「それでは、天の箱舟……緊急会議を始めます」
箱舟の作戦室。天の箱舟のメンバー達が、それぞれの椅子に腰を下ろすと、
ホワイトボードの前に立つ浩二が、会議の始まりを宣言した。
机の前には食料倉から持ってきた缶詰や、即席で作ったおにぎりなどが置いてある。
本当ならば、こんな粗末な食事ではなく、今日はご馳走を作って騒ぐはずだったのに、
最後に現れた理想幹神エトルとエデガにより、ケチがつき……
皆は食事の時間さえ惜しいと言わんばかりに、
各自の部屋でシャワーを使い、サッと汗を流した後、
すぐに作戦室に集合して、今後の対策をたてる緊急会議となった訳である。
「現状は、みんなも知っての通り―――あのスットコドッコイとオタンコナスに、
希美が無理やりファイムと言う名の神にされ、連れ去られてしまった」
場を和まそうと浩二が、エトルとエデガを馬鹿な渾名で呼ぶが、誰も笑わない。
むしろ、リーダーである望はイライラしたような様子を隠そうともしない。
「だが、現状ではお手上げだ。
何せ、あの二人が今何処にいるのかが解らない。そこで―――」
そう前フリして、今後の行き先を告げる。
「俺達は一度、魔法の世界に戻るべきだと思う。
あの二人についても、サレスならば何か知っているかもしれない。
例え知らなくとも、闇雲に色んな世界を探して回るよりは、
旅団の情報網を頼りに、あの世界の科学技術で、異変を探ってもらった方が建設的だ」
そう言いながら、新興勢力の弱点が露出しているなと浩二は思う。
動く拠点はあれども、まだ本拠地をもたぬ『天の箱舟』では、
頼りになるのは同盟を結んでいる『旅団』だけで、
独自には情報機関も協力者さえも持たず、各世界の情報を集める事さえできないのだから。
通信機の類があれば、わざわざ魔法の世界に戻らずとも、
通信で情報交換すればいいのだが、次元を超えて別世界と通話を可能とする機械などは無い。
「俺の、この意見に反対ないし―――
もしくはより良いと思う提案があるなら、遠慮なく言ってもらいたい」
誰も、何も言わない。いつもなら、冗談みたいな意見の一つもでるところなのに、
今日は誰も何も言わない。脆いなと浩二は思った。
やはり、何だかんだと自分が言っても、この『天の箱舟』は、世刻望を中心にして集ったコミュニティー。
故に、彼のテンションがこのように低下していると、メンバー全員の士気が軒並み下がるのだ。
「では、今後の『天の箱舟』の活動は、俺の意見を採用。
幸いにして、最後に機転を利かせてくれた希美が、神獣ものべーの所有権を、
望に譲渡してくれたそうなので、行動には差し障りはない。
とりあえず、今日はもう夜も遅いので、各自部屋に戻り休養をとる事。
出発は明日の朝。望にものべーを動かしてもらい、魔法の世界に向かう。
次元振動とやらで座標のズレがなければ、ものべーに無理させない程度の最速で、
4日もあれば辿り着くはずだ―――という事で、今日は解散!」
そう言って皆を解散させる浩二。
望と沙月を覗くメンバー達は、浮かない顔でそれぞれの部屋に戻ろうと席を立った。
「―――って、まて! ユーフォリア以外はまて!
ユーフォリア以外、誰も夕飯に手をつけてねーじゃねーか。
あーもー。これは命令だ! おにぎりは一人二個。缶詰一つはノルマだ。食え!
腹が減ってると余計に気分が沈むから、無理やりでも腹に押し込め!」
そう言って、浩二はダッシュで部屋を出て行き、
厨房からラップを持ってきて、せっせとおにぎりをラップに巻いて、
一人に二個ずつ、缶詰と一緒に押し付ける。
皆は、相変わらず浮かない顔でそれを受け取って部屋を出て行った。
「……ふ~っ……さ、てと……望、先輩。俺達はちょっと休憩室にでも行こうぜ?
俺がホットチョコでも作ってやるよ。頭の休憩だ」
いつまでも部屋を出て行かない望と沙月に、浩二が笑っていう。
心のケアをしてやらねばならぬのは、望だけだと思ってたが、
沙月先輩もかと、心の中で小さな溜息をついた。
「ほらほら、作戦室の電気消すから出た出た」
俯いている二人の背中を押すように、浩二は作戦室を後にするのだった。
「暖かい飲み物は気持ちを落ち着ける。甘い物は頭をリラックスさせる。
まぁ、夜寝る前に飲むと、トイレが近くなるのだけが難点だけど……」
無言というのは宜しくないだろうと、浩二は勤めて明るくウンチクを垂れるのだが、
やっぱり反応は何も無い。二人とも、無言で後ろをついてくるだけだ。
「―――クッ、がんばれ。俺」
この雰囲気には流石の浩二もめげそうになり、自分で自分にエールを送るのだった。
******************
「さ、てと……」
休憩室のソファーに腰を下ろす浩二。その隣にはユーフォリア。
テーブルを挟んで反対側には、沙月と望が並んで腰を下ろしている。
「てか、何でおまえ居るの?」
「ぶー。酷いです。おにーさんキライ」
どうやら嫌われてしまったようだ。
確かに今のはあんまりだったと思う浩二は、素直に謝った。
すると、ユーフォリアは機嫌を直してくれたみたいに、いいですよと許してくれる。
そして、自分の分として用意したホットチョコをじっと見つめてきたので、
浩二は苦笑と共に、ユーフォリアさんどうぞと言って譲った。
「えへへ。おにーさん、大好きです」
なんとも安い愛情である。しかし、今はみんなが暗い顔をしているので、
彼女の笑顔には随分と癒される思いだった。
「それで。ユーフォリアは何で?」
「あ、えっとですね……何だか皆さん落ち込んだ様子で、話しかけられなくて……」
暗い雰囲気が嫌だからココに逃れてきたと言う訳かと、浩二は再び苦笑する。
そして、望に引きづられるように暗い雰囲気のメンバーの中で、
一人だけいつもと変わらぬ様子のユーフォリアの存在は、今の浩二には貴重だった。
その後、お邪魔ならば出て行きましょうか? と言うユーフォリアに、
嫌ではないなら居てくれと言う浩二。そう言われたユーフォリアはにこりと笑い、
それならと言って美味しそうにホットチョコを啜った。
「……ん、甘くて美味しい」
「そりゃよかった」
ユーフォリアが悩み相談の戦力になるとは思えないが、
こういう時は一人でも多く人間がいた方がいい。
そして、いざ話を聞こうと浩二が思った時に、部屋の入り口から声が聞こえてきた。
「笑顔を取り戻す……とまではいかないが……
そのシケたツラに、気合を取り戻す情報があるんだが―――いるか?」
「暁!」
「暁くん!」
「絶!」
そこに現れたのは暁絶。
一番傷が酷く、今は看病をナナシに任せて医務室で寝かされている筈の彼が、
何処から用意したのか、浩二達と同じ物部学園の制服姿で立っていた。
「3人の理想幹神について……
そして、彼らが何処に居を構えているのか―――俺が知る限りの事を教えてやる」
絶はそう言いながらこちらに歩いてくると、パイプ椅子を一つ掴んできて、
浩二達が座っているソファーの前のテーブル近くに置く。
「絶! 希美がどこに連れて行かれたのか知ってるのか?」
先程までお通夜のようだった望の顔に、気力が戻ってきている。
「ああ。おそらくは、奴等が永峰を連れて行ったのは理想幹……
この時間樹の中枢である、全ての分子世界を管理する場所だ。
そして、理想幹の座標はナナシが記憶している―――ナナシ」
「イエス。マスター」
絶が呼びかけると、彼の肩に座っていたナナシが頷く。
「良かったじゃねーか。望、先輩!」
浩二がそう言って笑うと、望と沙月が力強く頷き返す。
「私……望くんと、希美ちゃんは絶対に護るって決めていたのに……護れなくて……」
それは、沙月が剣の世界で始めてミニオンと戦闘した時に、
今までは平和に暮らしていた彼等を、戦いに駆り出したという自責の想いから誓った事。
それを守る事ができなかったので、消沈していたのだ。
「……あの、俺は?」
「でも、捕らわれた先が解るのなら、全力で取りもどしてみせるわ」
とりあえず、沙月の守るリストに何故自分が入っていないのだろうと、
浩二が悲しそうな顔をするが、何やら自己完結して立ち直った沙月には聞こえていない。
ちなみに、浩二が入っていない理由は、沙月はすでに浩二は一人前と認めているからである。
彼は誰にも護られずとも、一人で地に足をつけて立っている。
一人で絵図を描き、一人で歩きだせると信頼しているからなのだが、
それは口に出して言ってやらないと伝わらない。
「……俺……」
「よしよし」
とりあえず浩二の頭を撫でてやるユーフォリア。
すると、浩二はハッと気がついたような顔をした。
「ユーフォリア!」
「ひゃあ!」
がばっと顔をあげた浩二に、ユーフォリアが驚く。
「カティマとルプトナを連れて来てくれ。希美奪還の糸口が見つかったぞと!」
「あ、はい―――そうですねっ!」
ハッとしたような顔をすると、行って来ますと言って休憩室を出ていく。
程なくしてカティマとルプトナをユーフォリアがつれて戻ってきた。
「理想幹神の所在がわかったのですか!」
「希美を取り戻せるんだねっ!」
興奮した面持ちの二人をなんとか宥めて、浩二は自分が座っていた場所を二人に譲る。
そして、自分の分とユーフォリアの分のパイプ椅子をもってくると、
絶とは反対側のテーブル近くに置いた。
「……ん。これ美味しいね」
「ああっ……」
自分の席を取られ、あまつさえホットチョコをルプトナに飲まれてしまったユーフォリアが、
そんなと言わんばかりに悲しそうな顔をする。
「ユーフィー。これ」
やっと、周りに気を配れるくらいまで持ち直した望が、
まだ口をつけていない自分のホットチョコを、さり気なくユーフォリアに渡してやっていた。
「えへへ。ありがとうございます。望さん」
「絶。それじゃ教えてくれ……あいつ等の事―――
あの、理想幹神って奴等の事を」
「ああ……」
頷いて、絶は自分が知る限りの事を話し出す。
理想幹神エトル、エデガ―――
彼等は前世で、全ての神を滅ぼしたと言われているジルオルの手から、
まんまと姿を隠し通して、現世まで生き延びた北天神の生き残り。
今だから解るのだが、時間樹を支配するのに邪魔だった、他の北天神や敵対する南天神を、
ジルオルを使って駆逐し、最後にファイムにジルオルを始末させ、見事に漁夫の利を得たのだと絶は語る。
そして、たぶん現世でもあの二人は、ジルオルの生まれ変わりである望を使って、
何かを企んでいる。ファイムの生まれ変わりである希美を押さえたのは、
最終的には利用し終わったジルオルを、始末できるカードを手元に置いておきたいのだろうと。
「今思えば、あいつ等が俺の故郷を滅ぼし、自分達に憎しみを向けさせたのは、
そうすればルツルジである俺が、自分達を滅ぼすためにジルオルの浄戒を狙うと、
予測したからなんだと思う。俺は、まんまとあいつ等の掌で踊らされていた訳だ」
自嘲する絶に、ナナシが心配そうにマスターと呟く。
「あいつ等の目的が、何であるのかは解らない……
けど、仮にも奴等は神を名乗る連中だ。無差別に破壊行為なんて行わない。
すべてが、何らかの目的の為に計算された行為だ。
裏から『光をもたらすもの』を操って、幾つかの世界を滅ぼしていたのも、理由があっての事だろう」
「へぇ、やるなぁ……」
絶の言葉に、浩二は誰にも悟られぬように感嘆の声をあげる。
憎むべき敵ではあるが、あの二人は恐ろしく知恵が回る。
神の座についたのは、生まれ持っての特権ではなく、鬼謀神算を巡らして勝ち取った結果なのだから。
己の力で、頭脳で、神の座を掴み取った者達―――
それが、自分の敵。利用された絶や望には悪いと思うのだが、
その智謀には敬意を払わずにはいられないと浩二は思う。
あの尊大な態度も、これだけの事をやってのけた自信から来ているのなら当然だとも。
「あいつらが何を考えているかなんて、知った事じゃない! 俺は希美を助ける」
「うん。そうだね。ボクも頑張るよー」
「はい。みんなで希美を……私達の仲間を助けましょう!」
浩二が考え事に気をとられていると、周りでは希美奪還に燃えているようだ。
今の雰囲気は、先程までのお通夜ムードと比べれば好ましいのだが……
理想幹神の居場所が解ったからと言って、果たしてこのまま突っ込んでもいいものだろうか?
浩二は考える。自分が理想幹神ならば、絶対に罠を仕掛ける。
場所は理想幹神のフィールド。地の利までもあちらにあり、
目の前で仲間を攫われて、頭に血の気が上って突っ込んできた敵を罠に嵌めるなど、
知恵者である理想幹神にとっては、赤子の手を捻るようなモノだからだ。
「でも―――」
そう呟いてから、希美奪還の希望が見え、明るい顔をしている『天の箱舟』のメンバーを一瞥する。
彼等にそれを言った所で、止める材料が無い。
罠があるだろうから止めようと言っても、じゃあどうするんだ?
と言われたら、何も示せる策が無いのだから……
―――否。実際には一つだけある。
それは絶がやろうとしていた方法。
場所が解っているのなら、望と絶が魔法の世界でやってみせた、
『意念』という破壊エネルギー弾を、何度も叩き込んでやればいい。
たぶん、これがベスト。
ナナシの話によれば、絶の世界にも支えの塔があり、殆どは瓦礫だが……
まだ機械は生きており、絶は望を倒した後には『意念』を実行するつもりだったらしいのだ。
魔法の世界でやったような試し撃ちではなく、望の浄戒を取り込んだ自分が、
それこそ命をかけて本気で最大の『意念』をぶち込み……
理想幹ごと理想幹神を滅ぼすというのが、暁絶の復讐だった。
それを、自分達がやればいい。
命をかけずとも、魔法の世界でやったぐらいの威力の『意念』を―――
それこそ遠距離射撃よろしく、何度も打ち込み、連射してやればいい。
滅びの神名を絶は失ってしまったから、威力は弱くなるかもしれないが、
それでも彼は永遠神剣・第五位『暁天』のマスターであり、望に比する力を失ってしまった訳では無い。
その絶と望が協力して砲撃すれば、それなりの威力はでるだろう。
そして、あの時のように弾き返されても、こちらにはユーフォリアがいる。
弾き返されて戻ってきた意念は、ユーフォリアに受け止めて貰い、自分が『最弱』で霧散させる。
消し切れなかったら、残りをカティマとルプトナに神剣の力をぶつけて貰い相殺する。
そして、理想幹をぶち壊すまで、何度でも遠距離攻撃を撃ち込んでやるのだ。
それで勝てる。殆どノーリスクで勝てるベストな策だ。
問題があるとすれば、浄戒の力を使いまくれば、望の中のジルオルの覚醒が近づくという所だが……
ジルオルが出てきそうになったら、自分が『最弱』でツッコミをいれてやればいい。
先日エヴォリアを乗っ取ろうとしていたのは、南天神。
そいつらの乗っ取りも、自分の『最弱』のツッコミは払う事ができた。
霧散させる事は叶わずとも、体から追い出すことは可能だったのである。
霧散させるに至らなかった理由は、後で『最弱』に聞いたら、
自分の力が弱いからだそうだ。原理的には霧散させる事も可能だが、
追い出す事しかできなかったのは、単に自分の力が弱いからだと『最弱』は言っていた。
なら、強くなればいい。自分に出来ない事など無いのだからと浩二は思う。
―――しかし、今回に限ってはそのベストな作戦が封じられている。
むしろ、自分達がその作戦を考える事も踏まえて、
理想幹神はあのタイミングで希美を攫ったのではないかとさえ思う。
意念の連射で理想幹ごと管理神を葬り去れば、希美までも巻き添えにしてしまうからだ。
恐ろしい相手だった。布石が二手三手と先を読んでいる。
綱渡りにも見えるが、無駄が無い。人の感情までも計算にいれた、恐ろしい鬼謀の相手だ。
浩二の心の中では、二人の自分が意見をぶつけ合っている。
そんな恐ろしい神を相手に、希美一人の犠牲で他の全てが助かるならば、
止むを得ないと割り切るべきだと主張する、以前までの自分と……
最近生まれてきた、好きだと思えるもう一人の自分。
好きだと思えるもう一人の自分は、こう言っていた。
それは自分達の『天の箱舟』の掲げた志に反すると。仲間を犠牲にして何が勝利だと。
そして、何よりも肝心な望が承諾しないだろうと、もう一人の自分は言う。
なるほど、確かにその策はベストであるが、望が承諾しないなら絵に書いた餅。
故に―――
「罠だと解ってても……飛び込むしか無いのか……」
それを成さずして、志を成し遂げる事は叶わず。
運命は乗り越えられないと思うと、苦笑するしかない。
「いいさ……それなら、それをクリアするまでだ……
丁度いいハードルの高さじゃねーか。なぁ、オイ……神よ……」
万全の布陣で構える神に対して、罠だと解っていながら飛び込む愚者の群れ。
「けど、おまえ等……知ってるか?
エースを殺すカードを手に入れて、調子こいてるけど……
鉄壁の城砦に護られたキングのカード……おまえ等を殺すカードは……
愚者―――フールなんだぜ?」
そう呟いて、神々に反抗する人間……
稀代の愚者。斉藤浩二は、ククッと壮絶な笑みを浮かべた。
そして―――
馬鹿な者達には、馬鹿を愛する馬鹿な女神が手を差し伸べる。
神に無謀と解っていても突撃する馬鹿集団『天の箱舟』のリーダー世刻望が、
ナルカナという少女と夢で会ったのは、この日の夜であった。
**********************
「みんな聞いてくれ」
朝食の席で、望が立ち上がってそう言った。
「昨日の夜の話しでは、すぐに理想幹に乗り込むという話だったけど……
その前に、聞いて欲しい事があるんだ」
望の言葉に、皆が驚いた顔をする。
何だと言うように、身体を乗り出して望の言葉を待った。
「……俺、昨夜夢を見たんだ……女の子が出てくる夢……」
「ほう。夢……また前世がらみか?」
「いや、前世の記憶ってヤツじゃないと思う。
夢の中の彼女は、俺の事を望って呼んでたし、今の事を話してたから……
それで、彼女―――ナルカナって名乗った女の子が言うには、
自分達がこのまま理想幹に突っ込んでも意味が無いって言うんだ」
「意味が……無い? そんな筈はないでしょう。
現に希美はそこに連れて行かれたのですから」
カティマがそう言うと、望はうんと頷く。
「俺もそう言った。けど、彼女は―――ナルカナはこう言うんだ。
理想幹の周りには強力な結界が張られており、侵入する事ができないって」
「―――あ」
そう言えばという様に、絶がハッとした顔をする。
「そして……悔しいけど、今の俺達が乗り込んだって、理想幹神には勝てないって……
俺の力は、その……希美には通用しないのは、神名が示しているし……
浄戒の力が通用しない俺と、今の皆では、乗り込んでも嬲り殺しにされるだけだって……」
「そ、そんなの、やってみなくちゃ解らないじゃないか……」
ルプトナはそう言うが、絶の世界でまったく歯が立たなかった事を思い出したのか、
言葉がいつもと違って尻すぼみだ。浩二は、そのナルカナの言うとおりかもしれないと思いながら、
望に言葉の先を促す。
「それで? そのナルカナって娘は何と?」
「私の世界に来いって……私に会いに来いって……
そこで、俺達に理想幹神と戦う力と策を授けてあげるからって……」
「フム……それじゃあ、そのナルカナって娘が何処にいるのか解るのか?」
「ああ。何か目が醒めた時には俺の頭に座標が入っていた」
「そうか。でも……力と策を授けてくれる、ナルカナねぇ……」
浩二はそう言って椅子に背を持たれかけさせて天井を見る。
そして、希美を助けるのに気が逸っているだろう望を、
このように説得してしまえるナルカナとは、どんなヤツだろうと思った。
「望くん。その、ナルカナは信用できそうなの?」
「……たぶん。言葉じゃ説明できませんけど……
彼女を見たときに、何でだろう―――
敵ではないって、信用していいって思ったんです……」
「何の根拠も無い話だな」
望の言葉に、苦笑する絶。
言われた望も、そうだなと照れくさそうにしていた。
「だが、理想幹が結界に護られているから、侵入できないってのは確かだ」
絶がそう言うと、沙月が口元に手を当てて小さく笑う。
「あのね。暁くん……それに、その望くんの夢に出てきたって言う、
ナルカナって女の子もだけど……一つだけ読み違えてる事があるの」
そう言って、沙月は浩二に視線を向けると、言っていい? と目で尋ねてくる。
浩二が頷くと、沙月は誇らしげにこう言った。
「私達『天の箱舟』に、結界なんて防壁は通用しない。
それが魔法障壁ならば、うちの斉藤くんが破ってくれるから」
「―――なっ! 馬鹿な……ありえん。
あの障壁は、試し撃ちだったとはいえ……意念でも破れなかった結界だぞ」
「ところがどっこい。斉藤くんの神剣は、力で押し破るんじゃなくて、
永遠神剣の奇跡を霧散させる力を持つ神剣―――名を反永遠神剣。
斉藤くん曰く、永遠神剣により虐げられ、散っていったヒトの想いが集り具現化した……
神の奇跡の具現たる永遠神剣の力を否定する、ヒトのツルギらしいわ」
それは本当かという顔で見てくる絶に、浩二は苦笑しながら頷く。
絶は、そんなモノがと呟いて、乗り出していた身体を椅子に持たれかけさせた。
「……あの、物部学園の生徒の中で……オマエが永遠神剣のマスターとして、
望達と行動しているのを知った時も驚いたが……
今、おまえの神剣の話を聞いた驚きは、その時以上だよ……斉藤」
「気にするな暁。マスターである俺でさえ、
物部学園で学生やってた時は、コイツを何の力も持たない……
基本中の基本である肉体強化しかできない、雑魚神剣だと思ってたんだ」
「神剣と意思疎通はできたのだろう? なのに、そんな……
一番の長所である筈の、特異性を教えてもらってなかったのか?」
「ああ。何でも『最弱』が言うにはさ、反永遠神剣の力は、
やたら滅多に使うのは良くない事なんだそうだ。
永遠神剣の力を無効化する神剣―――
俺がそんなマスターだなんて、多くの奴等に知られたら、
たちまち色んな所から、俺と『最弱』の力を狙ってくる奴等がいるだろうから黙ってたんだってよ」
浩二の言葉に、そう言うことかと頷く絶。
確かに、浩二がそんな力を持つマスターだと知っていれば、
自分でも、物部学園に居た時の浩二を見る目を変えていただろうから。
そして、利用する事を考えたはずだ。
「じゃあまさか、オマエがこの『天の箱舟』という組織を立ち上げて、
望達と一緒に行動しているのは……」
「そうだ。自分自身を護る為でもある。その替わりに、俺は望の―――
皆の笑顔を護るというバカヤローな理想を叶える手伝いをしているって訳さ」
そう言って浩二は笑った。
望は、バカヤローな理想と浩二に言われるのはもう慣れたのか、
苦笑して絶と浩二のやり取りを見ている。
「あ、すまんな望。話しが逸れてしまった……
今はナルカナって娘の話だったな?」
「ああ。それで皆―――結論なんだけど……どうするべきだと思う?
俺は、皆がこのまま理想幹神の所に向かうって言うなら、それに従うけど……
本音を言えば、俺だって一刻も早く希美を助けたいのは確かなんだから……」
採決をとるように望が言うが、すでに話は決まったようなモノだろう。
一番希美を助けに行きたいであろう望が、無謀に突撃して皆を危険に晒すことを心配して、
勝率をあげる為に、まずは力と策を授けてくれると言う、
ナルカナの所に向かう事を承諾しているのだから、反対など出よう筈が無い。
「―――よし。それじゃあ『天の箱舟』は、ナルカナの世界に向かうぞ!」
リーダーとしての自覚が出てきたのか、力強い声でそう宣言する望に、絶を含む皆が応と答える。
こうして『天の箱舟』は、一路ナルカナという少女の待つ世界に向かうのだった。