屋上での会話を一先ず終えてた浩二達は、生徒会室に戻って今後の事を話し合う事になった。
説明を交えながら沙月がホワイトボードに色々と書いて、望と希美がそれについて質問をしている。
浩二は、黙って会議の様子をノートに書きとめていた。
「……と、言う訳よ。わかった?」
「すなわち、要約するとこういう事ですね?」
話しが一段落ついたところで、浩二はノートに箇条書きで書いた内容を読み上げた。
「オホン! ……一つ。昨日襲ってきた謎の敵の名前はミニオンという。
詳しい事はよくわからないが、あいつ等は、よからぬ事を企む悪い組織の手先である。
二つ。昨日の襲撃から俺達が助かったのは、ミニオン襲来のドサクサに紛れ、
暁が世刻を襲ってきたから、その世刻を助ける為に永遠神剣に覚醒した永峰が、
神獣『ものべー』の力により、別の世界に移動して振り切ったからである。
三つ。永峰の『ものべー』の時空移動の力があれば、俺達の世界に帰ることは可能である。
しかし、この世界には外界に逃さぬ結界が張られており、入ることはできたが出ることはできない。
四つ。『ものべー』で俺達の世界に帰還する為にしなければいけない事は、
この世界に張られた結界を解除する事と、俺達の世界の座標を手にいれる事。
五つ。もしもこの世界に長期滞在する事になった場合の対応として、
この世界がいかなる世界であるかの調査及び、食料の調達を行わなければならない。
六つ。この世界の名称は、外観がファンタジーっぽい事と、
遠くに中世の城みたいな建物が見えた事から、暫定的に『剣の世界』と呼ぶことにする。
……って事ですね?」
浩二の言葉を最後まで聞いていた沙月はそうよと頷く。
そんな沙月を見て、望は思案顔をうかべ、希美は不安そうな顔をした。
「後は、この世界にも敵がいるかもしれないから、それに備えての警備体制をどうするかね……
戦力になる神剣のマスターは四人だから……朝、昼、晩、休憩をローテーションで回していきましょ」
「げっ」
「何が、げっ―――よ、斉藤くん。ローテーションで回す事に問題でも?」
「いや、その……えーと……」
問題だ。大問題だ。
自分がしっかりと戦力に加えれているのは大変まずいと焦る浩二。
「先輩! 俺は、見回り警備は、夜専属でいきますよ。
夜が一番危険なんですから、夜は二人居たほうがいいと思うんです」
「……え? いいの? それじゃあ、私と望くんと希美ちゃんで朝昼晩のローテーションを……」
「あ、そういう事なら、俺も警備は夜専属にしますよ」
手を上げて言う望。
浩二が提案した事は、誰も言わなければ自分も言おうとしていた事だからだ。
「え? 望くん?」
沙月には、この所帯のリーダーとして、昼にもやらなければならない事が沢山ある。
だから、せめて夜ぐらいはぐっすりと眠って欲しい。それに希美だって女の子だ。
女の子を一人で夜の警備に立たせるのは、望の男としてのプライドが許さなかった。
「そんな。駄目だよ。望ちゃんと斉藤くんにばかり……」
「いいんだよ、希美。あと、二人もローテーションじゃなく、こうした方がいいと思うんだ。
沙月先輩の警備は朝。希美は昼。そして夜は俺と斉藤の二人って事に……」
そして理由を説明し始める望。沙月には色々と昼の仕事がある事、
女の子である希美を夜の見回りにさせたくない事などを……
すると、沙月は顎に手を当ててなるほどと呟いた。
「わかったわ。それじゃ、警備についてはそれでいきましょう。
……ありがとね。望くん……斉藤くん」
「……ごめんなさい。ありがとう……望ちゃん。斉藤くん……」
「気にするなって」
「あ、いや、別にいいすよ。そんな……はは……」
自分一人で警備という状況を作りたくないから言った台詞が、
純粋な好意からくるものだと勘違いされてしまったので、
浩二はいささかバツの悪い顔をするが、あえてそれを否定する事はしなかった。
「……沙月ちゃん? いいかしら」
「椿先生?」
「言われたとおり、各クラスの代表者を体育館に集めたから、
今の状況を皆に説明してあげてくれるかしら」
「あれ? 沙月先輩。まだみんなに説明してなかったんすか?」
「まず、誰よりも先に説明しなきゃいけない望くんが目覚めるまでまってて貰ったのよ」
「あ、なるほど」
その後、もののべ学園に残った唯一の大人であり、
教師である椿早苗が生徒会室に沙月を呼びに来たので、四人は体育館に移動する事になった。
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『それにしても、よく暴動が起こらなかったモンでんなぁ』
浩二が図書室の机に座り、メモを取りながらサバイバル学を勉強していると、
永遠神剣『最弱』が先程の事を思い出したのかポツリと呟く。
それは、各クラスの代表者を体育館に集め、現状の説明と今後の事を話した時の事であった。
「……沙月先輩はカリスマがあるからな。美しく、聡明で、人望もある。
その人が現状を説明したうえで言ったんだ。絶対に助かる。きっと皆を元の世界に返すって……
だから、よっぽどの捻くれ者では無い限り、沙月先輩の言う事に従おうと思うさ」
『でもな~……いきなり訳の判らない奴等に襲われて、異世界に連れてこられて……
茫然自失の状態だから、従っている訳じゃありまへんか?』
「まぁ、それも無いとは言い切れない。けど、どれだけ考えたって無駄さ。
敵が襲ってくる以上、自身では抗う術を持たぬ学園の皆は、
沙月先輩や世刻達に護ってもらわなきゃ生きていけないんだから……」
『そうやな。敵の存在が秩序を作る……どこも同じやな』
「そういう事だ。これがもし、外敵が居なかったらと思うと、カオスだぜ?」
『異世界につれてこられて帰れないという不安と恐怖は、心からゆとりを消して暴力的になる。
確実に起こる暴動。そうなったら男子学生は女子学生を犯し、傷つけ、支配しようとしまっしゃろなぁ』
首を縦に振る浩二。
「そして、まぁ……考えうるケースとして一番濃厚な未来図は……」
『斑鳩女史は、いの一番に槍玉にあげられ糾弾される。
実力では排除できないだろうから、全員で「出て行け」と叫んで追放という形で放り出されるやろうなぁ』
「それに、たぶん俺と世刻、永峰も……な」
『その後は、まぁ……
この集団で唯一の大人であり、教師でもある椿女史をリーダーとしてやってくのやろうけど……』
「ここは、今までの常識が通じない異世界だ。一つ綻びが出れば、なし崩しに崩壊していく。
そして、腕力と身体能力で勝る男共が、無理やり女を犯し、支配するだろうな。
方針を纏めるリーダーが居ないから、方針さえも決められない。すなわち、滅びだ」
浩二が肩をすくめると、最弱はこんな展開もあるのではと異論を出す。
『斑鳩女史は、相棒も認めてるとおり聡明や。
だから、今ワイらが言ったような自分が去りし後のビジョンは想像できると思うんや』
「なるほど、そうだな。ならとるべき道は……」
『支配や。暴力と懐柔で認めさせる。力とカリスマがあるんやったらできる』
「どっちにしろ、今よりは息苦しい状況だな……
てゆーか、そんな『もしも』の事なんて考えなくていいだろ。なにせ『敵』はいるんだから」
『そやな。敵がいる間は、学園の秩序はそれなりに大丈夫や』
くだらないIF話なんて考える事はないと、お互いに苦笑しあう『最弱』と浩二。
その時であった、外から騒がしい声が聞こえたのは。
「……ん? なんか騒がしいな……」
『外の方みたいでっせ』
悲鳴ではなく、歓声に近い声であったので、浩二はそれほど慌てる事無く窓の方へと歩いていく。
すると、一番最初にこの『剣の世界』の大地を踏む事になった、
望と希美を始めとする、第一回・食料調達隊が帰ってきた所であった。
「ん。あの様子だと結構なモンが見つかったみたいだな」
『ワイらも行ってみまっか?』
「そうだな。獣でも仕留めてくれていたなら儲けものだ」
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「……こりゃまた、大漁だなぁ」
籠いっぱいの林檎のような物に、緑黄色野菜のような物に根菜類。
それに、何といっても多い何かの肉。獣臭さと血の匂いがプンプンと漂ってきていた。
「……あ、斉藤」
「よぉ、世刻。食料調達ご苦労さん。大漁だったみたいだな?」
「ああ。まぁ、色々あったけど……成果は見てのとおりだ」
大漁である。その割には望の顔が少しだけ優れないような気がした。
「凄いじゃないか。予想以上だが………あれ? 永峰は?」
「希美なら、下で肉の解体作業をしている。
俺もこいつ等を食堂に運んだら、手伝いに戻るつもりだ」
「そういう事なら俺も行く。これでも飯屋の倅だからな」
「……あ、そうか。斉藤って……」
「繁華街の傍にある『歳月』って名前の料亭だ。
一応は曾祖父の頃からやってるから、それなりに老舗なのかな?
……ま、俺は継ぐつもりねーけど」
肩を竦めながら言うと、望は関心したように浩二を見る。
「それじゃ、今日の夕食は楽しみにしていいんだな?」
「ん? 料理はできる女子連中がやるんじゃねーのか?」
「一応、希美がコレで牡丹鍋と焼肉を作るって言ってたけど……」
望の言葉に、浩二は大きく頷く。この野性味つよい臭いはやっぱり猪肉かと。
長期的に考えるならば、冷凍できる分を除いて、全て煙で燻して燻製にしてしまう方が良かったが、
初日くらいは、それぐらい豪勢にしてもいいだろうと思った。
「やっぱ俺の出る幕はねーよ。永峰はしっかりと献立を立てられるみたいだし」
「……そうか」
それ以上、望は浩二に料理を作るようには言わなかった。
その後は話を変えて、食料調達の時の出来事なんかを教えてくれる。
林檎のような実がなってる木を発見した時の事、帰ろうとした時に突然獣が襲ってきて大変だった事など。
そんな望の話に相槌や質問を返しながら浩二は思った。
自分の相棒である永遠神剣『最弱』が、永遠神剣のマスターの中でも、
世刻望と永峰希美の二人については、得体の知れないモノがあるから注意した方が良いと言われたので、
親しくはしてこなかった。けれど、こうして話して見ると良いヤツなのだ。
だから困る。だからあまり近づきたくない。
好きな人間を作ると、いざという時の判断を鈍らせてしまいそうになるから……
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剣の世界に来てから数日が過ぎた。
その間にミニオンには周囲の探索中に数回襲われたが、その全てを撃退していた。
そんなある日の事。ものべーの力の一つである『遠見』を使い、
辺りの様子を探っていた時に、白い煙が立っているのを発見したのである。
そこは村であった。百人規模の小さな村であったが、その村をミニオンが襲っていたのである。
大人だけでなく、子供も、老人さえも、無表情で容赦なく殺して回るミニオンを見て、
望と希美がいきり立つ。
「先輩。まだ生きてる人がいるかもしれません。助けに行きましょう!」
「俺も希美の意見に賛成です。あんなの許せる訳が無い」
しかし、その二人の意見は沙月とレーメに却下された。
今から行っても手遅れである。
それに、自分達がここを離れてしまっては、学園の皆は誰が護るのかと。
「……っ!」
悔しそうに顔を歪める望。その時、レーメが叫び声をあげた。
「いかん! あやつ等、我々が見ている事に気づいているぞ」
そんなレーメの言葉を肯定するように、
目線をこちらに向けて黒衣に身を包んだ一人の男が何かを喋っているが、
生憎とものべーには、声を拾う能力までは無い。
沙月は黒衣の男をじっと見ていたが、やがてハッと顔をあげるとこう叫んだ。
「いけない! 存在に気づいてるって事は、あいつ等ここに攻めてくるわ!」
「なら、俺と斉藤で迎撃にでます! 希美と先輩はみんなの避難誘導を」
「わかったわ。私達もすぐに行くから、早まって戦闘を仕掛けたりしないでね」
「わかってます。行くぞ、斉藤!」
沙月の言葉に頷いた望は、黙って成り行きを見ていた浩二に声をかける。
浩二は腰に刺した『最弱』をチラリと見ると、仕方ないとばかりに頷いた。
「……気張れよ『最弱』」
『ワテ、戦闘には思い切り向かへんのやけどなぁ……』