「ハッ!」
絶の振り払った居合いの一撃が、理想幹神エトルの左手を斬り飛ばした。
「ぬがっ! ぐうッ―――くぅ……」
ユーフォリアだけでも手こずっていたというのに、エデガは浩二に倒され、
切り札であったファイムは、どうやって元に戻したのか解らないが取り返されていた。
更には、合流してきた望達『天の箱舟』の永遠神剣マスター達に、
周りを取り囲まれ、エトルは状況が最悪である事に歯噛みする。
「まさか……今まで中立を保っていた……
あの方までもが、おまえ達の味方をするとは……」
エトルの視線は、離れた場所で浩二の治療をしているナルカナを見ていた。
「……エトル……退場する時が来たのだ……
いつまでも古い妄執にかられ、最後まで省みる事の無かった、我が古き友よ……」
そう言ってサレスが自分の神剣『慧眼』を構えると、
エトルはナルカナから視線を移し、憎悪の表情でサレスを睨みつける。
「黙れ! この裏切り者が! 我が理想……この程度で終わるものか!」
「……裏切り者?」
カティマが首を捻る。
「その事については、全てが終わった時に話そう。カティマ・アイギアス。
それよりも、今は戦いに集中しろ。完全に息の根を止めるまでは、何をしてくるか解らんぞ」
「あ、はい!」
集中が途切れかけたカティマを嗜めると、サレスは『慧眼』に力を籠める。
そして、本の形をした『慧眼』のページを数枚破りとると、それを投げつけた。
「むうっ!」
エトルはそれを避けようと、高く上空に飛ぶ。
「そっちに行ったぞ! ユーフォリア!」
「はいっ―――逃がしませんっ!」
しかし、空には『悠久』の上に乗ったユーフォリアが待ち構えており、
そのまま突撃してエトルを吹き飛ばした。
「ぐうっ!」
エトルは空中でキリモミ回転しながら落下していくが、
地面にぶつかる瞬間。神剣を翳して空間跳躍を発動させ、離れた場所に着地する。
「逃がすかっ!」
「えーい!」
しかし、その時には望とルプトナが併走して疾駆していた。
駆け抜け様に薙ぎ払われる浄戒の一撃と、頭部を狙った『揺籃』の蹴り。
「ええい! しつこいわ!」
そんなモノをくらっては堪らないとばかりに、再び空間跳躍。
「―――ちっ、またソレか!」
今やエトルは完全に追い込まれていた。
サレスが指揮を執っているというのもあるのだろうが、
全員の動きが暁絶の世界で戦った時よりも、格段に上がっている。
驚くべきことに、ログの情報から弾き出した戦闘能力を、全員が上回っているのだ。
「……何故。このような事に……」
血が出るほどに唇を噛み、斬られた左手を忌々しそうに見る。
自分の計算は完璧であった筈なのに、それは見事に覆された。
動きが洗練されているぐらいの誤差ならば、修正もできたであろうが……
ユーフォリアというエターナルと、訳の解らない小僧が邪魔をしてきて、
極めつけはナルカナという、真の神が介入してきた。
ここまでのイレギュラーが発生すれば、計算など最早何の用も成さない。
「……こうなれば、奥の手を使うまでよ!」
だが、エトルはまだ諦めては居ない。
研究に研究を重ね、実用化の目処がたった切り札があるからだ。
「ふんっ!」
エトルは神剣の光弾を天空に放った。
それと同時に、地から湧き出たように50体を越えるミニオンが出現する。
無軌道に空間跳躍をしているように見えて、エトルはこの場所へと誘き寄せていたのである。
「伏兵だと!?」
「慌てるな。三人一組で陣を組め!
ミニオンの50や60など、慌てず対処すれば敵では無い!」
突然の伏兵に『天の箱舟』のメンバーに動揺が走ったが、
すぐにサレスの号令が走り、言われたように三人一組に固まる。
そこにミニオンが襲い掛かるが、それは次々と『天の箱舟』のメンバーに撃破されていく。
「フン。ミニオンなど足止めにすぎんわ……」
この地に敵を誘き寄せたのは、伏兵で倒そうと思ったからではない。
一番の要注意人物であるナルカナから離れ、時間稼ぎをしたかったのである。
「フッ―――かあっ!」
目を大きく見開き、右手を虚空にかざすエトル。
すると、腕を翳した場所に闇が集っていく。
収束していく闇は、だんだんと人の形に変わり始めていた。
「……お、おお……」
闇の中に浮き上がった人の形はエデガ。
集ってくる闇が形を作る程に、彼は喚起の声をあげていた。
浩二に倒され、マナの粒子となった身体が修復されていくのだから。
「エトルよ……助かったぞ……」
「なに。礼を言われるような事はしとらん」
礼を言ってくるエデガに、深いシワが刻まれた頬をニヤリと歪めて答えるエトル。
「貴様は生まれ変わり、我が僕となるのだからな……」
「―――何っ!?」
「彼奴めを核とし、集え! ナル化マナよ!」
グッと握り締めた右手をエデガにむけるエトル。
それと同時に、エデガが声にもならない絶叫をあげた。
「……なっ!? グガ―――っ、エトル……エトルぅ……
貴様、この我を……駒にするつもり……あがっ、が、が、が……
があああああああああああぁぁぁぁぁああああああ!!!」
「まさか! ナル化マナだとっ!」
戦いながらも、理想幹神の様子を見ていたサレスは血相を変えた。
「いかんっ!」
「サレス!?」
そして、一人で飛び出していく。
堅牢なフォーメーションの中から、一人だけ飛び出したサレスに、
ミニオン達の攻撃が集中するが、彼はどれだけの砲火を浴びても倒れる事無く突進していく。
「無茶よ。サレス! 戻って!」
「サレスーーーッ!」
沙月と希美が叫ぶが、サレスは止まらない。
「はああああああっ!」
魔法攻撃を全身に受けながらも、ありったけのマナを『慧眼』に注ぎ込む。
そして、サレスは―――それを走りながら振りかぶり………
「まにあってくれ!」
―――エトルとエデガに向かって投げつけるのだった。
「なにぃ!?」
まさかサレスが無謀とも思える突撃の後に、
自分の神剣を投げつけてくるとは夢にも思わなかったので驚愕するエトル。
エトルとエデガの眼前まで飛んできた『慧眼』は、そこでパカッと本が開かれ、
凄まじい光と共に、全てを吹き飛ばさんばかりの波動を放った。
「ぐわあああ!!!」
吹き飛ばされるエトル。
「……やった……かっ……」
それと同時に、永遠神剣を手放した事により、
神剣の防御を失ったサレスは、ミニオン達の魔法攻撃の前に沈む。
「サレス!」
そこに望が駆け寄り『黎明』の力で周囲を護る障壁を展開した。
他のメンバーは、フォーメーションを解いて散会し、
サレスを庇っている望を狙うミニオン達をなぎ払っていく。
「どいて、望ちゃん!」
そこに希美が駆け寄ってきて、回復の魔法をかけた。
「……っ、うっ……」
「サレス!」
「良かった。死んでない……」
絶対に死なせるものかと、ありったけのマナを使ってサレスに回復の魔法をあてる希美。
そこに、空を飛んできたユーフォリアがすたっと着地して神剣を構えた。
「望さん! 防御は私がやりますから、望さんも回復の魔法を」
「サンクス。ユーフィー!」
礼を言って、自分も白い光をサレスにあてる望。
ユーフォリアは、うつぶせに倒れているサレスをチラリと見て呟くのだった。
「望さんはパパに似てるけど……
サレスさんは、おにーさんに似てるよね? ゆーくん。
あれ? それとも、おにーさんがサレスさんに似てるのかな?」
***********************
「なんじゃ! ありゃあああああああ!!!」
斉藤浩二は、ありったけの声で叫んだ。
信じられない光景が展開されたからだ。自分がやっとのおもいで倒したエデガが、
何をどうやっているのかは解らないが、再生されていくという悪夢のような光景に。
「復活とかって―――ねーよ!」
そんな能力酷すぎる。いくら神の剣―――永遠神剣が奇跡の塊のようなツルギとはいえ、
まさか死者を復活させられる能力まであるなんてあんまりだ。
「落ち着きなさい!」
「ぐおっ!」
取り乱す浩二を、後ろからヤクザキックで蹴っ飛ばすナルカナ。
浩二は、地面に顔面からヘッドスライディングをした。
「いててて……何しやがる!」
「アンタがぎゃーぎゃー喚くからよ」
ナルカナはそう言うが、恐らく浩二が取り乱してくれなかったら、自分の方が取り乱していた。
まさか理想幹神達がナル化マナまで使ってくるとは思わなかったからだ。
「行くわよ!」
「……あ、おう」
静観している場合ではなくなったと、ナルカナは疾風のような速さで駆けていく。
浩二は制服の袖で顔を拭くと、その背中を追うのだった。
そして、二人で望達の所に駆けつける。
「邪魔よ! アンタ達!」
その際に、望達を取り囲んでいたミニオンがいたが、
それはナルカナが腕を払うと同時に巻き起こった巨大な真空の刃が薙ぎ払った。
「うっは―――すげ!」
一撃で数十対のミニオンを薙ぎ倒したナルカナに、浩二は驚愕の声をあげる。
いくら下位神剣しか持たぬミニオンとはいえ、腕の一振りでアレはねーだろうと。
本気を出したら、いったいこの女はどれ程の強さなのだと。
「望っ!」
「おい、サレスは無事か!?」
「ナルカナ! 浩二っ!」
自分達がここに向かう途中に、無茶をして倒されたサレスの元に、ナルカナと浩二は辿り着く。
浩二は、倒れ伏しているサレスの顔を覗くと、無事である事を確認してホッと息をついた。
「くう……まさか、捨て身の攻撃をしてくるとは……」
サレスの攻撃を受け、それでも死んでいなかったらしいエトルは、
体をよろよろとさせながら起き上がってくる。
「チッ。くたばり損なったのね」
舌打ちするナルカナ。
その手には凄まじい魔力を圧縮したような光の玉を持っている。
「ハァ……ハァ……途中で邪魔され、完成形とはいかなんだが……」
「黙りなさい!」
「ぬうっ!」
息を切らしているエトルに、ナルカナが光の玉を投げるつける。
しかし、エトルは最後の力を振り絞って空間跳躍をして逃れた。
「逃がすか!」
望がそれを追いかけようとする。
「待ちなさい!」
しかし、それは行く手を遮るように振られたナルカナの手に止められた。
「でも、このままだと逃げられる―――」
「あんな、くたばり損ないのジジイなんかよりも、今はアレを何とかするのが先よ!
ほかっておくと、辺りのマナが全て飲み込まれてしまうわ」
「……わかった」
普段の様子とは違う、真面目な雰囲気のナルカナに、
望はエトルを追撃するのをやめて、神剣を黒い塊に向ける。
その黒い塊は、かつてエデガであったモノの成れの果てであった。
「……最弱……オマエ。アレ消せるか?」
それを見ていた浩二は、腰の『最弱』に声をかける。
『え? あ、えっと……理論的には……って、まさか』
「よし―――」
「……よし。じゃない!」
―――ゴスッ!
「ぐわっ!」
ナルカナに再びヤクザキックをくらって、
もう一度顔面ヘッドスライディングを決行する浩二。
「アンタね! 死ぬつもり? これ以上無理をしたら本当に死ぬわよ!」
「ハッ。この俺が死ぬものか! 俺にできない事は―――」
「ある!」
―――メキッ!
「なぶべっ!」
いつもの台詞を途中で「ある」と遮られ、頭を踏まれる浩二。
浩二は愉快な悲鳴と共に、もう一度地面と熱い口付けをする事になった。
ミニオンを全て片付けて、この場所に集ってきた『天の箱舟』のメンバー達は、
何ともいえないような、引き攣った笑みを浮かべている。
「……望」
「あ、えっと……何?」
「特別に私が力を貸してあげる。感謝しなさい」
「力を貸すって―――うわっ!」
望が力を貸すとはどういう事だと言い掛けた時、ナルカナの全身が輝いた。
辺り一面を覆うほどの強烈な白い光に、全員が反射的に目を閉じる。
「……っ、これは……」
光が収まり、眩んだ目を恐る恐ると開くと、望の前には一振りの剣が浮かんでいた。
その剣こそ、十位から始まる永遠神剣の頂点に立つ第一位の永遠神剣『叢雲』
ナルカナと呼ばれる少女の真の姿であった。
宙に浮かぶ『叢雲』は、ただそこにあるだけで、全てを圧倒する存在感を醸し出し、
白銀の刀身には一切の汚れ無く、誰の目にもそのツルギは神秘の塊であると理解させた。
望は立ち尽くしている。否―――望だけではない。
全員が息をするのも忘れるほどに、この凄まじい美しさと力の波動を放つツルギに魅入られている。
『……さぁ、手に取りなさい』
ツルギが喋った事により、止めていた息を吸い込み、大きく吐く望。
それは皆も同じだったようで、呼吸をするという行為を思い出したかのように呼吸をしていた。
「これが、叢雲……」
呟きと共に歩みを進める望。
今から自分は、触れてはいけない神聖なるモノに手を触れるのだと思いながら。
「第一位永遠神剣―――」
しかし、それと同時にこうも思う。このツルギを誰にも触れさせたくないと……
その手に握る者がいるならば、それは自分以外にはないと。
触れてはいけない神聖なモノ―――
でも、触れたい。自分のモノにしてしまいたい。
相反する二つの想いが交差する。それでも、彼は一歩を踏み出した。
唾を飲み込むと、喉を通る音さえも聞こえてしまいそうだ。
心臓は、先程からドクドクと煩いほどに脈うっている。
落ち着け俺。自分自身にそう言い聞かせて、ゆっくりと、ゆっくりと手を伸ばし……
そして―――
「俺の……ツルギ」
―――その柄を手に取った。
『んっ!』
望が手にした瞬間『叢雲』は、変な声をあげる。
しかし、その小さな声は、続く望の叫び声に掻き消された。
「うおおおおおおおおおっ!!! あっああああああああああ!!!!」
全身を駆け巡る圧倒的なパワー。冴え渡る五感。頭の中が真っ白になる。
これが第一位の永遠神剣。最も強力な神のツルギ―――
世界を塗り替えてしまえそうな、凄まじい力の奔流。
『本来、望にあたしを扱えるキャパシティは無いわ。
だから、望が扱える限界まで私の方から干渉を抑えてあげる』
「これでかよ―――っ!」
まだ上があると言うのか、このツルギは。
圧倒的なんてモノじゃない。例えるなら自分は今、宇宙をこの手に掴んでいる。
このツルギに断てぬモノなどある訳が無い。銀河をも切り裂けるのではないかと思う。
『さ、行くわよ。アレ―――まぁ、私の一部分も混じってはいるんだけど、
遠慮なくぶった切っていいから』
「……よく解らないけど……おうっ!」
『ひゃんっ!』
ナルカナの言葉に答えて望が柄を更に強く握り締めると、再び変な声が聞こえてくきた。
流石に今回のは聞いていた望が怪訝そうな顔をする。
「ナルカナ?」
『あ、いや、なんでもないわ。うん。なんでもナイナイ!』
とても、何でもないようには思えない慌てようだが、
ナルカナは何でもないと言い張っているので、望は気にしない事にする。
「解った。それじゃ、いくぞっ!」
『ええ。上手く使いこなしてみせなさい』
「ああっ!」
力強く頷き、望は漲る自身のマナを『叢雲』に送り込む。
そして、ザッと砂を蹴って足を広げて、斬撃の姿勢に入った。
「はああああああああああっ!!!」
『きゃっ! ちょ、まっ……あっ―――!』
気合を走らせる。それと同時に『叢雲』からは大気で弾けるマナが放出され、
それは雷を収束させたような光となって、切っ先から伸びていく。
風が巻き起こった。天と地の精霊が騒いでいるようだと思う望。
そんな事を思いながら、ゆっくりと、稲妻の柱を持ち上げるように『叢雲』を大上段に構える。
そしてその、銀河をも切り裂けるのではないかと思えるツルギを―――
「でええええええええい! やああああああああ!」
かつて、エデガであった黒い闇に振り下ろした。
***********************
「はぁっ、はぁ、はぁ……」
荒い息を吐く望。彼は『叢雲』を地面に突き刺すと、両膝をついた。
その瞬間に『叢雲』は光り輝き、また少女の姿。すなわちナルカナに戻る。
「……ナルカナ」
大量の闇の粒子が、大気に消えていく光景を見つめていた望は、
ゆっくりと横に立つ少女に向かって振り向いた。
「っ!」
目があった瞬間に、ナルカナは息を呑んだ。
そんな彼女に望は微笑む。屈託の無い少年の笑みで。
「ありがとう。力を貸してくれて」
言葉はそれだけだったが、その笑みと感謝の言葉にナルカナは頬を赤くした。
「凄い力だった。俺の『黎明』なんて霞んじゃうくらいにさ」
「なにっ!」
聞き捨てならない言葉に、望のポケットからレーメが顔を出す。
そして、そこから飛び出すと、望の鼻面にパンチをくらわせた。
「いてっ! なんで殴るんだよ!? 本当のことだろ?」
「うるさーい! このしれもの、戯け者、浮気モノ!」
「いてっ、いてっ! ごめん。失言だった!」
ぽかぽかと殴りかかってくるレーメ。
望はプンプンと怒る彼女を宥めながら、頭を下げる。
そこに、成り行きを見守っていた皆がわっと駆け寄ってきた。
「凄かったね! 今の!」
「私も、あそこまで凄まじい神剣の波動を見た事がありません」
「ははっ。でも、流石に疲れたよ……」
ルプトナとカティマに苦笑を返す望。
そこに沙月と希美が加わり、随分と賑やかになった。世刻軍団大集合である。
「あれが、叢雲の力……か」」
絶は、少し離れた場所から、そんな望達を見守っている。
しかし、その絶から更に離れた場所では、
怪我人なのに置いていかれた二人の男が背中合わせに座っていた。
「なぁ……サレス」
「ん? 何だ?」
「今。タリアかヤツィータがいればとか、密かに思ってない?」
「……思ってない」
「くくっ―――」
答えるまでに、少しだけ間があった事に浩二は小さく笑う。
ユーフォリアは苦笑と共に、サレスの頭をよしよしと撫でていた。
「ナルカナ?」
そんな騒ぎの中で、一人だけぼうっと立っているナルカナに気づいた望が、少女の名前を呼ぶ。
すると、名前を呼ばれたナルカナの肩がびくっと震えた。
「……な、なに?」
「あ、いや……なんか様子がおかしかったから……
もしかして、今ので何処か痛めた?」
「ううん……痛くは……ない。でも―――」
この気持ちはなんだろうかと思うナルカナ。
剣となり、望と感覚を共有した一体感。あの時の気持ちは何だったのだろうと。
「ううん。なんでもない。私は全然平気。
久しぶりに剣の姿になって、ストレス解消できたわ。
だから、一応……お礼を言っておくね……ありがとう」
「…………あの? やっぱ、今ので頭でもうった?」
こんなに素直なナルカナなど、彼女らしくないと思った望は、
言わなくてもいい事まで言ってしまう。
その余計な一言に、案の定ナルカナは不機嫌になるのだった。
「うるっさいわね! やっぱり今のはただの勘違い!
馬鹿、ばーか! 望のバーカ!」
「な、何故……馬鹿呼ばわり……」
二人のやりとりに、サレスは苦笑と共に立ち上がる。
「―――フッ。何をやっているんだか……」
「おい、突然起き上がるな。馬鹿―――って、うお!」
「おにーさん!」
突然背中の支えをなくした浩二が、ごろりと転がる。
サレスは、そんな浩二の様子を振り返る事なく、望達の前に歩いていった。
「……皆。あまり浮かれるな。まだ終わった訳ではないぞ」
全員の目がサレスに向けられる。
彼は、眼鏡をくいっとあげると、顎に手を当てた。
「まだ、エトルが残っている……アレを倒して、やっと全部終わりだ」
「あ、そっか。まだあのおじーさんが居たんだっけ」
ポンと手を叩くルプトナ。
他の皆も、先程の一大イベントですっかりエトルの事が頭から消えていた。
「あの、えーと……私は覚えていたわよ」
「わ、私もです」
沙月とカティマが取り繕うように言うが、その額には汗がういている。
絶対に忘れていたなこいつ等とサレスは溜息をついた。
「まぁ、いい……みんな。もう一踏ん張りだ。
ヤツは今、手負いの獣だ。何をしてくるか解らない。故に、二人一組で探索するとしよう。
おそらくまだ、この理想幹の中にいる。ヤツがこの地を放棄するとは思えんからな」
指示を下すサレスに、おうと頷く『天の箱舟』の一同。
起き上がった浩二は、一人だけ溜息をついていた。
おうじゃねーよ。おうじゃ。なんで、サレスに指揮されてるんだよと。
「よし、それじゃあ行こうぜ。絶」
「ああ」
しかし、サレスと比べてやるのも可哀想かと苦笑する。
やはりまだ自分と望が二人でもサレスには及ばないのだなと思った。
「それじゃ、ルプトナ。私達はあちらの方を……」
「うん」
「それじゃ、希美ちゃんは私とこっちね」
「あ、はい。解りました」
サレスは、回復魔法で傷こそ塞がっているのだが、自分以上に重症だ。
けれど、毅然とした態度と振る舞いで、周りにそれを気づかせていない。
的確に命令を下すその姿は、組織のトップに立つ男の姿として浩二には眩しかった。
「よし、では解散! 見つけたら自分達だけで戦おうとは思うな。
見つけたときは、何でもいいから魔法を空に向けて放て!
それを合図として、確実に全員で殲滅する」
自分は、あのレベルまで達する事ができるのだろうか?
なんとなく、そんな事を思うが、首を振って弱気を吹き飛ばす。
「いいや―――」
できるに決まっている。自分にできぬ筈が無いと。
そして、少しだけ回復した体を動かすと、サレスとナルカナの傍へと歩いていった。
「……あの。おにーさん」
「ん?」
くいくいと袖を引っ張られる浩二。
「……私、余っちゃったんですけど」
そこには、一人だけ離れた場所にいたのが災いしたらしいユーフォリアが、
誰も組む人がおらずに残され、涙目だった。
「…………」
そんな彼女に、じゃあ俺と行くかと言ってやりたい所だが……
自分はマナがつきかけて戦闘不能。サレスは怪我人。
残っているナルカナは、たぶん自分達の護衛である。
「……あ、あの…」
これは、もうどうしようもない。
仕方がないので、浩二はユーフォリアに生暖かい視線を向ける。
「大丈夫」
「な、何が大丈夫なんですか?」
「おまえには、立派な第三位の永遠神剣があるじゃないか。だから―――」
言葉を切り、ニカッと笑う浩二。
「地道に行こう」
「何が地道に行こうですかーーっ! 何を諭そうとしてるんですかーー!
おにーさんの守銭奴! 守銭奴ーーーーーーっ! うわあああああん!!!」
そして、どうゆう原理だか知らぬが歯をキラリと光らせると、
ユーフォリアは何故か守銭奴を連呼して飛び去っていくのだった……