を見ていなければ危なかった。
「うわっ!」
しかし、斬撃で首をはねられる事は運よく防いだが、
居合い斬りの威力までは防ぎ切れなかったようで、
望は防御姿勢のまま後方に大きく弾き飛ばされる。
―――ドゴッ!
「ぐは―――っ!」
大きな岩にぶつかった。衝撃と同時に肺の中の空気が吐き出される。
「うっ……ぐっ―――ゲホッ!」
岩にぶつかった際に手から落としてしまった『黎明』を望は探した。
そして、それはすぐに見つかる。しかし、それに手を伸ばしかけた所で―――
「……ここまでだ」
『黎明』を足で踏みつけ、
喉元に刃を突きつける絶にチェックメイトをかけられた。
「せめてもの情けだ……苦しまぬよう、一撃で首を落としてやる」
そう言う絶の身体は、バケツの水でもかぶったかのように汗で濡れている。
望と絶の戦いは、終始に渡って技量にまさる絶が押していた筈なのに、
彼の方が疲労しているように見える。滅びの神名が絶の身体を蝕んでいるのだ。
「まだだ―――まだ、終わらないっ!」
「フッ。負けず嫌いだな。ホント……」
束の間微笑んだ絶の目が、獲物狙う鷹の目になった。
―――死ぬ!
口では終わらないと言ったものの……後二秒、三秒?
その僅かな間の後に自分は殺される。
そう思った瞬間に、望の心臓がドクンと強い鼓動を打った。
『この世界に残った神は、俺とオマエ―――
後はファイムにナルカナぐらいのものか?』
誰かが自分に話しかけている。いや、自分ではない誰かに話しかけている。
これは誰だ? そして、俺は誰だ?
『南天の神々も、北天の神々も……今や殆どが我等の力の一部……』
ワケの解らない事を言うな。俺は一体どうしたんだ?
望は、必死に今の状況を理解しようと思考を集中させる。
そして、思い出す。そうだ自分は絶に刃を突きつけられて死ぬ寸前なのだと。
ならば、これが走馬灯というヤツなのかと、なんとなく思う。
『決着をつけよう―――ジルオル。
思えば互いに因果な宿命を背負ったモノだが……
次があれば、友となるのも悪くないかもしれないな……』
―――ジルオル。
自分をそう呼ぶこの男は、きっとルツルジ。
それを認識すると、急速に闘志が湧いてくるのを感じた。
前世? 運命? ―――冗談じゃない!
このまま自分が倒されれば、勝者と敗者の違いはあれど、
互いに殺しあう定めは変わらぬではないか。
「でもっ―――」
闘争の炎はメラメラと燃えたぎろうと、打開する方法が見つからない。
浄戒の力は神名―――すなわち宿命や運命という名のフザケタ楔を消し去る力。
力の意味は解れど、遣い方が解らない。
自分は確かに手に入れた。未来の世界でそれを手に入れた。
なのに使い方が解りませんからダメでしたでは、
間違っていたとはいえ、一途にそれを願ったショウの望みを砕いてまで手に入れた意味が無い。
『―――願え』
「え?」
『強く、想い……願え―――』
「誰だ!」
『断ち切ると、砕けると、出来て当然だと認識しろ。
そして、想いを剣に……強き想いが楔を砕く。それが浄戒の力』
「おまえ、ジルオルか!」
『ルツルジの影に、想いと共に剣を突きたてよ。
……されば、汝が願いは叶う……』
事ここに至っては、もうその言葉にかけるしかなかった。
他に手段は無いのだから。
『……そして、それは我が望みでもある―――』
ジルオル。俺の前世。
幾多もの世界と共に神々を惨殺してきた破壊神。
こいつの言葉に乗るしか出来ないのは癪だが、
望む未来を引き寄せる為ならば、自分は何だってやる。
そう決めた。だから―――
「……さらばだ……望―――」
「このっ!!!」
「何っ!?」
叫びと共に望は首を僅かに下げた。
そして噛み付く。獣のように『暁天』の刃に噛み付き―――
「ギ・ギ・ギ……ギッ!」
「おまえ、正気―――かっ!?」
―――ドゴッ!
怯んだ絶の腹に蹴りを叩き込む。
「ぐおっ!」
「―――ペッ!」
唇の端を僅かに切った。鉄の味が舌に残っている。
それを血が混じった唾と共に吐き捨てて、手元に『黎明』を出現させる。
「うおおおおおおおっ!」
咆哮と共に駆けた。絶。流石だと思う。
すぐに体制を立て直して、再び居合いの構えをとっている。
このまま飛び込めば、居合い斬りの射程範囲に入った瞬間に両断されるだろう。
―――ならっ!
「ハッ―――!」
その必勝の構えを崩してやればいい。
望は、双剣の片方を絶に向かって投擲した。
「―――なっ!?」
まさか、神剣を投げつけてくるとは思わなかったのだろう。
居合い斬りで『黎明』の一本を撃ち落すが、そこにもう一本投げつける。
居合いを振り払った体制からでも、二本目の投擲を身体を捻ってかわしたのは流石だろう。
「くっ!」
絶はバランスを崩している。
「剣よ―――我が手に!」
再び手元に発現。右と左に双剣『黎明』
「うおおおおおおおおっ!!!」
それを右と左で重ね合わせるように握った。
刀身が光る。その後に現れたのは一本の大剣。
双剣を一つに融合させた、神名を消し去る浄戒の刃。
「絶ーーーーーーーーーーっ!!!!」
「っ!」
その刃を、ありったけの想いと共に、絶の影へと突き刺した。
「なん……だと―――ッ……俺の……影?」
まさか影を狙ってくるとは夢にも思わなかった絶は、
愕然とした表情のまま固まっている。
「望……おまえ……」
目を見開いたまま、絶は己の影に一本のツルギを突き刺したままの常体でいる望を見る。
「何を―――した……」
そして、手にしていた『暁天』を手から落とすと、
絶は未だに、何が起こったのか判らないという表情のまま、前のめりに倒れるのだった。
「マスターーーーーーーッ!!!」
******************
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」
肩で息をする望。
倒れ伏した絶の傍には、ナナシが介抱するように寄り添っている。
「望ちゃん!」
「望くん!」
絶と望の戦いを見守っていた少女達が、二人の傍に駆け寄ってきた。
「……絶は? 絶はどうなった!」
希美と沙月に肩を支えられた望が叫ぶ。
すると、絶の傍で彼の様子を調べていたカティマが、生きてますと答えた。
「望。今のアレ凄かったね。何か剣がピカッと光ったと思ったら合体して、
あのびっくりの影をグサーッてやったら、ドサッと倒れちゃったんだから」
興奮した様子のルプトナの言葉を曖昧に聞き流しながら、
望は倒れ伏している絶の傍に歩いていこうとする。
しかし、足を踏み出した瞬間。例のジルオルの黒い思念が襲ってきた。
「―――ぐっ!」
胸を押さえて蹲る望。
「収まれ。静かにしろ。騒ぐな―――
……寝てろ。ジルオル……頼むから………」
「望くん!?」
蹲った望を沙月が支え起こすと、彼は微かに微笑んで大丈夫ですと言う。
その笑顔に、沙月はホッと腕を撫で下ろした。
「……ん? どうした? 希美」
今まで左側を支えてくれていた希美は、何故か焦点のあってない虚ろな目で立ち尽くしている。
「……おい、希美」
「……ダメ」
「いや、ダメってオマエ……意味が―――」
「近寄らないでッ!」
肩を触ろうとしていた望の手を払いのけて希美は後ろに後ずさる。
しかし、そこでハッとしたように我に返り、慌てて頭を下げてきた。
「あ、えと……ごめんね。望ちゃん……何か、頭がぼうっとしちゃって……」
「……あ、いや……いいんだ…」
そう答えながらも、今の様子はぼうっとしてたというレベルではなかったぞと思う望。
「望! びっくりの人が目覚めました!」
「……うっ、ぐっ……む……」
カティマの呼び声と共に、倒れ伏していた絶はのろのろと立ち上がる。
そして、コメカミを押さえて首を振ると、ハッとしたような顔をした。
「俺は―――」
「マスター……よかった……ご無事で……」
「どういう事だ……一体何が起こったんだ……」
状況が飲み込めないという様子の絶に、
彼の前へとふわりと飛び上がったナナシが説明をし始める。
「マスターは、ジルオルの浄戒の力で滅びの神名を消されたのです」
「……そんな、バカな……」
「事実です。マスター」
「なら……俺は……」
「滅びの神名に内包されていた力は消え―――
マスターが背負った宿業と共に、身体を蝕んでいた『滅び』も収まりました」
泣き笑いの顔で言うナナシに、絶は複雑そうな顔をする。
そして、横を向いて望の顔を見た瞬間。くっと大きく目を見開いた。
「―――望! 世刻望。今のおまえは……ジルオルか?」
「誰がジルオルだよ。俺は世刻望だよ」
苦笑する望に、絶は小さく信じられんと呟く。
世刻望のまま浄戒の力を使うとはと。そして、天を仰いだ。
「なんて事を……なんて事をしてくれたんだ、おまえは……
宿業も滅びも消され……何もかも無くした俺に、生き恥を晒せというのか……」
「暁くん! そんな言い方はないでしょう!
望くんは、貴方の為に滅びの神名を―――」
怒った様にいう沙月に、絶は冷たい視線を向ける。
「それを感謝しろと? フン。冗談じゃない……
オマエ達は、今俺にどれだけの絶望を与えたのかも解っていない―――」
そう言って、傷ついた身体でこの場を立ち去ろうと、覚束ない足取りで歩き始める。
「どこに行くの?」
「知れた事。望を倒して浄戒の力を得ることは叶わなかったが……
こうなったら、俺の力だけで―――ぐうッ!」
しかし、結局は力が入らずに倒れ伏してしまう。
「そんな身体じゃ動くなんて無理よ」
「ほっとけ、俺に構うな!」
「………ほっとけねーから、俺達はこんな所まで来てるんだろう。バカタレ!」
―――スパーン!
「ぐおっ―――!」
聞きなれた快音が響く。
音と共に、絶はその衝撃で顔から地面に激突した。
「斉藤くん!」
「浩二!」
「―――よう! 随分と遅くなっちゃったけど……
そっちは上手くいったようだな?」
暁絶の頭にハリセンを叩き込んだ少年は斉藤浩二。
「斉藤くん……ベルバルザードには、勝ったの?」
「ええ。だから言ったでしょ。負けないって」
ベルバルザードとの戦いはよっぽど激しかったのか、
纏っている学生服はボロボロだが、いつもと変わらないニヤリ笑いは健在だった。
「斉藤……」
「よう。暁―――久しぶり。半年ぶりだよな?」
「ああ……だが、俺は再会を喜び合うような……」
―――スパーン!
「うごっ!」
再び顔面から地面に突っ込む絶。
砂まみれの埃まみれで、美少年が台無しである。
「おまえ敗者。俺達勝者。つまり、おまえの生殺与奪の権利は俺達にある。
反論は許さない。今からオマエを捕虜にするから、そこの所ヨロシク」
「お、おい! 斉藤!?」
そう言って浩二は絶を肩に担ぎ上げる。
望も、沙月達も、その様子を苦笑しながら見ていた。
「よしっ、みんな。とりあえず箱舟に帰ろうぜ?
戦後処理は後からにして、今日は風呂に入って美味いモンをガツンと食おう。
行きがけの駄賃みたいになっちまったけど『光をもたらすもの』打倒パーティ兼、
『天の箱舟』9人目のメンバー『びっくり』の絶の歓迎パーティだ!」
「おーーっ!」
「お、おーー」
「今夜はハンバーグですね。おにーさん!」
わーいと腕を上げながら言うルプトナと、少し照れくさそうに腕をあげるカティマ。
ユーフォリアはワケの解らない事を口走り、
望と沙月は相変わらず苦笑したまま浩二の所に歩いていった。
「……あれ?」
しかし、いつもならこういう雰囲気の時は、率先して喜びを表現する少女が何も言わない。
望が振り返ると、その少女―――希美は、再び何も写していないかのような目で立ち尽くしていた。
「のぞ―――」
望がそう呼んで、彼女の傍に歩いていこうとした瞬間。
おぞましいような気配が辺りをつつむ。
浩二に担がれていた絶が、その腕を振りほどいて地面に立った。
「この気配―――奴等だ……
まさか、直接出向いてくるとは……」
「暁? おまえ、コレが何か知って―――」
浩二がそう言い掛けると、頭上から眩い閃光が降り注いできた。
雷のような閃光が落ちた場所には、もうもうと煙が立ち込めている。
絶が、親の仇でも見るような憎しみの視線でその先を見つめていた。
「予定どうりであるか?」
「そのようだ、まぁ……当然であるがな」
煙が晴れると共に、その場所に立っていたのは二人の人影。
一人は白い羽織の老人で、一人はでかい肩当が特徴的な服の中年である。
「理想幹神―――エトル、エデガ!」
「あん? おい、暁。あのスットコドッコイみたいな喋り方のジジイと、
オタンコナスみたいな服を着たオッサンが、カミサマだっていうのか?」
浩二にかかれば、二人の神もスットコドッコイにオタンコナスだ。
「神なんて言うモンだから、もうちょっと凄いのを想像してたのに……
アレならベルバルザードのが強そうだったぞ?」
「姿形で判断するな。あいつ等は、ああ見えて強い!」
「そうでアルカ?」
「―――ッ!」
出会ったばかりのエトルの声色を、
さっそくモノマネして言う浩二に盛大に噴き出す絶。
「ブフーーーッ! くくっ……プッ―――
ちょ、あまり笑わせるな……斉藤。頼むから……」
浩二のペースに合わせていたら、
あの二人を不倶戴天の敵としていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。
「暁絶……暁天の主よ。ご苦労だったな……
おまえは、よく我等の思惑どうりに動いてくれた」
「何っ!」
「ルツルジとジルオルの戦い……戦う理由はどうあれ、
貴様は前世をなぞってしまったのだよ。暁天の主―――」
「―――っ!?」
「全ては予定どうり……ルツルジとジルオルの戦いは、
ファイムを呼び覚ます為の鍵。お前たちは、見事にそれをクリアしてくれた……」
「目覚めよ! 相克の神名を持つ神―――ファイムよ!」
そう言って視線を希美の方に向ける理想幹神エトル。
彼女を視界にいれた瞬間。そのシワ深い口元をニヤリと歪めた。
「クッ―――俺は……貴様達に復讐するつもりで……
まんまと、掌で踊らされていたと言う訳か……」
「希美っ!」
望が希美を護ろうと走り出すが、
それよりも早くエデガが希美の後ろに回りこんでいる。
「てめぇ! 希美を離せっ!」
『黎明』を手に望が跳躍し、エデガを斬りつけようとするが、
エデガが翳した杖が光を発した瞬間に、空中で何かにでもぶつかったかのように望が吹き飛ぶ。
「ぐわっ!」
「望!」
「望くん!」
浩二と沙月が、吹き飛ばされた望に駆け寄って助け起こす。
その間に、エトルが希美の頭に手を置いて何かを呟いていた。
「……希美……」
「待て、望! 永峰に近づくな!」
二人に助け起こされた望は、再びエデガに向かっていこうとする。
しかし、それは走りよってきた絶に遮られ、望は離せと叫んだ。
「オマエが行ったら殺される!
永峰は、おまえを殺す神名を持っているんだぞ!」
時間樹の中で最強の存在である破壊の神ジルオル。
その、ジルオルを殺す為だけに作られた神ファイム。
いわば、彼女は最強のエースカードのみを封じる為のカード。
故に、望と希美の二人が対峙すれば、それは望にとって最悪の組み合わせとなる。
絶がそれを口早に説明すると、それを聞いていた浩二が立ち上がった。
「―――最弱。やるぞ」
『マジで!? 相棒。今日は色々と力の使いすぎでガス欠近いんやで?』
「俺にガス欠なんか無い! もしも俺に神名があったら、それは無限だ!
限界を持たない神名の男。無限の斉藤だ!」
『うおっ! 自分で勝手に神名をつけよった』
「というか、このままだと……
あのスットコドッコイに、希美がファイムとやらにされるだろうが!」
『いや、ま―――そりゃそやろけど……でも……』
「でももクソも無い! 力を貸せ! 最弱!」
そう言って浩二は『最弱』を手にして二人の理想幹神に突撃した。
「浩二!」
「無茶だ! 斉藤!」
望が叫び、絶が止める。しかし、浩二は止まらなかった。
「うおおおおおおおっ!」
雄叫びと共に突っ込んでくる浩二に、二人の理想幹神が浩二に視線を向ける。
「……誰だ、アレは?」
「フム―――ログには、あのような者の存在は記録されておらぬが……」
訝しげな顔をするエトルとエデガだが、
降りかかる火の粉は払うとでも言わんばかりにエデガが浩二に杖を翳す。
白い光が衝撃波となって浩二を襲った。
「効くかっ!」
迫り来る魔法の感覚に、浩二が力を籠めた『最弱』を振り下ろす。
すると、快音と共にエデガの魔法が霧散した。
「何っ!?」
「魔法を消し去りおった!」
驚いた顔をするエトルとエデガ。
その時には、もう浩二は彼らの眼前まで迫っている。
ハリセンの形をした『最弱』は、棒の形に変えていた。
「―――だっ!」
そして薙ぎ払う。エトルとエデガは、その攻撃を後ろに飛びさって回避し、
浩二は希美の元に辿り着いた。
「おい、希美。大丈夫―――うがっ!」
『相棒!』
しかし、声をかけた瞬間に希美の神剣『清浄』の柄で石突をされて吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた浩二は、途中で失墜して地面を転がった。
『ほれみぃ! 言わんこっちゃない! 何が無限の斉藤や。これじゃ無残な斉藤やねん。
冷静さを無くしたら、精霊の世界でベルバルザードと戦った時の二の舞やがな』
「………く、そっ―――」
口ではどれだけ強がろうとも、ベルバルザードとの戦いで負った疲労は並大抵のモノではなく、
浩二は最後に小さく無念の言葉を漏らして、倒れ伏すのだった。
「……あ、あ……ごめん……ごめんね……浩二くん……私―――」
そう言う希美は、青い顔をして震えている。
その様子を見ていた望が、絶を振り切って希美の傍まで駆け寄った。
「望―――この馬鹿っ!」
「希美ぃーーーーーーっ!」
「望……ちゃん……私……」
「しっかりしろ!」
「だめ……近づかないで……私、それ以上近づかれたら……
望ちゃんを……望ちゃんを―――」
後ずさる希美。
「俺か? 俺のせいか? 俺が力を使ったから……」
「仕方がない事だったんだよ……望ちゃんが悪い訳じゃない……
……解ってたの、いつかはこうなるって―――
私の力は、望ちゃん……ううん。ジルオルを屠る為の力……
望ちゃんのジルオルが強くなれば、私のファイムも強くなる」
「希美―――おまえ、自分の前世を……」
「……知ってた……ううん……
正確には、あの始まりの日から、見るようになった夢で知ったの……」
希美は、その事には随分前から気がついていた。
望が心の中のジルオルに苦しんでいると、同じように自分も苦しくなる。
それと同時に見るようになった夢。
神を惨殺し、星を破壊し……
最後には、相対する滅びの神名を持つルツルジを殺したジルオルを、
自分の前世である、相克の神名を刻まれたファイムが殺す。
それはすなわち、いつかはこの現世でも、自分が望を殺すと言う運命―――
それを知った時。希美は泣いた。
望の事が好きだった。生まれたときから、ずっと一緒だった幼馴染。
昔も、今も、これからも―――ずっと一緒だと信じて疑わなかった。
その自分が、望を殺す。
離れるべきだと思った。彼の傍に自分は居るべきでは無い。
そう理性では解っていても、結局は離れられなかった。
―――永峰希美は、どうしようもない程に世刻望が好きなのだ。
例え彼が自分以外の女の子を選んでも、自分はずっと望が好きだろう。
故に、永峰希美の選択肢に、望と離れ離れになるなどという項目は無い。
永遠神剣の戦いに身を投じる事になり、故郷と家族から離れる事になっても、
寂しいとは思っても怖くは無かった。理由は、望が傍にいたから。
彼が隣にいてくれるなら、たぶん自分はどんな事があっても恐れない。
けれど、望から引き離される事だけは怖い。
結局自分は、彼の事を大事にするよりも自分の事情を優先したのだ。
離れるべきであったのに、結局はいつまでも離れないで……
自分は、今日と言う日を迎えてしまった。
「でも―――」
―――ファイムに望ちゃんは殺させない。
そう決意した希美は、残った精神力を全て掻き集めて、腕を動かす。
ふるふると震えながら、それでもゆっくりと自分自身の心臓へと自らの神剣の刃を持っていく。
「何しようとしてるんだ!」
「あっ―――」
しかし、それは自分のやろうとしている事に気がついた望に、
手を叩かれて神剣を手から落とした。
「ダメなの……私、もう―――消える……意識が、持たないの……」
「消させやしない……絶対に消させるものか!」
―――ああ……
こんな時だと言うのに、嬉しいと思ってしまう自分は、酷い女なのだろう。
望が泣いている。永峰希美を失いたくないと言って泣いてくれている。
十分だ―――それだけで、もう十分だ。
もう、自分は望の傍にはいられないけれど……
自分が居なくなっても、きっと望はまた歩き出せる。
彼の傍には素晴らしい仲間が数多く居る。
―――天の箱舟
望ちゃんが居て、沙月先輩がいて……
カティマさんがいて、ルプトナがいて、ユーフィーがいて……
何よりも―――彼が、浩二くんがいてくれる。
一人でこんなコミュニティーを作ってしまえる程に行動力がある、
頭の良い彼が、望ちゃんを導いてくれるなら、きっと望ちゃんは道を間違えない。
自分のように前世になど捕らわれず、真っ直ぐに、自分の道を進んでくれる筈……
「……望……ちゃん……」
気力を振り絞り、希美はゆっくりと手を伸ばす。
ここで消える自分が、望の為に、仲間の為にせめて残してやれるモノを渡そうと……
ゆっくりと手を動かして、望の頬に手を添える。
「……希美?」
泣き顔の望が自分を見ていた。
希美は、できたかどうかは解らないが微笑んだつもりで、望の唇に自分の唇を重ねる。
「バイバイ……望ちゃん―――」
ゆっくりと、唇を離してそう呟く希美。
それで彼女としての意識は完全に途切れたようで、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「希美ッ!?」
「フム……この依代、相当な精神力だな……
我等が直接に覚醒を促したにも関わらず、ここまで自我を保ち続けるとは……」
「ほう。では、その分力の方も期待できそうだの」
「しかり。もうここに用は無い……ファイムを回収して戻るとしよう」
「うむ。別れも済ませたようであるしな」
望と希美のやり取りを邪魔しなかったのは、
せめてもの神の慈悲と言わんばかりのエトルとエデガ。
勝手な理由で希美をファイムなんかにして、
恩着せがましい事を言う二人の神に、望が憎悪の表情を見せた。
「……渡すと……思ってるのか……」
「思っておるわ―――フンッ!」
エデガがその杖を望に向けると、力の波動に望が吹き飛ばされる。
「このおっ! 希美を連れて行こうったって、そうは行かないぞー!」
「希美ちゃんは渡しませんっ!」
「ケイロン。行くわよ!」
「心神! 力をっ!」
「何もかも貴様達の思いどうりにさせてたまるかッ!」
しかし、それが合図になったかのように、
この場にいる全員が神剣を構えて二人の理想幹神に攻撃をしかけた。
「エトル!」
「やれやれ……力の差が解らぬ愚か者どもめ」
そう言って二人がそれぞれの神剣を天に掲げる。
すると、凄まじい力の波動が旋風となり『天の箱舟』のマスターと絶を吹き飛ばした。
「―――ぐう……っ、クッ―――やはり、強い……」
地面に『暁天』を突き刺し、杖代わりにして立ち上がる絶。
沙月やカティマ達も、何とか立ち上がるが、二人の神は追撃する事無く、
むしろ感心したように、ほうと感嘆の声をあげていた。
「我等の攻撃を受けて、なおも立ち上がってくるか……
この集団は、よほどの神剣の持ち主が揃っておるようだな……」
「ウム。非常に興味深い」
「……だが、今回の目的はファイムだ。
もう少しこやつ等と遊んでやるのも悪くは無いが―――」
「バカモノ。それでは予定がくるってしまうわ」
「―――フッ。そうだったな」
そういって、エデガは倒れ伏している希美を肩に担ぎ上げる。
「……ま、て―――」
ふらつく身体で望が『黎明』を構える。
しかし、そんな望にエトルは、もう少し寝ていろとばかりに、もう一度神剣の波動を叩きこむ。
「ぐは―――ッ!」
「慌てるな。ジルオル。慌てずともファイムとオマエはまた出会う。
最も―――その時は、おまえが死ぬ時だがな」
最後にそういい残して、二人の身体は消え去り、
後には望と、敗北を喫した『天の箱舟』の神剣マスターだけが残される。
「希美ぃーーーーーーーー!!!!」
望の声が、砂の荒野に響き渡っては風に消えていくのだった……