理想幹神エデガは、浩二の振るう打撃を『伝承』で捌きながら、じりじりと後退していた。
その額には汗がびっしりと張り付いている。気合と共に放たれる浩二の一撃は、全て重い。
「何なのだ! 貴様達は……一体なんなのだっ!」
自分が抱いた疑問。それは、エターナルの少女と交戦しているエトルとて同じであろう。
少し離れた場所で戦っているエトルも、浮かべる表情に余裕はなく、
必死の形相でエターナルの少女に何かを言いあっている。
「不可思議な神剣を持つマスターよ! どうして我等の邪魔をする!」
「おまえ等が、好き勝手やってるのが気に食わないからに決まってるだろ!
俺達はオマエの玩具なんかじゃねーんだぞ!」
「今までこの世界を管理してきたのは我等!
この時間樹が、今もなお健在であるのは、我等の今までの努力があっての事!
なのにどうして逆らおうとする。貴様は、今、誰に剣を向けているのか解っておるのか!」
「管理だぁ? なら、どうして世界を滅ぼす!」
「大事の前の小事。止まる事無く増える付ける時間樹の枝葉……
それを、伸びるがままに任せておけば、やがてこの時間樹は枯渇するのだぞ。
全てが滅ぶくらいなら、この理想幹のみを残し……
ここに理想郷を作ると決めた我等に、何の間違いがある!」
エデガは渾身の力を使って『伝承』に力を送り込むと、
煩い羽虫のようにまとわりついてくる浩二を、全身から放つ波動で吹き飛ばした。
「―――ぐわっ!」
『相棒!?』
「目先の事しか見ぬ貴様等に! われ等の何が解るっ! 控えろ! 下郎がっ!」
叫び、エデガは永遠神剣第四位『伝承』を振りかざす。
理想幹神。神の座まで、己が実力で上りつけた男の気迫が、マナの嵐を引き起こすのだった。
「……世界の為だぁ? 仕方ないから他の世界を切り捨ててるだぁ?」
浩二は立ち上がる。反永遠神剣『最弱』を杖にして立ち上がり、獰猛な色の瞳をエデガに向ける。
そして、エデガと目が合うと、鼻で笑った。
「―――ハッ。さも大儀は自分にあるって顔しやがって……この大嘘つきが」
「何だと!」
「テメーの顔は、ベルバルザードやエヴォリアとは違う!
仕方なくで世界を潰してるって顔じゃねぇ! もっと、生々しい野心があっての事だろう!」
自分の友人である暁絶の故郷を、ジルオルである望を狙わせる為だけに滅ぼした理想幹神が、
仕方なくで世界を動かしている訳が無いと思う浩二。
似ているから。自分本位で全てを考え、利用できるか出来ないかだけで他人と付き合っていた、
つい数ヶ月前の自分と、彼等は同じ思考の持ち主だと思ったから、理想幹神の言葉は嘘だと思った。
「善人ヅラして、時間樹の為なんてヌカしてんじゃねーよ!
全部自分の為だろうが! 俺が下郎なら、おまえは下衆だ!
望達と戦わせるには、テメェら二人とも汚すぎる……テメェの相手が俺でよかったよ。
互いに汚いゲテモノどうしで、エゴのぶつけ合いするんだからなぁ!」
叫び、浩二は反永遠神剣『最弱』に、エネルギーを流し込む。
根源力は相変わらず微弱にしか吸収できないが、足りない分は自分の想いで補う。
神剣の力は、想いの力に比例するのだから。
「下衆だと。我の考えが、エゴだと―――ならば、貴様は何の為に戦っておるのだ!」
憎悪の表情をうかべて浩二を見るエデガ。
そんな様子の理想幹神に、浩二はもう一度鼻で笑った。
「エゴだよ! 俺の目的、俺の夢、俺の幸せ……それだけの為に俺は戦っている!
大儀や理想なんかの為じゃねぇ、全部私欲だバカヤロウ!」
浩二は、自分が清廉潔白な人間ではないと自覚している。
世刻望のように、見た事も聞いた事も無い『何処かの誰か』を護るために戦うなんて言えない。
こうして『天の箱舟』の一員として、神剣を振るっているのは、ただの巡り会わせだ。
戦うと決めた時。出会ったのが世刻望でなければ、今頃はきっと別の自分だっただろう。
けれど、自分は出会ってしまったのだ。力無き人全てを護りたいとか夢物語をヌカす大馬鹿野郎に。
そしてそんな大馬鹿野郎と、その仲間達を好きになってしまったのだ。
見ず知らずの誰かの為には戦えないが、好きだと思える人の為なら戦える。
自分の周りが幸せであるのなら、自分もきっと幸せになれるだろうから―――
その考えが、斉藤浩二のスタンダードである。
見ず知らずの誰かの為に戦う事になっている今の状況は、ただの巡り合わせに過ぎないのだ。
故に彼は言う。自分の為だと。私欲であると。自分が幸せでありたいから、誰かの為に戦うのだと。
「おおおおおおおおっ!」
腰を落とし、棒の形に変えた『最弱』を構えて気を放つ。
思い描くのは、赤い防具に身を包んだ戦士の姿。ベルバルザード。
それは、越えると誓った目標。最強の敵だった男。
―――証明してみせる。
彼の技が、戦いにかけた信念が、こんなクソッタレに及ばぬわけが無いと。
五分の条件で戦ったのなら、理想幹神だろうと打倒できた事を……
「くたばれっ! 神よおおおおおおおっ!!!」
叫びと共に浩二は駆けた。エデガが放つ魔法の弾幕をその身に受けながらも、
異様な輝きを放つ瞳を閉じる事無く、一直線にエデガに突進していく。
「くっ!」
エデガは魔法障壁を展開した。
「っ! あああああああっ!」
しかし、浩二の神剣―――反永遠神剣『最弱』の一撃は、
強大な力を行使する神に、せめて一太刀をと願った力なき人々の願いが具現化したモノ。
「なに―――ッ」
故に突破する。いかに神剣の守りが強固であろうとも、
幾百星霜の時の流れの中で集った、星の数よりも多いヒトの想いは―――
―――ドズンッ!
神剣の防御を霧散させる、神の奇跡を否定するヒトのツルギなのだから……
「ゴホ―――ッ!!」
浩二の神剣に左胸を貫かれ、エデガは口から吐血を吐く。
そして、ギラギラと輝いた瞳で自分を見上げている少年に、驚愕の表情を見せた。
「そんな……馬鹿な……ありえ……ない……我が……負ける?
こんな……何処の馬の骨とも……ゲホッ。知れぬ……ヤツに……」
「…………」
「何……なのだ、貴様―――は……いったい―――うぐっ!」
エデガの胸を貫いた『最弱』を引き抜くと、浩二は刀身に滴る血を振り払って飛ばす。
それと同時に、支えをなくしたエデガは前のめりに倒れこんだ。
倒れ伏すエデガをじろりと見下ろし、浩二は呟く。
「……人間だ……おまえ等が虫けらのように踏み潰してきた人間の一人だよ……」
浩二は神剣に力を送り、刀身に染み付いた血を消す。
そして、形状を元の形であるハリセンに戻すと、それを腰に挿した。
「ニン……ゲン……」
エデガは、未だに信じられないという表情を浮かべながら、光の粒子となって消えていく。
それを見下ろして眺めていた浩二は、ぼそっと小さな声で呟いた。
「……なぁ、最弱……」
『……ん? 何やねん』
「……俺、もしも……望達に出会わなかったら……
コイツと―――理想幹神と同じヤツになってたと思うか?」
『……それは』
「……すまん。忘れてくれ。ベルバルザードの時と違ってさ……
後味が悪かったから……つい、馬鹿な事を言っちまった」
言葉に詰まった様子の『最弱』に、浩二は苦笑を浮かべるのだった
********************
「浩二っ!」
「……ん? ああ、望か……」
世刻望が声をかけると、ぼうっと立ち尽くしていた斉藤浩二は振り返った。
浩二は、望の後ろにいる槍をもった少女―――永峰希美の姿を見ると、小さく笑う。
「……その様子じゃ、上手くやったみてーだな?」
「ああ。みんなのおかげだよ」
笑顔で答える望の横を通り過ぎると、
どんな顔をしていいのか解らないといった様子の希美の前に立つ。
「……あのっ、私! みんなに、迷惑かけて、その―――え?」
そして、言葉を詰まらせながら何かを言おうとしている希美の頭に手を置くと、
おかえりと一言だけ言って、頭をポンポンと叩いた。
「おまえに借りていた小説。下巻が借りられなくて困ってたんだ。
まさか、女の子の部屋に無断で侵入して本を借りてく訳にもいかねーし」
「……浩二くん」
「さーて、望。みんな、体力と気力はまだ尽きていないな?
理想幹神も、残るはあのスットコドッコイのジジイだけ。
アイツを倒して、あの時できなかった祝勝会を今度こそやろうぜ!」
明るい声で言う浩二に『天の箱舟』のメンバー全員が驚いた顔をする。
浩二が言った、残る理想幹神は後一人という言葉に驚いているのだ。
「斉藤……あと一人って……まさか―――」
「ああ。あのオタンコナスの方は俺が片付けた。
多少は苦戦したが、まぁ……俺にできない事なんてないからな」
「嘘ッ!」
「いや、ホントですって。沙月先輩……その証拠に、ヤツの気配感じないでしょ?」
あの強大なマナの波動を放った理想幹神を、
たった一人で倒した事が信じられないという顔をしている沙月だが、確かにエデガの姿が何処にも無い。
エトルの方は、少しはなれた場所でユーフォリアと交戦しているが、エデガの姿は何処にも無いのだ。
「じゃあ、本当に……」
「ええ」
ニッと笑う浩二の顔をみながら、沙月はほうっと溜息を吐いた。
本当に彼は強くなった。始めはミニオン一体さえも倒せずに、自分や望がフォローしていたのに……
気がつけば彼は、自分を追い越す程に強くなり、自分達を支えてくれている。
恐るべき成長力だと思うと同時に、それも当然かと思う自分が居る。
何故なら彼は、このメンバーの誰よりも修羅場を潜っている。
危険な位置に立ち続け、それでも自信に満ちた表情で、諦めずに、怯えずに……
自分に出来ぬ事は無いと言って、恐ろしいほどの前向きさで乗り越えてきているのだから。
「よし。それじゃあ残る敵は、あのエトルってヤツだけだな!」
「うう~っ、私の心を弄んでくれて……絶対に許さないんだから」
「……これで、全てが終わるのですね……」
「ボクも、がんばっちゃうよー!」
望が神剣を構えると、希美とカティマ、ルプトナが続く。
「本来なら、二人とも俺が討ち取ってやりたかったんだがな……」
「いいじゃない。暁くん。結果オーライって言うでしょ?」
「……フフッ」
絶は、苦笑しながら『暁天』の柄を握り、沙月が笑う。
サレスは、そんな彼等の様子を見て微笑をうかべていた。
そして、最後に浩二が自分の神剣を抜こうと手を腰に持っていこうとした瞬間―――
「よっし、最後の一分張りだ。俺達も行こうぜ最―――」
「ちょーーーっと、待ったーーー!」
「―――おべっ」
浩二はナルカナに襟首を掴まれて、引っ張り倒された。
「げほっ、ごほっ、何を……」
「アンタはお留守番。立ってるのさえやっとのクセに、
フツーに戦闘に加わろうとしてるんじゃないわよ!」
そう言って、下から見上げる浩二を睨むナルカナ。
「ハハハ。ご冗談を……俺はまだまだいけ」
「シャラップ! 黙りなさい!」
浩二は何かを言いかけるが、それはナルカナの言葉にピシャリと遮られる。
そして、問答無用とばかりにその首筋にチョップを打ち込んだ。
「―――ていっ!」
―――トンッ!
「ぐあっ!」
「な、浩二!? おい。ナルカナ! 何を……」
「望。この馬鹿……自分じゃ気づいてないけど……マナが尽きて、半分死んでるわ」
「……え?」
「けど……今なら生の方に引き戻せる。
でも、この馬鹿をこれ以上戦わせたら、戦いながら死ぬわよ」
そう言って、ナルカナは気絶した浩二に手を当てる。
そして、その手を輝かせると、回復の魔法を心臓部にあてた。
「コイツ―――戦士としての素質は、超一流ね。
戦士の領域……生と死の狭間に片足を突っ込んで、
こんなにも意識をハッキリとさせていられるんだから……」
戦士の領域―――
それは、超一流のスポーツ選手や、格闘家達が稀に辿り着く事のできる、
ヒトの限界の向こう側の事である。
本来。力の限界とは自分が思っているよりも上限が存在する。
体力が尽きると、普通の人間ならばそこが限界だと身体がセーブするのでへたばってしまうが、
強靭な精神力で限界の壁を乗り越えると、不思議と力を取り戻すのである。
その状態にある時、その人間は半分死に足を突っ込んでいる。
最後に一瞬だけ、激しく燃え上がる蝋燭の輝きなのだ。
半分死んでるから、身体が壊れるのを防ぐためのリミッターが解除されている。
半分死んでるから、余計な事を考えずに精神と五感が研ぎ澄まされている。
純粋に、闘争本能だけで身体を動かしている状態を、ナルカナは戦士の領域と呼んでいるのだ。
それを説明してやると、望はごくりと唾を飲み込んだ。
「……それで、浩二は、大丈夫なのか?」
「今なら何とかね……」
死んだように眠る浩二を見て、ナルカナは凄まじい精神力と自我だと思った。
これ程の精神力と自我を持った人間は中々いないだろうと。
「そういう訳で、この馬鹿はナルカナ様が見ていてあげるから、
望達は、ちゃちゃっとエトルを倒してきなさい」
ナルカナがそう言うと、望は大きく頷く。
それから皆の顔を見渡すと、力強く行くぞと言って走っていった。
その背中をしばらく見つめるナルカナだったが、
視線を落とすと眠る浩二の顔を見てポツリと呟くのだった。
「確かにコイツ……素質と才能は、凄いものをもってる。
もしかしたら、望よりも上かもしれない……
けど、それは……私が求める強さじゃない……」
越えなければならない壁があるとする。しかし、今の自分の力ではとても越えられない。
けれど、命と引き換えなら越えられると言われたら、彼は迷わずソレを選んで飛ぶだろう。
斉藤浩二なる少年が、自分のマスターになれば、そう遠くない未来にローガスに届くかもしれない。
だがきっと、その戦いの後に間違いなく死ぬ。
似ているから―――
かつて、カオスエターナルの重鎮。
知識の呑竜ルシィマにまで手の届いた、一人の人間に彼は似ているから。
その時、ルシィマはエターナルでは無かったが、それでもエターナルクラスの実力を持った竜人だった。
力を持て余すが故に星を、世界を壊して回っていた彼に、戦いを挑んだ一人の人間。
どれだけ叩き潰されようとも、負けようとも、不屈の闘志で立ち上がり。
無い力を振り絞り、知略を駆使して何度も戦いを挑み。
最後には星を貫く巨大な槍なんてモノを持ち出し、命をかけて……
ただのヒトでありながらエターナルと同等の実力を持つルシィマを貫いた人間に彼は似ている。
故に、力は及ばずとも、もしかしたらと思う。でも―――
「死の恐怖というブレーキを無くした力なんて……
待ってるのは、破滅だけなんだから……」
そう呟くナルカナの瞳は、哀れみの色を宿していた。
*********************
「……あーあ。なっさけねーの……また気絶かよ……」
意識を取り戻した斉藤浩二は、棒の形にした『最弱』を杖にして、
少し離れた場所で戦う望達を見ていた。
自分はこの通り、ドロップアウトしたが、今も戦っているユーフォリアは、
ナリはあれでも、流石はエターナルという超戦士なのだなと認めざるを得ない。
「ほら、アンタ。まだ治療は終わってないっての。こっち向きなさい」
「え―――って、ぐおっ!」
首をグキッと捻られて、悲鳴をあげる浩二。
浩二の首を捻った声の主―――ナルカナは、少しイラついた顔をしていた。
「いててて……」
「だから、このナルカナ様が、恐れ多くも直々に、
その痛いのを治してあげるって言ってるんでしょうが!」
そう言って、何やら緑色に光る掌を翳すナルカナ。
その暖かな光は、浩二の傷を癒し、疲労を和らげる。
治療してくれるなら、もう少し優しくしてくれればいいのにと思ったが、それは口にしないでおいた。
彼女が色々と厄介な性格である事は、その行動と言動で察していたから。
「でもアンタ……本当に偉いカミサマだったんだなぁ……」
そう呟く浩二の視線は、望と共に戦っている希美に向いている。
彼女は、完全に自分を取り戻したかのように、永遠神剣『清浄』を理想幹神に振るっていた。
「………アレ。私がやったんじゃないわよ……」
「え?」
「だーかーら! アレは私が元に戻したんじゃないって言ってるの!」
「……嘘。じゃあ、何で元どうりになってんだよ?
相克の神名は強力で、その支配力から逃れる事はできないって―――」
「知らないわよ。戦っていたら、急にガックリと膝をついて……望ちゃん? だもの!
これじゃ私、何のために付いてきたの? ねぇ!」
ねぇと言われても、返答に困る浩二。
「本人は、愛の力が奇跡を起こしたとか世迷い事をヌカシてるけど……
相克に意識を封じられていても、望が自分を呼ぶ声は聞こえてたとか……
そんなのでいいの? それで元に戻っちゃう訳? ねぇ!」
その後も、ナルカナは納得いかねーだとか、ぎゃらっしゃーだとか、
意味不明の叫び声をあげていたが、関わり合いになりたくない浩二は、そっと傍から離れようとした。
「待ちなさい!」
「いや、回復した訳だし……そろそろ戦列に戻ろうかと」
「今の貴方が戻った所で足手まといになるだけよ」
「盾ぐらいにはなるさ」
「それが足手まといだってーの!」
浩二がそう言うと、ナルカナはムッとした表情を見せて、浩二の手から『最弱』を奪い取る。
そして、ハリセンを思いっきり浩二の頭に叩きつけた。
「ぐおっ!」
スパーンと響く快音と共に、浩二が前のめりに倒れる。
「あら? いい音するじゃないコレ。気に入ったわ。くれない?」
「やれる訳無いだろう!」
「ぶーーーっ」
頬をリスのように膨らませるナルカナ。
浩二は、これで第一位神剣の化身というのだから恐れ入ると思った。
「まぁ、でも……これで理想幹神もおしまいね。
私が出てくる意味無かったような気がするけど……
結果オーライだしね。よしとするわ」
「おい。まだ勝った訳じゃねーだろ。勝利宣言は早いんじゃねーか?」
そんな事を言ってる間に、エトルの神剣で望が吹き飛ばされていた。
それを絶が受け止めてフォローしている。他の皆も、今までと動きが違っていた。
「なぁ、アンタ」
「……ん?」
「望達にどんな魔法をかけた? みんな、強くなってねぇか?」
「……ああ、それね」
ナルカナは、コホンと咳払いする。
「えーっと、アンタ達のコミュニティー『天の箱舟』だっけ?」
「ああ」
「みんな仲いいでしょ?」
「そうだな」
「だからなんでしょうね。あのルツルジの転生体の世界で、
貴方達がエトルとエデガの二人にボコボコにされて、希美を攫われたのは」
そこでふうっと溜息をつくナルカナ。
「ログで状況を知ったナルカナ様の聡明な頭脳は、すぐに気づいたわ。
ホントならみんな、もっと力を出せた筈なのに、みんながみんなを庇いあってるものだから、
全員が全員。自分の全力が出せていないってね」
「…………」
「だからね。それを気づかせる為に、私は原点に戻る試練を与えたの。
仲間という枷がなければ、自分はこんなにも自由に動けるんだって。
戦ってもいい。逃げたっていい。隠れたっていい。そんなふうに全ての選択肢を返してやって……
自分には何が出来るか、出来ないかを認識させたの。
そうすれば、また集団戦になった時に、自分の役割ってのがおのずと見えてくるモンでしょ?
そして、個人がベストをつくせば連携なんて後からついてくるものよ」
「へぇ……」
ナルカナの言葉に、浩二は感心していた。
あの、一見お遊びかレクリエーションみたいな試練に、このような真意が隠されていたとはと。
普段の言動はアレだが、やはり戦いとは何たるかを知るツルギの化身なのだと。
「じゃあ、もしかして俺の布教活動にも―――」
「ああ。アレは特に意味は無いわ。
社の裏庭で、時深と話してるのを聞いてて……
コイツ面白そうだからやらせてみようって思っただけ」
「……なぁ、殴っていいか?」
「100倍にして返されるのを覚悟の上ならどうぞ?」
「それじゃ―――」
―――スパーン!
「いったー!」
ナルカナとしては、第一位神剣の化身たる自分に喧嘩を売れるものなら、
売ってみろという脅しもかねて言ったつもりなのだが、
浩二はまったく怯みもせずに平手で彼女の頭を引っぱたいた。
「人の話を盗み聞きしていた件と、俺をおちょくった件から、
今の治療してくれた件を引いたら……まぁ、おつりはこんなモンだろ?」
「あんたねぇ……この私に喧嘩売るつもり?」
「俺は、理不尽な事をするヤツがいたら、全力で抗うよ。
仕方ないなんて言って自分を誤魔化したくないからな」
「………へぇ……たとえ、それが自分よりも圧倒的に強い存在でも?」
「現時点で負けているのなら、追いついてやるさ。
俺にはそれができる筈だから。できない事なんて無いんだから」
『ククッ……第一位の神剣を前に、よく言うわ……ホンマ』
――― 俺に出来ない事は無い ―――
彼の神剣。反永遠神剣『最弱』は、浩二のその言葉が大好きだった。
不可能は無いと、できない事なんてないと……
世界からすれば、ちっぽけな存在に過ぎないヒトが、
俯かずに、怯えずに、胸を張って自分という存在を信じている。
奇跡、逆転、可能性―――
それらの言葉を引き寄せるのは、諦めない心であるのだから。
絶対強者たる永遠神剣に抗う、ヒトの想いより生まれし反永遠神剣は、
浩二がそんな諦めない心の持ち主であるから、彼をマスターに選んだのである。
『離してくれまへんか? ワイは相棒の神剣やねん』
「―――っ!」
『最弱』を握っていたナルカナが、反永遠神剣の放つ反逆の波動に、思わず手から落としてしまう。
「よっと!」
浩二はそれを落下中に掴み取ると、さっと腰に挿した。
その後、手を押さえているナルカナを見つめる。
そして、笑いながらこんな事を言うのだった。
「アンタと出雲の皆には、色々と世話になった。できる事なら敵対はしたくない。
だから、俺がアンタを嫌いになるような事はしないでくれ。
……最近、好きだと思える人が増えてきて、色々と人生観が変わってきたんだからさ」