泥のように眠った後。斉藤浩二は顔を洗って歯を磨くと、渡り廊下を歩いて厨房に入った。
ここに来るまでに人の気配は感じなかったので、まだ皆寝ているのだろう。
それだけ昨日の戦いが激しかったという事だ。
「……で、あと数時間後にはまた戦いだもんな……」
連戦となると、正直うんざりするのだが、そんな事も言ってられない。
自分達『天の箱舟』にとって『出雲』は、大事な同盟組織だ。
時深や、他の戦巫女達は、今も眠らずに戦い続けているのだろう。
そんな事を考えながら、浩二は冷蔵庫から生野菜を数種類とハムを取り出す。
それをまな板の上に乗せると、パンを持ってきてオーブンにかける。
「あ、斉藤くん。おはよ」
「もう起きてたんだね」
オーブンにパンを並べている所で、沙月と希美がやってきた。
浩二はおはようと声をかけると、オーブンを閉じてパンを温める。
「俺も、ついさっき起きた所ですよ」
「何を作ってるの?」
「ハムと生野菜のサラダに、コンソメスープ。後はトーストです」
「オッケー。なら、私と希美ちゃんも手伝うわ」
そう言うと、沙月は手を洗ってエプロンをかける。希美はすでにエプロンをしていた。
その後、絶が起き出してやってきたので、4人で野菜を切ってサラダを作る。
『天の箱舟』のメンバーの中で、料理スキルをもつ人間が全員揃ったので、食事用意は速く終わった。
まだ、他のメンバーは起きて来る気配がないので、
皆が揃うまではお茶でもしていようという事になり、食堂に移動する。
箱舟の食堂には、八人が向かい合わせで座れるテーブルが二つある。
その内の一つに浩二と絶が隣に座り、正面に沙月と希美がすわった。
「希美ちゃん。写しの世界までは、あとどれぐらいで着きそう?」
「えっと……ものべーは、このままいけば5時間ぐらいで着くって言ってます」
「そう。それじゃあ、後1時間しても皆が起きてこなかったら、起こしに行きましょ」
食事をとるのに一時間。作戦会議に二時間と言う事かと浩二は思う。
あとの一時間は、準備だろう。浩二がそんな事を考えていると、紅茶を飲んでいた絶が話しかけてきた。
「……斉藤」
「ん? どうした。暁」
「昨日は皆が疲れていたので、すぐに寝てしまったが……
望が『叢雲』を使って、黒い闇に変貌したエデガを消し去った後、何があったんだ?」
「さてな。俺も詳しい事は知らんよ。その後、みんながスットコドッコイの捜索に向かい、
時間にして20分か30分ぐらいした時に、地震があったんだ」
「それは、俺も気づいた。一緒にいた望と何事だと言ってたら、
集合を告げる合図が空に放たれたんだからな」
自と絶達の話を横で聞いていたらしい、沙月と希美も頷いている。
「そう。それ、何であの地震だけで、斉藤くんやサレス達は、
ログ領域から黒いマナの風が吹き出すって解ったの?」
「ああ、エヴォリアから聞いたんだよ」
「え!? 嘘、何で彼女が……」
沙月が驚愕したような顔で言う。そこで、浩二は大事な事に気づいてポンと手を叩いた。
「ああ。そう言えば皆には、俺が暁の世界でエヴォリアを助けた事を言ってなかったっけ」
意図的に黙っていた訳では無い。本当にこれはうっかりだ。
言い訳をさせて貰うのなら、あの日は色々と他に考えなければならない事が山積みで、
それを報告する事を忘れていたのである。
何せ、希美がファイムにされて連れ去られるわ、
皆がそれに意気消沈してしまったので、どうすれば立て直せるかを考えねばならないかで、
とにかくあの日は余裕が無かった。浩二がそれを言うと、沙月は申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね……ホント、斉藤くんばかりに頼ってしまって……」
報告を忘れたとて、誰も浩二を責められないと沙月は思った。
思い返せば、思い返すほどに斉藤浩二という少年は、誰よりも働いている。
今まで『天の箱舟』が、道を失わずに済んでいたのは、浩二がいたからだ。
「気にしないでください。沙月先輩……俺、別に大した事してませんから」
実際に浩二は、自分だけが苦労しているとは思っていない。
やれる事だから、やっているという認識だ。
ちなみに『旅団』の長であるサレスが、斉藤浩二という人間を買っている一番の部分でもある。
辛い事を辛いと思わないでやれるのは天性の才能だからである。
その後、浩二は絶の世界でベルバルザードと戦い、皆と合流するまでに何があったのかを話す。
敵であったエヴォリアを助けたことについては、責められても仕方ないと思ったが、
沙月も希美も浩二を責めなかった。二人とも、エヴォリアが自分の世界と家族を人質に捕られて
いた事を知っていたからだ。
「てなわけで、もう彼女が破壊活動を行う事は無いと思うけど……」
「それなら、私はもうとやかく言うつもりはないわ。
確かに彼女は許されない事をしてきたけど、それはやむを得ぬ事情があっての事……
それを、もうしないと言うのなら、私達が裁く権利なんて無いんだから」
「……うん。私も、そう思う……」
自分達は、カミサマでも裁判官でも無い。
エヴォリアがこれからは大人しくして、静かに暮らすと言うのなら、
わざわざ探しだして、断罪せねばならぬほどに、絶対正義を貫きたい訳でもない。
ぶっちゃけて言ってしまえば、自分達の住む時間樹が平和になればそれでいいのである。
それは、サレス達『旅団』もそうであろう。
「暁もそれでいいか?」
「いいかも何も、俺に彼女をとやかく言う権利は無いな。
罪がどうとか言うのなら、俺だって魔法の世界で支えの塔を崩壊させようとした罪人だ。
それに、自分の都合の為に望を殺そうとした……」
浩二が、一人だけ黙って聞いていた絶に問いかけると、彼は苦笑と共にそう答えた。
それもそうだなと浩二は笑う。そして、絶の肩を何度か叩いた。
***********************
浩二達がお茶を飲みながら談笑して30分ぐらいが過ぎた頃。
他の皆も起き出して来て、朝食となった。
その後に作戦室でサレスが、自分も理想幹の管理神の一人だったと語った時には、
驚きの余り一悶着あったりもしたが、エトルとエデガの世界を理想幹だけにするという考えと対立し、
それを止める為に一人で野に下り『旅団』を作りあげたのだと聞くと、それぞれに納得するのだった。
「アンタ。正真正銘のカミサマだったんだなぁ」
そんな相手に、今まで堂々とタメ口をきいていたのだなと思う浩二。
しかし、サレスは苦笑と共に首を振った。
「この時間樹は、私やエトル達が作ったモノではない。
管理神の名の通りに、ただ管理をしてきただけだ。この世界を作ったのは創造神エト・カ・リファだ」
「ちなみに目的は、この私を封じこめる為よ」
浩二とサレスの会話にナルカナが口を挟む。
その後、彼女の話を纏めると、この時間樹ができた経緯はこうらしい。
永遠神剣第一位『叢雲』の化身であるナルカナは、同じく第一位の永遠神剣である『聖威』の化身と、
これもまた同じく第一位永遠神剣『運命』と、そのマスターである、ローガスという少年によって、
この時間樹に封印されたのだそうだ。
「あー、もうっ! 今思い出しても腹が立つ! いい、負けたといっても、これはあいつ等が、
私よりも強かったからじゃなくて、数の暴力で負けただけだからね。
あいつ等、この可憐な美女であるナルカナ様を、自分達の部下のエターナルまで駆り出して、
数で押してきたんだから、そのへん、ちゃんと覚えておきなさいよ!」
「解った。落ち着け、ナルカナ。数で押されちゃしょうがないよな。
どこかの中将も、戦争は数だって言ってたし」
「あーもう、絶対にあいつらボコにしてやる。シュッ、シュッ―――」
望がよくわからない例えで宥めようとするが、
ナルカナはそれでも気が治まらなかったらしく、シャドーボクシングを始める。
それと同時に、皆の視線が望に集中する。なんとかして話を元に戻せと。
望は頭を掻いた。それで、シャドーボクシングをしているナルカナの所まで歩いていく。
「わかった、わかった。その時は俺も手伝ってやるから。話を―――」
「ホント! 手伝ってくれるの? 望!」
「あ、ああ……」
「やっぱり望は優しいね。うんうん。写しの世界に戻ったら、
今作らせているナルカナステッカーを一番にあげるからね」
「あ、うん……ありがと」
激しくいらねーと思ったが、それは口にしない。言ったらきっとへそを曲げるだろうから。
機嫌を良くしたナルカナは、席に戻ってきて再び話を始める。
それによると、この時間樹はナルカナを倒した『聖威』が、彼女を封じるために、
エト・カ・リファという存在に作らせのだそうだ。
「じゃあ、何だ。エトルやエデガ―――
すなわち、北天神と南天神とやらは、一体何なんだ?」
浩二がそう言うと、サレスはふうっと溜息を吐いた。
「創造神エト・カ・リファにより……世界を構築、及び管理をする為に置かれた存在だ。
……私も、始めは自分がそんなモノの為に生み出された存在だとは知らなかった。
だが、ログ領域を調査している内に、その真実へと辿り着いてしまったのだ」
世界の真実を知ってしまったサレスと、その当時は仲間であったエトルにエデガ。
そこにヒメオラという神が、世界の謎を探る研究に加わり、
創造神エト・カ・リファの存在、叢雲の牢獄という時間樹の役割、
そして、神名という遵守の力が自分達には植え付けられている事を知ったのだそうだ。
この真実に、エトルやエデガは愕然とすると共に、強い反感を抱いた。
神を名乗る自分達は、実は本当の神であるエト・カ・リファにより作られた存在であり、
それどころか神名という鎖で、運命の手綱を握られている奴隷であるという真実は、
とうてい認められる事では無かったのである。
「詳しく話すと長くなるので、要点だけを簡単に説明させて貰うが……
その後も、私とエトル、エデガ、それにヒメオラは調査と研究を続けた。
そこでナルカナ―――叢雲の存在を知り、その力を使ってエト・カ・リファの支配から脱却し、
新しく世界を作り変えようとした。しかし、それにはヒメオラが反対し、他の神も承諾しなかった。
それに業を煮やしたエトルとエデガは、協力してくれぬのであれば、
他の神の力は邪魔になるだけだと排除して、自分達だけでエト・カ・リファの支配に立ち向かい、
そこに自分達だけの理想郷を作ろうとしたのだ」
「何でヒメオラって神は、エト・カ・リファの支配から脱却し、
新しい世界を作るのに反対したんだ?」
「世界を作り変えると言う事は、今ある世界を全て塗り替えると言う事だ。
彼女は、自分達の都合だけで分子世界に住む、
全ての生きとし生けるものの命を、弄んで良い訳が無いと考えたんだ」
サレスがそういうと、話を聞いていた皆は、
そのヒメオラの掲げた言葉に感銘を受けたように頷いている。
しかし、そこで沙月が何かにハッと気がついたようにサレスに問いかけた。
「じゃあ、サレスは。サレスはどうしたの?」
「始めは、私もエトルやエデガと共に、世界を塗り替える計画を進めていた。
しかし、ヒメオラがそう言って、私達の所から出ていくと、色々と考えさせられた。
彼女が出て行ってしまったのでは、計画を進める事は難しかったしな。
その後、私は色々と世界を渡り歩きながら色々と考え……ヒメオラの思想を支持する事にしたのだ」
そして、サレスは断固として計画の遂行に拘るエトルとエデガに対抗するため、
『旅団』を作り上げたのである。
「なるほど。だからあの時エトルは、サレス殿の事を裏切り者と言ったのですね……」
カティマが腕を組んで頷いている。
「んーそれじゃ、そのヒメオラって人も話せば協力してくれるんじゃない?」
ルプトナがそう言うと、サレスは彼女の方に少しだけ目を向けて苦笑する。
「彼女なら、既に協力してくれている」
「え?」
「魔法の世界の大統領ナーヤの前世が、そのヒメオラだ」
「そ、そうだったの?」
望は、彼等の話を聞きながら、ナーヤやヤツィータ。
ソルラスカにタリアという『旅団』のメンバーのことを思い出す。
彼等は今頃何をしているのだろうか。それにスバルの傷はもう治ったのかと。
「どうしたの? 望ちゃん」
「あ、いや……ナーヤ達と別れてしばらくたつけど、元気にしてるかなって」
希美に聞かれたので答えると、彼女もああと頷いて彼らの事を思い出しているようだった。
「まぁ、ソル達にはこの戦いが終わったら会いに行こうぜ。
というか、スバルも迎えに行ってやらねーと」
「そうだな」
浩二の言葉に頷く望。それと同時にものべーが、間の抜けた声でぼえーと鳴き、
希美が到着する事を皆に伝えるのだった。
「みんな。ものべーが、もうすぐで写しの世界に着くって」
************************
写しの世界につくと、ものべーを出雲に急がせた。
幸いと言うべきか、時深が奮戦したのかは知らないが、今の所は町に被害が出ている様子は無い。
そして、不思議な事に永遠神剣が何の反応も示していなかった。
「ヘンだな……神剣が何の反応も示さない……敵はミニオンじゃないのか?」
「俺の神剣も同じくだ。どうやら、初めて出くわす敵のようだな」
首をかしげる望と頷く絶。しかし、浩二の神剣―――
反永遠神剣『最弱』は、写しの世界に入ったときから敵の存在を感知していた。
「ミニオンではないようだが……
どうたらツッコミいれずには居られない敵がいるようだな。最弱……」
『んー。そのようやなぁ……人知の及ばぬ大きな力が複数いる事だけは感じまんねん。
しかも、隠そうともしとらん』
まさしく謎の敵だ。時深が伝えてきた言葉に偽りは無い様だった。
そして、出雲に辿り着くと、全員で地に降り立った。
それと同時に、空を見上げていたユーフォリアが指を挿しながら声を上げる。
「あれ。あれはなんです?」
「ぬお!」
ユーフォリアの指がさした方にいたモノ―――
それは、人型の機械だった。赤や青や緑のメタリックボディー。
手からはレーザー光線らしきモノを発射して空を飛んでいる。
「なるほど、マナゴーレムか……」
「知ってるの? サレス」
「ああ……」
顎に手を当てながら頷くサレス。
「アレは、南北天戦争で南天神が使役していた自動歩行兵器だ。
ミニオンのように、神剣は持っていないが……
それを差し引いて余りある機動性と火力を備えているし、空を飛べる。
敵としてはミニオンよりも厄介だな」
「ったく、あんな粗大ゴミを引きずり出してきて!」
ナルカナが憤慨している。
どうやら自分の拠点を攻撃されているのに怒っているようだ。
「よし、それじゃあ皆。行こう!」
望が叫ぶ。それに頷く『天の箱舟』の神剣マスター達。
しかし、浩二はそこでユーフォリアの肩を叩いた。
「ユーフォリア」
「何ですか? おにーさん」
「空を飛んで一足先に向かい、時深さんを助けてやってくれないか?
俺達は大橋を越えて、地上に群がっている奴等を蹴散らしながら追いかけるから」
「あ、はいっ。解りました」
ユーフォリアは頷くと同時に永遠神剣『悠久』を放り投げ、それに飛び乗って飛んでいく。
「さ、てと……それじゃ、俺もいきますか!」
浩二は腰の『最弱』を抜き、棒の形に変えて望達の後を追いかける。
すると、すぐにマナゴーレムと戦闘を開始している望達に追いついた。
混戦を避けるため、浩二は棒高跳びの要領で、先端を地面に吐き立て飛び上がる。
「―――ハッ!」
着地と同時に横に薙ぎ払った。神剣が当たると、ガアンと鈍い音が響き、弾き返される。
マナゴーレム。元からの物理的な硬さは反永遠神剣の能力で消すことは出来ない。
「……やっべ、コイツ硬い!」
向けられる銃口。反射的に横に転がる。
次の瞬間には光が走り、先程まで自分が立っていた場所が消し炭に変わっていた。
「このっ―――」
マナゴーレムの足に一撃を叩き込む。バランスを崩して倒れた所に、大振りの一撃を食らわせた。
へこむ金属。そこに何度も連打を叩き込む。何度も、何度も、何度も―――
活動停止するまでエネルギー伝導で強化した反永遠神剣を叩き込む。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……」
やがて、マナゴーレムは停止した。バチバチと漏電し、もうもうと煙をあげている。
「斉藤!」
そこに絶が走ってきて、タックルをされた。
「うおっ!」
転がる。何をするんだと言おうとした瞬間に、先程のマナゴーレムが爆発する。
浩二は、その光景を目を点にして見ていた。
「……油断するなよ。アイツはミニオンじゃないんだぞ」
そう言いながら、絶は自分の服についた砂埃を払って立ち上がっている。
その後に差し出された手を取って浩二も立ち上がると、頭を掻いた。
「すまん。まさか最後に爆発するとは思っていなかった」
「気にするな。俺もサレスに聞いてなかったら危なかったしな」
そう言って、居合いの構えをとる絶。
浩二は、それと背中合わせにするように腰を落として『最弱』を構えた。
「……いや、こっちのがいいか」
しかし、そこで考え直して『最弱』を棒の形からハリセンの形態に戻す。
「暁」
「何だ?」
「俺はフォローに回るから、オマエが斬り込んでくれないか?」
「……了解」
反永遠神剣は、永遠神剣を相手にする事に特化したツルギである。
故にこのような、ただの戦闘能力の高いロボット等と戦う時には相性が悪い。
未来の世界でドラゴンと戦った時もそうだったのだ。
何故ならロボットの力や、普通のドラゴンの力は理不尽な強さではない。
元からそのように設計された力であり、最初から生まれ持った、当然の力なのだから。
「始めからそういう風に設定されてるヤツには、ツッコミ入れようがねーもんなぁ……」
『ま、ワイは永遠神剣の奇跡に抗う為のツルギやからな』
浩二のぼやきに『最弱』が笑いながら答える。
反永遠神剣。物理法則を捻じ曲げた現象を相手にしなければ、下位神剣より劣る雑魚神剣。
何だかこうしていると、ミニオン一体すら倒せずに、ひぃひぃ言ってた頃に戻った気がするのだった
「……ホント、おまえとその神剣は不思議だな。
こいつ等よりも、もっと格上の奴等を倒してきてるのに……」
「仕方ねーだろ。俺の神剣は、永遠神剣とこの世の不条理を相手にする為のツルギ。
ロボットとか、そーいうのは対象外だってーの」
その後。マナゴーレムを突破し、大橋を渡った『天の箱舟』のメンバー達は、社の前へと辿り着いた。
そこでは時深が神剣を構えて立っており、ユーフォリアは上空でドッグファイトを展開していた。
「時深さん!」
「みなさん。来てくれたのですね」
「時深。状況はどうなの?」
「ナルカナ様の寝所はご無事です。環様も」
その言葉にホッとしたような表情を見せるナルカナ。
しかし、次の瞬間。彼等の前に一体のゴーレムが降り立った。普通のマナゴーレムとは違うタイプ。
武装も凶悪なモノが取り付けられたゴーレムが、音をたてて地面に降り立った。
『予想よりも到着が早かったようですね……
もう少し遅ければ、ここを落とすこともできたのに』
「うわっ、喋ったよ。アイツ」
皆が何者だと身構えると、そのゴーレムは機械音声で喋り始める。
「おい、何だおまえは!」
そんなゴーレムに、望が剣を構えながら叫んだ。
すると、ゴーレムの方に体の向きをかえ、頭部にあるカメラのようなモノで望を睨む。
『何だとは心外ですね。ジルオル。こちらは貴方のせいで肉体を失ったというのに……』
「まさか。おまえ、南天神か?」
『っ―――!』
浩二が何気にそう呟くと、南天神を名乗るゴーレムの雰囲気が変わった。
『……そう。貴方もジルオルの仲間だったのね……不可思議な神剣を持つ男』
「浩二。知ってるのか?」
望が聞いてくると、浩二は小さく頷く。
「今朝話しただろ? 俺が絶の世界でエヴォリアを助けてやったって。
たぶん。コイツが、あの時エヴォリアに寄生していたヤツだ」
『……忌々しい。あの時、貴方さえ邪魔しなければ、
エヴォリアの身体を乗っ取る事が出来たのに……」
「それはこっちの台詞だ悪霊。俺があの時、完全に消すことができていれば、
出雲が襲われることも無かっただろうからな」
そう言って、浩二はハリセンをビシッと突きつける。
『ジルオルといい、貴方といい……本当に忌々しいヤツ。
しかし、ここは一度退いた方が良さそうですね……』
言うが早く、状況の不利を悟ったゴーレムは周りに時空の歪みを発生させる。
「てめっ、まて、コノヤロウ!」
それが、理想幹神が使っていた空間跳躍だと察した浩二は『最弱』を棒の形に変えて跳躍する。
しかし、上空から振り下ろした打撃がゴーレムを捕らえるよりも早く、
その姿はブウンと言う音と共に消えているのだった。
************************
出雲を襲ったゴーレム達は撤退した。
今、浩二達『天の箱舟』のメンバーは、社の中に案内されて休んでいる。
望はサレスと共に環と何かを話しているようだが、
浩二は境内に出ると腰を下ろし、庭をぼうっと見ていた。
「南北天戦争の再来……ねぇ」
ポツリと呟く浩二。マナゴーレムが去った後にサレスや環から聞かされた話は、
あの南天神は南北天戦争をもう一度起こそうとしているのでないかと言うものだった。
南北天戦争―――
それは、かつて望や希美がジルオルやファイムという神であった頃に行われた、
南天神と北天神の戦いである。思想の違いから二派に分かれた神々。
その戦いは苛烈を極め、幾多もの世界が滅んだという。
結果からいうと、南北天戦争に勝利したのは北天神であった。
南天神は大敗北を喫して、ほぼ皆殺しにあったらしい。
実力的には拮抗していた筈の南天神。
それが、どうして大敗北をする結果になったのかと言うと……
北天神達―――否。
エトルとエデガが破壊神ジルオルの力を利用したからである。
ジルオルは、この時間樹に存在する神の中で最強の存在である。
それも、他の神が束になってかかっても一蹴する力を持つというのだから、
実力は飛びぬけているだろう。
「……で、その時に殺された南天神達は、死んでも死にきれずに……
怨念の塊となって現世まで残り、マナゴーレムという力を発掘して、逆襲に来たと言う訳か……」
そう呟くと、浩二は後ろにごろりと寝転がる。
「……なぁ、おい。最弱」
『何でっか?』
「本当にそれだけの理由だと思うか?」
南天神が、前世の恨みを晴らすためだけに、自分達の前に立ち塞がったのだとしたら、
理由としては小さすぎる。今までの敵と比べて小物すぎるだろうと思うのだ。
『そうやなぁ……表向きの理由はソレと言う事で、何か裏で企んどるんとちゃうやろか?』
「やっぱ、おまえもそう思うか?」
『前世で殺された恨みだけで行動するカミサマなんていたら、ソイツ小物すぎやろ?』
「だよな?」
その程度の小物であれば、苦労はしない。きっと何かを企んでいる。
だが、まだその何かが解らないので動きようが無かった。
「おにーさん」
「ん? どうしたユーフォリア」
寝そべっている浩二の所にユーフォリアがやってくる。
浩二は、寝転がりながら目をユーフォリアの方に向けた。
「サレスさんと望さんが、環さんの部屋におにーさんを呼んできれくれって」
「そっか。サンキュ。ユーフォリア」
足を振り上げると、その反動で起き上がる浩二。
ユーフォリアの頭を軽く撫でると、環の部屋に向かうのだった。
「お呼びかな? リーダー」
襖を開けると、部屋に入る浩二。
するとそこでは、望とサレス。それに環が何かを話し合っていた。
「あ、うん。これからの事なんだけどさ……
南天神の目的が掴めるまでは、この世界で待機しようって事になったんだ」
「望がそう決めたのなら、俺に否は無いさ。それはもう、みんなには伝えたのか?」
「いや、まずは浩二に言っておこうと思って」
「オッケー。それじゃ、皆には俺からその旨を伝えておくよ」
そう言って浩二は部屋を退出する。
それから、社の周りでそれぞれに休憩していた『天の箱舟』のメンバー達に、
しばしの休暇だと伝えると、浩二は環の部屋に戻った。
「……あれ? 望は……」
しかし、戻った時には望の姿は見当たらず、サレスと環だけが残っていた。
「望さんなら、ナルカナ様に連れられて出て行きましたよ」
「そうですか……」
「お探しならば、手の開いてる者に探させましょうか?」
「あ、いえ。いいんです……用があるのは、どちらかと言うと環さんの方ですから」
そう言って浩二は頭をかく。
「何でしょう?」
「あの、すみません。厚かましいのは重々承知の上ですが……
また、食料と物資の補給をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ふふっ、そんな事ですか」
改まって言うものだから、何事だろうかと思っていた環は、理由を知ってくすくすと笑う。
「それぐらいお安い御用ですよ。貴方達は、この世界の為に戦っておられるのですから、
その程度のことは、喜んでさせて貰いますとも」
「ありがとうございます」
お礼の言葉と共に、浩二は深々と頭を下げるのだった。
「ふうっ……まさか、またこの街に来ることになるとは思わなかったぜ」
その後。物資の積み込み作業を終えると、浩二は時深に送ってもらって町に出た。
目的は制服を買うためである。申し訳ないとは思ったが、金は『出雲』持ちである。
「物部学園の制服を買われるんですよね?」
「はい。上下合わせて二着ぐらい買っておこうかと」
写しの世界の町は、基本的に住む人間が違うだけで、店や建物は同じだ。
なので、物部学園の制服を取り扱っている店の場所は知っている。
何故なら元の世界に一度帰った時に、その店には行ったことがあるからである。
「こんにちはー」
浩二は一軒の仕立て屋にはいると挨拶をした。
その呼び声に、店の奥の方から女の人が出てくる。
「いらっしゃいませ」
「あの、物部学園の制服のLサイズってあります?」
「申し訳ありませんお客様。物部学園の制服のLサイズは品切れ中なんですよ。
MサイズかLLサイズならばあるのですが……」
「え、それじゃ……あの、取り寄せてもらうのは」
「勿論できますよ。えっと、そうですね……7日から10日ほどお待ちいただけますか?」
それはちょっと長い。いくら待機中とはいえ一週間以上もこの世界に留まる事はないだろう。
仕方がないので浩二は、大きいけどLLで我慢するかと思った時―――
「それなら、浅見ヶ丘学園の制服のLサイズはあります?」
―――時深がそんな事を言った。
「あ、はい。浅見ヶ丘学園の制服ならばLサイズございます」
「では、それを二着ください」
「かしこまりました。ありがとうございます」
「ちょっ、まっ」
何故に浅見ヶ丘学園? 確かに物部学園とも余り離れていない学校だが、
制服のデザインがまったく違うどころか色まで違う。
物部学園の制服は紺色で、浅見ヶ丘学園の制服は黒だ。
「ありがとうございましたー」
しかし、浩二が止めるよりも早く、時深は浅見ヶ丘学園の制服を買ってしまっていた。
店の外に出ると、どうぞと言って渡される。
「あの、時深さん……俺、浅見ヶ丘学園の生徒では無いんですけど」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。近所の学校なんですから」
確かに、皆が学生服の中に一人だけ私服でいるよりはマシかもしれないが、
自分だけ物部学園ではなく、浅見ヶ丘学園の制服と言うのもどうなのだろうかと思う浩二。
「そうですね。どうせその制服を着るのなら……
浩二さん。ちょっと寄りたい店があるのでついて来てくれます?」
「は、はぁ……」
その後、時深は呉服屋に入っていくと、店員にアレを二着とか言っていた。
どうやらこの店は時深の店のようだ。もしかしたら出雲の巫女服を頼んでる店なのかもしれない。
そんな事を考えていると、若旦那らしい店の人が、純白の羽織を時深に渡していた。
「浩二さん。そっちの試着室で浅見ヶ丘学園とコレに着替えてみてください」
戸惑う浩二だが、時深によってあれよあれよと言う間に浅見ヶ丘学園の制服に着替える事になる浩二。
痛んだ物部学園の制服から浅見ヶ丘学園の制服に着替え、その上に白い羽織を着る。
そして、試着室からでると、時深は笑顔でポンと手を叩くのだった。
「ソゥ・コージ」
訳の解らない言葉を言われて、釈然としないまま出雲に帰ると、
浩二は『天の箱舟』の皆に、やっぱりと言うか当然と言うか、
浅見ヶ丘学園の制服の上に白い羽織という格好を笑われた。
しかし、唯一人ユーフォリアだけは、浩二のその格好が気に入ったらしく、
掌をぎゅっと握りしめ、大丈夫ですとか、似合っていますよおにーさんとか、
熱っぽく浩二の格好を褒め称えるのだった。
「おにーさん。おにーさん。インスパイアって言ってくれませんか?」
「……何故?」